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Ep4 浅倉愁

橘右京・・・燕支国の王子。日本刀『水鏡』を所持。


十二神将隊

騰蛇隊(都と四方の守護の監視)

隊長:一ノ瀬孝志郎・・・三公の一ノ瀬公の息子。日本刀『村正』を所持。五玉(金剛石)。

伍長:草薙龍介りょうすけ・・・サーベル『雷電』を所持。右京の世話役。

隊士:三日月藍らん・・・隊士頭。日本刀『氷花』を所持。孝志郎の幼馴染。五玉(青玉)。

朱雀隊(南方の守護)

隊長:浅倉愁・・・腕輪『螢惑』を所持。三公の1人である朔月公の一番弟子。五玉(紅玉)。

勾陣隊(剣術に秀でる)

隊長:古泉一夜・・・藍の同級生。五玉(金緑石)。

伍長:片桐剣護・・・日本刀『蛍丸』を所持。一夜と同じ道場出身の幼馴染。

右京が紺青(こんじょう)へ来て2週間が経とうとしている。

3日目くらいまで十二神将隊巡りをして隊長達への面倒な挨拶も済ませ、今は勾陣(こうちん)隊の剣護(けんご)のところへ修行に行っている。今やこの界隈では言わずと知れた『水鏡(みずかがみ)』のための修行。

剣護の『神器』である『蛍丸(ほたるまる)』は『水鏡』と同じ刀工が作ったものと言い伝えられている。

大きさは『蛍丸』のほうが一回り大きいが、非常によく似た美しい刀である。

右京の様子を尋ねたところ「異様な上達ぶりだ」と言われた。

「もともと刀として扱う分には十分すぎるくらいの適性があるからな、しかも『水鏡』と本当に波長がよく合っている・・・俺は『蛍丸』をここまで扱うのに2年かかったってのに」

剣護はそんな風にぼやいていたが。

まあ、非常時だしそんなことは気にしていられない。

各隊はそれぞれ持ち場に戻って通常の任務についている。

ただ一人、あの人を除いては・・・

「なあ、三日月」

隊士たちからの報告をまとめている三日月に声をかけた。

「なんです?」

「浅倉隊長はいつになったら南陣に戻るんだ?」

南陣に隊の過半数を戻し風牙に指揮を任せ、浅倉隊長はまだ都に残っている。

なんでもなさそうに、顔も上げずに答える。

「そんなの・・・いつものことじゃないですか」

「そ・・・そうか???」

「草薙伍長ご存知ないんですね、浅倉隊長はなんだかんだと理由つけてよく都に戻ってますよ?・・・一応一ノ瀬隊長も、自分が不在な分いてくれると心強いみたいなことおっしゃってましたし」

「孝志郎様が・・・そんなこと言ってんのか?」

都には俺らがいるって言うのに?

「南はここんとこあんまり動きないですしね、いいんじゃないですか?害があるわけじゃないし」

「害・・・・・・」

相変わらず手厳しい奴。

しかし・・・

浅倉愁。あの人は何考えてるのかわからないところがあって、苦手だ。

・・・からかってる分にはおもしろいんだけど。


午前中の修練を終えてぐったり倒れこむと、笑いながら剣護さんが言った。

「おいおい、大丈夫か〜?」

「なんとか・・・」

「やっぱり『水鏡』の力が強すぎるのかな」

「そういう問題じゃなく・・・このトレーニングは度を越してます・・・」

「そうかなあ」

涼しい顔で古泉隊長がやってきて、言う。

「うちはいつもこうなんだけどねぇ」

手を差し出して起き上がらせてくれると、(らん)が来てるよ、と言う。

「まだ来斗(らいと)に会ってないそうじゃない?」

十二神将隊回りをしているとき、涼風(すずかぜ)隊長は何か熱心に調べ物をしているところだったらしく全く会える気配がなかった。やっと連絡がとれたとのこと。

「右京さま、お久しぶりです〜」

にこにこしながら手を振る藍さん。

「調子はいかがですか?」

「まだまだ・・・とても」

この前の摩訶不思議な力の発動はどうやらまぐれらしい。

そんなことないぞ、と剣護さん。

「右京は周囲を気にしながら刀を振るっているからな。実は『天象(てんしょう)館』を使ったほうがいいかな・・・と最近思ってるんだが」

「わぉ、マジで!?」

『天象館』。外観は普通の大きな武道館だが、一歩中に足を踏み入れるとそこは実際の内部よりもはるかに広い空間になっている。『神器』の力を思い切り放出したとしても容易には外に漏れることはない。外とは遮断された空間なのだそうだ。

