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Ep33 白虎(後)

愁の体をまとう炎は勢いを増し、白虎に襲い掛かる。

しかし、敵もさるもの。

二つの炎がぶつかり合い、近くに立っていると灼熱の空気にのどを焼かれるようだ。

「愁のやつ・・・ここまでの力とは」

つぶやいたその時。

白虎の目が眩しく光り、巨大な炎の塊が愁の体を包み込んで吹き飛ばした。

「愁!!!」

剣護が叫んで、民家の壁を突き破って地面に叩きつけられた愁に駆け寄る。

背中に手を沿え体を起こしてやる。

「う・・・・・・」

小さくうめき声を上げる愁。

「炎と炎じゃ・・・決着つかねえよ」

剣護がつぶやいて、『蛍丸』を抜き白虎の前に立ちはだかる。

「剣護!!!」

「・・・やってみる」

その時。

「待ち・・・」

愁が小さくつぶやいた。

「愁!大丈夫か!?」

訊ねると、ゆっくりと目を開けて静かに言う。

「ああ・・・こんなんたいしたことない」

瞳が・・・赤く光っている?

「・・・愁?」

「剣護、下がり」

「・・・けどお前・・・!?」

振り返った剣護も異変に気づき、ぎょっとした顔で愁を見る。

「僕に・・・任せてや」

「わ・・・わかった」

ごおっと炎が大きくなる。

『螢惑』の赤い光も強さを増し。

「お前なんか・・・焼きつくしたるわ」

すっ、と地面に膝をつくと、愁は両腕を広げて構える。

大きな唸り声を上げて、白虎も体勢を低くする。

そして、その巨体が飛び掛ってくると同時に愁は唱えた。

『朱雀』

背後に現れた炎は巨鳥の形を成し、愁が立ち上がりターンすると同時に白虎に猛スピードで襲い掛かって行った。

赤い炎と閃光に目がくらむ。

すべてを焼き尽くすような熱風が周囲に巻き起こり。

白虎の叫び声。

熱風の中、吹き飛ばされそうになるのをこらえながら目を凝らす。

白虎は真っ赤な燃え盛る炎の中、この世のものとは思えない悲鳴を上げて消えていった。

「・・・すげえ」

傍で腰を抜かしたように座り込んでいる剣護がつぶやく。

周囲の建物からは煙が立ち上り、焦げ臭い匂いがあたりを包み込んでいる。

「愁・・・やったな」

声を掛ける。

白虎の消えた虚空を見つめたまま立ちつくす愁の背中は何も答えない。

「愁!?」

剣護の再度の呼びかけに、ゆっくりと振り返る愁。

瞳の異様な輝きは失われ、いつもの黒い瞳が無表情にこちらを見つめる。

「・・・大丈夫か?」

問いかけに、ゆっくりと微笑む。

「何や?今の・・・・・・」

俺たちに半ば独り言のようにつぶやくと、急に全身の力が抜けたようにずるっとバランスを崩してその場に倒れこんだ。

「愁!!!」

剣護が駆け寄ってその体を揺さぶる。

何?・・・と・・・言ったな、確か。

愁自身も分からぬ・・・力?

一体・・・・・・

「来斗!ぼーっと見てねえで源隊長か宇治原さん呼んできてくれ!!!」

剣護が叫ぶ。


パキーーーン!!!

ガラスの砕け散るような音。

そして、白くまぶしい光。

「何だ!?」

目を凝らすが何も見えない。

「どうしちまったんだ一体!?」

藤堂の声。

やがてその白い光が輝きを失うと。

今まで白い巨貝があった場所には、腰まである長い黒髪の和服の少女が立っていた。

「あなたは・・・・・・」

「右京様・・・」

その声は・・・

「・・・霞様?」

頷く少女。

その憂いを帯びた黒い瞳は、確かに霧江様によく似ている。

「何故だ!?『白虎』が・・・やられただと!?一体誰に・・・」

藤堂が怒鳴る。

その時、奥の火山が鳴動しぐらぐらと地面が揺れ始めた。

「・・・何だ!?」

「おそらく・・・この洞窟の守神であった『白虎』と『金蜃』が消滅したことで、この空間のバランスが崩れたのでしょうね」

落ち着いた声で霞様が言う。

「藤堂・・・これまでです」

「くそぉ!!!!!」

勢いよくロングソードを抜く藤堂。

「俺がここで!てめーら叩っ斬ってやる!!!」

「藤堂さん!!!」

暗い紫色の光を帯びたロングソード、そして、同じように藤堂の目が紫色に鈍く光る。

声は・・・届かないのか?

