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Ep42 前夜

脳裏に直接響く、その声。

「ベルゼブか!?」

『・・・貴様らに最期の日を知らせてやらねばと思うてな』

「何だと!?」

この声はみんなに聞こえているようだ。

厳しい表情で藍さんが言う。

「これ・・・まさか町の人達にも聞こえてるなんてこと・・・ないわよね?」

『安心するがよい、韓紅の娘。こうして聞いておるのはお前達7人だけだ』

「7人・・・って。私達と・・・あとは・・・・・・」

「孝志郎はんか?」

愁さんが言う。

『左様。裏切り者のあやつにも死の恐怖を味わわせてやらねばな』

明日の夜。

声はそう告げた。

『私の最終兵器が(ぎょく)の力を得てやっと目を覚ましたのでな・・・残りの『神器』をいただきにまいろう。同時にそれが滅びの時だ・・・紺青のな』

「霞様の力を・・・」

「許せない」

拳を握って藍さんが怒鳴る。

「霞様は今どこにいるの!?」

ベルゼブは答えない。

「答えなさい!!!」

聞こえなくなってしまったベルゼブの声に代わって、僕の脳裏にか細い声が聞こえてきた。

『朽葉の鍾乳洞・・・・・・』

「霞様!!??」

他のみんなには聞こえなかったらしい。

「霞様が・・・?」

藍さんが聞く。

頷いて、答える。

「朽葉・・・って、どこですか?」

「蘇芳よりも更に西のはずれだ。荒れた土地で、草木もほとんど生えない・・・生き物も寄り付かないような場所だったはずだ。昔は人も住んでいたんだが・・・長年にわたって激しい戦争が続き、そんな土地になってしまったらしい」

来斗さんが言う。

「朽葉の鍾乳洞・・・って」

「・・・そうか」

「明日の夜までに・・・行けるかしら?」

藍さんがつぶやく。

「花蓮さんの力・・・借りるしかないやろな」

愁さんが答える。

「すぐに発つか!?」

草薙さんが勢いよく言う。

「そうだな・・・早いほうがいいんじゃないか?」

剣護さんが同意する。

が・・・

来斗さんが首を振った。

「俺達全員で行くのは得策じゃない」

「けど!」

「霧江様や、紺青の街はどうなる?」

はっとした表情の二人に、来斗さんが静かに言う。

「剣護、それに龍介・・・お前達は残ってくれないか?」

「・・・わかった」

剣護さんが言う。

「奴の最終兵器・・・というのがどの程度のものなのか、全く見当がつかんからな・・・万全の体制を今宵整えよう。そして・・・夜明けと共に出発、ということでいいな?」

みんな力強く頷く。

「指揮官は来斗、あなただもの」

笑顔で言う藍さんに笑顔で答えて来斗さんが言う。

「よし!ではみんな、めいめいの持ち場にかかってくれ」

拳を強く握りしめる。

霞様・・・・・・必ず僕が・・・・・・


朔月邸を訪れると、花蓮様が静かに微笑んだ。

「待ってたわよ、右京」

隣には朔月公も机に肘をついて黙って座っていた。

「行くの?霞様を助けに」

「はい。藍さんと愁さんも・・・一緒です」

「そう」

朔月公に向かって言う。

「『八咫鏡(やたのかがみ)』・・・よろしくお願いします」

「当然だ。あれを守るのは私の役目・・・案ずることはない」

そう言って、僕の目をまっすぐに見る。

そして。

彼は初めて笑って言った。

「霞様を、それに・・・・・・舞を、頼んだぞ」

一瞬驚いたが、僕もすぐに笑顔になって答える。

「当然です!お任せください」

「気をつけてね」

花蓮様に笑顔で言う。

「花蓮様に教えてもらったこと、全部ぶつけてきます!」

「ちゃんと・・・帰ってくるのよ?」

「はい!」


騰蛇隊士を集める。

その中には・・・孝志郎さんに従った隊士も混ざっている。

『自分達にも戦わせて欲しい』彼らの強い希望だった。

一瞬躊躇したが、すぐに迷いは消えた。

伍長隊の連中は少し複雑な表情を浮かべていたが・・・

「皆にもう一度思い出してほしい。俺達はこの十二神将隊の中でも、選ばれた人間だ!」

皆の表情が引き締まる。

「これまで俺達は総隊長の下に先頭に立ってこの国を守り、民を守ってきた・・・それが俺達の誇りだ。今紺青は未曾有の危機にある。ここで俺達が先頭切って戦わなくて・・・誰が紺青を、民を守るんだ!?」

