Ep44 決戦
「・・・孝志郎さん」
孝志郎さんは霞様を抱きしめると僕に向かって言う。
「これで・・・迷いなく戦えるな、右京」
「・・・はい!」
振り返ってベルゼブを見る。
「・・・おのれ」
低い声でつぶやくベルゼブ。
「まぁ・・・よい。ここまでくればもう・・・その小娘の力なぞなくとも・・・」
轟音が響き、周囲の冷たい鍾乳石が見る見る赤く染まる。
炎柱が幾つも立ち上り、熱風が広い空間を包む。
「・・・これは」
「忘れておらぬか?私もまた・・・紺青の王族の血を引いておるのだ」
孝志郎さんの腕の中で、霞様がつぶやく。
「右京様・・・・・・」
「孝志郎さん!霞様を少し離れたところへ」
「・・・でも」
霞様のほうを振り返り、微笑みかける。
「あなたはよく頑張りました!だから・・・休んでいてください、ほんの少しだけ」
弱々しく笑うと霞様は気を失ってしまった。
霞様を下ろすと、孝志郎さんは『村正』を抜いた。
「行くぞ右京!」
「はい!」
黒いオンブラは徐々に数を減らし始めた。
しかし、こちら側の隊士の疲労の方が勝っている。
「・・・くしょお」
『雷電』でオンブラを切り倒しながらつぶやく。
「来るならもう・・・まとめて掛かって来い!」
その瞬間。
周囲に散らばっていた黒いオンブラが眼を赤く光らせる。
「・・・何だ!?」
黒いオンブラは眩しい赤い光を放つ。
そして一つに・・・巨大な黒い塊になって襲い掛かってきた。
「・・・マジかよ!?」
「草薙くん!!!」
槌谷の声。
黒い塊は俺目掛けて赤い炎を放つ。
「・・・おおお!!!」
『雷電』から黄色い雷光がほとばしり、その炎を防ぐように壁を作る。
炎は勢いを増し、俺の周囲を包む。
・・・熱い。
雷光が次第に弱まってくる。
今までの戦闘で・・・『神力』を使い果たしてしまったのだろうか?
・・・まずい、このままじゃ。
この炎の勢い・・・・・・まともに受けたらあの世行きだ。
「・・・くそお!!!」
『神力』を集中させるが・・・
駄目だ。
『龍介!』
・・・何だ?
『だらしないなぁ、龍介。鈴音の前だぞ?』
「・・・蔵人」
『ちょっとはいいとこ見せとけよ』
あいつは・・・笑っていた。
目の前が真っ白になり。
気づいたら黒い影に、雷の黄色い光が鋭い刃のように突き刺さっていた。
「・・・何!?」
黒いオンブラはそのまま、すっと空気に溶けるように消えた。
呆然と立ち尽くす俺の傍に槌谷が駆け寄ってくる。
「大丈夫!?」
「あ・・・ああ」
さっきの雷の衝撃で、手が、足が・・・がくがく震える。
「今ので・・・強そうなオンブラは壊滅ね」
微笑む槌谷。
「すごいわ!草薙くん。一体今の・・・」
「・・・蔵人が」
「・・・・・・内海くん?」
じっと『雷電』を見つめる。
腹の底から湧き上がってくる笑いを押さえきれない。
「・・・草薙くん・・・・・・」
「草薙伍長!一体・・・」
「・・・はははははは!!!どうだオンブラ!!!見たか俺と蔵人の友情!!!」
「く・・・草薙くん!?」
「さあ残りの奴らもどっからでも掛かってきやがれ!!!今日の俺は無敵だ無敵!!!」
「・・・槌谷伍長・・・草薙伍長、どうしちゃったんですか???」
「・・・さぁ・・・・・・」
呆然と俺を見つめる槌谷と隊士達に叫ぶ。
「ぐずぐずすんなよ槌谷!次行くぞ次!!!」
「・・・はいはい」
「よっし!俺について来い!!!」
牛のような化け物は赤い目を光らせると、炎の渦を次々に繰り出す。
しかし、ある時から若干その間隔が広がったような気がした。
「・・・チャンス!」
必死に炎を払っていた花蓮がつぶやく。
『小狐丸』を右手で掲げると、周囲に一層激しい吹雪が巻き起こる。
花蓮の瞳が青く光る。
『天花』!
吹雪は大きな渦となり、牛の化け物の炎を一気に吹き飛ばす。
『・・・何!?』
態勢を立て直し、大きく『小狐丸』を振り下ろす花蓮。
『白魔』!!!
『ぐっ・・・!!!』
吹雪いた風は牛の化け物の体を切り刻む。
黒い血がほとばしる化け物を見据えながら花蓮が叫ぶ。
「秋風!トドメを・・・」
その時。
最後の力を振り絞って巨牛は、大きな炎の塊を花蓮に向けて放つ。
「ええっ!?」
炎と花蓮の間に自分の体をすべりこませ、『炎日』でその炎の塊を受け止める。
「秋!」
「・・・おおお!!!」
炎の塊をはじき返すと、全身の『神力』を振り絞って叫ぶ。
『燭陰』!