「右京様・・・」

背中にぬくもりを感じる。

「助けに来てくださったんですね・・・・・・」

「ええ!草薙さんも一緒です。それに・・・外には藍さんも」

「嬉しい・・・」

涙ぐむような声。

「・・・恐かったです・・・とても」

ドーン!という突き上げるような振動が周囲を包む。

前方には依然、剣を構えたままの藤堂の姿。

大きく一つ深呼吸をして心を落ち着かせると、背後の霞様に声を掛ける。

「霞様・・・いいですか?」

「・・・何でしょうか?」

「あの石柱の向こう・・・」

僕が来た道を指差す。

「洞窟の出口に繋がっています・・・走れますね?」

「・・・ええ。でも・・・あなたは?」

「僕は・・・この人を放って置けません」

「右京様!?」

「途中に草薙さんもいるはずです。必ず後で参りますから、どうか先に」

「そんな!あなたを置いては・・・私」

非難の目で僕を見つめる霞様の両肩にそっと手を置く。

「僕は・・・大丈夫」

「何ごちゃごちゃ言ってやがる!!??行くぞ!!!」

怒鳴ってロングソードを構える藤堂。

ちらっとそちらを確認して、霞様に笑いかける。

「信じてください・・・絶対、僕は後を追います!」

辛そうにうつむいて、わかりました、とつぶやく霞様。

その肩をぱっと離すと、『水鏡』を抜いて藤堂と向き合う。

「さあ!行って!!!」

霞様が走り去るのと藤堂が切りかかってくるのがほぼ同時。

鋭い金属音がして二つの剣が交わる。

「退きやがれ橘右京!!!」

「・・・行かせるか!!!」

ぐっと刀を握る手に力をこめてその剣をはじき返すと、態勢を立て直す。

踏み込んで勢いよく斬りつける。

「!?」

一息に次々と繰り出す刀に、応戦一方となっている藤堂の表情に焦りが見え始める。

大きく一呼吸ついて、再度斬り込む。

「ぐぁ!!!」

『水鏡』の切っ先がその肩にヒットして鮮血が飛ぶ。

飛び退って距離をとり、呼吸を整える。

負傷した肩を押さえ荒い息をしている藤堂が、じっと僕を睨みつける。

「やるじゃ・・・ねえか」

「藤堂さん!・・・もうやめましょう」

「何を言ってやがる!?」

「これ以上、無為な血を流すのは・・・」

「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!!」

ロングソードが鈍く光り輝く。

『フェンリル』!!!

唱えると紫の炎が狼の形を成して喰らいついてくる。

「あ!!!」

『水鏡』を構えて応じるが、間に合わない。

「うっ・・・・・・!」

右半身に焼きつくような痛みを感じ、少し体勢を崩す。

『ムスペル』!!!

『ダーインスレイブ』が再度紫の炎に包まれると、藤堂の背後に燃え盛る巨大な炎が立ち上り僕に襲い掛かった。

「うわぁ!!!」

紫の炎に包まれ、旋風に吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられる。

「う・・・・・・うう」

「周り・・・見てみな、橘右京」

ガラッという音がして、傍の小さな岩が崖を転がり落ちていく。

その下は・・・マグマの海だ。

「甘えんだよ、てめーは・・・」

依然くすぶっている炎に小さなうめき声を上げる僕を、見下ろすように立つ藤堂。

はっとして反射的に重い体をひねる。

耳の傍で、ロングソードが地面に突き刺さる音。

「・・・面白えじゃねえか」

「どうしても・・・やるのか」

けたたましい笑い声。

「上等だよ!まだそんな寝ぼけたこと言ってやがるとはな」

少し離れて、立てよ、と怒鳴る藤堂。

「『ダーインスレイブ』は血に飢えている!あのお姫さんの後を追わなきゃならねえんだがな。まずは・・・てめえをずたずたに斬り刻んでからだ!!!」

ゆっくりと立ち上がり足場を確認する。

「・・・行かせるものか」

『ムスペル』!!!