「はい!!!」

力強い返事に答えるように、更に俺は強く言った。

「よし!頼んだぞお前ら!!!」

俺の後に三日月が出てきて、深々と頭を下げた。

「朽葉に・・・行ってきます。ご迷惑をおかけしますが・・・よろしくお願いします」

「気をつけてな・・・まあ、お前なら大丈夫だろうが」

隊士の一人が言う。

「頑張ってください!三日月さん」

「霞様を・・・お願いします」

にっこり笑って、はい、と力強く答える三日月。

この1年ほどで、この隊の結束はますます強くなったのではないだろうか。

孝志郎さん、俺・・・

騰蛇隊に入って・・・あなたについてきて・・・本当によかったです。


誰もいない静かな隊舎で、無線に向かう。

久々に聞く、朋の声。

『こちらは大丈夫だ。お前の隊士達がよくやってくれてるから心配はいらないさ』

「・・・そうか」

『なんなら・・・話すか?』

実はここに皆集めてあるんだ、と笑う。

感謝の意を告げて、無線に向かって静かに語りかける。

「僕と風牙・・・長期間に渡って隊を離れてしまって迷惑かけたな。僕がおらん間も南で頑張ってくれて、皆には本当に・・・感謝してる」

『隊長!月岡伍長は・・・』

「風牙はもう、大丈夫や」

無線の向こうで安堵の声が上がる。

「全部片付いたら・・・ちゃんと休暇とってこっち帰ってこれるように手配するから、あともう少しだけ頑張ってな」

『勿論です!!!でもそれより・・・』

「何や?」

『全部片付いたら・・・南に戻ってきてくださいね!月岡伍長と一緒に』

はっとして、思わず笑顔になる。

僕にはもう一つあった・・・守らなきゃならないもの。

このところ自分の周囲のことに精一杯で、すっかり忘れてしまっていた。

「ああ・・・待っててや」

『隊長・・・どうかお気をつけて』

隊士の声を聞きながら、窓の外に目をやる。

この星空は・・・南と繋がっているのだ。


「碧」

蒼の声がして振り返る。

「よくやったな」

『水鏡』のことだろう。

微笑んでああ、と答える。

「私も・・・蒼のお陰で助かった」

「そんなことはない」

曖昧に笑って隣に座り込む。

「明日の夜・・・だそうだな」

「甲種厳戒態勢で臨む・・・そうだ」

「『神器』をまた・・・供給せねばならんな」

「それについては少し、考えがある」

私がそう言うと、蒼は何だ?と聞いた。

「お前と隊士達は以前の隕石騒動の時同様に『神器』の鋳造に掛かってくれればいい。私は・・・土倉に眠っているガラクタに手を入れてみようかと思っている」

そのほうが自分には向いているし、うまくいけば効率も良いだろう。

「なるほどな」

「蒼・・・私は双子のお前と全てにおいて同じでなければならないと、ずっと思っていた」

黙って私の顔を見る、私と同じ顔をした兄。

「だが・・・そうではなかったんだな。私は私、お前はお前だ」

橘右京が・・・気づかせてくれた。

天を仰いで笑うと、蒼も言った。

「碧・・・僕も同じだ・・・今回のことでよくわかったよ」

「・・・そうか」

笑顔で言う。

「お互い出来得る・・・最大限のことをやろう」

「・・・紺青のために」


「・・・と、いうわけで」

ちょっと動揺した様子の隊士達と、誇らしげにふんぞり返る杏。

「今日付けでみんなの仲間になる、平原杏くんだ」

「よろしくお願いしまーす」

隊士の一人が恐る恐る聞く。

「剣護さん、その・・・・・・本気ですか?」

「何ですか〜、何か文句あるの!?」

杏が詰め寄って、彼はぐっと言葉に詰まる。

「仕方ないだろ、ただでさえ『神器』も足りないし人手も足りないんだ。こんだけ元気で力哉さん譲りの『ジン』も持ってて、それを自由自在に遣いこなす人材、ほっとくわけにはいかないからな。霧江様の許可もとったし」

「ちょっと剣護!仕方ないって何よぉ」

びしっと杏の顔を指差して言う。

「いいか、これはあくまで臨時の人事だからな!後はまたちゃんと士官学校に戻ってしっかり学ぶこと、わかったな!?」

「・・・それまで命があれば、だけどね・・・・・・」

・・・・・・う。

ちょっと迷ったが、一つ深呼吸をして静かに話し始める。

「杏、勾陣隊にはずっと伝わってきた伝統があるんだ」

「何?」

「剣士たるもの、刀を抜いた瞬間に死ぬことも辞さない態度で敵に臨むべし、と。けどな」

隊士達は皆、黙って俺の言葉に耳を傾けている。

「・・・死ぬな」

「何よそれ!?」

度肝を抜かれた顔をしている隊士達の方に向き直る。

「お前達もだぞ!俺達は一人で生きてるわけじゃない。お前達が死んだらどんだけ沢山の人間が悲しむか、どんだけ沢山の人間を不幸にするか、よく考えてみて欲しい。それに・・・俺思うんだけどさ」

頭を掻きながら笑って言う。

「守るものがないっていう強さより・・・大事なものを守ろうって強さの方が、ずっと強いんじゃねえかな?今まで散々皆に決死特攻を強要してきた俺がこんなこと言っても・・・説得力ないんだけどさ」

「そんなことないです!!!」

隊士の一人が言う。

「俺、剣護さんの言うとおりだと思います」

「俺も!」

「やりましょう!剣護さん!!!」

みんなの声に、半ば驚きながら言う。

「みんな・・・わかってくれるのか」

「あの・・・剣護さん」

隊士の一人が言う。

「何だ?」

「俺・・・失礼覚悟で言いますけど」

他の隊士達もにこにこして俺を見る。

「俺、伍長だった時の鬼みたいな剣護さんより、今の人間くさい剣護さんの方が好きです」

「・・・はぁ!?」

「俺達・・・どこまでもついて行きますから!」

俺・・・・・・変わったか?

