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Ep7 花街

オンブラの襲来から1週間。

あのときの傷も癒え、久々に城の外に出てみる。

城門のすぐそばに艶やかな女性が立っているのが目に留まった。

黒地に赤・黄の鮮やかな蝶の柄の着物。金色の帯。やや着くずした感じ。

それにどきっとするくらい真っ赤な口紅。

こんなまぶしい朝日の中にあって、彼女は明らかに異質な空気だった。

こっちをじっと見ると、つややかに微笑む。

ぎょっとした。僕を知ってるのか?

「あなたって、こないだ遠くの国から来たとかって言う皇子さまでしょ?」

「たぶん、そうですけど・・・」

はしゃいだように手を叩いて、絶対そうだと思った、と笑う。

「お噂はかねがね聞いてますよ!お会いできるなんて、なーんて光栄なんでしょ!」

後から来た草薙さんが、ぎょっとした顔で女性に言う。

香蘭(こうらん)・・・」

「あら〜、草薙さん!?最近めっきりご無沙汰じゃありませんかぁ」

草薙さんはちらっと僕のほうを見る。

(勘違いすんな)と目で言う。

なるほど、やっぱりそういう・・・・・・

「そうだ!せっかくここでお会いできたのもご縁だし、今度お二人で遊びにいらっしゃいません!?」

え。

そこに・・・タイミング悪く通りかかる人影。

はしゃいだ様子で香蘭は声をかける。

「浅倉さーん!」

ぎくっと立ち止まる浅倉隊長。

「浅倉さんなんてもーっと冷たいんですからぁ。一回お見えになってそれっきりですものねぇ」

「香蘭・・・なんでこんな所に・・・・・・」

「いえね、こないだの化け物騒ぎでうちなんかの周りも大層怖い思いしたもんですから、助けてくださったお礼を言わないとって・・・ねえ、三日月さん」

三日月さん?

振り返ると・・・気まずい僕らの背後で、それを醒めた目で見ている(らん)さんがいた。

「藍はん・・・・・・えっと・・・・・・これは」

「香蘭、夜勤明けでお疲れ様じゃないの」

藍さんも知ってるわけ?

ますます謎の女性だ。

藍さんの登場になんとなく動揺している(浅倉隊長なんか相当動揺している)男性陣を面白がっている様子。

「三日月さんも最近めっきりお見えになりませんわねぇ」

「私は・・・独りで行く理由ないもの」

藍さんが紹介しましょ、と僕に言う。

「『花姫』の香蘭です。『花姫』っていうのはまあ・・・芸者さんというか、踊り子さんというか、そんな方です」

「三日月さんは本当にお優しいわぁ」

にっこり笑って香蘭。

「“遊女”とはおっしゃらないんですねぇ」

「春を売るばかりが商売じゃないでしょ、あなたたちは」

そういうことしない人もいるんですよ、とこそっと僕に言う。香蘭はあれですけど・・・

『花街』。そこはにぎやかな大人の界隈だという。

そこで働く女性たちを総称して『花姫』と呼ぶ。

原則はべってお酌をしたり、歌や踊りを披露するのが仕事。

そこから先は店によるし、人によるそうだ。

線引きを曖昧にすることで、利用する人々の抵抗感を軽減している。

女性だけでなく『花衆』という男性もいる。異性相手あり、同性相手あり。

故郷はそういうことにかなり厳格だったから、なんだかすごい話だ。

「とにかく、またみなさんいらしてくださいねぇ。涼風さんや、古泉さんなんかも一緒に」

ひくっ・・・と顔を引きつらせて藍さんが答える。

もう男性陣はこのやりとりを見守るしかないというか・・・

「今夜は私が宿直ですから・・・みなさんで行ってきたらいいじゃないですかぁ?右京さまも若干刺激が強いかもですけど・・・余計なこと考えずに見てる分にはすごく綺麗ですよ」