『水無月』!

赤い光と青白い光がぶつかり合う。


『龍介!』

卒業の日。

振り返るとそこには少し顔を上気させた蔵人が立っていた。

ゆっくり笑って言う。

『・・・おめでと』

すると蔵人は少し曖昧に笑って言う。

『・・・ありがとう』

『なーんだよ、嬉しくねえのか?』

『そんなんじゃ・・・ないけどさ』

ずっと孝志郎さんに・・・『五玉』に憧れていた。

力だけじゃない、皆を惹きつけるものを彼らは持っていた。

少しでも彼らに近づきたくて・・・『恩賜の短剣』はその、一つの証のようにも思えた。

だけど・・・

蔵人なら仕方ないって思ったんだ。

ろくでもない俺のダチとは違って、蔵人はいつも真剣だった。

勉強とか、武術とか、そういう次元ではなく・・・そう。

生きるということに、真剣だった。

『正直、悔しいぜ俺も。けど・・・俺さ、お前には敵わねえよ』

『龍介・・・』

『だから、大事にしろよ!孝志郎さん達の次代ってのは、かーなり貴重だぜ?あの人達の後だから『恩賜の短剣』該当者なしなんじゃないかって噂まで流れてたんだからな』

笑って頷く蔵人。

『で、何だ?ずいぶん遠くから呼び止めたみたいだったけど・・・』

礼が言いたかったんだ、と言う。

『・・・何のだ?』

『僕・・・お前が初めてなんだ。こうやって気楽に何でも話せて、心から信頼出来る友達・・・って。だから』

ちょっと顔が熱くなって、慌てて言う。

『待て待て!そんな照れくさいこと言うなよ・・・別に今日が今生の別れってわけじゃねえんだから・・・』

『・・・だけど』

『これからもずっと・・・親友だろ?』

黙って俺を見つめる蔵人。

『だから・・・いいんだそんなかしこまった挨拶はさ!』

蔵人は、またいつもの明るい笑顔に戻って言う。

『・・・ああ!そうだな!!!』


地面がグラグラっと大きく揺れて、はっと我にかえる。

どのくらい時間が経ったんだろう・・・意識を失っていたようだ。

出血がひどいらしく、立ち上がろうとすると目がかすむ。

「・・・目が覚めたようだな、龍介」

冷たく笑う蔵人をぼんやりと見つめる。

あの日の言葉の・・・一体どこまでがこいつの真実なんだ?

けど・・・

「トドメ・・・」

「・・・何だ?」

「刺そうと思えばいつでも・・・出来たんじゃねえか?」

「・・・そうだな」

ちょっとうつむいて笑う。

「僕も・・・まだまだ甘いな」

『雷切』をこちらに向ける。

「お前なら、立ち上がると思っていた」

「・・・あぁ?」

自分を奮い立たせて『雷電』を構える。

「まだ僕は、お前に全ての力を見せていない」

「・・・んだと?」

「それで戦って勝つのでなければ・・・お前に勝つことにはならないんじゃないかってね」

『雷切』と蔵人が雷の黄色い光に包まれ、周囲をバチバチと電気がほとばしる。

「僕はね・・・お前が好きだよ、龍介」

「・・・何?」

「お前の素直で誰にでも心を開けるところ、それに誰にでも・・・この僕にさえも、心を開かせるような才能、羨ましいと思ってた。だから」

・・・来る。

「やるなら徹底的に・・・完全に息の根を止めてやる!」

『雷電』・・・頼む。

「やれるもんなら・・・やってみやがれ!!!」

蔵人が『雷切』を掲げて唱える。

『雷震』!!!