『片桐伍長、古泉隊長と並べて何て呼ばれてるかご存知ですか?』

昔藍に、いたずらっぽく言われたことがある。

『勾陣の鬼、般若・・・って』

『なんだそれは?』

『詰まる所はお二人とも鬼ってことなんでしょうけど・・・般若面ってちょっと笑ってるみたいに見えるじゃないですか?だから古泉隊長は般若なんじゃないですかね』

その頃からすれば・・・・・・

ま・・・・・・確かに変わったかも知れないな。


『玲央様は起きてますか?』

無線から聞こえてきた磨瑠さんの声。

「ええ」

そう答えて玲央様を見ると、彼はじっとこちらを見ていた。

『お話したいんです、よろしいでしょうか?』

玲央様の瞳は、いつもより大人びた光を放っているように見えた。

無線を玲央様の小さな手に握らせる。

『玲央様!お久しぶりです。おいらは東で頑張ってます』

磨瑠さんが言う。

『おいらだけじゃありません、みんな元気に頑張ってます・・・紺青は危ないって聞きました。どうかご無事で!おいらお祈りしてますから』

玲央様はじっと無線機を見つめている。

『また・・・都に会いに行きますからね』

玲央様は、にこっと笑う。

「・・・ありがと、待ってるよ」

・・・・・・え!?

「玲央様!?今・・・・・・何ておっしゃいました!?」

じゃあおやすみなさい、と言って磨瑠さんは無線を切った。

目の前には、いつも通りの小さな赤ちゃんの姿の玲央様。

大真面目に言う。

「・・・霧江って、呼んでください、玲央様」

「・・・???」

玲央様は不思議そうに私を見る。

「だって・・・今・・・・・・おっしゃったじゃないですか?」

「・・・?????」

「・・・・・・気のせいかしら」

でも・・・確かに・・・・・・絶対に玲央様の声だった。

こんなこと・・・・・・信じてくれるだろうか?

片桐隊長は・・・・・・


講堂に集まったのは天一隊の隊士のみではなかった。

現役の士官学校、大学校の生徒達。

親元で生活している若者達も多い中、こうやって深夜に召集をかけるのは若干気が引けたが、高瀬隊長がどうしてもと言って聞かなかったのだ。

全員に向かって静かに状況を説明する高瀬隊長。

若い彼らの中には青ざめて失神寸前の者もいて、明らかに動揺している様子。

「生徒諸君、私がどうして君達を集めたかわかるかな?」

ざわつく生徒達の方を目で制す。

「槌谷伍長、どうだい?」

「隊長は、皆さんに士官学校生たる自覚を持って欲しい・・・ということだと思います」

さっ、と動揺の波が静まる。

思わず微笑んでしまう。さすが紺青一のエリート達だ。

頷いて高瀬隊長が言う。

「今紺青に迫っている危機は、今まで誰も経験したことのないものだ。涼風公を筆頭とする軍も最善を尽くすし、勿論我々十二神将隊も全力で敵に挑む。だけど・・・ここで君たちが何も行動を起こさなければ紺青は明日の夜で滅びてしまう、そんな可能性だって否めないんだよ」

皆じっと話に耳を傾けている。

「私自身が君達の立場だったとしたらって考えたんだよね・・・私だったら何も知らず、立ち向かうこともせずにむざむざ死んでいくなんて耐えられない。君たちは戦う力を持っているはずだ・・・期間の長さはあるにせよ、我々が教えたことは全て実戦に耐えうるものだ」

高瀬隊長は自信に溢れて見えた。

「勿論、我々天一隊は皆の安全を最優先に行動する。だから安心して・・・共に戦って欲しい」

生徒達の間から拍手と歓声が上がった。

隊士達に生徒の指揮を任せ、壇上を降りた高瀬隊長に駆け寄る。

「こんなときでも・・・実戦主義を貫くんですね?」

笑顔で高瀬隊長は言う。

「こんなときだから・・・だよ、鈴音。彼らの未来の為に僕らがしてやれることって、これくらいしかないじゃないか」

「・・・・・・負けたとしても、最後まで士官学校の生徒として精一杯戦ったという誇りを胸に死んで行ける・・・勝ったならば、これからも紺青の為に迷わず歩んで行けるという絶対の自信を植え付けてあげることが・・・出来るでしょうね」

