Ep43 朽葉
枯れた森と大きな岩石の積み重なった荒野を抜けると。
そこには冷たい風の吹き込む鍾乳洞が大きく口を開いていた。
「ここが・・・・・・」
つぶやく藍さん。
「おそらく」
頷く僕に、来斗さんが言う。
「・・・行くか」
入り口に目を凝らすと、黒い影がゆらゆらとうごめいている。
頭の上には二つの鋭い角。
「さっそく・・・お出ましみたいやな」
『螢惑』をかざす愁さん。
「・・・行きましょう!!!」
どのくらい時間が経っただろう。
寒い。
でも・・・寒さを感じる体がどこにもないような感覚。
私は一体どうなってしまったのだろう。
「目を覚ましたようだな・・・玉よ」
お父様の声?
そんなはずはない。
お父様は私の目の前でずたずたに切り裂かれて死んでしまったのだ。
あの日、父に呼ばれてバルコニーに立った。
『何でしょうか?お父様』
『お前に・・・話しておかねばならぬことがある』
お父様は私を見て、若干ためらいながら口を開いた。
『燕支の・・・皇子様のことでしょうか?』
燕支の国から剣術に長けた皇子を仕官させる・・・という話を、昨夜聞かされたばかりだった。
紺青には藍や勾陣隊の古泉隊長のような剣術に秀でた人間はごまんといる。
『一体何故・・・今更そんな遠方から?』
『お前は信じるか分からぬがな・・・『水鏡』が彼を、と告げたのだ』
『・・・・・・『水鏡』が?』
王家に伝わる『神器』の一つ。
それは戦乱の世にはその力を発揮するが、通常はひっそりと聖堂で眠りについている。
『『水鏡』が告げたということは、何か良からぬことがこの紺青に起こるのでしょうか?』
わからない、というように父は首を振った。
『今日は・・・そのことではない』
『・・・・・・では?』
『お前の・・・『兄』のことだ』
『・・・・・・兄?』
その瞬間。
脳裏に響く、低い声。
『死ね・・・紺青の王よ』
信じがたい光景が目の前に広がる。
声一つ出すいとまもなく、父は息絶えていた。
体内から突き出した無数の鋭い枝のようなものに、串刺しになった父の姿。
頭の中で笑い声が響き、呆然としたまま父の亡骸を見つめていた。
まだその時は、自分の身に起こった変化には全く気づいていなかった。
『・・・・・・お父様』
全身に浴びた父の返り血は・・・温かかった。
もう一年も経つのだろうか。
その姿を見た瞬間の絶望感。
そして同時に襲った・・・言いようのない安堵感。
何故だ?父の死によって・・・私は一体何から解放されたというのか?
父は私にとても厳しかった。
『王として人の上に立つ』・・・そんな話ばかりを幼い頃から聞かされてきた。
『多くの犠牲の上に生きている自分・・・そのことを忘れてはならない』と。
霧江は父上を嫌っていたけれど・・・私は大好きだった。
彼の言う事を忠実に守って生きてきた人生。
威厳に満ちた父の・・・裏にあった過去の悲劇。
あなたのせいで・・・私は・・・
多感な少女時代、そのことがどんなに心に深く突き刺さったか。
姉のようにいつも支えてくれた藍の大事な人まで・・・私のために犠牲にしてしまっていた。
大きな矛盾に苦しんできた私の人生。
「もう・・・疲れた」
つぶやく私の声が聞こえたのだろうか?
声の主は高らかに笑う。
「そうか!貴様もまた、紺青に縛り付けられてきた人生であったのであろうな」
「あなたは・・・一体」
「紺青など・・・無くなってしまえばいい。そうは思わぬか?」
私は紺青の第一王女なのだ。
ゆくゆくは紺青の国を背負って立たなければならない。
沢山の人の生活が・・・命が・・・この肩にかかっている。
でもそんなこと・・・・・・私に出来るのだろうか?
