表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/45

Ep29 玄武

「行ってきまーす!」

笑顔でそう言って、まだ新しい制服に身を包んで駆け出す杏の姿。

「忘れ物はない?」

「大丈夫!お店がんばってね、お母さん」

そういって手を振ると、朝の眩しい光の中を駆けていく。

杏も17歳・・・大きくなったものだ。

開店の準備をしていると、がらっと戸が開いて現れたのは帯刀した一人の女性。

「お店はまだ・・・準備中ですが?」

「いえ、そうじゃなくて・・・すみませんお忙しいのに」

そう言って髪を掻きあげる左腕には、赤く光る真珠大の石の連なった3連のブレスレットをしている。

「三日月藍、と申します」

「ああ・・・十二神将隊の方ですね?」

こんな日が来ることは覚悟していた。

落ち着いた声で、彼女に言う。

「どうぞ・・・こちらにおかけください」


その女性は若干の老いも感じさせるが、とても美しい人だった。

杏のお母さん、そして・・・・・・力哉さんのお母さんでもある。

それに・・・

香蘭や白蓮たち、『花姫』に『お母さん』と慕われている女性でもある。

「あの子が・・・姿を現したのですか?」

落ち着いた様子で聞く彼女。

「はい、数週間前紺青の城の敷地内で。その後・・・東陣でも目撃情報があります」

力哉さんの戦績は、勝利と言い切れるものではない。

であるとすれば、きっと次仕掛けてくるのも彼だと直感していた。

孝志郎ならば・・・・・・絶対にそうする。

『あいつが仕掛けてくるとすれば・・・』

無線でそのことを話したとき、宗谷隊長は静かな声で言った。

『俺が相手になる。俺の隊のことだ、俺自身で決着をつけさせてくれ』

「今日はそのことで?」

我に返って、彼女の問いに慌てて答える。

「いえ!というよりは・・・私、力哉さんのこと・・・あんまり知らなかったので」

士官学校では2つ先輩にあたるが、私はあまり先輩とのつきあいがなかったし、力哉さんは特別目立つタイプではなかったのも確かだ。

「作戦上、情報が必要・・・ということですか?」

どうやら警戒されてしまったみたい。

「いえ、そういうわけじゃなくて・・・」

思い切って告白する。

「白蓮から・・・あなたのこと、よく伺ってます」

「・・・白蓮?」

はい、と警戒心を解くように明るく答える。

「素敵な方で、身寄りのない自分にとって本当のお母さんみたいな人だって。それに杏も若いのにしっかりしてて、明るくてすごくいい子だし。だから・・・どうして力哉さんがあんなに疎遠になってしまっているのかが・・・ずっと気がかりだったんです」

白蓮と杏の名前が出て、少し表情が和らいだ様子だ。

「そういえば・・・私も伺ったことがありました、三日月さんのこと。白蓮のこといつも気にかけてくださって・・・前に言ってました、三日月さんは私の心の支えだって」

ちょっと顔が熱くなる。

そんな私に微笑みかけて、すぐに寂しそうな顔になって言う。

「力哉は・・・数年前に亡くなった杏の父親とは・・・別の男性との子供なんです」

「そうですか・・・」

「まだ私が現役で・・・『花姫』として働いていた頃知り合った人で。杏が生まれた頃はもう、このお店をやってましたからね、杏は一切知らないんですけど・・・力哉が幼い頃はまだそうして働いていましたから、あの子に対する世間の風当たりも冷たかったのかも知れません」

「・・・そうなんですか」

力哉さんの父親は、小さな力哉さんにもお母さんにも暴力を振るうひどい人だったが、女手一つで小さな子供を育てていくのは大変で、別れることが出来なかったのだという。

働きに出る母親の後姿をいつも寂しそうに無言で見送り、近所の子供たちからいじめられても、父親から殴られても、いつも弱々しく微笑んでいる、そんな子供だったそうだ。

「そんな日々が5年ほど続いたある日・・・あの子の父親は亡くなりました」

「亡くなった?・・・ご病気か何かですか?」

「事故なんです・・・材木置き場で下敷きになって」

頑丈に固定されていたはずのロープがずたずたに裂けて一気に傾れ落ち、力哉さんの父親は一瞬でその木材の山に生き埋めになってしまったのだという。

周囲に人気はなく、そこにいたのは彼と小さな力哉さんの2人だけだった。

「じゃあ目の前で・・・その光景を目撃したわけですね、力哉さんは」

「そうなりますね・・・」

新しい父親は優しかったが、力哉さんはどうしてもその人に懐くことはなかった。

そして13歳になった頃、家を出て住み込みで働き始めたのだという。

働きながら必死で勉強して、2回目の試験に合格してやっと入れた士官学校。

そんな苦労があったなんて・・・全然知らなかった。

白さんは・・・知ってたんだろうか?

