Ep36 風
『風!風どこ!?』
幼い少女の声が呼ぶ。
薄暗い物置で読書に集中していた僕は、返事をせずに少女が通り過ぎるのを待っていた。
『ふう〜!?』
やがて半泣きになり、弱々しくなる少女の声。
やれやれ、とため息をついて本を閉じると少女の前に姿を現す。
『風!!!もぉ・・・あたし何度も呼んだのに・・・』
くしゃくしゃに顔をゆがめてすがり付いてきた少女の額に額をくっつける。
『どこかに消えちゃったのかと思ったじゃない・・・』
『ごめんごめん、ここで寝てもうてたんや』
『・・・嘘!!!』
『何で嘘てわかるん?』
『ご本読んでたんでしょ?また・・・』
ぐすんと鼻をすすって、少女は言う。
『この頃お父さんもお母さんも会いに来てくれないし・・・小春さんも忙しそうだし・・・風がいなくなったらあたし・・・一人ぼっちになっちゃうんだから』
『もう・・・』
笑って言う。
『大げさやなぁ、舞は』
『そんなんじゃないもん!!!お外は恐い大人がいっぱいなんだよ?あたし・・・』
『だーじょうぶ。舞は僕が守ったるから』
『・・・ほんと?』
『ほんとや。約束する』
涙をぐいっと着物の袖で拭うと、にっこり笑う舞。
ほっとした僕の背後から声がする。
『舞のこと守る言うんやったら・・・意地悪せんと一緒に遊んだげなあかんえ、風?』
言葉とは裏腹な、優しい包み込むような声。
・・・今日は帰り、早かったんだ。
全身を喜びが貫くような感覚に包まれ・・・幸せな気持ちでゆっくり振り返る。
『おかえり、母さん』
「浅倉隊長!!!」
天后隊の若い女医の声にびっくりして跳ね起きる。
ここは・・・風牙の病室。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
でも・・・何や?今の・・・・・・
女医が僕の肩を思い切り掴んで揺さぶる。
「浅倉隊長、寝ぼけてないで見てください!!!ねえ!!!」
必死な形相の彼女が指差す方にじっと目を凝らすと。
風牙の手が・・・動いた。
「・・・風牙!?」
「私・・・源隊長呼んできます!!!」
転がるように走り出ようとして、壁にゴツン!とぶつかる。
「・・・いったぁい・・・」
「おいおい・・・大丈夫・・・」
「何・・・事ですかぁ?騒々しい・・・・・・」
ぎょっとして二人で振り返ると、そこには。
「あ〜・・・頭がガンっガンする・・・・・・」
上半身を起こして、頭をかかえる風牙の姿。
「風牙・・・・・・」
「あれ?愁さん・・・僕・・・・・・」
ぼんやりと自分の手を見つめる風牙。
「僕・・・生きてる?」
「風牙!」
駆け寄ろうとした瞬間。
「月岡伍長!!!」
涙に潤んだ目をした女医が一足先に走り寄って、風牙を思い切り抱きしめた。
「よかったあ・・・意識が戻ったんですね・・・・・・本当に・・・よかった・・・」
彼女は感極まったようにつぶやくと、そのまま風牙の首に抱きついて号泣し始める。
「愁さん・・・なんですか?この子・・・・・・」
真っ赤な顔で彼女をちらっと見る。
「その子はお前の担当医や。お前がずーーーっと眠ってる間、この子が面倒見ててんで?感謝し」
笑顔の宇治原伍長が病室の入り口から言う。
「申し遅れました!私・・・四之宮ちかっていいます・・・私・・・大学校卒業して・・・月岡伍長が初めての患者さんで・・・・・・」
うるうるした目で風牙に言う。
「このまま目を覚ましてくれなかったら・・・どうしようって思ってました・・・・・・」
「え・・・ええ・・・・それは・・・良かったですねえ・・・・・・」
傍で見ていて恥ずかしくなるような二人のやりとりから目線をそらす。
あいつが・・・呼び戻してくれたんだろうか?風牙を・・・
自分の・・・代わりに。
「すまんな、浅倉」
「・・・何です?」
「感動のご対面・・・ちかが横取りしてもうたな」
にやにやしている宇治原伍長に、半ば呆れて言う。
「別に僕は・・・ええですけど?」
「ほぉ・・・さよか」
「ちょっと・・・愁さん!?」
廊下に出て行こうとする僕の背中越しに風牙の情けない声が響く。
しばらく歩いて中庭に出ると、僕は宇治原伍長に深々と頭を下げた。
「・・・お世話になりました」
「なんや?改まって・・・これが俺らの仕事やから」
「けど・・・ほんま・・・感謝してます。まだ・・・信じられへん」
ポケットからタバコを一本取り出して、宇治原伍長がつぶやく。
