Ep28 青龍
「玲央様ー!」
磨瑠がテントの入り口から声をかけてくる。
そして、にゅっと大きな耳の顔を覗かせて言う。
「全員、揃いましたですよ」
僕はありがとう、と答えて外に出る。
東の各国に散っている青龍隊士を全員集合させる・・・という機会は今までなかった。
というより、この何代かの隊長はその必要もなく平和に過ごしてきていたのだ。
全員を見渡すと、磨瑠のような獣人もいるし肌の色の異なるものもいる。
ほぼ全員が紺青にとっては異邦人であり、これが一番のこの隊の特徴と言っていい。
そして・・・もう一つ。
こうやって集められたからには皆、きっとわかっているだろう。
「みんなに集まってもらったのは他でもない・・・先の西での事件のことなんだけど」
月岡風牙が率いていた朱雀隊士の半分が、先の総隊長一ノ瀬孝志郎の手によってほぼ壊滅させられ、月岡伍長自体も古泉一夜との戦闘で重症を負ってまだ意識が戻らない。
さらにその後都では、でかいオンブラが暴れて太陰隊士に負傷者が出た。遠矢隊長は十六夜舞と戦って負傷。今はまだ回復途上でうまく隊が稼動していない状況らしい。
「こういった状況はおそらく・・・青龍も無関係ではいられないものと思う」
皆、不安そうな真剣な表情で聞いている。
「『雷鳥』・・・ですか?」
磨瑠が聞く。
頷く僕。
「そう。他の隊にはない、僕らの特殊な技。本当に緊急時ってことにはなるけど、その時には・・・僕に力を貸して欲しい」
彼らに言葉はない。しかし、覚悟を決めたように強いまなざしを僕に向けている。
彼らの意思に感謝しながら、自分に言い聞かせるように言った。
「みんなで紺青を・・・守るんだ」
持ち込んだ包みを開けると、二人は難しい顔をした。
「直りそうですか?」
しばらく沈黙が続いて、蒼玉のほうが先に口を開いた。
「完全に元の形には・・・難しいだろうな」
赤い欠片を手にとって色々な角度から見ながら、碧玉も続いて言う。
「この欠片の角を削って・・・加工すれば、元のものに近い力は保てるかもしれない」
「そう・・・ですか」
ちょっとだけ安心する。
しかし・・・と蒼玉が言う。
「お前・・・『神器』を二つ装備するつもりなのか?しかも・・・『氷花』と『アンスラックス』では属性が対極ではないか」
それは・・・確かにそうなんだけど。
「確かに・・・天后隊の源も二つ保有しているが守備系と攻撃系の2種類であるし、古泉は刀を3本持っていたがあれは元々相性のいいものだしな」
それに・・・と碧玉がためらいがちに言う。
「男女で力の差もある。いくら器用なお前とは言え・・・難しいのではないか?」
二人のプロの懸念はもっともだ。
「お心遣い感謝します。でも・・・『アンスラックス』は私が持ってなきゃいけないって気がするんです」
光の中に消えた十六夜舞の笑顔を思い出す。
「それに、先日は両方持って戦いましたけど何ともありませんでしたよ?」
ふむ、と二人同時に腕組みして考え込む。
「割れた欠片と加工した『神器』では・・・力の出方もずいぶん違ってくるがな」
「お前がそこまで言うのならば、やれるだけのことはやってみよう」
ほっとして、笑顔で頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
病室に入ると、彼はぼんやりと外を眺めていた。
「傷の具合はどうや?」
はっとして僕のほうを見る。
「ああ・・・だいぶいいよ」
珍しいな、と少し微笑む遠矢の全身を包む白い包帯。
「月岡の見舞いか?」
「ああ」
「どんな・・・様子だ?」
あれ以来もう1ヶ月になるだろうか。風牙は一向に目を覚ます気配がない。
それでも、穏やかな表情で眠っている風牙の顔を見ると少し心が安らぐようで、見舞いに行くのは習慣になっていた。
あまり立ち入ったことは口に出したくなかったので、
「お前は人の心配せんと、早く良くなって太陰をまとめなあかんやろ?」
と微笑んでみせる。
ためらいがちに、彼はもう一つ訊いた。
「三日月は・・・どうしてる?」
「ああ藍はんか?あの子ならもうとっくに元気になってバリバリ働いてはるで。なにせ伍長の龍介が頼りないからなぁ」
「そうか・・・回復が早いのだな」
