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Ep38 嵐(前)

「・・・さぁて」

傍らで倒れている来斗の様子を見ながら、孝志郎に声をかける。

「行きますか、孝志郎はん」

「・・・どこへ行くってんだ?」

久々に聞く孝志郎の声。

「・・・風下」

「風下?」

「ひどい嵐の中やけど、僕と孝志郎はんが本気でやったら紺青の都に被害が出ないとも限らへんから・・・風下へ移動せな」

黙って僕の顔を見つめている孝志郎。

「あんたかて・・・嫌やろ?紺青の都が火の海になるの、見んのは」

「・・・そうだな」

来斗を背負って歩き出す僕の背中に向かって声が飛ぶ。

「・・・久しいな、愁」

「・・・ほんまに」

「色々・・・あったようだな」

「孝志郎はんもな」

「元気そうだな」

孝志郎は、少し笑ったようだ。

「俺と離れてみて・・・どうだ。少しは成長したか?」

「・・・そうやな」

『風』の記憶が戻る前。

孝志郎がいなくなった当初の記憶がよみがえる。

「本当のところ・・・・・・後悔した。ほんの少しやけど」

孝志郎にどこまでもついて行こうと思っていた・・・あの頃。

孝志郎に認めてもらいたい、いつもそう思っていた。

そんな心の拠り所がなくなって、不安で堪らなかった。

「・・・そうだろうと思ったよ」

少し満足げな孝志郎の声。

「俺も・・・お前を失ったのは大きな痛手だったさ」

「・・・どうやろな。孝志郎はんはいっつもそういうこと言うて、僕をうまーくコントロールしてはったから・・・」

でも、それでもよかったんだ。

しばらく無言で歩き、来斗を城壁の傍に座らせる。

「・・・・・・愁」

「気、ついたか?」

「・・・ここは・・・・・・」

「ちょっとだけ場所変えた。お前はここで見とき」

「・・・ああ・・・だが・・・・・・」

来斗の声を背中に聞きながら、離れて待つ孝志郎の元へと向かう。

「愁・・・・・・お前、孝志郎がやれるのか?」


『三日月!愁から連絡だ。来斗さん怪我してるらしいから迎えに行ってやれ!』

『氷花』を構えて敵の隊士を数人吹き飛ばしたところで、無線から龍介の声がした。

「怪我って・・・来斗大丈夫なんですね!?」

『ああ!出血がひどいらしいんだけどよ。天后隊士を一人で向かわせるのは危険だし、宇治原さんも源隊長も今病院を動けないらしいから・・・』

「私が行っていいんですか!?」

無線に聞き返したところで、襲い来る数体のオンブラに気づく。

『スノウイング』!