かわいそうな子なんです、彼女はそうつぶやいた。

「私がこんな・・・ひどい母親だったばっかりに・・・」

「そんなことありません!だって杏は・・・あんなにお母さんのこと、大好きじゃないですか。いつも言ってますよ、うちのお母さんは世界一って。私・・・うらやましかったです、正直」

「あなたは・・・」

にっこり笑って答える。

「ご心配なく、母は健在です!でも・・・ずーっと離れ離れだったので、母親との思い出ってほとんどないんですよ、私」


その頃僕も図書館で、同じような疑問を来斗さん達にぶつけていた。

「力哉さんて・・・学生の頃はどんな人だったんですか?」

「・・・覚えてへんわ、僕」

愁さんが即答する。

「お前はもともと、あんまし他の生徒と交流がなかったろうが」

けど印象の薄い人ではあったな、と剣護さんが言う。

来斗さんが読んでいた本から目を離し、机の上で両手を組む。

「あの人はどちらかと言うと頭脳派タイプなんだが、1期下がそういうタイプの人間ばかりだったからな。彼らがあまりに突出していたために影をひそめてしまっていたんだろう」

「1期下っていうと・・・」

「天后隊の源隊長、宇治原伍長、大裳隊の橋下伍長あたりだよ」

「・・・なるほど」

剣護さんが難しい顔で言う。

「白さんは・・・なんであの人を選んだんだろうな。だって正直・・・噂されてたろ?“力哉さんが玄武の伍長なのは十二神将隊の七不思議の一つだ”って」

草薙さんが続けて言う。

「そもそも頭は良いし、戦闘能力も高い人なんだって聞くけどよ・・・普段のあの人見てるとなぁ・・・とてもそうは思えないっつーか」

来斗さんが思いがけないことを言う。

「二重人格の気があるらしい、と・・・聞いたことがあるが」

「そうなんですか!?」

「・・・以前・・・藍が言っていた」

それならちょっと納得するな、と愁さんが本棚にもたれかかりながらつぶやく。

「こないだ東で負傷した玄武隊士で、まだ入院してる奴らおるやろ?」

うなずく僕たちを見渡して、視線を落として言う。

「あいつらが言っとったんや、『平原伍長ほど恐ろしい人は今まで見たことが無い』て・・・」

北は平定してもなお、テロ活動を行なって紺青に抵抗する過激派が多い。

そういった紺青だけでなく、その国の民衆にも害を成すような危険分子を根絶やしにすること、それが北を治める玄武隊の仕事の一つでもある。

宗谷隊長の命令に忠実に彼らを抹殺する、非情な仕事ぶりは評価されつつも、隊士達には恐れられていたというところだろう。

「でも・・・白さんの存在が大きすぎて、そういう評価は外に伝わってこなかったよな」

首をかしげる剣護さん。

『もっと力を得たかった』

確か、彼はそう言っていた。


「怪我の具合はどうですか?」

問われて振り返ると、そこには内海が立っていた。

「見ての通り!ぴんぴんしてますよ・・・やはり何か特別な『力』が働いてるんでしょうね」

それはきっと・・・『妖力』と呼ばれるものだ。

助けられているのか、それとも・・・蝕まれているのか。

「優しいんですね、君は」

曖昧に笑って答える内海。

「僕は・・・とても、そんなんじゃありませんけど」

皆出払っていて、基地の中には僕と彼の二人だけだった。

前々から気になっていたことがふと口をついて出てきた。

「内海さんはどうして・・・こちらへ?」

僕の隣に膝を抱えて座ると、言った。

「なんででしょうね・・・」

でも、理由なんて必要ですか?と笑って言う。

動揺して答える。

「理由が無いなんて、大胆なんですねぇ・・・そんな風にはとても」

「一夜さんにも理由なんてないように、僕には見えますけど?」

「あの人は・・・そうなのかもしれませんけど」

「僕は藤堂隊長が行く、と言ったから・・・従ったまでです。それ以上の理由なんていらないような気がしますけど」

あなたには理由があるんでしょうね、と笑う。

「宗谷隊長のこと・・・慕っておられるようにお見受けしてましたけど」

ははは、と僕も曖昧に笑う。

昔から力のある者に憧れると同時に、強い嫌悪感を持っていた。

もっともっと力を得て・・・

ぶち壊してやりたかった。何もかも。

白さんは優しかったが・・・大嫌いだった。

「偽善者・・・っていうんですよ、ああいうのを」

つぶやいた僕をびっくりした顔で見つめている内海。

反逆者達の抹殺・・・立案は彼でも、実行部隊はいつもこの僕だった。

自ら汚れ役を買って出ていたのは、そうすることでしか自分が評価される道はないとわかっていたから。彼に敬意を払い、その温和なイメージを崩したくないという思いがあったのも事実だが、それを彼は・・・利用していたのではないだろうか。