「ほんまやなぁ・・・あの様子やったら後遺症もなんもないみたいやし、ただ眠ってて目覚ましましたって感じやったもんな・・・のんきなもんやで、風牙のやつ」
「『ケリュケイオン』の・・・おかげやないですか?」
「・・・そやなぁ」
タバコに火をつけて、少し黙る。
「宇治原さん?」
「・・・ああ、そうそう」
にやっと笑う宇治原伍長。
「礼やったら、ちかにも言うたってな。あの子・・・ほんま一生懸命やってんから」
「一生懸命といえば宇治原君、ご注文の抗生物質届いてたわよ?」
背後から源隊長の声がして、宇治原伍長は慌ててタバコを隠す。
「あ・・・届きましたんや?」
「急な発注だったけどなんとか入手出来ましたからーって、業者さんから伝言」
「そうなんですか?いやぁ・・・切らしてもうててびっくりしましたわ」
「珍しい症例の・・・患者さんなのね?宇治原君の急患」
「ええと、まぁ・・・そうですねえ」
「熱心なのはいいけど、ちゃんと休養も摂ってね。倒れられたら困りますから」
「ははは・・・気いつけますわ」
「それと」
くるっと僕たちに背を向けて、終始笑顔だった源隊長が厳しい声で言う。
「院内は中庭も含めてタバコ厳禁ですから」
じゃあね、とにこやかな声を残して去っていった。
「恐い・・・人ですねぇ、源隊長って」
「・・・・・・せやろ?いつも笑ってはるから・・・余計恐いねん」
騰蛇隊舎にいると、珍しく来斗さんが現れた。
「どうなさったんですか?」
「いや・・・」
困ったような顔で隊舎を見渡すと、藍はどうしてる?と聞いた。
「どう・・・って」
「あいつならめっちゃくちゃ元気です」
草薙さんが生真面目な顔で言う。
「今は見回りに行ってますけど・・・とにっかく元気。雑用も文句言わねえで率先してやるし、人の夜勤とかまで代わってやるくらい。しかもサボって読書してるとことか最近全然見ないし・・・」
来斗さんの顔をじっと見て、断言する。
「俺・・・あいつがあんなに真面目に働いてるとこ、初めて見ました」
「・・・そうか・・・・・・」
複雑な顔で草薙さんを見る来斗さん。
「・・・ほっときましょう」
「ほっときましょうって・・・草薙さん?」
両手を頭の後ろで組んで、机に足を投げ出した草薙さんがつぶやくように言う。
「俺らの知らないところで何があったのか知りませんけど・・・あいつが今回の件に触れて欲しくないっていうのは痛いくらい伝わってくるんですよ・・・最初は全部吐いてすっきりしちまったほうがいいと思ってたんですけどね、そんな単純じゃなさそうだし・・・って」
「三日月、戻りました!!!」
明るい藍さんの声。
「あら、涼風隊長!珍しい・・・どうなさったんですか?」
「いや・・・ちょっと右京にな・・・用があって」
僕を伴って外に出ると、来斗さんは朔月邸に向かって歩き出した。
「あいつ・・・やっぱり変だ」
「『涼風隊長!』・・・って・・・言いましたよね、藍さん・・・」
いつも来斗さんだけには・・・『来斗』だったのに。
「それに・・・恐ろしく顔色が悪いぞ」
「一生懸命メイクで隠してますけど・・・クマ、ひどいですよね」
大きくため息をついて言う。
「・・・いたしかたないのかもしれんな。こればかりは」
みんなの心に深い傷を残して・・・
これから僕らは、一体どうなってしまうんだろう?
「・・・で、朔月公には、一体何を?」
一層深刻な表情になった来斗さんが低い声で言う。
「まあ・・・来てくれればわかる」
朔月邸の中庭では、花蓮様が本を読んでいた。
朔月公が読書をしている姿も度々目にするので、藍さんの読書好きは血筋なのだろう。
「あら、来斗くんに右京!どうしたの?」
「朔月公はどちらに?」
「あの人なら・・・他の二公と密談のようだけど?」
「・・・密談って、花蓮様」
「私でよろしければ・・・ご用件、お伺いしますけど?」
ちょっとためらったようだったが、意を決したように来斗さんが言う。
「『風』・・・という少年のことです」
その言葉に大きな目を更に大きく見開いて、来斗さんを凝視する花蓮様。
「あなたは以前・・・彼は死んだようなことをおっしゃいましたね?」
「そう・・・だったかしら?」
「単刀直入にお聞きする・・・彼は・・・本当は生きているのではありませんか?生きていて・・・藍と同様、当時の記憶を失っている。そして・・・」