実際はまだきついところもあるようだが、『ケリュケイオン』の応急処置もあってかかなり通常モードに戻っているようである。“舞”だった頃の記憶が戻った・・・という件も、前後の記憶はちゃんと整合しているし、問題ないと言われたらしい。
意を決したように言う。
「浅倉・・・」
「何や?」
「三日月を・・・頼むぞ」
「何をそんな改まって・・・」
彼は、藍の中の“十六夜舞”を心配しているのだろう。
僕はあまりあの人とは親しくなかったが・・・慕われていたのだなと、最近思う。
太陰隊の連中の、藍を見る目が違っているのがわかるのだ。
「任しとき。藍はんは大丈夫や」
「泣かせたりしようものなら・・・ただでは済まさぬぞ」
「・・・あほか」
藍さんの事件があって2週間後、玲央が磨瑠さんを伴ってひょっこり帰ってきた。
「右京、久々!」
にっこり笑って言う。
「どうしたんだ?急に」
「花蓮さん、連れてきちゃったんだって?」
玲央も花蓮様にはお世話になっていたのだ。
「聞いたけど・・・色々複雑なことがあったみたいだね」
僕も最近、やっと整理出来たところだ。
「わからないところあったら教えるけど?」
「うーん・・・いいや!あんまし難しいことには興味ないから。だってミカちゃんはミカちゃんだろ!?」
はっとさせられる。・・・確かにその通りだ。
それよりさ、とちょっと真面目な顔で言う。
「ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」
図書館にいつものように籠もっていると、珍客が現れた。
「磨瑠じゃないか!?どうしたんだ、珍しいな」
我々よりもよく利く鼻をひくひくさせて、かび臭いですねここ、とつぶやく。
「悪い。風を通すようにはしているんだがな」
「来斗さん、ずーっとこんなところにいたら病気になっちゃいますよ」
外に出ようかと提案するが、ここで大丈夫と断られる。
「何か相談事か?」
何もなくてこんなところに現れる磨瑠ではないと思い、聞いてみる。
「『雷鳥』・・・ご存知ですか?」
驚いて聞き返す。
「ご存知も何も・・・一体何事なんだ!?」
「いえ・・・今のところ・・・それをどうこうしようと思ってるわけじゃないんですが・・・現実問題として、影響とか実害みたいなところを把握しておきたいなと思いまして」
断って席を立ち、該当する本をとりに行く。
まさか・・・玲央が。
きっと西での一件を聞いてその考えに至ったのだろう。
いや、もしかしたらあの日・・・
『行っちゃいましたね・・・あの人たち』
孝志郎たちが去った後の会議室。
つぶやく玲央の横顔に、強い意志が感じられた。
『いい人たちだったけど・・・紺青に反旗を翻すっていうなら・・・仕方ないですよね』
既に彼の脳裏には、そのことがあったのかもしれない。
本を取り出して、磨瑠に差し出す。
「古典は・・・読めたな?」
「はい。問題なしです」
彼は確か、語学が達者だった。
大きな目をぎゅっと細めて笑うと言った。
「ありがとう来斗さん。ご恩は忘れません」
何を大げさな・・・とは言葉にすることが出来ず、黙って彼を見送った。
玲央に連れて行かれた先は、霞様たちのいる城だった。
「右京様、それに相馬隊長!・・・どうなさったのですか?」
霞様が嬉しそうに言う。
このところの数々の事件は勿論彼女の耳にも入っているはずで、不安と戦う毎日を送っているに違いない。
玲央は笑顔で尋ねる。
「霧江様、いらっしゃいますか?」
玲央は霧江様のいる中庭に向かい、僕は霞様と二人になる。
こんなことは・・・実は初めてかもしれない。
「右京様・・・申し訳ありませんでした」
「何をおっしゃるんですか?」
「こんなことに・・・巻き込んでしまって」
辛そうな表情の霞様。
「そんなこと・・・気にされてるんですか?」
笑って言う。
「僕はむしろ、あなたに感謝しています。だって・・・僕はこの国に来たおかげで沢山の人と出会えたし、新しい世界を知ることが出来ました。それに・・・兄のことも自分の中で決着をつけることが出来たんですから」
そうでしたね、とつぶやく。
「どんな風に・・・決着をつけたのですか?」
「うまく言えないんですけど・・・それぞれに思いがあったってことに、心から納得できたっていうか。それに、辛くてもそれを理解してくれる人が僕には沢山いるんだって思えたら・・・なんだか今更こんなことにこだわってても兄は喜ばないんじゃないかって」
