Ep9 閑話休題
Ep9
『天下を取ってみたいと思わないか?』
その一ノ瀬隊長の声が頭を離れなかった。
姫の前で心底悔しそうな顔をしていた一ノ瀬隊長。
十二神将隊の前での威厳のある表情。
藍さんや僕に見せた、気さくな笑顔。
そして・・・実の父親に対するあの、厳しい表情。
全てがちぐはぐに思えて、僕は混乱している。
どれが本当の一ノ瀬孝志郎なんだろう?
悩んだ挙句、最初に足が向いたのは朱雀隊舎だった。
しかし、浅倉隊長は南陣に出向いていて隊舎はもぬけの殻。
一ノ瀬隊長にはっぱをかけられて火がついたのだろう。
朔月候のことも聞きたかったんだけどな・・・
次に勾陣隊へ行くと一夜さんも出かけていた。
確か藍さんも非番とかで、留守のはず。
そうだ。
僕はそのまま図書館へ向かった。
非番の日というのはどうしてこう気持ちがいいのだろう。
総隊長会議が終わって、最近ではオンブラの襲来もない。
何も不安材料のないお休みなんて、入隊して何回めだろうか。
「さーて、何しよっかなあ・・・」
伸びをしながらつぶやく。
自然と図書館に足が向く。
貯めこんでた読みたい本も尽きてきたことだし。
「三日月さーん!」
声をかけられて振り向くと、それは別の隊の女の子だった。
多分、私と同じくらいの年。
私服なので、多分彼女も非番なのだろう。
「今日はお休みなんですか!?」
「そうでーす!あなたも?」
「はい!・・・あのぉ」
ちょっと遠慮がちに言う。
「一緒にお茶でも、いかがですか?」
『壱番館』は城下町の西に位置する、人気のお店だ。
来たことは・・・なかったけど。
道に面したテラス席に二人で座る。
彼女は甘いお茶かなんか、かわいらしいものを飲んでいて、私はブレンド。
「今日は空いててよかったですね!」
「うん?・・・そうなんですね」
「三日月さんこういう所、いらっしゃいません?」
「あんまり・・・」
実は初めてです。
「嫌いではないんですけど・・・色々忙しくて、それに一緒に行く人もいませんし」
彼女の目がきらっと光った。
身を乗り出し気味に、声をひそめて聞く。
「『五玉』の方と一緒に、いらっしゃったりしないんですか?」
えっと、それは・・・・・・
デートってことですか?
「あの人たちは・・・私より余計忙しいですし・・・こういう所はあんまり好きじゃないと思います」
一夜は・・・意外と好きかもしれないけど。
ずっと聞いてみたかったことがあって、と彼女。
「・・・恋人なら、いませんよ?」
「え!?・・・・・・わかりました?」
この手の質問は昔から多いのですよ、お嬢さん。
「一ノ瀬隊長は小さい頃から一緒にいて、そういう対象じゃないですし・・・」
「じゃあ、古泉隊長は!?」
古泉隊長???
斬新な子だなぁ。
そのまま感想を述べてしまった。
「幼馴染だから一ノ瀬隊長、とか、しょっちゅう世話焼いてるから浅倉隊長、とか、図書館に通いつめてるから涼風隊長、とか聞いてくる方はいましたけど・・・古泉隊長って、初めて訊かれました、私」
「そうですか?でも、よく一緒に歩いてらっしゃるところ見る気がして・・・」
「そうでしょうか?」
あ、そうか。
「あなたは、古泉隊長が好きなの?」
彼女は顔を赤らめて、そんなんじゃないですけど、と言う。
どこがそんなんじゃないんだろう。
だけど、そういうかわいらしい感情はちょっとだけうらやましくもある。
「素敵だなぁって・・・ちょっと思うだけです」
「・・・ヤキモチでは全くないですから、誤解しないでくださいね?
