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Ep30 総隊長

十二神将隊の役職者の中に、初めての本当の死者が出た。

その知らせは大きな衝撃を持って都にもたらされた。

力哉さんの葬儀が終わると宗谷隊長はまた北へと帰っていった。

紺青の都は緊張感が漂いながらも、日常を取り戻しつつあった。

「似てましたよね・・・」

「えっ?」

騰蛇隊舎で報告書を書いていた藍さんがぽつり、とつぶやいた。

「何がですか?」

「力哉さんと杏」

・・・ああ。

「ほら、力哉さんて前髪がすっごく長くて重くて。目元の感じとかよくわからない雰囲気だったじゃないですか?」

ペンを走らせながら藍さんは言う。

「改めて思ったんです、やっぱり・・・杏のお兄ちゃんだったんだなって」

すごく優しい微笑みを浮かべていた力哉さんを思い出す。

「悲しいですよね・・・そんなのって」

つぶやく僕に、でも仕方ないです、と言い切る藍さん。

びっくりして見ると、手を止めて壁の一点を見つめ厳しい表情をした藍さんの姿。

「こうなってしまったからには・・・仕方ないんですよ」

自分に言い聞かせるように、一つ一つの言葉を口に出しているようだった。

「例え相手が孝志郎でも・・・私は、倒さなきゃならないんです」


「総隊長は、空きのままいくことになるのか?」

図書館に愁と剣護が現れ、急にそんなことを言い出した。

「何故、俺に聞くんだ?」

「いや・・・十二神将隊の参謀はお前やし・・・」

「俺がやる、というのか?」

ありえん、と首を振った。

「天空隊長はそもそも総隊長の補佐役兼監視役を担うことになっている。俺が総隊長になってしまったら意味を成さないだろうが」

「じゃあ・・・誰がやるんだ?」

3人の脳裏に浮かんだ答えは、おそらく同じだっただろう。

「あいつ・・・なんであんなに役付になるのを嫌がるんだ?」

剣護の言葉に俺は首を振って答える。

「何回も聞いてみたんだがな・・・明確な答えが返ってきたためしがない。あれだけ頑なに拒否するところを見ると、多分はっきりした理由があるとは思うんだが・・・」

愁?と声をかけると、動揺した様子で答える。

「何や!?急に・・・」

「いや、別に。けどお前・・・・・・何か知ってるのか?」

「な・・・何言うてんの!?僕が知ってるわけないやろ!」

ぎこちなく笑って、そろそろ行くわ、とその場を立ち去った。

ガツン、とどこかの本棚にぶつかる音を残して・・・

「あいつ・・・知ってるな」

「・・・ああ」


「こんにちはーーー!!!」

明るい声で言って扉を開けると、ぎょっとした顔で隊士達が私を見た。

「い・・・いらっしゃい杏」

「今日は一段と・・・元気だねえ」

「そう!?いつもこんなもんよ」

剣護は?と聞くと今外出中とのこと。

・・・なんだよ、こんなときに。

お兄ちゃんの葬儀が終わって、初めて顔を出す勾陣隊舎。

最初が肝心だと思って気合入れてきたのに・・・

「ま、いいや。じゃあ今日もご指南よろしくお願いします!」

にっこり笑って言う。

「もう稽古始めて・・・大丈夫なのかい?」

気遣うように言う隊士達。

「もう・・・って・・・・・・だーいじょうぶだいじょうぶ!ご心配なく」

彼らの戸惑った視線が痛い。

早く慣れなきゃと思いながらにこにこしていると、背後から声がした。

「杏じゃねえか」

剣護の姿。

「剣護!もう・・・どこ行ってたのよ!?」

「来斗んとこ。それよりお前・・・」

じっと私の顔を見つめる剣護。

・・・何?

「稽古さぼってただろ?」

少し眉をひそめて言う。

「何で・・・そう思うの?」

「少し太った」

・・・・・・はぁぁぁぁ?????

ぽかーんとしている他の隊士達を尻目に、剣護は道場に向かいながら言う。

「稽古つけてやるからついて来い。体重が少し変わるだけで筋肉が少し衰えるだけで、身のこなしは全っ然変わっちまうんだかんな。一流の剣士志してるんなら気をつけろよ?」

いつもと全然変わらない様子の剣護。

気づいたら私はぼろぼろ涙を流していた。

「杏!?どうしたんだ!!??」

「もうー・・・剣護さんが女の子に太ったなんて言うから・・・」

「大丈夫か杏!?全然そんなことないから気にするな?」

隊士達がばたばたと駆け寄ってきて言う。

「大・・・丈夫」

涙は止まらない。

「なんだか・・・安心しちゃって・・・」

そっか、と嬉しそうに笑って剣護が言う。

「よかった。やっといつもの杏の顔になったぜ」

え?

