Ep45 おまけ
文字通り、おまけ。
本編の2年後くらいの設定です。
「風牙さん、ご存知ですか?ビッグニュースがあるんです」
久々にデート・・・というときに、突然ちかがそんなことを言い出した。
「・・・何?」
ふふふ、内緒、と笑うちか。
「何だよー!そこまで言ったら一緒じゃん!?教えてくれないの?」
楽しそうに笑って頷くちか。
「・・・意地悪だなぁ」
「だってお医者さんですからね、ちかは。患者さんのことはお話ししちゃいけないんです」
「・・・患者さん?そういや、ちかって今何科の担当なんだっけ?」
「もう・・・風牙さん全然覚えてくれないんだもん」
でも・・・とつぶやく。
「何でみんな・・・聞いてないのかなぁ」
騰蛇隊舎に入ると、珍しく草薙さんが忙しそうに事務仕事をしていた。
「お久しぶりです!草薙さん」
「おー右京おかえり!どうだった?霞様と霧様の護衛は・・・」
空いていた椅子に断って腰掛けると、いつも通りです、と笑って答える。
「オンブラが出なくなってだいぶ経ってますからね・・・近隣国も落ち着いてますし。西も槌谷隊長のおかげで大分平和みたいですし」
誇らしげに頷く草薙さん。
「剣護と一夜さんも一緒だったっけか?」
剣護さんはあの事件以降霧江様の身辺警護と勾陣隊長を兼任している。
忙しい忙しい、と平原杏伍長は文句ばかり言っているが・・・
一夜さんは道場の指南役の傍ら、剣術の腕前を買われて姫達の遠出や三公の遠征の時には臨時に借り出されるのが最近の習慣になっている。
「そうですよ。今回は総隊長の愁さんも一緒でしたし」
「そうだったな」
愁さんの話題は相変わらず気に食わないらしい。
不満げな様子で頷く草薙さんに、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「藍さんは?今日はお休みですか?」
ああ、と難しい顔をしてつぶやく草薙さん。
「今日は・・・っつうか、最近お休みなんだよ、あいつ」
「・・・最近?」
そんなこと・・・一夜さんは全然言ってなかったけど。
「なんか最近体調悪いらしくてさ・・・休む前からずっと顔色悪くてな。あいつ有休全然使ってなかったし、まあまだ一週間くらいだから大して問題ではないんだが。俺が一人で全部やらなきゃならないってくらいで・・・」
書類の山をちらっと見てため息をつく。
「どう調子悪いんだ?って聞いても『病院行ってるから大丈夫!』の一点張りでさ。一夜さん何か言ってなかったか?」
首を振る僕に、頭を掻いてつぶやく。
「喧嘩でも・・・したのかな?」
「えええ!?それはないでしょ」
にしても・・・一体。
その日の午後、愁さんを中心として総隊長会議が執り行われた。
槌谷隊長と久々に会えて、草薙さんはとてもほくほくしている。
「あいつら・・・相変わらずなんだろ?」
会議後控え室にやって来た一夜さんがつぶやく。
「ったく煮え切らないよな龍介の奴・・・あれから何年経ったと思ってるんだよ」
「それはそうと・・・」
一夜さんにさっきの話をしてみる。
「藍が?病気?」
きょとん、とした目で僕を見る。
聞いてないのか?と来斗さんが近づいてくる。
「いや・・・何も」
それどころか、と面白そうに剣護さんが話し始める。
「全然話してないもんなぁ、藍と」
「ええ!?」
珍しく深刻な顔で頷く一夜さん。
「無線にさ・・・出てくれないんだよね。この一、二週間かな・・・今まで遠征とか行ってもこんなことってなかったんだけど・・・」
「お前・・・舞怒らすようなこと、何かしたん?」
恐い顔で愁さんが聞く。
「いやいや、そんなことは。俺この何年かはすっごく真面目なんだぜ?」
「・・・ほんまかぁ???」
疑り深い目で一夜さんを見る愁さんの背後で、顔色を変えた人物がいる。
「・・・宇治原さん、何かご存知なんですか?」
ぎくっ、と明らかに動揺した様子の宇治原さんがぶるぶるっと首を振る。
草薙さんがやってきて会話に参加。
「病院には行くっつってたからなぁ・・・源隊長、どうなんですか?」
え?と源隊長がつぶやく。
「そうねぇ、来てることは来てると思うわよ?時々見かけるもの」
「源たいちょ!?」
こともなげに答える源隊長に宇治原さんがすかさず突っ込みを入れる。
・・・何か、知ってるな。
愁さんが恐い顔で月岡伍長を呼ぶ。
「な・・・・・・何でしょ???」
「お前・・・ちかちゃんから何も聞いてへんか?」
「え!?」
一瞬固まる月岡伍長。
愁さんは相変わらず恐い顔のまま、月岡伍長の肩に手を回す。
「なぁ風牙?知ってるんやったら全部吐いたほうが楽やで?」
「・・・愁さん!?僕は・・・・・・そんな・・・・・・何も知らないです」
「まあ・・・風牙に話してる可能性は高いよな」
剣護さんが言うと、風牙さんは立ち上がってきっぱりと否定する。
「失礼な!ちかは曲がりなりにもお医者さんなんですよ!?そんな患者さんのプライバシーに関わるようなこと、僕に話すわけないじゃないですか!?」
「別に・・・大変な病気とかではないんでしょ?宇治原くん・・・」
源隊長が言って、また宇治原さんが動揺した様子で頷く。
「え・・・まぁ・・・・・・」
「だから安心してくれていいと思うけど?一夜くん」
そうですか・・・とつぶやいた一夜さん。
しばし考え込んだ後、立ち上がっていつもの笑顔で言う。
「じゃ俺、このへんで」
「おい一夜、どこ行くんだ?」
問いかけた剣護さんに仕事ー、と答えてひらひら手を振って去っていく。
「何だよあいつ・・・あいつらのこと心配してこうやって話してやってんのに」
つぶやく剣護さん。
「一夜くん・・・知らなかったみたいね」
「・・・・・・・・・そうですね」
源隊長は、じゃ私もこのへんで、と笑うと僕達に背を向けた。
「後は宇治原くん、よろしくねっ」
「・・・たいちょ!!??」