「まぁ・・・そうだな。一回くらい勉強のために連れてってもいいかも」

草薙さんがちょっと平静を取り戻して、面白そうに言う。

「な!?行ってみたいだろ!?」

僕は・・・・・・どっちでもいいんだけど。


その日、見回りの草薙さんと一緒に勾陣隊舎に立ち寄った。

「馬鹿野郎!!!」

怒鳴り声に、思わず草薙さんの顔を見つめる。

草薙さんはいつものことだよ、と言うように、隊舎の中へ。

慌てて僕も後を追った。

中では、数人の勾陣隊士に向かって怒声を浴びせている剣護さんの姿があった。

「そんな中途半端な気持ちなら今すぐここから出て行け!」

そう言って入り口を指差し、僕らに気づいて少し気まずそうな顔をした。

僕らもどう反応していいかわからず、しばしの沈黙が流れる。

「どうしたの?剣護」

奥から笑顔で現れた古泉隊長。

「こないだの隕石騒動の時こいつら怯んじまって全然役に立たなくてさ・・・おまけに怪我までしやがって、今日やっと出勤してきたもんで・・・ちょっと」

ああそのこと、と笑う古泉隊長。

「お前ら分かってんのか!?『勾陣隊は十二神将の最強部隊』だって・・・自覚あんのかよ?」

剣護さんの言葉に草薙さんの顔を見ると、小声で教えてくれる。

「主に剣術では、騰蛇隊も勾陣隊には敵わねえ。そういう意味であいつらはプライドがめちゃくちゃ高いんだよ」

剣護さんはまだ続けて言う。

「俺たちは剣士として、刀を抜いた瞬間から死ぬことも辞さない態度で敵に臨むことをモットーとしている。それが俺たちの最強と言われる原動力だったはずだろうが」

「まぁ・・・そんなの口ではなんとでも言えるからね」

じっと睨みつける剣護さんをよそに、古泉隊長は笑顔で続ける。

「今まで実際にあんだけ強い敵と対峙したことってなかったからね。みんなの戸惑いももっともだと思うよ。でも・・・」

剣護さんの横に立ち、隊士達に向かって言う。

「俺が北門のあの場所にいた理由・・・分かるよね?」

怒鳴られていた数人だけでなく周囲で成り行きを見守っていた隊士達も、一瞬で顔が青ざめるのが見て取れた。

「俺の隊士に、敵前逃亡なんて見苦しい真似はさせられないだろ?」

なあ、と剣護さんに笑いかける。

戸惑った表情の剣護さんをよそに、笑顔で続ける古泉隊長。

「剣護、彼らに追加の稽古の予定、入れといて」

「あ・・・・・・ああ」

「じゃあみんな、今後くれぐれも俺と剣護に恥をかかせないように」

はい!と隊士達の恐縮した返事が響き渡った。

終始笑顔の古泉隊長を見つめて草薙さんがぼやく。

「相変わらず・・・おっかねぇなぁ一夜さん」

本当に・・・意外。

「で?二人は何の御用かな?」

くるっと僕らのほうに笑いかけて古泉隊長が言う。

「え・・・っと」

僕が言葉に詰まっていると、草薙さんが曖昧に笑って言う。

「実は・・・右京がね、『花街』に興味があるっつーんで・・・・・・ご一緒出来たらいいなぁって思いまして・・・なぁんて・・・・・・お取り込み中にお邪魔しちゃって」

「草薙さん!?僕は別に興味あるなんて・・・」

「・・・うるせえ、そういうことにしとけ!」

僕らの動揺をよそに、愉快そうに笑って古泉隊長は言う。

「いいねぇ!色々立て込んでたし、みんなでって言うのもたまには悪くないかも」

・・・たまには?