「お前最初強ばってすげえしんどそうな顔してたからさ。ちょっとからかってみたんだ!・・・・・・でも」

頭を掻きながら照れたように笑う。

「下手なんだよな俺こういうの。一夜だったらきっともっと上手くやるんだろうな」

「そんなことない!」

流れる涙を拭って笑う。

一夜隊長みたいになんかならなくていい。

剣護は剣護だよ。

「何だよ?何か言いたげだなぁ」

「なんでもなーい」


「隊長連から、総隊長にあなたを・・・という声が上がっているの」

霞様に呼び出されて開口一番そう言われた。

大きくため息を一つついて、きっぱりと言う。

「お断りします」

「そう言うけれど・・・他に適任な人っていっても・・・」

「右京様はいかがですか?」

困ったような表情で言う。

「彼は・・・十二神将隊のこと、実務的なところでは何も知らないでしょう?」

「あなたは一ノ瀬隊長の補佐をしていたから、スムーズに任務につくことができるのではないかと思って・・・それもあなたを推す理由の一つなんですって」

ちいちゃな玲央を膝に抱いて、霧江様も言う。

「あなたは聡明だし強いし、隊士達の信頼も厚いわ。ずっと思っていたの、あなたがもっと上の役職についてより力を発揮してくれたらって」

ずん、と体が重くなる感覚に陥る。

「私には・・・荷が勝ちすぎます」

「藍?」

「本当に申し訳ありませんが・・・」

深々と頭を下げて言う。

「誰か他の方を・・・探してみてください。その方に対する協力は惜しみませんから」


空がうっすら暗くなり始めた頃、街を歩いていて藍に気づき声をかけた。

深刻な顔をしていて、僕には気づかない様子で通り過ぎていく。

「藍はーん!」

びくっと全身を硬くして振り向く藍。

「愁くん・・・何!?何か用!?」

「いや・・・特に用はないんやけど・・・・・・」

どうした?と聞くと、曖昧に笑ってごまかそうとする。

「ここでは何やし・・・どっか人のいないとこ行こか」

「・・・何で?」

何故か動揺して答える。

「いや!!ここじゃ話しづらいやろなぁと思って!決してやましいことはないで!?」

「そんなこと・・・わかってるけどさ」

「前に言うたやろ?何でも話してな・・・って」

はっとした顔をして、聞いてくれるの?とつぶやく。

一ノ瀬邸のすぐ傍の小高い丘に辿り着くと、藍はしゃがみこんでつぶやいた。

「聞いた?総隊長の話・・・」

「・・・ああ。けど、正式な打診があったわけやないんやろ?」

「愁も言ったの?私がいい・・・って」

大きく首を振る。

「藍はんの気持ち・・・よう判ってるつもりやから・・・」

『もう絶対に、こんな思いはしたくない』

あの時の言葉を思い出す。

「けど・・・」

意を決して言う。

「今までは・・・孝志郎はんの背中に隠れてたらそれで済んでたんやろうけど・・・これからはそうはいかんのやし・・・・・・」

分かってるよ、とつぶやく彼女。

「『五玉』って・・・やっぱり他の隊士からも特別に扱われるやんか」

「そうなんだよね・・・霞様たちも・・・そうだし」

傍の雑草をぶちぶち抜きながら言葉を続ける。

「先輩の主だった人達はみんな役付だし・・・龍介や鈴音ちゃんだって一個下であんなに立派に頑張ってるし・・・うんと下の周平くんや・・・風牙だって」

「うんと・・・て言うても風牙と藍はんは年一個しか変わらへんかったやろ?確か・・・」

でも年じゃないし・・・とつぶやく。

「左右輔さんに言わせれば・・・きっとこれも孝志郎の特別扱いなんだよね・・・」

言いながらだんだん気が高ぶってきているのが隣にいてわかる。

「大丈夫か?藍は・・・」

「孝志郎のばかーーー!!!!!」

ぎょっとして藍の顔を覗き込む。

「一夜のばかーーー!!!!!」

「藍はん・・・ご近所迷惑やから・・・」

「孝志郎も一夜も大っっっ嫌い!!!!!こんなことになるんなら友達になんかなってやらなきゃ良かった!」

両手拳を握り締めて怒鳴る。

「今度会ったら絶対絶対絶っっっ対!!!口きいてやんない!!!!!」

『二人は敵なのだ』

それを何回心の中で繰り返しただろう。

僕も来斗も剣護も・・・それに藍も、みんな同じ気持ちだっただろう。

でも・・・

「藍はん!」

肩に手を置く。

