Ep32 白虎(中)
西の空に暗雲が立ちこめ始めた。
「嫌な天気・・・」
つぶやくと、高瀬隊長が言う。
「大丈夫だよ、右京達なら・・・絶対」
そうですね、と笑って答えようとした瞬間。
無線が鳴る。
『槌谷伍長!城下にオンブラが!!!』
全身が緊張に包まれ、すぐに行く、と返事をする。
「鈴音・・・僕が行こうか?」
「いえ。隊長はここで・・・士官学校を守ってください」
敬礼して言う。
「すぐに戻ります!」
辿り着いた隊士たちの目の前には、大きな白く光る虎の姿。
「白虎・・・きっと、西の空から来たのね」
愛用の槍『隼風』を構える。
「あなたたちは下がって」
「しかし!」
「大丈夫です!『神器』を装備してないあなたたちを危険に晒すわけにはいかない」
白虎は全身の毛を白くまばゆく光らせると、大きく口を開け真っ赤な炎を吐いた。
突然のことに反応できず、全身を炎に取り巻かれる。
「うっ!・・・」
痛みにがくっと膝をつく。
「油断したか・・・」
なんとか立ち上がって『隼風』を構えなおす。
草薙くんも、右京様も、ミカさんも・・・頑張ってるんだから。
私も!
『シルフィード』!!!
槍の先端から突風が巻き起こり、白虎を包む。
突風に煽られ、地面に叩きつけられる白虎。
しかし、すぐに起き上がりこちらに突進してくる。
「何!?」
強烈な頭突きを受け、吹っ飛ばされる。
「槌谷伍長!!!」
隊士達の声。
虎の鋭い前脚に腹部を切り裂かれる。
「きゃあ!!!」
虎は後ろに飛び退ると、再度態勢を低くして、攻撃の構えをとる。
流れる血を拭いながら『隼風』を構える。
「負けられない!!!」
また大きな口を開けて飛び掛る虎に、まっすぐに槍を突きつけて叫ぶ。
『エアリアル』!!!
突風は虎の頭を貫通し、悲鳴を上げて虎は姿を消した。
「・・・やった」
がくっと倒れこんだ、その瞬間。
目の前に現れる・・・白虎の姿。
「何で・・・?」
出血に、かすむ目をじっと凝らし再度レイピアを構えようとするが・・・
どさっと、地面に倒れこむ。
「まずい・・・・・・」
なんとか・・・しなきゃ。
「槌谷悪い!遅くなった!!!」
「よう頑張ったな、鈴音はん」
頭上に響く、二つの声。
「片桐隊長・・・浅倉隊長・・・」
つぶやきながら、意識は遠のいていった。
「遅すぎです・・・二人とも」
「・・・今の、見てたか?」
問いかけると、ああ、とつぶやく愁。
「一度消滅したのが再生した・・・みたいやったな」
「もし、そうだとしたら・・・その『妖力』の供給源は何だ?」
白虎・・・といえば、西か。
二人の脳裏に浮かんだ一つの答え。
「もし、霞様が原動力だとしたら・・・むやみに叩かないほうがいいってことか?」
そんなことしたら・・・彼女を消耗させてしまうことになりかねない。
さっきより一回り大きくなったような白虎は大きな口を開け、大きな炎をこちらに放つ。
『蛍丸』を構えて水の防御壁を作る。
「これは・・・!?」
その激しい炎にずるずると後退する。
しかし・・・霞様のことを考えると、はじき返すこともできない。
戸惑う俺に、静かに愁が言う。
「剣護、そこ退き」
「けど!」
『螢惑』のはまった両腕を前方に突き出し、全身に炎をまとう。
「お前・・・さっきの話分かってんのか!?」
「ああ」
「ああじゃねえだろ!?」
「『むやみに』・・・やろ?剣護」
周囲が熱風に取り巻かれる。
「こんな化け物・・・根っこから消し飛ばしたるわ」
『火柱』!!!