「剣護も行くよね!?」

「・・・行かね」

「そーんな難しい顔しなくたって、なぁ右京?」

不機嫌そうな剣護さんと楽しそうな古泉隊長の視線を受けて、たじろぎながら言う。

「草薙さんが・・・社会勉強って言うので・・・出来たらご一緒したいんですが」

「お前・・・俺の名前を出すな!」

「・・・お互い様です」

ごちゃごちゃ言っている僕らを横目に見て、わかった行くよ、と剣護さんがつぶやいた。


『花街』の入り口には、中国風の朱色の派手な門が立っており、そこから先が歓楽街であることをありありとうかがわせる。

「夕刻になるとだいぶすずしいねぇ」

風を頬に受けて、髪をかきあげながら古泉隊長。

剣護さんはしぶしぶといった風。

「俺は一次会で帰るぞ」

「まーったく剣護はいつもそうなんだから」

イメージ通り堅物な剣護さん。しかし他の面子はイメージが出来ない。

「そらまぁ・・・男だからなぁ」

草薙さんが言う。三日月が香蘭を知ってたのはすげえ意外だったけど。

「俺と藍は・・・いつも孝志郎に連れてこられてたからな」

来斗(らいと)さん。

「あいつは学生の頃から取り巻き大勢連れて豪遊してた。女は藍だけなんだが・・・孝志郎は藍のこと有無を言わさずどこへでもひっぱってくからな」

なんて大人なんだろう、藍さんてば。

「僕・・・・・・連れてってもらったこと・・・ないなぁ」

ぼそっと浅倉隊長。

「じゃ、こないだ言ってた“一回来た”って言うのは?」

「・・・それは」

あはは・・・と笑って古泉隊長が言う。

「愁も意外と・・・そういうの興味あるんだな」

「・・・・・・お前ほどやないで」

「まあまあ、せっかくだから今日は社会科見学ってことで、香蘭んとこに行こうか。香蘭は『花街』のナンバーワンだから、いい経験だと思うよ」

「経験て・・・」

きっぱり言っておいた。

「あの。僕も剣護さんと一緒に帰りますから」


『今日は龍介はどうした?』

無線から聞こえる孝志郎の声。

「右京様連れて『花街』へ行きましたよ。なんか香蘭が右京様に興味持ったみたいでね、直々にお誘いがあったんです」

『へぇ、香蘭が・・・』

「色んな所で有名人なんですよ、右京様って」

お前は留守番なのか?と聞く。

「当たり前でしょ?あんなところに私を連れてくのはあなたくらいです」

『その言い草・・・嫌なら嫌ってはっきり言えばよかったろ?』

「別に・・・嫌じゃなかったけど」

ならいいんだ、と満足そうにつぶやく。

『帰還の予定は以前伝えてあった通りだ。会議等々の準備はどうなってる?』

無線の声が仕事モードに切り替わる。

これにて雑談終了・・・か。

「万事順調に。もともと2週間前を見積もっておりましたから、若干早まることも想定に入れて手はずは整えております」

『ご苦労。さすが藍だな』

「お褒めに預かりまして」

『じゃあな・・・龍介にもよろしく伝えといてくれ』

それと、と付け足して言う。

『戻ったら久々に、飲みにでも行くか?』

思わず笑顔になって答える。

「そぉねぇ、私も色々忙しいから・・・けど、いいよ、あけといてあげるわ」


それは想像した以上に“遊郭”といった風情の建物だった。

大きな宴会場のような部屋に通され、酒と肴が振舞われる。

女将風の中年の女性が現れ、言った。

「皆さん今日はようこそおいでくださいました!どうぞごゆっくりしていってくださいねぇ」

昔はすごい美人だったんだろうな。そんな感じ。

やがて宴席が幕を開けた。

考えてみたらこうやってこの人たちと飲むことなんて初めてだ。

それはそれとして、いいんだけど・・・

「ねえねえ、右京さまってお強いんでしょ?」

「素敵よねぇ、異国の王子様だなんて」

両サイドの『花姫』。多分16,7の女の子なのだが・・・

香水と白粉の強い匂い。

居心地が悪い。

剣護さんはだいぶ離れたところにいたが、目が合うと苦い顔をして見せた。

あの人も同じらしい。

草薙さんはなんだか馴染みらしき『花姫』と話し込んでいる。この前の騒動の話のようだ。

「公私混同!」怒る藍さんが目に浮かぶ。

お酌をされながら淡々と杯を進めている来斗さん。

しどろもどろながら・・・ちょっと嬉しそうな浅倉隊長。

そして。

「右京ってばモテモテじゃないか」

横から声がする。

両手に『花姫』をはべらせて。

ありえないくらい・・・この場にしっくり馴染んでいる古泉隊長。

「だって一夜さま、右京さまってすっごくかわいいじゃない?」

「か・・・かわいい・・・・・・?」

「残念、俺だってそんな頃があったんだけどなあ」

「やだぁ、一夜さまが一番素敵ですよぉ」

そう言う『花姫』の頭を、いい子いい子と撫でている。

「古泉隊長って・・・」

「右京、そうそう俺も一夜でいいよ?来斗や、剣護や藍みたいに」

「・・・・・・一夜さんて、いくつなんですか?」

「27」

みえなーい!若い!という黄色い声。

少なくとも・・・こんなところに馴染む年ではないんじゃないだろうか?

