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Ep26 舞(前)

夜風が身を切るような寒さの中、城下を一人歩く。

『見回りを・・・ですか?』

草薙は驚いた表情で聞き返した。

『そりゃ、太陰隊の応援もあったほうが助かりますけど・・・でも、どういう風の吹き回しなんですか?』

適当に言葉を濁して、見回りを無理矢理交代させると、隊舎を出たのだ。

騰蛇隊の隊士達の噂というのがずっと引っかかっていた。

『どうも、夜中に街を飛び回ってるのが目撃されてまして・・・』

聞きつけてきたのは太陰隊士の一人だった。

『しかも・・・前よりちょっとちっちゃくなってるらしいんです』

『・・・小さく?』

『はぁ。幼く・・・っていうか。でもこんな話、信じますか?遠矢さん・・・』

飛び回る・・・のは可能だろう。『アンスラックス』を使って炎を翼に変え、飛翔する姿を何度も目撃したことがある。

しかし・・・

幼くなっている・・・というのは一体、どういう意味だ?

背後に人の気配を感じて、振り向く。

・・・誰もいない。

大きくその上、時計塔を見上げてみる。

心臓が高鳴る。

3時を指す短針の上にちょこんと腰掛けている・・・その姿は、確かに。

「十六夜隊長!!!」

俺が叫ぶと、ちょっと目を細めて少し笑ったようだ。

その放つ強烈な気は以前と変わらない。

変わったのは、全身を包む紫紺のベール。

そして噂通り、幼くなり、さらに小柄になった姿だった。


「秋風さーん、右京達が来てるわよ」

朔月邸を訪れると、花蓮様が僕らを朔月公のところへ通してくれた。

いつの間にか、押しかけ女房が板に付いてしまっている様子。

相変わらず、難しい顔で朔月公を睨みつけている藍さん。

深刻な表情の遠矢隊長。

そして、そんな二人を伴って困っている僕と来斗さん。

「どうしたんだ?今日は遠矢も一緒なのか」

朔月公が口を開く。

「“十六夜舞”のこと・・・聞きに来ました」

藍さんが低い声で言う。

「お母さん、紺青に来たばっかりのとき、私のこと“舞”って呼んだよね?」

さあどうだったかしら、とすっとぼける花蓮様。

「私は・・・隊長が一体どうなってしまったのか・・・・・・その」

「遠矢隊長はすっごく心配してらっしゃるんです!」

口ごもる遠矢さんの言葉に続けて、強い口調で言う藍さん。

「さあ、今日という今日こそ、話してもらおうじゃない!」

困った顔をして、朔月公がつぶやく。

「だから・・・話すことなどない!と言っておろうが」


偵察から戻った十六夜隊長に、お疲れ様でした、と声をかける。

「どうでした?紺青の様子は」

変わりない、と低い声でつぶやく。

「つまんねーなぁ、なんか面白い報告ねえのか!?十六夜」

藤堂隊長が言う。

「・・・ない」

「なーんだよ、つれねえなぁ」

遠くから一夜さんが言う。

「面白いのは・・・舞ちゃん自身だよね?」

十六夜隊長はじろっと一夜さんを睨みつける。

「私の・・・どこが面白い?」

「だってさ、明らかにちっちゃくなったよね?」

それは、僕も感じていた。元々幼い声が、ワントーン高くなっているようにも感じる。

「俺の想像・・・聞いてくれる?」

何だ?とすごんで言う十六夜隊長。

「舞ちゃんは実は『神力』の塊でさ。『神器』を使うたびにどんどん『神力』を消費していってさ、石鹸が小さくなるみたいにどんどん磨り減って小さくなっちゃうんだ」

どう?と楽しそうに言う一夜さんに、くだらん!と怒鳴る。

「そうかなぁ。案外当たらずとも遠からず、だったりしてね」