一生懸命考えながら答える僕を、優しい微笑みを浮かべて霞様は見ていた。
「答えに・・・なってませんよね?」
「いえ。よくわかります」
時々、こうやって会話していると彼女が猫の姿であることを忘れてしまう感覚に陥る。
「私にも・・・そういう風に思えるときが来るでしょうか?」
「・・・え?」
「父のことや・・・孝志郎さんのことや・・・色々なことです」
彼女の辛さは計り知れない。
けど・・・
「大丈夫です。あなたの辛さを理解しようとして、一緒に戦おうとする仲間があなたには沢山いらっしゃるじゃないですか!?」
「・・・それは」
「現に、この僕です」
びっくりした顔でこちらを見る霞様。チリン、と首の鈴が鳴る。
「どんなことがあっても、僕がついてますから!だから霞様、元気出してください。あなたがそんな顔をなさっていては、十二神将隊のみんなが不安になってしまいます」
「・・・そうですね」
にっこり微笑んで答える。
「ところで・・・『玉』というの、なんのことか分かりますか?」
以前『ベルゼブ』が言っていた言葉。
ずっとひっかかっていながら、誰に聞いたらいいかわからなかったのだ。
「王家に伝わる・・・『三種の神器』のことでしょうか」
記憶をたどるように彼女は言う。
「『八咫鏡』と『天叢雲剣』と『八尺瓊勾玉』、3つを手にしたものは世界を制すると言います。最初の2つは実在する『神器』なのですが『八尺瓊勾玉』は・・・」
どこにあるのかわからないのだという。
『玉』は、それを指していると考えて間違いないだろう。
けど・・・一体どういう意味なんだろう?
「藍は・・・どうしていますか?」
考え込んでいると、霞様が言った。
霞様の誕生によって粛清に遭い、死んでしまった藍さんの大切な人たち。
そのことを気にしているのだろう。
「元気ですよ!ただ・・・最近多忙を極めてるみたいなので」
「誰が多忙なんですか?」
びっくりして声のほうを振り向くと、藍さんが立っていた。
「霞様!ご無沙汰いたしております」
にっこり笑う藍さん。
戸惑った表情を浮かべる霞様。
「どうなさったんですか!?霞様・・・右京様が何かしました!?」
「藍さん!!??」
「霞様黙ってらっしゃってはわかりません!この藍にお言いつけください、ちゃあんと懲らしめておきますから!」
大げさに大きな声で言う。
「藍さんてば、そんな・・・僕はなんにもしてませんてば!!!」
霞様が僕らのやりとりに噴き出して、言った。
「藍・・・心配しないで、大丈夫だから」
「本当ですか!?」
「ええ・・・勿論」
藍さんは再び優しく笑って霞様に言う。
「霞様、私は何があっても今までどおり、姫様方の一番の味方ですから。お傍でお守りさせてくださいね、どうかこれからも」
「藍・・・ありがとう」
そんな二人のやりとりに、僕は穏やかな気持ちに包まれた。
「突然お戻りになるなんて、どうなさったんですか!?」
大きな目を見開いて、嬉しそうに聞く彼女。
「それは・・・急に霧江様の顔が見たくなっちゃって」
言うと顔が真っ赤になる。
「な・・・何言ってるんですか!?」
そういう純粋なところも彼女の魅力だと常々思う。
「8割方は本当です!あと、そうですね・・・しばらく都を空けていましたし、色々と情報は入るんですが実際この目で確かめねば、というのが残り2割ですね」
「そうですか・・・」
「思った以上に・・・事態の重大さを認識させられました」
難しい顔をして、霧江様が言う。
「私もいずれ・・・戦わねばならないのかも知れませんね」
「霧江様が!?」
びっくりして聞く。
噂には聞いたことがある。普段はそんなそぶり見せないけど、実はすごい『神器』の遣い手なんだとか。王家の血筋は生まれつき『神力』が高いらしいので、おかしなところは何もないのだけど・・・けど、それにしたって。
「霧江様に戦わせるなんてとんでもないです!」
「そうおっしゃいますけど、『神器』を遣いこなせる人材が不足しているのは事実ですし」
「まだ『三公』だっていますし・・・そうだ花蓮様!あの人半端ないんですから!ご心配なさらないでください、こないだ申し上げたじゃないですか。いざとなったらこの相馬玲央が全力で霧江様をお守りしますから」