地面が大きく揺れ、大きな雷の塊が放たれる。

『ヴィッゲン』!!!

『雷電』の先端が伸びるかのように、一筋の雷が放たれる。

二つの雷がぶつかり合い眩しい光に包まれる。

蔵人の強い『神力』に押され、ずるずる後退する。

さっきまでの地震に加えてグラグラと不安定な足場。

こらえながら嫌な汗が噴き出す。

「俺は・・・」

『草薙さん!』右京の顔が浮かぶ。

『草薙伍長!』三日月と、騰蛇隊士達の顔。

そして・・・

『草薙くん!!!』

・・・槌谷。

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

『雷電』を突き刺すように渾身の力で押し出す。

視界が眩しく、真っ白になる。

思わずぐっと目を閉じる。

そして、ゆっくりと目を開いたとき。

蔵人は二つの雷の直撃を受けて、地面に仰向けに倒れていた。


百群は空気がとても澄んでいて、幼い頃の私は月を眺めるのが好きだった。

その日も丘に寝そべって月を見ていたら、突然声をかけられた。

『こんなところで何してんだ?』

そこには少し年上の、見慣れない少年の姿。

『お月様が綺麗だから・・・』

戸惑いながら言うと、横に一緒に寝そべって愉快そうに笑う。

『本当だ!きれいだなぁ』

そんな風に一緒に月を眺めてくれる人って・・・今までいなかったな。

そう思ってしばらくそのまま黙っていると、彼は急にこちらを向いて聞いた。

『お前、名前なんていうんだ!?』

『・・・・・・藍』

『へぇ、きれいな名前だな!』

ちょっと赤くなって言う。

『お父さんが・・・つけてくれたの』

『父ちゃんか!いいなぁ。この村にいるのか?』

『んーん。私を置いて・・・どこかへ行っちゃったの』

『じゃ、母ちゃんは?』

『・・・いない』

『ひょっとしてお前、一人ぼっちなのか?』

『・・・そうだよ』

全く悪意のない少年の問いかけ。

気づいたら、私は涙を流していた。

『どうした!?急に泣き出して・・・寂しいのかお前!?』

『そんなんじゃないよ・・・』

本当に、そんなんじゃなかった。

それまで寂しいなんて思ったことはなかったのだ。

おばあちゃんが亡くなったときだって、ひとりぼっちになったという実感はなくて、ただおばあちゃんがいなくなったことが悲しかっただけだった。

この静かな丘の上、明るく優しい月明かり。

その時初めて気づいたんだ、自分が一人ぼっちだってことに。

涙は後から後から流れて、どんなに頑張っても止められなかった。

そんな私のおでこに手を置く、少年。

その手は温かくて、やわらかくて、とても優しかった。

『俺さ・・・もうすぐ国に帰るんだ、親父と一緒に』

『国?』

『紺青って知ってるか?』

『・・・知らない』

『お前も・・・一緒に来るか?』

びっくりして彼の目を見る。

彼はにっこり笑って言った。

『俺、明日親父に頼んでみるよ』

『でも!でも・・・・・・いいの?』

なぜだったのか、今でもよく分からない。

私はその少年の言葉を、聞いた瞬間から自然なことのように受け入れてしまっていた。

『いいのいいの!親父きっと喜ぶからさ。よく言われるんだ、『お前みたいなやんちゃな息子じゃなくて、かわいい娘がいてくれたらなぁ』って』

くすっと笑った私に、やっと笑った、と嬉しそうに彼は言った。

『俺、孝志郎って言うんだ!よろしくな、藍』


焦げ臭い匂いに気づいて目を覚ます。

周囲には負傷して倒れる騰蛇隊士達の姿があった。