「何!?」

思わず笑顔になって言った。

「僕も・・・同感や」

そうそう簡単に・・・割り切れるものではない。


月明かりに照らされて、青白く光る横顔。

僕の視線に気づいて振り返り、何?と笑顔で尋ねる一夜さん。

「藤堂隊長から・・・手筈が整ったと」

「そっか、ご苦労様。いよいよ正念場だね」

楽しそうに笑う。

力哉さんがいなくなったばっかりだというのに・・・この呑気な様子はどうだ。

この人はいつも窓際で頬杖をついて、一体何を見ているのだろう。

蔵人、と声をかけてくる。

「お前は・・・死ぬのが恐い?」

「えっ・・・?」

力哉さんの件からずっと心の奥にあったことを見透かされたようで少し動揺する。

「それは・・・」

『散り際の美学』・・・彼は十六夜隊長の時にそんなことを言っていた。

大きく一つ深呼吸をして、はっきりと答える。

「こちらに来ることを決めたのは自分自身です」

「・・・それで?」

「一度決断したことを後悔はしていませんし、信念を曲げる気持ちは毛頭ありません」

きっぱりと、自分に言い聞かせるように笑って言う。

「真に武士とは、忠義に死ぬことと心得ています」

きょとんとした表情で僕を眺めていた一夜さんは、再び外の風景に目を移す。

「根っからの軍人さんなんだね、蔵人は」

「一夜さんだって・・・そうでしょ?」

「俺は恐いな」

ぽつりと言った一言に驚いて聞き返す。

僕のほうは一切見ず、外を眺めたまま言葉を続ける。

「どんな風にその時を迎えようかって・・・気がつくとそんなことばかり考えてるよ」

「何・・・おっしゃってるんですか!?死ぬなんて・・・」

最近敗戦の色が濃い状況であるといえばある。

しかしまだまだ手立ても残っているし、そこまで悲観するような事態ではないはずだ。

笑って言ってみる。

「そういう弱気な発言、一夜さんらしくないですよ?」

そうだね、と視線を合わさず笑って答える。

そして、けど・・・とつぶやく。

「本当に死ぬときは、俺・・・剣護の手にかかって死にたいな」

どきっとする。

「・・・もう、また・・・・・・そんなこと」

「それと・・・もう一つ」

何ですか?と聞こうとしたとき、外で大きな獣の鳴く声がした。

一夜さんの傍に駆け寄って見ると、そこには2体のオンブラの姿。

声は獣のようだが容姿は橙色の蛇のような姿の竜が、僕らに向かって吼える。

「ごめん。悪いけど俺、何言ってんのかわかんないんだ」

愉快そうに竜に向かって語りかける一夜さん。

「『都へ行く』・・・と」

僕が言うと、そうなんだ、と楽しそうに笑う。

「へぇ〜、蔵人は『神力』が高いんだね!さすが72期の首席だ」

さっきの発言も表情も、嘘みたいにいつもの様子に戻って言う。

「俺は根っからの剣術馬鹿だから・・・そういうのからっきし駄目でさぁ」

雑談を始めようとする一夜さんをさえぎるように、隣の銀色の狼のような獣がうなる。

「あ、ごめんごめん」

笑って手を振る。

「いってらっしゃい。しっかりね」

『わからないな・・・』

端整な横顔を見つめながら、心の中でまた、つぶやく。

本当にこの人の本心は掴めない。


ひとしきり愚痴を言ったらなんだか気まずい気持ちになってきて、膝を抱えて黙り込んでしまった。

「さぁて、帰ろか」

愁が言って、そうだね、と答えたとき。

背後でものすごい地鳴りがした。

振り返ると地面に狭く深い穴が開いており、そこから2体のオンブラが飛び出してきた。

「何や!?」

「『竜生九子』!!!これは・・・」

オレンジ色に光る蛇のような竜・・・『ホロウ』。

銀色の毛並みの巨大な狼・・・『チフン』。

『氷花』を構える。

「あんたたち・・・一体!?」

『『玉』を・・・』

『ホロウ』のほうが言う。

「『玉』!?何のことや?」

「右京が言ってた・・・あいつ・・・『ベルゼブ』も、『玉』を狙っているって」

それが何かは・・・わからない。

『三種の神器』のことだろうか、と霞様は言っていたらしいが・・・

はっとする。

王家に伝わる『玉』。王家の特別な『神力』。

・・・まさか。

『ホロウ』が城に向かって大きく浮上するのを追って、『アンスラックス』のブレスレットを構える。

『紅』!!!