分かっていたはずだ。あの人なら。

僕が何を考えていたか・・・なんてことくらい。


「剣護!」

夕刻に勾陣隊舎に飛び込んでくる、制服姿の杏。

それは一夜がいなくなってからも変わることの無い日常の風景だった。

「剣護!・・・じゃねえよ」

腕組みをしながら、じろっと睨みつけて言う。

「お前一夜のこと“一夜隊長”って呼んでたろうが。俺はなんで呼び捨てなんだよ?」

呆れたような顔をして言い返してくる。

「・・・なーに小さいこと言ってんのよ。気にしてるわけ?」

「別にそんなんじゃねえけどよ・・・」

「みんな『剣護さん』って呼ぶじゃない?」

「そりゃ、そうなんだけどよ・・・」

にやっと笑ってつぶやく杏。

「・・・そっか。剣護ってばみんなが『隊長』って呼んでくれないからってすねてんだ」

かあっと顔が熱くなるのが分かって、慌てて怒鳴る。

「ばっかやろう!!!そんなんじゃねえよ!!!」

「みなさーん、剣護のこと、どうか『隊長』って呼んであげてくださいねー!本人相っ当気にしてますよぉー!」

「お前なぁ!!!大声で意味わかんねえこと触れ回ってんじゃねえよ!」

「片桐隊長・・・?」

声のほうを見ると、不思議そうな顔をした藍が立っていた。

楽しそうに杏が言う。

「あらぁよかったじゃない!?『片桐隊長』だって!やっぱ藍はよく分かってるわ」

「は?」

「うるせえ!とっとと道場行って稽古つけてもらえ!」

はあい、と愉快そうに笑って駆けていく。

後ろ姿を指差しながら、いつもこうなんですか?と訊く藍。

周囲の隊士達が噴き出す。

「・・・そうだよ」

「苦労してらっしゃるんですね、片桐隊長」

藍の敬語にも実は・・・すごくやりにくさを感じているんだが、今に始まったことじゃないし。

「元気そうですね、杏」

「そうだな」

「力哉さんのことがあってからも・・・変わらずに?」

『あんな人関係ない』

あいつは事件後初めて会ったときそう宣言した。

玲央との一件も情報の早いあいつのことだ、どこかから聞きつけているに違いない。

「母親を気遣うような様子は見せても、力哉さんのことは知らない関係ないの一点張りだよ、あいつは・・・」

「そういうものでしょうか?」

藍は少し遠い目をしてつぶやく。

「無理・・・してなきゃいいんだけど、あの子」


あの人はいつも暗い目をしていた。

一度家を出てからは帰ってくることなんてほとんどなく、たまに街で会っても私なんかまるで存在しないような顔で素通りするのだ。

その不自然な態度にいらっとしてこちらから声をかけると、ばつの悪そうなすまなそうな顔で弱々しく笑う。

そんなお兄ちゃんが・・・・・・大嫌いだった。

面を取って流れる汗をぬぐう。

「杏・・・気合入ってるなぁ」

隊士の一人が言う。

あんなことがあってから、明らかにみんなの態度が変わった。

まるで腫れ物を扱うような姿勢は、おそらく彼ら自身の他隊に対するひけめとかやるせなさとか、そういったものから来るのだろうが・・・明らかに不自然だった。

それがまた、イライラする。

「もう一本、お願いします!」

大きく一言言って頭を下げると、再び面をつける。

一夜隊長。

それに、力哉兄ちゃん。

今度会ったときは絶対。

竹刀を構えて、気合を入れなおす。

「行きます!!!」

絶対・・・私が倒す。


あいつと出会ったのは、あいつの入隊試験の時だった。

剣術の試験を担当したのが当時4年目の隊士だった俺で、あいつは自信なさげに

『よろしくお願いします』

と深々と頭を下げた。

試験は短時間で終わった。あいつの剣術がイマイチだというのがすぐに露呈したからだ。

『あいつ、士官学校2番手で卒業したんだろ?』

試験を終えて隊舎に戻ると同僚の隊士達に声をかけられた。

『あいつ・・・というのは平原のことか?』

『そうそう。何がそんなに優秀だったんだ?』