「・・・・・・分かってくれるかい?」

微笑んで頷く。

「高瀬隊長、かっこよかったですよ」

ちょっと顔を赤らめる高瀬隊長。

「さてと、こんなことしてる場合じゃないな!隊士と生徒達の配置を考えようか!?」

一瞬躊躇して、ちょっと待ってください、と声をかけた。

「その前にちょっと・・・行ってきたいところがあるんです」


隊士達の真剣なまなざしの先に立っているのは・・・

居心地が悪い、というオーラを全身から放っている三日月藍だった。

ちらり、と俺を見てつぶやく。

「遠矢隊長・・・・・・私、何で呼ばれたんですか?」

微笑んで答える。

「何でもいいから・・・こいつらに言葉をかけてやってくれないか?」

はぁ、とため息をつく三日月。

「お願いします!!!三日月さん!!!」

「頑張れって一言でいいっすから!!!」

きらきら目を輝かせた大男の集団に、明らかに腰が引けている様子の三日月がつぶやく。

「だから・・・・・・私は十六夜隊長じゃないですから・・・・・・ね?」

「それでもいいんす!!!」

「俺達が勝手に十六夜隊長に言われたって思い込みますから!!!」

「よろしくお願いします!!!」

どうしよ・・・とつぶやいた三日月に、遠くから聞きなれない女性の声が飛ぶ。

「話してあげたら?舞ちゃん」

そこには三日月とよく似た、俺より一回り上くらいの女性の姿。

俺の視線に気づくと不敵な笑みを浮かべて、もう一度三日月を見た。

「あなたの隊士達・・・あなたの言葉を待ってるんですってよ?」

三日月は少しうつむいて黙る。

固唾を飲んで見守る隊士達に、やがて懐かしい声がかかる。

『紺青の為・・・太陰隊士の名にかけて・・・・・・力の限り戦うのだぞ』

はっとして三日月の顔を覗き見ると、彼女の瞳が青く光っている。

彼女はこちらを見ると、力強い笑みを返した。

それは紛れもない・・・・・・

「十六夜隊長・・・・・・」

『遠矢、お前もだ・・・皆を頼む』

「はいっ!」

『皆のもの、私は霞姫奪還のため、しばし紺青を離れねばならぬ・・・紺青の命運はお前達にかかっているものと心得よ!お前達の力・・・信じているぞ』

「たいちょおぉぉ!!!」

「わかりやした!!!」

「任してください!!!」

十六夜隊長は清々しい笑顔を浮かべて言った。

『全てが片付いたら・・・またこの場所で会おう』

気づいたら頬を涙が伝っていた。

女性は三日月の傍に立ち、耳元で言う。

「お疲れ様、舞」

三日月の目の光は消え、大きなため息をつく。

「・・・・・・・・・つかれた」


「いらっしゃいませ!」

お母さんが明るい声で来客を出迎える。

お店の方で遅めの夕食を摂っていた私はその姿に、思わず箸を落としてしまった。

彼は私の顔を見て、優しい顔で微笑む。

「君が・・・平原杏か」

「・・・・・・・・・はい」

お母さんは不思議そうに私と彼を交互に見る。

そう・・・お母さんは知らないのだ。

動揺を抑えて、立ち上がって彼に近づく。

浅黒い肌のごっつい体格のその男性は、剣護と同じ紺色のローブを身に纏っている。

深々と頭を下げて言う。

「兄が・・・・・・お世話になりました、宗谷隊長」

はっとしてお母さんが言う。

「あなたが・・・力哉の・・・・・・」

宗谷隊長は頷いて、静かな口調で言う。

「線香を一本、上げさせてもらえませんか?あいつに・・・」

彼は重傷で入院していたので、お兄ちゃんの葬儀に出ることが出来なかったのだ。それ以降も北陣が騒然としていたこともあり、ここへ出向く時間が取れなかったのだという。

お兄ちゃんの仏前で静かに手を合わせると、宗谷隊長は静かに語り始めた。

「リキ・・・お前に話していなかったことがあるんだ。聞いてくれるか?」

「あの・・・・・・宗谷隊長・・・私・・・ここにいてもいいんですか?」

「ああ、君も聞いてくれると有難い」

その恐い外見からは想像もつかない穏やかさに飲まれて、私は腰に挿していた『ジン』をお兄ちゃんの位牌の前に置くと、宗谷隊長の傍に座った。

「俺は・・・俺も、と言うべきかな・・・・・・育ちは『花街』なんだ」

「・・・え?」

彼はまっすぐに『ジン』に向かって話す。

「俺の両親は隣の国から流れてきた難民でな・・・流行病で両親を失った後、まだ幼かった俺は『花街』で小間遣いのようなことをして生きていた。あの街では皆、自分が生きることに精一杯だからな・・・俺のような子供に情けをかけてくれる大人はそういない。毎日殴られたり、蹴られたり、ひどい生活だったが・・・・・・そんな明日の希望もない日々の中で、俺に唯一温かい言葉をかけてくれた女性がいた」

