Ep37 対峙
暗い洞窟の奥。
『韓紅の小僧が生きていたとは・・・』
ベルゼブが問う。
『『シュンゲイ』を差し向けたのはそれを知ってのことか?』
「別に知ってたわけじゃねえよ、けど・・・」
奴をじっと見据えて言う。
「ま、確認ってとこかね」
『それで・・・お前の想像通りだったということか』
ベルゼブの声は直接に頭に響いてくる。
「まあな」
『敵もさるもの・・・ということだな』
しばし沈黙が流れる。
『お前の言うとおり総攻撃で・・・『玉』を奪取するほかなさそうだな』
「ああ・・・けどお前はどうするんだ?まだ・・・そっから出られねえんだろ?」
嘲笑ぎみに言う俺に、静かに奴の声が答える。
『なに、実体を晒さずとも・・・あのような者どもに負けることはない』
「自信家だな」
『者共に知らせよ。出立は翌朝・・・明日の夜には紺青は・・・血の海となろう』
紺青を滅ぼす・・・だと?
おもしろい。
やってみろよ、やれるもんならな。
「わかった・・・」
目の前の水槽を見つめる。
『妖力』に満ちた特殊な液体の中に沈んでいる、黒い心臓。
それが・・・奴の本体だ。
「あんたがどんな姿で復活するってのか・・・楽しみだよ」
そのときまで・・・
あんたの身が持てばな。
騰蛇隊舎で書類の整理をしていると、突如頭痛に襲われた。
「痛・・・・・・」
こめかみを押さえてうずくまる私に、龍介が聞く。
「どうした?大丈夫か?」
「はぁ・・・なんとか」
そう答えながらも、頭はなおもズキズキ痛む。
「どうしたのかなぁ・・・生理痛ってわけでもないし・・・」
「こらぁ三日月!!!」
「・・・いいじゃないですか別に。誰が聞いてるわけでもあるまいし」
隊舎には私たち二人だけ、静かな夜だ。
「・・・俺が聞いてんだよ!!!アホかお前!?・・・って・・・・・・本当に大丈夫か?」
冷たい嫌な汗をかいてきた私に、深刻な顔で言う。
「・・・天后隊、行って来たらどうだ?」
「うーん・・・・・・夜間外来をお騒がせするのもあれですし・・・・・・」
大きく一つ、深呼吸をする。
少し痛みは治まったようだ。
「ご心配おかけしました・・・大丈夫みたいです」
大騒ぎした割に何事もなく治まってきて、申し訳ない気持ちで笑う。
でも本当に・・・何だったんだろう?
見ると、依然深刻な表情のままの龍介。
「・・・ストレス・・・・・・じゃないのか?」
「・・・ストレスって・・・ガラじゃないですよぉ、私は・・・」
「ここんとこ・・・あんまり眠れてないんじゃないのか?」
はっとして、龍介の顔を見る。
やっぱり・・・わかるか。
「飯はちゃんと・・・食えてるのか?」
「えーと・・・それなりに」
ならいいんだ、と龍介。
いきなり私の前に身を乗り出す。
「な・・・何ですか!?」
「なあ、三日月」
稀に見る・・・真剣な眼差し。
「・・・・・・俺じゃ駄目か?」
「・・・・・・は?」
一瞬どきっとしないでもなかった。
が・・・
「あなたねぇ・・・なぐさめる相手を間違えてるでしょうが!?」
「・・・・・・そうなんだよ」
わかってんじゃないのよ。
「そうなんだけどなぁ・・・カラ元気で頑張ってるお前があんまり痛々しくてさ・・・つい、うっかりそんな気持ちになってしまわないでもない、と・・・」
「いい加減だなぁ草薙伍長・・・」
鈴音ちゃんは内海くんの一件があって、しばらくお仕事を休んでいた。
でも2週間ほど休養を摂った後は、以前のように元気に働いている。
強いなあ・・・と私は常々彼女を尊敬の眼差しで見ていた。
「鈴音ちゃんだって、まだまだ辛いの我慢して頑張ってるんですよ!?」
「そうなんだろうけどよぉ・・・今更声の掛けようもないし、俺・・・どうしていいかわかんねえんだよ・・・・・・」
ため息をつく龍介。
「頑張りましょうよぉ・・・ほらさっき言ったやつ!あれ鈴音ちゃんに言えばいいんですよ、きっと!」
「そんなこと・・・言えるわけねえだろうが」
「・・・じゃあそんな半端な気持ちで人を口説くんじゃない!!!」
全く不器用でしょうがないんだから・・・
でも、龍介の優しさはちょっと心に沁みた。
ひどい頭痛に襲われて顔をしかめる。
一体何事だろう?
しばらく止む気配のない頭痛に違和感を感じながら空を見上げる。
天后隊の敷地内にいるのだし、あまりひどいようなら薬を貰えばいいだろう。
そう思いながら、風牙の病室のある建物の前に立つ。
「?」
振り返る。
背後では夜風が木々を揺らすだけ。
人の気配がしたと思ったのは気のせいだったのだろうか?