低い声でつぶやくように言う。
「そんな彼をあなたの夫である朔月公は・・・藍と同様に名を変え、育てた」
「来斗さん!?」
ぎょっとして来斗さんの腕を掴む。
「どういうことですか!?それ・・・それってつまり・・・」
「このところずっと・・・考えていた」
黙っている花蓮様に近づきながら、来斗さんが言う。
「以前白虎がこの紺青の都を襲ったとき・・・あいつの『神力』が霞様の『神力』を一時的に上回ったことがある。そのおかげで紺青は守られ、霞様も解放されたわけだが・・・・・・そのときあいつの瞳が赤く光るのを、俺と剣護は確かに目撃した」
「・・・来斗さん?」
僕の方を少し振り返り、小さくうなずくと来斗さんはもう一度花蓮様に向き直る。
「紺青の王と韓紅の一族の娘である『小春』との間に生まれた『風』という少年、それは・・・」
迷いのない、はっきりとした声で問う。
「『浅倉愁』なのではありませんか?」
「・・・そうだよ」
あっさりと肯定した藍に、目を丸くして言葉を失ってしまう。
勾陣隊舎の裏庭の縁側に腰掛け、もうすっかり葉桜だね・・・とつぶやく。
「でも・・・剣護、よくわかったね?」
「いや・・・来斗と話しててさ・・・」
白虎との戦いの際の愁の異様な様子。
一夜の一件があってしばらく考える余裕がなかったのだが、ずっと気がかりだった。
「お前・・・覚えてたのか?」
「覚えてた・・・って言うか、思い出したっていうか・・・あの子さ、あんまり顔変わってないんだもん。それに小春さんによーく似てるしね。記憶戻ってさ、すぐにわかったよ」
「親父さんには・・・確認したのか?」
「してないよ。でも、十中八九そうだろうから聞かなくてもいいかなって思って」
「そ・・・そうか」
あまりに平然としていて、拍子抜けしてしまう。
「愁には・・・言ってやらないのか?」
ぺらぺらしゃべっていた藍の声がぴたっと止む。
「・・・藍?」
いきなりぐっと顔を近づけてきた藍。
「な!?・・・何だ?」
「それ言って・・・どうすんの?」
表情のない瞳で言う。
さっきからずっとそうだ。藍はずっと、感情のない淡々とした口調でしゃべっている。
「だってよ・・・」
「愁くんは覚えてないんだよ?何にも。それなのに・・・『あなたは子供の時、お父さんにお母さんを殺されたんですよ。そしてお母さんを殺した人間たちをあなたは殺しちゃったんですよ』って言うの?」
「・・・確かに」
酷だよな、それって。
「そんなのかわいそうじゃない。自分で思い出したんなら仕方ないけどさ」
俺の目の前から離れると、縁側に両足を伸ばして言う。
「ただでさえ悲しいことばっかりなのに、これ以上、悲しい思いしなくてもさ・・・」
足をぶらぶらさせて、つぶやく藍。
「・・・藍?」
桜の木をぼんやり眺めていた藍の目から大粒の涙が一筋、流れた。
「藍!?」
くるっと、俺のほうに顔を向ける。
「・・・何?」
「お前・・・泣いてるのか?」
え?とつぶやくと、立ち上がって大きく伸びをした。
「違う違う、これはあくび。あんまりあったかくて気持ちいいから、ついね」
にっこり笑って言う。
「じゃあね剣護、見回りに戻らなきゃ」
「おい、藍!!!」
あくびは・・・順番がおかしいだろう?
背中越しに右手を肩くらいの高さに上げて俺の呼びかけに答えると、藍は去っていった。
まるで一夜が・・・いつもしていたように。
それは俺がまだ幼くて、自分の力も境遇も何も理解していなかった幸せな頃のことだ。
俺は街で知人と立ち話をする両親から離れ、周囲の珍しい風景に夢中になっていた。
そして・・・
気づいたら赤い大きな門の前に、俺は一人で立っていた。
いつの間にはぐれたのだろう?
少し不安になりながら、その門の中に広がる賑やかな世界に足を踏み入れた。
着飾った女たちと、浮かれた様子の男たち。
俺はそれを・・・醜いと思った。
幼いながらに直感的に悟ったことは、おそらく真実に近いと今でも思う。
そんな醜い世界の中で聞いた、世にも美しい歌声。
それは近くの絢爛豪華な建物から、界隈を浄化するかのように響き渡っていた。
思わず立ち止まって、その声に耳を澄ます。
『・・・綺麗な声やろ?』
びくっとして、声の方を見る。
立っていたのは、黒髪の少年。
黒い瞳でじっとこちらを見つめている彼は、おそらく俺より年下だ。
何故こんなところに、こんな小さな子供が?