青白い光がオンブラを凍りつかせる。

ガチガチになったオンブラは突風にあおられて粉々に砕け散った。

『大丈夫か!?』

龍介のほうも周囲がばたばたしているのが聞こえる。

今私がここを離れるのは味方の隊士に申し訳ない。

けど、敵を掻い潜って今ここから離れられるのも私だけだろうと思った。

「如月さん!!!」

付近の騰蛇隊士に向かって怒鳴る。

「三日月、ちょっと離れます!!!」

「ええ!?一体どこへ・・・」

喰らいついてくる『オンブラ』を払いながら、彼は悲鳴をあげた。

「来斗を助けに行ってきます!都のはずれにいるらしいので!」

「一人で大丈夫か!?」

他の隊士が言う。

「なんとか頑張ります!」

「気をつけろよ!!!」

「いってらっしゃい!」

隊士達は皆、先だっての蘇芳での傷が癒えきらない体で懸命に応戦している。

彼らの温かい言葉を背中に受けながら走り出した。

「こんなときにすみません!よろしくお願いします!!!」


孝志郎との出会いは、今からおよそ10年前。

士官学校の入学式でのひと悶着以来、藍は何かと僕に構うようになった。

孝志郎や剣護達が集まっていると決まって僕を呼びに来る。

『あの・・・三日月はん?』

『何?』

『僕・・・あんまりつるむの得意やないし・・・』

きょとんとした目で不思議そうに僕を見る。

『いいじゃない!?沢山のほうが楽しいもの。それに・・・私のことは藍でいいって、こないだも言ったでしょ』

『あ・・・そうか』

僕達が小声でそんな話をしていたときのことだった。

『いいじゃねえか藍!放っとけ』

いらいらした様子の孝志郎の声。

『だって孝志郎・・・』

『嫌だっつってんだからいいんだろ!?』

カチンときて僕は孝志郎の顔を睨みつける。

『・・・んだよその目は』

間に入ろうとする藍を制したのは一夜だった。

『まあまあ孝志郎落ち着いて・・・・・・藍もさぁ、愁嫌がってるんだから無理強いしなくても』

僕のほうを見て、な、と意地悪く笑う。

頭に血が上った僕は何も言わずに駆け出した。

『愁!!!』

藍の声が遠くに聞こえる。

バカにしやがって。

師匠の下で修行する沢山の弟子達。

彼らの大半が僕より年上だったが、今まで一度も負けたことはなかった。剣術だって『神器』だってなんだってそうだった。

それなのに・・・ここへ来た途端、このざまだ。

孝志郎には何をやっても及ばない。剣術の試合では女で年下の藍にまで敗北を喫す始末。

昨夜は弛んでいる、と師匠にも叱責された。

僕は天涯孤独の身、何においても抜群に優秀でなくては存在価値などないのだと・・・半ば強迫観念に駆られて焦っていた。

全部・・・あいつらのせいだ。

あいつらのせいで、全ての調子が狂ってしまう。

ままごとをしに来てるんじゃない、僕は僕の存在価値を証明するためここにいる。

それなのに・・・

つきあってやってるのは僕のほうだぞ?