「ま・・・ええか」
病室に入ると、ベッドの上から元気いっぱいに手を振る風牙の姿があった。
「お前・・・もうすっかり大丈夫そうやな」
「そんなことないですよぉ!体動かすの、大変なんですからこう見えて」
何か後遺症が残るのだろうか?
「宇治原さんが言うには、多分大丈夫だろうって。だけど、鬼のリハビリに耐えなきゃならないらしいです・・・」
ちょっとうんざりしたような顔で言う。
「当たり前や、ここ数ヶ月ずーーーっと寝たままやったんやから」
「ひどーい!好きで寝てた訳じゃないんですけど?」
膨れて言う風牙。その変わらない様子に心から安心した。
ふと窓の桟に目が留まる。
「これ・・・」
それは薄い和紙で出来た小さな折鶴だった。
「お前、回復祈願にこんなもん作ってるん?」
ひょいっと摘み上げて訊く。
「違うんです。僕が眠ってて目が覚めると、そうやってちょこんと乗っかってるんですよ。毎日毎日数羽ずつ、だからこうやって」
ベッドの傍の引き出しを開ける。
その中には同じような鶴がいくつも収められていた。
「誰が置いてるのか、四之宮さんなんかも知らないらしいんですけどね・・・これ見てるとすごく元気出てくるんです!」
「へえ」
窓から外を見る。・・・ここは3階、か。
「なんていうか、応援してくれる人がいるんだなって!」
よく見ると窓に向かって太さのある木の枝がせり出している。
聞いてます!?と言った後、ちょっと小声になって訊く。
「愁さんじゃ・・・ないですよね?」
「何で僕が・・・こんなアホなことすんねん」
「アホじゃないですってば!!!けど・・・違うのかぁ」
風牙の中では犯人は半分以上僕で固まっていたようで、本当に寂しそうな顔をしている。
「一体誰なんだろう?」
「よっぽどの暇人か、物好きか・・・そのどっちかと違うか?」
「愁さん!もう何でそんな言い方するんですか!?せっかくの善意なのに」
「その・・・両方かもしらんな」
花蓮様は中庭のテーブルに頬杖をつきながら月を見ていた。
「何か・・・御用ですか?」
僕の姿を見ると、あ、と小さくつぶやいた。
「ごめんなさいね、こんな夜中に。ここ・・・かけてくれる?」
言われたとおり、黙って花蓮様の正面の椅子に腰掛ける。
「右京に頼みがあってね・・・」
「・・・なんでしょうか?」
声を潜めて花蓮様が言う。
「・・・気配がするの」
「気配って・・・オンブラですか?それとも孝志郎さんの・・・」
「その両方っていうか・・・その」
言いづらそうに視線を落とす。
「すごく大きな妖力とか神力とか・・・そういう気配」
花蓮様の一族は『神力』にすごく敏感らしい。
花蓮様が紺青に来てからのオンブラの襲来時、その能力に助けられる局面が沢山あった。
「まだそう近くにはいない・・・と思うんだけどね。すごく不安で・・・」
「きっとまた・・・霞様を狙ってのことでしょうね・・・」
「そういうことでしょうね」
「僕に霞様の身辺警護を・・・ってことですか?」
頷く花蓮様。
「騰蛇隊が一回・・・まあ、不可抗力とはいえ・・・失敗してるでしょ?けど、他の軍を動かすってわけにもいかないみたい。だから一番機動的な立場のあなたにお願いできたら・・・って、うちの旦那さんが言ってるんだけど」
・・・旦那さん?