「大丈夫ですか!?」

「三日月さん・・・すみません」

「孝志郎は!?」

言葉なく指差す先に他の騰蛇隊士と刀を交えている孝志郎の姿があった。

「私たちの力では・・・」

全身に火傷を負い、うめくようにつぶやく隊士の手をしっかり握って言う。

「後は・・・任せてください」

私がふがいないばっかりに・・・

もう、誰かにこんな思いはさせたくないって思ったのに・・・

私が立ち上がるのと、最後の騰蛇隊士が『村正』の攻撃に倒れたのはほとんど同時だった。

「孝志郎!!!」

怒鳴る私の声に振り返ると、少し驚いたようにつぶやく。

「お前・・・まだ動けたのか」

『氷花』を構える。

みんな・・・ごめんね。

私が頼りないばっかりに。

でも・・・今度こそ。

『ブリザード』!

叫んで刀を大きく一閃。

吹雪は刃になって孝志郎に向かう。

孝志郎が『村正』を構えると刀の周囲に炎の壁が出来る。

その一瞬の隙に大きく跳躍して、斬りかかる。

『スノウストーム』

青白い光を纏った刀を大きく振り下ろす。

「!」

『村正』を構え、受け止める孝志郎。

二つの刀は交差して鍔迫り合いの形を成す。

「・・・やるじゃねえか」

「私も伊達に騰蛇隊にはいないのよ?隊長さん」

ぐっと刀を押し込んで一度その態勢を崩すと後方に飛び退り、構えて唱える。

『スノウイング』!

青白い冷気の塊を矢継ぎ早に繰り出す。

『火蜥蜴』!

炎が形を成した蜥蜴は大きく口を開け、冷気の塊を次々に喰らい、襲い掛かる。

『スノウストーム』!

唱えて刀をその炎の固まりに突き立てると、じゅうっと音を立てて炎は姿を消した。

「そんなに痛い目見たきゃ・・・見せてやるよ『村正』の力!」

『村正』を構える孝志郎の周りに、さっき見たのよりも大きな炎の渦が出来る。

怒るように燃え上がる炎の中。

孝志郎が叫ぶ。

『阿修羅』!!!

目を閉じて・・・呼びかける。

『氷花』・・・

刀身がまばゆい光を纏う。

その光は更に広がって私を包み込み、燃え上がる炎から私を守ってくれる。

燃え上がる炎に圧されながら・・・じっと耐える。

「うぅ・・・・・・」

「いい加減・・・・・・降参しろ藍!」

「あなたこそ・・・」

騰蛇隊士の奮闘で、孝志郎も疲労の色が濃く見える。

もう少し・・・なんとか・・・・・・

『氷花』・・・お願い。

かっ、と目を見開くと唱えた。

『ダイヤモンドダスト』!

燃え盛る阿修羅の炎は消え、まばゆい光とともに周囲を青白い冷気が包み込んだ。

「何!?」

孝志郎がその冷気に吹き飛ばされ、岩に叩きつけられぐったりと倒れるのが見える。

「・・・孝志郎に・・・勝てたの?・・・・・・初めて・・・」

つぶやいて、私は深い闇に落ちるように意識を失った。


『ダーインスレイブ』の力と『水鏡』の力はその後互いに一歩も譲ることなく、何度もぶつかり合いながら互いを消耗させるだけだった。

肩で息をしながら藤堂が言う。

「・・・やるじゃねえか」

「・・・あなたも」

「・・・けどな・・・・・・これでどうだ!?」

『スルト』!!!

突然、足元から暗紫の火柱が吹き上がる。

「うわぁ!!!」

火柱に巻き上げられ、全身を焼かれて地面に叩きつけられる。

耳元では、カラン・・・と小石がマグマの海に落ちる音。

頭上には『ダーインスレイブ』を構えた藤堂の姿。

「所詮無理なんだよ!てめえみたいなお坊ちゃんじゃな!!!」

振り下ろされるロングソード。

・・・いけない!