炎の渦が巨大な蛇の形を成して、敵に向かう。
炎が巨牛にぶつかると、『炎日』を構えた腕を衝撃が襲う。
「・・・くっ!」
おのれ・・・逃がすか。
「行け!!!」
炎の蛇は一層激しく燃え上がる。
すさまじい叫びとともに巨牛の姿は炎の中に消えた。
「・・・やったか」
ため息をつく。
「こんなに最前線で戦ったのは・・・久々だな」
「朔月公!」
兵の数人が駆け寄ってくる。
「オンブラが消滅しました!!!急に・・・一体」
「・・・なるほど、さっきの『ベヒモス』が西の化け物を率いていた・・・ということか」
晴れ晴れした気持ちで空を見上げる。
・・・と。
誰かが袖を引っ張るのに気づく。
「・・・花蓮?」
「・・・今の」
花蓮は嬉しそうに微笑む。
「私のこと・・・助けてくれたの!?」
う。
一瞬言葉に詰まって、低い声でそうだが・・・とつぶやく。
「・・・嬉しいっ!秋愛してる!!!」
突然ぎゅうっ・・・と抱きつく花蓮。
目を丸くする兵士達。
「・・・やめんか!花蓮!!!」
「私あなたに一生ついていきますから!!!」
「・・・わかったから離せ!!!」
巨鳥は大きく羽ばたき、上空から炎の渦を吐いてくる。
その攻撃を回避して走り回り、次第に体力が削られていく。
「・・・くそ、何なんだよ!?あいつ」
乱れた息を整えながらつぶやく。
「あんな高いところ・・・『蛍丸』が届かねえじゃねえか」
「剣護!だらしないよ!!!」
まだまだ元気そうな杏が怒鳴る。
「片桐隊長、頑張ってください!属性からしてあなたの『神器』が最適のはずです!」
霧江様も叫ぶ。
「・・・・・・このお嬢さん達は・・・・・・」
ぜえぜえ息をしながら巨鳥を睨む。
届きさえすればいいんだ・・・・・・
さっきから炎の攻撃頻度が明らかに落ちている。
もしかして右京達・・・霞様を助け出したのか?
「剣護!!!」
杏の声がして、頭上に炎の塊が幾つも降り注ぐ。
『祝融』!!!
霧江様が刀をかざし、炎のバリアが炎の塊を次々に跳ね返す。
「大丈夫ですか!?片桐隊長」
「・・・は・・・はあ」
「情けないよー剣護!」
杏の激が飛ぶ。
「・・・たく」
その時・・・閃いた。
「杏!お前『ジン』で風を起こせたよな!?」
「う・・・うん」
「それで俺を・・・飛ばせるか!?あいつの高さまで」
はっとして、杏が巨鳥を見上げる。
「どうだ?」
自信たっぷりに杏が頷く。
「出来るよ!!!」
「よし!」
目を閉じて『神力』を集中させる。
「剣護!」
再度降り注ぐ炎の塊は霧江様が全てなぎ払っていく。
「援護します!」
「・・・おっけー!」
杏が『ジン』を掲げ、周囲に突風が吹き荒れる。
「行くよ剣護!」
『ミストラル』!!!
ふっと体が軽くなり、高く上昇する感覚。
まだ目は開かない。
敵の動きを気で感じる。
『行ってくるね、剣護!後はよろしく』
『神器』を手にした一夜は笑顔で言った。
その瞬間ぱっと晴れたのだ。
一夜の生存がわかってから、ずっとぐちゃぐちゃしていた気持ちが・・・
『一夜・・・一個だけ言わせてくれ』
『何?』
『帰ってきたら・・・一発殴らせろ』
一瞬きょとんとした顔で俺を見た後、にやりと笑って言う。
『いいよ。剣護が無事だったらね』
当たり前だ、バカ野郎。
目を開く。
すぐ真下に見える、巨鳥の赤く光る瞳。
『蛍丸』が青く光る。
「行くぞ!」
『飛泉漱玉』!!!
叫んで刀を振り下ろす。
『何!?』
「死ね化け物!!!」
深い青い光は赤い炎を纏った巨鳥を真っ二つに切り裂き。
赤く眩しく光りながら巨鳥は消滅した。
炎の渦に視界を阻まれながら、目を凝らして巨蛇の出方をうかがう。
何度やっても再生してしまうその巨蛇に何度も攻撃を受け、皆傷だらけになっていた。
『神力』にも衰えが出始める。
「やっぱ、一斉に掛からないと無理か」
流れる血を拭いながら一夜がつぶやく。
「でも少し・・・勢いが弱なってきたな」
愁の言葉に頷いて答える。
「右京様が・・・もしかして助けたのかな?霞様のこと」
あ、とつぶやく一夜。
「そういや孝志郎、ちゃんと行けたかな?あいつらんとこ」
「孝志郎!?」
来斗が叫ぶ。
「あいつ・・・ここへ来てるのか!?」
「ああ。確かベルゼブの所に続くパスがまだあるとか言って・・・直行してるはずだよ」
「・・・そうか」
孝志郎はまだ・・・本調子じゃないはずだ。
「早く・・・行ってあげなくちゃ」
このリヴァイアサンがピンピンしてるってことはきっと・・・まだベルゼブは健在なのだ。
来斗が再び『アロンダイト』を構える。
「これで・・・最後だ」
来斗に声を掛ける。
「・・・合図は私に任せてくれない?」
私の顔を見ると、皆笑顔で力強く頷いた。
『神力』を集中させる。
周囲に吹きすさぶ冷たい風。
目を閉じて、みんなの『神力』の流れを掴む。
けたたましいリヴァイアサンの叫び声も聞こえ、こちらへ突進してくる気配。
皆、それに動じる様子はない。
私を信じてくれているのだ。
焦っちゃ駄目だ。
『感情的になったら負け』・・・耳にタコが出来るほど孝志郎に言われてきた言葉。
ふと、『神器』の声が聞こえるような感覚にとらわれる。
『螢惑』の荒ぶる感情。
『アロンダイト』の凛としたたたずまい。
『大通連』の妖艶な気配。
『氷花』の凍りつくような鋭さ。
4つの『神器』の力が高まった瞬間。
・・・見えた。
「今!!!」
『朱雀』
『閃電』
『巴』
『ブリザード』
4つの声は一つに重なり合い、巨蛇に襲い掛かる。
3つある首のうち、一つは燃え上がり、もう一つは雷に吹き飛ばされ、最後の一つは凍って砕け散る。同時に胴体には大きな風穴が開いた。
白い眩しい光に包まれる。
それはスローモーションのように見えた。
『よく出来ました』
・・・誰?