『なんかよぉ、ウジウジして気味の悪い奴だよな』

『頭が切れる・・・って風にも見えないしさ』

入隊は見送り、というのが彼らの共通した予想だった。

見回りのために隊舎から出ると、すぐ傍の木陰に力哉が立っているのが見えた。

その日は朝から降り続く雨で昼間でも空は暗く、空気も冷え切っていた。

それなのに、力哉は傘も差さずにずぶぬれで立っていたのだった。

俺の姿を目に留めると、さっきと同様に深々と頭を下げた。

『何してるんだ?そんな格好で・・・』

ちょっとぞっとして声をかけると、弱々しく笑って答えた。

『隊長さんに・・・結果がわかるまで外で待つようにって言われたんです』

かっと顔が熱くなるのを感じた。

北という重たい雲が垂れ込め冷たい風の吹く気候がそういう性格を形成してしまったのか、元来そういう性格だったのかはよくわからないが、確かに当時の隊長はそういう陰湿なところのある人物だった。

俺の同僚だけじゃない、皆彼が不合格であろうことはわかっていて、それはおそらく隊長が一番よくわかっていたことだ。なんと言っても合否はほぼ彼の手中にあるのだから。

それなのに・・・

『そんなところにいては・・・風邪をひくぞ?』

『ご心配には及びません、僕は丈夫ですから。それに』

長い前髪から大粒の雨のしずくが落ちる。

『こうやって待っていれば少しでも皆さんのお気持ちを・・・動かすことが出来るんじゃないかと』

にやっと笑って言う。

はっとして、彼を凝視してしまう。

彼自身もまた・・・分かっていたのだ。

しかも俺のこの憤りまでも、彼の計算どおりというわけか。

もしかしたら彼は、ずっと俺のような人間が通りかかるのを待っていたのかも知れない。

『卑怯でしょう?』

返答に困っているとまたぽつりと言った。

『でも僕は・・・こんな風にしかいられないんです』

『馬鹿!!!』

気づくと俺は思い切り彼を怒鳴りつけていた。

『そうやって簡単に自分の限界を決め付けるんじゃねえ!!!』

びっくりしたように俺の顔を見つめる力哉。

『お前強いんだろ、賢いんだろうが!?なんで自分の力を最大限に発揮しようとしねえんだ!自分の能力に線引きして努力することをやめちまったらそこで仕舞いだろうが!!』

固まっている彼の両肩をばんっと叩いて更に言う。

『俺はなぁ、卑屈な人間が一っ番嫌いなんだよ!人に媚を売るんじゃねえ、てめえの道はてめえの力で切り開いてみせろ!!!』

お前の得意分野は何だ?と訊くと、おずおずと答えた。

『戦略論とか・・・あとは・・・投げナイフですかね』

『投げナイフなら、やれるんだな!?』

はあ、と気の抜けた返事をする彼を残し、俺は隊長の元へ走った。

『平原力哉を、もう一度テストしてみてください』

隊長はいぶかしげな顔で俺を見ると言った。

『あいつは駄目だ。お前も見てわかっただろう?』

『彼は・・・投げナイフなら得意だ、と申しておりました』

『駄目だ駄目だ。あいつはモノにはならんよ、不合格の決定は覆すつもりはない』

『不合格・・・とおっしゃいましたか』

ひくっ、と顔が引きつるのを感じる。

『それは・・・当人にはお伝えになったのですか?』

俺の表情に悟った様子で狼狽しながら言う。

『ああ!そうだそうだ・・・忘れてたよ。いやぁうっかりして』

『隊長!お願いがございます』

深々と頭を下げて言う。

『彼を・・・平原力哉を私に預けてくださいませんか!?』


入隊後の力哉は俺の下で必死に働いてまずまずの評価を得るまでになり、俺がその陰険な隊長を倒して、彼を伍長に据えてからは更に優れた能力を発揮していった。

怒鳴られても怒鳴られても付いてきてくれた彼を、本当に頼りにしていたのは俺のほうだったと言っても過言ではない。つらい作戦でも、苦しい戦闘でも、彼はぶつぶつ言いながら最後はきちんと結果を残して俺を支えてくれた。