「あの二人のことは前からあなたが担当でしょ?しっかり収拾つけてあげなさい」
楽しそうに言うと、源隊長はにっこり笑って去って行った。
「・・・・・・三日月のアホがぁ・・・・・・ったく何遍言ったらわかんねん・・・・・・」
頭を抱える宇治原さんに、来斗さんが何事か感づいたような顔をした。
無線機を取り出して電源を入れようとして、ため息をつく。
「・・・まさかな」
「何ですか?来斗さん・・・」
「このところのあいつの言動をな・・・整理してみたんだ。それに・・・この人達のこの反応」
眉間に皺を寄せて、難しい顔で言う。
「だが・・・・・・理由がわからんのだ」
「理由て?」
愁さんの問いに答えずに、来斗さんは意を決したように無線機のスイッチを入れる。
『・・・はい、三日月』
弱々しい藍さんの声。
「来斗だ」
『・・・・・・何?』
「待て藍!電源切るなよ!?」
『・・・・・・・・・だから、何?』
だるそうな、少しとげのある声。
「一つ・・・確認してもいいか?」
『・・・・・・駄目』
「お前もしかして、に・・・」
ブチッと無線の途切れる音。
来斗さんは困った顔で僕達を見る。
「・・・・・・確定・・・だな」
宇治原さんは今の隙に逃げてしまったらしい。
剣護さんと草薙さんと僕、それに愁さんは全く訳がわからず、来斗さんの次の言葉を待つ。
「お前ら・・・・・・鈍いな」
「何のことや?」
「一夜はおそらく・・・勘づいたんだな。まぁそれならそれで・・・・・・」
「ねえ何なんすか来斗さん!?」
はぁ、と大きくため息をつくと、来斗さんは俺の憶測だが・・・と前置きして話し出す。
「・・・・・・えええ!!??」
ノックの音が聞こえる。
やり過ごそうと布団の中でじっと丸くなる。
やがてノックの音がやむ。
そして、鍵の開く音。
・・・・・・そっか、合鍵持ってるんだった。
「藍?」
答えずにいると、いきなり布団を引っ剥がされる。
・・・眩しい。
「寝てたの?」
口調はいつも通り穏やかだが、少しピリピリした空気を漂わせている。
頷くと、私の前に座り込んで真正面からじっと私の目を見る。
「仕事、休んでるんだって?」
頷く。
「何で俺に言ってくれなかったの?」
黙る。
何も答えない私に少し困ったような顔をして、すぐに笑顔になって一夜は言う。
「答えたくないならいいや。頷いてくれるだけで」
一つ大きく深呼吸をして。
一夜の質問はいきなり核心をついた。
「・・・俺の子だよね?」
「・・・・・・あのアホがぁぁ!!!一体どういうことやねん!!??」
愁さんが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「俺に言うな」
困った顔の来斗さんがつぶやく。
「そういうことは順番が違うやろ!?順番が!!??」
「まぁ、な・・・いろんな人はいるけど」
剣護さんがつぶやく。
「むしろ・・・一夜は早く一緒になりたがってたからなぁ、付き合い始めた時からずっと」
「藍さんは・・・・・・何で嫌だったんですか?だって好きなんですよね?一夜さんのこと・・・」
「笹倉道場にも最近はしょっちゅう出入りしてるしな・・・師匠も藍のこと相当気に入ってるみたいだし」
「踏ん切りがつかなかったんじゃねえの?そういうもんって言うじゃないすか、来斗さん」
最近踏ん切りをつけたばかりの来斗さんに草薙さんが言う。
顔を赤らめて、まぁ、とつぶやく来斗さん。
「でもまぁ・・・普通は逆・・・というよな?男性が躊躇する・・・と」
愁さんが少し深刻な表情になってつぶやく。
「やっぱ・・・幼少期の環境とか影響してんのかなぁ」
藍さんは幼い頃、めったに両親と会えず花蓮様の義理の妹である小春さんと愁さんと一緒に暮らしていたのだ。そして愁さんは・・・当然ながら父親とは一緒に暮らしていない。
来斗さんもつぶやく。
「以前、言っていたな・・・『自信がない』とか何とか」
「えええ!?ミカさん言ってなかったんですか!?お父さんに・・・」
最近小児科、産婦人科担当になったちかが目を丸くして言う。
これまでずっと、見ないふり見ないふり・・・と思ってきたのだが。
なんだってこいつらはこう・・・手が掛かるのだろう?
「産む気ないんか?三日月・・・」
「いーえ?最初随分悩んでましたけど、産む方向で考えてくれてたはずです・・・」
源隊長が近づいてきて、医者の顔で聞く。
「三日月さん、休まなくちゃならないくらいひどいの?悪阻とか・・・」
「そんなことはないと思いますよ?普通くらい」
「つまり・・・周囲に気づかれたくなかったわけね」
うーん・・・と唸る。
「俺には・・・全くわからへんなぁ・・・・・・」
今までさんざん『一夜に話せ』と忠告してきたのだ。
「ですよねぇ!?私だったら大喜びで報告しちゃうなぁ」
「ちか!お前はまだ早い!!!」
小さく舌を出して、ちかは小声で言う。
「ミカさんマタニティブルーじゃないかしら?お医者さんがこんなこと言うの、なんですけど・・・・・・」
「それと・・・マリッジブルーみたいなのも混じってるわね、きっとそれで情緒不安定になってるんだと思うわ」
源隊長が言う。
「一夜くん、かなり熱烈にプロポーズしてたみたいだから」
「・・・それ、誰から聞いたんすか?」
「三日月さん。前に二人で飲みに行った時にね」
「三日月と・・・仲・・・いいんすね」
「まぁね」
「隊長それ・・・いつですか!?」
ちかが恐い顔で言う。
「大丈夫大丈夫、大分前だから。妊娠前だと思うけど?」
それにしても、つくづく変わったカップルだよ・・・と思う。
「普通は女性のほうじゃないんすか?『子供出来たから結婚して!』って」
「一夜くんは言うでしょうね・・・『子供出来たんなら結婚しよう!』って」
ちかがつぶやく。
「ミカさんプライド高いから・・・そうやってなし崩し的に一緒になるの、嫌だったんじゃないですか?」