その時、背後から声がした。

『おい浅倉、今日は孝志郎さん達と一緒じゃないのか?』

振り返って、その人物を睨みつける。

『おいおい、なんだよその目・・・俺はお前の先輩だぞ?朔月様の兄弟子ってだけじゃなく、この士官学校でもな』

そう、彼は僕の兄弟子だった。

師匠の下に集まる人間の中では優れた弟子の一人と言える。

しかし・・・たいしたことはない。彼にだって今まで一度も負けたことはないのだから。

『・・・すいませんでした』

鋭い視線のまま僕が言うと、彼は笑って言った。

『ちょっと付き合えよ、話があるんだ』

付いていくと、彼が立ち止まった場所は訓練用施設『天球儀』の前。

『一体・・・』

僕が言いかけたその時。

後頭部に鈍い痛み。

『なっ・・・・・・』

そのままその場に崩れ落ちる。

薄れ行く意識の中で、彼の醜く歪んだ笑みが見えた。

『何、ほんのちょっとしたお仕置きだよ・・・浅倉。お前の日頃の僭越な言動に対する、な』


『愁がいなくなっちゃったの!』

放課後俺の教室に飛び込んでくるなり、藍が怒鳴った。

『・・・いなくなった?』

『講義に出てきてなくて・・・あの子今まで一回も講義サボったことないのよ!?誰かさんと違って・・・』

おいおい、と後ろから一夜がついてきて言う。

『思いつくところ全部探したんだけどさ・・・まさか帰っちゃったってことはないだろ?あの厳しい朔月公の所だもんな、あいつが住んでるのって』

俺たちの話を聞きつけた剣護が厳しい表情で近づいてきて、一夜を指差して言う。

『お前が!あんなこと言って挑発するからだろーが』

『俺?・・・そうかな』

『あいつすげえプライド高いんだから、ああいう言い方したら傷つくに決まってんだろ!?』

『そっか・・・まずかったかな。ちょっとからかっただけのつもりだったんだけど・・・』

彼らのやり取りを聞きながら腕を組んでつぶやく。

『だが・・・俺にはそのプライドの高い愁が、そのくらいのことで講義をすっぽかすとは思えないんだが』

心配そうな顔をした藍が同意する。

『来斗・・・どうしよう』

『どうしようと言われてもなぁ・・・』

もう一回探してみようぜ、と剣護が提案する。

『待て。もう一人プライドの高い奴がいたな・・・』

皆顔を見合わせて、教室の一番後ろの席に座っている孝志郎を見る。

『んだよ。勝手にしろ!俺は関係ねえぞ』

『孝志郎!!!』

藍が怒鳴る。

『あなたが最初に愁くんのこといじめたんでしょ!?責任とって一緒に探しなさいよぉ』

『いじめ・・・・・・バカかお前!?あんなのいじめた内に入らねえよ』

『だって!』

『・・・くだらねえ』

こうなった孝志郎は梃子でも動かない。俺も藍も毎度のことでよく分かっている。

俺たちは孝志郎を一人残して教室を出た。


気がつくと、僕は縛り上げられて暗い倉庫のような所に転がされていた。

冷たく硬い床。

天球儀の中なんだろうか?

『おお浅倉。目ぇ覚めたみてえだな』

先ほどの兄弟子の声。

次第に目が慣れてきて周囲を見渡すと、そこには他の兄弟子達の姿もあった。

『あんたら・・・一人では何も出来へんくせに、大勢でいい気なもんやな』

ガン!と大きな音がして、僕の顎を思い切り蹴り上げる兄弟子。

『てめえ調子乗ってんじゃねえぞ!!!』

『師匠が知ったら・・・ただじゃ済まへんで?』

あざ笑うような兄弟子達の声。

『ああ・・・お前が無事にここを出られたら、な』

『・・・何?』

彼の手に握られているもの・・・それは不思議な光を放つ刀だった。

『『神器』・・・?』

『その通り!これで・・・』

彼は何事か唱えると思いきりその刀を振るった。

『!!!』

かまいたちのような風が僕の体を切り刻む。

『ぐ・・・・・・』

僕の体をぐるぐる巻きに縛り上げているロープもまた『神器』の類のようだ。

風に切り刻まれてもびくともしない。

『たっぷりかわいがってやらぁ・・・浅倉!』

『こんなことして・・・師匠が黙ってはると思ってんのか!?』

『・・・当たり前だろ?』

再度彼は刀を振るう。

『う・・・・・・』

『師匠はな、弱い奴がお嫌いなんだよ。お前がどんなに今まで優秀だったとしたってな・・・俺らにあっさりのされちまったとなりゃもう・・・』

冷酷に彼は言い放つ。

『お前なんか、用済みよ』


「・・・じゃ、行くで」

『螢惑』をはめた両腕を前方に突き出し、クロスさせる。

「来い!」

『村正』を構える孝志郎。

目を閉じて『神力』を集中させる。

ごおっと炎の燃え上がる音がして、周囲が炎に包まれる。

手には一振りの赤く燃える刀が現れる。

ぐっと体勢を低く構え、孝志郎の懐に飛び込む。

「おぉぉぉ!!!」

孝志郎の周囲にも炎が上がり、僕の構えた刀は『村正』と交差する。

二つの真っ赤な炎がぶつかり合い、火柱が上がる。

一度後退して、再度切りかかる。

『火蜥蜴』!

孝志郎が唱え、『村正』から火の塊が飛んでくる。

『火柱』!

僕の前に炎の壁が出来、『村正』の炎の塊を飲み込む。

「・・・ちっ」

孝志郎が舌打ちをして、再度唱える。

『カグツチ』!