跳ね起きて『水鏡』を構える。

二つの刃は激しくぶつかり、眩しい光を放つ。

「てめえ・・・まだ動けんのかよ!?」

「・・・そうそう簡単に・・・」

ぶつかり合った形のまま、『水鏡』が青白い光を帯び始める。

『神力』を集中させる。

「負けてたまるか!!!」

『伊耶那岐』!!!

青白い光は一瞬で『水鏡』と僕を包みこむように広がり、そして藤堂の体を吹き飛ばした。

「うわぁぁぁ!!!!!」

岩に体を思い切り叩きつけられた藤堂はぐったりと動かなくなる。

・・・やったか。

地面の揺れとマグマの熱気は激しさを増している。

・・・・・・早く、ここを出なければ・・・彼を連れて。

近づこうとした僕に、低い声が呼びかける。

『これで・・・勝ったつもりか?』

「・・・藤堂!?」

開かれた藤堂の瞳には暗紫色の光。

・・・既に・・・操られているのか?

『見せてやる・・・『ダーインスレイブ』の力・・・俺の力・・・』

「藤堂よせ!!!」

『黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!!』

立ち上がると藤堂は『ダーインスレイブ』を高く掲げる。

『俺は最強の『神器』を得て・・・誰よりも強くなる!!!孝志郎やベルゼブよりも・・・もっともっと強大な力を手に入れるんだ!!!そして・・・俺がこの世の覇者となる!!!』