大きな火柱が白虎の体を貫く。
『ギャァァァ!!!!!』
悲鳴を上げる白虎。
炎から生じた熱い風に半ば吹き飛ばされて、地面にしりもちをつく。
「・・・ってぇなぁ!こらぁ愁!!!」
「あ・・・剣護、堪忍な」
振り向いてちょっと笑って言う愁。
しかし、その体がいきなり吹っ飛ばされる。
「うっ・・・」
「愁!!!」
見ると、白虎は黒く焦げた体のまま目を真っ赤に光らせて低くうなっている。
唇を切ったらしく、にじむ血をぐいっと拳で拭う。
「おもろいやないか・・・」
にやっと笑ってつぶやく。
「ちょうどええわ・・・最近ムシャクシャしてんねん」
ごぉっと炎が燃え盛る。
『螢惑』が赤く光り輝く。
「愁・・・」
背後に気配を感じて振り返ると、そこには来斗が腕を組んで立っていた。
「来斗・・・あの馬鹿」
事情を説明すると、来斗は少し考え込んだ後言った。
「出来ないことは・・・ないだろうな」
「・・・そうなのか!?」
思わず明るい声になる俺に、だが、とつぶやく。
「愁の『神力』が・・・一時的にでも霞様の『神力』を上回れば・・・の話だが」
「・・・そんなこと」
白虎を相手に戦う愁をじっと見つめる。
「いくらあいつでも・・・出来るわけねえよ」
「・・・そうだな」
傍らに横たわる、重傷の槌谷をちらっと見て来斗が言う。
「とにかく・・・槌谷と他の隊士達、それにこの界隈の住民をどこか安全なところへ。あいつらがこの調子でやりあっていたら巻き添えを食う恐れがあるからな」
「・・・ああ、わかった!」
「三日月たち・・・大丈夫かな」
走りながらつぶやく草薙さんに大きく頷く。
「大丈夫です!絶対」
「だよな!」
洞窟内部は蒸し暑い空気に包まれていて、時折のどが焼けるような熱風が奥から吹きつけてくる。黒い岩石がごろごろしていて、奥に行くに従って次第に広がっているようだ。
急に、視界が開ける。
そこには空洞が広がり、岩石の間からは蒸気が上がっていた。
両端は崖のように切り立っており、下ではマグマが燃え盛っている。
熱い蒸気からかばうように腕で口元を覆い、マグマの海を覗き込んだ草薙さんが視線を前方に戻し、目を大きく見開く。
僕たちの前に立っていた人物。
それは・・・内海蔵人。
「やっぱり来たな・・・龍介」
「・・・蔵人」
「悪いが、ここを通すわけにはいかない」
落ち着き払った様子で日本刀『雷切』を構える内海。
草薙さんは、顔をゆがめてつぶやく。
「何で・・・だよ。蔵人」
「草薙さん・・・・・・」
「どうしちまったんだよ!!!一体!!??」
悲痛な叫び声が響く。
「俺たち・・・親友だったんじゃねえのかよ!?」
「龍介、黙れ」
「うるせえ、これが黙ってられっか!なぁ・・・何かの間違いだろ!?お前はこんな馬鹿げたことする奴じゃねえ!あんなトチ狂った隊長なんかに従うなんてよぉ・・・」
「藤堂隊長を侮辱するな!!!」
突如内海が怒鳴る。
「龍介、お前に何がわかる!?紺青の都に生まれ平和な町で育ち、何不自由もなく生きてきた・・・孝志郎様に取り入って皆から羨まれるような地位を得たお前に・・・」
「・・・蔵人お前、何言ってんだよ・・・?」
「僕は物心ついた時からずっと一人だった。生きるか死ぬかという毎日の中で、すがるような思いで士官学校に入った。読み書きもままならなかった僕が入学できたのは、この『神力』が全てだったが・・・死に物狂いで勉強して必死に武術の稽古をし、『恩賜の短剣』を得た・・・それでも」