言い返そうとする十六夜隊長。

その時、扉が開いて孝志郎様と力哉さんが入ってくる。

「皆さん!朗報ですよぉ」

嬉しそうな力哉さんの声。

「ベルゼブ様が、僕らに応援を寄越してくださったんです!」

「外を見てみな」

ぐっと親指で外を指す孝志郎様。

外に出てみて驚いた。

そこには、九匹の巨大な『オンブラ』の姿。

「『竜生九子』という」

孝志郎様が言う。

「こいつらを駆使して、本格的に『玉』を奪還するための作戦を開始する。お前ら、覚悟はいいな!」

周囲にいた隊士達から歓声が上がった。


「俺には・・・十六夜隊長の身が案じられてならんのだ」

藍さん一人を朔月邸に残して、戻ってきた騰蛇隊舎で遠矢隊長がぼやく。

「そうおっしゃいますが・・・あの方は・・・その」

「“反逆者”だ、それはよくわかっている。だが・・・」

僕の顔をじっと見つめると、強い口調できっぱり言った。

「あの方が反乱など・・・何か訳があるに違いないんだ!」

顔を見合わせる僕と、たまたま様子を見に来ていた剣護さん。

「だから俺は、どーしてもあの方と話がしたい!昨夜はそう思っていたのだが・・・」

うなだれて嘆く。

「一体あの方に、何が起こってるっていうんだよ!?」

一しきり愚痴って、遠矢隊長は肩を落として帰っていった。

大きな背中が、心なしかいつもより小さくなって見える。

「・・・羨ましいよな」

剣護さんが小さくつぶやいた。

きっとそれは、絶対何か訳があると言い切った遠矢隊長に対しての言葉だ。

ちょっと迷ったが、聞いてみる。

「・・・剣護さんは?」

剣護さんは大きなため息をつく。

そしてこちらを向いて、笑って言った。

「俺は・・・わかんねえな!“あいつ”の考えてることはさーっぱり」


「親子水入らずと相成りましたけど・・・」

黙ってお父さんを睨みつける私と黙って睨み返すお父さんに、業を煮やしてお母さんが話し始めた。

「秋に聞きたいこと、私もあったのよね」

「名のことか?」

「そ!」

「『舞』という名は・・・紺青で知る者も多かったであろう?だから名を変え、遠方に隠した。まさか一ノ瀬公が紺青に連れ帰るなど・・・思いもよらなかったがな」

やっぱり『舞』というのは・・・私の本当の名前なのね?

「でも、舞自身がそれを忘れてるっていうのはどういうことなの?あなた、この子に何かしたわけ?」

心臓が高鳴る。

ズキン、と殴られたように頭痛がした。

頭をよぎるのは・・・真っ白な雪のイメージ。

頭を押さえてうずくまる私にお母さんが駆け寄り、大丈夫?と抱きしめる。

「何もしてはいないのだが・・・・・・」

言いよどむお父さん。

「花蓮・・・粛清の行われた頃、お前は一足早く紺青を出て、私はしばし城に軟禁された。その間にこの子に何かが起こった・・・それは確かだと思う。しかし私がなんとか城から抜け出し、城外でやっと舞に会えたときには、もう・・・一切の記憶を失っていたんだ」

「何かってそれは・・・・・・『小春』に関係のあること?」

コハルサン・・・・・・

それに・・・・・・フウ

誰だっけ?

思い出せない。

降り積もる真っ白な雪。

そして。

その白い雪を染める真っ赤な・・・・・・

「いやーーー!!!」

叫ぶと同時に、全身が炎に包まれる。

「舞!?」

びっくりしてお母さんが何か唱え、再び私を包むように抱きしめる。

お母さんの体は冷気を帯びて、私の熱を次第に冷ましてくれる。

「大丈夫よ・・・舞ちゃん」

その声を聞きながら次第に意識が薄れていく。

発火した?

私が?

『螢惑』を身につけた愁でもあるまいし。

一体・・・どういうことなの?