『神器』によるダメージも軽減される。直撃しても致命傷に至ることはない。

原理はよくわからないそうだ。建物自体が『神器』に関係する鉱物で出来ているのかもしれない。

藍さんが驚く・・・というか半ば興奮している理由はもう一つ。

そこは通常、“下剋上”の場として用いられるという。

「平たく言えば隊長の交代劇ですね」

自分の腕に覚えのあるものが、時の隊長に勝負を申し込み、司法に関わる大裳(たいじょう)隊の承認を得るとそこで戦うことが出来る。勝つと晴れて隊長になれる・・・という仕組み。

「古泉隊長も・・・そうやって隊長になったんですか?」

全然イメージ出来ない。

ふっと微笑んで言う。

「俺の場合は・・・譲ってもらっちゃったからねえ」

「譲る???」

「士官学校卒業して、剣護と相談してここに入隊したんだけどね・・・隊長が『どうぞ』って譲ってくれたんだ」

剣護さんがすかさず訂正する。

「入隊テストで前の隊長と竹刀で対戦したときに・・・こいつ半殺しにしちまったから・・・」

「・・・そんなことが」

「私知らなかったわ・・・」

当人は平和の象徴みたいな穏やかな笑顔。

「さて、俺は柳雲斎(りゅううんさい)先生にこの件相談してくるから、みんなは来斗と遊んでおいで」


なんでまた・・・こんな時に。

いや、相手もそう思っているに違いなかった。

「なんや、藍はんいてへんのか」

「そうですよ・・・右京を連れて来斗さんのところへ行きました」

「へぇ、来斗んとこに」

「浅倉隊長にはあんまり縁のないところかも知れませんけど」

「なんか言うた?」

「いえ・・・こっちのことデス」

ローブのポケットに手を突っ込んで、隊舎の中を見回している。

吹き込む風に揺れる黒い髪。

端正な横顔に、長い睫毛。

この人は本当に・・・普通にしてりゃ男前なのに。

「一つ聞いてもいいっすか?」

「何?」

「孝志郎様・・・浅倉隊長に留守頼むっつったんですか?」

「まぁ・・・言い方は違うけど、ニュアンスはそんなところやなぁ」

スイッチが入って得意げに話し始める。

「やっぱりなんていうか、孝志郎はんは僕を信頼してはるんやないの?ほら、都の統治って色々複雑で大変やんか?藍はんのことも心配なんやろうし、たまに帰って様子見とってくれって言うてはったから・・・今日もこうやってやなあ」

「・・・遊びに来たっつうんですか」

「なんやて?」

かちんときて反論する。

「いいっすか!?都の治安維持活動は俺たち(とう)()隊の仕事なんすから!遊び半分で口出ししてほしくないんですけど!?」

にやっと笑って浅倉隊長。

「なんや、焼きもちか?」

ぐっとこらえて言い返す。

「・・・それは、浅倉隊長じゃないんすか?」

浅倉隊長の表情が凍る。

「前から思ってたんすけど、浅倉隊長って騰蛇隊の俺や三日月に嫉妬してるんじゃないんすか?・・・自分は南陣に押し込められて、面白くないからこうやってちょいちょい都に帰ってきてるんでしょ!?」

龍介(りょうすけ)・・・・・・言っていいことと悪いことがあるで?」

「あげくに『水鏡』とられて右京にまで八つ当たりするなんて大人気ないんじゃないですかねぇ?右京もいい迷惑っすよ!」

しまったと思ったがもう後にはひけない。

一瞬うつむく浅倉隊長。

「全く・・・・・・」

俺に背を向けると、隊舎を出て行きながら言う。

「弱い犬ほどよく吠える言うんはほんまやなぁ」

「・・・んだとてめえ!?」

「力ではかなわへんくせに口だけは一人前で・・・龍介は昔っからそうや」

昔っから?