だから・・・

彼の離反は本当に痛手だった。

外を回っている隊士の一人から無線で連絡が入る。

『報告します、西側のフィールドでは平原伍長の姿は確認できません』

「平原・・・『伍長』、じゃねえだろ」

あ、と小さくつぶやく声が聞こえる。

彼らもなんだかんだ言いながら、力哉を恐れつつ頼りにしていたのは確かなのだ。

あいつには・・・どうしてそれがわからなかったんだろう。

無線に向かって言う。

「また、何か変わったことがあったら報告しろ」

『了解!』

無線が切れる。

その時、背後に人の気配を感じた。

『隊長!只今より帰還いたします』

他の隊士から無線が入る。

「ちょうどよかった!今西側のフィールドで目撃情報が入った」

『・・・何ですって!?』

「他の連中にもそっちへ向かうよう伝えろ。俺もすぐ行く!」

『り・・・了解!!!』

焦ったように無線が切れる。

背後から手を叩く音が聞こえる。

「お見事!」

大きく一つ、深呼吸をして。

振り返る。


「白さんは本当にお優しいんですから・・・」

黒いロングコートに黒いブーツを履いた、力哉の姿。

不敵な笑みを浮かべながら立っている。

「でも・・・自信あるんですね、たった一人で僕を倒そうなんて」

「馬鹿野郎!お前なんざ、俺一人で十分すぎるぐらいだ」

少し上を見上げて、大きく笑う力哉。

「後悔しますよ?」

「それはこっちの台詞だ!」

『岩融』を構える。

態勢を低くすると、一気に目の前に躍り出て大太刀を大きく振り上げる。

「ゆくぞ!!!」

その瞬間。

力哉の周囲に竜巻が巻き起こり、鋭い刃になって俺の胴体を切り刻んだ。

「何!?」

幾重にもついたえぐるような傷を押さえながら少し後ろに下がる。

力哉は腰のベルトから2本のナイフを抜くと、くるっと一回転させて両手に構えた。

「『ジン』の本当の力・・・見せて差し上げましょう」

長い前髪の中の瞳がぎらっと光った。

『吼えよ!』

ナイフを構えたまま素早く一回ターンをして、大きく唱えると周囲に低い音が轟いて強い風が俺に向かって一直線に襲い掛かる。

「!」

『岩融』を構えるが、刀身に弾かれた風は回り込むと背中を鋭く斬りつけた。

「ぐぁ!!!」

痛みに一瞬よろける。

「まだまだ!」

両手のナイフを大きく一閃すると、2つの風の刃が両肩に突き刺さる。

全身を流れる血。

激痛に耐えながら睨みつけると、意外そうに言う。

「へぇ・・・よく耐えてらっしゃる」

「お前に・・・無様な姿さらしてたら示しがつかねえだろうが」

にやりと笑って言う。

「この状況で・・・呑気に上司気取りですか?」

「リキ!・・・一度しか言わん、良く考えて答えよ」

じっと彼を見つめて、言う。

「帰って来い」

「・・・何だって!?」

動揺した様子の力哉。

「お前の処遇は俺が責任を持つ!だから帰って来い」

黙って俺を見つめている。

「俺は・・・お前を死なせたくない」

「黙れ!!!」

いきなり力哉は怒鳴った。

「黙れ黙れ黙れ!!!善人ぶるのもいい加減にしろ!!!」

「リキ・・・」

「何を今更・・・お前に僕の何がわかる?この期に及んで・・・馬鹿にしやがって」

「リキ!そうじゃない!!俺は・・・」

「あんたのそういう所、大っ嫌いなんだよ!!!吐き気がする!」

力哉の周囲に竜巻が巻き起こる。

『岩融』を構えて意識を集中させ、攻撃に備える。

「心配いらないさ・・・あんたはここで僕が倒すんだから」

その目が赤く光る。

『轟け!!!』

力哉の声にあわせるように唱える。

『ギブリ』!