「朔月公が・・・ですか?」
「詳しくは知らないんだけど・・・最近、近隣国がちょっとごたごたしてるらしいの。王不在の情報がどこかから漏れたらしい・・・って言ってたけど・・・・・・四方の守護に当たる十二神将隊が今手薄になってるでしょ?」
頷く。
青龍の磨瑠さんと玄武の宗谷隊長、それぞれ一人で東と北の隊を統括しているし、南は墨族の朋さん・・・それに西はほぼガラ空きと言ってもいい。
「十二神将隊がいなくてもその他の軍隊とか官吏は常駐してるから直接の問題はないみたいなんだけどね。十二神将隊がいなくなった分三公が動かなきゃならなくなってるみたい。忙しくて会う余裕がないから伝えといてくれって・・・私に」
でもね、とちょっといたずらっぽい目になって言う。
「あの人・・・あなたにいろいろ意地悪してたんでしょ?」
「・・・え?」
「風から聞いたんだけどね・・・だから気まずいんじゃないかしらね」
嬉しそうに笑う。
「不器用な人なの・・・昔っから」
花蓮様のこういう表情、初めて見た。
思わず僕も笑顔になる。
「お願い出来る?」
「ええ、勿論です!他ならぬ花蓮様と・・・朔月公の頼みですから」
明るい日差しの中、彼女は中庭で本を読んでいた。
「・・・来斗様?」
俺に気づくと、嬉しそうに本を閉じて立ち上がる。
そんな彼女に笑って声をかける。
「失礼・・・せっかくの読書の時間を邪魔してしまいましたね」
「いいえ!・・・お元気そうで」
にっこり笑って言う彼女。
「今日は・・・どうなさいましたの?」
「近くに用があったものですから。志乃様にもしばらくお会いしていなかったな・・・と」
「来斗様はお仕事熱心ですものね」
少し表情が翳る。
「つい先日・・・あの人の五周忌でした」
「もう・・・そんなに経ちますか」
彼女は嫁いで2年にして、夫を隣国の戦乱で亡くしていた。
悲しみにくれる彼女の話し相手になってくれないかと、一ノ瀬公から頼まれたのは今から3年ほど前のこと。当時と比べると、だいぶ明るい表情も見せてくれるようになった。
「義父が、もうあの人のことは忘れて・・・新しい人生を歩んではどうかと言ってくださるのですが・・・・・・」
うつむいて言う志乃に、優しく訊ねる。
「まだそういうお気持ちには、なりませんか・・・」
「でも・・・・・・」
「でも?」
「時々・・・忘れてしまうんです、あの人のこと」
「そう・・・ですか」
「あの人の声とか、しぐさとか、時には顔も・・・思い出せないことがあるんです」
辛そうに言う彼女。
「そうやって・・・ご自身を責めるものではありませんよ?辛いことや悲しいこと・・・人間は忘れることで前に進めるのですから」
「そうでしょうか?」
笑顔で頷いてみせると、彼女も少し明るい表情になって頷いた。
「また・・・会いに来てくださいますか?」
彼女の緑色の瞳をじっと見つめる。
「・・・来斗様?」
「・・・少し、紺青を留守にせねばならないかも知れません」
「出兵・・・ですか?」
非難するように、視線が厳しくなる。
なるべく彼女を安心させようと、笑顔で静かに言う。
「私はまあ、軍人ですが・・・戦闘要員ではありませんから」
「・・・そうでしたね」
寂しそうに微笑む。
「どうか・・・ご無事で」
「ありがとうございます」
別れを告げて中庭を後にする。
もう二度と会えないかもしれない、と思った。
それでも俺は・・・あなたに会えてよかった。
よろしくお願いします、と深々と頭を下げる霞様。
「本当に力のない自分が・・・口惜しいです」
うつむいてつぶやく。
霧江様が気遣うように霞様のほうを見る。
二人の不安を少しでも和らげようと笑顔で言う。
「お気になさらないでください!僕・・・玲央にも会いたかったですし」
霧江様の膝の上の玲央がまるで僕の言葉も気持ちも理解しているように明るく笑った。
そんな玲央を少し寂しそうな笑顔で見て、霧江様が言う。
「片桐隊長も・・・申し訳ありません。都の警備・・・大変な時ですのに」
「・・・えっ!?」
緊張して固まっていた剣護さんが慌てて笑う。
「あ・・・いや・・・自分は・・・・・・大丈夫であります。その・・・都の警備は基本的に龍・・・草薙伍長の隊でやってますし、太陰隊の遠矢隊長もおられますし・・・」
真っ赤になって言う剣護さんに、笑顔で霧江様が言う。
「姉から伺いました、片桐隊長の剣の腕前」
「ええっ!?・・・あ・・・・・・そんなお褒めに預かって・・・身に余る・・・・・・」
「古泉様のこと・・・・・・残念でしたね」
はっとして霧江様の顔を見つめる剣護さん。
霧江様は気遣うような笑顔で剣護さんを見ている。
大きく一つ深呼吸をして剣護さんが言う。
「はい。でも・・・あいつが、最後に俺との決着をつけたいって思ってくれたってこと・・・俺にとってはそれだけでも。一夜は・・・何を思って孝志郎さんに従ったのかはわからないけど、それでも・・・最後まであいつらしかったから」
ちょっと寂しそうに笑う。
「最後の最後にありがとうって言えたんで・・・俺はそれでいいんです!」
そうですか・・・と霧江様がつぶやく。
今まで姫達とあまり接触がなく、真面目な剣護さんはガチガチに緊張していたのだった。
霧江様のおかげで少しは打ち解けられたようで、ひとまずほっとする。
「では・・・敵も迫っているようですのでお二人はどうぞ奥の間へ。僕達で入り口はお守りしますから」
「藍・・・ちょっといいか?」
振り向くと、厳戒態勢で皆出払った騰蛇隊舎の前に来斗が一人立っていた。
「何?」
なんだか様子がおかしい。
落ち着いていてトーンが低いのはいつものことだが。
張り詰めたような緊張感を身にまとっている・・・そんな感じ。
「どうしたの?天空隊は今、詰め所で待機中なんでしょ?司令官のあなたがこんな所にいたら・・・」
「お前に頼みがある」
「・・・・・・何でしょうか?」
「真田卿を・・・知っているか?」
「真田・・・知ってるよ?一ノ瀬の叔父様の古いお友達でしょ?それで・・・」
はたと気づいて、小声で訊く。
「・・・志乃様のこと?」
それは真田卿のご嫡男の未亡人。ご主人が亡くなってもう5年も経つというのに、いつも喪に服しているような黒い服を着ている。来斗や孝志郎より少し年上の美しい女性だ。
何故分かった?・・・と少し不機嫌そうな声。
「だって・・・・・・」
志乃様の悲しみを少しでも癒せるようにと、叔父様たってのお願いで来斗が時々話し相手になってあげている・・・という話を孝志郎から聞いたことがある。
「来斗、もしかして・・・・・・プロポーズしたの!?」
「馬鹿!!!」
「そ、そっか、違うのか・・・」
怒鳴りながらも顔を赤らめて明らかに動揺した様子。
来斗にもそういう感情があったんだ・・・当たり前だけど、すごく意外。
でも・・・
なんでこんな時にそんなこと言いに来たんだろう?