左手のひらから巨大な炎の渦が放たれる。

オレンジ色の竜の尾部に直撃して、大きな悲鳴が上がる。

どさっと地面に落ちる。

「すごいな・・・」

愁がつぶやく。

『おのれ!』

竜はこちらを正面から見据えると、大きく口を開けた。

その瞬間。

この世のものとは思えない、すごい鳴き声を発する。

一種の超音波のような、激しい振動が体を包む。

「何!?これ・・・」

耳が壊れそうに痛い。

そして、立っていた足元が一瞬ぐらっと揺れた。

「え!?」

地面が崩れ、眼下にはさっき彼らの現れた穴が口を開く。

とっさに傍にあった愁の袖を思い切り掴む。

「ちょっ・・・藍はん!?」

突然のことに不意をつかれて、愁も大きく態勢を崩す。

『邪魔をするな・・・』

『ホロウ』の声がはるか上方に聞こえて、二人は真っ暗な空間に吸い込まれていった。


街で剣護さんを見かけて声をかける。

「藍さん、見ませんでしたか?」

見回り当番をサボって、草薙さんがご立腹なのだ。

「見てないけど・・・・・・珍しいな」

「いや・・・そう・・・珍しくもないんですが」

「あの話・・・聞いちまったのかな」

「あの話・・・って?」

隊長達の中で、藍さんを総隊長に、という声が上がっていること。

確かに藍さんならば、誰もが納得する人選と言っていいだろう。

でも・・・藍さんは『リーダー職につくこと』を極端に嫌がる。

「もしかしたらトラウマなのかな・・・あの時の」

「トラウマ?」

「昔士官学校で話したの・・・覚えてるか?」

演習中に、愁さんと藍さんが行方不明になったことがある・・・という話。

「あの時、学年を5つのグループに分けて実戦形式の訓練をやったんだよ」

そのときのリーダーだったのが・・・後の『五玉』。

「そもそもグループ分けの時点で体調の優れないやつがいたりで、藍のチームは不利な状況ではあったんだよな。なんだかんだ言っても藍は女だからスタミナないし・・・」

サバイバルゲーム形式の訓練の中で、藍さんのチームは大敗を喫したという。

「しかも悪いことに・・・・・・怪我人が出てな」

大将の藍さんをかばって足を滑らせた2人の生徒が崖から転落して、一時は意識不明の重傷を負った。それを目の前で見ながらも、他の生き残ったメンバーのために、彼女は逃げ延びなければならなかったのだ。

藍さんのグループの2人が意識を取り戻した時、外は真っ暗になっており勝負も孝志郎さんのグループの勝利がほぼ確定していたのだが。

「あいつら2人だけ・・・探せど探せど姿が見えなくてさ。無線も切れちまってて連絡取れないし、大騒ぎになってさ。教官は真っ青になるわ孝志郎さんはキレて暴れるわもう大変で」

「それで・・・どこに?」

懐かしそうに笑って剣護さんが言う。

「明け方になって一夜から無線が入ってさ、『見つけた』って・・・別の崖から足滑らせて落っこちて、藍が足くじいて動けなかったんだと。谷底の洞穴みたいなところに隠れてたらしい。仲良くうたた寝してたとかって・・・のんきなもんだよな」