「・・・藍さんに・・・・・・怒られませんか?」

「藍???」

なんで?という顔をされて黙る。

その時、三味線と太鼓が鳴り始めた。

ナンバーワンのご登場。香蘭だった。

さっきよりもあでやかな赤地の着物に金の長い帯。

こちらをちらりと見ると、微笑んだ。

ちょっと動揺する。

そのまま、三味(しゃみ)の音に合わせて舞う。

流し目で、すべらかな動きで、着物を翻し、舞っている。

それはすごく綺麗だった。

そして、次に琴の音も加わり、現れたもう一人の『花姫』。

紫の着物に銀色と金色の混ざった帯。

白い花の描かれた扇子を持って舞う。

香蘭の美しさを太陽と例えるなら、彼女は月だ。

黒い髪を結い上げて、赤いアイシャドウ、薄紅の唇。

清らな美しさを持っている。

しかし、香蘭がさっき言っていた言葉―――「遊女」だと。

見とれている僕に一夜さんが横から言う。

「綺麗だろ?」

「・・・本当ですね」

「あれはね、白蓮(びゃくれん)

白蓮はひとしきり舞うと、次は歌を披露し始めた。

絹のようなつややかな声。

舞は日本舞踊だったが、歌はアリアだった。アカペラで歌う。

夜の歓楽街に不釣合いな、美しい歌声が夜に溶けていく。

それはこの世のものとは思えなかった。

「『花街』のナンバーワンは香蘭てことになってるけどね」

少し僕のそばに近づいて、耳元でこっそり言う。

「俺としては・・・白蓮だね。あんな『花姫』は今までも、これからも現れないだろう」

「彼女も・・・」

体を売るんだろうか。

「そりゃまあ、ここはそういう店だからね」

僕の当惑を感じ取って、優しく言う。

「だけど、彼女は誰でもってわけじゃない。店としても芸達者な白蓮は安売りしたくないんじゃないのかな」

「そうですか・・・」

「右京は軽蔑するのかも知れないけど、この世の中にこんなに美しいものがあるのなら、それに触れたい、そばに置きたいと思うのが人間のさがじゃないかな。女性だけじゃなく、刀だって、花だって・・・俺はそう思うね」

どきっとするくらいに綺麗に笑って、一夜さんは言う。

風流人。歌舞伎者。こういう人をそう呼ぶのだろうか。

白蓮の結い上げた美しい黒髪を見ていたら、ふと頭に浮かぶことがあった。

「あの人・・・藍さんに似てますね」

面食らった顔の一夜さん。

ちょっと間があって、いつもの笑顔になるとこそっと耳打ちした。

「・・・それ。藍には言わないほうがいいとおもうぜ?」


興奮が醒めないのか、草薙さんがうんざりしている剣護さんにさっきの武勇伝を話しながら歩いている。

結局みんな無事・・・というか、その宴席の後、帰ることとなった。

非難めいた声を上げる香蘭の後ろで、切なげな表情の白蓮がいた。

・・・あれ?