西の門から報告が入る。

一ノ瀬孝志郎一派が現れた・・・というのだ。

「いいからお前ら早く逃げろ!俺らがすぐ行くから持ち場は放棄しても構わねえ!!!」

無線に向かって怒鳴りながら、右京と二人全速力で走る。

『いいからって・・・伍長』

「太刀打ち出来る相手じゃねえだろ!お前らの命のほうが大事だろうが!?」

無線がしばし沈黙する。

「おい!どうした!?」

『・・・立派な心がけじゃねえか、龍介』

ぞくっと悪寒が走る。

「孝志郎・・・さま」

『案ずるな、お前の隊士たちはみーんな無事だよ。今回は危害を加えるつもりで来たわけじゃねーんだ。ゆっくり来い!待っててやっから』

「孝志郎か?」

背後から声がする。

振り返ると、それは来斗さんと剣護だった。

「・・・俺も行こう」

「俺も」

「愁さんと藍さん・・・呼びますか?」

右京が聞く。

『それには及ばへんで?』

無線から愁の声がする。

『孝志郎はんが来てるて、ちゃあんと気配で分かってるわ。けど・・・今は行かれへん』

風牙はあれ以来、一度も意識を取り戻していない。

毎日定期的に、愁は風牙を見舞っているようで、今は病院にいるらしかった。

『剣護、一夜がいたら・・・伝えてくれるか?』

何だ?と剣護がつぶやく。

『“お前は僕が必ず殺す”って』

低い声で言う。

一瞬間があって、か細い声で分かった、と答える剣護。

「じゃあ藍さんも気づいてますね、おそらく」

右京がつぶやく。

三日月は両親と一緒にいるはずだ。出てこれないのにはきっと何か事情がある。

つまり、あいつもパスだ。

4人で西の門に向かう。


西の門にいたのは、予想に反して孝志郎たった一人だった。

いや、正確には、一人と・・・9体。

巨大な化け物を従えている。

孝志郎に無線機を奪われた隊士たちは、腰を抜かして門の壁にもたれ震えている。

真紅のローブに身を包んだ、孝志郎の姿。

皮肉っぽく言ってみる。

「悪役がずいぶんと、板についてるじゃないか?」

ふっと笑って孝志郎が言う。

「それはそうと来斗・・・気は変わったか!?」

「痴れたことを・・・」

「藍をどこに隠したんだ?」

「あいつも・・・お前には従わんさ」

「聞いたぜ?朔月の娘なんだってな・・・傑作じゃねえか、つまりあいつにも紺青の王族の血が流れてるってことになるなぁ」

「何!?」

皆、凍りつく。

「どういうことだ?」

「朔月秋風・・・あいつは、一代前の王の隠し子だよ。知らなかったのか?」

しかし、彼は亡き王よりもずっと年下だ。当然に粛清の対象であったはず。

・・・まさか。

「想像通りだよ。先代の王は朔月の奥方に手をつけ、出来た子があいつってわけ。俺らの親父の世代くらいまではみんな知ってたようだがな、公然の秘密ってやつさ」

ひでえもんだろ?と愉快そうに笑う。

「だから・・・朔月公は、藍さんを隠した?」

右京が聞く。

「それもあるんだろうけど、それよりあのお袋さんだろ?韓紅の一族だって」

「韓紅!?」

「聞いたことがある・・・『神器』を自由自在に操り、『オンブラ』とも自由に意思疎通が出来る。生まれながらに冷気を操ることに長けていて、炎を操ることに長ける紺青の王家の血筋に災いをもたらすとか・・・そんな話だったか」

俺が言うと、孝志郎は愉快そうに笑った。

「王の粛清があった当時な、親父んとこに出入りしてた役人が言ってるの、聞いたことあるぜ。韓紅の血を引いた娘が二人紺青に潜伏してて、やばいことになってるとか何とか。一人は遠方に逃げたが、もう一人は・・・子供と一緒に始末するって」