驚愕の表情で何も言えずにいる草薙さんを睨みつけたまま、内海は言う。
「僕のように何のツテもない人間が十二神将隊に入ることは容易じゃなかった。また底辺に逆戻りしようとしていたこの僕を拾ってくれた唯一の人物が・・・藤堂隊長だ!」
「でも、だからって!!!」
黙ってうつむいている草薙さんに代わって怒鳴る。
「こんなの・・・おかしいですよ!だからって藤堂隊長に従って『オンブラ』に魂を売り、強さを手に入れたとしても・・・それで本当にいいんですか!?」
「・・・おかしいだって?」
顔を歪ませるように笑うと、内海は言う。
「僕に言わせれば・・・三日月藍のほうがずっとおかしいね。彼女の能力を見出し、今の地位まで導いたのは孝志郎様だっていうのに、その孝志郎様に刃を向けるなんて・・・・・・恩を仇で返すって言うのはまさに彼女のことだろう?」
「そんなこと!・・・彼女は彼女の正義に従っただけです。いくら恩があったって・・・自分の信念を曲げてまで従うことが正しいなんて、僕には思えない!」
「信念か・・・そう。かわいらしいことを言うじゃないか・・・」
天を仰いで笑うと、刀を構えなおして言う。
「じゃあこうだね・・・藤堂隊長と孝志郎様と運命を共にすること、それが僕の信じる道だ!何人たりとも邪魔することは許さない。紺青の国の一つや二つ、姫の命の一つや二つ・・・屑みたいなもんさ!!!」
そんな、と言いかけた僕の肩に、草薙さんの手が置かれる。
「右京・・・もういい」
「・・・でも!」
ぐっと僕の耳に顔を寄せると、小声で言う。
「あいつの後ろに・・・通路が続いてるな」
「・・・はい」
「多分藤堂と霞様は・・・あの奥だ」
ばっと僕から離れると『雷電』に手を掛ける。
「俺があいつを引き付ける。その隙にお前は、ここを突破しろ」
「でも・・・草薙さん」
内海を睨みつけて草薙さんが怒鳴る。
「大丈夫だ!!!あんな救いようのねえ馬鹿は俺が性根っから叩きなおしてやる!!!」
草薙さんは『雷電』を抜いて内海に斬りかかる。
それを内海は『雷切』で受け、激しく二つの剣が交差する。
「今だ行け!!!」
「はい!!!」
剣を交える二人の傍らを全速力で突破する。
「待て!!!」
怒鳴った内海が草薙さんのサーベルを払いのけて唱える。
『天雷』!!!
背後から強い衝撃が襲い、全身を電流が走る。
「うわぁ!!!」
前のめりに倒れ、熱い痛みが背中を走る。
背後からは草薙さんのうめき声。
どうやら、二人同時にやられたらしい。
冷静な内海の声が響く。
「行かせはしないよ、そうやすやすとはね」
『妖力』に支配された白虎隊士達の戦いぶりは目を見張るものだった。
最強の騰蛇隊士が徐々に押されていくのがはっきりとわかる。
皆六合隊から調達した『神器』を手にしてはいるのだが、如何せん・・・相手が悪い。
「皆さん!しっかりしてください!!!」
数人の白虎隊士と対峙しながら怒鳴る。
「相手は生身の人間ですけど、前から知ってる人たちですけど・・・オンブラに操られて感情がないんです!躊躇してるとこっちがやられちゃいますよ!!!」
『氷花』を構える。
右手の小太刀を天に向け、左手の小太刀は目の前の白虎隊士達に向けて。
・・・皆さん、ちょっとだけ我慢してくださいね。
『フリージングレイン』!
