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負けヒロインのおとなりさん

 私立響堂(きょうどう)学園高等学校、中央校舎西階段一階。

 校門からもクラブ棟からも離れているこの場所は放課後の今、生徒の姿はほとんどなかったが、階段を三段ばかり上ったところで女子生徒が一人、人目を避けるように佇んでいる。

 数分ののち、そこへ走り寄る足音があった。



「はぁはぁ……っ。今度……、今度こそ……っ! あ、先輩! 良かった、ここで合ってた!!」

「んん……?」



 この場所を指定してきたのは彼のほうなのだが「良かった」とは、そして「合ってた」とは一体どういう意味なのだろう。

 手にしていたメモのようなものを折り畳みつつ何やら不可思議な独り言を発した男子生徒に、女子生徒は首を傾げた。



「あの、すみません。お待たせしてしまって……」



 男子生徒はぜいはあと乱れる呼吸を整えながら、女子生徒と同じ段まで歩を進める。



「あ、いいよ、大丈夫。そんなには待ってないから。それで、えっと……。話って、なにかな……?」

「はい……。その……」



 そう言ったきり、男子生徒は黙り込む。

 会話のない二人の耳には、グラウンドで部活動に励む生徒らの声が小さく届いていた。落ち着かない雰囲気の中、男子生徒が静かに言葉を継ぐ。



「先輩のことだから、もしかしたら気が付いてるかも知れませんが……」

「……。これかなって思ってることはある、けど……」



 女子生徒の表情には困惑が浮かぶ。それを見、何事か言い淀んでいた男子生徒はようやく意を決したようだった。



「……先輩! すみません、ごめんなさい!!」



 男子生徒は大きな動作で頭を下げ、近くの窓ガラスを振るわさんばかりの声量で謝罪を始めた。



「ちょ……っ、ちょっと!」



 これには女子生徒も面食らうほか無い。

 何故謝っているのだ、何を謝っているのだ。嫌な予感しかしないがそこのところをはっきりして頂きたい。

 女子生徒は困惑に混乱を上書きしながらこの事態の説明を求めたが、男子生徒のほうは少しもそれに構うことなく自身の言いたいことを重ねるだけだった。



「先輩の気持ちは本当に嬉しいです! でも僕、先輩とはお付き合い出来ません!」

「おつきぁ……!? その『私の気持ち』っていうのも全然心当たりがないんだけど、いったいどんななのか聞いてもいいかなぁ!?」



 でもやっぱり聞きたくないかも……っ。

 男子生徒の大きな声に張り合うように、女子生徒も懸命に言葉を返す。

 何を言っているのか分からない、否、言っている言葉の意味は分かるが何がどうしてそうなったのかが女子生徒にはまるで分からない。

 ああやはり、嫌な予感は的中していた。今朝この男子生徒に呼び止められたときからまさかと思い、一日中気が重かった。



「ごめんなさい、僕、他に好きな人が出来てしまったんです、その()と付き合うことになりました!」

「そうなんだ、おめでとう! でも私には関係のない話っぽいね!」

「入試の時と、それから入学式の時と……っ、もう想い出になっちゃいますけど先輩とのこと、僕は絶対に忘れません……!」

「私には想い出になるような出来事にバニラビーンズの一粒ほども覚えがないよ、もうこれどうしたらいいの!?」



 大変だ、確かに会話をしていたはずだがいつの間にかそれが成立しなくなった。言うなればキャッチボールをしていたはずなのに、その相手がどこからかボールをもう一つ取り出したせいで、それぞれが好きなように壁に投げ付けているだけになってしまった。


 そもそも女子生徒にとってこの男子生徒は、面識があると言うことすら難しい。何しろ今朝、この放課後の呼び出しを申し入れられた時にも、そして今この時でさえも彼が誰なのかが分からなかったのだ。