こんなに呪われた身である、こんなに無力な私に・・・・・・
そんな資格はとてもないのだ。
ずっとそう思ってきたけど・・・口に出すことなんて許されない。
「紺青を・・・・・・」
「そうだ!紺青が滅べば、そなたの身も自由となろう」
「そんなことが・・・・・・」
出来るのだろうか?
解放されることなど・・・・・・
ぼんやりとした頭で・・・また私は深い眠りに落ちていった。
黒い影を薙ぎ払いながら、洞窟の奥へと進む。
「あーもう!斬っても斬ってもキリがない!!!」
いらいらした藍さんの叫び声。
『火箭』!!!
愁さんの放った炎の矢が、次々にオンブラを焼き尽くしていく。
「舞!少しは冷静に・・・」
「舞じゃないってば!」
「お前は・・・だから孝志郎はんがいっつも言うてたやろ?『感情的になったら負け』て・・・」
「今は『風』のお説教を聞いてる場合じゃないの!!!」
『フリージングレイン』!!!
藍さんの叫びに合わせ、凍てつく雨がオンブラに降り注ぐ。
降りかかった瞬間、凍り付いて動けなくなるオンブラ達。
「・・・あいつらは」
来斗さんが呆れたようにつぶやくと、『アロンダイト』を地面に突き立てた。
『紫電』!
凍りついたオンブラを襲う、鋭い雷。
悲鳴を上げながら粉々になっていくオンブラを見つめる。
『五玉』・・・か。やっぱりすごい。
「・・・僕も!」
『水鏡』を構える。
『水無月』!
『水鏡』が青白く眩しく光り、先端から放たれた青白い光が幾重にも連なって向かってくるオンブラの体を次々に貫通していく。
「すごい・・・初めて見た」
藍さんが改良された『水鏡』の威力に感嘆の声を上げる。
「東ブロックはどうだ!?」
『なんとか応戦してます!!!』
隊士の悲鳴に似た報告を受けて舌打ちする。
・・・ったく、何だってこんなに数が多いんだよ?
「いいなお前ら!!!町の住民が避難してる城には絶対!オンブラを近づかせるな!」
無線と近くで戦う隊士に向かって怒鳴る。
中でも黒い体の角のある奴が特に厄介だ。
「倒せなくは・・・ないんだよ」
『雷電』を構えてつぶやく。
「時間がかかるんだよな・・・」
近くのオンブラに向かって叫ぶ。
『タケミカヅチ』!!!
雷がオンブラの体を貫通する。
しかし、一度倒れたそいつらは怒りに目を赤く染めて、俺に向かって突進してくる。
『ヴィッゲン』!!!
『雷電』の先からほとばしる雷がもう一度そいつらに直撃。
それでやっと・・・1体が倒れた。
「!?」
背後から切りかかる、黒い影。
鋭い金属音がして、その黒い刀をサーベルが受け止める。
前方からは依然近づいてくるオンブラの姿。
「くそ!!!」
『シルフィード』!!!
目の前のオンブラが突風に貫かれて消し飛んだ。
はっとして、俺は切りかかってきたオンブラに向き直る。
「食らえ!!!」
至近距離で雷に貫かれたオンブラは、その場で焼け焦げて消え去った。
駆け寄ってきたのは・・・槌谷。
「大丈夫か!?」
「ここが・・・最前線みたいね」
つぶやくと、槌谷は『隼風』を構える。
「天一隊のほうは大丈夫なのか!?」
「全体に散ってるわ。私も隊士を率いて応援に来たところ」
「悪ぃ!頼むぜ」
「剣護さんは!?」
「霧様のところだ!こいつらの狙いは霧様の『神器』だからな・・・」
「あの・・・お姫様」
杏が霧江様につぶやく。
「こんなとこにいて・・・危なくない?」
霧江様と俺と杏は、民衆の避難する城から離れた高台の上にいた。
霧江様は迷いのない笑顔できっぱり答える。
「危ないでしょうね、多分」
『天叢雲剣』を見つめる。
「だったら・・・・・・」
「だからこそ・・・巻き込めないでしょ!?皆を」
「だから・・・それは俺達が預かりますから・・・」
「いーえ!これを守るのは王族の、私に課せられた役目だわ」
杏が俺に耳打ちする。
「剣護・・・何でこの子、こんなに頑固なの?」
「・・・お前が言うな、お前が」
俺達の様子などお構いなしに、霧江様は依然笑顔で言う。
「お姉様も今、一生懸命戦ってらっしゃるんですもの!私だって」
「・・・霧江様」
その時。
目の前に巨大なオンブラの姿。
「ほら・・・言わんこっちゃない」
杏がつぶやく。
鳥のような姿をしたそのオンブラは名を『ジズ』と名乗った。
『『天叢雲剣』・・・渡してもらおう』
そう言うと、その大きな嘴から炎を吐いた。
「あ!!!」
杏が立ちはだかって唱える。
『ミストラル』!!!