彼は振り返ると、部屋の入り口で様子を見守っていたお母さんの顔を見る。

そしてまたお兄ちゃんのほうに向き直ると、静かに言った。

「それはお前の・・・母上だ」

「え?」

お母さんが思わず声をあげたのが聞こえた。

「あの時お前の母上が助けてくれなかったら俺は・・・こんな風にまっとうな大人にはなれなかったかも知れない。お前も知ってるだろう?あの街で育ってろくでもないゴロツキになって、惨めに死んでいく奴が沢山いるってこと・・・・・・だから入隊してしばらく経って、お前がその人の息子・・・と分かったとき、どうしてもお前を一人前にしてやらなければと思った。それが俺の出来る唯一の恩返しだ・・・とな」

お母さんが背後から近づく。

「あなたが・・・・・・あの時の?」

「覚えて・・・おられますか?」

お母さんは目を潤ませて頷く。

「まさかこんなに・・・立派になってるなんて・・・・・・」

宗谷隊長はお母さんに向き直って正座すると、深々と頭を下げた。

「あなたは命の恩人です・・・・・・本当にお世話になりました」

「そんなこと・・・・・・私のほうこそ」

涙ぐみながらお母さんが言う。

「力哉のこと・・・本当にありがとうございました。こんなに思ってくださる方がいたなんて・・・・・・あの子は幸せ者です」

二人をなんだか幸せな気持ちで眺めていると、『ジン』から声が聞こえたような気がした。

『白さん、ありがとう・・・・・・』

振り返って『ジン』を見つめて、心の中でつぶやく。

ばーか、ありがとうじゃないわよ。

あなたがここにいなきゃ意味ないじゃない?

帰ってきて、ここに座んなさいよ・・・お兄ちゃん。

帰ってきて・・・・・・今度は兄妹喧嘩もしようよ。

淋しいよ・・・・・・

「また・・・遊びに来てくださいますか?」

お母さんが言うと、宗谷隊長は笑顔で頷く。

そして私の顔を見る。

「君は、片桐に相当なついていると聞いたが」

「え!?あ・・・はあ」

「玄武隊には・・・興味はないか?」

「ええっ!!??」

びっくりして言葉に詰まる。

「興味ない・・・とかじゃないんですけど・・・私お兄ちゃんと違って頭悪いし、多分・・・宗谷隊長のご期待に沿えるような活躍は・・・・・・」

「考えておいてもらえると・・・嬉しいな。それと」

優しい顔で笑って彼は言った。

「俺のことは『白さん』でいい。君の兄上も・・・そうだったからな」


病室の前まで来て、少しひるんで立ち止まる。

『したいようにしたらよい。答えは左右輔、お前自身の中にある』

柳雲斎先生は、そうおっしゃったが・・・・・・

相手はあの・・・一ノ瀬孝志郎だ。

私なんかで・・・太刀打ちできるものか・・・・・・

「あら?」

澄んだ女性の声に振り返ると、着物の美しい女性が立っていた。

「・・・十二神将隊の方・・・ですか?」

「・・・はい」

「ちょうどよかった!今来斗様もいらっしゃってるんですよ」

にっこり笑う女性。

え!?

促されて中に入ると、そこには涼風隊長の姿。

「左右輔さんじゃないですか・・・どうしました?」

そう言う彼の目には・・・若干の鋭さがある。

・・・・・・どうしたものか。

孝志郎が静かな声で言う。

「来斗・・・ちょっと席、外してくれるか?」

「・・・ああ、わかった」

ちらりと硬い表情で私を見ると、涼風隊長は病室を出て行った。

病室には私と孝志郎の二人だけ。

「・・・あなた方の手を煩わせることになってしまって・・・申し訳ない」

孝志郎が静かに言う。

「俺が間違っていた・・・いや、間違っているなんてことは・・・・・・多分最初から、わかってた」

「それでも・・・あなたは自分の信念に従った、ということですね」

小さく頷く孝志郎。

「一つ、教えてください。一ノ瀬隊長・・・あなたが叛旗を翻したのは・・・・・・紺青のためだったのですか?」

「ああ」

「紺青の・・・民のため?」

「ああ」

その返事に迷いはなかった。

だが・・・その短い返答は後悔に溢れていた。

「あなたに従った騰蛇隊士達、それに生き残った白虎隊士達。皆、紺青のために戦わせてほしいと志願してきたそうです。草薙伍長が彼らを皆引き受けて、指揮を執る・・・とおっしゃっているとか」

「龍介が・・・」

「皆、こうなった今でもあなたを信頼しているのでしょうね」

迷いながら、私は自分の問いに結論を下す。

「私はあなたに、表面的な裁きを下すことしか出来ません。この騒動が治まったら、その作業は事務的に行われることでしょう。それには協力していただかなければなりません・・・しかし、あなたに本当の意味での裁きを下すことが出来るのは・・・あなた自身です」