また顔を赤らめる霧江様。
「では、玲央様のことは?」
「僕?」
「誰が守ってくれるんですか?」
一瞬言葉に詰まる。
・・・優しい人だな。
にっこり笑って言う。
「僕には磨瑠も、青龍のみんなもいますから大丈夫!ご心配なさらないでください」
ゆっくり手を伸ばし、彼女の短い髪に触れる。
驚いた表情の彼女。
伸ばした僕の手を取って、両手でぎゅっと握る。
「玲央様・・・何か、お考えがあるんじゃないですか?」
笑って答える。
「お考えって・・・僕はあなたをここで抱きしめようかな、ってくらいしか考えてませんでしたけど?」
僕が笑って言うと同時に、彼女が僕の懐に飛び込んでくる。
思わず、その華奢な体を抱きしめる。
「・・・馬鹿なこと、考えないでくださいね」
「何でしょう?」
「私を・・・一人にしないでください」
「何言ってるんですか!?僕は・・・ずっとあなたのお傍にいますから」
その時だ。
背後に気配を感じて彼女を放し、腰の短刀を抜いて飛んできたナイフを払った。
「玲央様!?」
「・・・さすが相馬隊長。いい反応ですねぇ」
にやりと笑って言ったのは・・・力哉さんだった。
「・・・霧江様・・・下がって」
短刀が光を帯び、黄色く光る槍『ブリューナク』へと姿を変える。
「力哉さん・・・悪いですけど僕」
体を低くして『ブリューナク』を構える。
「あなたには負ける気がしません」
動じる様子もなく、薄笑いを浮かべながら力哉さんが言う。
「以前の僕ならね・・・でも」
腰のベルトに挿しているナイフを抜いて両手に構えると、大きく一閃。
その瞬間、旋風が巻き起こる。
「何だ!?」
槍で受け止めるが、構えた両腕がざくっと風の刃によって切り刻まれる。
「玲央様!!!」
「痛・・・」
血が流れる。
痛みに顔をゆがめながら、力哉さんに向かって言う。
「・・・かまいたち・・・ですか」
「ご名答です。そして」
ぐっと体を縮める。
そして周囲に巻き起こった旋風に乗ると彼は大きく跳躍した。
・・・まずい。
「霧江様逃げてください!」
『ブリューナク』を構える僕。
力哉さんは攻撃態勢のかまきりのように上半身を大きくそらし、長い前髪に隠れた両目がぎらっと光る。
『うなれ』!!!
何本ものナイフがかまいたちと共に襲い掛かる。
『神力』を集中させて、槍の周囲に大きなシールドを作る。
鋭い金属音を立ててそのシールドに突き刺さるナイフ。
「うう・・・・・・」
それはものすごい力で、押してもはじき返せない。
「では、これではいかがです!?」
第二波を放つ。
そのナイフは大きく僕の後ろへ回りこむと、ブーメランのような音をたてて僕の背中を切りつける。
「うっ!」
痛みで一瞬シールドが薄くなり、そこに突き刺さっていた前方のナイフが膝やわき腹を切り裂いていく。
ナイフは力哉さんの手へと戻り、僕は体を縮めてうずくまる。
ぽたぽたと流れる血。
悲鳴をあげる霧江様に近づこうとする力哉さん。
「霧江姫・・・ご同行願えますか?」
・・・させるか。
「待て!!!」
立ち上がって『ブリューナク』を構える。
『ユリシーズ』!!!
槍の先端から黄色い光がほとばしり、力哉さんの体を吹き飛ばす。
「うわぁぁぁ!!!」
建物に体を叩きつけられ、ずるずると倒れる。
立ち上がって槍を構え、反応を待つ。
「玲央!どうしたんだ!?」
右京の声。
「右京!!!霞様と霧江様を安全なところへ・・・」
「待て!!!」
力哉さんは怒鳴ると、右手を大きく空にかざす。
中指の指輪が黒く光る。
すると周囲の木の影が浮き上がり、人の形を成して向かってきた。
「何だこれは!?」
右京が叫んで『水鏡』を抜く。
「あなた・・・『オンブラ』を操るんですか!?」
後から走ってきた三日月さんが言う。
「その通り!姫様方、逃がしはしませんよ!?」
大きな声で笑いながら力哉さんが言う。
「右京!」
「分かった!力哉さん頼むぞ!」
右京と三日月さんは二人の姫を挟むように背中合わせに刀を構え、『オンブラ』に応戦する態勢を整える。
それを確認して、僕は再度力哉さんに向き合って槍を構える。
「邪魔なさると言うんですね?」
力哉さんが言う。
「ならば容赦しませんよ!!!」
再度周囲に起こる旋風。
槍を構えて防御の姿勢をとる。
『ジン』!!!