「ま・・・・・・俺達が心配したところで・・・どうなるわけでもないんやけど」
源隊長がにっこり笑って言う。
「今日の騒ぎで動き出すでしょ?きっと、色々なことがね」
「ミカちゃんだっ!」
玲央が笑って私を指差し、白蓮を呼びに奥に走っていく。
霧江様が多忙なので、玲央はよくこうやって一ノ瀬邸に遊びに来ている。
清志くんにとっても、いい遊び相手になっているらしい。
不思議なことに、誰が教えたわけでもないのに玲央は小さくなる以前の呼び方で私を呼ぶ。
昔の記憶があるのか何なのか・・・
まぁ今は・・・そんなことはどうでもいいのだ。
着物の袖を引っ張る気配に気づいて見ると、清志くんがはにかんで笑った。
しゃがんで視線を同じ高さにすると、にっこり微笑んで挨拶する。
「こんにちは、清志くん」
「こんにちはっ」
白蓮に似たのか、この子はおとなしくてとってもいい子だ。
でも、顔つきはやっぱり孝志郎に似てる。
こうやって・・・似るんだよな。
ぼんやり考えていたら、白蓮が玲央に袖を引っ張られて出てきた。
「三日月さん、どうなさったんですか?なんか体の調子が良くないとかって・・・」
にこにこ笑う白蓮。
「んーん・・・別に・・・たいしたことではないんだけど・・・・・・」
「けんかしたの!?いちやさんと」
玲央が・・・なかなか鋭いことを言う。
私が顔色を変えたのに気づいたのか、白蓮が奥の部屋に招き入れてくれる。
お茶を出してくれて、白蓮は大きな目で私の顔をじっと見る。
「・・・で?」
「本当はこんなことあなたに話すの・・・すっごくデリカシーがない・・・と思うんだけどね」
前置きをして、話し始める。
白蓮は一瞬びっくりした顔で目を丸くしたが、すぐに満面の笑顔になって言った。
「おめでとうございます!!!」
「えーと・・・おめでたい・・・・・・のかなぁ」
「おめでたいです!・・・素敵!お二人の赤ちゃんならきっと、すっごく可愛いですよ!」
頬を紅潮させて、興奮気味に笑う白蓮。
「孝志郎様にお知らせしてもいいですか!?今書斎にいらっしゃって・・・」
「え?・・・・・・待って白蓮」
私の複雑な表情に、ちょっといぶかしげに頷く。
「何か・・・問題でも?」
思わずため息をつく。
さっきも聞かれたけど・・・何も問題はないのだ。
嬉しくないの?・・・そりゃ嬉しいよ。
いい機会だから・・・そりゃそうなんだけどさ。
「よく・・・わからないんだよね」
『お母さん』がどんな風に子供に接するものなのか。
『奥さん』がどんな風に夫に接するものなのか。
私には全く手ごたえがない。
はっきり言って、うちの母親はあんまり参考にならないし。
小春さんも・・・特殊なケースだろうし。
一ノ瀬の叔父様の奥さんは、私が養女に迎え入れられたときにはもういなかったし。
一番近いのは涼風の叔母様だけど・・・それも外の顔しか知らないわけで。
仕事はどうしよう?十二神将隊でも子供を持って働いてる人は沢山いるけど・・・騰蛇隊なんてそもそも、女性隊士が私しかいないのだから。
ゆくゆくは一夜と二人でこの道場を継いで欲しいな、なんて笹倉先生は言うけど。
そんなのまだまだ先の話・・・そう思っていた。
私の告白を、優しいお母さんの笑顔で頷きながら聞いていた白蓮が、ふいにつぶやく。
「私も・・・一緒でしたよ?」
「・・・あ」
「私・・・孤児でしたし、小さい頃から見習いで『花街』にいましたから」
「・・・そうだね」
「だから・・・今私がやってるのが正しいかはよくわからないんです、正直」
「・・・そんなこと!だってあなた、すっごく素敵なお母さんじゃない!?一ノ瀬の叔父様も、あなたがいてくれて助かるっていつもおっしゃってるし」
「孝志郎様が・・・いてくださいますからね」
幸せそうに微笑む。
「だから何とか。でも私・・・それでいいんじゃないかと思うんです。孝志郎様がいてくださって、孝志郎様が私のこと必要としてくださってるのであれば、形なんかどうでも」
はっとした。
その通り・・・なのかもしれない。
「それに・・・この際だから言っちゃいますけど」
いたずらっぽく笑う白蓮。
「一夜様のこと泣かせたりしたら、私・・・許しませんからね!三日月さんのこと」
・・・あ。
「白蓮てさ・・・強くなったよね」
「勿論!お母さんは強いんですよ?」
笑う白蓮の背後から孝志郎の声がした。
「藍!来てたのか」
曖昧に頷く私にお構いなしで、白蓮が孝志郎の腕を掴む。
「孝志郎様、三日月さんご結婚なさるんですって!一夜様と」
「け・・・・・・白蓮!!??私何もそこまでは・・・」
「へぇー!やっと気持ち固まったのか、藍」
孝志郎は今までのうだうだ言っていた私の心情をよく把握している。
それがね・・・と耳打ちする白蓮。
目を丸くした孝志郎が、そりゃおめでとう・・・とつぶやく。
「でもそれ・・・朔月公は何て言ってるんだ?」
「・・・え?」
「え?って・・・ご両親には話してないのか?」
「ご・・・両親」
ご両親もなにも・・・一夜に話したのも今日が初めてです。
「古泉卿とお前んちの両親て・・・あんまり仲良くなかったろ?」
しまった・・・忘れてた。
「まだ・・・お母さんにしか・・・」
ちょっと難しい顔をして、孝志郎がつぶやく。
「何か・・・面倒なことになりそうだな」
笹倉道場を訪ねると、一夜さんが誰もいない道場で一人素振りをしていた。
僕の気配に気づいて笑顔でこちらを見る。
「右京いらっしゃい!どうした?」
「え・・・・・・」
藍さんのことで・・・と言うと、ああ、と笑ってまた竹刀を振るう。
「何か聞いた?」
「・・・来斗さんが・・・ひょっとしたら・・・って」
僕が思い切って言うと、当たり!と笑う。
「びっくりした?」
「・・・びっくりしました」
「だよね。俺もびっくりした」