『氷花』が青白い光に包まれると、空が重い雲に覆われ冷たい重い雨が落ちてきた。
左手の小太刀からは冷気が発せられ、目の前の隊士たちに冷たい雨の混じる風が吹きつける。その雨粒は冷たく、隊士達に当たった瞬間に冷たく凍りつく。
周囲に降る雨粒も、落ちた瞬間に凍り付いていく。それは・・・敵味方関係なく。
悲鳴を上げる隊士たち。
半ば凍りついたようになって青ざめている目の前の白虎隊士の姿を確認していると、騰蛇隊士の怒鳴り声が聞こえてきた。
「三日月さん!!!」
「何やってるんですか!?」
「・・・ごめんなさーい!」
怯む白虎隊士達の間をすり抜けて、騰蛇隊士が一堂に集まり『神器』を構えなおす。
「負傷者が何人か・・・出てます」
「・・・みたいですね」
「けど三日月さんのお陰で・・・少しは相手の動きが封じられましたね」
「頭も冷やせたしな」
みんなの言葉に苦笑いをしながら言う。
「じゃあ改めて・・・参りましょう!」
「おう!」
一斉にまた白虎隊士に向かおうとした、その時。
凍りついた地面を溶かす、熱い炎が白虎隊士達の背後で巻き上がる。
再び悲鳴を上げる隊士たち。
「てめえら、こんな子供だましに怯むんじゃねえ!」
一喝するその声に、みなが凍りつく。
白虎隊士達を突き飛ばし、前に進み出てきたその人物・・・
全身の血が凍るような気持ちになって、つぶやく。
「・・・孝志郎」
「ううっ・・・・・・」
全身を走る痛みに耐えながら上体を持ち上げる。
吹き飛ばされた衝撃で空洞の出口付近までは到達しているようで、目の前には暗い細い通洞が広がっている。
ひたひたと近づいてくる足音。
歯を食いしばって足音のする方に向き直り、立ち上がる。
「なかなか・・・根性あるんだね、右京さん」
冷たい目で僕に笑いかける内海。
以前紺青で会った時の明るくて穏やかな彼とは別人のようだ。
「君は・・・何故こうまでして紺青に加担するんだい?」
カチっと鞘に刀を収める音。
「兄上を殺されて・・・自分の国が属国扱いされても尚、紺青を守ろうとする・・・その君の真意とは一体何だ?」
ぐっと唇を噛みしめ、態勢を低くして刀に手をかける。
ザッと地面を蹴る音がして、抜刀した『雷切』が襲い掛かる。
鋭い金属音。交わる二つの刀。
「・・・大事な人達を守るためです」
刀に力を込めて一度後退し、斬りかかる。
再度交差する刀。
「大事な人?」
「僕は紺青に来て沢山の人に出会いました、そして沢山の人の思いを知った・・・僕が守らなければならないのは自分の国の人々だけじゃない。紺青とその他多くの国の人々、それらの人々のために一生懸命戦っている十二神将隊の人達。そして・・・」
内海の刀をはじいて、突きを繰り出す。
鋭い金属音がして、その突きも刀で回避されてしまう。
「そんな全ての人々を守りたいと心を痛めている、霞様を守るためです!」
驚いたように目を見開いて、にやりと笑う内海。
「へえ・・・立派なものだね」
ぐっと姿勢を低くしたかと思うと、そのまま素早く刀を繰り出す。
次々に繰り出される攻撃は速さと破壊力を兼ね備えている。
内海蔵人・・・なかなかの剣士のようだ。
「そんな綺麗事を本当に信じてるとすれば・・・君は相当な愚か者だね」
「愚かなのは・・・あなたでしょう!?」
ひときわ大きな金属音がして、『水鏡』が内海の刀を思い切り弾き飛ばした。
刀を放すことはなかったが、激しい衝撃を受けた腕をかばうように後退する。
「僕が・・・愚かだって?」
「・・・・・・槌谷さんのことです」
「・・・・・・鈴音?」
「彼女は・・・あなたを信じて、あなたの帰りを待ってるんですよ!?」
内海の表情が少しゆがむ。
「草薙さんだって・・・」
ちらっと草薙さんが倒れていたところを見る。
すると。
草薙さんは意識を取り戻したようで、ずるずると体を地面に引きずりながら内海の背後に近づいていた。
内海はまだ・・・気づいていない。
勘づかれないように平静を保ちながら言う。
「・・・二人はあなたとすごく沢山の時間、苦楽を共にしてきた大事な仲間なんじゃないんですか!?離反したあなたのことだって、ずっとずっと心配してきた・・・そんな仲間を悲しませるなんて・・・」
「・・・やっぱり、君は何もわかっちゃいないな」
「・・・何ですって!?」