次々と放たれるナイフと風の刃を『ブリューナク』で振り払っていく。
キン!と耳に響く激しい金属音。
背後から迫るナイフは『ブリューナク』を素早く回して回避する。
「そう何回も同じ手は通用しません!」
ナイフの攻撃が一瞬止む。
「やれやれ・・・さすが青龍隊隊長。しかし・・・」
両手に何本ものナイフを構えたまま、にやりと笑って言う。
「あなたも私と同様・・・あまり戦闘の得意なタイプではありませんからね」
勝算がある・・・ってわけか。
ぐっと身を縮めて素早く力哉さんの面前に躍り出ると、槍を繰り出す。
力哉さんは左右にその攻撃を避けるのが精一杯という様子。
そのままじりじりと壁際に追い詰めて態勢を立て直す。
「終わりだ!!!」
力を込めて一突き。
しかし、力哉さんがナイフを構えた両手を胸の前でクロスさせると、疾風がバリアのようになってその刃先が彼に触れることはない。
「!?」
腹部に鈍い痛み。
「・・・ほらね」
至近距離で素早く放たれたナイフが突き刺さっていた。
「玲央様!!!」
霧江様の悲鳴が聞こえる。
力を込めてそのナイフを抜くが、苦痛に顔が歪む。
全身の切り傷にくわえ、その傷から大量の血が流れる。
「玲央!もういい、僕がいく!」
右京が怒鳴る。
「大丈夫だ!!!」
痛みをこらえて、全身の『神力』を集中させる。
『トール』!!!
『ブリューナク』を頭上にかざす。
先端に空から一筋の雷が落ち、槍を力哉さんへ向けるとそこから一気に放出される。
「!!!」
ドーン!という大きな音がして、力哉さんの体は大きく吹き飛ばされた。
「・・・やったか」
ぐらっと体が大きく揺れるが、なんとか態勢を維持して振り返る。
影の『オンブラ』は二人の活躍によって一体残らず消え去っていた。
「・・・ご無事ですか?霧江様・・・」
驚愕の表情を浮かべた彼女はゆっくりと僕に近づく。
「玲央様・・・血が・・・・・・」
かろうじて笑顔を作ると言った。
「こんなの・・・たいしたことありません」
「・・・・・・どうでしょうねぇ」
声に驚いて振り返る。
そこには立ち上がった力哉さんの姿があった。
「まだ・・・動けるのか?」
「第二ステージは・・・ここは狭すぎるようですので・・・移動いたしましょうか」
ちりちりに焦げた体ながら、にやりと笑って言う。
上空に大きな影が現れる。
毛むくじゃらで熊のような大きな獣。
傷ついた体で『神力』を使い、風を巻き起こすと上昇してその背に乗る力哉さん。
「東でお待ちしています!」
彼が言うと同時に、獣はすごいスピードで東へ走っていった。
「東・・・」
つぶやく。
その時、急に視界が狭くなる。
体の自由が利かなくなって、がくんと地面に膝をつく。
「玲央!?」
右京が駆け寄ってくる。
呼吸が・・・苦しい。
「ど・・・く・・・かな・・・・・・」
ナイフに塗ってあったんだろうか。
「私・・・天后隊へ行ってきます!」
三日月さんが弾かれたように走り去るのが見える。
このままじゃ・・・間に合わない。
三日月さんと入れ替わりにこちらへ走ってくる磨瑠の姿が視界に入った。
「玲央様ー!!!」
大きな目を更に大きくしてこちらをじっと見つめる。
「・・・東・・・青龍が・・・・・・」
「敵ですか!?」
小さく頷く。
磨瑠はにっと目を細めて笑った。
「・・・承知しました」
そうか。
やってくれるのか・・・一緒に。
「玲央様!駄目です!!!」
必死な声で叫ぶ霧江様。
「玲央・・・お前」
右京は何も知らないはずだ。
しかし、何かを悟って厳しい表情を浮かべている。
「右京・・・紺青を・・・・・・姫達を守れ」
「・・・ああ」
「僕が・・・帰ってこなくても・・・」
「・・・当たり前だ」
右京様!?と叫ぶ霞様。
でも、とつぶやくと右京は僕の肩を思い切り掴んだ。
「生きて帰って来い・・・必ず」
じっと僕の目を見て、右京は笑った。