しばし、沈黙が流れる。
「どうするんですか?・・・って・・・僕が聞くようなことじゃないと思うんですけど・・・」
「剣護がね」
「・・・剣護さん?」
神妙な顔で竹刀を構えて言う。
「いつも見回りの途中ここに寄ってくんだけどさ・・・今日、来なかったんだよね」
・・・剣護さんてば。
気まずいのはわかるけど、それじゃ・・・丸わかりじゃないか。
「みんな分別のある大人すぎちゃってさー、全然触れないじゃない?」
「そう・・・でしょうねぇ」
「かと言って、自分から聞いて聞いてって話すタイプでもないからさ」
「そう・・・ですよね」
一夜さんは振り返って、僕の顔を見て笑った。
「だから右京のそういうお節介、俺はすごく助かるな」
ちょっと気持ちが軽くなって、一夜さんの次の言葉を待つ。
「実はさ・・・自信ないんだよーって泣かれちゃった」
「藍さんが?」
珍しいだろ?と笑う。
「俺の問題じゃなくて自分の問題なんだって、あいつはそう言うんだけどさ・・・やっぱ俺の問題でもあるよな」
「んー・・・どうなんでしょう?」
「藍がどうであれ俺が丸ごと引き受けて守ってやる!って・・・俺は思ってるんだけど。あいつは俺がいるからどんなことがあっても大丈夫!とは・・・思えないんだろうな」
少し寂しそうな笑顔を浮かべてつぶやく。
「俺・・・やっぱ孝志郎の存在には勝てないのかな」
「その・・・一夜さん」
僕みたいな若造がどこまで言っていいのかわかんないけど。
「何?」
「その・・・丸ごと何とかって・・・藍さんに言いました?」
きょとんとした目で僕を見る。
「ちゃんと言ってあげたら・・・また違うんじゃないですか?」
そうだね、とつぶやく。
「俺も自信ないのかも」
若い女の子みたいに肩をすくめてくすっと笑って、一夜さんは再び竹刀を構えた。
「右京ありがと!頑張るわ俺」
「・・・頑張ってください!一夜さん」
今日は珍しい一夜さんを見たな・・・と思ったその時。
「古泉!!!」
怒鳴り込んできたのは・・・・・・朔月公だった。
背後には同様に怒りの形相の古泉卿。
はっとして振り返ると、花蓮様が困ったような笑顔で手を振っていた。
『藍!俺、剣護だけど・・・今どこにいる?』
無線から焦ったような剣護の声。
「えっと・・・」
ちかちゃんの顔をじっと見る。
にっこり笑うちかちゃん。
「ちかちゃんのところです・・・」
『あ・・・そ、そうか・・・・・・けど!・・・・・・そこ、抜けられるか?』
「どうしたんですか?片桐隊長。そんな焦っちゃって・・・」
『お前の親父さんとかがだな・・・』
・・・げ。
まさか・・・こんなに早く露呈するとは。
「ごめんねちかちゃん!行ってくる」
「あ!ミカさん、あんまり無理に走っちゃ駄目ですよ!!!」
はいはい、と笑って、深々と頭を下げる。
「今回の件、天后の皆さんには本当にご迷惑かけました」
「そんなの・・・いいんですいいんです!だから、ミカさん!頑張ってくださいね」
ピースサインをして笑うちかちゃんに後押しされて、笹倉道場に向かう。
道場の入り口ではいつものメンツが中の様子をうかがっていた。
「藍!その・・・・・・大丈夫か?」
微妙な笑顔を浮かべて言う剣護に頷いて、ちらっと来斗をにらむ。
悪かった、とつぶやく来斗。
「俺としたことが・・・デリカシーがなかったと反省してる」
「はいはい。で・・・愁くんかな?うちのお父さんに話したのは」
ぎくっ、と固まって愁くんが少し引きつった笑いを浮かべる。
「まさか・・・師匠が知らへんとは思わなくてな・・・」
龍介が愁くんの胸倉を掴む。
「お前バカじゃねえの!?一夜さんも知らねえのに親父さんに言うわけないだろうが」
「・・・ああ!?お前今・・・何て言うた?」
「ああ何度でも言ってやらあ!お前は大バカ野郎だよ!!!ったく」
「・・・何やて?」
「もーおーやめてください二人とも!!!」
右京が悲鳴を上げる。
「と、いうわけなんです。藍さん・・・ごめんなさい、みんなこう見えて・・・藍さんのこと心配だったんです。それだけは分かってあげてください」
優しい右京の言葉にささくれ立った心が少し和む。
「だからどういうことだと言ってるんだ!?」
お父さんの怒鳴り声。
・・・忘れてた。問題はこっちなんだよ・・・
まあまあお父さん落ち着いて、と後ろから諭すお母さん。
「これが落ち着いていられるか!?花蓮」
「その通り!」
ものすごい剣幕の父二人に目を丸くしている一夜。
「だいたいなぁ!」
お父さんの怒りの矛先が急に古泉卿に向けられる。
「お前の監督不行き届きじゃないか!?こんなことになってだなぁ」
「・・・なんだと?」
二人はどういうわけか、若い頃からあまり仲が良くなかったらしい。
確かに境遇も考え方も全く違う二人なので、さもありなんとは思うけど・・・
「私だってなぁ!そもそもお前の娘なんぞと付き合うなど認めていなかったぞ!?」
「何が『なんぞ』だ!お前昔、舞に暴言吐いただろう!?」
「・・・何・・・・・・」
「忘れたとは言わせんぞ!天后隊の孝志郎の病室前でお前、大人げなく騒ぎなぞ起こしおって・・・舞がなだめなければどうなっていたと思ってるんだ!?」
そんなこともあったなぁ・・・と龍介がつぶやく。
当時のことを言ったらかわいそうなのに・・・
古泉卿は・・・なんたってあの時は一夜が生きてるってこと、知らなかったんだから。
顔を真っ赤にして一度ひるんだが、古泉卿はまた怒鳴る。
「そ・・・それはそれ!これはこれだ!!!私は認めていないと言ってるんだ!!!」
「・・・・・・ケチ」
つぶやいたのは・・・お母さん。
頭を抱えてしまう。
「あーあ・・・花蓮さんが参戦してもうた・・・」
「やめてお母さんこれ以上もめないで・・・」
私と愁の願いなどどこ吹く風で、お母さんはグチグチ文句を言い始める。
「ケチだと!?」