彼はその年に見合わない大人びた笑顔を作って、涼しい声で言う。
『僕の・・・母さんや』
『お前の・・・母ちゃん?』
そ、とつぶやくと、彼は手に持っていた厚い本で俺の胸をこん、と突いて言う。
『あんた・・・一ノ瀬のぼんやろ?』
『あ・・・ああ。何で知ってるんだ?』
ふっと笑って言う。
『あんたは・・・僕とおんなじやからな』
『・・・同じ?』
その時、か細い少女の声が建物の傍から聞こえてきた。
『風〜?』
彼はその声にむかって返事をすると、俺に向かって言った。
『じゃあな』
『ま・・・待てよ!!!』
俺に背を向けた少年を呼び止める。
『お前、風っていうのか!?俺とおんなじって・・・どういうことだよ!?』
立ち止まる少年。
その背後で、彼と同じくらいの年の少女が顔を出す。
黒いおかっぱ頭で、黒い瞳の少女。
『風、この子は?』
『一ノ瀬の・・・孝志郎ぼっちゃんや』
『一ノ瀬?』
『まぁ・・・舞は知らんでもええけど』
少女に優しい声で言うと、少年は振り返って言った。
『僕は風・・・十六夜風』
『十六夜・・・風・・・』
『またどこかで・・・会えるといいな』
笑ってそう言うと、少年は去って行った。
「孝志郎様、いかがなさいました?」
隊士の一人が聞く。
「ああ・・・なんでもない」
答えて立ち上がる。
舞と風・・・
ずっと忘れていた、遠い昔の記憶。
あの少年は・・・・・・
『孝志郎よ、何か考え事か?』
黒水晶が聞く。
「また・・・昔のことを思い出してた」
『・・・そうか』
「そういや、あんたとつるみだしてからだな・・・こうやって昔のこと思い出すようになったのは。おふくろのこと思い出したのも・・・確かあんたに会ったときだった」
『そう申しておったな』
それは・・・もっと幼い、俺が2歳か3歳くらいの頃のことだったろう。
半狂乱に叫ぶ女性の声。
『あの子に・・・あの子に会わせて!!!』
大人達の怒鳴り声。
周囲の物々しい雰囲気に恐れをなした俺は、屋敷の裏庭で一人遊んでいた。
そして。
突如目の前に現れた女性。
艶やかな着物に身を包んだ、美しい女性のようだったが・・・
髪を振り乱し着物も着崩れて、それに・・・・・・全身血まみれだった。
『・・・誰?』
『・・・狂志郎』
女性は俺をそう呼ぶと、血まみれの体で俺を抱きしめて言った。
『母さん・・・あなたに会いたかったわ・・・・・・』
『・・・母・・・さん?』
『睡蓮!!!』
剣を構えた兵士達が女性の背後から怒鳴る。
『孝志郎様を離すんだ!!!』
『何言ってるんです!?この子は私が・・・私がお腹痛めて産んだ子なんですよ!?』
『何を・・・訳の分からないことを言っている!?睡蓮、大人しくこちらへ・・・』
女性はもう一度俺を強く抱きしめると、冷たい表情で兵士達に近づく。
そしてもう一度俺のほうを見て、言った。
『覚えていて、あなたの本当の名は狂志郎・・・』
咄嗟に背後の兵士から剣を奪い取ると、微笑んだ。
『あなたの本当の父親は紺青の王。そしてあなたの本当の母親は・・・こうやって死んだ・・・ということを』
言うと同時に彼女は自分の喉元に剣を突きたてた。
『睡蓮!!!』
兵士達の叫び声。
ほとばしる赤い赤い血・・・・・・
返り血を浴びて意識を失う直前に俺は・・・
その光景を・・・美しいと思った。
回想を断ち切って言う。
「いよいよ・・・俺が出なきゃならねえみたいだな」
『・・・そうかもしれんな。最終兵器の復活までには、まだ時間が必要だ』
隊士たちに動揺が広がる。
背後で愉快そうな笑い声を上げたオンブラの一団を一瞥して黙らせると言った。
「あんた・・・ここで俺たちを玉砕させて、おいしいところは独り占めしようって魂胆なのかも知れねえけどな」
『・・・何を言っている』
「俺は・・・そうはいかねえぜ。知ってるだろうけどな」
俺の目が赤く光るのと共鳴するように『村正』が赤く光る。
同時に俺の体を赤い炎が包み込んで、焼け付くような熱風が吹き荒れる。
隊士やオンブラ達に動揺が広がる。
『わかっておる・・・そう興奮するでない』
黒水晶は愉快そうに言う。
『お前に匹敵する『神力』を持っているのは『玉』である霞姫のみ・・・あの燕支の王子や韓紅の娘であっても、お前の真の『神力』と『村正』の力とをもってすれば敵ではなかろう。紺青にいる人間でお前に敵う人間など・・・』
「けど・・・どうかな」
『・・・何?』
「『浅倉愁』って・・・知ってるか?」
黙っている黒水晶に向かって言う。
「まあいい。万全を期すというのならば、俺の提案は唯一つ・・・」
じっと黒水晶を見据えて言う。
「総攻撃だ」
病院を出て、六合隊舎の傍を通りかかると、隊舎から暗い顔をした藍が現れた。
「藍はん?」
はっとした顔で僕の顔を見ると、にっこり笑って言う。
「宇治原さんから連絡もらった。風牙の意識戻ったんだってね!」
「ああ・・・」
「よかったね、愁くん!」
「・・・ああ」