『水鏡』を構える。

『喰らえ・・・・・・ラグナロク!!!』

唱えると同時に彼の体は暗紫色の炎に包まれた。

炎の中で叫び声を上げながら・・・なお、『ダーインスレイブ』を頭上高く掲げて叫ぶ。

『死ネェ!!!!!』

地面がまたぐらっと揺れる。

『水鏡』を構えて、静かに唱える。

『水天』

僕を包む青白い光。

その光に襲い掛かるように紫の炎が周囲に巻き上がる。

マグマが周囲に吹き上がる。

全てを焼き尽くすような光景の中、紫の炎に身を焼かれる藤堂をじっと見据える。

『神器』という力を追い求め、自らを食い尽くされてもなお『神器』の力にすがった藤堂。

これが・・・『神器』に狂わされた男の末路。

・・・ここで終わらせてあげなければ。

目を閉じる。

『声を聞くのよ、右京』

花蓮様の声が響く。

以前言われたことを思い起こしてのことか・・・それとも、彼女が今紺青で僕に呼びかけているのか・・・・・・あるいは、その両方かもしれない。

霞様を・・・追わなければ。

だって・・・約束したんだから。

「『妖力』に惑わされた人間になんか・・・絶対に負けない」

『・・・そうだ』

『水鏡』の声。

『右京・・・私はお前を信じているぞ』

「・・・僕もだ」

大きく一つ、息をつき。

かっと目を見開く。

「終わりだ!!!」

一瞬で、周囲が青白い静かな光に包まれる。

紫色の炎が一気に沈静化していく。

紫の炎に巻かれた藤堂と『ダーインスレイブ』の姿は、青白い光の中に溶けこむようにして消滅した。

「・・・やった」

大きくため息をついた瞬間また地面がぐらぐらと揺れ、足元の岩がものすごい音を立てて縦に裂ける。

「・・・早く戻らなきゃ、まずそうだな」

つぶやいて、足場を確認しながらもと来た道を引き返そうとした。

その時。

また大きな揺れ。

足元で大きな音。

同時に足場が一気に崩れ落ちる。

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」


倒れる蔵人のそばにゆっくりと歩み寄る。

蔵人にやられた傷口からはまだ血が流れ続けている。

痛みをこらえながら、仰向けのまま動かない蔵人に声をかける。

「蔵人・・・」

蔵人はゆっくり目を開ける。

『雷切』が見当たらない。さっきの衝撃でマグマの海に落ちてしまったのかもしれない。

静かに言う。

「俺の勝ちだ・・・蔵人」

「・・・そう・・・・・・みたいだな」

蔵人は仰向けに倒れたまま、涙を一筋流した。

ほっとして思わず表情が緩む。

「・・・さ、帰るぞ」

手を差し伸べた瞬間。

下から突き上げるようなものすごい衝撃。

「きゃぁぁぁ!!!!!」

背後で悲鳴。

蔵人はがばっと体を起こすと、その声に向かって走る。

ダイブするようにしてかばったのは・・・人間の姿に戻った霞様だった。

「蔵人!!!」

霞様を足場のしっかりしたところに立たせた蔵人に向かって叫ぶ。

「・・・ありがとう」

霞様の言葉にちょっと微笑んで答える蔵人。

しかし、次の瞬間。

再度襲った大きな揺れに、蔵人の立っていた足場が大きな音を立てて崩れる。

バランスを崩して倒れる蔵人の手を、駆けよって思い切り掴む。

しかし・・・

出血のひどい体で、蔵人の体重を支えきれない。

マグマの海に向かって宙吊りになってしまった蔵人の体を支える体は、少しずつ崖っぷちに引き寄せられていく。

「内海さん!!!龍介!!!」

半ば叫ぶように名を呼ぶ霞様に怒鳴る。

「霞様!!!行ってください!!!」

「・・・でも!!!」

「あなたがここで死んだら・・・俺たちのここまでの苦労はどうなるんですか!?」

「・・・龍介」

「行ってください!!!そして生きてください!!!俺たちのためにも!!!」

低い声で小さく、わかりました、とつぶやいて走り去る霞様の足音が聞こえた。

カラン、と石が崖を滑り落ちる音。

「・・・っくそ・・・」

蔵人の体重を支える腕が震え始め、思わずつぶやいた俺に蔵人が静かに言う。

「龍介・・・手を離せ」

「・・・何言ってやがる!?」

「このままじゃ・・・共倒れだ。だから、お前だけでも」

「んなこと・・・出来るわけねえだろ!?」

「俺たちが死んだら・・・鈴音はどうなるんだ?」

「・・・槌谷?」

思わず蔵人の顔をじっと見つめる。

この状況の中、蔵人は静かに微笑んでいた。

「俺たちの帰り・・・待ってるんだろ?」

「・・・けど・・・だからよぉ!」

「鈴音のこと・・・頼む」

「・・・バカなこと言うな!!!」

いつの間にか俺は泣きながら叫んでいた。

「槌谷はなぁ!お前に惚れてるんだぞ!!!学生ん時からずーっと!なのに・・・お前がいなくなったらあいつ・・・」

「だから頼むって言ってるんだろ?・・・龍介。お前が支えてやってくれ、鈴音は僕の・・・」

ガラガラッと大きめの石が俺の体の横を滑り落ちていく。

それをやり過ごした後、蔵人は静かに続けた。