じっと私の顔を見て、孝志郎は頷く。

「私はあなたと接してみて、あなたの心に偽りはないと感じました。これから共に・・・答えを探して参りましょう」

「・・・・・・よろしくお願いします」

部屋を出る。

途端にどっと疲労が出て、すぐ傍にあったベンチに崩れるようにしゃがみこむ。

「おっつかっれさん!左右輔」

このノー天気な声は・・・

「・・・(さね)

「お前にしては頑張ったやんかぁ、孝志郎とタイマン張ってんやろ!?」

「・・・見てたのか?」

「いやぁ立派になったなぁ左右輔も!お兄ちゃん嬉しいわぁ」

「誰が私のお兄ちゃんだ・・・・・・」

背後からさらに明るい声。

「お姉ちゃんも嬉しいわ!橋下くんっ」

「・・・咲良」

「そんな嫌な顔しないでよ。せっかく珍しく同期3人揃ったのに」

同期3人揃うのが嫌だから・・・・・・ここへ来るのは嫌なんだよ。

「お前らは昔からいっつもいっつもそうやって私をおもちゃにして・・・」

「あらぁ、おもちゃになんて!ねえ宇治原くん?」

「そうですよねぇ、源たいちょ?」

がばっと立ち上がって二人を指差す。

「非常時だぞ!?わかってるのか!!??」

「・・・勿論。ていうかここはいつも非常事態だわ」

きょとんとした目で咲良が言う。

「だって病院だもの。急患がいるのはいつも同じよ?」

「・・・咲良ぁ?」

「だから、あんまり私の手を煩わせないでね」

「怪我しないように気をつけてね、橋下くん」

「・・・当たり前だ。誰がお前らの世話になんぞなるか」

笑って答える私に実継も言う。

「一個下の『五玉』なんかとすると、俺ら大分地味やけどな・・・俺らなりにやれることめいっぱいやったろうやないか」

「そうだな!」

咲良が私達二人の手を取って、力強く笑う。

「じゃ!頑張りましょう!」


病院の中庭で、ベンチに腰掛けて暗い顔をしている周平が目に留まる。

「風牙の見舞いか?」

はっとして、周平が来斗さん・・・とつぶやく。

「それとも、風牙に泣き言を言いに来たのか?」

ぐっと言葉に詰まって、何かを飲み込むように小声で言う。

「・・・そんなんじゃないですけど・・・」

天空隊の指揮系統権限の全てを桐嶋伍長に・・・と皆の前で告げたとき、こいつは明らかに動揺しているのが分かった。

だが、俺が都を離れる以上、他に頼める人間はいない。

「来斗さん、僕に・・・出来るでしょうか?」

周平の隣に座り、何気ない口調で言ってみる。

「『来斗さんの片腕になれる人間は僕だけ』なんじゃなかったのか?」

はっとした表情。

「忘れたのか?あれだけ自信たっぷりに言ったこと・・・」

唇を噛む。

「・・・いいえ」

「風牙を見ただろう?」

「・・・はい」

「お前はさんざん風牙をライバル視していたな?」

「・・・・・・はい」

「いつまでも俺の背中に隠れていて、悔しくないか?」

「・・・・・・・・・はい!」

「お前の能力を発揮して、周囲に見せ付けてやるいい機会じゃないか?」

「はい!」

力強く答えた後、何かに気づいたようにまたうつむく。

「しかし・・・僕が失敗すれば・・・・・・紺青は・・・・・・」

「なに、お前一人の責任ではないさ。十二神将隊には他にも優秀な人間は山ほどいる、お前ほどの頭脳の者はいないにしてもな。例えお前の指示が間違っていたとしても、皆自分の知識と経験である程度の判断は出来るさ」

いいことを教えてやろう、と周平の顔を見る。

「俺はいつも、ある程度自由度の高い指示しか出さない。十二神将隊の連中は皆個性が強いし、プライドも高いからな。それに実力もある・・・そんな彼らを信用してある程度の方向性だけを示してやるんだ。状況に変化が生じたらそれに応じて微調整してやればいい。それには瞬間的な判断力が必要とされるが・・・頭の回転の速いお前になら出来るさ」