『さすが舞やね』
・・・小春さん?
『ありがとう・・・風のこと、助けてくれて』
・・・助けてもらったのは私のほうだよ?小春さん。
『二人とも、こんなに大きくなってくれて・・・大事な仲間もたくさん出来て・・・安心した』
小さく遠くなっていく小春さんの声。
『見守ってるから・・・私、あんた達のこと。せやから・・・』
脳裏に一瞬、小春さんの笑顔がスパークして、消えた。
『幸せになってな・・・・・・』
「小春さん!!!」
「舞!?」
愁の呼ぶ声にはっとして、我に返る。
「大丈夫か!?」
「・・・うん」
今の・・・幻?
『螢惑』が柔らかい赤い光を放った。
・・・そうか。
あんなところにいたんだ・・・小春さん。
ずっと・・・見守ってくれてたのね、私達のこと。
「・・・ありがとう」
「・・・どうした?」
いぶかしげな3人に笑顔で答える。
「さあ!右京様達の後を追いましょう!!!」
『カグツチ』!
『水無月』!
僕と孝志郎さんの『神器』が光り、二つの力が重なり合ってベルゼブに向かう。
「ふっ・・・」
黒い刀からものすごい炎の嵐が巻き起こると、二つの力を吹き飛ばし僕達の体を地面に叩きつけた。
「・・・うっ・・・・・・」
「・・・く・・・・・・」
これがずっと続いている。
『神力』が底を尽くような感覚。
「こんなものであろうな・・・貴様らの力とは」
ベルゼブは醜く顔を歪ませて笑うと、大きく刀を振りかざした。
「お遊びは・・・これまでだ!!!」
視界を埋め尽くすほどの大きな炎が目の前に襲い来る。
立ち上がろうとして、がくっと倒れる。
・・・ここまでか。
その時。
『阿修羅』!!!
孝志郎さんが叫んで、炎の前に立ちはだかる。
ぶつかり合う二つの炎。
しかし・・・孝志郎さんのほうが明らかに劣勢だ。
「無駄だ無駄だ!貴様のその、回復しきっておらぬ体では・・・」
炎が更に勢いを増す。
「私に勝てるはずがない!!!」
「・・・ぐっ・・・・・・うう」
「孝志郎さん!!!」
炎を身に纏ったまま、孝志郎さんが怒鳴る。
「右京!!!お前に・・・」
更に大きな炎がのしかかり、孝志郎さんの体が後退する。
「お前に頼みがある」
「・・・何ですか!?」
「俺がここで燃え尽きたら・・・」
額から流れる汗を振り払い、孝志郎さんはにやっと笑った。
「霞、頼むぜ」
「何・・・何てこと言うんですか!?孝志郎さん!!!」
自由の利かない体を懸命に起こしながら叫ぶ。
「あなたは沢山見てきたはずじゃないですか!?あなたが死んだら・・・霞様は・・・藍さんはどうなるんですか!?それに・・・」
『水鏡』を握り締めて、上半身を起こす。
「白蓮さんはどうするんですか!?また白蓮さんを・・・一人ぼっちにするんですか!?」
「・・・そうだな」
笑って孝志郎さんはつぶやく。
「あいつのこと・・・幸せにしてやりたかった・・・な」
「まだ出来ます!だから」
「けどなぁ!!!」
怒鳴る孝志郎さんの体を包む炎が勢いを増す。
「俺がやらなきゃ!!!こいつやらなきゃ紺青はどうなるんだ!?」
最後の灯を燃やし尽くすように、炎は更に大きくなる。
「俺はな・・・紺青を守るっていうのが・・・紺青を平和で幸せな国にするっていうのが・・・ガキの頃からの夢だったんだ」
「孝志郎さん・・・」
「さんざん迷走して沢山の人間巻き込んだ俺に、こうやって贖罪の場を与えてくれて・・・紺青を平和にするって夢まで叶えさせてもらってよ・・・」
真っ赤に燃える、孝志郎さんの瞳。
「ベルゼブ・・・・・・てめえに・・・・・・」
孝志郎さんはかっと目を見開く。
「感謝してるぜ!!!」
燃え盛る炎の嵐に吹き飛ばされ、僕は霞様の傍の地面に叩きつけられた。
「・・・うっ・・・」
赤く燃え盛る炎。
「孝志郎さん!!!」
炎のごうごうという音以外、何も聞こえない時間がしばらく続き。
やがて炎が弱まる。