一つ咳払いをして、また低いトーンで来斗が言う。
「お前、孝志郎や一夜がいなくなってからも白蓮を気にかけてやっていただろう?」
「・・・ええ、まあ」
「志乃様のこと・・・お前に頼めないだろうか?」
志乃様を頼む・・・って・・・・・・
深刻な表情の来斗の両腕を力いっぱい掴む。
「・・・ちょっと待ってよ!!!あなた一体・・・何考えてるの!?」
「・・・藍、離せ」
「いいえ、離すもんですか!どういうこと!?ちゃんと説明してよ!!!」
来斗はじっと私の目を見ると、きっぱり言った。
「俺には孝志郎を止める責任がある」
「・・・来斗?」
「俺は物心つく前からずっとあいつと一緒だった。あいつのことなら何でもわかっていると・・・思い込んでいたんだ。あいつの狂気・・・あいつの心の奥底にあった悲しみや怒り・・・俺は何にもわかっちゃいなかった」
思わず掴んでいた手を離した私の両肩に、来斗はそっと手を置いた。
「『俺とお前は表と裏だ』って・・・以前孝志郎が言っていたことがある。あいつが中心にいて俺が補佐というのが今まで当たり前だったろう?だから、裏っていうのは俺のことだと思っていたんだが・・・・・・あいつの想いはきっと・・・逆だったんだろうな」
「孝志郎が・・・そんなことを」
「俺はあいつの良心なんだ。だから・・・俺が止めてやらなければ」
寂しい笑顔で微笑みかけると、来斗は私に背を向けた。
「天空隊のことは周平に任せてある。無論細かい事情は何も言っちゃいないが・・・行かせてくれるか?」
ぐっと拳を握って、静かに言う。
「私には・・・出来なかったわ。孝志郎を止めること・・・」
「・・・そうだな」
「それでも・・・行くのね?」
「だから行くんだ。お前に止められないのならばもう、あいつを止められる人間は・・・俺以外にはいない。そうだろう?藍」
すぐに返事が出来なかった。
でも・・・気持ちが分かりすぎて、引き止めることも出来なかった。
「お前なら・・・分かってくれると思ったよ」
去っていく来斗の背中に、やっとのことで声をかける。
「ちゃんと・・・帰ってきてね」
「・・・そのつもりだ」
「もう・・・大事な人を失うのは沢山だわ」
振り返る来斗。
「藍。孝志郎はいつも『藍は俺の妹だ』と・・・言っていたが・・・」
その目は、今までに見たことがないくらい優しかった。
「俺にとっても同じだ。お前は俺の・・・大事な妹だよ。いつも心配ばかりさせられるがな」
「・・・もう」
「行ってくる」
笑って去っていく来斗に、いってらっしゃいとつぶやいた。
その声は・・・ちゃんと届いただろうか。
紺青の西の荒野に一人立つ。
目の前には、騰蛇隊の隊長隊の隊士達とオンブラの大群。
そして、それらの一番先頭には・・・孝志郎が立っていた。
じっと俺の目を見て孝志郎が言う。
「一人か?」
「そうだ」
「いい・・・度胸だな、来斗」
「お前もな・・・紺青に反旗を翻しただけでは飽き足らず、直接刃を向けようとは」
厳しい表情のままの孝志郎。
『どうした?孝志郎よ・・・』
頭に直接響いてくるような低く暗い声。
「ああ・・・問題ない」
隊士の一人に指示して、紺青へ向かわせようとする。
「待て!!!」
怒鳴った俺に、孝志郎が言う。
「お前の相手は俺がしてやる。だから・・・」
「全員動くなと言っている!!!」
『アロンダイト』を抜いて、構える。
「・・・そんなショートソードなんぞで、何する気だ?」
「・・・周囲を見てみろ」
彼らの足元で時折キラッと光る、無数の『ジェイド』の欠片。
「今俺が『アロンダイト』を使えば、その攻撃は『ジェイド』によって増幅されてお前達を直撃する・・・という仕組みだ。花蓮様に聞いてお前達の進路はだいたい予測がついていたからな、先に仕込ませてもらった」
ざわつく周囲に鋭い視線を送って、再び俺に向き直った孝志郎が言う。
「・・・なるほどな。お前らしいよ、そういう小賢しい戦法は」
「こうでもせねば、お前は立ち止まって話など聞かぬだろう?」
「・・・・・・話だと?」
静かに話し始める。
「孝志郎・・・お前が幼い頃話してくれた、国を治めて民衆を守るという夢の話だ」
孝志郎は何も言わず俺を見つめている。
「あの時、俺はその夢を否定したが・・・真剣に他人を想い、他人のために貢献したいというお前の志・・・俺はすごいと思ったんだ。そして思った・・・『俺はお前には敵わない』と」