鋭い風と砂嵐が真っ向からぶつかる。

低くうねるような風の音。

二つの風はぶつかり合ったまま動かない。

こいつ・・・こんなに力があったのか。

いや、違う・・・おそらくは・・・

「うおぉぉぉ!!!」

渾身の力を込めて、『岩融』をぐっと前方に突き出す。

砂嵐は更に勢いを増し、力哉の風を弾き飛ばすと彼に直撃した。

「うわぁ!!!」

巻き上げられ、地面に叩きつけられる。

大粒の砂は皮膚に鋭く突き刺さり傷をつけ、呼吸器に入って呼吸を圧迫する。

もっと力の強い技になると、熱風が肌から水分を奪って命を危険に至らしめる。

こんな恐ろしい『神器』を・・・リキに遣いたくはなかったのだ。

ぜえぜえ言いながら、ゆっくりと立ち上がる力哉。

「まだ・・・やるのか?」

じっと俺をにらみつける。

「もう十分だろう?」

「うるさい!!!」

「お前は操られているんだぞ!その『ジン』に!」

『ジン』を構える力哉に言う。

「『ジン』自体も以前と違う『妖力』を帯びている。そのまま使い続けたらお前・・・そいつに喰われちまうぞ!?」

「・・・わかってますよ、そんなこと」

ぼそっとつぶやく。

「でもそれでも!僕は!!!」

さっきよりも大きな竜巻が巻き起こる。

「あんたを倒すと決めたんだ!!!」

かまいたちが幾重にも折り重なって俺に向かってくる。

『うなれ!!!』

刀を構えて『神力』を集中させ、防御する。

「ううう・・・・・・」

じりじりと押される。

『穿て!!!』

ナイフを前方に突き出すと同時に、鋭い風が刀を弾き飛ばし腹に突き刺さった。

「うっ・・・」

腹部を貫かれて、口元から血が流れる。

よろけた俺に、更にかまいたちが襲い掛かり、全身をえぐるように切り刻む。

うめき声を上げて前のめりに倒れこむ。

「どうした!?さっきまでの強気な態度は!?」

甲高い声で笑いながら言う。

「さあ、掛かって来いよ!あんた僕を連れ戻すんだろ!?」

「り・・・き・・・・・・」

握った拳のすぐ傍にナイフが突き刺さる。

「無様だねえ、まるで父さんみたいだ」

「ちち・・・おや?」

引きつった顔で笑いながらそうだ、父さんだよ、と言う。

「あいつ死ぬ間際になんて言ったと思う!?『逃げろ』・・・だってさ!お門違いもいいところだぜ!」

彼は幼い頃に事故で父親を亡くした、と聞いたことがある。

だが・・・どういうことだ?

力哉は信じられないことを口にした。

「冥土の土産に教えてあげるよ。父さんを殺したのは・・・・・・この僕さ」

何!?

「誰もいない材木置き場で蹴られて殴られて・・・憎悪ではち切れそうになったとき、全身から訳の分からない力が湧いてきてね。気づいたら竜巻が起こって材木がめちゃくちゃに倒れていて、父さんは下敷きになってたんだ」

「『神力』・・・か?」

「その通り!それがわかったのはもっと後になってからのことだけどね」

「『神器』も・・・持たずに?」

「そう!僕は天性の高い『神力』を持ってたんだ。それなのに・・・みんな僕のことを馬鹿にしやがって・・・・・・道具がなきゃ何も出来ないくせに・・・」

ぐっ、と俺の背中を硬いブーツで踏みつける力哉。

背中の傷の上でその踵を思い切りひねる。

「うぅ・・・・・・」

「僕が殺そうとしたって言うのに・・・何が『逃げろ』だ」

一度離して更に力を込めて踏みつける。

激しい痛みが全身を貫く。

「あんだけボコボコにしといて・・・僕を守ろうだなんて・・・・・・可笑しいだろ?」

止めなければ・・・

彼のねじれた告白を聞きながら強く思った。

俺が・・・止めてやらなければ・・・

『岩融』を握る右手に力を込める。

目を閉じて意識を集中させ、唱えた。

『セト』!!!

俺の周囲に砂嵐が巻き起こり、力哉の体を吹き飛ばす。

「うっ!!!」

砂嵐を纏った刀を大きく振り上げると、一気に振り下ろした。

「うわぁぁぁ!!!」

砂嵐は力哉の体を斜めに切りつけ、数十メートル先まで吹き飛ばした。

刀を杖の代わりにしてゆっくりと立ち上がる。

砂にほぼ埋まるように倒れている力哉の姿。

「リキ・・・」

「・・・・・・さない」

「何だ?」

右手でぐっと砂を掴むと砂の中から立ち上がり、血だらけの姿で俺を睨みつけて怒鳴った。

「絶対に、許さない!!!」

ナイフを両手に持ち、竜巻を巻き起こすと怒鳴るように唱えた。

『踊れ!!!』

すると足元から風柱が起こり、大きく体を巻き上げられる。

竜巻に乗って飛ぶように大きく跳躍する力哉。

「死ねぇ!!!」

大きく上半身をそらすと、矢継ぎ早にナイフを放つ。

『岩融』を構えようとするが、間に合わない。

何本ものナイフが体を切り刻み、深く突き刺さった。

「うわぁぁぁ!!!!!」

背中から地面に叩きつけられ、うめき声を上げる。

出血の多さに意識が朦朧とする。

「止めを・・・刺すか」

やはり血を流しながら苦しそうに、しかし狂喜の笑みを浮かべて言う。

「大丈夫・・・楽に逝かせてあげるよ」

「『岩融』・・・」

声を振り絞って呼ぶと傍に落ちていた『岩融』が白く光り、すっと浮き上がると俺の手中に収まる。

「まだやる気?」

「お前に・・・」

全身に力がみなぎる。

殺させるわけにはいかない。

『セト』!!!