倒れる孝志郎さんと、黒焦げになったベルゼブの姿。
「孝志郎さん・・・」
孝志郎さんに近づこうと、重い体を引きずって這うように進む。
孝志郎さんは・・・動かない。
「孝志郎さん!!!」
叫ぶが・・・声は届かないようだ。
「そんな・・・・・・」
その時、大きな影が目の前に立ちはだかる。
『ははは!!!愚かだな孝志郎!!!』
声の主は・・・ベルゼブ。
「・・・何故?」
『本体が滅びても、こうして私はまだ存在することが出来る。お前達とは次元が違うということだ!私はこの数十年間ずっと、ありとあらゆる『妖力』や『神力』の類を利用して生き延び、紺青へ復讐する機会をうかがってきたのだからな!』
「・・・くそ・・・・・・」
『私が存在出来てさえいれば・・・必ずや再び機会は巡って来よう!そのときまで・・・首を洗って待っているのだな!橘右京!!!』
孝志郎さんの目は、堅く閉ざされたままだ。
・・・許せない・・・・・・
このまま・・・・・・行かせるものか。
何のために僕が・・・呼ばれたんだ?
『水鏡』・・・・・・
その時。
広い空間を満たすほどの青白い光が、『水鏡』から放たれる。
『右京・・・参ろう』
体が軽くなってくる。
痛みが次第に消えていく。
脳裏に響くのは『水鏡』の声。
『共に・・・ベルゼブを倒すのだ』
「・・・終わらせてやらなければ」
『水鏡』の束を力いっぱい握り締める。
「あいつの・・・恨みと憎しみに満ちた人生・・・僕が終わらせてやる!」
『水鏡』を構える。
『・・・やる気か?右京・・・』
赤い瞳を細めて笑うと、ベルゼブは叫んだ。
『ならば受けてやろう!死ぬがいい!!!』
焼け付く炎。
その怒りと憎しみに満ちた炎は・・・どこか悲しみを帯びていた。
そんな核のようなものが見えた瞬間、思った。
・・・勝てる。
「・・・もう、終わりだ!ベルゼブ!!!」
青白い光が炎を包み込み、目の前の黒い大きな影をも包み込む。
穏やかな・・・優しい光。
『ぐぁぁぁぁぁっ!!!!!』
「・・・安らかに眠れ!ベルゼブ!!!」
一度目を閉じて、心の中で語りかける。
・・・紫苑兄さん、見てて。
これが・・・僕の・・・
「僕の戦いだ!!!」
『伊耶那岐』!!!
ベルゼブの黒い影が青白い光にかき消されていくのが見えた。
そして、目の前が真っ白になる。
呼吸が止まってしまったような感覚。
体がどこかに溶けてしまったような。
『右京様!』
霞様の声がする。
振り返ると、彼女は笑っていた。
『こちらです!』
差し伸べられたその白く華奢な手に、手を伸ばす。
『一緒に・・・帰りましょう、紺青へ』
「右京様!!!しっかりしてください!!!」
目を開くと、体を揺さぶる藍さんの姿があった。
「・・・よかったぁ」
ほっとした表情の藍さんに恐る恐る聞く。
「孝志郎さんは・・・」
「意識はない・・・ですけど・・・息はあります」
「霞様は・・・」
「意識はないですけどもっと大丈夫そうです。眠ってるみたい」
「・・・・・・よかった」
大きく安堵のため息をつく僕に、来斗さんの声が飛ぶ。
「脱出しなければ・・・どうやら崩れそうだぞ、この洞窟」
待って、と言う声に驚いて聞き返す。
「・・・一夜さん!!??」
「あ、右京・・・久々」
「久・・・びさ・・・じゃ・・・・・・なくて・・・・・・」
目が点になる。
「どうやら宇治原さんが『ケリュケイオン』を遣ったらしい」
来斗さんが言う。
『うまくすればこいつ・・・死人もよみがえらすらしい』
以前彼が言っていた・・・その言葉を思い出す。
「・・・よかった」
思わず涙がこぼれる。
僕の顔を見てにっこり笑うと、一夜さんは思い出した!と叫び声を上げた。
「俺ここあんまり来たことなかったんだけどさ・・・」
水槽の奥の大きな石の前に立つと、一夜さんは『大通連』を構える。
「ここ・・・確か入り口が近いはずだよ」
『烏帽子』!