「来斗・・・・・・」
「俺は昔から臆病者だ。お前は知らなかっただろうが・・・自分を犠牲にしてまで何かを成し遂げようなんて、今まで思ってみたことがなかった。きっと俺はお前をあてにしていたんだな、『この困難な状況はきっと孝志郎が何とかしてくれる』・・・と。そしてそのための協力なら惜しまなかった、孝志郎が考えたことならばうまく行かないはずがないと・・・本気で信じていたからな」
愁や、龍介・・・それに、藍のように。
十二神将隊には自他共に認める『孝志郎の忠実な部下』という人間が沢山いた。彼らは孝志郎を慕い、信じて昔からずっとついてきた連中だ。
皆実力もあるし、現に今一人で立派にやっているわけだが・・・
彼らはきっと、孝志郎という存在がなければ今のような立場にはなかっただろう。
そしてそれは・・・おそらく本人達も認めるところだと思う。
だが、そんな彼ら以上に俺は・・・孝志郎に頼りきって生きてきたという自覚があった。
「一度、大学校に入った頃・・・お前から離れてみようと思ってみたことがある」
「離れる?」
「学校に残ろうと思ったんだ、研究者としてな。だが・・・出来なかった」
「何言ってんだ?お前の頭なら容易いことだっただろうに」
「一研究者としてやっていける自信がなかったんだ。それよりも・・・お前が牛耳るようになった十二神将隊で、お前の庇護下で好きなことをやれるってことのほうがずっと現実的な決断だった。散々悩んだが・・・結局俺はお前から独り立ちすることが出来ずにいた」
張り詰めた空気の中、孝志郎が静かに言う。
「じゃあお前は・・・何故俺に従わなかった?」
「そうだな・・・お前に『恩賜の短剣』を突きつける藍を見たから・・・なのかもしれん。あの場であいつが抜いたのが『氷花』ではなく、『恩賜の短剣』だったというのは・・・あいつなりのみんなに対するメッセージだろうからな」
「そうだな・・・今まで考えてもみなかったぜ」
「それと・・・もう一つある」
「・・・橘右京か?」
頷く。
「あいつはお前と同じ・・・全てを自分の頭で考え、自分の人生を自分の足で歩いていける人間だ。それだけじゃない・・・自分の辛い過去をきちんと消化して、他人の痛みも苦しみも分かち合い全部飲み込んで、笑っていられる人間なんだ。そんな右京を見て・・・俺は」
「あいつに付こうと思ったわけか?」
「・・・付く、というのではない。一歩でもいい、自分の人生を自分の足で歩いて行かなければならないと気づかされたんだ。そのためにも・・・自分の力で戦わなければ、と」
『アロンダイト』を構える。
「孝志郎、お前に問いたい」
「・・・何だ?」
「お前は一ノ瀬公の嫡男・・・黙っていても、ゆくゆくは王とは行かずとも王の直近で治世にいくらでも意見することの出来る立場に立てるはずだ。なのに何故・・・そんな大きなリスクを冒そうと思ったんだ?」
皮肉っぽく笑うと、孝志郎は静かに言った。
「馬鹿な愚人どもの機嫌取りは懲り懲りだからだよ」
「・・・どういう意味だ?」
「お前んちの親父は軍の統率だからな、まだ分かりやすいんだろうが・・・官吏の、特に高位に付いている連中はそうはいかねえ。腹ん中でどんなこと考えてやがるのか知らねえが、能力もないくせに悪知恵だけは働いてな、自分の利権のために綱渡りみたいなことばっかりしてやがるんだ。親父の仕事ってのはそいつらの尻拭いだったり、なだめすかして真っ当に働かせたり、そんなことばっかでよ・・・それにうんざりしたし、そういう風にしか出来ねえ親父にも絶望した」
初めて聞く、孝志郎の本音だった。
「そんな中、西で突然色んなこと思い出してな。あんな男・・・死んでしまえばいいと思った。そして俺が・・・それに成り代わってやろうって」
「あんな男とは・・・陛下のことか?」
「ああ。もういい年だったがあのまんまじゃあいつはまだまだのさばって、どんどん国は悪くなっていくし、死ななきゃならねえ人間もまだまだ出てくる可能性があった。だから・・・俺はこいつらに手を貸すことにした」
「そして・・・紺青を離反した、ということか」
「いくら俺でも、一人じゃな・・・けど、『五玉』の力を結集すれば出来ないことじゃねえと思ったんだ。来斗の頭脳、愁の『神力』、藍の『神器』を自由自在に扱う才能、一夜の剣術・・・それが揃えばな」
「我々が従うと・・・思っていたのか?」