頭に血が上って刀に手をかけて思わず怒鳴った。

「かなうかかなわないか、試してみたらいいじゃねえか!?」

「そうやな」

振り向くと、ぞっとするような冷たい笑顔で言う。

「楽しみにしてるわ」


王立図書館は王宮の奥の森の中にある。

大きな石造りの建物で赤い絨毯(じゅうたん)が敷き詰められ、分厚い本の並んだ本棚が森のように立ち並んでいる。その空間を奥へ奥へと進んでいくと本棚で仕切られた机があった。

その上にうず高く積まれた本、そして一人の男。

明るいグレイの髪はオールバック風にしている。

物静かそうな、落ち着いた印象。

「来斗、久々」

剣護さんが声をかける。

最近知ったのだが、剣護さんも『五玉』の同期でかなり親しかったらしい。

通常の年であれば、剣護さんは『恩賜の短剣』に値するくらいのエリートだったそうだ。

相手が悪かったんだよ、となんでもない風に言っていたけど。

分厚い大きな本から目を離すとまじまじとこちらを見た。

思慮深そうな、知性的な青い瞳。

僕と目が合うと少し笑った。

「やっとまともにご対面できたな」

立ち上がると僕らのほうに出てきて机に腰掛ける。

「以前はアドバイスしただけで、直接顔も合わせてないからな」

「やっぱり・・・あの声は涼風隊長でしたか」

藍さんがちょっとむっとした顔で言う。

「ちょっと来斗!?あなたがこんなところに閉じこもってちっとも出てこないから、右京さまに会わせられなかったんじゃない。それをやっとって何よ?」

藍さんは仕事とプライベートをきっちり分ける主義だ、と常々言っている。

どんなに親しい人でも役職で呼ぶし、自分は一隊士だからと、敬語を使う。

この人には違うんだろうか。

「そうだったな・・・悪かった」

ちょっと色々立て込んでてね、と涼風隊長。

「『水鏡』はどうだ?」

「どう・・・って言いますと」

ちょっと考えて答える。

「刀としては全く申し分ない拵えです。軽くて切れ味も鋭い、それに綺麗な直刃で」

「そうか・・・若き剣豪らしい意見だな」

「しかし、素材が全く分かりません。鋼のようですが何か混ざっているような・・・時々、青く透き通っているように見える時があるんです」

「なるほどな」

満足そうな涼風隊長。

気になって聞く。

「十二神将隊の隊長・伍長はみなさん『神器』を持ってるって聞きました・・・涼風隊長はどんなものをお持ちなんですか?」

楽しそうに笑う。

「興味があるのか?」

「えっと・・・今まで藍さんの『氷花(ひょうか)』と剣護さんの『蛍丸』しか見たことがないんですが・・・綺麗な刀だなあと思ったので・・・少し」

『神器』は刀に限りませんよ、と藍さん。

「極端なものだと武器の形をしてないものもあります・・・浅倉隊長の『神器』は腕輪だし」

「それは・・・武器としての能力を持たないんですか?」

「そういうものもあるが・・・あいつのはまるっきり武器だよ」

例えが悪いんだよ、と剣護さんは藍さんに言う。藍さんはちょっとむっとした様子。

「ちょっと複雑なんだが・・・炎を操る『神器』で、愁がイメージしたものを炎で具現化するんだ、それを使ってあいつは戦う。剣にだって化けるし、クロスボウにだって化ける」

「鳥かなんかにもなるよね確か」

「・・・そう。武器の形じゃなくて武器でもないっつーと、咲良さんの『蜂比礼(はちのひれ)』はストールで護りの力を持ってる。お前んとこの龍介は刀じゃなくてサーベルだったろ」

「そういえば・・・そうでしたね」

「龍介の『雷電(らいでん)』は雷を操る。属性も色々だ」

ウンチクをたれていた剣護さんは、楽しそうに眺めている涼風隊長をちらっと見る。

「・・・で、あってるよな、来斗?」

「パーフェクト!『神器』嫌いの剣護がよく勉強してるじゃないか」

剣護さんは常々「自分は『神力』に乏しい」と言っている。

「でも、『蛍丸』は『神器』としてでなくても相当にいい刀だ。だからつきあって行けてるんだろうな」

その時、剣護さんの無線が鳴った。

古泉隊長の声。

『天象館使用の許可が下りたよ。今日の夕刻以降だってさ』


天象館。

あの神聖な場所を訓練に使う?