怪訝そうに僕の顔を覗きこむ。
「・・・浮かない顔して、どうしたの?」
何から聞いていいかわからず、とりあえず目の前の疑問からぶつけることにした。
「六合隊に・・・何か用事やったん?」
「・・・あ〜、これね!『アンスラックス』がまた壊れちゃったからさ・・・直してもらおうと思って。そしたら・・・」
寂しそうに微笑んで言う。
「鉱物と共鳴させたり、月の光に当てたり・・・色々処置しないと『神器』として修復するのは難しいって。何年かかるか、何十年かかるかわかんないけど・・・あの子はしばらくお休みってわけ」
「壊れた・・・って。いつの間に壊したんや?それ」
「・・・一夜がね」
ぎょっとして藍の顔を凝視する。
僕の動揺など知らん顔で、また笑って言う。
「まあ、私には『氷花』があるしね!十六夜舞の供養みたいな気持ちで持ってたところがあるから・・・彼女も戦って砕けたんだから、本望でしょ。そういう人だったじゃない!?」
「・・・まあな」
「そんなわけだから、後は蒼碧兄妹にお任せっ」
元気そうに歩き出す藍の背中を見つめる。
任せたよ・・・・・・って。
・・・言われてもなぁ。
しばらく黙って後をついて歩く。
「・・・まだ、何かあるの?」
思い切って言う。
「藍はん、大丈夫なんか?」
「・・・何が?」
「何が・・・って」
一夜のことに決まってるやんか。
立ち止まって、無言で振り向く藍。
その瞳は・・・涙でいっぱいだった。
来斗さんの問いかけに、しばらく黙っていた花蓮様は静かに話し始めた。
「小春はね・・・私以上に力のある子だったの。私達の一族特有の『神器』に関する力だけじゃなく『神力』も恐ろしく高かった。あの子はそれを疎まれ、一族を追われることになったんだけど・・・10歳そこらの女の子を一人で放り出すなんて、ひどいと思うでしょ?」
立ち上がって僕らに背を向ける。
「私・・・両親を幼い頃に亡くしててね、同じような境遇の小春と姉妹同然に育ったの。だからあの子のことほっとけなくて・・・私も一緒に一族を離れた」
「それで・・・紺青へ?」
「とりあえず大きな街へ行けば食べていけるかなって思ったのよ。その頃私はちょうど16歳で、たまたま通りかかった士官学校の門を叩くことにした」
「花蓮様が・・・士官学校に?」
「そう、中退だけどね」
「・・・小春さんは?」
「あの子には、こういう力以外にも特技があってね・・・」
彼女が歌うと、周囲の人が皆振り返る。
その伸びやかな歌声はどこまでも響き渡った。
その歌声を買われ、『花街』で歌うこと専門の『花姫』として働いていたという。
『花街』で評判の歌姫。
そんな彼女が王とどうやって知り合ったのかはわからないと花蓮様は言う。
「子供が出来た・・・って聞いてね。あの子は当時17だったかしら」
子供の父親を聞いて、若かりし日の花蓮様は逆上して城に乗り込んだのだった。
兵士達に取り押さえられ石作りの牢に放り込まれた私は、大声で怒鳴り続けていた。
『ここから出して!!!あの男に会わせなさい!!!』
鉄の厚い扉は、拳でいくら叩いてもびくともしない。
『あの子は私の大事な妹なのよ!?あの男とちゃんと話をさせて!!!』
外の兵士達は、私の話を全く信じていない様子だった。
当たり前といえば当たり前のことだろう。
だけど・・・
『あの子産むって言ってるのよ!?一人で産んで育てるって!あんな・・・憎い紺青の血を引く子供を・・・・・・』
韓紅の一族は度重なる紺青からの遠征軍の攻撃によって次第に数を減らしていき、やがて定住することを止めて各地を転々とすることでその攻撃から逃れるようになった。
だから幼い頃から言い聞かされてきた・・・『紺青の王は敵だ』と。
なのに・・・
『愛してしまったんやから・・・仕方ないやないの』
あの子はそう言って笑った。
『あの人が私を愛してくれていなくても・・・この子を私に授けてくれたんや?だから・・・』
その笑顔には、一片の迷いもなかった。
ぶんっ、と首を振って再度扉を叩く。
『開けて!!!ここを開けてよ!!!』
いったいどのくらいの時間が流れただろう。
突然扉が開き、黒髪に黒尽くめの服の青年が一人中に入ってきた。
『何!?』
青年はじっと私の顔を見ると、石の床に腰を下ろした。
『お前・・・名は何と言う?』
『・・・三日月・・・花蓮・・・』
黙って頭をかくと、面倒くさそうに彼は言った。
『お前・・・士官学校の生徒だな?』
『・・・・・・知ってるの?』
『以前士官学校に知人がいてな・・・名を聞いたことがある』
よく見ると青年は私よりも少し年上といった風貌だった。
の割には・・・ずいぶん老けた話し方をする。
それにこの落ち着きっぷり。
目を丸くして黙っている私などお構いなしに、参ったな・・・とつぶやく。
『先ほどからそなたの話、外で聞いていたが・・・妹というのは何と言う名だ?』
『十六夜・・・小春』