・・・・・・・・・あの人は、やめといたほうがいいです」
「?」
「確かに、彼は綺麗だし、優しいし、まめですけど・・・ちょっと性格に難ありっていうか・・・わがままなんですよ、本質的に」
「わがまま?」
「多分付き合ってもあなたに全部合わせてくれると思うし、大事にしてくれると思いますけど・・・飽きたらぽいって、そんな感じ」
「そんなに・・・極端なんですか?」
「見たことないですけど・・・絶対そうだと思います。絶対女の子を泣かすタイプです。ギャップが大きいから、みんな騙されちゃうみたいですけど。いつか女の子に刺されるんじゃなかろうかと、私は前々から思ってます」
「じゃあ、三日月さんは・・・好きな人っていらっしゃらないんですか?」
・・・そんなこと聞かれても。
「誰かいらっしゃるんですか?三日月さーん」
背後から声。
・・・・・・うそ。
ゆっくり振り返る。
「古泉隊長・・・・・・・・・いつからいらっしゃったんですか?」
「俺がハンサムで優しくて女にマメってあたりから?」
そういえば・・・私が語りだしてから彼女の様子、ちょっとおかしかった。
彼女はうつむきがちに小声ですみません・・・とつぶやく。
隣のテーブルから椅子を一脚持ってくると、私と彼女の間に座って、私の方を見た。
「今日は珍しいことしてんなぁと思ってさ、見てたら言いたい放題じゃない?営業妨害って言うんだぜ、そういうの」
営業妨害・・・って。
「俺、そこまでいい加減じゃないと思うよ?」
「そうなんですね・・・すみません存じ上げませんで」
お前こそさ、と私の顔を指差して言う。
「たまーの休みだっていうのに、一緒に遊ぶ男の一人もいないなんて、せっかく若いのに勿体ないぜ?」
「・・・・・・なんでいないって断言出来るんですか?」
「見たことないもん」
あっさり言う。
「十年前からずーっと藍のことは見てるけど、男がいる気配なんて一切なかったじゃん」
ご名答です。
「若さって言うのは有限なんだから、楽しめるうちに楽しんどかなきゃ。仕事忙しいって言ってもさ、恋をしてるのとしてないのとじゃ、特に女の子なんか毎日が違ってくるんじゃない?」
ねぇ、と彼女に同意を求める。大きくうなずく彼女。
「何を求めてるのか知らないけど、藍はストイックすぎるんだと思うけど?」
「そんなこと言われても・・・本読んでる方が楽しいんだもん」
「本なんていつでも読めるじゃん!?知らないぜ〜、そのうち誰も見てくんなくなって、私にも若くてモテてた頃があったのよ!って愚痴るおばちゃんになっちゃうんだぜ?」
彼女がくすくす笑い出した。
「なんかお二人って・・・兄妹みたいですね」
「・・・・・・心外なんですけど」
「俺とのどこが心外なんだよ」
古泉隊長〜、と呼ぶ声が道から聞こえた。
やべ、じゃあまたね、と彼女に微笑むと一夜は去って行った。
「ありがとうございました!三日月さんがいてくれたおかげで・・・古泉隊長とお話できて。すごーく楽しくて・・・かわいい方ですね!」
なんかすごく感謝されたので・・・まぁよしとしよう。
一夜、もしかして・・・・・・怒ってたのかな?
「古泉隊長戻られました!」
「はいよ、ご苦労さん」
予定より一時間近く遅れて帰ってきた一夜。
いつも通りの表情だが、なんだか様子がおかしい気がして尋ねる。
「どうかしたのか?」
「いや」
指定席にどさっと座ると、剣護、と声をかけてきた。
「何だ?」
「俺っていい加減でわがまま?」
「・・・違うのか?」
黙って煙管に火をつける。
「・・・・・・・・・・・・お前、何へこんでんだ?」
「すみません・・・お邪魔ですよね」
「いや、そんなことはないよ」
古文書に向かっていた手を休め、かけていた眼鏡を外す。
珍しく右京が一人で訪ねてきた。
何か、考え込んでいるような様子。
「どうした?」
「えーと・・・・・・変なこと聞いてもいいですか?」
「何だ?」
孝志郎のことだった。どうも二人で話したとき、あいつ変なことを言っていたらしい。
『天下を取る』?
確かに昔から自分が一番じゃないと気が済まない性格ではあった。
だが・・・さすがにその真意は測りかねる。
「今までにそんな話聞いたことありますか?」
「そうだなぁ・・・」
考えていたら、一つだけ思い当たったことがある。
うんとガキの頃、まだ藍も故郷にいる頃のこと。
『王様って、かっこいいよな!!!』
界隈のガキ大将だった孝志郎は、ゲームをしていても他の子供たちと喧嘩をするときも
いつも先頭に立っていばっていた。
『来斗!俺がもっと強くなったらなれると思うか!?』
無邪気に言う。
『でも・・・お前、一ノ瀬の叔父さんの息子だから、駄目なんじゃないか?』
『何でだよ?』
『王様っていうのは、王様の子供がなるだろ?』
『じゃあもし、王様に子供が出来なかったら、どうなんだよ?』
当時、王夫婦には子供がいなかった。霞姫は王が高齢になって初めての娘だ。
王は他所に子供がいるのではないか?という噂もあったそうだが、
当時幼かった俺たちはそんなこと知る由もない。
『俺の親父って偉いだろ?だからもしかしたら俺にって話になるんじゃねえか!?