「彼らに僕の何がわかる・・・さっき聞いててわかったろ?何不自由なく、幸せに暮らしてきたあいつらに・・・地獄のような毎日を、今日とも明日ともつかない毎日を送ってきた僕のこと、理解出来るわけがないだろう?・・・鈴音だってそうさ」
嘲笑ぎみに言う。
「所詮、住む世界が違う・・・そういうことだよ」
「・・・・・・てめえいい加減にしやがれ!!!」
草薙さんがいきなり内海の両足に背後からタックルをかける。
倒れる内海。
「龍介!?」
「行けぇ右京!!!今だ!!!」
『水鏡』を鞘に収め、大きく頷く。
「龍介!離せ!!!」
「死んでも離すかこの野郎!!!右京!!!」
「・・・はいっ!!!」
もみ合いになっている二人に背を向け、僕は暗い通洞を走り出した。
「藍・・・久しいな」
笑って呼ぶ、懐かしい声。
まさか・・・こんなところで。
「何だ・・・動揺してるのか?」
ぶんっ、と首を振って言う。
「違う!!!」
隠そうとしても隠し切れない動揺が、きっと孝志郎には分かってしまっている。
多分私だけじゃなく、他の隊士達の動揺も・・・。
笑顔のまま、こちらに手を差し伸べて孝志郎が言う。
「藍・・・来いよ」
「何・・・言ってるの?」
「お前は、俺の傍にいることで一番お前の能力を発揮できるんだ・・・違うか?」
「馬鹿なこと・・・言わないで」
「俺がいない間、大変だったみたいだな。お袋さんのこととか、『十六夜舞』のこととか・・・けど大丈夫だ、お前には俺がついてんだから」
「黙りなさい!!!」
自分を奮い立たせるように怒鳴る。
「つれねーな・・・まぁいい。お前たちはどうだ?」
背後の騰蛇隊士達に語りかける。
「孝志郎様・・・」
「龍介の下じゃ、色々苦労も多かっただろう。どうだ?この際俺の下で・・・」
「戯言もいい加減にしなさい!孝志郎!!!」
「三日月さん・・・」
心配そうにつぶやく隊士に、大きく一つ深呼吸して笑顔で言う。
「大丈夫、ここは・・・私に。皆さんは残った白虎隊士をお願いします」
「・・・わかりました!」
騰蛇隊士達は孝志郎の背後の白虎隊士達に向かっていき、火口の洞窟前には私と孝志郎だけが残る。
「どうしても・・・って言うんだな、お前」
呆れたように笑って天を仰ぎ、きっ、と私に強い視線を向けて言う。
「じゃあせめて・・・そこをどけ」
孝志郎を睨みつけたまま、返事をしない私に畳み掛けるように言う。
「お前と戦うつもりはねえ、俺が用のあるのはそん中にいる・・・龍介と右京だ」
ふっ、と笑うともう一度言う。
「な、いい子だから・・・どいてろ、藍」
大きく一呼吸。
「どけっつってんだろ!!!」
「嫌!!!」
『氷花』を構える。
「藍!!!」
「あなたの言いなりになんか・・・なるもんですか!!!」
『神力』を集中させると、周囲を青白い冷気が包む。
「孝志郎なんか・・・」
光る『氷花』を中心に吹雪が吹きすさぶ。
「大っ嫌い!!!」
『ダイヤモンドダスト』!!!
放った青白い吹雪の塊は猛スピードで孝志郎に襲い掛かる。
『カグツチ』!
仕方なさそうに抜刀すると同時に孝志郎が唱え。
炎が渦を巻いて吹雪にぶち当たる。
その衝撃にあおられそうになり、ぐっと地面を踏みしめて歯を食いしばる。
二つの相反する力は拮抗して中央でぶつかり合ったまま動かない。
「うう・・・・・・」
『神力』を維持するために全神経を『氷花』に集中させる。
しかし。
『藍!』
ふっと頭をよぎったのは、幼い日、初めて出会った孝志郎の優しい笑顔。
はっとした瞬間。
拮抗しあった二つの光が目の前に迫っていた。
「きゃぁぁぁ!!!!!」
右京の姿がだんだん小さくなっていき、通洞の闇に消えていくのを確認した後、しがみついていた蔵人の足を離して立ち上がる。
蔵人も立ち上がり衣服の埃を払って、じっとこちらを見た。
「・・・やってくれたな」
「・・・ああ、当然だ」
「こんな泥臭いやり方・・・ほんと龍介らしいな」
「・・・なんとでも言え。とにかく」
びしっ、と蔵人の顔を指差して宣言する。
「お前はぶん殴ってふん縛ってでも紺青に連れて帰る!それが槌谷との約束だからな!」
にやりと笑って蔵人がつぶやく。
「・・・やってみな」
言うと同時に繰り出される『雷切』。
『雷電』を抜いて応戦するが、次々に繰り出される刃についていくのが精一杯だ。
・・・まずい。
『天雷』!!!