周平の目に、次第に自信が戻ってくるのがわかる。

「やれるな?周平・・・」

「はい!」

立ち上がって、ありがとうございました!と頭を下げる。

「来斗さん!その・・・」

「何だ?」

「生きて・・・帰ってきてくださいね」

笑顔で答える。

「勿論だ!」


暗い、ひっそり静まり返った隊舎に入る。

奥の書斎の、整頓された机に手を触れる。

『鈴音』

内海くんの声がまだ耳の奥に残っている。

『僕の光だった・・・』

彼はそう言っていたという。

何も分ってあげられなかった。

何一つ、支えてあげることは出来なかった。

そんな自分が悔しかった。

でも・・・

「あなたの『光』・・・そう言ってもらえた自分に恥じない生き方をするわ」

つぶやく。

「あなたも私の光となって・・・私を導いてね」

人の気配を感じて顔を上げると、そこには難しい顔をした草薙くんの姿があった。

「・・・どうしたの!?」

「・・・お前こそ」

草薙くんは私の傍に歩いてきて、同じように内海くんの机に触れた。

「蔵人に会いたくなってさ・・・俺も」

「・・・そっか」

「蔵人に笑われないように・・・やれるだけのこと、やらなきゃな」

「・・・うん」

草薙くんはしばらく黙り込んだ後、じっと私の顔を見る。

「槌谷、俺・・・・・・」

大きく一つ、息を吸い込んで。

「待ってるから!俺。お前が蔵人のこと・・・忘れられるまで」

「・・・草薙くん?」

「だから・・・その・・・・・・」

言葉に詰まって、なんだか涙ぐんでいるように見える草薙くんに、笑顔で答える。

「ありがと」

背伸びをして、頬にキスをする。

「槌谷!!!???」

そのまま私は彼に背を向けて、部屋を出た。

「さあ、最終決戦よ!覚悟は出来た!?草薙くん」


寝転がったまま、左手を天井にかざす。

明かりのついていないその部屋の中、指輪の石がきらっと光る。

窓の外は十六夜月。

「雅でいい月だね・・・・・・」

これはいけないことだってわかってたけど・・・

引き出しやタンス、私は物の在りかをほぼ把握してしまっていた。

彼の痕跡を見つけたかったのかもしれない。

伏せられた写真立てを見つけた。

写っていたのは小さい彼と、髪の長い美しい女性。

彼とよく似た綺麗な笑顔のその女性には、消えてしまいそうなはかなさがあった。

そう、彼女は消えてしまったのだ。その綺麗な笑顔のままで・・・

20年くらい前に亡くなった・・・一夜のお母さん。

なんとなく写真の様子がおかしかったので、写真立てから取り出してみた。

思わず息を飲む。

その写真に隠れた、もう一枚の写真。

そこには、17歳の私が写っていた。

卒業式の写真・・・隣には綺麗な笑顔の、20歳の一夜。

「・・・何でこういう・・・・・・乙女みたいなことするかなぁ」

つぶやいて、少し泣いた。

「考えても考えても・・・答えなんて出ないよ」

指輪に向かってつぶやく。

「今私がやらなくちゃいけないことは・・・霞様を助けること」

そう・・・後ろを振り返ることじゃない。

「全て終わって、またここに帰ってきたら・・・・・・答えが見つかるのかな?」

静寂があたりを包む。

「きっと・・・見つかるよね」

微笑んで言う。

「行ってきます・・・一夜」


病室に入ると、孝志郎様はベッドから体を起こして次第に明るさを増す窓の外を見ていた。

私の顔を見て、とても驚いた顔をする。

「白蓮!?」

「・・・お座敷が終わったので・・・参りました」

微笑んで答える。

宇治原伍長が特別に中に入れてくれたのだ。

「あまり・・・無理すんなよ」

そう言いながら、孝志郎様が嬉しそうに笑う。

ベッドの淵に腰掛けて、彼の肩に体を預ける。

「孝志郎様が・・・どこかへ行ってしまうんじゃないかと思って・・・・・・私、いてもたってもいられなくなってしまって」

少し間があって、彼はつぶやく。

「・・・鋭いな」

・・・・・・やっぱり。

「朽葉へ・・・行かれるのですか?」

「ああ」

体がずしんと重くなったように感じながら、つぶやく。

「また・・・・・・私を置いて行ってしまわれるんですね?」

「・・・白蓮」

「孝志郎様はいつもそうです・・・初めてお会いしたとき何ておっしゃったか、覚えてらっしゃいますか?」

『会いたくなったらいつでも呼べ』

『花姫』となって最初に出会ったのが、彼だった。

『この仕事じゃ嫌な客もあるだろうし、辛いことだって沢山あるだろう。そんなときはいつでも俺を呼べ。どこからでも絶対、駆けつけてやるから』

実際助けを求めると、彼はいつでも助けてくれた。

でもそれも・・・遠い昔の話だ。

最近だってそれは・・・三日月さんが彼に代わって助けてくれたけど。

それでも・・・・・・

「私・・・淋しかったです。遠くからあなたに守られてるんだって思ってましたけど・・・それでも」

「・・・・・・そっか」

彼の大きな温かい手が肩に触れる。

「すまなかった・・・」

「・・・・・・許してあげません」

「白蓮?」

「許すことなんて出来ません・・・今は。だから」

彼の目をまっすぐ見つめる。

「必ず、帰ってきてください」

涙をこらえて、行かないでと叫びたくなる気持ちをぐっと抑えて笑う。