『ジン』から突風が巻き起こり、炎は一瞬にしてかき消される。
「いいぞ杏!」
俺も『蛍丸』を構える。
『水刃』!!!
水の刃がジズに切りつける。
ジズは大きく羽ばたき、炎の渦に水の刃がかき消される。
「ちっ!」
「一筋縄には・・・いかなそうね」
霧江様がつぶやく。
必死の応戦の甲斐あって、しばらくするとオンブラの姿は跡形もなく消えていた。
荒い息を整えながら奥へと走る。
二手に分かれた大きな空洞。
「・・・どっちだ!?」
つぶやくと同時。
「右」「右!」「・・・です!」
愁、藍、右京の三人が同時に叫ぶ。
「・・・そうか。お前らが言うなら間違いはないだろう」
韓紅・・・とかいう一族の能力は俺の理解を超えている。
この戦いが終わったら・・・一つじっくり調べてみよう。
右に進むと、その先に大きな空間が広がっていた。
「熱っ・・・・・・」
藍が顔をしかめる。
熱気に包まれたその空間には、幾つもの首を持った蛇のような巨大なオンブラ。
『愚かな人間共よ、ここまで来れたことを褒めてやろう』
そのオンブラは、ベルゼブ同様に言葉を発するようだ。
『我が名は『リヴァイアサン』・・・ここから先には行かせぬ』
ものすごい轟音と共に、俺たちの周囲に幾つもの火柱が上がる。
「うっ!!!」
『水天』!
右京が俺達の周囲に水のバリアを張る。
ジュウ、という音を立てて、火柱がかき消される。
『ほう・・・なかなか』
『スノウストーム』!!!
藍の『氷花』から氷の嵐が巻き起こり、巨蛇に襲い掛かる。
奴は鱗を真っ赤に光らせて、嵐を一気に跳ね返す。
跳ね返された氷の嵐は、俺たちにまっすぐに向かってきた。
すかさず愁が『螢惑』をかざし、氷の嵐を弾き飛ばす。
『人間の割には・・・やるではないか』
目を細める巨蛇。
「右京!お前は先に行き」
愁がつぶやく。
「ここでみんなで捕まっててもらちがあかんやろ」
「・・・でも!」
反論しようとする右京を諭すように言う。
「先に行け、と言っているだけだ。俺たちも後から必ず行く」
「・・・来斗さん」
藍も笑顔で言う。
「お願いします右京様!早く霞様を救い出してあげなくちゃ」
右京が意を決したように頷く。
「・・・じゃ」
愁が『螢惑』を構える。
「いっちょ化けもんを引き付けるか」
両手を左右に大きく広げる。
愁の目が赤く光り、周囲に炎が巻き起こる。
じっと巨蛇を睨みつけると、愁は大きく羽ばたくように唱える。
『朱雀』!
炎は巨大な朱雀の形を成して羽ばたき、巨蛇の頭に向かう。
『何!?』
「今や右京はん!!!」
「はい!!!」
右京は『水鏡』で襲い来る炎を回避しながらリヴァイアサンの横を全速力で駆け抜ける。
「お願いします!!!」
叫ぶ右京の声が遠くなるのを確認して『アロンダイト』を構える。
『震』!