「あなたって人は昔っからそうなのよ!私と小春のこと、病室入れてくれなかったじゃない?忘れたとは言わせないわよ、忘れたとは!」
「・・・病室?」
「あのね一夜くん!あなたが生まれた時、私と小春、病院に夏月のお見舞いに行ったの!なのにこの狐が・・・」
「・・・その狐というのやめろ!!!何なんだ昔から人を捕まえて狐狐って・・・」
「それは夏月さんが・・・」
小声でつぶやいた愁の声は予想以上に道場に響き渡り、大人達は一斉にこちらを見た。
「・・・母さん?」
思わず吹き出した一夜に、父二人の鋭い視線が飛ぶ。
夏月さん・・・私は直接会った記憶がほとんどないのだが、何故か愁はよく覚えている。
色々な人から伝え聞く話を総合すると・・・確かにそういう事言いそうな人ではある。
「そうなの!最初に旦那さんどんな人?って聞いたら『狐みたいな人』って・・・・・・でもそれはいいんだってば!このケチな狐は私たちのこと病室に入れてくれなかったの!せっかく一夜くんに会いたくて行ったのにさぁ・・・」
「それとこれとは話が別だ!!!」
古泉卿は一夜の胸倉を掴んで怒鳴る。
「一夜!説明してみろ」
「説明・・・と言われても・・・・・・そのまんまなんですが」
「だからそれは!順番が逆だろう!?」
剣護がつぶやく。
「朔月公・・・愁とまるっきり同じ発言したな」
「・・・師弟やからな」
「でもお父さん・・・それはお父さんには言う権利ないでしょ?」
小声でささやく私の声にお母さんが頷く。
「舞・・・・・・お前も当事者だろう!?そんなところにいないでここに座りなさい!」
・・・かっちーん。
「何よ今更父親面!?偉そうに言わないでくれる!?」
「・・・何だと?」
「この際だから言っとくけどね・・・私にとってはお父さんより一ノ瀬の叔父様の方が、ずーっと父親的ポジション高いんだから!」
「・・・藍」
突然の声にはっとして、振り返る。
「お・・・叔父様!!??」
みんなの顔が青ざめる。
一ノ瀬の叔父様は恐る恐る口を開く。
「孝志郎から聞いたが・・・」
・・・あの天然・・・・・・全然空気読めてないんだから・・・・・・
だが。
叔父様は動揺する私に、にっこり笑って言った。
「おめでとう、藍。お前が嫁に行ってしまうとは・・・やはり、一抹の寂しさがあるな」
「・・・叔父様」
その時、一夜が何を思ったかくすくすと笑い出した。
「こらぁ一夜!何が可笑しい!?」
「さっきから見ていたら・・・何なんだ!?にやにやしおって・・・」
「いや・・・ごめんなさい。可笑しいとかじゃなくて・・・・・・俺、嬉しくて」
え?
いつも笑っている一夜だが、今までにないくらいの満面の笑顔だ。
「だって・・・考えてみてよ。俺と藍の子・・・だぜ?俺の愛する藍に、俺の子が・・・って」
彼は気持ち悪いくらい笑いながら続けて言う。
「こんなに嬉しいことってないじゃないですか!?だから・・・ね。朔月公、俺のこと殴って気が済むんだったらいっくらでも殴ってください。親父も怒鳴りたいだけ怒鳴ってくれて結構!今の俺にはそんなこと・・・ぜーんぜんたいしたことじゃないもの」
・・・・・・一夜。
少し真面目な顔になって、一夜はお父さんに言う。
「朔月公、花蓮様・・・『舞』さんとの結婚、許していただけますか?」
「・・・古泉・・・・・・」
「親父も・・・駄目かな?親父なんだかんだ言って、藍のこと結構好きだろ?」
「い・・・一夜・・・・・・」
背中をとん、と押されて一歩前に出る。
振り返ると、いつの間にか孝志郎が来ていて、私に小さくウィンクをした。
「孝志郎・・・」
「行け、藍!自分の幸せは自分で掴め」
「そーだぞ藍!」
「行け行け。そいで俺をお前らのお守りから解放してくれ」
龍介と剣護の後押し。
「・・・しゃあないな」
「・・・まぁ、いずれはこういうことが・・・とは思っていたが、突然で少し驚いた」
愁と来斗、二人のお兄ちゃんもつぶやく。
最後に右京がにっこりして頷いた。
「藍さん・・・一夜さん、言いたいことがあるらしいので聞いてあげてください」
「言いたいこと・・・?」
恐る恐る一夜に近づく。
「・・・体大丈夫なのか!?」
「う・・・・・・うん」
目を細めて笑う一夜は・・・なんだか本当に嬉しそうで。
いきなり跪いて、私の手を取る。
「・・・・・・バ・・・バカ!!!恥ずかしいから・・・」
「何で?せっかくだからちゃんと言わせてよ」
一夜は楽しそうに笑う。
「俺、初めて会った時からずっと藍のこと好きだったよ。まあ、途中色々あったけど・・・」
「色々・・・って、ありすぎだろーがお前」
「剣護黙れ」
笑顔のまま刺さるような低い声で制する一夜。
「・・・・・・はい」
「ま、そういうわけなんだけど・・・俺これからも変わらず、ずっと藍のこと愛してるから」
「・・・一夜・・・・・・」
「そりゃ俺なんかじゃ不安なのかもしんないけど・・・そういうこともぜーんぶひっくるめて、お前のこと全力で守るから・・・だからさ」
にっこり笑って言う。
「前約束したじゃん?『ずっと傍にいる』って」
「・・・うん」
「だから藍、結婚しよ」
「・・・・・・うん」
背後から拍手が起こる。
父二人もなんだか切なそうな笑顔でこちらを見ており。
うちの母はその背後でブイサインをして笑っていた。
なんだかほっとしたらしい一夜の髪に触れる。
「でも・・・一夜。一つだけ言わせてくれない?」
彼は何だか涙ぐんでいるみたいだ。
「知ってると思うけどね・・・三日月藍は守られる女じゃないのよ?」
私もしゃがみこんで、泣き崩れてしまった一夜を抱きしめた。
「私もあなたのこと・・・全力で守るわ」
「三日月さん!すっごく綺麗!!」
ノックして扉を開けた白蓮は目を丸くして声を上げた。
「本当は洋装苦手だから着物がいいって言ったんだけど・・・締め付けるのは駄目って妙にこだわっちゃってね・・・」