『大通連』の力で巨大な岩が粉砕される。
「・・・よし!急ごう」
夜が明けた。
それとほぼ同時。
紺青を襲ったオンブラが叫び声を上げて姿を消していく。
「・・・右京」
西の空を見上げる。
「龍介!!!」
剣護がぼろぼろの体で走ってくるのが見える。
その背後には霧様と杏の姿。
「おお!!!無事か!?」
「ああ・・・お前も・・・」
がくっとその場に倒れこむ、剣護。
「きゃああ片桐隊長!!!大丈夫ですか!?」
霧様が叫ぶ。
「大丈夫っす霧様!これは単なる『神力』の・・・」
ふっと視界が白くなる。
「遣い・・・すぎで・・・・・・」
「草薙くん!?」
槌谷の声が遠くなる。
これは・・・人のこと・・・・・・言えねえな・・・
来斗さんの肩を借りて歩き洞窟を出ると、もう朝日が昇り始めていた。
「・・・朝」
つぶやくとほぼ同時。
轟音と共に、洞窟の入り口が崩れ落ちた。
「・・・・・・終わった・・・な」
愁さんがつぶやく。
「・・・長かった・・・・・・な」
藍さんの方を振り返る。
「藍さん!?」
藍さんは今までに見たことがないくらい、目を真っ赤にして涙を流していた。
その背中で、霞様の声。
「・・・まぶしい」
「霞様!」
藍さんは霞様を降ろすと、その体を抱きしめて泣き出した。
「藍・・・」
「よかった!霞様・・・・・・」
「来て・・・くれたの・・・・・・ね」
「勿論です・・・私・・・お守りするって・・・約束したじゃないですか・・・・・・」
微笑む霞様。
「ごめんなさい・・・」
「・・・何で謝るんです?」
「私ね・・・・・・負けそうになってしまって・・・・・・」
涙でくしゃくしゃの顔で必死に笑顔を作って藍さんが言った。
「大丈夫!藍だって負けそうになりましたから・・・・・・」
「ほんとう?」
「ええ・・・だから・・・おあいこです・・・」
ぐすん、と涙ぐんで藍さんがつぶやく。
「会えて・・・本当によかった・・・・・・」
やれやれ、とつぶやくと一夜さんが二人の傍に近づき、藍さんを優しく抱き寄せる。
「そうやって霞様を独占しないの!右京だって待ってんだからさ」
霞様がゆっくりと僕のほうを見る。
「・・・ありがとうございました」
「・・・僕のほうこそ」
「あなたの・・・呼ぶ声がしました」
「・・・僕もです」
微笑んで、霞様の髪に触れる。
「帰りましょう・・・一緒に」
「・・・ええ」
また新しい、季節が来た。
あの日は蒸し暑かったのに、秋になって冬になって、そして・・・春。
「・・・いろいろあったなぁ」
つぶやいた俺の後ろで、いつものノー天気な声が響く。
「藍いる?」
ため息をついて振り返る。
「・・・・・・見回りです」
「そっかぁ、残念」
「残念・・・じゃないでしょうが?」
彼は勝手に隊舎に入ると、三日月の席にちょこんと体育座りをする。
「・・・待つんすか?」
「駄目?」
「・・・・・・暇・・・なんすね、一夜さん」
そんなことないよ?と笑う一夜さん。
「若くてかっこいい指南役がいるっていうんで女の子の志願者とかお母さんのファンとか増えちゃってさぁ・・・大忙しっていうか?」
「・・・しっかりしてくださいよぉ、笹倉道場ってそんなとこじゃないでしょ!?」
一夜さんは十二神将隊や軍とは離れ、今まで籍だけ置いていた出身道場の師匠の手伝いをしている。父親の大きな反対もないらしく、ゆくゆくは道場を継ぐことになるのだろう。
好きな剣術だけを好きなだけやっていられる環境、彼はとても活き活きしてみえる。
「何かカリカリしてない?龍介。そっか鈴音ちゃんになかなか会えなくて欲求不満なのか」
「・・・ち・が・い・ま・す!!!」
槌谷はあの後自ら志願して白虎隊の隊長になり、今は主に西陣にいる。
「それに・・・槌谷とはまだ・・・そんな関係じゃ」
「・・・まだ言ってないの!?駄目だよそんなんじゃ他の男に持ってかれちゃうぜ!?」
「・・・・・・大きなお世話っす」
あ、と戸口でつぶやいたのは愁。
「何や・・・龍介『しか』おらへんのかぁ?」
「んだよ、何か用か?」
黒いローブを身に着けた愁はじろっと俺の顔を見る。
「用がなかったらこんなとこ来たりせえへんけど、お前じゃなぁ・・・」
「んだとてめぇ!?隊長は俺だぞ、俺!」
「ああそうやったな、草薙『隊長』?僕は三日月伍長に、用があって来たんや?」
「ああそうですか、浅倉『総隊長』!三日月伍長なら今見回りです!!!」
横を向いて毒づく。
「・・・・・・おとといきやがれ」
「・・・龍介、今何て言うた?」
総隊長は、朱雀隊長の肩書きのまま愁がやることになった。
確かに現隊長の中で一番の適任者は彼、ということになるだろうが・・・
相変わらずこの男・・・俺にはこんな感じなのだ。
一夜さんが微笑んで言う。
「相変わらず仲いいなぁ、お前ら」
「一夜!?」
ぎょっとして愁が言う。
「こら龍介!部外者を隊舎に入れるな部外者を・・・」
「だって言っても聞かねえんだもん・・・」
そこへ中の様子など何も知らない三日月が帰ってくる。
「三日月戻りましたー!草薙隊長、片桐隊長が・・・・・・」
そして。
真っ赤な顔で固まる。
「い・・・・・・一夜!!??」
「おっかえりー藍!」
満面の笑顔で近づくと、一夜さんはいきなり臆面もなく三日月を抱きしめた。