「明日の希望も夢も・・・何もなかった灰色の毎日の中で・・・唯一の光だったんだ」

「・・・蔵人」

「そして・・・龍介」

蔵人は、にっこり笑って言った。

「お前は僕の・・・唯一見た夢だ」

ぐっと体をひねった蔵人がパン!と俺の手を払う。

「蔵人!!!!!」

落ちていく瞬間。

あいつは確かに、ありがとう・・・とつぶやいていた。

「蔵人ぉーーー!!!!!」


体を揺さぶられ、うっすら目を開くとそこには龍介と霞様の姿があった。

「・・・霞様。ご無事だったんですね・・・・・・よかった」

「ええ・・・ありがとう。あなた達の・・・おかげだわ」

「右京様は・・・?」

二人の顔が暗くかげる。

「・・・そんな・・・・・・」

その時、洞窟の入り口のほうから歩いてくる人影が見えた。

「・・・右京様?」

つぶやいた私に、驚いて二人が振り返る。

「右京!!!」

「右京様!・・・ご無事だったんですね!?」

右京は手に持った『水鏡』をじっと見つめて、つぶやく。

「足場が崩れて、もう駄目だって・・・思ったんです。そしたら」

『水鏡』をかざして見せる。青白く光る、その刀身。

「『水鏡』の光に包まれて・・・・・・気づいたら、洞窟の入り口近くに倒れてました」

「『水鏡』が・・・・・・」

霞様がつぶやいた瞬間。

洞窟のほうから爆発音にも似た轟音が鳴り響き、洞窟の入り口が一気に崩れ落ちた。

右京の顔をじっと見つめて、霞様がつぶやく。

「・・・良かった」

にっこり笑って答える右京。

私も思わず、ふぅ・・・と大きくため息をつく。

「外では・・・一体何があったんだ?」

暗い表情の龍介が聞く。

瀕死の重傷で倒れる、騰蛇隊士と、白虎隊士。

事の次第を説明すると龍介は暗い表情のまま、そうか・・・とつぶやく。

孝志郎は・・・いつの間にかどこかへ消えてしまったらしい。

「・・・内海くんは」

「あいつ、霞様をかばって・・・・・・」

言葉を詰まらせる龍介。

はっとして、静かにつぶやく。

「・・・そう・・・でしたか」

「『鈴音を頼む』・・・だとよ」

うつむく龍介。

「槌谷にとってあいつは・・・・・・なのに・・・俺に・・・代わりが務まるわけねえじゃねえか!?あの・・・バカ野郎・・・」

すすり泣く龍介を思わず抱き寄せる。

「本当に・・・大バカ野郎だよ!!!あいつは・・・」

「龍介・・・」

「俺・・・蔵人に・・・言ってなかったのに・・・・・・『ありがとう』って・・・何で・・・何でなんだよ・・・・・・何で言わせてくれなかったんだよ!?」

号泣する龍介に・・・かけてあげられる言葉が、見つからなかった。


オンブラの一体が告げた事の次第に、小さくため息をつく。

「藤堂と・・・蔵人もか・・・・・・」

背後に人の気配。

振り向くとそこには孝志郎の姿があった。

「戻った」

静かに言う孝志郎に笑顔でお帰り、と声をかける。

「・・・・・・何がおかしい」

「え?」

「何がおかしいって・・・聞いてんだろうが!?」

『村正』を抜き、切りかかる孝志郎。

『大通連』を抜き、その刃を受け止める。

「藤堂も蔵人も命を落とした!・・・それなのにいっつもいっつもお前はそうやって・・・笑っていやがって」

「・・・人を・・・馬鹿みたいに言うんだね」

「言え!!!お前の目的は何だ!!??」

「俺の目的・・・?」

ぐっと刀に力を込めて『村正』を突き放すと、言った。

「別に、目的なんてないよ・・・面白そうだったから乗っただけ」

睨みつけたままの孝志郎に続けて言う。

「そんなこと聞かなくても分かってるだろ?・・・長い付き合いなんだから」

視線を地面に落とすと、孝志郎はぼそりとつぶやく。

「藍に会った」

「・・・そう。で?」

黙っている孝志郎に、笑って言う。

「大嫌いとかなんとか、言われちゃったわけ?」

ざくっと音がして、孝志郎は地面に刀を突き刺した。

「・・・かわいいなぁ、孝志郎」

「黙れ!!!」

彼はここに来て初めて実感したわけだ。

『袂を分かつ』・・・ということを。

「一つだけ・・・聞いてもいいかな?」

「・・・何だ?」

「覇権を手にしたら、孝志郎は・・・どうするの?あのベルゼブとかいう化け物と仲良く世界を征服するわけ?」

「そんなわけ・・・ねぇだろ」

ぐっと顔を上げ、厳しい表情で言った。

「『三種の神器』さえ手に入れば・・・あいつは用済みだ」

「そう・・・」

「俺は別に・・・紺青を潰したいわけじゃない。紺青に害を成そうとしているあいつは、俺にとっても敵だ」

・・・なるほどね。

つぶやくように孝志郎が言う。

「俺も一つ・・・聞いてもいいか?」

「駄目」

孝志郎に背を向けて言う。

お前の聞きたいことは、大体見当がつく。

「孝志郎、さっき一つ質問したろ?それで打ち切り!」

俺はそれに答えてやることが・・・出来ないからね。


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