「まあ、な」
淡々と言う。
「藍が途中で感づいて色々画策しようとしてたみたいだが・・・お前がさっき言ってた奴だ、何だかんだ言って俺に頼ってりゃ何とかなるって・・・そう考えると思ってたんだがな。一番難しいと思ってた一夜だけが乗ってきたのは意外だったが」
「一夜は・・・・・・一体何故?」
少し空を仰いで黙ると、また俺の目を見て言う。
「面白半分だって言ってたけどな・・・最初は」
「・・・最初?」
『俺はもう後がないから、残りの人生お前に賭けてみてもいいかなと思ったんだ』
あいつは最後の夜、行方をくらます直前にそう言ったそうだ。
『愁も藍も来斗も前よりずっとお前から自立してるから、きっとお前の誘いには乗らないだろう。そうなったら一人になったお前が心配だったから』・・・・・・とも。
あいつ・・・そんなことを。
「俺は・・・あいつらに責任があるんだ」
静かに言うと、孝志郎は『村正』を抜いた。
「力哉、藤堂、蔵人・・・それに一夜。それだけじゃねえ、今までに犠牲になって死んでいった沢山の隊士達、そいつらの志のために・・・・・・俺は理想を実現させなきゃならねえんだ!」
『アロンダイト』を握る手に力が入る。
「待て孝志郎!今その刀を使えばお前の手下共は・・・」
『・・・・・・下らぬ』
また、頭に響く声。
同時に突風が吹き、足元の『ジェイド』が舞い上がって吹き飛ばされた。
「・・・何!?」
『者共都へ向かうのだ!『玉』を・・・必ずや手に』
雄たけびを上げて突き進む兵士や無数のオンブラに向けて『アロンダイト』を構える。
しかし突風が正面から吹きつけ、あおられるように倒れた。
「・・・くそっ!」
風は勢いを増し、空は真っ黒に染まり。
天候は嵐となった。
「この天気・・・」
叩きつけるような雨と突風の中、こめかみに手を当てる。
頭痛は・・・オンブラ襲来の前兆だったのか。
隣で舞も不安そうな表情を浮かべている。
「・・・大丈夫か?舞」
「・・・うん」
その時突然、無線から宇治原さんの声。
『戦闘班に一つ、言っておかなあかんことがある』
「・・・どうしたんですか?無線使うなんて珍しい・・・」
急用やからな、といつになく深刻なトーン。
『『ケリュケイオン』なんやけどな・・・今・・・・・・遣われへんねん』
「・・・えええーーー!!??」
無線からも、龍介や他の隊士の声が聞こえる。
『一体何でなんすか!?』
龍介が動揺して言う。
『いや・・・ちょっと壊れてもうてやな・・・・・・休養中なんや』
「休養って・・・この肝心な時に・・・・・・」
『んなこと言うたかてしゃあないやろ!?せやからみんな・・・命は大事にせーよ!!!治癒系の『神器』は他にもあるけど、『ケリュケイオン』ほどの力はないからな!』
「・・・来斗」
「・・・来斗!?来斗が・・・どうしたんや?」
思いつめたような表情で僕を見る舞。
「風!ごめん私・・・止められなくて・・・」
僕の両腕を掴むと言った。
「都の西!来斗が・・・一人で孝志郎に・・・」
「・・・何やて?」
「お願い風!来斗を・・・孝志郎を・・・」
「・・・わかった」
舞の頭に手を置いて言い、僕は西へ向かった。
「すごい嵐・・・」
窓の外を見ながらつぶやく霧江様。
膝に抱く不思議そうな顔をした玲央に寂しそうに微笑みかける。
20歳になったばかりの霞様より一つ下・・・か。
若いのにしっかりしてるよなぁ・・・と思ってその横顔を眺めていたら、俺の視線に気づいたらしい。何か?と声をかけてきた。
「あ・・・いや、なんでもないです!」
「・・・本当に?」
「はい!すいませんなんか・・・」
焦って答える俺を見て、くすくすと笑う霧江様。
「面白い方ですね、片桐隊長って」
「そ・・・そうですか!?」
19、20歳の女の子に面白いとか言われてしまった。
そりゃ・・・杏にもいつもバカにされてるしなぁ。
「だってずっとそうやって・・・直立不動でいらっしゃるんですもの」
こちらに掛けられませんか?と訊ねてくる。
特に断る理由もないし・・・隣に座り込む。
何か肩に触れる感覚があって、見ると玲央が愉快そうな顔で俺の袖を掴んでいた。
「玲央様、いけませんよ」
霧江様が慌てて言う。
「いや・・・構いません」
『剣護さんはすごいですよね』
玲央はよく言っていた。
『まっすぐで自分に厳しくて。僕にはとても真似出来ません』