「もー稽古の合間にせっかく会いに来たのに藍いないんだもん・・・」
「・・・一夜・・・・・・離して・・・・・・恥ずかしいから・・・・・・」
三日月について来た剣護がうんざりした顔で言う。
「お前らなぁ・・・そういうことは公衆の面前でやらねえで家でやれよ」
「家!!??」
思わず三日月に怒鳴る。
「お前ら!同棲してんのか!?」
「ち・・・違います違いますっ」
「舞!?僕はそんなこと聞いてへんよ?」
「だから・・・違うって・・・」
剣護が何でもなさそうに言う。
「同じようなもんだろうが・・・」
「そうそう」
一夜さんまで言う。
真っ赤な顔で慌てて否定する三日月。
「違うんですってば!一夜んちのほうが職場から近いでしょ!?だから時々休憩で使わせてもらってるって・・・ただ、それだけなんですっ!!!」
「時々・・・ってお前、毎日じゃねえか」
「まい・・・にち・・・・・・まぁ・・・そうとも・・・」
「剣護・・・詳しいんだな」
俺が感心して言うと、うんざりした顔で剣護がつぶやく。
「毎日毎日ノロケ話を聞かされる俺の身にもなれ・・・」
「あ・・・なるほど」
愁が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「一夜!お前そういうことすんならもっと堂々とやなぁ!?」
「いいじゃないですかぁお兄さん、舞ちゃんもいい大人なんだから・・・」
「お・・・兄・・・・・・さん???」
「いい大人なんだから・・・お前らそろそろけじめつけて結婚しろ!!!」
剣護が二人をビシッ!と指差して言う。
「孝志郎さんだってしたろ?白蓮身請けしてさ・・・かわいい子供まで生まれて」
「聞いた聞いた!男の子だったんだろ!?」
俺が言うと、三日月は自分のことのように嬉しそうに笑う。
「そう!清志くん。すっごく可愛いんだから!全体的には孝志郎に似てるかな?けど、色が白くて目が大きくて白蓮にもよく似てるの」
「孝志郎さん・・・記憶はどうなったんだ?結局」
あ、とつぶやく三日月。
ベルゼブのところから戻ってきた孝志郎さんは、しばらく意識不明の状態が続いた。
そして目を覚ましたとき・・・
一切の記憶を失っていたのだ。
ベルゼブのことや十二神将隊のことだけじゃなく、俺達や三日月や来斗さん、それに一ノ瀬公のことなんかも綺麗さっぱり忘れていた。
それなのに・・・たった一つだけ、覚えていたことがある。
それは・・・『白蓮』の存在。
うーん・・・とうなって、三日月が言う。
「孝志郎ってさ・・・もともと頭いいじゃない?今は大体自分の周りの人間関係ちゃんと把握出来てるみたいなんだけど・・・・・・記憶が戻ってるからなのか、白蓮が教えたからなのか、そこはちょっと・・・・・・聞きづらくてさ」
「白蓮てちなみに・・・本名なのか?」
「・・・そうみたい」
最近しぶしぶ『伍長』の肩書きを受け入れた三日月は、やっと俺に対してもタメ口で話してくれるようになった。
「で・・・結婚の話だよ」
剣護が低い声で言う。
いたずらっぽく言ってみる。
「駄目ですよー一夜さん!せっかく本命射止めたんだから早くもらってあげなきゃ・・・」
剣護がつぶやく。
「いや龍介・・・問題は藍なんだ」
「何?」
皆の目が集中すると、問題の彼女は頭を掻きながらため息をつく。
「だって・・・私、まだここで働きたいですし」
「だから何度も言ってるじゃん?それは構わないからって・・・」
「それに・・・・・・」
じっと一夜さんを見据えて、低い声でつぶやく。
「いまいち信用出来ないんだもん、まだ」
「・・・・・・え?」
無線が鳴って、隊士から呼び出しがかかる。
「あ!私ちょっと出てきます!皆さんまた後でー」
にこやかに言うと、三日月はばたばたと隊舎を出て行った。
笑顔のまま凍りつく一夜さん。
「・・・・・・大変っすね、一夜さん」
「まぁ・・・身から出た錆・・・てとこやろな」
「宇治原伍長!ではお先に失礼しまーす」
ちかの明るい声が響く。
夜勤明けだというのに・・・元気やなぁ。
・・・あ、そうか。
「風牙、南から帰って来てんのか?」
顔を赤らめ、にっこり笑って答えるちか。
「そうでーす」
時計を見て遅れちゃう!と走り去るその後姿の、幸せそうなことといったらない。
「・・・ったく憎たらしい」
つぶやいた俺に背後から声がかかる。
「こら、若者の青春にヤキモチやかないの!」
にこにこ笑う源隊長の姿。
「今日は割と、暇ね」
「そうですね」
「・・・聞いてもいい!?」
興味津々の瞳。
「一夜のことですね・・・」
「そ!匿ってるのは知ってたけど、具体的にどうやって蘇生したのか教えてもらってなかったからね・・・一緒に減棒食らってあげたのに不公平じゃない?」
その夜。
黒い薄い絹の大きな布に覆われた一夜は、病院の奥の部屋でひっそりと眠っていた。
『お前はアホやで』
布を少しどける。
こいつ、なんて安らかな顔をしているんだろう。
『ほんまに・・・アホや』
懐から取り出した『ケリュケイオン』を見つめてつぶやく。
『せっかく・・・助けたったのに・・・・・・粗末にしおってからに』
その時。
ケリュケイオンが微かに光った。
『神力』の反応?