雷は別の頭を直撃。
『スノウストーム』!!!
藍が叫んで、また別の頭を氷の嵐が吹き飛ばす。
『グォォォォォォ!!!!!』
叫び声を上げる蛇。
「・・・どうだ!?」
その時、巻き起こる炎。
「うっ!!!」
俺たちの体は熱風にあおられ、遥か後方に吹き飛ばされる。
「・・・何や?」
巨蛇の頭は・・・再生していた。
元の姿に戻った奴は、また目を細めて笑う。
『無駄だ無駄だ・・・愚かな人間ども』
「くっ・・・・・・」
『食らえ!!!』
巻き起こった炎が全身を包む。
突然のことに防御の態勢もとれず、俺達は炎に巻かれて地面に叩きつけられた。
暗い洞窟をひた走る。
急がなくては・・・
あんな巨大なオンブラはきっと、紺青にも出没しているに違いない。
その全ての動力源が霞様なのだとしたら・・・
彼女の身が危ない。
同時に彼女を救い出しさえすれば、あいつらの動きを止めることが出来るってことだ。
早く・・・・・・
目の前に、広い空間が現れる。
ひんやりと冷たいその奥。
「来たか・・・右京」
ベルゼブの姿。
そしてその背後。
紫色の液体の中に・・・薄衣一枚を身に纏った霞様。
目を閉じて膝を抱え、液体の中に浮かんでいる。
その姿は・・・透き通って見える。
かあっと頭に血が上って叫ぶ。
「貴様!!!」
『水鏡』を構える。
「そうこなくてはな・・・」
ベルゼブはにやり、と笑うと黒い刀を抜いた。
「来い!」
『水無月』!!!
青白い光がベルゼブを襲う。
炎が巻き起こってその攻撃を受け止める。
激しい閃光が走り、二つの力がぶつかり合う。
「ほう!『水鏡』の威力、以前より増したようだな」
「くっ!!!」
しかしベルゼブの力も・・・以前の比じゃない。
がくがく腕が震える。
全身の『神力』を集中させて、叫ぶ。
「行けえ!!!」
青白い光は更に勢いを増す。
「くっ」
受け止めてずるずると後退したベルゼブだったが。
すぐに顔を引きつらせて笑うと叫んだ。
「なんの!!!」
その瞬間、炎が巨大な渦になる。
「あっ!!!」
渦は僕に直撃し、後方の地面に叩きつけられる。
じりじり焼かれる体。
「う・・・うう・・・・・・」
全身を焼く炎の中、霞様の方を見つめる。
水槽が・・・紫色に光っていた。
今のは霞様の・・・力?
まずい・・・・・・
霞様の目は依然、閉じたまま。
「ははははは!!!どうだ右京!?これが『玉』の力よ」
ベルゼブが高らかに笑う。
「このまま猛火に焼かれて死ぬがよい!!!」
『水鏡』が僕の体を守ろうと青白く光る。
しかし・・・その光は次第に弱々しくなっていく。
焼かれる痛み、死の恐怖・・・・・・
いや・・・僕は・・・・・・
負けない!