俺が王様になったらさ、戦争なんかしなくて済んで、泣いてる人が一人もいないような国にするんだ!』
当時まだ紺青は今のような安定した地位ではなく、東西南北に遠征に出向き、各国を平定しようとしているところだった。
基本的に勝ち戦だったのだが、それでも軍隊が凱旋すると、大歓声の裏で肉親を亡くして涙を流す人の姿もたくさん見ていた。
戦争ごっこばかりして遊んでいるくせに、そういう感受性の強いところがある。
孝志郎の夢は立派だと思ったが、一度決めたら折れない奴だし、
後々面倒なことになったら困るな・・・と思った俺は
『絶対無理だと思うぞ』
と断言しておくことにした。
後日、孝志郎はその話を一ノ瀬公にして思い切り殴られたらしい。
むすっとした顔でその話を俺に報告して以来、
二度とあいつはそんな事を口にすることはなかった。
「あいつは頭もいいんだが、何でも力づくってところがあるからな・・・総隊長やっててもそういう強引なところが抜けん。先日の西での抗争も、平定しかけた国のレジスタンスを一網打尽にしようとして、民衆も含め大きな抵抗を受けてのことだったらしい」
「そうですね。力だけでは・・・」
何か深刻な顔で考え込む右京。
「どうかしたか?」
「僕・・・他にもそういう人を知ってるので・・・」
「・・・・・・“橘紫苑”のことか?」
ちょっと驚いた顔をする。
考えてみたら、彼はこの国に来てから一度もその名を口にしていない。
燕支の人間では、最もこの国に“深く関わった”人物だというのに。
少しうつむいて、黙り込む。
しばらくして、意を決したように顔を上げると、なんでもないような声で言った。
「そうです。僕の2番目の兄上」
「・・・似ているか?孝志郎に」
「どことなく、雰囲気が・・・だから僕・・・あの人いつか壊れてしまうんじゃないかって」
「いい兄貴だったのか?」
優しく尋ねる。
「はい。怒るとすごく恐かったけど・・・兄たちの中で一番かわいがってくれて・・・・・・大好きでした」
当時右京は5歳くらいだったはず。
橘紫苑は当時今の右京と同じくらいの年だっただろう。
男ばかり10人の兄弟で、誰が父親の後継者となるのか、それを思うと自然に兄弟同士もよそよそしくなっていったのだろう。
そんな中で幼い弟をかわいがっていたという橘紫苑。
正義感の強い、気の優しい性格がうかがえる話だ。
その正義感が暴走した時・・・・・・
彼の不安ももっともだ。
「・・・大丈夫だ。孝志郎には藍もいるし、俺もいる。愁や一夜だって、ちゃんとストッパーくらいにはなるさ」
「そうですね」
笑って答える右京。
橘紫苑は幼馴染ばかり数十人のグループを仕切っていた・・・と聞いていたが、言わないことにした。右京も俺の懸念は見ないふりをして答えてくれた。
まだ20歳そこらだというのに。
立派な王子様じゃないか。
「あれぇ?右京さま、何してるんですか?」
声がして振り返ると、藍さんが立っていた。
いつもと違って、髪を下ろしてハーフアップにしている。
「ちょっと来斗さんと話したくなって」
笑って言う。
今までずっと言いたくなかったし、言えなかったこと。
話した相手も来斗さんでよかったと思った。
「へぇ〜珍しいですねえ」
私も来斗にお話が・・・のどかな声。非番モードののんびりした感じだ。
だが、僕らの近くに座るとすごい勢いで話し始めた。
お話・・・というより、愚痴?
「私がお局様みたいになるって言うのよ!?失礼極まると思わない?」
「さあ・・・」
「私も言ってやればよかった!」
何をです?・・・と小声で聞くと、
「『古泉隊長もいい年なんですから、そろそろ特定のお相手をお決めになったらいかがですか?』って」
「それは・・・下手すると自分の首も絞めるぞ?」
「でも私はまだ四捨五入すると二十歳です!右京様と同じでしょ!?」
「・・・・・・お誕生日いつなんですか?」
三日月藍さん、ただいま24歳。
ちょっと眉間に皺をよせて、ぐっと僕を見る。
「へえー、右京ったら今日は言うじゃない???」
「右京?ですか?」
非番だもん、とよくわからないことを言って藍さん。
「いいんだもん、これから絶対素敵な恋愛するんだから!」
まるで中学生の女の子みたいな言い草に、思わず吹き出してしまった。
来斗さんが呆れたように、でも可笑しそうに笑っている。
夕刻の見回りから戻ると、一夜が珍しく竹刀を握っていた。
「ああ、剣護お帰り」
振り向いて笑う。
「稽古つけてやろうか?」
たった今まで仕事をして来た部下に言う言葉か。
さっきから思っていたことを言ってみる。
「一夜お前さ・・・」
「何だよ?」
「ひょっとして、機嫌悪いだろ!?」
軽い感じで言ってみた。
一瞬だが、笑顔のまま凍りついたようだ。
しばし沈黙。
くるっと俺に背を向けて、また素振りを始める。
・・・やっぱり。
しかし・・・・・・なんて珍しい。
「剣護、俺さ」
手を止めて、いつもよりやや低い声で呼びかけてくる一夜。
ちょっと警戒して、答える。
「・・・何だ???」
「いい年だし、そろそろ落ち着こうかな、なんて」
「おおー!?」
どうかしたのかお前!?
「・・・・・・やっぱりそういうリアクションになるよな」
度肝を抜かれてちょっとのけぞった俺をちらっと見ると、ため息をついた。