・・・・・・そうだ。
一人の医者として考えれば、許されるのかはわからない。
しかし、『神器遣い』として自分を考えたときは・・・どうだ?
迷いはすぐに消えた。
布をはがすと、心臓の上あたりに『ケリュケイオン』をかざす。
唱えると、一夜の体から『神力』が放出されて『ケリュケイオン』に集まる。
それは予想していた以上の力だった。
これなら・・・あるいは。
目を閉じて、静かに唱える。
『リバイバル』
自分の『神力』がどんどん放出されていく。
今までに体験したことのない力。
薄れていく意識の中で。
『実継・・・』
『ケリュケイオン』の声。
『あなたは、とんでもないことを企んだのですね・・・』
『ああ・・・すまんな・・・・・・俺は罰せられるんやろか?』
『ケリュケイオン』は答えない。
『それでもえーわ。人を生き返らせようなんて・・・医者として、やったらあかんことや。もう二度と白衣は着ん!その代わり、ケリュケイオン・・・こいつ助けたってくれ』
『実継・・・』
『こいつ本当に可哀想な奴やねん。肺の病気かてもっと早く気づいてやれてたらこないに悲観させることもなかった。死ぬ前に・・・一目惚れた女の顔見たくて戻って来おったんやで?武士だかなんだか知らんけどな、同じ死ぬなら親友の手にかかって死にたいとかなんとか・・・・・・ほんまに度を越したアホやけどな。かわいそすぎるやんか』
それはあの明け方、一夜がうわごとのように繰り返していた話だった。
『わかりました。あなたの望み・・・叶えましょう』
『ケリュケイオン』が今までに見たことがないほどの眩しい光に包まれる。
俺の手を離れると、宙に浮かび上がり。
ガラスの砕けるような音を響かせて、砕けた。
さらさらと欠片たちが一夜の体に降り注ぐ。
『実継・・・この男は、私とあなたにとって、救える命でした』
『ケリュケイオン』の声が優しく響く。
『あなたはこれからも・・・苦しんでいる人を救い続けてください。あなたなら、私の力などなくても・・・・・・多くの人を救うでしょう』
きらきらとした欠片はやがて、消えていった。
そして。
かすかだが、確実に・・・一夜の体が動いた。
『『ケリュケイオン』・・・堪忍な』
「本当はそっからが大変やったんですけどね・・・意識戻るまで点滴とか色々やって・・・肺病の方も見てやらなあかんし」
「それ・・・彼のお母さんも同じ病気だったんでしょ?」
頷いて続ける。
「そうなんすよ。その当時は治療法が確立されてなくてですね・・・あいつ勝手に思い込んでたみたいで、『自分はもう、治らへんのやー』って」
当時を思い返し、ため息をつく。
「元気になってきたらなってきたであいつ、今度は脱走を繰り返しおるしですね・・・」
「剣護くんにも見つかっちゃってたんでしょ?」
「そうそう・・・」
にっこり笑って源隊長が言う。
「でも・・・よかったじゃない!?なかなか出来ない経験だわ」
「・・・・・・減棒っすか?」
苦笑いして、そうそう・・・とつぶやく源隊長。
「辛かったなぁお給料カットは・・・」
「そこはツッコミましょう!?源隊長!」
朔月邸を訪ねると、花蓮様は庭で一枚の写真を見つめていた。
「右京!いらっしゃい」
微笑む花蓮様。
「燕支はどうだった?戻ってたんでしょ」
「ええ・・・皆変わりなく。そういえば・・・」
磨瑠さんが言っていたこと。
「『戦闘の中、玲央の姿を見た』って言うんです」
「・・・え?」
青龍隊の戦った中でも激戦区だったあたりで、誰もが限界を感じ始めたとき。
『雷鳥』がふっとオンブラの大群の中をよぎる姿を皆が目撃したという。
同時に雷に打たれたように消えていくオンブラの大群。
『玲央様!』
磨瑠さんが叫ぶと、『雷鳥』が振り返って彼の顔をじっと見た。
「『雷鳥』は玲央の笑顔で笑ってた・・・って」
「・・・玲央の笑顔・・・ねえ」
「赤ちゃん玲央は戦闘の間、何にも動じることなくすやすや眠っていたそうです」
「ふうん・・・不思議なこともあるもんねえ」
花蓮様が不思議・・・というくらいだから、これは不思議なことと言っていいだろう。
そんなことを思いながら、花蓮様の手にした写真を覗き込む。
そこには3人の少女の姿。
一人は・・・藍さんそっくりの少女。きっとこれは花蓮様だ。
一人は・・・愁さんにどことなく似た少女。これが『小春さん』だろう。
それともう一人・・・長いさらさらのストレートヘア、抜けるような白い肌の美しい少女。
・・・誰かに似てる。
「花蓮様・・・この人」
「ああこれ・・・『夏月』よ。私の大親友だった子」
懐かしそうに笑う花蓮様。