巨大な炎の塊が目の前に迫る。

「・・・・・・!!!」

咄嗟に両腕を胸の前でクロスし、防御体勢をとる。

『螢惑』が赤く光り、炎の塊の前にバリアのようなものが出来る。

激しい衝撃で、僕の体はずるずるとそのまま後方に押しやられる。

「もう一発!!!」

孝志郎が『村正』を大きく振るう。

更に飛んできた炎の塊に、赤いバリアが激しい音を立てて崩れ去る。

「うっ!!!」

炎の塊が直撃。爆風で僕は来斗のすぐそばまで吹き飛ばされた。

ガツンという激しい衝撃と共に、全身を襲う焼けるような痛み。

「愁!」

来斗の声。

すぐに起き上がると、ズキンと体全体が痛む。

顔を歪めると、孝志郎は皮肉っぽく笑う。

「大分辛そうだな、愁」

「・・・まだまだや」

『螢惑』を構える。

『火箭』!!!

矢継ぎ早に炎の矢を放つ。

素早くそれを振り払っていく孝志郎の隙をついて、また接近する。

『火群』!

目の前で炎の塊を放つと、孝志郎の体は炎に焼かれて吹き飛ばされる。

「ぐっ・・・・・・」

地面に叩きつけられ少しうめき声を上げ、僕をじっと睨みつける。

「・・・おもしれえ」

ゆっくり立ち上がると、孝志郎は再度『村正』を構える。

「そうだ。やっぱそうじゃなきゃな。お前は」

鋭く睨み返す僕に、また皮肉っぽく笑う。

「その目・・・全然変わってねえな。昔と」

「・・・そうか?」

「ああ・・・ごたごたと色々あって俺に尻尾振るようになる前のな・・・」

「・・・言ってくれるわ」

「こうなってくると善とか悪とか・・・そんなことはどうでもいい」

孝志郎の目が赤く光り、共鳴するように『村正』も激しく燃え上がる。

「決着つけようじゃねえか!?俺とお前・・・どっちが強いのか、な!」

両腕をクロスさせて前方に突き出す。

僕の周囲にも炎が上がり、『螢惑』が赤く眩しく光る。

「・・・望むところや」


『・・・もう。どこ行っちゃったんだろう?』

つぶやきながらキャンパスを走り回る。

絶対孝志郎のせいだ。後で絶対絶対、謝らせてやるんだから。

けど・・・愁くんにも絶対一言謝ってもらう。

『愁く・・・』

大声で叫ぼうとしたとき、誰がが私の腕を掴んで引き寄せる。

茂みの中で木陰に隠れて、静かに、と一夜は人差し指を立てて見せた。

促されて見た先には、ガラの悪そうな上級生が数人。

『あいつ・・・本当にやるとは思わなかったな』

『ああ・・・あいつ浅倉が俺らの修行に混ざるまでは一番だったからな。積年の恨み・・・っつーの?しかも最近じゃあいつ孝志郎さんなんかとつるんでるしな、面白くなかったんだろ』

浅倉・・・!?

『でも・・・大丈夫なのか?『天球儀』勝手に使ったりして・・・『宝物殿』から『神器』まで調達して来てんだろ?』

『問題ないだろ?明朝までにケリつければいいこった』

怪訝そうな顔で一人が言う。

『ケリって・・・まさか殺しはしないよな?』

『・・・まさかあいつもそこまではしないだろ!?けどまぁ・・・もう二度と俺らに逆らえないくらいには痛めつけてやらねえとな』

彼らが通り過ぎるのを待って、一夜が言う。

『あいつら朔月様のところの・・・愁の兄弟子に当たる奴らだよね、確か』

『『天球儀』・・・』

走り出そうとする私の手首を思い切り掴む。

『どこ行くんだよ!?』

『愁くん助けなきゃ!!!』

『相手は『神器』を持ってるんだぞ!?しかも『天球儀』を動かしてるってなると・・・色々トラップ仕掛けられてる可能性もある。二人じゃ無理だ』

『だって!!!』

『だから・・・待って、藍』

掴んだ手を引き寄せてぐっと顔を近づけると、一夜はいたずらっぽく笑った。

『二人じゃ・・・って、言ったんだよ?俺』


門を飛び出した瞬間、ふいに襲った熱気に思わず顔をしかめる。

この嵐の中・・・一体どこから?