『轟け』!!!

二つの力がまたぶつかり合う。

強い思いが、体の奥底から湧き上がってくる。

あいつを狂気から・・・救い出すんだ。

この・・・俺の手で。

『ジン』の竜巻を『岩融』の砂嵐が弾き飛ばす。

刀を大きく振り下ろし、彼の肩から腰にかけて斜めに大きく切りつける。

「う・・・・・・」

小さくうめき声を上げると、ゆっくりと崩れるように倒れた。


全身を襲う激痛に耐えながら彼に近づく。

「リキ・・・大丈夫か?」

呆然とした表情でつぶやく。

「ぼくの・・・まけですね」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる?」

「ばくさんは・・・やっぱり・・・つよいや」

へへ、と笑う。

いつもの・・・力哉だ。

安堵のため息をついて、優しく問いかける。

「帰ろう・・・一緒に」

笑って何か言いかけた力哉。

その時。

急に表情を強ばらせると、突然立ち上がって俺の前に立ちふさがった。

「リキ!?」


力哉の体に、幾つもの風穴があく。

そして。

血を吐いて倒れた。

「おいリキ!?しっかりしろ!!!」

近づいて抱き起こすと、彼はまた少し血を吐いてささやくような声で言った。

「『ヤズ』・・・です・・・・・・ばくさん・・・」

『ヤズ』!?