「子供って・・・藍さんのことですか!?」

右京が聞く。

「そこまでは知らねーが・・・男だって言ってたような気がするぜ、そのやばいガキっての」

さあおしゃべりはここまでだ、と孝志郎が言う。

「遠矢に伝えといてくれ」

9体の『オンブラ』と共に土ぼこりを舞い上げながら空に飛翔する。

「最初は十六夜が出る。あいつに会いたきゃ・・・お前が出張って来いってな!」


初めてあの人に会ったのは、俺が『天象館』での交代劇を征し隊長になって1年ほど経ったときのことだった。

『この隊は、強いものなら誰でも隊長になれると聞いたが』

小柄な少女が突然門戸を叩くと、ずかずかと奥まで入り込んできて突然そう言ったのだ。

隊士達から爆笑の渦が沸き起こる。

『おいおい、おじょうちゃん!頭大丈夫かよ!?』

『ちゃんとおうちの人には言って来たのか!?』

じろっと、隊士達を睨みつける。

少女から発せられたその鋭い殺気に、隊士達はしん・・・と一瞬で静まり返る。

ふむ、と俺は彼女をまじまじと見つめた。

目だけ露出した、白装束に身を包んだ少女。

どこからどう見ても、6,7歳やそこらにしか見えない。

しかし・・・この殺気、この落ち着きっぷり。

一体何者なのだろう。

『お前がここの隊長だろう?・・・・・・どうなんだ?』

『確かに、この隊は昔からそういう気風だが』

この少女、妖怪か何かの類かも知れない。

十二神将隊に興味を持つとは・・・危険なのではないだろうか。

危険因子ならば、倒さねばなるまい。

そう思った俺は、彼女の挑戦を受け入れた。

しかし、『天象館』での戦いで俺は大敗を喫することとなる。

彼女は『神器』の類は全く手にしていなかった。

持っていたのは何の変哲もない小太刀一振り。

構えて向き合うが、仕掛けてくる気配はない。刀を抜きさえしないのだ。

『そちらから来ぬなら、こちらから参るぞ』

そう言うと『蝉丸』を構え、地面を蹴った。

試しに仕掛けてみたにしても、それなりの速さはあったはずだ。

しかし、彼女はひらっと身を翻すといとも簡単にその攻撃をかわす。

『やはり・・・ただの少女ではないようだな』

つぶやいて、力を込めてもう一振り。

小さな体をひねってそれを交わす。さらにもう一度。

刀を抜くことなく、軽々と俺の攻撃をかわしていくのだった。

そして何度目かの攻撃をかわすと、たんっと地面を蹴る。

ふっと薙刀が重くなる。

気づくと、彼女はその先端に立ち、小太刀を抜いて俺の目の前に突きつけていた。

『どうした?そんなものか?』

かっとなって薙刀を大きく振り回すと、彼女は宙返りするように軽く跳躍すると地面に着地した。

『神力』を『蝉丸』に集中させる。

『圧』!!!