「霞様!!!」
僕は全身の力を振り絞って叫んだ。
「目を覚ましてください!!!」
「ふっ・・・無駄なことを・・・・・・」
「霞様!皆あなたの帰りを待っています!!!一緒に・・・一緒に帰りましょう!!!」
同時に巻き起こる炎の柱。
「うわぁ!!!」
僕の体は舞い上げられ、地面に強く叩きつけられた。
「・・・霞・・・様・・・・・・」
住民が避難している城の門。
そのすぐそばまでオンブラの大群が迫っていた。
並居る軍人達ですら今にも悲鳴を上げそうな表情。
「ひるむでない!!!皆のもの」
一喝したのは涼風公だ。
「紺青を!民を守るのが我々の役目!皆でこの国を守るのだ!!!」
恐怖を振り払うように鬨の声を上げる軍隊の人間達。
隣で黙って風向きを見ていた柳雲斎先生が動いた。
「参るぞ、左右輔」
「・・・はい」
力強く頷く。
涼風公のすぐそば、オンブラの最前線まで歩み出る。
先生は静かに腰を下ろすと『絃上』をかき鳴らす。
『浄』
その音色に反応して空気が震え、薄く光り輝く幕のようなものが城を覆う。
私も『浄玻璃鏡』を構えると、まっすぐにオンブラに向かって唱えた。
『照らし出せ!己が姿を』
鏡は眩しく光ると、黒い影のようなオンブラをたちまちかき消してゆく。
「今のうちじゃ。反撃に出るがよい」
先生は涼風公に向かって静かに言う。
「お前はここで・・・よいのか?」
「わしはこの城を覆うバリアが薄くなったらまた、『絃上』で補強せねばならんでな。外におったほうが、何かと都合がよいのじゃ」
「私もここで先生をお守りしますゆえ」
私が言うと、静かに微笑んで涼風公が言う。
「柳雲斎・・・頼んだぞ」
「任せよ。涼風・・・お前もしっかり頼むぞ」
オンブラの大群は、四方の陣にも襲いかかっていた。
「どうしましょう!?」
「ひるむな!!!行け!!!」
慌てふためいて叫んでいる軍の人間に一喝する。
「落ち着け!上層部がそんなていたらくでは部下に示しがつかぬ!!!」
「朔月公!!??」
西を統括する軍の幹部は、突然現れた私と一ノ瀬公の姿に目を丸くした。
「お前の言うとおりだったな・・・花蓮。四方にもオンブラが現れる・・・と」
背後の花蓮に言うと、彼女は笑顔で頷いた。
「ここは私が率いる。異論はないな?」
一ノ瀬公が言うと、はい!と声を裏返らせる幹部達。
「あの・・・朔月公。こちらの女性は・・・・・・」
幹部の一人が恐る恐る言う。
「ああ。これは・・・」
「お初にお目にかかります。私、朔月秋風の妻の花蓮でーす!」
一瞬の沈黙。
「えええ!!??」
「さ・・・朔月公の・・・・・・奥方!!??」
「そうでーす!皆さん、いつも主人がお世話に・・・」
「かれん!!!」
私が慌ててどなると、小さく舌を出して笑う花蓮。
「挨拶はよいのだ!事態は急を要するのだぞ!?」
「もお、秋風ったら赤くなっちゃってー・・・」
「うーるーさい!!!行くぞ!!!」
花蓮を伴って、人気のない荒野に向かう。
その先に現れた・・・角が生えた巨大な牛のような生き物。
「こちらも・・・お前の言うとおりのようだな、花蓮」
「はい」
笑って答える花蓮。
「『ベヒモス』・・・ベルゼブの手下の一人ね?」
『よくわかったな人間!命が惜しくば『鏡』を渡せ』
『八咫鏡』を狙ってくるであろうオンブラの襲撃を紺青の都から遠ざけるため、西の荒野を選んだのは花蓮の忠告があったからだった。
「お前の能力に・・・感謝する」
「いーえ!お礼はこいつを倒してからたっぷりしてもらいますから」
花蓮は刀『小狐丸』を抜きざまに言う。
「・・・なんだそれは?」
「実は欲しいものがいっぱいありまして・・・」
全く深刻そうでない花蓮にため息をついて、私も自分の刀である『炎日』を抜く。
「・・・好きにしろ」
「やったあ!」