一夜の考えそうなことだ。あいつは本当に突拍子もないことを突然思いつくんだから。

更に、藍のあの楽しそうな顔。

・・・・・・本当に、気に食わない。

この地位が不満なわけではない。

むしろ、家柄もない親のいない自分がこういう場所にいられるのは贅沢なくらいだと思う。想像を絶する苦しい修行にも耐えてきた。

だがこの場所に来れたことはひとえに師匠と、彼・・・・・・『孝志郎』のおかげとも言える。

だからこそ、彼のあの決断・・・本当に裏切られた気分だった。

それが『藍』であればまだよかった。

それがなぜ・・・あの『龍介』だったのだろう。

あいつは庶民の出だし、一期下だし、それに・・・『恩賜の短剣』の授与者でもない。

それが悔しくて悔しくて・・・今のポジションはその悔しさが原動力と言ってもいい。

そこに来てあの、『橘右京』。

この国のこと、王家のこと、十二神将隊のこと・・・何にも知らないくせに。

・・・・・・・・・・・・・・・・

わからせてやるか。

蝶をイメージして、言葉を載せて飛ばす。

騰蛇隊舎へ・・・


藍が帰ってくると、堰を切ったように報告を始めた。

「天象館をね!使うらしいですよ!!」

「天象館って・・・」

ちょっと気を引き締めて聞く。

「どこの隊だ?」

「やっだなぁそんなんじゃないんですよ〜!右京さまの訓練に使うんですって、古泉隊長が言い出して」

一夜さん・・・言い出しそうなことだな。

あの人は時々モラルとか善悪すら超越している感じがする。

面白けりゃなんでもいい、そんな雰囲気だ。

「夕刻からって言ってましたけど・・・見に行きませんか!?」

「夕刻・・・って、お前」

お前は今日は宿直当番だろうが。

そう言ってやるとえぇ〜と不満そうな声を出す。

「いいじゃないですかぁ〜。だって三年前の浅倉隊長以来、天象館って使ってないでしょ?相馬隊長は平和裏に話し合いで決まっちゃったし。めったにないことなんですよ!?」

「ば・・・ばか者ーーー!!!お前は仕事しろ!」

「・・・・・・誰か代わってくれないかなぁ」

周りに詰めていた隊士達がびくっ・・・として、よそを向く。

「山内さん、今日のご予定は?」

満面の笑顔で一番近くにいた山内を捕まえる。

「えっと・・・特に何もないですけど・・・・・・」

「実は私、今夜大事な用事が入っちゃって〜・・・」

距離を縮めて、潤んだ瞳で見つめる三日月。

どぎまぎして今にもイエスと答えそうな山内。

・・・・・・馬鹿。

「三日月!!!お前は宿直!それは絶っ対に変更しないからな!お前らも絶対に交代を引き受けないこと!いいな!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・。けち」

「なんか言ったか三日月!?」

「・・・・・・・いえ。何も」

そんなことをしていたら、ふっと後ろをよぎる小さな影。

それは小さな蝶。赤く光っている。

そして・・・

『天象館で・・・待ってるで』

それはあの人の声だった。


「おや、龍介。早かったなぁ」

天象館の扉を開くと、奥に立っている人影。

浅倉隊長だ。

隊長のローブは着ていない。中国風の衿の立ったノースリーブの黒い服。

長いズボンも靴も、全身黒。

両腕には赤く光る腕輪・・・・・・『螢惑(けいわく)』だ。

こいつ本気で・・・やる気か。

「本気っすか?」

「本気なわけないやろ?」

にやっと笑う。

「お前倒すのなんて・・・ほんの準備運動や」

何だと!?