なんとなくイメージが浮かんで、僕も一瞬笑いそうになってしまう。

でも・・・

「自分をふがいないって・・・思ったんでしょうね、藍さん」

難しい顔になって剣護さんがうなずく。

「『もう一生こんな役はやらない』って、あの後言ってた。怪我した連中も藍は悪くないって言ってかえって恐縮してたけどさ・・・」

『自分の手のひらを零れ落ちるほど沢山のものを持つことが出来ないんです』

藍さんが前に言っていたことがある。

『自分の目の届かないところで何かあったらって思うと・・・恐くてそこから先に進めなくなってしまって』

弱虫なんです、と寂しそうに笑っていたっけ。

そんなことがあったんだ。

冷え切った空から粉雪が降り始めた。

あ、と僕がつぶやくと、剣護さんが空を見上げて言う。

「ちょうど・・・こんな日だったな・・・あの日も」


目を覚ますと、ぼんやりした目で藍が僕のほうを見ていた。

「・・・ここは」

黙って上方を指差す。

見上げると、地上の月明かりが点のようで、遥か遠くにあるのがわかった。

「これは・・・相当深いな」

すぐ傍にいる藍の顔もやっと確認できるくらいに周囲は暗い。

「どうする?」

「さっきから色々試してみるんだけど・・・地質が柔らかくてよじ登れそうにもないし、大声出してもイマイチ・・・届いてる気がしない」

ぶるっと身震いをする藍。

着ていたローブを脱いでかけてやる。

「ありがと・・・愁くんは大丈夫なの?」

「へーきや、僕は男やし・・・」

はっとして慌てて訂正する。

「やなくて!僕は寒いの得意やから」

藍は昔から男・女、という区別を極端に嫌がるのだ。

気にしないでよ、と笑う。

「もうさすがにいい大人だもの・・・そんな小さなことにいちいち腹立てないよ」

重いね、とつぶやく。

「何が?」

「このローブ」

袖を撫でながらつぶやく藍。

「こんな重いものいつも身に着けてるんだよね・・・愁くんも剣護も来斗も・・・一夜も孝志郎も、前は身に着けてたんだよね」

デジャヴのような感覚に陥る。

いや・・・これは前にも見た風景だ。


『藍はん!』

走る藍を崖に追い詰めて訓練用の『神器』を構える。

『追い詰めたで・・・観念し!』

振り返って藍も『神器』を構えるが・・・

今にも泣き出しそうな切羽詰った顔。

『愁!!!そこどいて!!!』

叫ぶような声で言う。

『な・・・何や!?』

『私は降参するわけにはいかないのっ!!!』

構えた『神器』を正面から僕に向かってぶっぱなす藍。

だが・・・その破壊力は想像の域を遥かに超えていた。

訓練用なのでそう強い力のある『神器』ではないのだが・・・藍の高ぶる感情で『神力』が暴走して、共鳴を起こしてしまったのだろう。

二人が立っていた切り立った崖が一気に崩れる。

『きゃぁぁぁ!!!!!』

『うわぁぁぁぁ!!!!!』

気がついたら、そこは深い谷底だった。

降り積もっていた雪がクッションになって、たいした怪我はなかった僕だったが。

『大丈夫か?』

藍の右足付近の雪が血で染まっている。

『ごめん・・・落ちたときに・・・ぶつけたみたい』

近くに洞穴のようなところを見つけ、そこにもぐりこむと枯れ木に火をつけた。

押し黙っている藍。

どうしていいかわからず、僕もただ黙っていた。

無線はこの谷底まで届かず、何度試みても返事がない。

よくよく考えてみると、藍と二人きりでいるなんて・・・初めてのことだった。

『情けない・・・』

ぽつりと藍がつぶやく。

そういえばさっき、藍のグループの生徒が重傷だという情報を無線で聞いた。

捕まるわけにはいかないというのは・・・そういうことだったのか。

『ごめんね・・・巻き込んじゃって』

『え!?・・・いやいや、事の発端は僕やし』

『悔しいな・・・』

唇を噛んで、涙をこらえるように言う。

『自分がこんなに無力だなんて・・・思わなかった』

そして、また黙り込んでしまう。

一度大きく深呼吸をして、思い切って藍のほうに手を伸ばす。

いつも孝志郎さんがするように・・・藍の頭に手を置いた。

『愁くん?』

『ガキの頃・・・いっつも師匠から言われてたんやけど』

どきどきするのを押さえながら、出来るだけ平静を保って言う。

『自分が何者かであるなんて思うな。自分の弱さを徹底的に見つめてそこから自分を叩きなおせ・・・って』

黙って僕の言葉に耳を傾けている様子の藍。

『無力だって思ったんやったら・・・そっからまた出直せばええやんか。まだまだいっくらでもやり直しきくやろ?』

そうだね、と小さくつぶやいてくすっと笑う。

『私・・・まさか愁くんにお説教されるなんて思わなかったなぁ』

ことん、と頭を僕の肩に預けて言う。

『ありがとう・・・でも』

ささやくような小声で、でもはっきりと言った。

『私・・・もう絶対に・・・こんな思い、したくない』

『無理はせんでも・・・ええと思うよ』

柔らかい髪を撫でて言う。