周囲を急いで見渡し、真っ赤な火の手が上がっている方を見定める。

壁にぐったりともたれ掛かっているのは・・・来斗。

「来斗!!!」

大声で呼びながら駆け寄る。

炎の方をじっと見ていた来斗は、振り向いて弱々しく笑う。

「藍・・・すまん」

来斗の上半身を抱き起こしながら、私も炎の方に目を向ける。

『カグツチ』!!!

『火群』!!!

孝志郎と愁の叫び声が聞こえ。

二つの赤い光が一点でぶつかり合う。

「・・・うっ・・・・・・」

熱風から避けるように両腕で顔を覆う。

「すごい・・・・・・力」

目を凝らして見る。

孝志郎と愁、炎に包まれた二人の瞳は真っ赤に光っている。

「あっ・・・・・・」

体が硬直する。

「・・・藍!?」

冷たい汗が噴き出す。

「いけな・・・・・・トラウマかも」

来斗が、私の額に手を触れる。

「大丈夫か・・・藍」

なんとか、小さく頷く。

私の大事な・・・大事な人達。

小さくて弱かった私を守って、導いてくれた二人。

私が見届けてあげなくて・・・一体誰が見届けてあげられるというの?

両手で頬をパチン、と叩く。

「大丈夫!来斗、あなたは・・・」

「俺もここにいる」

よく見ると出血がひどく、顔は真っ青だ。

それなのに、来斗は私をまっすぐ見据えて言う。

「俺も・・・ここで二人を見届けなきゃならんのは同じだ」

「・・・そうね」

熱風吹き荒れるその中心に目を移す。

「・・・愁くん、頑張って」


『天球儀を?』

教室に集まって藍達の話を聞く。

外は薄暗くなってきて、もう他の生徒の姿はない。

『何考えてやがんだ・・・あいつら』

剣護が厳しい表情でつぶやく。

『いくら出来が良くて生意気ったって、同門の弟弟子をリンチなんて・・・』

『朔月様のところって・・・そんなに弱肉強食の激しい世界なのか?』

一夜が聞く。

『朔月公はお独りだからな。認められれば彼の後継者という可能性も高い・・・一番弟子は国で3本の指に入る名家を継げるのだとなれば、やはり皆戦々恐々たるものがあるんだろう』