「浅倉愁!!!」

「へぇ。えらい威勢がいいなぁ、龍介」

「俺は前々っからずーーーっと!おめぇが気に食わなかったんだよ!!!今日という今日は・・・思い知らせてやっから覚悟しやがれ!」

サーベル『雷電』を抜く。

『エルブス』

剣先にドーナツ状の雷の塊が浮かび、そのまま浅倉隊長に向かって放たれる。

『螢惑』を中心に炎のベールが現れ、雷を事も無げに払う。

こんなもので仕留められるとは思っちゃいない。

その瞬間に飛んで、ぐっと距離を縮めると思い切りサーベルを振るう。

烈火(れっか)

ベールは瞬時に剣の形になりサーベルを受け止める。

暫し、そのまま向き合う。

「でぃっ!!!」

少し離れてサーベルで突く、奴はすばやく身を翻すとそれをよけて炎の剣を振るう。

体勢を立て直してそれを受け止めると、振り払って付く。また振り払われる。

それがしばらく続き、少し後ろに飛んで距離をとる。

速い。

肩で息をするが。

奴はまったく呼吸が乱れていない。

大きく息を吸い込むとまた切りかかる。

『タケミカヅチ』

サーベルが帯電したようになる。

これで突きだけではなく、かすっただけでもダメージを与えることが出来るのだ。

そして思い切り踏み込む。

火群(ほむら)

浅倉が右手をかざし、唱えると炎の塊が飛んできた。

寸でのところで『雷電』を構えなおして受け止めるがやや遅い。

吹っ飛ばされて背中を打つ。

「!」

一瞬息が詰まるが、また体勢を立て直す。

間髪入れず炎の塊がどんどん飛んできて、よけたり、ふりはらったりが精一杯だ。

その一瞬の隙をついて距離を詰めると、今度は至近距離で唱える。

『ヴィッゲン』!

『雷電』の先から放たれる稲妻。剣先と浅倉との距離は1mとない。

「ぐっ・・・」

今度こそ真正面から稲妻に打たれて浅倉は後ろにふっとんだ。

やったか。

『火柱』

後ろに飛ばされながら、浅倉は唱えるとまっすぐに俺を見据えて右手をかざす。

と思った瞬間。

足元から大きな火柱が上がる。

炎に包まれると同時に上昇気流で突き上げられる。

「うわぁぁぁ!!!」

思い切り地面に叩きつけられる。

そこにさっきよりも大きな炎の塊が飛んできて、俺を包む。

地面に押し付けられる。

痛みと熱さで意識が薄れそうになる。

そばに落ちている『雷電』に手を伸ばすが・・・

その右手を思い切り踏みつける足。

「なかなか・・・やるやないの」

ぐりっ・・・と踵をひねる。

苦痛でうめき声を上げてしまう。

「でもまぁ・・・こんなところやろな」

手のひらに炎の塊が浮かぶ。

なんとも鮮やかな勝ち様。

これが十二神将隊長の・・・『五玉』の力。

これまでか・・・

「・・・とどめや」

「待て!!!」

遠くから声がする。

右京だった。


一瞬目を疑った。

目の前にいるのは、どう見ても草薙さんと、浅倉隊長。

草薙さんは炎に巻かれた後のように、服も肌も髪も真っ黒だ。

そして、涼しい顔でとどめを刺そうとしている浅倉隊長。

「・・・何してるんですか?」

「ぼっちゃんも、来はったんやね」

丁度ええわ、とつぶやくと手の中の炎の玉を草薙さんに打ち込んだ。

「ぐぁっ・・・」

うめき声を上げると、ばたっと動きを止めた草薙さん。

頭に血が上って叫ぶ。

「どういうつもりだ!?」

「どういうて・・・腕試しや」

草薙さんを蹴り飛ばして隅に追いやると、僕に近づいてきながら言う。

「小生意気な龍介がどの程度の実力なんやろ思てな。まあ、昔とするとだいぶ腕は上げたようやけど・・・まだまだやね」

冷たい笑い顔を浮かべるとまっすぐ僕を見て言った。

「次はぼっちゃんや」

ばたん、と入り口の扉が閉まる。

火箭(ひや)

唱えると浅倉隊長の手に炎が巻きつきクロスボウの形になると、僕めがけて火の矢が次々に飛んできた。

「うわっ!」

横に飛んでよけていく。

次々に飛んでくる火の矢に応戦も出来ず、とにかく間一髪で避け続ける。

「全然あかんわ、そんなんじゃ」

火群(ほむら)