昔は背格好も体格もほとんど変わらなかったのに。

いつの間に藍はこんなに細くて小さくなったんだろう。

『なんかあった時は・・・僕が藍はんのこと守ったるから』

いつの間にか眠ってしまっていて、気づいたら目の前に一夜の顔があった。

『何!?』

最初の瞬間、今までに見たことのない恐い顔をしていたような気がしたのだが・・・

『おはよ。元気そうじゃん、愁』

いつものようににっこり笑って一夜が言った。

『隅に置けないなぁ愁も・・・こんなところで藍と二人きりでビバークなんて』

『そ・・・そんなんや・・・そんなんやない!誤解せんといてくれる!?』

『藍・・・怪我してるのか』

藍は二人の話し声など気にならない様子で、すやすや眠っている。

『よっぽど・・・疲れたんだろうな』

怪我をした二人も意識を取り戻したという。

『じゃ、帰ろっか。藍は頼むね、俺先に行って無線の入るところで連絡入れとくから』

『ちょっ・・・一夜!?』

愉快そうに笑って言う一夜。

『駄目〜。こんだけ心配させたんだから、最後まで責任持って面倒見てもらわなきゃ』


「玲央様!見てください、ほら」

中庭で小さな玲央様を抱いて後から後から降り続く粉雪を眺める。

楽しそうに笑って、小さな手を伸ばす玲央様。

「美しいですね・・・」

温かな体温を感じながら甘いにおいのする体をぎゅっと抱きしめる。

不思議そうな顔で私を見上げる。

「ごめんなさい、痛かったです?」

中庭は物音一つなく、しんと静まり返っている。

雪の日は何故か、いつも厳かなほど静かだ。

ぽろぽろ涙が溢れてきた。

「あれっ?」

おかしいな・・・

もう大丈夫って思ったはずだったのに・・・

玲央様の前では絶対泣かないって・・・決めたはずだったのに・・・

柔らかい小さな手が涙の流れる私の頬に触れる。

玲央様は『泣かないで』と言うようににっこり笑って私を見ている。

そのかわいいおでこにキスをする。

「ありがとう・・・優しいのね」

どうしてこんなに切ないんだろう。

どうして・・・

『『玉』は・・・どこだ!?』

突如声がした。

玲央様をブランケットに包んで乳母車に乗せると中庭に飛び出す。

目の前には橙色の光沢のある竜のような『オンブラ』。

「『玉』って・・・何のこと!?」

『どうやらお前では・・・なさそうだな』

霞お姉さまを・・・狙っている?

「させないわ。あなたたちの思うようには」

帯に止めてあった扇を抜いて、刀のように構える。

『そんなもので・・・何をするつもりだ?』

『目覚めよ』

唱えると扇が赤い光に包まれて、一本の両刃の剣の形を成す。

『神器』・・・『天叢雲剣』だ。

『ほう・・・戦うというのか、小娘』

竜は大きく口を開く。

ピイーーーーー!!!!!という甲高い音が耳に突き刺さる。

激しく泣き出す玲央様の声。

中庭に面した建物の窓ガラスという窓ガラスが乾いた音を立てて次々に割れていく。

人々の悲鳴。

ひるむ気持ちを立て直して構える。

『そこをどけ!!!』

「いいえ!!!・・・一回しか言わないからよくお聞きなさい」

全身の『神力』を集中させると、ごおっと剣が燃え上がる。

「死にたくなかったら・・・今すぐ巣へ帰ることね」


「物足りないなぁ・・・」

勾陣隊舎を後にして、降る雪を眺めながらつぶやく。

前々から、お兄ちゃんが現れたら絶対やっつけてやる!とかいろんなことを考えていた。

振り上げた拳の振り下ろす先が・・・見つからないのだ。

確かに剣護達は一生懸命稽古をつけてくれたのだけど・・・

「なんかこう・・・ないかな!?いきなり『オンブラ』が現れて・・・とか」

そうつぶやいた時。

突然人の悲鳴が聞こえた。

走っていくと、城門のすぐそばに銀色の大きな狼のような姿の『オンブラ』。

・・・なんという・・・・・・タイミング。

「何者!?」

『小娘・・・邪魔だてするでない』

わかるはずの無い、化け物の言葉が直接頭に響いてくる。

持っていた小太刀を抜いて構える。

「城を・・・姫様を狙っているのね!?」

止めなきゃ・・・

せめて右京たちが来るまで・・・なんとか。

ふっと狼は姿を消した。

そして次の瞬間、突然右足に激痛が走る。

「何!?」

狼の鋭い牙で噛みつかれた右足は、血が流れて次第に感覚が無くなっていく。

そしてまた姿を消し。

次に目の前に大きな口を開けて現れた。

「ひっ!!!」

刀でその牙を食い止めるが、ガチンと噛んだその牙は刀を真っ二つに折ってしまった。

どういうこと・・・?

『オシマイだ・・・小娘』

まずい。

冷たい汗が背を伝う。

このままじゃ・・・殺される。

『楽に死なせてやる・・・安心するがよい』

駄目だ。

お母さんを・・・これ以上悲しませることは出来ない。

力哉兄ちゃんもいない今・・・お母さんを守れるのは・・・

『杏だけだよ』

びくんと体が硬直する。

『頼むよ杏・・・僕の分まで』

お兄ちゃん!?