僕も少し微笑んで言う。
「お前がいてくれて・・・よかったよ」
ふと背中にぬくもりと重みを感じる。
すすり泣く声。
「霧江様・・・」
答えない。
「いつか約束したとおりです」
笑って言う。
「僕は・・・あなたの傍に」
「ならば!」
どん、と拳で背中を叩く。
「・・・行かないで」
自分に言い聞かせるように、僕は彼女につぶやいた。
「大丈夫。あなたを一人にはしません・・・絶対に」
磨瑠さんの首から下げた緑色の宝石がまぶしく光り。
磨瑠さんと玲央の体が緑色の光に包まれる。
そして、ふわりと上空に浮かび上がるとふっと消えた。
「『雷鳥』・・・か」
振り返ると、そこには来斗さんと藍さんの姿があった。
目の前に現れた緑色に光る巨大な鳥。
柔らかい羽毛の先端ではバチバチと電気がほとばしっている。
前足には2本の槍を掴んでいる。
一本は『ブリューナク』
もう一本は『グングニル』
相馬玲央と井上磨瑠の『神器』だ。
「『雷鳥』って・・・」
来斗さんが重い口を開く。
「青龍隊に伝わる秘技・・・皆が持つ『ジェイド』の欠片が一つに合わさると同時に皆の体が一体となって巨大な『雷鳥』の姿を成す。青龍の従神である雷鳥の姿をもって・・・彼らは敵を倒すんだ」
咆哮を上げる大きな獣。
近くの岩場の切り立つ岩を鷲掴みにして次々に飲み込むと、巨鳥めがけて大きく口を開くと、一気に吐き出した。
『グングニル』を突き出す巨鳥。
その先端に触れるか触れないかのところで岩は次々に粉々に砕け散っていく。
体を大きくひねると、もう一方の『ブリューナク』を獣目掛けて突き出す。
その先端から大きな雷が走って獣を貫く。
地の底から響くような大きな悲鳴があがる。
あれが・・・『雷鳥』。
獣は怒り狂って地面の砂をすごい勢いで吸い込むと、また思い切り吐き出した。
砂嵐が巻き起こり、目をつぶされぬようぐっと目を閉じる巨鳥。
その隙をぬって獣が巨鳥の目の前に躍り出て、鋭い爪の前肢を振りかざす。
巨鳥は寸でのところで大きく羽ばたき、その攻撃を回避。
目を緑色に光らせると、獣に突進して獣に嘴を突き立てる。
雷光が走り、獣が感電したようになる。
ふらふらと後退する、獣の姿。
その時、手元の無線が鳴った。
『宗谷隊長!?』
三日月の声だ。
『状況は?』
次に涼風の声。
「そちらの指示通り東陣に到着。目の前に『雷鳥』と獣のような『オンブラ』がいる」
『『トウテツ』か・・・』
涼風がつぶやく。
『戦況は・・・いかがです?』
三日月の不安そうな声。
「俺の目には『雷鳥』が有利に見えるが?」
『背後に誰か・・・見えますか?』
「いや・・・誰も」
言いにくそうにしている彼女の意味するところは明らかだ。
「隊士達を動員して探してみよう」
『気をつけてくださいね、彼は・・・強いです、前にも増して』
「・・・心得た」
その時。
涼風が『トウテツ』と呼んだ獣が大きく一声ほえると裂けるほどに大きく口を開け、『雷鳥』に頭から噛み付いたのだ。
悲鳴のような鳴き声をあげる『雷鳥』。
抵抗するが、その体はずぶずぶと獣の口の中に飲み込まれていく。
緑色の電流を全身に流し、まぶしい光を放つ『雷鳥』・・・しかし、獣はびくともしない。
「相馬・・・」
相馬玲央と青龍隊士達の命を賭けた作戦が・・・
それほどまでに『オンブラ』とは・・・力があるものなのか。
目の前の『雷鳥』はもう後ろ足しか見えない。
無線から聞きなれない女性の声が聞こえた。
『『雷鳥』!!!しっかりなさい、あなたはこんなもんじゃないでしょ!?』
いつの間にか現れた花蓮様が来斗さんの無線をひったくると大声で怒鳴る。
「どうしたんですか花蓮様!?」
風向きが変わったわ・・・とつぶやく。
「どうしてそんなことわかるの!?」
「どうしてもよ、舞はわかんないの!?もう・・・」
頭を抱えてうつむく。