蔵人が唱え、刀の先から雷がほとばしる。
「!」
はっとして『雷電』を構える。
バチバチバチ!!!と火花が散って、ズズズ・・・と後退する。
「・・・っぶねぇ」
「やるじゃないか龍介・・・・・・だけど」
再度唱えて蔵人が刀をこちらへ向ける。
「これでどうだ!!!」
さっきよりも大きな雷。
バチーン!!!と大きな音がして『雷電』が弾かれ、雷が体に直撃する。
「うわぁぁぁ!!!」
地面に叩きつけられ、ブスブス・・・と焦げたような音と匂いに包まれる。
立ち上がろうとするが・・・体が痺れて容易にならない。
「く・・・そぉ」
「こんなのまだまだ序の口・・・さあ立て!」
近くに転がる『雷電』を引き寄せ、立ち上がる。
蔵人とこうやって戦うのなんて・・・学生の頃以来か。
『天雷』!!!
『タケミカヅチ』!!!
二つの雷がスパークする。
渾身の力を込めて押すが・・・びくともしない。
蔵人のほうはまだまだ余裕の表情。
「・・・行け!」
『雷切』の雷が勢いを増す。
「何!?」
押し返された分と合わせ、二つの雷が一気にこちらへ逆流する。
激しい衝撃音。
「ぐ・・・ぁ・・・・・・」
声にならない声を発して、膝からがくり、と倒れこむ。
頭上に立ち、冷たい目で俺を見る蔵人。
「どうした・・・もう終わりか?」
「くっ・・・・・・」
あの頃だって・・・全く歯が立たなかったんだ、蔵人には。
約束したってのに・・・三日月にも、右京にも・・・・・・槌谷にも。
「そうだ、少し・・・昔話をしてあげよう」
冷たい表情のまま、蔵人がつぶやく。
あの日、どの隊からも門前払いに近い扱いを受けていた僕に声をかけた藤堂隊長。
『おい、お前・・・』
自分のことと気づかず、通りすぎそうになった僕の肩を思い切り掴む。
『聞いたぜ、内海蔵人!今年の最優秀生なんだってな』
じろっと彼を睨み、そうですが・・・とつぶやく。
僕の敵対的な態度など意に介さない様子で、笑って言う。
『そう恐い顔すんなよ!どうだ、白虎隊に来ねえか!?』
当時は一介の隊士でしかなかった藤堂隊長。
『私は・・・以前白虎隊には不要と、お返事をいただきましたが』
『あんなウツケの隊長どもが言う事など気にするな!あいつらは俺が倒すんだからな!』
言葉無く見つめ返す僕に、愉快そうに藤堂隊長は言う。
『お前身寄りがないんだろ?何のコネもねえ人間が急に十二神将隊へっつうのはなかなか厳しいからな・・・なんせ今の隊長どもがそういう頭の硬え、ろくでなしばっかなんだよ!』
『・・・しかし』
『俺が変えてやるんだよ!あんな腑抜けどもはとっとと追い落としてな・・・孝志郎様をてっぺんに据えた、新しい、強い十二神将隊を作るんだ』
新しい・・・十二神将隊?