「病気で死んじゃったの。小春が死んで少し経った頃だったかな?秋風から連絡があって・・・・・・悲しかったな。もう私しか残ってないのか・・・って」
「燕支を出るとき言ってたの、この人ですか?」
『夏月の子供に会いたいな』
確か・・・そんな風に。
花蓮様は嬉しそうに笑って、よく覚えてたわねぇと僕の頭を撫でる。
「そうそう!会ってみて驚いたわ、全然旦那には似てなくって・・・本当に夏月そっくりなんだもの。綺麗な子でさぁ・・・」
じっとその写真を見つめる。
「どうしたの?右京・・・」
「花蓮様・・・・・・」
はたと気づく。
「わかった!!!」
「何が?」
「花蓮様この人・・・一夜さんの!?」
楽しそうに花蓮様は笑って言った。
「当たり!」
頼まれていた本を届けに一ノ瀬邸の門をくぐると、明るい赤ん坊の笑い声がした。
「来斗様!」
笑顔の白蓮が出迎えてくれる。
孝志郎は窓際でぼんやり外を見ていた。
「何か・・・思い出したか?」
はっとした顔で俺を見ると、曖昧に笑って孝志郎は首を振った。
「誰が誰で・・・俺にとってどんな存在で・・・っていうことの、理解は出来てるんだけどな」
「理解・・・か。お前らしい表現だな」
記憶を失っても孝志郎は孝志郎だ。
角が取れて穏やかになった彼に、若干の寂しさを覚えることはあるけど。
白蓮と胸に抱いた清志を優しい瞳で見つめている、孝志郎の横顔に向かって尋ねる。
「幸せか?」
視線はそのままに、目を細めて笑う孝志郎。
「・・・俺がこんな風に生きてていいのかなって思うときはあるけどな」
彼は自分の犯した罪についても、真正面から受け止めようとしていた。
「孝志郎。思うんだが・・・」
「霞様を助けて国を平和に保つことが俺の贖罪だ・・・だろ?」
こちらを見て笑う。
「もう何回も聞いたよ。お前物忘れ激しくなったんじゃないのか?」
「・・・孝志郎」
こういう時、本当に記憶がないのか疑わしく思ってしまう。
孝志郎はふいに真面目な顔になって、じっと俺の顔を見て言う。
「来斗、これからも・・・・・・よろしく頼む」
何を改まって。
微笑み返して頷く。
「当たり前だ!俺とお前は・・・幼馴染なんだからな」
城門で、兵士が僕に向かって敬礼をする。
「右京様!お疲れ様でございます」
「・・・お疲れ様」
『親衛隊長』・・・なんて、ものすごくくすぐったかったけど。
まあ、肩書きなんてどうでもいいのだ。
中庭に出てバルコニーを見上げると、彼女はぼんやりと空を眺めていた。
「霞さん!!!」
はっとした顔をして、僕のほうを見る。
「右京様!」
にっこり笑う霞の姿。
「こちらにいらっしゃいませんか!?」
「・・・お仕事じゃないんですか?」
僕の言葉に、少し口を尖らせる。
「いえ!今は休憩中です」
「でしたら・・・参ります」
僕が言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
彼女が好んで立つそのバルコニーからは、紺青の街が一望できる。
士官学校の・・・藍さん達の思い出の屋上もその風景の中に入っていた。
その場所を指差して、彼女のほうを見る。
「霞さん、ご存知ですか?」
「士官学校・・・ですか?」
「あそこは・・・藍さん達の大事な場所なんです」
説明してあげると、霞は目を輝かせた。
「行ってみたいな、私も」
以前よりずっと素直に自分の気持ちを口に出すようになった彼女に、思わず表情が緩む。
「じゃあ・・・行きましょう!近いうちに。僕がご案内しますから」
「それより先に・・・お花見に行かなきゃなりませんね」
「え?」
嬉しそうに微笑む彼女。
「だって、春ですもの」
「春だからって公衆の面前でいちゃいちゃしちゃ駄目ですよー右京様!!!」
どきっとして下を見ると、腰に手を当てて仁王立ちする藍さんの姿。
「お前が言うんじゃねえ!」
草薙さんが後ろから怒鳴る。
「右京!ちょっと用事頼まれてくれ・・・手が足りねーんだ」
「違いますよー右京様!草薙隊長はただ、最近右京様が構ってくれないから寂しくて・・・」
「うるせーぞ三日月!!!」
やりあっている二人の様子は相変わらず。
変わったもの、変わらないもの。
色々な人の色々な気持ちを連れて、時は確実に流れていく。
その変化に置いていかれないように、心をまっさらにして、まっすぐに歩いていきたい。
僕は大きく身を乗り出すと二人に向かって叫んだ。
「今行きます!」
ご愛読ありがとうございました!
お話は外伝に続きます。
次回作もどうかお付き合いください。
その前に、この後一話おまけあります。