『・・・ひどい話』

藍が表情を曇らせる。

『動機が不純だね』

きっぱりと一夜が言う。

『まあ・・・勿論それだけではないのだろうが・・・』

『武芸に下世話なことを持ち込む奴は許せないな』

いつも通りの穏やかな笑顔だったが、その声は低く鋭い。

剣護の方をうかがうと、剣護は曖昧に笑ってみせる。

意外だねえと藍がつぶやく。

『で、どうしようか孝志郎?』

笑顔のまま一夜が言う。

教室の一番後ろの席にいた孝志郎は、まだそこに黙って座っていた。

『気になってるんだろ?』

孝志郎は黙っている。

『孝志郎!』

藍が叫ぶ。

『意地張ってないで一緒に愁くんを助ける方法考えようよ!』

『・・・あいつが』

孝志郎が口を開く。

皆黙って孝志郎のほうを見る。

『そんな負け犬どもにむざむざやられると思ってるのか?』

『・・・だって』

藍が反論する。

『相手は『神器』まで持ち出してるのよ!?いくら愁くんだって丸腰じゃあ・・・』

『そう思うならお前の好きにすればいい。俺は行かね』

『孝志郎!?』

『見くびってるみたいで失礼だからな、あいつに』

孝志郎は立ち上がると俺たちのほうに歩いてくる。

『来斗、お前はどうする?』

『・・・そうだな』

藍が恐い顔で言う。

『私は行く!愁くんを信じてないわけじゃないけど・・・ほっとけないもん』

『俺も行くよ』

一夜が笑顔で言う。

『愁の件以前に、そういう軟派な奴らには制裁を加えてやらなきゃ。ね、剣護?』

『・・・俺もかよ』

やれやれ、と剣護が立ち上がる。

『来斗は・・・』

藍の言葉を遮ったのは孝志郎だった。

『俺らが乗り込んでくるかも知れないってことくらい、そいつら計算に入れてるだろ』

つぶやくように続けて言う。

『下手に全員で乗り込まないほうがいいんじゃねえの?』

『そ・・・そっか。じゃ来斗は留守番!』

『留守番・・・って、お前』

『じゃあ司令塔!よろしくね来斗』

藍は立ち上がって右手の握りこぶしを左手の平にぶつけて、孝志郎を見る。

『行ってくるね、孝志郎』

『ああ・・・気ぃつけろよ』

興味なさそうにつぶやいた後、孝志郎は藍の目を見てにやりと笑った。


二人の戦いは熾烈を極めていた。

吹き荒れる嵐の中、弱まることのない二つの大きな炎。

二人の瞳の真っ赤な光も弱まることを知らず、じっと相手を見据えている。

二つの赤い光はぶつかり合い、スパークして両者後方へ押しやられる。

そしてすかさず再度同じように技を繰り出す。

それが幾度となく繰り返されていた。

藍は最初過去の記憶がよぎったようで一瞬顔色を変えたが、それ以降はただ黙って二人の様子を見守っていた。

しかし・・・

若干だが、状況に変化が生じてきた。

「・・・押され始めている」

俺がつぶやくと、藍が唇を噛んで頷く。

劣勢になってきているのは・・・愁だ。

やはり孝志郎は・・・・・・強い。

愁自身が最もそれを自覚しているに違いない。

一挙手一投足に焦りが見える。

二つの炎がまた弾かれて消え、愁は怒鳴るように唱えた。

『火柱』!!!

孝志郎の足元から大きな火柱が上がる。

顔をゆがめて孝志郎が飛び退る。

体勢を崩した孝志郎に愁が続けて炎の矢を放つ。

『火箭』!

「!?」

孝志郎は一瞬目を大きく見開いたが、すかさず『村正』でその攻撃を回避していく。

そして飛び来る炎の矢から距離をとると唱えた。

『阿修羅』!!!