刃先から放出される、大砲のような空気の圧。

一瞬で小柄な体を吹き飛ばすほどの威力があるはず。

しかし・・・

彼女は両手を前方に突き出すと、重いそのエネルギーを一挙に受け止める。

『何!?』

驚くが、攻撃の手は緩めない。

『うおおおお!!!』

全身の力を込めて、『神力』を放出する。

彼女はずるずると少し後退するが。

かっと目を見開く。

するとその手の中のエネルギーが四方に飛び散っていった。

『天象館』の壁が大きく振動する。

彼女は右手を高く頭上にかかげた。

全身を炎が包み、かかげた右手の上には炎の球が頭上に膨らみ。

俺に向かって放たれた。

『何!?』

あまりに突然の出来事に俺は何の反撃も出来ず炎の上昇気流に舞い上げられ、気づくと地面に叩きつけられていた。

俺の全身を焼いた炎はそのまま消える気配がなく、じりじりと体を焦がし鋭い痛みが走る。

『降参するか?』

倒れてうめいている俺に、少女は言った。

『私は・・・供を一切連れていない。お前がもし良かったら、私の片腕として働いてくれないだろうか?』

『な・・・に・・・・・・?』

『どうだ?』

ごおっと炎が激しく燃える。

『わ・・・わかった・・・』

答えると、一瞬で炎が消え去る。

痛みにうずくまっている俺に近づいてくる彼女。

手荒なことをしてすまなかったな、と小さな声で言う。

『感謝する・・・お前のおかげで、私は・・・やっと自分の居場所を得ることが出来る』

穏やかな口調で、目だけで微笑んで言った。

『自分の・・・居場所?』

『私の名は十六夜舞。お前は』

『遠矢・・・勝之進だ・・・』

『そうか・・・良い名だな』


『自分の居場所』あの時、あの人はそう言った。

一体どこから来たのか。

だが今となってはそんなことはどうでもいいことだ。少なくとも、俺にとっては。

とにかく太陰にいる間の彼女は、安心しているようにも見えた。

今までなかった居場所を得たからなのか。

だとすれば、今は・・・どうしているのだろう。

そんなことをぼんやりと考えていて、ふと気づくと隊士達に囲まれていた。

「遠矢さん!・・・行くんですかい!?」

「俺らも・・・連れてってくださいよ!!!遠矢さん!」

「俺も十六夜隊長に会いたいっすよ!」

若干目を潤ませて、俺も俺もと口々に言う隊士達。

「駄目だ!俺一人で行く」

「何でですか!?」

「朱雀の月岡を・・・見ただろう?」

みなの表情が固まる。

「あれが隊長の力だ・・・お前達の身を、危険に晒すわけにはいかない」

「じゃあ、遠矢さん・・・十六夜隊長のこと、連れ戻してくださいよ!」

今度はお願いします!と隊士達が大合唱する。

あの人は、隊士達にものすごく厳しかった。

しかし、それ以上に温かい人だった。

だから姿がどうであれ、隊士達は皆彼女を心から好いていた。

隊長に対する敬意というのでは、太陰隊は他の隊の追随を許さないと言えるだろう。

それも皆、彼女が何年もかけて培ってきたものだ。

立ち上がると皆に向かって言う。

「わかった。十六夜隊長は必ず連れて帰る!」


騰蛇隊舎に戻ってきた。

「整理しますけど」

右京が言う。

「朔月公は紺青の王の血を引いてます。そして、花蓮様はそれに敵対する韓紅一族の血を引いてます。その二人の娘が・・・藍さんでしょ」

そうだな、と俺が頷く。

「花蓮様には一緒に紺青に来た義理の妹っていうのがいるらしいんですが、それがきっともう一人の韓紅一族の娘でしょ?その人と王の間の子供が・・・男の子で・・・」

「誰なんだろうな、それ」

龍介がつぶやく。

「花蓮様、妹は粛清にあって死んだ・・・って言ってたんだろ?ならその息子ってのも一緒に死んだって考えるのが自然じゃないのか?」

剣護が言う。

確かにそうなのだが・・・

「あの粛清の中でな・・・大雪の日、城外で追っ手の兵士が大量に殺された事件があったんだ」

皆、驚いた顔で俺を見る。

「手だれの兵士をそうやって倒せるだけの力のある女なんてほかに・・・思いつかんだろ?」

「だとすれば、花蓮様の妹さんは生きてるってことですか?」

「小春は確かに死んだわよ」

入り口のところに、花蓮が立っていた。

「私はもう紺青を離れてたけど、秋風が確かに確認してる。あの人は私達と通じてるのがバレて城の一室に軟禁されてたんだけど、抜け出して小春・・・っていうのが私の妹の名前なんだけど、を探しに行ったのよ。でも、一足遅くて・・・」

「その時、藍は一体どこにいたんです?それに・・・小春という人の息子は」

ちょっと難しい顔をして、空を見上げる花蓮。

「一緒にいたのよ、小春と。二人ともね」

「じゃあ・・・」

「多分あの子は目の前で、小春が殺されるところを見てるのよ。そして、舞かもう一人・・・小春の息子である『風』の力が暴走して・・・そんな事件が起こったのね、おそらくは」

朔月公が到着したときには、もう全てが終わっていた。

純白の雪の中に真っ赤な血を流して倒れる兵士達。

そして、倒れる『小春』と、二人の子供たち。

花蓮が密偵のようなことをしている間藍は小春のところに預けられており、『風』という少年とは兄妹のようにして育ったのだという。

二人の手は固く握られていたそうだ。

「その場で息があったのは・・・藍さんだけだった・・・ってことですか?」

頷く花蓮。

そんな衝撃的なことがあったために、あいつは記憶を失っていたということか。

「ひょっとしたら記憶・・・戻りかけてるのかも知れないわ」

難しい顔で言う。

「『十六夜舞』という人物が若返ってるとか言うのも、それに関係してるのかもしれない」

どういう意味だ?