白蓮はいたずらっぽく笑う。
「見たかったんじゃないですか?三日月さんのウェディングドレス姿」
「そう・・・ね、きっと」
少し間を置いて、実は・・・と声を小さくする。
「お話ししたいことがあります」
周囲にいた人に部屋を出てもらい、白蓮と二人きりになる。
「・・・いいお話と悪いお話、どちらからにしましょう?」
深刻な顔の白蓮。
「・・・じゃあ、悪いほうから・・・かな?」
うつむいて少しためらった後、私の顔をじっと見る。
「あの日の朝・・・一夜様を刺したのは私です」
あの日・・・それは多分『天象館』での一夜と剣護の一騎打ちの日。
遠くを見るような目で白蓮は続けて言う。
「お座敷の後ぼんやり外を見ていたら、呼ぶ声が聞こえたんです。それで行ってみたら・・・小さな刀が落ちていて・・・」
「・・・『妖器』か」
白蓮の目から大粒の涙がこぼれる。
「一夜様が亡くなった・・・って聞いて・・・私・・・自分のせいだって・・・・・・」
「・・・白蓮、それは違うわ!だって・・・」
「・・・孝志郎様も、そうおっしゃってくださいました」
「でしょ!?だから気にしちゃ駄目よ。それに現に一夜はこうやって・・・」
そうですよね、と涙を拭って白蓮は笑った。
「ご存命だって分かったとき、私すごく嬉しかったんです!これでやっと一夜様は・・・三日月さんと一緒になれるんだなって」
「・・・私と?」
「私分かってましたもの。一夜様が三日月さんのこと好きだって、ずっと」
「・・・そっか」
「許して・・・くださいますか?」
「許すとか私が言う立場じゃないけど・・・なんとなく・・・そんな気はしてた」
「・・・そうですか」
「それ・・・一夜には?」
「ベルゼブを倒して帰って来られてすぐ・・・そしたら・・・」
『なんのことだっけ?』
そう言って彼は笑ったという。
なんて一夜らしい・・・そう思ったら思わず顔がほころんでしまった。
「で、もう一つは?いいお話の方」
ああ、とにっこり笑う白蓮。
「実は私も・・・二人目が」
「・・・本当!?」
幸せそうに微笑む白蓮。
沢山すれ違って、泣いたり辛いこともいっぱいあったけど・・・
今立っているこの場所に辿り着けてよかった。
そう思っていたら。
今大丈夫か?という孝志郎の声。
「・・・聞くの忘れてたんだけどさ」
「何?」
困った顔で私を見る。
「お前・・・結局どっちとバージンロード歩くんだ?」
「・・・・・・あー!!!」
確かに。
「うちの親父も朔月様も譲りあっちゃってさ・・・どうすんだろって思って」
実の父親は朔月のお父さんだ。
でも、お父さんとして接してくれた時間は一ノ瀬の叔父様のほうがずっと長い。
白蓮と顔を見合わせる。
「・・・どうしよう」
「どう!?似合う?」
「・・・ああ似合う似合う」
「・・・一夜さんに似合わないわけないじゃないすか」
うんざりした顔で答える剣護さんと草薙さん。
モーニング姿で長い前髪をオールバックにした一夜さんは、いつもに増して男前である。
ふと、テンション高めだった一夜さんが深刻な表情になる。
「なぁ、剣護・・・」
「・・・・・・なんだよ?今度は」
「俺・・・・・・藍の花嫁姿見たらまた泣いちゃうんじゃないかと・・・・・・不安で・・・」
「・・・・・・はあぁ!?」
「衣装選びとかで・・・一応見てるんでしょ?一夜さん・・・」
僕の顔を見て、困ったように笑う。
「いや・・・お互い相手に似合いそうなの2,3着選んでその中から決めて・・・当日お披露目にしよう!って・・・」
「・・・・・・・・・て、どうせ言い出したのお前なんだろ!!??」
「・・・うん」
「だろうなぁ!?お前の考えそうなことだよ!ったく」
思わず吹き出してしまった僕に剣護さんが怒鳴る。
「右京!何が可笑しい!!??」
「だって・・・」
「だいたいなぁ一夜!お前いつからそんな軟弱もんになったんだよ!?俺はお前をそんな風に育てた覚えはねえぞ!!!」
「・・・だよな。俺もそう思う」
ぽん、と一夜さんの肩を叩いて励ます。
「頑張ってください一夜さん!お父さんなんですから!」
「・・・そうだよね!?ありがと右京!俺頑張るわ」
「・・・右京・・・お前いいこと言うなぁ」
感心する剣護さん。
「・・・で、どうしよう?」
孝志郎が困った顔で親達に視線を向ける。
「藍の実の父上は朔月なのだから・・・私は・・・」
「いや、一ノ瀬公・・・先日舞も申しておりましたし・・・」
全力で譲り合う父二人。
すると、突然お母さんが明るい顔でぽん!と両手を打った。
「ひらめいた!これならばっちり!!!」
「・・・何?」
「聞いてくれる!?この花蓮さんの大岡裁き」
「・・・だから花蓮、早く話せ」
お父さんがいらっとして言うと、お母さんは私達にウィンクしてみせた。
「・・・それはね」
僕たちが集まってるのに気づいた愁さんと来斗さんも近づいてきた。
大げさにため息をつく来斗さん。
「毎度のことだが・・・うまく化けたな、一夜」
「まぁ、それほどでも」
「ほんまに大丈夫なんか?・・・お前ら」
あ!と突然草薙さんが声を上げる。
「・・・なんや龍介」
「愁お前じゃねえよ・・・・・・一夜さん!俺、一個聞いてもいいっすか?」
ずっと気になってたことがあって・・・と草薙さん。
「いいけど・・・何?」
ちょっと小声になって草薙さんが言う。
「一夜さん、これ・・・・・・もしかして狙ってたんすか?」
しばし沈黙が流れる。
草薙さん・・・なんてことを・・・・・・
剣護さんが焦ったように言う。
「まっさっかぁ!そんなこと・・・ない・・・・・・よな、一夜・・・」
僕らの顔をきょとんとした目で見た一夜さんは、視線を斜め上に向けてつぶやく。
「まぁ・・・・・・今に始まったことじゃないし・・・・・・」
・・・・・・ええっ!!??