全身を竜巻が包み込む。

体の芯から湧き上がるような力。

気づくと、私は一振りのガラスのように透明な刀を握り締めていた。

『『ジン』か・・・』

「『ジン』!?」

『だが・・・扱い方も分からぬのでは・・・お前に勝ち目はないわ!』

また気配が消える。

『心の目で見るんだよ』

師匠の言葉を思い出す。

目を閉じると、遥か遠いところで私の姿をうかがっている気配を感じることが出来た。

息を殺して、その動きを追う。

・・・・・・来る!

かっと目を見開いて、唱えた。

『ミストラル』!!!

冷たく鋭い風が吹きすさび。

それは狼を吹き飛ばした。

しかし、同時に私も風の勢いに負けて城壁に叩きつけられる。

「・・・いてて」

狼は一度動かなくなったが、むっくり起き上がって言った。

『おのれ・・・小娘が!!!』

怒りに目が真っ赤に燃えている。

再度、刀を構えなおそうとした、その時。

「杏、よく頑張った」

声に安心して、ペタンと膝から倒れこむ。

「遅いよ・・・右京」

ごめんごめん、と笑って、きっ、と『オンブラ』を睨む。

「後は・・・僕に任せて」


肩で息をしながら、再度剣を構える。

速い・・・

それに、その超音波のような鳴き声で破壊された建物が私に襲い掛かり、避けるのが精一杯の状況になってしまっている。

再度『天叢雲剣』を構えて『神力』を集中させようとする。

かっと『オンブラ』が口を開く。

超音波が剣を振動させ、足元がぐらぐら揺れる。

「くっ・・・」

その両方の目が赤く光る。

赤い光の筋が飛んできて、ジュッと頬を焼いた。

ぐっと態勢を低くして唱える。

祝融(しゅくゆう)』!

剣が炎を纏い、振り下ろすと同時に炎の柱が竜に向かって走る。

叫び声を上げる竜。

『おのれ!!!』

また超音波が響いて、建物ががらっと崩れる。

しかし、それは私を狙ったものではなかった。

「玲央様!!!」

駆け寄ってかばうように抱きしめる。

瓦礫が二人の上を覆う。

『このまま・・・仲良く死ぬがいい』

超音波が耳を貫く。

更に上空で、建物が崩れてくるような気配。

まずい・・・

さっきまで泣いていた玲央様が、じっと私の顔をみつめる。

そして・・・にっこり笑った。

はっとしてつぶやく。

「そうですね・・・」

私も彼に微笑みかける。

守らなくては・・・私が。

約束したんだから・・・

全身の『神力』を剣の一点に集中させる。

爆風が巻き起こり、二人の上の瓦礫を一気に吹き飛ばした。

『何!?』

「・・・私は・・・負けない!!!」

玲央様を横に寝かせて構える。全身から炎が立ち上る。

咲耶姫(さくやびめ)

叫んで竜の懐に飛び込み、胸部を貫く。

竜は一瞬すさまじい叫び声を上げ、炎上したかと思うとふっと消えた。


さっきの杏との戦いの様子から推測するに、遠くから様子をうかがい、一気に襲い掛かり喰らいつくという戦法のようだ。

ならば・・・僕も彼女に習おう。

気配を読む。

先ほどよりも目まぐるしく動き回る様子がわかる。

来た!

『水無月』!

狼の右目を『水鏡』が貫く。

すさまじい声を上げて、鋭い爪を振り上げる。

体をひねってそれをかわす。

間髪入れずに、狼が素早く僕の右腕に喰らいつく。

「痛っ!!!」

「右京!!!」

杏の悲鳴。

鋭い牙で右手首の感覚が失われる。

少し後退して、左手でしっかりと『水鏡』を握り締めると再度低く構える。

片目を失って・・・視力がきかなくなっている。

だから、あともう少し。

『秋水』!