楽しそうに笑いながら言う。
『お似合いですよ、一夜さんと』
『馬鹿野郎!気味の悪いこと言うんじゃねえよ!』
『そうですかぁ?だって・・・剣護さんもそう思うでしょ』
そんなことを思い出しながら小さな玲央の様子を見ていたら、すすり泣く声に気づく。
顔を上げると・・・霧江様がうつむいて涙を流していた。
「ど・・・どうしたんですか!?」
「・・・すみません、つい・・・・・・」
玲央のほうを見ると。
じっと・・・俺の瞳を見つめている。
・・・・・・俺に慰めろって言うのか?玲央・・・
大きく一つ深呼吸をして言う。
「いつも・・・こんな風に泣いてるんですか?霧江様」
「・・・・・・」
「玲央・・・心配してますよ?」
「・・・・・・そうですね。しっかりしなくちゃって・・・・・・思うんですけど・・・」
俺が膝の玲央を抱き取ると、霧江様はうずくまるようにかがみこんだ。
「私駄目ですね・・・お姉様だってあんなにしっかりしてらっしゃるのに・・・・・・」
「俺・・・学生でした、あなたくらいの年の頃」
「・・・えっ?」
「孝志郎さんや一夜の後ばっかついて回ってて・・・一人じゃ何も出来なかったんです。それが卒業していきなり勾陣隊の伍長だ!って言われて・・・混乱して」
「・・・そうだったんですか」
「珍しく一夜と揉めたりもして・・・さんざん試行錯誤して、失敗ばっかやって、落ち込んで・・・ガキの頃通ってた道場に相談に行ったんです。そしたら師匠が・・・」
『剣護は剣護でいいじゃないか』
師匠はそう言った。
『今はがむしゃらに色々やってみる時期じゃないか。まだ若いんだからそんなに何もかも完璧には出来ないさ。だけど、今困難なことに逃げずに立ち向かったってことがきっと・・・これから先の剣護を導いて行ってくれると僕は思うね』
「素敵な先生ですね・・・」
涙を拭いながら霧江様がつぶやく。
「片桐隊長は・・・どう思われますか?」
「俺ですか?・・・まぁ不器用なのは変わりませんし、霧江様に比べたらいい年して全然人間出来てませんけど・・・」
「そんなこと・・・」
「・・・けど、あの時師匠に言われたことは間違ってはなかったな、と」
「私にも・・・来るでしょうか?そう思える日・・・」
「絶対来ます!霧江様よりずっとオッサンの俺が言うんですから間違いないです」
大真面目に言う俺に、霧江様は可笑しそうに笑ってくれた。
「・・・そんなに可笑しいですか?俺・・・」
「・・・ええ」
肯定されちゃったよ。
「じゃあ・・・あれです!今度霧江様が泣きたくなったら・・・」
霧江様の前にしゃがみこんで、正面から笑いかけて言う。
「俺を呼んでください!俺何の芸もないですけど、話し相手くらいにはなれますから」
「・・・ありがとう」
にっこり笑って彼女は言った。
「・・・さて」
引き連れていた雑魚達が紺青に向かうのを見届けると、孝志郎が言った。
「どうする?来斗。お前の作戦は見事失敗に終わったわけだが・・・それでも、やるかい?」
『アロンダイト』を構える。
「・・・当たり前だ。話し合いで駄目なら・・・実力行使に出るまでのこと」
『村正』を構える孝志郎が怒鳴る。
「行くぞ!!!」
『火蜥蜴』!!!
『村正』の先端から炎が放たれる。
『閃雷』
唱えると俺の前に雷の壁が現れ、喰らいつこうとする炎を弾き飛ばした。
『アロンダイト』を真っ直ぐに天にかざす。
『紫電』!
暗い雲が覆っている空から無数の雷が束となって孝志郎に降り注ぐ。
目がくらむような閃光と大きな音、激しい振動が地面を揺らした。
「・・・どうだ?」
つぶやいて正面をじっと見据える。
激しい風雨の中、孝志郎は『村正』をかざして立っていた。
傷一つ、つけた形跡はない。
「・・・・・・なんだと?」
「・・・さすが来斗だ」
皮肉っぽく笑いながら孝志郎が言う。
「俺じゃなけりゃ・・・今のでお陀仏だっただろうな」
『震』!!!
唱えて『アロンダイト』を地面に突き立てる。
雷の柱が幾つも現れ、そこから大きな雷が一斉に孝志郎に向かって走る。
『カグツチ』!
孝志郎が『村正』を構え、振り下ろす。
『村正』から放たれた赤い光が周囲の雷を弾き飛ばし、俺の体を吹き飛ばした。
「うっ・・・・・・!!!」
地面に叩きつけられる。
焦げたような匂いが周囲を包む。
炎は打ち付ける雨ですぐに消えたが、焼けるような痛みが全身を包んでいる。
『火蜥蜴』!