しばらく無言でそうしていて、再び顔を上げたとき、彼女の目が青く光っていた。
・・・この前と・・・同じ。
「『雷鳥』に聞こえないならあなたに直接言うわ・・・玲央」
みんな、彼女の声に黙って耳を傾けている。
少し離れたところでうずくまり、両手を組んで祈るように体を硬くしている霧江様。
「私はあなたに何を教えた?大事なものを守るために・・・覚悟決めたんでしょ!?だったら玲央!やり遂げなさい、こんなところでくたばってどうするの!?」
それは5年ほど前、玲央が紺青に発つ前に花蓮様の庵を訪れた時のことだ。
『色々なこと、学んでらっしゃい』
笑顔で花蓮さんは言った。
『そうなんでしょうけど・・・僕は正直・・・』
玲央は人の命を奪う戦争を嫌悪していたし、その手段となる武術や剣術も好まなかった。
軍人になるなんてとんでもない、と思っていたに違いない。
『あなたらしいわ。でもね・・・』
花蓮様は玲央の目の前に進み出ると、じっとその目を見て言った。
『力を持つってことは、自分と自分の大切なものを守ることができるってことだわ』
『・・・僕は』
強い口調で反論する玲央。
『力を持つことが必ずしも守ることとは思えません!』
『だけどね玲央・・・悲しいけれど力がなくちゃどうしようもないことだってあるわ。あなたの考えは素晴らしいと思う、だから・・・』
花蓮様は優しく微笑んで言う。
『まずは力を持つこと。そして力を使わずに人を治めること、人を守ることを考えればいいんじゃないの?』
はっとした表情の玲央の短い髪をくしゃっと撫でて、花蓮様は笑って言った。
『あなたになら出来るわ・・・玲央のこと、信じてるから』
『雷鳥』を飲み込んだ『トウテツ』の体が緑色に光り輝く。
無線から叱咤する声が続く。
『従ってくれた磨瑠くんを始め沢山の隊士達のことまで道連れにするなんて、玲央らしくないじゃない!?』
空に黒く厚い雲が立ち込める。
『あなたの生き様、見せてみなさい!!!』
その瞬間、大きな雷鳴がとどろき大きな雷が『トウテツ』めがけて落ちてきた。
何かが爆発するような大きな音。まぶしい閃光。
目を細めてその姿を見る。
緑色の光に包まれた『トウテツ』は真っ二つに裂け、その中から『雷鳥』が大きく羽ばたき、大きく一声鳴いた。
『トウテツ』はそのまま、光の中にその姿を消した。
そして、『雷鳥』は・・・・・・
一度視界が真っ白になり、元に戻った時そこに広がっていたのは。
『報告する』
宗谷隊長の声。
『『トウテツ』を倒した後、『雷鳥』が姿を消し・・・井上磨瑠始めとする青龍隊士の姿を確認した』
少し間があって、言葉が続く。
『皆負傷しており、意識がないが・・・息はあるようだ』
「・・・玲央は?」
『姿が・・・見えない』
背後で泣き崩れる霧江様の声がする。
そういうことか・・・とつぶやく来斗さん。
「受けたダメージを自分に集めて、皆を守った・・・そういう奴だ、あいつは」
花蓮様が寂しそうに笑ってつぶやく。
「全く・・・・・・あの子は分かってたのか分かってなかったのか・・・馬鹿なんだから」
「玲央・・・」
東の空を見上げる。
気が優しくて、いつも穏やかで。
会うと心が安らぐような奴だった。
紺青で色んな人と出会ったけど、あいつはやっぱり特別だった。
誰よりも僕を知っているし、理解してくれる存在。
大きな地位を背負っても本質は変わらなくて、それはまた僕を安心させてくれた。
なのに・・・
「そんな覚悟してたなんて・・・何で言ってくれなかったんだよ?」
涙が溢れる。
「寂しすぎるよ・・・そんなの」
誰も答えてくれないそんな問いを、僕は一人つぶやいた。
「リキ!!!どこに隠れている!?」
誰の姿も見えない荒野に向かって俺は怒鳴る。
「いい加減に姿を見せたらどうだ!?今回は・・・相馬の勝ちだ!!!」
周囲を捜索していた隊士たちの一団から悲鳴が起こる。