「・・・・・・なっ!?」

愁の足元でものすごい火柱が上がる。

巻き上がる熱い旋風に愁の体は巻き上げられ、遠く地面に叩きつけられた。

「愁くん!!!」

藍が悲鳴を上げる。

地面に叩きつけられた愁は意識を失ってしまったらしく、そのまま動かない。

「勝ちを・・・焦ったな、愁」

孝志郎はつぶやくと、愁にゆっくりと近づく。

愁の方を一瞬うかがって、藍は孝志郎の前に立ちはだかり『氷花』を抜く。

「・・・藍、退け。これは俺と愁の勝負だ」

「・・・わかってる。無粋なことをしてるのは、重々ね」

刀を握り締めた腕に力が入る。

「けど、見てられないじゃない!・・・孝志郎」

いたわるような目で、藍は孝志郎を見る。

「あなたももう・・・ボロボロなのよ?限界だわ、二人とも」

確かに孝志郎は、重く体を引きずるように動いている。

「もう嫌なの!十六夜舞、力哉さん、剛さんと内海くん、それに・・・一夜。それ以外にもたくさんの人が犠牲になった。もうこりごりなの!誰かを失うのは・・・」

「藍・・・」

「だからもう・・・止めよう?一緒に帰ろうよ」

孝志郎は黙って藍を見つめる。

そして、つぶやく。

「じゃあお前は・・・認めるって言うんだな?愁の敗北を・・・」

はっと目を見開く藍。

「お前はいつもそうだ。あの時だって・・・俺は止めたじゃねえか?」

「・・・でも・・・・・・」

「そうだ。でも俺は、お前の気持ちを尊重して行かせたんだぞ?」

うつむく。

「お前は愁が信じられないのか?」

今の今まで愁と対峙して、戦っていたのは孝志郎だ。

そして、ここまで愁を痛めつけたのもまた孝志郎自身。

孝志郎の言葉は滅茶苦茶なようでもある。

だが、孝志郎の愁に対するスタンスはずっとこうだ。

『五玉』と呼ばれる俺たちはそれぞれに他の4人より確実に秀でた、その点だけを取り出せば孝志郎を凌ぐような才能を発揮してきた。

だが紺青で、トータルで見たときに孝志郎の戦闘能力を超える人間はいない。

それはみんなの共通の見解だった。

たった一人・・・孝志郎を除いては。

愁は自分を超える実力の持ち主だとずっと言っていた。

ただ、彼自身がそれに気づいていないだけなのだと。

藍は大きく首を横に振って『氷花』を構えた。

「信じてるよ!けど・・・」

「藍!!!」

俺の声には答えず、突然藍は『氷花』をぶっ放した。

『スノウストーム』!!!

「くっ・・・」

孝志郎は咄嗟に『村正』を抜いて藍の攻撃を弾く。

「藍!」

「私でも時間稼ぎにはなるでしょ!?愁くんが回復するまでの・・・」

藍の周囲に青白い光、そして嵐をものともしない冷たい風が吹きすさぶ。

その目は一点、孝志郎だけを見据えている。

一瞬目を閉じ、そして唱える。

『ブリザード』!!!

『カグツチ』!

藍の青白い光と孝志郎の赤い光がぶつかり、眩しく光る。

だが藍のほうはすぐに劣勢になり。

二つの光はまともに彼女にぶつかりその体を吹き飛ばした。

「きゃあぁ!!!」

藍の体は地面に叩きつけられる。

「藍!」

孝志郎はゆっくりと藍に近づいていく。

そして、小さくうめき声を上げて起き上がった藍の首元に『村正』を突きつけた。

目を見開いて孝志郎を凝視する藍。

その藍の顔を辛そうな表情で見つめる孝志郎。

「お前の負けだ・・・藍」

藍は硬直したまま答えない。

「・・・藍?」

「・・・・・・・・・もらった」

『ブリザード』!!!

至近距離で放たれた藍の攻撃。

しかし孝志郎はほとんど反射的に『村正』を構えていた。

「くっ・・・・・・」

再びぶつかる二つの光。

歯を食いしばって藍が叫ぶ。

「『氷花』お願い!!!」

青白い光が一層明るさを増す。

孝志郎はその光に吹き飛ばされるかに思えた。

だが。

『氷花』の攻撃を受けたまま孝志郎は怒鳴るように唱える。

『阿修羅』!!!

孝志郎の目が赤く光り、『氷花』の光はかき消された。

そして藍の体が再び後方に飛ばされ、叩きつけられる。

「う・・・・・・」

体じゅう焼け焦げてぼろぼろの藍に、孝志郎が冷たい声で言う。

「お前の負けだ、藍」

「嫌っ!!!」

『氷花』を構えて立つ藍。

「そんな風に感情的になった時点で・・・お前の限界は見えてる」

「うるさい!!!」

『スノウストーム』!!!

青白い光が放たれるが、すぐに『村正』の炎にかき消されてしまう。

孝志郎は『村正』を藍に向け、何か唱えようとする。

その時。

「それ以上・・・舞のこと傷つけんといてや」

静かに言って、愁がゆっくりと立ち上がった。


頭に鋭い痛みを感じて目を覚ます。

一体どのくらい時間が経っただろうか?

