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Ep8 一ノ瀬孝志郎

Ep8

一ノ瀬隊長が帰ってくるらしい。

それに合わせて近衛隊全体の隊長会議も行われる。

王宮内も城下町も、なんとなく落ち着かない雰囲気に包まれていた。

忙しいといえば(らん)さん。

さすがに“秘書”とか呼ばれるくらいの働きぶりで、最近いつもどこか出かけている。

僕は・・・といえば。

勾陣(こうちん)隊で剣護さんや隊士たちと剣術の稽古をし、騰蛇(とうだ)隊で草薙さんを手伝って城下の見回りをし、時間が出来ると来斗さんのところに行って色々話をする。そんな日々だった。

「右京は真面目だよね」

一夜さんはいつも言っている。

そういえばあの人は一体いつ練習してるんだろう。隊士達の稽古を見ているときも、自分で竹刀を握るところは、はっきり言って一度も見たことがない。

それどころか、激を飛ばす・・・という場面にも遭遇したことがない。

そういう役回りは以前のように、剣護さんに任せてあるということなのか。

「俺と剣護は同じ道場の出身でさ」

一夜さんが言う。

「ガキの頃から一緒だからね、俺が言いたいことは大抵、あいつに伝わってるんだ」

「喧嘩とかって・・・しました?」

「いや〜一回もないね。あいつ頑固だから、譲ったほうが利口」

隊舎の裏の縁側から庭を眺めながら、楽しそうに懐かしそうに一夜さんは話す。

「一夜さんが穏やかだから・・・怒ったりって、めったにしないんじゃないですか?」

「まあね」

ふふ、と笑って言う。

「感情に振り回されるのって、なんか損じゃない?」

「でも・・・腹の立つこととか、ないですか?」

「ままならないことってあるけど・・・諦めちゃうからなぁ俺。孝志郎より強くなれたらいいなとか、愁の強い『神力』に憧れたりとか、10代の頃は思ったこともなくはないけど・・・どうしようもないことってあるからなぁ」