倒れる俺に更に唱える孝志郎。
「ぐっ!!!」
炎は鋭い牙となって、俺の体に喰らいつく。
『アロンダイト』を構えようとするが・・・立ち上がれない。
孝志郎の目が、赤く光るのが見える。
『阿修羅』!!!
俺の周りに燃え盛る大きな炎。
「うわぁぁぁ!!!」
雨の中でも消えることのない激しい炎に焼かれる俺に孝志郎は静かに尋ねる。
「・・・どうだ?降参するなら今のうちだぞ」
激しい痛みに耐えながら『アロンダイト』を握り締める。
わかっていたことだ。
孝志郎に・・・・・・敵わないことなんて。
だが・・・・・・
「俺は・・・退くわけにはいかんのだ!!!」
『震』!!!
全身の『神力』を振り絞って、叫ぶ。
「なっ・・・!」
孝志郎を幾筋もの雷が直撃する。
倒れる孝志郎。
炎が消え、猛火から解放された体は地面に崩れ落ちる。
「・・・孝志郎・・・・・・」
なんとか上半身だけ持ち上げ、孝志郎のほうを見る。
一度倒れた孝志郎は、ゆっくりと立ち上がって言った。
「やる・・・じゃねえか・・・来斗」
孝志郎はなんとか立ち上がったものの、足元が若干ふらつくようだ。
「さすが・・・俺の幼馴染だぜ」
俺がゆっくり立ち上がるのを見ながら、孝志郎がまた言う。
「お前の『アロンダイト』・・・技一つ一つの破壊力は大きいがその分、『神力』の消耗も激しい。今のお前にはもう・・・技を繰り出すだけの力は残っていないはずだ」
俺はなんとか立ち上がり、『アロンダイト』を握りしめて体勢を低く構える。
『村正』を構え、苦い顔をした孝志郎がつぶやく。
「・・・・・・やる気か?」
「俺は・・・お前を止めなければならない」
「・・・・・・敵うと・・・思ってんのか?」
「それでも・・・・・・だ!」
『アロンダイト』を構えて孝志郎の懐に飛び込む。
『村正』に阻まれて弾き飛ばされそうになるのをこらえ、再度剣を振り下ろす。
鋭い金属音。
再び構えて突くが、避けられてしまう。
「来斗!」
動揺した様子の孝志郎に、もう一度切りかかる。
が。
「・・・うっ・・・・・・」
俺のわき腹に『村正』が突き刺さる。
どくどくと血が流れ、前のめりに倒れる。
「・・・孝・・・志郎・・・・・・」
薄れゆく意識の中、紺青へ向かおうとする孝志郎の足を掴む。
「来斗!・・・お前」
「お前に・・・紺青を・・・霞様を・・・・・・傷つけさせるわけには・・・いかない」
止めるのが俺の役目だ。
この身が・・・どうなろうとも。
そのときだ。
「来斗。孝志郎はんは・・・僕が止める」
背後から声。
「・・・愁・・・・・・」
ゆっくりと俺に歩み寄ると、わき腹の傷に冷たい石のようなものを押し当てる。
「天后隊から借りてきた。治癒能力を施した『ジェイド』の欠片や」
「都は・・・・・・」
「ああ。今すれ違った2〜30体のオンブラはぶちのめしてきたけどな、後の連中は右京達がなんとかするやろ。だからお前は・・・安心して少し休み」
「・・・藍が・・・・・・話したのか?」
「ええからもうしゃべるな!・・・ああ、そうや。舞のためにも、お前を死なせるわけにはいかへんからな」
「そう・・・だな・・・・・・頼む・・・・・・」
最初から、孝志郎に敵うなんて思っちゃいない。
あくまで愁が来るまでの足止めのつもりだった。
孝志郎と愁の力が都でぶつかり合ったら大変なことになる。だからこの西の荒野で・・・
だが、本当ならばそれは愁に話しておくべきことだ。
そうしなかったのは・・・
孝志郎と二人で話がしたかった。そして・・・
自分を試してみたかったんだ。
どこまでやれるか。
『みんな戦闘配置につけ!!!』
無線から草薙さんの怒鳴り声が聞こえる。
『西の門から無数のオンブラと、騰蛇隊隊長隊の隊士が突入して来た!応戦しろ!!!』
『右京様!霞様をお願いします!』
藍さんの声も聞こえる。
「・・・わかりました」
僕は無線に答えて背後の霞様のほうを見る。
厳しい表情で頷く霞様。
その時。
『・・・見つけたぞ、『玉』よ』
頭に響く低い声。
あたりを見回す。
「どこだ!?ベルゼブ!!!」
『・・・燕支の皇子・・・また邪魔立てする気か?』
「当たり前だ!霞様は渡さないぞ!!」
気配を感じて振り向くと、そこには。
黒い影が大きな人型を成して立っていた。
目だけが紫色に光っている。
手には黒く光る一振りのサーベル。
「お前が・・・ベルゼブか?」
『これは仮の姿・・・しかし、お前ごときにはこれで十分だ』
僕はその黒い影の前に向かって立ち、『水鏡』を抜いた。