「帰ってきて・・・私のわがまま、沢山聞いてください。そしたら私・・・許してあげられるかも知れませんから」

彼の腕が私の体を包む。

「白蓮・・・」

「・・・待ってますから・・・私」


夜が明けた。

茜色の空。

一睡も出来なかった僕は、集合場所になっている朔月邸に向かった。

僕と草薙さん以外はもう皆揃っていて、花蓮様が微笑む先に以前見た南の大鷲の姿。

「・・・気をつけてね」

花蓮様はそう言うと、愁さんと藍さんを抱きしめた。

「来斗くんも、しっかりね」

「わかりました」

「右京?」

にっこり笑って力強く答える。

「はい!」

「あなた・・・強くなったわね」

「そうですか?」

「ええ。燕支にいたころより一回りも二回りも・・・大きくなった」

微笑んで大鷲の元へ向かう。

「右京!!!気をつけてな!!!」

「霞様を頼むぞ」

草薙さんと剣護さんに答える。

藍さんは剣護さんに向かって、右手を高く挙げて見せる。

はっとした表情で剣護さんもそれに答える。

パン!と気持ちのいい音がして二人の手がぶつかる。

剣護さんは驚いたような顔で藍さんを見る。

藍さんは不敵な笑みで剣護さんに言う。

「頼んだよ、剣護」

「おい三日月!俺はどうした俺は!?」

草薙さんが言い、はいはいと藍さんが笑う。

「騰蛇隊のこと、よろしくお願いします」

「よし!行ってこい!!!」

「・・・・・・しまらないなぁ」

「何だと!!??」

いつも通りの草薙さんと藍さんの様子に、皆が少し笑う。

空を仰ぐ。

待っててください・・・霞様


その日の夕暮れ時。

町中は無数のオンブラに埋め尽くされた。

いつも出る小物だけじゃなく、黒い体に二つの角がついた悪魔のような大群が町を襲っているのだという。民衆は避難させてあるものの、突破されたら大惨事になってしまう。

中庭に見えた人影に、僕は思わず病室を飛び出した。

「孝志郎さん!!!」

孝志郎さんの隣には白蓮さんの姿もある。

「風牙!?」

「僕も連れてってください!!!」

孝志郎さんは武装していた。

「僕ももう大丈夫ですから!愁さんのところに僕も・・・」

「風牙・・・」

「月岡伍長!!!駄目です!!!」

背後から今までに聞いたことのないような恐い声で、四之宮さんが怒鳴る。

「もう大丈夫ですってば!だから・・・お願いします!孝志郎さん」

「大丈夫じゃないです!行っちゃだめです月岡伍長!!!」

もみ合う僕たちに、遠くからのんびりした宇治原さんの声が飛ぶ。

「こらこら風牙・・・医者の言う事は聞かんかいな」

「じゃ・・・孝志郎さんはいいんですか!?」

宇治原さんは孝志郎さんをじっと見る。

「行くんか?孝志郎・・・」

「・・・俺は・・・・・・行かなきゃならないんだ!絶対に」

「どうしてもか?」

「俺が紺青に出来る償いは・・・これだけだ!だから・・・」

やれやれ、とつぶやく。

「じゃあ行って来い」

「・・・ありがとう!」

「宇治原さん、僕は!?」

「医者の立場から言わしてもらうと・・・お前はまだ無理や」

「何でですかぁ!?もうこんなに・・・」

「お前は自分が思ってるほど体力も『神力』も戻ってきてない。今戦っても・・・無駄死にするだけやで?」

「・・・・・・そんなぁ」

「ま・・・・・・医者の立場から言わしてもらうと・・・もっとぴんぴんしてる輩がおるんやけど」

「・・・は?」

「そのぴんぴんしてる患者さんなら・・・宇治原くん」

背後から源隊長の声。

「さっき『お世話になりましたー』って出てったわよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・なにぃぃぃぃぃ!!!???」

今までに見たことのないような必死の形相の宇治原さんが源隊長に迫る。

「止めなかったんすか!!??たいちょお!!!」

「『無線貸してください』って、特に悪びれる様子もなかったから・・・てっきりあなたが許可したものと思ってたんだけど・・・違ったの?」

きょとんとした顔の源隊長。

「あんんんのバカ野郎がああああ!!!人の恩を何やと思とんねん!!??」

「・・・宇治原さん・・・一体」

「ああ!?何や風牙!!??」

「いえ・・・なんでも」

その時、宇治原さんの無線が鳴る。

『宇治原さん!剣護ですけど・・・』

「剣護!まさか来てんのか!?あいつ」

無線に怒鳴る宇治原さん。

「・・・・・・あいつ?」

『刀取りに来たっつって・・・渡していいんですよね?一応確認を・・・と思って』

「・・・・・・刀?」

「伝えろ剣護!俺は許可した覚えは・・・・・・」

『・・・ほら、違うじゃねえか』

その時、無線から聞こえてきた明るい声。

『・・・宇治原さーん、お世話になりましたぁ』

・・・・・・・・・え!!??

「お前なぁ!!!何考えとんねん!?」

孝志郎さんも、白蓮さんも・・・目を丸くして成り行きを見守っている。

『非常時だぜ、非常時!悠長に寝てなんかいられませんって』

「嘘!?えー!?・・・これは・・・・・・宇治原さぁん、これどういう事なんですか!?」

愕然とする宇治原さんの無線から声は続く。

『孝志郎!・・・先に行ってるからね』


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