一夜さんには言わなかったけど、そういう考え方ってちょっと淋しいと思った。

そんなやりとりをしていたら、ふらふらと藍さんが現れた。

僕ら二人のとなりに崩れるように座り込むと、つぶやく。

「あー疲れた・・・」

「藍さん・・・お久しぶりです」

ひらひらと手を振って、本当お久しぶりですねとちょっと笑う藍さん。

明らかに元気がない・・・というか、多忙を極めて憔悴している感じ。

「藍、ちゃんと寝てる?」

少しも深刻そうじゃなく、一夜さんが笑う。

「ん〜・・・それなりに」

「・・・・・・お肌に悪いぜ?」

またそういうことを・・・

ちょっとむっとした顔をして一夜さんを見るが、

「あーもう今日はあなたとやりあってる余裕ないわ」

と大あくびをする。

「うちで少し、寝てけば?」

ちょっとぎょっとするようなことをさらっという一夜さん。

「・・・あなたんち近いけど落ち着かないからいいわ」

「落ち着かないかなぁ?」

「・・・だって、なんか果てしなく女性の気配がするんだもの」

「それは藍の思い違い。俺はめったに女の子家に上げたりしないもの」

うそつけ・・・とつぶやく藍さん。

急にくるっと、首だけこちらに向けて言う。

「右京さま・・・ひょっとして、何か誤解してません?」

「え!?・・・まぁ・・・・・・仲がいいんだなぁって」

ほら誤解してる・・・と言って、訂正する。

「一夜は“いいおうち”の出身なので、お城のすぐ近くに一人で住んでるんです。士官学校にも近かったから、よくみんなで押しかけてたんですよ」

「やっぱり仲いいんじゃないですか」

「仲の良さが・・・違うでしょ」

忙しい忙しいと言いながらこうやってふらっとやってきたのはきっと、一夜さんだ。

いつも物静かで穏やかな一夜さんに癒されたくて来たのかもしれないな、と思い、

「僕、そろそろ行きます。草薙さんに呼ばれてるんでした」

と言ってその場を離れた。


騰蛇隊舎に向かう途中、右京さん!と声をかけられて振り向く。

たしか朱雀隊の月岡伍長。

「お久しぶりです!」

笑って言うとちょっと微妙な笑いを浮かべて

「なんか色々・・・大変だったみたいですね」

と小声で言った。

浅倉隊長が直接言うわけないので、どこかで噂を聞きつけたんだろう。

「隕石騒動とかありましたからね〜、まあそれなりに。すっかりこの国にも慣れました」

天象館での一件はしらばっくれることにした。

僕が気にしてないという意思表示が伝わったのか、ほっとした顔でそうですかと、笑う。

「浅倉隊長もいらっしゃるんですか?」

「はい!報告書まとめてらっしゃいます。気合入ってますよ、久々のご対面ですし」

一ノ瀬隊長のことか。

ふと気になって訊く。

「月岡伍長は、その・・・浅倉隊長についてどう思われますか?」

え!?とちょっと度肝を抜かれた顔をする。

「どうって・・・・・・そうだなあ。ちょっと変わってますけど・・・そりゃ相当変わってますよ!?でも・・・僕は尊敬してます」

照れたように笑って言う。

「ああ見えて優しいとこもあるんですよ。頭も切れるし、仕事モードのときはすごくかっこいいんですから!」

僕は仕事モードを見たことないからか・・・想像がつかない。

なんだかんだで頼りになる、って藍さんも言ってたな、そういえば。


そして、今日。

ついに西の白虎隊と、一ノ瀬総隊長が帰還した。

紺青(こんじょう)を表す白い旗のもと、騰蛇隊隊長部隊と共に左に白虎隊長の藤堂隊長、右に内海(うつみ)伍長。

そして、一番後ろに、白馬に乗った大柄な男性の姿。

黒い長い髪は無造作に風になびかせ、ターバンを巻いている。

端正な顔立ちだが、野性味にあふれた雰囲気を(かも)しだす。

そして、総隊長の黒いローブ。中には甲冑を身に着けている。

城下を騒然とさせ、時に歓声を浴びながら、城門へ。

王宮前では近衛隊の隊長・伍長が整然と並び、出迎える。

僕も草薙さんの隣にいたが、すごい威圧感だった。

圧倒的なカリスマ。

皆が口々に彼を絶賛するのがうなずける。

隊長連の背後に控えていた騰蛇隊伍長隊の中から藍さんが走り出てきて、一ノ瀬隊長の横に立つ。

「おかえりなさいませ、一ノ瀬総隊長!」

澄んだよく響く声が響く。

すると一ノ瀬隊長は馬上から身をかがめると、いきなり藍さんの頭をぐりぐりと撫でた。

そして十二神将隊に向かって言った。

低音の深みのある声で。

「ただいま戻った」


玉座の前にひざまづく、一ノ瀬隊長。

「一ノ瀬孝志郎、無事帰還いたしました」

2人の姫もちょっと緊張した面持ちで迎えている。

「西は大変な戦闘だったとうかがいました。ご無事で何よりです」

霞さまが言う。

「私のことよりも・・・霞姫さま。さぞやご難儀であられたのでしょう」

「いえ私は・・・こんな姿になっても、命はありますもの・・・お父様は・・・・・・」

ひざまづいたまま、うつむいて拳で石の床を思い切り叩く。

「私が遠く離れていたばかりに・・・」

そして、顔を上げて、霞さまに向かってはっきりと言う。

「王の仇、必ずやこの孝志郎が討ってみせましょう!」

それは『王直属の部隊の隊長』に相応しい、毅然とした姿だった。


王宮に“近衛の間”という、隊長達の会議のための部屋があることを、僕は今日まで知らなかった。

草薙さんが一ノ瀬隊長と打ち合わせを始め、他の隊も忙しそうだったので、手持ち無沙汰になっていたところ、

「資料配るの手伝ってくださいます?」

藍さんに声をかけられた。

総隊長席と思しき黒い大きな椅子の後ろには十二神将隊のタペストリー。

長く広い机に、両側に6つずつ椅子が並ぶ。

「1つ多くないですか?」

藍さんに尋ねると、教えてくれた。

「騰蛇隊は二つに分かれてるから、伍長隊から一人出るんですよ。大抵は草薙伍長ですけどね」

手を止めずに言う。

「どうですか?一ノ瀬隊長」

「すごいですね・・・正義感あふれる、すごく強い人みたいに見えました。みんなが絶賛するのがよくわかります。藍さんの幼馴染なんて、すごいですね!」

ちょっと照れたように笑い、言う。

「まあ、すごい人ではありますね」

豪傑(ごうけつ)ってイメージです」

「誉めすぎじゃないですか?」

会議には隊長以外は同席できないのがしきたりだという。

「中の様子をモニターで見ることは出来るんですけどね。それも中から操作して、外に漏れてもいい情報ってときだけみたいですよ」

「特別な空間なんですね」

「そう。モニターのスイッチは総隊長の監視役の権限がある天空隊長・・・つまり来斗が持ってるんですけど、私が入隊してから一度も、その場面に遭遇したことはないです」


会議が始まった。

「先の隕石の件、総隊長不在の中ご苦労だった。最近では都には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蔓延って大変な様子だな、龍介(りょうすけ)