二人で刀を構えるのは、何年ぶりのことだろう。
若かりし日、何度か紺青に害を成す者に相対し、こうやって戦ったことがあった。
それ以来か。
ふと懐かしい想いにとらわれながら、目を閉じる。
周囲に巻き起こる、炎の渦。
花蓮の周囲には冷たい吹雪のような風が吹きすさぶ。
「参るぞ花蓮!!!」
「はい!!!」
「宇治原さん!オンブラがすぐそこまで!!!」
「・・・ったくこの忙しいのに・・・」
つぶやいて源隊長に無線で怒鳴る。
「宇治原です!!!『蜂比礼』お願いします!」
『了解!』
源隊長も別の場所で怪我人の救護に当たっているはずだが、急を要する患者ではなかったらしく、すぐに返事が返ってくる。
しばらくして、窓の外に降り注ぐ光のベール。
オンブラの襲撃を食い止める、源隊長の『神器』の力だ。
その時、目の前をよぎる人影。
「こらぁ風牙!」
見るとパジャマ姿のまま『青龍偃月刀』を手にしている。
「・・・見つかっちゃいましたか」
「たり前じゃアホ!動くな言うのがわからんのかい!?」
彼は俺の顔をじっと見て、笑って言う。
「最前線では戦えないかもしれません、でも・・・自分に降りかかる火の粉を払うことくらいなら、今の僕にだって出来ます!僕は・・・朱雀隊の伍長ですから」
「風牙・・・」
今までに見たことのない、自信たっぷりの笑顔で風牙が言う。
「それにね・・・言われたんです、『惚れた女の子の前では、めいっぱい強がってかっこいい所見せなきゃ駄目だよ』って」
「・・・は???」
「月岡伍長!!!」
二人の背後からちかが叫ぶ。
げっ、と小さくつぶやく風牙。
ちかは恐い顔でまっすぐこちらに歩いてくると、風牙に向かって小さな声で聞く。
「今の・・・・・・」
「・・・四之宮さん?えっと・・・・・・ごめんなさい病室勝手に抜け出して。でも・・・・・・」
「私の・・・・・・ことですか?」
「・・・え!?」
「今おっしゃった女の子って、私のことですか!?」
呆然と二人のやり取りを見守るしかない俺。
風牙は思い直したように小さくため息をついて、笑って答える。
「はい。四之宮さんのことです」
「・・・・・・風牙・・・さん」
目を潤ませてちかが言う。
「私!風牙さんがまた怪我してもちゃんと治してあげますから!腕の一本や二本、ちゃんとくっつけてあげますから!!!」
「・・・・・・まじ・・・ですか???」
「だから・・・頑張ってください!!!ちかは・・・ちかは応援してます!!!」
がくっ、と体の力が抜けて、俺は風牙の肩に手を置く。
「・・・ということらしい。行って来い」
「・・・はいっ!」
駆け出そうとする風牙に声をかける。
「そういや、さっきの・・・誰に言われたんやて?」
風牙は、にやっと笑って答える。
「『折鶴の人』です!」
「・・・何やそれは?」
「最後の折鶴と一緒に置手紙があったんです!・・・そういえば」
僕も聞きたいことがあったんです、と風牙。
「何や?」
「・・・あれって・・・『ケリュケイオン』の力ですよね?」
・・・ああ、そのこと。
「悪い、黙ってて!お前には言わなあかんと思いつつ、ビビリのお前に言うたら余計あかんような気もして・・・・・・」
「いいんです!そんなこと」
風牙は笑顔できっぱりと言った。
「紺青は大丈夫ですよ!」
「・・・何?」
「霞様も、紺青も大丈夫です」
にっこり笑って言うと、風牙は駆けて行った。
「『五玉』が揃えば絶対!・・・僕は5人を傍でずっと見てきたんですから、間違いないです!!!」
リヴァイアサンの生命力は半端なものではなかった。
頭を落としても落としても・・・すぐに再生してしまう。
炎の攻撃も弱まるところを知らない。
「・・・・・・くそっ」
愁が毒づく。
何度も炎に巻かれた私たちの体では、あとどのくらいの攻撃に耐えられるのかわからない。