と唱えると今度は大きな炎の塊が目の前に飛んできた。

「うわぁぁぁっ!!!」

まともに喰らって、吹き飛ばされた。

熱い。

『火柱』

今度は地面から炎の柱が上がる。

体をひねって直撃は避けたが、かすめた炎に左足を焼かれる。

鋭い痛みに声を上げる。

その瞬間もう一つの火柱。

今度は直撃だった。

「おかしいなぁ」

うずくまる僕に、近づきながら平然とした声で浅倉隊長が言う。

「こんなもんなん?」

這うように浅倉隊長のほうに向き直ると睨み付けて言う。

「・・・一体・・・・・・どうして」

「どうして?・・・決まってるやないの」

にやりと笑って言う。

「・・・・・・おしおきや」


「右京!右京いるのか!?」

ばんばん扉を叩くが返事がない。

天象館の扉が堅く閉ざされている、ということは・・・

中で戦闘が行われている、ということ。

しかも『隊長』の誰かと、それ以外の誰か。

一体誰が・・・

「そういや、愁の姿が見えないね」

朱雀の隊舎に行ってみたんだけど・・・と後ろから言う一夜。

愁のこないだのおかしな様子。

『水鏡』を伝授されたことにひどく執着している様子だった。

右京の訓練の状態もしつこく聞いてくることがたびたびあった。

まさか・・・

「あの馬鹿・・・」

「愁が右京とねぇ・・・」

あごに手をやって、難しい顔をする一夜。

「・・・ちょっと見ものだなぁ」

「馬鹿もの!!!」

「・・・・・・・いいじゃない、減るものじゃなし」

「鍵は!?どうやったら開くんだ!?」

「そうだなぁ」

一夜がちょっと考えて言う。

「鍵はきっと先に愁が開けて、そのまま持ってるんだろうから・・・スペアキーは総隊長権限で藍が預かってるんじゃないか?」

「藍は!?」

「今日宿直って言ってた」

聞き終わるより先に騰蛇隊舎に向かって走り出していた。

「愁のやつ」

一夜が背後でつぶやいている。

「意外と・・・大胆なんだなぁ」


火焔光背(かえんこうはい)

そう唱えると浅倉隊長の体が炎に包まれた。

自身が燃えているのではなく、炎を身にまとっているようだ。

そうなるとふらふらと立ち上がった僕に、思い切りタックルをした。

高温で重いタックルに体勢を崩すと、そのままこぶしの直撃を受ける。

馬乗りになって浅倉隊長はぞっとするような笑みを浮かべている。

意識が途切れそうな中、つぶやく。

「・・・・・・何故?」

「なんや、まだ意識あったんか。案外丈夫やなあ」

「あんた・・・おかしい」

「そうやろなぁ。僕みたいに親もない、何の後ろ盾もない、そんな人間がこんな所までのぼりつめて来れたんや、ちょっとくらいは頭もおかしなるやろなぁ」

「草薙さんは・・・仲間でしょう?」

「綺麗事言わはるなぁ。龍介はただの孝志郎はんのパシリや。孝志郎はんや僕なんかの足元にも及ばんような、ちっぽけな奴やないか」

悔しそうに顔がゆがむ。

「僕に対等に意見しようなんて・・・十年早いで」

右手の平に大きな炎の塊が浮かぶ。

「僕はなぁ・・・お前みたいなんが大嫌いなんや」

そして頬に一発。

「お前みたいに・・・なんの努力もせんとちやほやされて」

もう一発。

「当たり前みたいな顔して・・・・・・調子づいてからに」

もう一発。

「本当に・・・気にくわんねん」

胸倉を掴んで頭突き。

圧倒的な強さ。

歪んだ感情。

何がこの人をこんな風にしたんだろう。

「この辺にしとくか」

『朱雀』

唱えると両手を頭上にかざす。そこに不死鳥の形の炎の塊。

「さいなら、右京はん」

うずくまる草薙さんが視界に入った。

一瞬草薙さんの笑顔がフラッシュバックする。

ちっぽけだと?