大きな椅子に深く腰掛け、威勢のいい声で一ノ瀬隊長が草薙さんに言う。

草薙さんはやや緊張気味。

「はっ。先の隕石騒動の際は城下の至るところに現れましたが、出没箇所は王宮周辺が多いようです」

「何が狙いなのだろう・・・」

燕支(えんじ)の皇子の橘どのが申されるには、霞姫さまを狙ってのことのようです」

「霞様か・・・」

あごに手を当てて、少し考えて言う。

「王家に伝わる特殊な『神力(ジンリョク)』、それを悪用しようと考えてやがるのか」

「それは、ありそうな話だな」

来斗さんが口をはさむ。

「少し調べたんだが、あいつらの動力源、『神力』に近似した何かのようだ」

「何かってのは・・・何なんだ?」

ちょっとふてくされたように来斗さんが言う。

「すまんな、古文書を当たっているんだが、なかなか辿り着かんところだ」

「そうか・・・」

にやっと笑って一ノ瀬隊長。

「その方面は俺は全く素人だからな、頼むぞ来斗」

次に、愁さんが立ち上がって南の情勢を報告。

「以上。オンブラの襲来もなかったようやし、南は平和なもんや」

黙っている一ノ瀬隊長。

「それだけか?」

「え?」

「愁の力なら、もっと南の平定、領地拡大は見込めると思っていたんだがな・・・」

「そんなん言うても、南はほぼ」

(ぼく)族がいただろう」

それは、南で唯一強固に紺青の配下となることを抵抗し続けている一族。

磨瑠のような温和なものではない、獣人たちの国で、これまでの紺青の歴史の中でも何度か遠征を試み、その度に沢山の犠牲を出してきた。

「・・・報告するほどやないと思ってたんですけど」

報告書を閉じて、愁さんが言う。

「墨の北15パーセントはほぼ屈してます。中央のほうはまだまだやけど、時間かけたらなんとかいけるって手ごたえは感じてるところですわ」

すごい。

それでも、一ノ瀬隊長は不満げに言う。

「時間は有限だ。もっと策を講じて、平定を急げ」

しばし沈黙。

ふっ、と笑って、愁さん。

「いけずやな。孝志郎はんは」

四方隊の報告が続く。

玲央(れお)のところはどうだ?」

僕の番。

ちょっと緊張しながら報告。

ふむ、と悪くない雰囲気だった。

さらに報告。

「橘右京の故郷ですが」

一ノ瀬隊長の目が少し険しくなる。

「右京の仕官については比較的好意的です。彼は人望が厚かったようですからね、跡目争いの火種の一つが消えてほっとしてる兄弟も多いようで」

「男ばかり10人・・・だったか」

「はい。次男は亡くなってますが」

そうだったな・・・とつぶやく。

「彼にはまだまだ協力してもらわなきゃならんからな。国の方はしっかり見てやれ」

はい、といい返事をして、着席する。

「右京だけどね・・・」

頬づえをついて聞いていた一夜さんが話し始める。

「彼は相当なもんだよ。『神力』を測ってみたんだが、特別な訓練もしてないのに、こんな感じ」

ぺらっと懐から一枚データを取り出す。

皆の視線が集まる。

「これは・・・」

「昔の藍のようだろ?」

天性の高い『神力』と『神器』を扱う器用さを持っていたというミカちゃん。

それと似ている・・・という。

「残念ながら愁には届かなかったけどね」

「それ・・・どういう意味や?」

「いや、飛びぬけちゃったら面白いなって思ってたんだけど、それはあてが外れた」

無駄話はいい、と叱責されて、肩をすくめる一夜さん。

「剣術については本当に強いしね、しばらくうちで面倒みさせてほしいんだけど」

「そうか、ではそのように」

腕組みをして、つぶやく一ノ瀬隊長。

「橘右京か・・・」


会議が終わり、隊長連が出てきた。

草薙さんにお疲れ様です!と声をかけると、肩を大きく回しながら

「あ〜きつかった!まじで緊張するんだもんな」

と言う。

「へぇ〜次は私も出てみたいなぁ」

とちゃかして言う藍さん。ちょっとむすっとして草薙さんが言う。

「じゃあ次回は三日月!絶対お前出ろよ」

「・・・代わりに資料作ってくだされば」