唱えて刀身が柔らかな青白い光に包まれると、

「喰らえ!!!」

狼を脳天から一刀両断に切り捨てた。

鋭い悲鳴を上げ、青白い光に包まれた狼はそのまま光の中に消滅した。


「どうしたらいいと・・・思う?」

懐かしい思い出にひたっていると、横で藍がつぶやくように言った。

「そう・・・やなぁ・・・・・・」

自信ない、とつぶやく。

人望が厚いのも、仕事に几帳面なのも、頭がいいのも、強いのも、重々分かる。

だけど・・・

僕にはどうしても、彼女が総隊長・・・というのは重すぎるように思えて仕方がなかった。

優しすぎる彼女は・・・きっと責任感でぺしゃんこになってしまうだろう。

「僕は・・・無理やと思う」

きっぱりと言った。

「・・・厳しいね、愁くん」

意外な返答に驚いて聞き返す。

「受けるつもりやったん!?」

「いや・・・仕方ないのかなぁって」

みんなの期待に応えたい。それも彼女らしい思いだと思った。

「なら、それはそれで・・・ええと思うよ?」

「・・・どっちよ?」

「どっちにしても僕は藍はんの味方やから・・・やるて言わはんのやったら、いくらでも支えになったるし・・・」

暗くてよく表情の掴めない顔をじっと見つめて言う。

「何かあったときは、絶対僕が守ったる」

返事がない。

ごくんとつばを飲み込んで、思い切って言う。

「藍はん!その・・・前からずっと・・・言いたかったことがあって」

「・・・何?」

優しい声で聞き返す藍。

「僕・・・ずっと・・・藍はんのこと・・・」

その時。

「あー!!!!!」

突然大声を上げて藍が立ち上がる。

「な・・・何!?」

「龍介だ!」

「龍介!?」

「気配がする!!!」

暗がりでキラッと光る、左腕の『アンスラックス』。

「気づいてね・・・」

つぶやくと、両腕を上方に突き出して唱えた。

『緋衣』!!!


城門の辺りで騒ぎがあると聞きつけ、そちらに向かって走っている最中のことだ。

突然丘のほうで火の手が上がった。

「ななな・・・何だ!!??」

つややかな赤いベールのように柔らかい炎。

駆け寄ってみると、それは地面に空いた大きな穴から放出されていた。

下のほうで、聞き覚えのある声がする。

「草薙伍長ーーー!!!!!」

炎が収まり、底の方でぴょんぴょん跳ねながら両手を振っている三日月の姿。

「お前!何やってんだよこんなところで!?見回りもサボりやがってこの野郎!!!」

「浅倉隊長と!落っこちちゃったんです!!!」

「浅倉ぁ!?」

よく見ると、横にぶすっとした顔の愁の姿も確認できた。

・・・・・・何やってんだよお前ら・・・

絶句する俺に、嬉しそうに三日月が続けて怒鳴る。

「助けてください!地盤がゆるくて登れないんですぅー!!!」

「おー待ってろ!今人呼んで・・・」

「でも伍長!『オンブラ』が2体城の方へ!だからまずはそっちへ!でも後で絶対助けに来てくださいねー!」

「ああ、それなら!心配いらねーよ今右京と霧江様が倒したって報告がはいったからよ!」

「霧江様!!??」

「そ!さっすが『神器』の達人だよな!!!」

怒鳴りあっている俺と藍を面白くなさそうに眺めている愁。

楽しくなってきて笑顔で声をかける。

「浅倉隊長!大変でしたねぇ!?ご無事ですかあ!!??」

「だーまーれ龍介!お前に助けて欲しいなんて言うた覚えはないわ!!!」

「こら愁くん!!!」

「そーそー!素直になったほうがいいっすよ隊長!素直に!」

「やかましい!!!」

静かな雪景色の中、3人の声だけがにぎやかにこだましていた。


総隊長問題は、意外な人が名乗りを上げて決着を迎えた。

「霧江様!?」

目を丸くして聞く僕に、来斗さんがうなずく。

「補佐役として藍を・・・というのが条件だけどな」

「それなら・・・」

思わず笑顔になってしまう僕を見つめて、来斗さんも口元を緩める。

「あんまり甘やかすのもどうかとは思うんだが・・・」

ちょっと小声で言う。

「龍介も今回の件・・・実は大反対だったからな」

え?

「藍が上司になることを嫌がった・・・っていうよりは、今の二人の関係が騰蛇隊にとって一番バランスがいいっていうのは周知の事実だしな。それに、総隊長になって離れた存在になってしまうより、片腕として支えてくれるほうがいいってところが本音かも知れんな」

嬉しくなって言う。

「それ・・・その通りだと思います、僕も」

それと、と小声のまま来斗さんが言う。

「愁のことなんだが・・・何かあったのか?」

「愁さん・・・ですか?」

「最近妙に機嫌が悪いような気がするんだが・・・藍に聞いても知らんと言うし」

言われてみれば・・・最近、しょっちゅう草薙さんに絡んでるような気もする。

「何でしょうね?一体・・・」

「まぁ、気分屋なのはいつものことだがな」

「・・・そうですね」


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