許せない。

「駄目だ・・・!」

火傷で重く鈍く痛む右手を『水鏡』にかける。

炎の直撃を受けると思ったのと同時。

『水鏡』が水のバリアを作り僕を包んだ。

「!?」

不死鳥は水のバリアに吹き飛ばされる。

ゆっくりと起き上がって『水鏡』を抜く。

その力を受け取っているかのように、少しずつ体が軽くなっていく。

剣護さんに習ったこと・・・僕は今まで全く活かせてなかったんだ。

「・・・おしおきだって?」

構える。

「それはこっちの科白だ!!!」

態勢を低くとり、浅倉隊長に切りかかって行った。


『天象館の鍵だ?』

「そう」

端的に状況を説明する。

「それに、うちの草薙伍長・・・龍介の姿も見えないのよ。最近あの子達かなり険悪だったから・・・もしかしたら」

『仕方のない奴らだな』

ため息をつく。

「ごめんなさい。完全に私の監督不行き届き」

『まあ、いいさ。鍵は自由に使え』

「理解のある隊長さんでよかったわ・・・さんきゅね、孝志郎」


一体どうなってるんだ。

急に息を吹き返したかと思ったら、すごいスピードで剣を振るってくる。

『烈火』の剣で応戦するが、全くダメージを与えられる気配がない。

そもそもこいつは・・・これが専門なのだった。

このままではまずい、と思った瞬間。

右京は渾身の一撃で『烈火』を真っ二つにした。

青い光に包まれた『水鏡』が襲う。

「うわぁ!」

そのまま後方に5mくらい飛ばされる。

『火群』を矢継ぎ早に放つが、全て『水鏡』が真っ二つにして弾き飛ばしてしまう。

右京の体が青い光に包まれる。

この前見たのと同じだ。

『水無月』!

唱えるとその青い光が剣先から飛んでくる。

防御している間はなく、光に貫かれる。

「ぐっ・・・・・・・」

わずかに血を吐く。

秋水(しゅうすい)