「・・・それはお前の仕事」

月岡伍長が浅倉隊長に駆け寄る。

・・・なんだか不穏な感じ。

風牙(ふうが)!墨の攻略に本腰入れるで!」

「え!?どうしたんですか急に・・・」

「僕らは治安維持の警察官やないんやから」

「そ、そりゃそうですけど・・・」

「つべこべ言わんと!作戦練り直しや。行くで!!」

僕らの方を見もせずに、行ってしまった。

「・・・・・・一ノ瀬隊長、また何か言ったんですね」

藍さんが浅倉隊長の背中を見送りながら言う。

「いつものことだろ。・・・俺と右京のこと何も言われなかっただけましだろーが、あいつは」

・・・報われない人だなあ。

「藍!ご苦労だったな」

背後から声。

一ノ瀬隊長だ。

今まででは見たことのない、満面の笑み。

「毎度のことながら、お前に任せとくと安心だぜ」

「・・・おかげ様でお肌荒れちゃって荒れちゃって大変なんですけどね」

「そっか!今日はゆっくり休みな」

破顔一笑(はがんいっしょう)

こういうメリハリの利いたところも、人気の一因だろう。

そして一ノ瀬隊長は、じっとこちらを見た。

しばし沈黙。

「橘右京。話は色々藍から聞いてるぜ。すごいんだってな、あんた」

「いや・・・そんなことは」

「一夜が褒めてたぜ」

あいつはめったに人のことほめねえんだ、と笑う。

「ひねくれてるからな、あいつは」

失礼だなぁ・・・とぼやきながら背後を一夜さんが通り過ぎる。

「今日は色々あんたと話したいと思ってな。時間あるか?」


城の裏庭に出る。

大きく伸びをして、あくびを一つする、一ノ瀬隊長。

「紺青はどうだ?」

笑って答える。

「とてもいい都だと思います。緑も水も豊かだし、民にも活気がある」

「そうか。王子様らしい答えだな」

さわやかな風が吹く。

「藍とも親しいみたいだな」

「はい、よくしてもらってます!」

「あんたいくつだ?」

「20になったところですけど・・・」

「そっか。じゃ、藍がだいぶおばさんだな!」

いひひ、といたずらっぽく笑う。

「藍さんは・・・その」

何から聞こう。

藍さんのこと、浅倉隊長と草薙さんのこと、来斗さんのこと、姫たちのこと・・・

聞いてみたいことがたくさんありすぎて、言葉が出なかった。

「あいつは、妹みたいなもんだな・・・色んなこと言う奴がいるけど、初めて会ったときもそう思ったよ、俺の妹だって」

「妹・・・」

「あいつはしっかりして見えるけど、強がってるとこあるからなぁ。ガキの頃なんてすごかったんだぜ?俺と来斗の後ろですげえふんぞり返ってさ」

なつかしそうに楽しそうに話す。

やがて、ちょっとトーンを落として訊く。

「あいつ・・・ちゃんとやってるか?」

それなら自信を持って答えられる。

「一ノ瀬隊長の留守をしっかり守っておられると思います」

そうか・・・と安心した顔。

「あいつガキの頃はさ、俺がいなきゃなんにも出来なかったんだぜ」

ローブのポケットに手をつっこんで、可笑しそうに笑う。

「今でも時々思うよ。あいつはもし・・・俺がいなくなったらどうすんだろうな」

なぜそんなふうに?と尋ねると、深い意味はねえけど、と答える。

「支えてくれる男の一人でもいりゃあなあ」

「・・・・・・いないんでしょうか?」

「・・・いそうか?」

「え!?いや、そうじゃないですけど・・・いてもおかしくないかなって」

「そうだよなぁ・・・でもあいつは本っ当に昔っから本の虫で!」

エキサイト気味に話す一ノ瀬隊長を見ていたら、なんだか、本当の兄貴みたいだと思った。

唐突に一ノ瀬隊長が訊いた。

思いもよらない質問。

「・・・・・・それ、どこで?」

「紺青にいりゃな。それなりに情報は入ってくるよ」

「そうですよね」

大きく動揺して、それでも平静を装って答えた。

「でも、もう終わったことですし、昔のことです」

「そうか」

更に、右京殿・・・と低い声で言う。

「『天下を取りたい』って、思ったことねえか?」


天下・・・・・・?