「何ぃ!?」
のけぞる来斗さん。
「それ・・・・・・藍はちゃんとわかってたのか!!??」
「多分・・・ね」
「どうせいい加減なこと言って言いくるめたんだろ!!??」
「そんなことはない・・・と思うんだけど・・・」
怒鳴るだけ怒鳴ってがっくり肩を落とす剣護さん。
「し・・・信じらんねえ・・・ここまで間逆なのかよこのカップル・・・・・・」
愕然とする草薙さんの後ろで。
突然、炎が上がる。
「一夜ぁ!!!そこに直れ!!!」
「・・・愁さん・・・・・・」
ただならぬ雰囲気に気づいた風牙さんが、遠くから走ってきて愁さんに取りすがる。
「愁さん!何やってるんですかぁ!?」
・・・『螢惑』が真っ赤に光っている。
「離せ風牙!この男は僕が・・・」
「駄ぁ目です、一夜さんは今日の主役なんですから!」
「うるさい!!!」
「そーだそーだ大人げねえぞ、愁」
草薙さんが愉快そうにちゃちゃを入れる。
じろっ、と愁さんは草薙さんを睨みつけ、怒鳴る。
「龍介!!!そもそもお前が最初に余計なこと言い出したんやないか!?」
「・・・ぁあ!?やんのかてめえこら・・・」
「やめてください!!!お二人とも・・・」
あの、と遠くから呼ぶ声。
「そろそろお時間ですし・・・ここは教会ですので、みだりに『神器』を振り回さないでくださいますか?」
声の主は・・・橋下伍長。
「あれ?橋下伍長・・・」
「ここは・・・私の実家なんです・・・」
「へぇー知らなかった!左右輔さん全然そんなこと言ってなかったじゃないですか?」
一夜さんにぐっと顔を近づけて低い声で突っ込む。
「別に・・・言うほどあなたとは親しくないでしょうが・・・」
でも、とつぶやく。
「私が色々と関わったお二人ですからね、ゴールインは見届けねば・・・と思いまして」
「左右輔さん、それはちょっと違うな」
一夜さんがにやっと笑って言う。
「ゴールインじゃなくて、スタートです」
「藍!時間だぞ」
孝志郎の声。
「じゃ・・・先に行きますね」
白蓮はそう言って部屋を出て行った。
一ノ瀬の叔父様は少し涙ぐんでいた。
「おめでとう、藍。こんなことを言うと変だと笑われるかもしれないが・・・妻の若い頃によく似ているような気がするよ」
「・・・叔父様」
「朔月のことが分かってからもな・・・やはりお前は私の娘だ」
「・・・お世話になりました。私も・・・本当のお父さんみたいに大切に思ってます。大好きです!叔父様のこと」
そうか、と微笑む叔父様。
そして、実の両親に向き直る。
「舞ちゃんとっても綺麗よ!」
はしゃいだ声で言うお母さん。
「私ね・・・舞がお腹にいるって分かったとき・・・あなたと一緒よ、すごく戸惑ったの。でも・・・あなたに会えて本当に幸せだったわ。それから辛いこともいっぱいあったけど」
目元の涙を拭って笑う。
「あなたのその姿見たら・・・忘れちゃった!全部」
お母さんの言葉に微笑む私を、相変わらず難しい顔で見ているお父さん。
「ほら秋風!笑わなきゃ」
ぱん!と肩を叩くお母さんを横目でちらっと見る。
「・・・色々なことがあって・・・今はこうして紺青も平和だが・・・・・・それでも彼の犯した罪は消えん、それは動かしがたい事実だ」
「・・・何言ってるの!?秋風。こんなときに・・・」
「こんなときだから言ってるんだ。舞・・・これから長い人生を共に歩んでいく中で、そのことが暗い影を落とすようなことがないとも限らん」
お父さんはしっかりと私の目を見て言う。
「・・・覚悟は出来ているな?」
心配そうな様子のお母さんに笑いかけ、私もはっきり答えた。
「はい!」
「・・・そうか」
そこでお父さんは意外なことを口にする。
「私は・・・戸惑わなかったぞ、花蓮」
「・・・え?」
「舞のことをお前から聞かされた時だよ。先日一夜君が言っていたこと・・・あれはまさに、そのときの私の気持ちを代弁してくれているようだった」
お父さんはやっと笑顔になって、幸せにな・・・とつぶやいた。
「ありがとう・・・私・・・二人の子供でよかった」
にっこり笑って言う。
「これからも・・・よろしくお願いします」
「・・・当然だ」
「もう・・・」
ふっと、何か気配を感じて振り向く。
『綺麗よ舞ちゃん!やっぱり一夜が見込んだ子だけのことはあるわ』
『幸せになってな・・・舞』
鏡の前で並んで笑う、夏月さんと小春さんが見えたような気がした。
「行くぞ藍、一夜が待ってる」
誰もいなくなった控え室で、そう言って手を伸ばす孝志郎。
その姿は小さい頃と変わらないように見える。
うん、と大きく頷いて、私は孝志郎の手を取った。
「ええ!?孝志郎さんがバージンロードを・・・って・・・マジ?」
草薙さんが言って、白蓮さんがにこにこ頷く。
「お父様お二人とも譲りあってしまわれて・・・かといって両方っていうわけにはいかないでしょ?だから」
「けど・・・・・・」
「まあ、無い選択肢ではないだろうな」
来斗さんが楽しそうに言う。
「愁はちょっと残念だったんじゃないか?」
「いや・・・僕は全然」
本当かぁ?と茶化す草薙さんをじろっと睨む。
来斗さんが懐かしそうにつぶやく。
「愁は藍のことをブラコンだ何だと言うが・・・孝志郎もまるっきりそうだったからな」
「・・・藍?」
孝志郎の手の、なつかしい大きさ温かさに緊張の糸が緩んで、私は思わず涙ぐんでしまう。
「おい!化粧取れるぞ?」
「・・・だってぇ」
ったく、とハンカチを取り出す孝志郎。
「大丈夫かよ?相変わらず世話のかかる妹だなぁ・・・お前は」
呆れたように笑う孝志郎に甘えたい気持ちになって、つい言ってしまった。
「そんなこと言ってさ・・・覚えてないんでしょ?私のこと」
驚いた顔で一瞬私を見つめ、また笑って孝志郎は言う。
「そうなんだけど・・・なんかお前や来斗や親父や・・・色んな人から色んな話聞いてるうちに・・・覚えてるような気になっちまってな。初めて会ったときの・・・百群の月明かりに照らされた、まだ小さいお前の笑顔とかさ」
その言葉に・・・更に泣けてきてしまう。
ハンカチで涙を拭う私の手を引きながら、孝志郎はそういえば・・・とつぶやく。
「今まで聞いたことなかったけど・・・」
「・・・何?」
「俺は一夜のこと・・・お前に何て話したんだ?」
何でもない様に言うが・・・ささやかな反撃のつもりだろうか。