『『花姫』の、か。お前達もしや・・・韓紅の一族の者なのか?』
『・・・・・・』
しまった。
頭に血が上って怒鳴り続けていたが、韓紅の一族だと知れたら・・・きっと殺されてしまう。
無言の私に、静かに青年は言う。
『今の紺青では韓紅のことを知る人間はごく一握りだ、案ずることはない。しかし・・・』
ぐっと距離をつめる。
思わず身構えた私に、面倒そうにため息をついてつぶやく。
『・・・勘違いするな、面倒な・・・』
『・・・はぁ?』
『まあ、いい・・・・・・妹の腹の子の父親が陛下だとすると・・・それが知れたら大変なことになる。紺青では正統な王妃がお子をなした時、他の王の血を引く子は皆殺されてしまう決まりになっているからな』
『皆・・・殺し?』
『現状では、陛下ご夫妻にはお子がおられないが・・・韓紅の血を引くとなるとな・・・どう扱われるかはわかりかねる。今のところはお前のその話、王も周囲の人間も知らぬ話のようだし・・・お前の気持ちはわかるがここは妹のため、こらえよ』
『小春のため・・・・・・』
『・・・お前自身のためでもあるんだぞ?』
ぐっと拳を握り締め、怒りに震える自分を押さえ込んで頷く。
そんな私の肩に手を置いて、彼は優しく言った。
『私は朔月秋風。ここから出してやるからついて来い』
「私も三公の存在くらいは知ってたけど、彼の正体を知ったのはもうちょっと後。きっと・・・自分の母親と同じ境遇の小春を、放っておけなかったんでしょうね。そして・・・自分と同じ境遇の風を・・・」
花蓮様は静かにそう言うと、僕らのほうを見てにっこり笑った。
「久しぶりに紺青の地に足を踏み入れて、初めてあの子を見たとき・・・すぐにわかったわ。秋風はずっと私に嘘ついてたきたんだなって・・・」
「嘘・・・って・・・『風は死んだ』って・・・花蓮様もそう聞いてたんですか?」
そうよ、と笑ってつぶやく。
「でも、舞にも風にも当時の記憶がないって聞いて・・・私に余計な心配かけないように、彼は・・・全ての悲劇と全ての秘密を自分一人で背負い込むことにしたんだと思う」
寂しそうな笑顔で僕達に言う。
「このこと風に・・・黙っててはもらえないわよね?」
「・・・花蓮様・・・・・・」
「だって、こんなに苦しい過去・・・思い出さなくたって」
「・・・ですが、そうはいかないのです」
僕らのやりとりをずっと黙って聞いていた来斗さんがきっぱりと言う。
「愁と同じような力を、孝志郎も持っているのだとしたら・・・本当の孝志郎は、我々の知る孝志郎より何倍も強いということになる。孝志郎が真の力で挑んできたとき、我々の中で対等に渡り合えるのは・・・愁だけだ」
黙って来斗さんを見つめる、花蓮様。
「愁ならば・・・心配には及びません。彼はあなたが思っているより・・・はるかに強い」
花蓮様を安心させるように、にっこり微笑んで来斗さんが言う。
「私は・・・昔から彼をずっと見てきたんですから、間違いありません」
「ら・・・藍!?」
藍は意を決したように僕に飛びつくと、しがみついて大声で泣き始めた。
「愁くん・・・・・・私・・・私・・・・・・」
困ってしまって、どぎまぎしながらそのポニーテールの頭をなでてやる。
その温かさ、髪の柔らかさ・・・
懐かしい・・・?
それは僕が今まで彼女に対して抱いていたのとは、まるで違った感情だった。
『風・・・』
脳裏に響いたあの声。
泣き虫で、弱虫で、いつも僕の後をついて離れなかった。
『舞を一人ぼっちにしないで・・・』
「仕方ないなぁ・・・舞は」
口をついて出た言葉に、彼女ははっとした顔で僕を見る。
驚いているのは僕自身も同じだ。
「愁くん・・・?」
「いや・・・舞は昔っから泣き虫で、こうやってよく僕に泣きついてきてたなぁ・・・って・・・」
・・・あれ?
混乱する自分を振り切って、彼女の体を強く抱きしめて言う。
「どうでもええわ、そんなこと!・・・泣ける相手が僕しかおらへんのやったらいくらでも泣き。泣き言かていっくらでも聞いたるわ」
しばらく黙っていた舞は、か細い声で言う。
「・・・あの子ね、前の日の夜・・・・・・」
「・・・知ってる」
「・・・・・・何で私・・・止めなかったんだろう?」
涙声になって言う。
「決闘なんてどうでもいいじゃない、ここにいたら?・・・って・・・・・・どうして言ってあげなかったんだろう?あの時無理矢理にでも宇治原さんのところに連れて行ってたら、あの子・・・・・・・・・死なずに済んだかもしれないのに」
泣き崩れる舞。
「あいつの気持ち・・・大事にしたかったんやろ?舞は・・・」
「・・・わからない」
「幸せやったんやないかな、あいつ・・・」
「・・・そんなこと」
愛する人にこれほど偲ばれるのなら・・・幸せだ。
愛する人に裏切られる・・・そんな人生だってあるのだから。
鈍い頭痛に襲われる。
愛する人・・・僕は・・・・・・
思い出さなくちゃ・・・いけないんじゃないだろうか?