「紺青にいるといろんなもんが見えてくる。権力の強さ脆さ、富のある人間の傲慢さ。高官の狡さ。汚ねえもんを見ないで生きられれば、こんなにいいことはないだろ?世の中の不浄を正すためには、やっぱよ・・・自分の思い通りの世界を作るっきゃないんじゃねえかな」

「でも・・・そんなこと」

彼の正義とは一体なんなんだろう?

「できっこねえと思うかい?」

答えないでいる僕に、意思の強い口調で言う。

「そりゃ、どういう方法を取るかっていうのはあるぜ?けど・・・俺は、出来ると思うんだ」

天才的な頭脳と武術の才能、『神力』のすべてを兼ね備えた上、人心掌握術にも非常に優れている一ノ瀬隊長。それは圧倒的な自分の能力に裏打ちされた自信に違いなかった。

「もしあんたが俺なら・・・・・・あんた、どうする?」


その時、背後から声がした。

初老に差し掛かったの男性の声。

「孝志郎!」

振り返ると、そこにいたのは3人の男性。

声をかけたのは精悍な肉体の名残を残す、あご髭をたくわえた威厳ある男性だった。

軍服を思わせる重そうなジャケットを着ており、黒い髪には白いものも混じっている。

もう一人は和服の似合う、少し恰幅のいい銀色の短髪の同じくらいの年齢の男性。

優しげな瞳には厳しさも兼ね備えている風貌だ。

そして、少し離れたところにもう一人。

眼光するどく、その他二人より一回り以上若そうな男性。黒い髪に黒い瞳。真っ黒な皮のジャケットに、タイトな感じの黒いズボン。

三人の顔を見て、半ば自嘲気味な笑いを浮かべると、一ノ瀬隊長は言う。

「これはこれは・・・三公揃ってお出ましとは、光栄なことだね」

三公。

代々王家の傍に仕える、由緒ある三つの家系。

王に直接進言したり、有事にはすぐ傍で忠実に動く、そういう大事な役目を担っている。

筆頭が、一ノ瀬公、隊長の父上。文官の最も上位に位置している。

そして、全軍隊を束ねる役目なのが涼風公、来斗さんの父上。

どちらにも偏らず、公平な立場を保って意見を述べ、王家をすぐ傍で守る役目を担っているのが朔月(さくげつ)公だ。

おそらく、声をかけたのが一ノ瀬公。若いのが朔月公。和服の男性が涼風公だろう。

低く冷たい声で朔月公が言う。

「軽率な言葉は慎め。一ノ瀬公は父上とはいえ、お前よりも高位であろう」

「・・・はいよ。申し訳ございません」

後ろから藍さんが出てきて、もう孝志郎は・・・とつぶやいて言う。

「すみません、おじさま。一ノ瀬隊長は長旅と長時間の会議で疲れてまして・・・」

「三日月、お前が言い訳する必要はないだろう?」

冷たく言う朔月公に、藍さんは一瞬、すごくこわい顔をした。

「で、どういったご用件ですか?」

低い声で藍さんが続けて言う。朔月公に向かって。

温和そうな涼風公が間に入る。

「まあ、皆そう堅苦しいことを言わんでもいいではないか。今日は燕支の皇子と、久々の孝志郎の顔を見に来たのだよ」

「元気そうで安心したよ、孝志郎」

年長の二人が穏やかに言うので、朔月公は少し黙る。

「おやじとおじさんも相変わらず・・・でも、ちょっと老けたか」

「孝志郎!・・・じゃなくて・・・・・・一ノ瀬隊長?」

藍さんが制する。ふいっと横を向く一ノ瀬隊長。

朔月公の鋭い視線は、次に僕に注がれた。

「橘右京殿だったな」

「は・・・はい!ご挨拶が遅れ、申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げると、意外なことを言い出す。

「愁を倒した・・・そうだな」

「朔月さま!?右京様は・・・以前ご説明しましたよね?」

藍さんが硬い表情のまま言う。

「ああ、そういうことになっているのであったな」

さらに意外な一言。

「あれは・・・私の一番弟子だ」

「で・・・お弟子さん・・・・・・ですか???」

「あれは近頃図に乗っている所があったからな、叱責する手間が省けた。その点感謝している。これからも紺青のためにしっかりやって欲しい」

あまりにびっくりして、はい・・・と言うのがやっとだった。

「藍も孝志郎も、右京殿も、今宵は我が家で食事をせぬか?お前たちが家を離れて以来、夕餉もめっきり寂しくなってな」

一ノ瀬公が言う。

是非、と僕と藍さんは言うが、相変わらず一ノ瀬隊長はそっぽを向いたままだった。


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