 しかし、先ほど彼の言った「入試」という言葉で一つ思い当たる出来事があった。この彼はもしや、入学試験当日に校内で迷子になった受験生ではなかったか。



 後に判明したことであるが彼は大変な方向音痴なのだそうで、受験の際の来校時には先を歩く中学校の同級生の後に続いたおかげで問題なく到着出来た。

 だが、昼の休憩時に単独で手洗いに行った彼はそろそろ次の試験が始まるという時刻になっても戻って来なかったのだという。


 ただ同じ高校を志望しただけで普段はさして交流のない同級生同士であったそうだが、いつまでも戻らない男子生徒を心配した同級生らが賢明にも監督官に申し出てくれたおかげで、監督補助のため登校していた在校生数人が捜索に当たることが出来、無事発見するに至った。その時にはとうに試験の再開時刻は過ぎていたものの、特例で専属の監督官の注視のもと別室での受験が許可されたというわけだが、その迷子受験生を発見したのがこの度呼び出された女子生徒なのであった。


 だが彼女にとっては入試で迷子になった不運な人という以外に特に思うところはなく、今この時まであの彼とこの彼とが同一であるなどとは考えもしなかった。もし仮に「いや違う人物だ」と言われてもそれを否定できるほどの情報も持ち合わせておらず、その場合には「なるほど、そうなのか」と言葉を丸ごとそのまま受け入れていたことだろう。


 さらには、実は入学式の際には受付係として名簿と照合するため名前を問い掛けたのちに、「ご入学おめでとうございます」と笑顔で男子生徒の胸元に造花を差してやったりもしているが、彼女が担当しただけでも数十人の新入生がいたのだから当然かけらも覚えていなかった。


 一方で男子生徒の視点ではその受付の際に名乗りは済ませている、しかも校内で顔を合わせれば挨拶を交わすという「接点」が何度もあったことになっているのだが、これもやはり女子生徒は知る由もない。



 また……、まただ……! 何だか分からないけれど、また私フラれてる……!

 このままではいけない。このままのペースでフラれ続ければ成人を迎える頃には百回を超えてしまうのではないか。



「ちょっと待って、あのね、私……!」



 中学生になった頃に始まり今なお続くこの災難を今日こそは断ち切りたいと、動揺もあらわに弁解を試みる女子生徒の姿は男子生徒の眼にはどのように映ったのだろう。



「……! 止めてください、先輩! 何を言われても僕にはもう……っ」



 男子生徒は痛みを堪えるかのように強く眉を寄せ、彼女から顔を背けた。



「だからね、私、別に君のことは……」

「明日からはただの先輩と後輩でいさせてください……!」

「うん、それはいいんだけど、っていうかそれ以外の何者でもないんだけど、そうじゃなくてね……っ」



 言い募る女子生徒から逃れるように目を瞑った男子生徒は、小さく、そして苦しげに告げる。



「さようなら、お元気で……」

「およそ現役高校生の口から出るはずのない挨拶が転がり出てきた……っ」



 そしてわずかばかりの階段を降りきり、男子生徒は走り去っていく。



「あ! 待って、お願い……っ」



 言いっ放しはズルい、弁明の機会を強く要求したい。

 引き留めようと伸ばした手は虚しく空振り、動転した心情そのままに足は縺れ到底追いつかない。



 音成(おとなり)奏実(かなみ)、十六歳。私立響堂学園高等学校二年B組在籍、出席番号五番。

 好いてもいない男性からフラれ続ける彼女は今回も誤解を解くことは叶わず、一体どんな用があるのか知りようもないが、倉庫や廃棄物一時保管所があるばかりの学園裏のほうへと見る見る遠ざかる勘違い少年の背を見つめるほかないのだった。


音成奏実

しーちゃん一筋十三年

ハイスペック完璧美少女

顔がヒロイン、言動がヒロイン、雰囲気がヒロインとにかくヒロイン


消しゴムを拾う → ヒロインエフェクト → 「……困ったな、惚れられちゃったかな」

体調を気遣う → ヒロインエフェクト → 「……困(ry


男たちは「きちんと振ってあげないと却って可哀想だよな」という親切心からの行動

お陰でフラれた回数は余裕で二桁の不憫ヒロイン

挨拶程度では発動せず、本編主人公とヒロインとのやり取りを目の当たりにしている場合も発動しないので、日常生活は割と平穏なのが不幸中の幸い



津根閑 つねしずか 本編主人公

事情があり自身の恋愛事には無関心

商店街の世話焼きたちからあれこれと可愛がられた結果、商売人視点の気配りが身についたため愛想はないが優しくて親切、という聞いた当人が首を傾げる人物評となっている

自分の個性は完璧ヒロインが幼馴染みなところと思っている

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