「・・・愁くん?」
ひとしきり泣いて少し落ち着いた様子の舞がこわごわ聞く。
「・・・ん?」
「さっきから・・・・・・どうしたの?」
ひどく心配そうな表情。
「思い出せそうなんやけど・・・」
驚いたように目を大きく見開いた後、ゆっくりと優しい声で聞く。
「・・・・・・何を?」
「それは・・・・・・」
その時。
突然、背後で炎があがる。
「何!?」
熱風の中に見えたのは、大きな赤い毛並みの獅子だった。
威嚇するように咆哮を上げるとその体から炎が起こり、周囲の民家が一気に炎上する。
焼けるような熱風の中、人々の悲鳴が聞こえる。
炎に取り巻かれながら、頭痛はひどくなっていく。
「愁くん!」
隣の舞の声が遠くに聞こえる。
『大丈夫や』
兵士達に包囲され、泣く舞に母さんは笑顔で言った。
母さんの両腕の赤い腕輪が光る。
『母さん!?』
母さんが小さく何か唱えると、周囲の雪が解け火の手が上がった。
『これは!?』
『何だ!?』
叫ぶ兵士たち。
動揺する彼らに一瞬背を向け、母さんは僕達に微笑みかけた。
『今や、二人とも・・・』
しかし、次の瞬間。
長い槍に串刺しにされた、母さんの姿。
『・・・小春さん!!!』
舞が叫ぶ。
決死の覚悟で飛び込んできた兵士の姿に気づいていなかったのだ。
『神器』を使うことは出来ても花蓮さんと違って実戦経験のない母さんには、仕方のないことだったのかもしれない。
母さんはそのまま崩れ落ちるように倒れた。
『か・・・あ・・・さん・・・?』
凝視する僕に、血の海の中に倒れる母さんはゆっくりと顔を上げて言った。
『はやく・・・にげ』
『・・・でも・・・・・・』
母さんは・・・笑っていた。
『あんたは・・・かあさんの・・・・・・宝物なんやから・・・・・・』
『母さん・・・・・・』
『生きて・・・幸せになって・・・・・・』
倒れる母さん。
そして、微動だにしなくなった。
血の海は広がっていく。
・・・・・・なぜ?
白い雪は後から後から降り積もる。
うつむいて、拳を握り締める。
『よくも・・・・・・』
母さんが何をした?
ただ一人の男を愛し、その子供を産んで・・・
愛する人に愛されなくてもいい、自分なりのささやかな幸せを得ようとした・・・
ただ・・・それだけだったのに。
『風?』
舞の声。
僕の周りの雪がみるみる解けていく。
次の瞬間、僕の体は炎に包まれる。
炎は叫び声を上げる周囲の兵士達を焼き尽くしていく。
全て・・・燃えてしまえ。
母さんを殺した、憎い兵士達も。
母さんの可哀想な亡骸も。
それに・・・僕自身も。
全部全部燃えつきて・・・無くなってしまえばいい。
『風!!!』
はっとする。
僕の体を抱きしめる、舞の姿。
その体は芯まで冷たく、僕の炎を醒まそうとする。
余計なことを・・・・・・
けど・・・
そうだ。
舞を死なせるわけにはいかない・・・
舞を守るって約束したんだ、母さんと。
血はつながってなくたって、舞は大事な・・・妹だって。
泣き叫ぶ舞の体を抱きしめる。
『助けて・・・くれたんやな、舞』
気づいたら、周囲の炎は皆消えていた。
『ありがと・・・ごめんな、僕・・・お前のこと、巻き添えにするとこやった』
気を失っている舞に微笑みかける。
『守る守るって言いながら意地悪ばっかりして・・・悪いお兄ちゃんやったな、僕』
初めて頬を一筋の涙が流れる。
『これからはずっと・・・どんなことがあっても僕・・・お前のこと守るから』
たとえ、遠く離れ離れになったとしても。
たとえ、舞が僕のことを忘れてしまったとしても。
たとえ、僕自身が・・・舞のことを忘れてしまったとしても。
絶対に・・・・・・
深い眠りに落ちるように、僕は降り続く白い雪の中に倒れこんだ。
「愁くん!ねえ愁くんってば!!!」
はっとして、舞の顔を見る。
「どうしたの!?大丈夫?」
目の前には、燃え盛る炎と赤い獅子の姿。
「舞・・・それ」
舞の腰の二本の刀を指差す。
「僕に・・・貸してくれへん?」
「何・・・言ってんの?一体・・・・・・」
戸惑いながら『氷花』を僕に渡す舞に、笑顔で言う。
「ありがと。じゃあ・・・舞は周りの人達避難させて、遠くに離れて見とき」
「・・・でも」
「ええ子やから・・・な?」
うつむいて、しぶしぶ頷くしぐさは小さい頃と全く変わらない。
彼女は、幸せだったあの頃の気持ちを思い起こさせてくれる存在だったのだ。
惹かれているのだと思っていたけれど・・・きっと、それだけじゃなかったんだ。
「・・・気をつけてね」
僕に背を向ける舞。
「一つ、聞いていいか?」
「・・・・・・ごめん、本当はずっと前に気づいてた」
僕が問うまでもなく、舞はそう言った。
「・・・そうか」
「ごめんね・・・言えなかったの」
そういう子だ・・・・・・優しいのだ、昔からずっと。
「気遣わせてごめんな・・・辛かったな、舞・・・」
「そんなことないよ!けど・・・・・・」
思い出してくれて嬉しい、とつぶやくと舞は走って行った。
「さぁて」
目の前の獅子と対峙する。
『氷花』を構える。