見ると、目の前に黒く光沢のあるうろこを持った竜のような体の化け物が立っていた。

「お前・・・俺をかばったのか!?」

「いつも・・・まもってもらって・・・ばっかりだったから・・・・・・」

「何言ってやがる!?助けてもらってたのは・・・俺のほうだろうが!」

驚いたように目を見開く。

「俺もみんなも・・・お前を頼りにしてたんだぞ!?お前がいなきゃ玄武は・・・ここまでやってこれなかった」

前髪の中に埋もれていた黒い瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「ぼくが・・・?」

「そうだ!俺には・・・玄武隊にはお前が必要なんだ!!!」

涙を流しながら微笑む。

「よかった・・・・・・すこしは・・・おやくにたててたんですね・・・・・・」

『本当はすごく感謝してたんです』

テレパシーのように、力哉の声が頭に流れ込んでくる。

これも彼の高い『神力』がなせる業なのだろう。

『白さんと出会って、毎日がすごく楽しかった。なのに反発して・・・ガキみたいですよね、いい年して・・・・・・』

もう声を出すのもつらいのだろう、彼の顔は蒼白になっている。

『もっと早く出会いたかったな・・・僕がこんな風になる・・・それよりもっとずっと前に』

「今からでも遅くねえじゃねえか!?帰ったらいくらでもやり直せるさ!!!」

力なく微笑む力哉。

「ばくさん・・・・・・ありが・・・とう・・・」

かろうじて聞こえる声でため息をつくように言うと、力哉の体ががくん、と重くなった。

「・・・リキ?」

返事がない。

笑った顔のまま、動かない。

「リキ?」

大きく体を揺さぶる。

「・・・リキ!!!おい!!!返事しろ!!!!!」

手の先から冷たくなっていく力哉の体を強く抱きしめる。

「嘘・・・だろ?」

彼の笑顔は穏やかだった。

今までに見る、どんな表情よりも・・・

「力哉!!!」


「痛っ・・・・・・」

お母さんが小さくつぶやく。

見ると包丁で指を切ってしまい、一筋の血が流れている。

「ちょっと、大丈夫!?」

平気、と笑うお母さん。

「珍しいねぇ・・・どうしたの?」

そう言って覗き込んだ目に、涙が溜まっていく。

「どどど・・・・・・どしたの!?一体!!??」

「なんでもないの、杏・・・本当に・・・」

そう言いながら崩れ落ちるようにうずくまると、そのまま大声で泣き始めた。

「お母さん・・・・・・」

傍にしゃがみこむと、お母さんは私を強く抱きしめて泣いた。

どきんと、大きく心臓が鳴る。

・・・・・・・・・・・・そういうこと・・・・・・・・・・・・か。

「お母さん?」

出来るだけ、優しい声で言う。

「大丈夫よ、お母さん」

白髪の混じる髪を撫でる。

「お母さんは・・・私が・・・守るから」

そう言って目を閉じ、気づくと私の頬を一筋の涙が伝っていた。


冷たい力哉の体をゆっくりと地面に下ろすと、立ち上がって化け物と向き合った。

漆黒の竜。体はそう大きくなく、俺と同じくらいしかない。

本で読んだことがある。

『ヤズ』・・・殺すことを好む、『竜生九子』の一つ。

黄色く光る目を、一瞬細めた様子。

「何が・・・可笑しい?」

『岩融』を強く強く、握り締める。

「お前はそんなに・・・リキが死んだことが嬉しいのか?」

炎のような怒りが全身に湧き上がる。

「お前は絶対に許さん!!!」

『セト』!!!

砂嵐に飛び込み、その漆黒の鱗を渾身の力で斬りつける。

「死ねぇ!!!」

ガチン!という音がして、刀が弾かれる。

「何!?」

鋼のようにその鱗は頑丈だった。

竜は前足をこちらに向けると、その鋭い爪からビームのような物を発する。

まずい!

体をひねって避けるが、その一筋が太ももを貫く。

血がほとばしり、一瞬足の感覚が無くなってがくっと倒れこむ。

そこに鋭い爪が襲い掛かる。

「!」

必死で刀を構え、その攻撃を受け止める。

じりじりと押されながら、必死で考える。

どうする?こいつには刀は効かない。

であれば・・・。

あれしかない。

自分も巻き込まれるかも知れない。

それでも。

力を込めて、ぐっとその爪を押しのけ、距離を取るために飛び退る。

着地の瞬間、さっきの傷がズキンと痛んで、また倒れる。

「刺し違えてでも・・・」

すぐに起き上がって、なんとか立ち上がると『岩融』を構える。

『神力』を集中させる。

周囲を肌を焼くような熱い風が立ち込める。

『ヤズ』はこちらをうかがいながら攻撃態勢に入っている。

先手必勝・・・か。

『岩融』が細かく鋭利な砂を纏う。

熱風にその砂が交じり合ったとき、束を強く握り締めて唱えた。

『シムーン』!!!

灼熱の砂嵐は轟音を上げて『ヤズ』を包み込む。

熱い風はその体から水分を奪い、熱い砂は鱗の間に入り込んで皮膚に襲い掛かり、呼吸器にも突き刺さるように吹き込んで呼吸を困難にする。

その嵐の中に・・・俺もいる。

熱さと息苦しさに朦朧としてきた意識の中、強く念じる。

『俺は・・・帰らねば。力哉と・・・・・・それが・・・あいつをこの隊に引っ張り込んだ俺の務めだ』

負けるわけにはいかない。

『神力』を集中させる。

「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」

吼えると更に砂嵐は勢いを増し、熱を上げ『ヤズ』に襲い掛かる。

最後に小さく一声叫ぶと、『ヤズ』はどさっと積もった砂の中に倒れる。

その姿は干からびて、近づいて触れるとさらさらと崩れて砂に戻っていった。


「・・・終わった」

そう、全てが・・・

再び、力哉に近づく。

血に染まった体、それでも穏やかな笑顔のままで。

「リキ・・・帰るぞ」

返事はない。

それでも、声をかけてやらずにはいられなかった。

「俺もお前と出会えてよかったよ」

涙が頬を伝うが、構わず彼の紫色の長い前髪を掻き分けてやりながら話しかける。

「俺だってな・・・お前に話したいことが山ほどあったんだぞ?」

忙しい日々にかまけて、それが出来なかった。

あの頃はこんな日が来るなんて・・・思ってもなかったのだ。

「何で・・・なんだよ、お前・・・・・・」

うつむいて涙を流す。

北の空は、透き通るように青く、どこまでもどこまでも広がっていた。

玄武で力哉と過ごした10年、あんなに暗い空ばかりだったというのに。

「見えるか?リキ・・・」

俺はその空を一生忘れない。

それは悲しいくらい美しい・・・

青空だった。


先日携帯で読んでみて前書きの長さにストレスを感じたので人物紹介やめました。

携帯からも読みやすいように工夫しようと思う今日この頃ですが・・・

なんせ1話が長いので、画面メモしてゆっくり読んだほうがいいかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