兄弟子達の暴行を受け続け、僕は意識を失っていた。

後頭部を蹴り飛ばされてうめき声をあげる僕を見て、ほっとしたような兄弟子の一人の声。

『よかった・・・死んだかと思ったぜ』

『ああ・・・さすがにな』

なんとか奴らのほうに顔を向けて睨みつける。

その視線に気づいた兄弟子の一人が動揺して叫ぶ。

『お・・・お前!・・・・・・まだ俺らに歯向かう気かよ!?』

『・・・死にたいのかよ?』

痛めつけられながら周囲を観察していて、気づいた。

兄弟子達の大半は、痛い目に合わせて僕の泣き言の一つも聞ければいいと思っている奴らだ。だから彼らは、殴られても蹴られても何も言わずにじっと奴らを睨みつけていた僕に恐れをなし、ほぼ戦意を消失していた。

『神器』を持っているのは・・・3人。

そしてその3人は他の連中とはスタンスが明らかに違っていた。

炎の塊が飛んでくる。

『ぐっ・・・・・・』

直撃を受けて血を吐く。

全身を襲う焼けるような痛み。

『ずいぶんと丈夫なんだなぁ・・・浅倉』

『・・・う・・・・・・』

愉快そうに顔を引きつらせて笑う。

そう、こいつらは違う。

『・・・なあ、もう止めとこうぜ?これ以上やったらこいつ・・・』

『何だ?』

他の兄弟子が止めに入るのを不機嫌そうに見る。

『この調子でやってると、こいつ死んじまうぜ?』

『・・・何か問題か?』

何でもなさそうに答える奴に、他の連中が動揺する。

『こいつ・・・身寄りもないんだぜ?どっかから師匠が拾ってきた、捨て犬みたいなもんだ。こいつが死んだところで誰か困る人間がいるのか?』

『だって・・・・・・師匠が・・・・・・』

『師匠?』

顔をゆがめて笑う。

『師匠だってこんなチビ、保険くらいにしか思ってらっしゃらねえよ。ここまで育ててきたんだ、そりゃがっかりはするだろうがな・・・どうせ見込みのありそうな子犬拾ってきて闘犬に育てあげようってくらいにしか思ってらっしゃらないだろうしな、そんな程度のもんだったんだってすぐ忘れちまうさ』

・・・・・・何だと?

『なぁ、浅倉。俺らを見てりゃよーくわかるだろ?師匠は俺らに目をかけてくださってた頃もあるんだぜ?けど・・・今じゃ視界の隅にも入らねえ、無駄なガラクタ同然ってわけさ。お前もそうなるんだよ、今日を限りにな』

『お前が死んだって誰一人、それを惜しむような人間はいないんだ』

『神器』を持ったほかの兄弟子達が集まってきた。

『かわいそうになぁ・・・独りぼっちで生きてきて、独りぼっちで死んでいく・・・なんて』

3つの『神器』が光を帯びる。

『ま、せいぜい苦しまないようにしてやるよ』

『・・・おい!?』

他の連中が止めるのも聞かず、彼らは『神器』を振るった。

『・・・じゃあな、浅倉』

・・・・・・来る。

ここまでか・・・・・・

けど・・・・・・

目を閉じる。

けど・・・そんなの、くやしすぎる。

『・・・・・・嫌や!』

渾身の力を込めて叫んだ瞬間。

僕の周囲に炎柱が立ち上った。

『うわぁぁぁ!!!』

『何だ!?』

『・・・なんだよこれ!?』

一番驚いたのは紛れもなく僕自身だ。

・・・こんなことが・・・・・・

しかし、呆然としている余裕はなかった。

見ると縛られていたロープが少し緩んでいる。

必死でロープから足を抜くと、兄弟子の一人に体当たりをする。

『何!?』

『神器』を奪って立ち上がる。

『お返しや!!!』

短剣から炎の塊が放たれる。

『うわぁ!!!!!』

叫び声が上がる。

彼らがひるんでいる隙に、その部屋を飛び出す。

『浅倉ぁ!!!』

怒り狂った兄弟子の声が背後に聞こえる。

そして・・・

『『大変だ!!!やつらが・・・』』

彼らの持っていた無線機のようなものから見張りの声が聞こえたが・・・

構わずに僕は廊下を走り出した。


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