『神力』の消耗も・・・激しい。
「あれが霞様の力・・・か」
来斗がつぶやく。
「こないだん時より・・・すごいな」
皮肉っぽく愁が言う。
その瞬間。
突如炎の渦が私目掛けて飛んでくる。
「!?」
『氷花』を抜くが・・・間に合わない。
「藍!!!」
来斗の声。
思わず目をつぶる。
しかし。
炎の渦は、突如目の前に巻き起こった竜巻にかき消される。
「・・・何?」
背後に人の気配を感じる。
「まったく、みんな熱くなっちゃって・・・」
はっとして振り返る。
「こういう奴は扇のかなめ・・・と一緒でさ」
どきんと心臓が高鳴る。
声の主は私たちの様子に動じることなく続けて言う。
「中心点を崩さなければ止めを刺すことは出来ない、と思うんだけどな」
「お前・・・」
来斗がつぶやく。
なつかしい、涼しい笑顔で言う。
「俺に・・・やらせてくれる?」
愁が苦々しい顔で何か言いかけるのを制して言う。
「悪いね愁!こないだの発言は撤回するよ」
楽しそうに笑う・・・一夜。
「・・・・・・あなた・・・」
やっと声が出せたものの、うまく言葉が繋がらない。
震える足で少し前に出る。
「本当に・・・・・・一夜・・・・・・なの?」
彼は長くて細い腕でふわっと私を包み込むと、耳元でささやく。
「本物かどうか・・・試してみたら?」
大きく息を吸い込む。
なつかしい、一夜の匂い・・・
目を閉じてその細い体に両手を回すと、私はその背中を思いっきりつねった。
「・・・藍?」
痛そうにつぶやく一夜に笑って答える。
「とりあえずは・・・・・・夢じゃないみたいね」
堪えきれず溢れてきた涙をぐいっと拭うと、目の前の敵に照準を合わせる。
「さて!」
『氷花』を構える。
「仕切りなおし、といこうか」
『大通連』を抜く一夜。
「役者が揃ったことやしな」
『螢惑』をはめた両手を前方に構えながら愁。
「俺達の・・・『五玉』の力・・・見せてくれる」
来斗が『アロンダイト』を抜いてつぶやく。
「行くぞ!みんな!!!」
休むことなく繰り出されるベルゼブの攻撃。
『水天』!!!
何度目だろう、水のバリアでその攻撃を食い止める。
じりじりと押される。
「霞様!!!」
叫ぶ僕に、皮肉っぽく笑うベルゼブ。
「無駄だと何度も申しておろう!?お前はここで死ぬのだ!なに・・・『玉』もいずれは力を使い果たし、お前の後を追うことになるであろう」
炎が勢いを増す。
水のバリアの光が弱くなる。
「あああ!!!」
渾身の力を込める。
しかし、次の瞬間、バリアは決壊した。
炎をつぶてが僕の体を焦がし、吹き飛ばす。
「・・・ううっ・・・・・・」
歯を食いしばって体を起こし、再び紫色の水槽を見据える。
「霞様ぁ!!!」
私を呼ぶ声がする。
声は何度も何度も呼びかける。
私を目覚めさせようとしているのか。
私のことなんか・・・もう放っておいてほしいのに。
全てが煩わしい。
耳を塞いでも聞こえる、その声。
もう・・・いいの。
私のことなんか・・・どうなったって。
『霞様』
遠くから聞こえるその声は、確か・・・
私の大事な人。
私を守る、と言ってくれた人。
あの人の大事な人を奪ってしまったのは・・・私なのに。
『霞様・・・』
自分の生まれ故郷を遠く離れ、私のためと言って戦ってくれた。
傷ついても傷ついても・・・笑って言ってくれた。
私を守る、と。
脳裏にふと浮かぶ、その笑顔。
『一緒に帰りましょう』
はっとして目を開く。
「右京様・・・」
水槽がまばゆい光を放つ。
「何ぃ!?」
ベルゼブが顔をゆがめる。
「霞様!!!」
水槽は更に強い閃光を放って、ものすごい音と共に砕け散った。
「うわあああ!!!!!」
絶叫してうずくまるベルゼブ。
その隙を見て砕けた水槽に駆け寄る。
霞様はその中心にぐったりと倒れていた。