『お前の同期の草薙龍介って奴が騰蛇隊に入ったろ?』
『・・・はい』
苦々しい顔で返答する僕を愉快そうに見て、言葉を続ける。
『あいつを伍長に据え、孝志郎様は総隊長に就任するおつもりだ。俺もそろそろ・・・こんな窮屈な立場から脱して、でかいことが出来る地位にのし上がってやるぜ』
『そんなこと・・・何故私に?』
『目だよ』
『・・・目?』
『お前は大衆の前じゃ猫を被って穏やかな好青年を演じてるみてえだがな、こうやって・・・その化けの皮一枚剥ぐとどうだ!?そういう好戦的な目の奴ぁ、この平和な紺青になかなかいねえよ』
気に入った、と笑う。
『どうだ、俺の下で働いてみねえか!?しばらくは隊士にとはいかねえが、俺は機を見てあの馬鹿隊長を追い落としにかかる。晴れて目的を達したその暁にはお前を伍長に据えてやろう、どうだ!?悪い話じゃねえだろ』
彼の言葉がどこまで信憑性のあるものかは正直わからなかった。
それでも他になす術のなかった僕は、藁にもすがるような気持ちで彼の言葉に乗り、様々な場面で暗躍した。彼の言葉は口から出任せなどではなかったようで、元々高い能力を持っていた彼が隊長となるのにはその後一年とかからなかった。
そして、白虎隊の伍長として働き始めたある日のこと。
『お前か、龍介の代の『恩賜の短剣』は』
隊舎で雑務をこなしていると、入り口で声がした。
『孝志郎さん?』
『へぇ・・・お前、俺のこと知ってんのか?』
『当たり前じゃないですか!?あなた方『五玉』は超有名人でしたから!』
笑顔で言う僕に、彼は言う。
『藤堂に拾われて・・・ラッキーだったな』
この人は・・・知ってるのか。
動揺する自分を抑え、いつも通りの人懐こい笑顔で応じる。
『ええ!おかげさまで・・・』
『野心があるってのは、いいことだ』
『野心・・・ですか?』
笑って言う僕をじっと見据え、思いもよらないことを言う。
『お前・・・自分と龍介の一番の違いは、何だと思う?』
『僕と・・・龍介?』
表情を硬くして黙り込む僕に、彼ははっきりと言い放った。
『端的に言えば野心家かどうかってとこだろうな。あいつは人を信じすぎるし、現状に満足してそれ以上のものを望まねぇんだ・・・親の教育がよかったんだろうな、きっと』
ちょっと笑って言う。
『・・・たとえば俺を倒して総隊長に・・・なんて絶対に考えない奴だよ、龍介は』
『・・・だから・・・・・・龍介を選んだ?』
『・・・逆を言うと、お前さんを選ばなかったんだよ。恐えからな、お前の目』
はっとする。
楽しそうに笑って言う。
『のし上がって来いよ、蔵人!・・・ゆくゆくは藤堂なんかぶちのめして、白虎隊を自分のものにしてみろ。お前の望むもの・・・お前自身の力で手に入れるんだ。俺は・・・そういう人間が好きだぜ』
「孝志郎さんが・・・・・・」
そうだよ、と笑う蔵人。
「・・・悔しいかい?」
「・・・さすがだな・・・やっぱり・・・・・・」
「・・・何だって?」
「正直、若干ショックではあった。けど・・・そういう人だってわかってなきゃ、こんなとこまでついて来ねえよ。あの人の夢は俺の夢だったんだ・・・それが・・・」
『雷電』を渾身の力を込めて掴む。
「一体いつの間に、違っちまったんだろうな・・・・・・」
蔵人が突如大声で笑う。
「・・・何がおかしい?」
「いや、なんてかわいいんだろうと思ってさ、龍介は!・・・・・・素直でうらやましいよ」
ゆっくりと、体を起こしながら言う。
「今の俺は・・・てめえや孝志郎さんの・・・歪んだ正義には賛同出来ねえからな・・・」
立ち上がって『雷電』を構えて怒鳴る。
「俺には守らなきゃならねえものがある!外で待ってる騰蛇の奴らは俺を信じて戦ってんだ!!こんなところでくたばるわけにはいかねえんだよ!!!」
「・・・本当に真っ正直で・・・かわいいな、龍介は」
『雷切』を構え、冷たく笑う。
「そのかわいらしい正義をぶち壊すのは・・・さぞかし愉快なことだろうね」
「・・・出来るもんならやってみやがれ!!!」
『雷電』から雷光がほとばしる。
目を閉じる。
迷いよ、去れ。
頭上に『雷電』を高く掲げる。
『タケミカヅチ』!!!