その声の先に走っていくと、体に大きな傷を負って倒れる隊士達の姿があった。
そして、ナイフを構えて竜巻の中にたたずむ・・・力哉の姿。
「僕の負け・・・ですか」
にやりと笑って言う。
「言ってくれますね白さん・・・痛み分け・・・ってところじゃないですか?」
「黙れ!!!」
『岩融』を構える。
「やるんですか?・・・ここで?」
はっとして周囲を見渡す。
そこには倒れる隊士達と、それ以外にも騒ぎを聞きつけて集まってきた隊士達の姿がある。
ここで『神器』を使ったら・・・確実に巻き込んでしまう。
ぐっと刀を握って力哉を睨みつける。
力哉は愉快そうな笑い声を上げる。
「さっすが白さん!・・・相変わらずお優しいことで」
ナイフを持ってくるっとターンすると、その周囲に大きな旋風が巻き起こる。
吹き飛ばされる隊士達。
その砂嵐の中目を凝らすと、大きく浮上する力哉の姿があった。
「では白さん・・・またいずれ」
そう言うと、彼は砂嵐の中に消えていった。
その一週間後。
磨瑠さんが紺青に、青龍隊士達を引き連れて帰還した。
「まだ意識の回復しない者もおりますが・・・」
彼らはそのまま、天后隊の病院に収容された。
「皆命に別状はありません・・・これも全て、玲央様のおかげです」
辛そうにうつむく霧江様。
「ご苦労様でした・・・」
そうつぶやいて、深々と頭を下げる。
霞様も暗い表情で、その様子を見つめている。
僕は困って隣の草薙さんと顔を見合わせる。
その時。
磨瑠さんの背後から、赤ん坊の笑い声のようなものが聞こえた。
広間に赤ん坊を抱いて現れたのは・・・満面の笑顔の花蓮様。
「磨瑠くん!やっとご機嫌直りましたよ〜」
にっこり笑う磨瑠さん。
「・・・やれやれ。さすがお母さんは違いますね」
花蓮様と共に現れた藍さんが怪訝そうな表情で訊く。
「で、井上伍長・・・この子は一体何なんですか?」
にっこり笑った花蓮様が言う。
「あら・・・分からないの?」
皆花蓮様の抱いた赤ん坊に注目する。
少し褐色がかった肌、金色の柔らかそうな短い髪。
・・・・・・まさか。
こともなげに、笑顔の磨瑠さんが言う。
「玲央様ですよ」
「何だって!?」
「『神力』を使い果たして、『命』を削った結果・・・玲央様は一度消滅してしまったのですが・・・」
『雷鳥』が消滅して、少し経って意識が戻った磨瑠さんの目に映ったのは、薄緑色に輝く鳥の卵のようなもの。
近づいてそれに触れた瞬間、その卵は眩しく光り輝くと真っ二つに割れ。
そこから現れたのが・・・この赤ん坊だったという。
「生まれ変わった・・・ということか」
来斗さんがつぶやく。
磨瑠さんはうなずくと、確信した声で言う。
「ですが・・・まぎれもなく、この子は玲央様です」
恐る恐る赤ん坊に近づく、霧江様。
赤ん坊は笑顔で霧江様に向かって小さな右手を伸ばす。
『ずっとあなたの傍に・・・』
そういうことだったのか・・・玲央。
霧江様はその右手をしっかり握ると、静かに涙を流しながら彼に微笑みかける。
「・・・ありがとう」
花蓮様はそっとね、と優しくささやくと、彼を霧江様に渡す。
霧江様はその赤ん坊を胸に抱き、じっとその瞳を見つめてしばらくそのままうつむき。
やがて顔を上げて、磨瑠さんに笑顔で言った。
「この子・・・私に育てさせてください!」
「ええ!?・・・本気ですか?姫様」
磨瑠さんがびっくりして尋ねるが、彼女の表情に迷いは無い。
「はい!今度は私が・・・玲央様を守って差し上げる番ですから」
胸に抱いた赤ん坊の顔を優しく見つめる。
「ね?・・・私が・・・ずっとお傍におりますから」
いつの間にか僕たちの傍に立っていた藍さんが、感極まった様子でつぶやく。
「これも一つの『愛』・・・か」
優しい笑顔で見つめ合う、小さな玲央と霧江様。
みんな安らかな気持ちで、二人を見守っていた。