うっすら赤い光を放っているその体を抱き起こすと、小さくうめき声を上げて目を開いた。
『右・・・京・・・様・・・・・・』
いつかの花蓮様のような、エコーがかかったような声。
「大丈夫ですか?霞様」
『私・・・・・・私のせいで・・・・・・』
血の気のない、表情の読み取れない顔でつぶやく。
『私のせいで・・・紺青が・・・・・・』
「霞様・・・・・・」
ぼんやりとつぶやく霞様。
『私・・・・・・思ってしまったんです・・・・・・無くなればいいって』
「霞様・・・」
『私も・・・紺青も・・・無くなってしまえばいいのに・・・って』
赤く光る瞳から涙が溢れる。
『どうしよう・・・』
「霞様・・・大丈夫です」
優しく話しかけ、その体を抱きしめる。
「紺青は大丈夫です・・・皆がいますから。霧江様も、三公も、十二神将隊の人達も・・・みんな、オンブラなんかに負けたりしませんから」
『右京様・・・私・・・・・・』
「だから安心して。一緒に帰りましょう?」
その目の光が静まってきたとき。
「それで良いのか?霞姫」
ベルゼブの低い声。
「お前はよくわかっておろう!?その田舎者の小僧が思っているほど、世界は単純ではない。お前が戻ればまた、醜い感情の錯綜する世界に逆戻りなのだぞ!?先ほど自分で申しておったであろう?お前のような呪われた人間に、心からつき従おうというものが一体どれほどいるというのだ!?」
「ベルゼブ貴様!!!」
霞様は焦点の定まらない瞳で、ぼんやりと虚空を見つめる。
「どうだ、霞姫・・・それでもその小僧と一緒に、暢気に国に帰るというのか?」
『・・・や・・・・・・』
「霞様!?」
恐怖におののいた表情で、彼女は大きくかぶりを振る。
そして泣き叫ぶと同時に、その体が炎に包まれた。
『嫌!!!』
「なっ・・・!!!」
その猛烈な炎に巻かれ、僕は遠くに吹き飛ばされる。
「うぅ・・・・・・」
『・・・かえりたくない』
呆然とつぶやく霞様。
彼女を包む炎は勢いを増す。
『私・・・・・・なんか・・・・・・』
その時。
「勝手に死ぬなんて許さねえぞ!霞!!!」
僕の背後で怒鳴る声。
振り返る僕の目をじっと見据え、力強くうなずく孝志郎さんの姿。
『あなた・・・・・・』
目を大きく見開く霞様。
「お前は呪われてなんかいねえ!お前は・・・どんだけ親父やお袋さんから愛されてきたかわかってんのか!?藍だってお前のことどんだけ今まで心配してきたんだよ!?右京だって・・・・・・それに、俺だってな!」
『私に・・・紺青の・・・王・・・・・・なんて・・・・・・』
「一人で出来ねえんなら俺が手伝ってやる!!!俺は・・・お前の兄貴なんだから!!!」
『お・・・兄・・・様・・・・・・?』
話がある・・・と言っていた、お父様。
『お前の『兄』のこと・・・』
そう言っていた。
誰からも慕われ、誰からも信頼される存在・・・
そんな彼のことをまぶしく思っていた。
藍はいつも誇らしげに『私のお兄ちゃん』と笑っていた。
あんな人が私のお兄様だったら・・・・・・
そんなことが・・・もし本当にあるのなら・・・・・・
けど・・・・・・
私は死なせてしまったの。
あなたのお母さんを・・・・・・
それなのに・・・・・・
『いやあああ!!!』
炎が勢いを増す。
「・・・そんな小さな体で・・・・・・ずっと、色んな辛いことに耐えてきたんだろうな」
防御の態勢で、ゆっくりと彼女に近づく孝志郎さん。
「でもさ、いい加減・・・我がまま言うの、やめろよ」
炎の熱に少し顔をゆがめたが、霞様の肩に手を置き、笑って言う。
「笑われるぞ?右京に・・・・・・」
涙をいっぱい溜めた目で、霞様は驚いたように孝志郎さんを見つめる。
次第に霞様の目の光が弱まっていく。
そして、完全に炎は消え、静けさがあたりを包んだ。