『天雷』!!!
まぶしい雷光がスパークする。
バチバチという激しい音。
ズルズルと足が後退する。
・・・押されている。
束を握る手に力を込める。
ぐいっと、前に押し出す。
「・・・・・・行けえぇぇぇぇぇ!!!!!」
その瞬間『雷電』の雷光が強さを増し、蔵人に向かって一直線に走る。
バチン!という大きな音と閃光。
「・・・うっ!!!」
目が慣れると、そこには倒れた蔵人と『雷切』が転がっていた。
「・・・やったか」
つぶやくと、がくっと膝の力が抜ける。
「・・・蔵人」
なんとか体勢を保って、ずるずると体を引きずるように蔵人に近づく。
「・・・・・・うぅ・・・・・・」
うめく蔵人に手を差し出す。
「・・・大丈夫か?」
少し上体を起こしたまま、静止する。
「・・・蔵人?」
「・・・甘いな、龍介」
蔵人の声。
俺はいつの間にか蔵人の手に戻った『雷切』に腹部を貫かれていた。
ほとばしる血・・・
「・・・な・・・・・・」
立ち上がる蔵人とほぼ同時に、俺はその場に崩れ落ちた。
通洞をひたすらに走る。
その奥にはマグマ溜まりでもあるのか、奥からは肌を焼くような熱風が吹きつけてくる。
・・・草薙さん・・・藍さん・・・大丈夫だろうか?
けど・・・他人の心配をしている余裕はない。
突然視界が開ける。
目の前にはうず高く積まれた火山岩。
その上に、巨大な白く光る二枚貝のようなものが硬く口を閉ざして乗っていた。
「・・・何だ!?」
足場の下ではマグマがグラグラと音を立てており、熱さに顔をしかめながらつぶやく。
その時、頭上に殺気を感じて『水鏡』を構える。
鋭い金属音が響き、目の前にはロングソード『ダーインスレイブ』で斬りつける藤堂の姿。
「・・・やはり、あなたか」
「・・・ったく、蔵人のやつ・・・・・・」
眉間に皺を寄せてつぶやく。
『ダーインスレイブ』を払い、斬り返しの一撃。
また二つの刃が激しく交錯する。
束を握る手にぐっと力を込めて彼を睨みつける。
「・・・霞様はどこだ!?」
「あぁ!?」
「ここにいることはわかってるんだ!」
「・・・そうかい!」
『ダーインスレイブ』が横に一閃する。
『水鏡』で払いのけ、後ろに跳び退る。
白い巨貝が視界に入る。
あの大きさ・・・人が一人くらいは入りそうな・・・
僕の視線に気づき、藤堂が満足そうに笑って言う。
「・・・気づいたか!?」
「・・・まさか」
「あれは『白虎』の従神『金蜃』だ。中の人間の『神力』を吸い取り、『白虎』の動力とする・・・霞姫ならば、うってつけの動力源てわけさ」
「『白虎』・・・それは今、どこに!?」
「さぁなぁ・・・今頃は紺青の都に到着して一暴れしてるんじゃないか?」
「・・・紺青?」
驚愕の表情を浮かべる僕を愉快そうに見る藤堂。
「何てことを・・・」
「そうだな・・・・・・霞姫もお可哀想なもんだぜ、自分の力で自分の民を皆殺しにしちまうんだからなぁ!」
体勢を低くして、『水鏡』を構える僕に藤堂が言う。
「おっと待ちな!・・・俺は『金蜃』に指示を与えることも出来るんだぜ?」
藤堂がゆっくりと左手を水平にかざすと、『金蜃』が白く眩しく光る。
中から・・・霞様の悲鳴。
「やめろ!!!」
『ダーインスレイブ』を構えなおし、僕に向かって冷酷に笑う藤堂。
「じゃあ・・・無駄な抵抗はやめて、おとなしく『ダーインスレイブ』のサビとなるんだな」