目を閉じる。
韓紅の血は『神器』を操る血、そして氷の力を操る血だ。
僕にも・・・出来るはず。
深呼吸すると、体の奥の奥にある冷たい気を呼び覚ます。
目を開くと周囲には吹雪が吹きすさび、『氷花』は青白く眩しい光を放つ。
「見ててや・・・母さん」
つぶやくと、獅子を睨む。
獅子は怒り狂ったように吼えると、全身の逆立つ毛から炎を撒き散らしながらこちらに向かってくる。
「風!!!」
遠くから舞の声。
大丈夫や・・・心配いらん。
交差させた二つの刀を前方に構えると、静かに唱えた。
『ダイヤモンドダスト』
『氷花』と僕の周囲の炎が一気に消え去り、同時に周囲のものが皆凍り付いていく。
襲いかかろうとしていた目の前の獅子も、瞬時に凍り付いて固まった。
「愁!」
どこかで来斗の声もする。
凍りついた獅子に、ゆっくりと近づく。
「思い出させてくれて・・・・・・・・・ありがとな!」
言うと同時に回し蹴りを一発。
獅子は粉々になって消えた。
「花蓮・・・」
庭で本を開いていると、秋風が静かに声をかけてきた。
微笑んで答える。
「お叱りを・・・受けるかしら?」
「・・・いや」
「あなたの気持ち、痛いほどわかるから・・・本当は言いたくなかったわ」
本を閉じて秋風に近づく。
「知ってしまえば否が応でも・・・あの子は最前線に立たなくてはならなくなるもの。正義感の強い子だし、それに・・・優しい子だから」
「だが・・・私の自慢の弟子だ。実力の程は私が保証する」
珍しく、優しい笑顔で秋風が言う。
「風は記憶をなくしていたが・・・あれほどの力だ。コントロールして使うことを教えておかなければ、その力が暴走したとき風は自分で自分の身を滅ぼしかねない。だから・・・」
「自分の弟子として育てたのね・・・でも二人に辛い過去を思い出させたくなくて、極力二人を遠ざけるため、舞のほうは遠くに置いた・・・そうなんでしょ?」
「・・・わかってくれるか、花蓮」
「勿論。ねえ秋風?」
「・・・何だ?」
「どんなに離れていても、どんなに辛いことがあっても・・・私、あなたを愛してよかったわ」
にっこり笑って言う私に、顔を赤くして秋風がつぶやく。
「花蓮・・・」
「何ですか?」
「風が・・・見ている」
見ると、庭の離れたところに風が今にも吹き出しそうな表情で立っていた。
「あら・・・いつからいたの?」
「だいぶ前やけど?」
いたずらっぽく笑って風が言う。
「相変わらずお二人は仲が良くて羨ましいわ。僕、花蓮さんと秋風さんにお礼言いたくて来たんやけど・・・お邪魔みたいやし出直すな」
「こらぁ!風!!!」
照れ隠しなのか、焦ったように怒鳴って秋風が言う。
「お前!いくら記憶が戻ったといえども、私はお前の師匠だぞ!?『秋風さん』などと気安く呼ぶな!以前通り師匠と呼べ師匠と!!!」
「・・・やれやれ、秋風さん、いや『師匠』は昔っから頭固いから・・・」
「こら風!今何と言った!?」
二人のやりとりを眺めながら、思わず微笑んで空を見上げる。
『子供の名前、何にしたの?』
『・・・風』
『風?変わった名前ねぇ』
笑って答える小春。
『秋風さんから一文字もらったんや。この子も・・・あの人みたいに強くて真っ直ぐな男性に育って欲しいなって・・・・・・』
『・・・そりゃ、複雑ねぇ・・・花蓮』
『・・・何で?』
『だって自分の彼の名前一文字取られちゃあ・・・ねえ。複雑じゃない?』
『夏月!あなた何言ってんのよ!?』
二人は真っ赤になった私を見て、楽しそうに笑った。
それは・・・もう二度と見ることの出来ない、大事な人達の愛しい笑顔。
「風牙!」
病室に飛び込んできたのは・・・血相を変えた周平だった。
「お前・・・目覚ましたって・・・・・・」
若干、目が赤いような気がする。
「・・・よ・・・よかったなぁ・・・・・・」
「正直・・・目覚ましたのは数日前なんだけどな・・・・・・」
眠い目をこすりながら言う。
「お前・・・心配してくれてたのか?」
「そ・・・そんなんじゃないぞ!断じてそんなんじゃ・・・」
「あらぁ、桐嶋伍長!お見舞いですか?」
周平の背後から四之宮さんの明るい声が響く。
周平が僕の衿を掴んで小声で聞く。
「おい!・・・何だ?この・・・かわいい子・・・」
「僕の担当医・・・なんだって」
「・・・お前、うらやましいぞ?」
こそこそ話す僕らにお構いなしに病室に入ってきた四之宮さんが、あら?とつぶやく。
「これ・・・月岡伍長が?」
窓のところで彼女が摘み上げたのは、薄い紙で作られた小さな折鶴。
「僕、さっきまで眠っていたので・・・」
二人で周平の顔を見るが、周平も首を振る。
「不思議ですねぇ・・・」
四之宮さんは一瞬首をかしげたが、すぐににっこり笑って言った。
「きっと・・・月岡伍長を守ってくれた天使さんが置いていったんですよ」
「て・・・」
「天使?」
目を丸くする僕らにはお構いなしに笑顔で折鶴を僕に渡すと、彼女は言った。
「さ、月岡伍長。天使さんが応援してくれてるんですから、早く元気になりましょうね!」