「・・・知りたい?」
「まぁな。それに、こんなこと今日くらいしか聞く機会ないかなと思ってさ」
その夜のことを思い出して、私は泣きながら思わず笑ってしまう。
「・・・何だ?」
「あのね・・・『あいつは紺青一の女ったらしなんだぞ!お前みたいなガキ騙すのなんて朝飯前なんだからな。俺は誰がなんと言おうがあんな奴認めない!』って」
孝志郎も他人事のように噴き出す。
「・・・ひでえな」
「ひどいでしょー?14歳の私はものすっごくショックだったんだから」
「悪い悪い!本当に俺がいけなかったな。そりゃ・・・」
ふいに立ち止まって、私を見る。
扉はもう、目の前だった。
「今はそうは思わないぜ、藍。あいつは・・・お前を幸せにする男だ」
「・・・孝志郎・・・」
「俺が保証する!だから藍・・・」
私の肩を優しく抱いて、孝志郎はつぶやいた。
「めいっぱい・・・幸せになれよ」
扉が開く。
沢山の大切な人達の見守る中、歩を進める。
そして、一夜の前に立って。
「孝志郎・・・ありがと」
一夜が笑って言う。
「ああ。一夜・・・藍のこと頼むぞ」
「勿論!」
孝志郎は私と一夜の顔を見て、じゃあな、と後ろに下がった。
じっと私を見つめている一夜に、先手を打って笑いかける。
「綺麗だよ!一夜」
ちょっとびっくりした顔をして、何それ?と笑う。
「だってそうだもん。ずっと思ってたの、一夜って女の子より綺麗だなって」
「・・・そうかもしんないけどさ」
私の言葉をさらっと肯定して、一夜はにっこり笑った。
「結婚式っていうのは花嫁さんが一番綺麗なんだぜ?藍」
藍さんのウェディングドレス姿は本当に綺麗で、二人の並ぶ姿は本当に素敵だった。
式が全て終わった瞬間、一夜さんが突然藍さんをぎゅーっと抱きしめた時は本当にびっくりしたけど・・・
「あの・・・お二人は先に退場していただかないとですね・・・・・・」
門前の小僧の橋下伍長が横から言う。
「・・・一夜?」
「もう・・・絶対、離さないからな」
今までの藍さんだったら、反応はきっとこうだ。
恥ずかしいから離して!・・・と叫ぶか。
みんなに迷惑がかかるでしょ?・・・となだめるか。
でも藍さんは笑顔で頷いて、今日はされるがままになっていた。
「一夜いい加減にしろ!!!」
剣護さんがものすごい形相で怒鳴るまで、二人はそのまま抱き合っていた。
「素敵でしたね」
霞さんの声。
見ると、藍さんの幸せそうな姿に感激したのか目を潤ませている。
「ええ、とっても」
「なんだか寂しいです・・・藍が・・・お嫁に行ってしまうなんて」
微笑んで答える。
「でも・・・これからも霞さんのお姉さん代わりであることには変わりないでしょ?」
はっとした顔をして、にっこり微笑んで頷く。
「さぁて僕も・・・」
「・・・・・・何ですか!?右京様・・・」
真っ赤な顔で聞き返す霞さん。
「こっちのことですよ」
「だって・・・・・・」
「こっちのことです。早く僕も藍さんや皆さんに、霞さんのお相手として認めてもらえるような男にならなきゃな・・・って、そう思っただけですから」
「う・・・右京様!?」
ブーケは意外な人の手に渡った・・・というと失礼だろうか?
「ねえねえ宇治原くん?」
もらったばかりのブーケを宇治原さんに突きつける源隊長。
「もらっちゃった、これ」
なんでもなさそうにつぶやく宇治原さん。
「へえ・・・よかったですね」
不思議そうにブーケを見つめる源隊長。
「これね・・・もらった人がお嫁に行かないと他の人が後に続けない、とかなのよ?確か」
「そら適任なんじゃないすか?一番年上なんやし」
淡々と答える宇治原さんに、源隊長が失礼ねぇ、とつぶやく。
「早くお嫁に貰ってくれる人・・・探さなきゃ」
ふうん・・・とつぶやいて、宇治原さんは源隊長にぐっと顔を近づけた。
そして、淡々とした口調で言う。
「そんな男・・・俺の他に誰がいるんですか!?」
目を丸くして頷く源隊長。
その時、ぽん、と一夜さんが肩を叩いた。
「宇治原さんも・・・なかなか言うねぇ」
「一夜さん・・・」
にこにこしている一夜さんに、ずっと聞きたかったことを聞く。
「こないだ僕に道場で話したこと・・・もしかしていつもの適当発言じゃないですよね?」
「・・・何でそう思うの?」
「だってそっから先が出来すぎだったから・・・」
不敵な笑みを浮かべて一夜さんがつぶやく。
「・・・よくわかったね、さすが右京」
「もう・・・あの時本当はずっと藍さんと藍さんのお腹の赤ちゃんのこと考えてたんでしょ!?僕すっごく心配したんですよ!!??」
「ごめんごめん・・・でも、右京に聞いてもらってよかったって思ってるよ!それは本当」
ふっと、僕たちの前に立ちはだかったのは白蓮さんだった。
「おめでとうございます!一夜様」
「・・・ありがと。白蓮も・・・聞いたよ?おめでと」
笑顔で頷いて、一つお話が、と声を小さくする。
「何?」
「一夜様・・・三日月さんのこと泣かせたら・・・私が許しませんからね!」
きっぱり言い放ってにっこり笑う白蓮さんと、きょとんとした目で見つめる一夜さん。
「ずっとずっと言いたかったんです!三日月さんは私にとって本当に大切な人ですから」
「・・・そっか」
一夜さんは笑顔で答えた。
「約束する」
「よかった!これですっきりしました」
笑って白蓮さんは藍さんの手をとる。
「三日月さん、私・・・歌ってもいいですか?」
「白蓮・・・」
「歌わせてくださいませんか?お二人と、お子さんのために・・・」
藍さんはちょっと涙ぐんで見えた。
「私もね・・・お願いしようと思ってたの。歌って!白蓮・・・」
微笑むと、白蓮さんは目を閉じて、大きく一つ息を吸い込む。
ほどなくして教会の前の広場は美しい歌声に包まれる。
笑顔と幸せを運ぶ歌声は、どこまでもどこまでも響き渡っていた。
ご愛読いただきましてありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
続編等々考案中です。(とりあえずお話は外伝に続きます)
これからもどうぞよろしくお願いしますm(__)m
〜おまけにお越しのお客様へ〜
気に入っていただけましたら本編の方も是非ご覧ください。
ちょっと長いですが・・・満足いただけると信じてます!