「なんか久々に行ってみたけどたいしたことないなぁ」

あんなにどぎまぎしていたくせに、浅倉隊長は涼しい顔で言う。

「お前は・・・」呆れた顔の来斗さん。

「右京は?どうだった?」

「え・・・っと」

言葉に詰まると、嬉しそうに一夜さんが言う。

「満喫してたみたいだけど。えらく白蓮がお気に召したみたいだったね」

「へぇ〜、右京はん通ですなぁ」

してやったり顔の浅倉隊長。

「白蓮といえば・・・良かったのか?一夜」

剣護さんが言う。

・・・・・・やっぱり。

「いいのいいの。どうせまた近いうちに行くと思うし」

一夜さんは相変わらず飄々としている。

草薙さんが僕のところに来て尋ねる。

「『花姫』もピンキリだけどな、あの店はいっちばん綺麗な子が集められてるからな、目の保養になったろ?」

「でも・・・」

ちょっと立ち止まって言う。

「藍さんのほうが綺麗だと思いましたけど」

浅倉隊長が近づいてきて、低い声で言う。

「右京はんって・・・そういう目で藍はんのこと、見てはるん???」

「・・・・・・そんなんじゃないですけど」

「いや、そんなんじゃなかったら・・・そこでその名前は出て来へんで?」

しつこく絡まれる。

「・・・・・・浅倉隊長は、藍さんの名前が出ると絶対絡んできますよね」

ちょっと酒も入ってるし、つい口をついて出てしまった。

「前々から思ってたんですけど・・・浅倉隊長って藍さんのこと好きなんでしょ!?」

・・・・・・・・

しばしの沈黙。

また、やっちゃったか・・・

しかし、浅倉隊長はくるっときびすを返すと、つかつかと宿舎に向かいながら言った。

「それはやな・・・僕が興味あるんは・・・・・・藍はんやなくて、藍はんを一番そばに置いてはる、孝志郎はんや」

「浅倉隊長って・・・そういう」

「いや!勘違いしたらあかん!」

振り返って大急ぎで訂正する。

「孝志郎はんに認められること・・・それが僕の一番の名誉やから」

にっと笑ってそのまま立ち去った。


その後、一夜さんとも別れ、僕と草薙さん、来斗さん、剣護さんの4人は藍さんの待つ騰蛇隊舎へ向かう。

しばらく歩いて、突然剣護さんが言った。

「右京!!!お前はよくやった!」

「な・・・なんですかいきなり」

「愁にあんなこと言えるなんてお手柄だぞ!」

「だって・・・みなさん思わないんですか?」

「ああ思うよ!?でも、そういうのって訊きづらくないか?」

付き合いも長いし・・・と言う。

「でも・・・かわされましたよ?」

「でも、肯定も否定もしなかったろ?」

「そういえば・・・」

「あれは暗黙の肯定と、俺は見たね」

満足げな剣護さん。

隊舎では、藍さんが机に分厚い本を広げて読書中だった。

「み・か・づ・き?勤務中だろ?」

顔を引きつらせて草薙さん。

「あ・・・今、ちょうど休憩入ったとこでーす」

冷や汗気味の藍さん。話題を変えようと、僕に尋ねる。

「右京さまいかがでした!?」

「なんか・・・きらびやかですごいところでした」

そうでしょうねぇと笑う藍さん。

「藍、右京のやつ、愁にとんでもないこと聞くんだぞ?」

来斗さんが言う。

「『藍さんのことが好きなんでしょう!?』ってな」

きょとんとした顔の藍さん。

・・・何も本人に言わなくても。

「あいつ何て言ったと思う?」

あはは、と乾いた笑い声を出して、藍さんは言う。

「私が孝志郎の一番近くにいるから興味があるんだって、一番興味あるのは孝志郎だって、そう言ったでしょ?」

「何で分かるんですか?藍さん・・・」

「あの子と何年付き合ってると思ってるんですか〜もう」

来斗さんとしては、カマかけて藍さんの反応を見たかったってところだろう。

あてが外れてちょっとがっかりした顔をしている。

「さあさあみなさんは明日も早いでしょうから、帰って寝てくださいな。後は私にお任せください」


右京たちが去って、静かな夜に戻る。

「さあて、あんまり遅くならないうちに見回り行ってくるかな」

後ろの窓に向かって声をかける。

「一緒に行ってくれるでしょ!?愁くん、そこにいるのはわかってるのよ?」

気まずそうな顔でゆっくりと顔を出す愁。

「いつから・・・気づいてたん?」

「そうねぇ、だいぶ前から?」

来斗が面白がって、私に報告することがこの子には分かってたんだろう。

そして、気になって見に来てるであろうことが私には分かった。

気配を消していたんで、本当はあてずっぽうに声をかけたんだけどね。

「なんでもお見通しやなぁ藍はんには」

「そんなこと言う子には孝志郎の帰ってくる日は教えてあげませーん」

「そんな・・・なあ?」

隊舎の外に出る。

夜風がとても心地よい。


扉を開けると彼女はものすごく驚いた顔をした。

「・・・お帰りになったんじゃなかったんですか!?」

「いや、やっぱり二人きりで会いたくなってさ・・・戻ってきちゃった」

懐に飛び込んでくる、華奢な体。

花の香りの香水の、いい匂い。

夜の仕事も今日は終わって、白粉も落としてしまっていたが、素顔でも彼女はとびきり美しい。それが香蘭との一番の違いだと俺は思っている。

右京はまったく・・・いい勘してる。

「一夜さま・・・」

「白蓮、ただいま」


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