透き通った水が刀を取り巻くと、そのまま右京は斜めに背中を切りつけた。

水しぶきが飛び。

背中に重い痛みを感じながら、前に倒れこんだ。


鍵をちゃりちゃり言わせながら、天象館に走る。

後ろからついてくる剣護と一夜。

「ねえねえ、藍」

「何!?一夜。急いでんだけど」

「その、鍵開けたらさ・・・何て言うつもりなの?」

走る足を止める。

一夜は続けて言う。

「もし、万が一・・・右京が勝っちゃったら?」

「んな、まさか勝敗を決するところまでは行ってないだろ?相手は愁だぞ、愁!」

剣護が反論するが・・・

「愁のほうから、仕掛けたんだろ?」

一夜の言うとおりだ。

もし愁が負けたら・・・

規定の通りだと、愁は『隊長』の座を追われることになりかねない。


肌寒い雨の降り続く季節だった。

天象館での隊長交代劇はそれはすさまじいものだった。

朱雀隊の隊長、決して弱かったわけではない。

まだ二十歳を少し過ぎたばかりの青年に油断もしていたかもしれない。

しかし、その油断もすべてが愁の計算通りだったのだろう。

愁の『神力』は明らかにその隊長を圧倒していた。

だが、それだけではない。

周到に練られた作戦に忠実に従って。

愁は情け容赦なく、隊長を完膚なきまでに叩きのめした。

意識を失った隊長が(てん)(こう)隊によって運び出されるのを、感情のない目で見送っていた愁。

『いやあ、たいしたもんだね』

愉快そうに笑う一夜。

『あいつは昔からそうだ・・・弱い相手にも手加減はしないからな』

満足そうな孝志郎。

難しい顔をしている来斗。

そして愁はうつむいて。

笑っていた。

ぞっとするくらい綺麗な横顔で。


・・・・・・・ほんとに、なんて馬鹿なの、あの子。

「なら・・・尚更!」

さっきより勢いよく走り出す。

「早く開けてあげなきゃまずいじゃない!?」


『何で、龍介やったんやろ?』

それは5年前の記憶。

まだ、大学校の学生だった藍に、僕は小一時間愚痴っていた。

『それは・・・なんでかしらね』

厚い文庫本をめくりながら生返事をする藍から文庫本を奪い取ると、もう一度言う。

『なんで!僕やなかったんやろって、聞いてんねんで?』

『だって・・・愁くんは、朱雀隊の人でしょ?』

隊長が交代するとき隊長は誰でも自分の意のままに、伍長を指名することが出来る。

それは別に・・・隊をまたいだって、関係ないのだ。

それなのに・・・

『なんで孝志郎はん・・・あんな入隊したばっかで、ぺーぺーの龍介なんか』

『龍介でもいいじゃない、別に』

『藍はんは、腹立たへんの!?』

『私・・・龍介いいと思うけどなあ』

『・・・・・・僕よりか?・・・そら、僕は騰蛇に入隊すること出来へんかったけど・・・超エリートの騰蛇隊にどういうわけか入隊出来た龍介よりも、格下ゆうこと?』

『・・・思うんだけどね』

ぐっと顔を近づけて、じっと僕の顔を見る。

その大きな瞳に見つめられてちょっとどきっとする。

『愁くんは、ナンバー2の器じゃないよ・・・孝志郎はきっと、愁くんはもっと大きく羽ばたいてほしいと願ってると思うよ?』

『大きく・・・?』

『例えば、朱雀の隊長さんとか』

『隊長・・・』

『朱雀の隊長だったらさ、騰蛇で伍長張ってるよりもずーっと大きな力で孝志郎のことサポートしてあげられるんじゃないのかな?』

『・・・・・・』

『もっともっと、頑張って強くなってよ!愁くん』

じゃあ・・・とまた聞く。

『じゃあ、僕が隊長になったら、藍はん伍長になってくれんの?』

しかし、藍は笑って答えなかった。

劣等感の塊だった昔の僕。

もっともっと強くなりたかった。

もっともっと地位を得て。

見返してやりたかったのだ。

だけど、一体誰を?


「うわあああああああーーーーー!!!」

倒れてしばらく動かなかった浅倉隊長が、いきなり雄たけびを上げて立ち上がった。

尋常じゃない目。

全身から炎を上げてまっすぐ僕をにらみつける。

「なんでや・・・」

ささやくような、小さな声でつぶやく。

「なんでお前なんや・・・」

「浅倉隊長!・・・もう、おしまいにしましょう?」

「うるさい!!!」

両手を頭上に掲げる。その上に大きな炎の塊が浮かぶ。

それはだんだん、大きな鳳凰の形になっていく。

「まだ勝負はついてない・・・僕はお前に負けるわけにはいかへんのや!」

仕方がない。

『水鏡』を構えなおし、再度集中しようとしたとき。

扉の開く音がした。

「両者そこまで!!!」

藍さんの声。

びっくりして、二人とも『神器』の力を収めて注目する。

藍さんはつかつかと中に入ってくる。

その後ろに、騒ぎを外で見守っていたらしき野次馬がいっぱい。

古泉隊長と剣護さんも、その一番前で成り行きを見守っている。

藍さんはちらっと倒れている草薙さんに目をやって厳しい表情をしたが、浅倉隊長に向き直ると晴れ晴れした顔で言った。

「浅倉隊長!右京さまの稽古をつけていただいて、本当にありがとうございました!」

「へ?」

ギャラリーの古泉隊長の茶々が入る。

「稽古なんて俺は聞いてないぞ〜?」

ちょっと眉をひそめて古泉隊長をにらむと、もう一度元の平静さで言う。

「いやだなぁ、浅倉隊長!右京さまの『神器』の属性と間逆の自分が適任だとかなんとかおっしゃってたじゃないですかぁ?」

「・・・・・・藍さん?」

「でもね、右京さまお強いですから・・・あんまり手加減して差し上げるからこんなことになっちゃってもう・・・うちの伍長は付き添ってきて巻き添え食っちゃったってとこですかねぇ?」

僕の顔をじっと見る。

(そういうことにしといてください)と目が言っていた。

「右京さまも激しいんだからぁ・・・もし、万が一にですよ!?右京さまが浅倉隊長に勝っちゃったらどうなってたと思います?」

「右京が隊長やらなきゃならなくなってただろうな」

剣護さんの援護射撃。

「これはあくまで訓練なんですから・・・」

にっこり笑う藍さん。

その肩越しに今にも泣き出しそうな表情の浅倉隊長が見える。

仕方ないな。

「どうもありがとうございました!」

ぺこりと頭を下げる。

浅倉隊長は、言葉なくがっくりと膝をついた。


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