「来斗くん、その人って舞の・・・小さい頃に似てない?」

どきんと心臓が鳴る。

十六夜隊長は顔の大半をベールで隠してはいたが、あの黒い大きな瞳。

「似ている・・・かもしれない」

そう言いながら、だんだん確信していく。

俺が初めて藍に会ったのはあいつが10歳の時だが・・・

あの頃の藍を少し幼くしたら・・・

何故今まで気づかなかったんだろう。

「どういうことなんですか!?花蓮様!!」

右京が叫ぶ。

「舞の失った記憶が何らかの形で具現化したもの・・・それが『十六夜舞』なんじゃない?」


『お歌歌って!』

畳に寝そべって、着物の裾をひっぱると甘えた声で言った。

『もう・・・』

困ったような表情を浮かべるその女性。

『ねぇ〜、お願い!』

優しく微笑んで、しゃがみこむと私の頭を撫でてくれる。

大好きだった、香水の甘い匂い。

『仕方ないなぁ・・・』

そうつぶやくけれど、目は優しく笑っていた。

私の髪を撫でながら、彼女は優しい声で歌を歌ってくれた。

全身を包み込む歌声にとても安らかな気持ちになっていく。

そんな夢から目覚めると、外は宵闇に包まれていた。

どうやら、長いこと眠っていたらしい。

外から冷たい風が吹き込んできて、ぎゅっと身を硬くする。

ベッドから起き上がると、両親に気づかれないように外に出た。

神経がだんだん研ぎ澄まされてきて、直感が確信に変わっていく。

来ている。

“十六夜舞”が・・・


城を離れた荒野に彼女はたたずんでいた。

「十六夜隊長!」

俺の声に気づき、振り向いた彼女の姿は以前より確実に小さく見えた。

「遠矢か・・・」

懐かしい声。

「隊長・・・」

近づく俺の目の前に、突然火柱が上がる。

「何!?」

燃え盛る炎の向こう側で、冷たい視線をこちらに向けて言う。

「時間がない・・・始めるぞ」

「どうしても・・・とおっしゃるのですか?」

何も答えない。

再び訊く。

「隊長は一体何故、一ノ瀬孝志郎に従ったのです!?」

「答える必要はない!!!」

火柱の向こう側から、炎のトンファーを構えた十六夜隊長が飛び出してくる。

ギリギリのところで『蝉丸』をかざして、攻撃をかわす。

「隊長!」

「私はもう・・・隊長ではない!」

次々に繰り出される攻撃を交わしていく。

速さは以前と全く変わりない、しかし・・・軽すぎる。

体勢を立て直し、こちらから仕掛ける。

ぶつかり合う二つの『神器』。

「一体どうしたというのです!?そのお姿は」

「うるさい!!!」

周囲に炎の渦が出来る。

彼女の周囲にそれが集まり。

『アグニ』!

右手をかざすと、炎の渦が猛スピードでこちらに迫ってきた。

「!」

防御が間に合わない。

そう思った瞬間、俺の目の前を青白い閃光が走った。

目の前に立っていたのは・・・三日月藍。

『氷花』をかざし、炎の渦を一点に受け止めていた。

「三日月!お前、いつの間に・・・」

「遠矢さん・・・」

炎を一手に受け止めながら、三日月が何か言おうとする。

しかし、じりじりと後ろに押されていく。

「下がって・・・」

そう言うと、彼女はかっと目を見開き、叫んだ。

『スノウストーム』!!!

青白い光は氷の渦となり、炎をかき消した。

それは水蒸気になり、周囲は霧がかかったようになる。

「三日月・・・来たのだな」

十六夜隊長の声。

「お前とは、いずれ決着をつけねばならぬと・・・思っていた」

「隊長、どういうことです!?」

十六夜隊長を睨んだまま、色々ありまして、とつぶやく三日月。

「『ヘイカン』・・・遠矢と遊んでやれ」

十六夜隊長の声が霧の中から聞こえ、二つの真っ赤に光る目が見えた。

そして、飛び掛ってきたのは大虎。

『蝉丸』でその牙を受け止める。

「遠矢さん!!」

三日月が叫ぶ。

「三日月!お前の相手はこの私だ!」

隊長の叫び声。

「三日月!」

虎の牙をかわしながら怒鳴る。

「隊長を頼む!!!」

はい、と短く返事をすると、彼女は十六夜隊長の方へ向かって行った。


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