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Ep23 牢獄

その衝撃は、並大抵のものではなかった。

黙り込んで、憂鬱そうに任務に当たる隊士たち。

草薙さんがなだめすかしてなんとか働かせている、といった感じ。

「・・・たまったもんじゃねえな」

つぶやく。

「三日月・・・いつ帰ってくるんだろうな」

藍さんは、その日以来大裳(たいじょう)隊に身柄を拘束されていた。

事件以前の動きがおかしかったこと。

あの場面での対応があまりに速かったこと。

それに・・・一ノ瀬孝志郎との今までの親密な関係。

そういったことが大きな疑惑となっているらしい。

「スパイ扱いされてるってことですよね?」

「んなわけねえだろう!って俺は言ったんだがな。なんたってあの・・・」

そう。

橋下伍長が張り切っているらしいのだ。

あの人はもともと藍さんのことを良く思っていないから・・・執着も強いらしい。

「んなこと言ったら、来斗さんとか剣護とかも疑われてしかるべきじゃねえか」

「失礼なことを言う奴だな」

見ると、戸口に立っていたのは剣護さん。

今までのジャンパーではなく、紺色の隊長ローブを着ている。

「おお、これは片桐隊長!失礼しやした」

「・・・隊長って呼ぶな」

剣護さんも拘束されて、取調べは受けたらしい。

「左右輔さん・・・しつこかったけどな、知らないってちゃんと話したら解放してくれたぜ?来斗もそうだよ」

「じゃあ、藍さんは・・・」

「あいつの場合、どうもな・・・何もしゃべらないらしいんだよ」

取調室で一言も口をきかない。何を聞いても反応を示さない。

だから解放しようにも出来ない、という状態らしい。

「それって・・・ショックで精神的に参ってるとかじゃないんですか?」

「いや・・・一歩出ると軽口叩くらしいんだな。『だるくないですか?』とか『あ〜おなか空いた』とか。だから・・・」

「・・・・・・余計に橋下伍長の怒りを買うわけですね、わかります」


まったく憎たらしいことこの上ない。

机をはさんで真正面から向き合い、今日だけでももう3時間になる。

頬杖をついて、ずっと横の壁を見つめている彼女。

ものすごく退屈そうな表情で・・・

「いい加減にしてください!!!」

ばん、と机を叩くと、びっくりした・・・とつぶやく。

取調室で初めて言葉を発した。

これは突破口かもしれない。

「三日月さん、我々も暇ではないんです。一体いつまでそうやって黙ってらっしゃるおつもりですか?」

「・・・だって、何もお話することないんですもの」

「ならば・・・何故そうおっしゃらないんです?」

「申し上げましたよ、ここに来る前に。話すことなら何もないですって」

「では・・・もう一度伺います。総隊長会議には通常草薙伍長が出席されるのに、何故あの日はあなたが出席されていたんですか?」

「前の会議の後、草薙伍長からそう指示されたからです。草薙伍長に聞いていただければわかります」

「では、一ノ瀬孝志郎に剣を突きつけたのは?」

「武人の勘です。橋下伍長にはご理解いただけないと思いますけど」

「あまりに反応が速かったのではないですか?」

「私は扉からも一ノ瀬隊長からも一番近くにいたんですよ?他の隊長方より速く気づくの、ごく自然なことではないでしょうか」

「騰蛇隊隊長隊の隊士の異変に気づいたのは?」

「ああ、あれは半分ハッタリです。そういう人もいるらしいって、いつだったか聞いたことがあって」

「一ノ瀬孝志郎の異変には、本当に全く気づいていなかったのですか?」

「当たり前です。ずーっと離れてたんですから」

「では、古泉一夜は?」

一瞬、表情が凍ったようだ。

「彼は、あなたとはかなり親しかったのでは?しかもずっと都にいた」

「それ・・・片桐伍・・・じゃなくて隊長は、なんておっしゃってるんですか?」

「彼は・・・全く察知できなかったと大変悔やんでおられるようでしたが」

「じゃあ、私に分かるはずもありませんよね?一番親しかったのは片桐隊長ですもんね」

にっこり笑う。

なんとか話すことには成功した。

が。

なんでこの小娘、いちいち勘に触る言い方をするんだろう。

しかも・・・

今までこんなに押し黙っていて、急にこんなにぺらぺらしゃべるなんて。まるで答えを用意していたかのようにすらすら答えるなんて・・・

怪しい。

「三日月さん、我々をなめないでいただきたいものですね」

「なめてるなんて・・・全然そんなつもりはないんですけど」

「明日もう一度うかがいます!今日は戻って休まれてください!」


面会に行こう、と最初に言い出したのは草薙さんだった。

「あいつ絶対本切れでいらいらしてるぜ!あいつの本好きは一種の中毒だからな!」

「草薙さん、なんだかんだ言って藍さんのこと心配なんですね・・・」

「うるせえ!!!そんなんじゃねえ!!!」

俺も一緒に行ってもいいか、と剣護さんが言う。

「いいけどよ、お前・・・」

「わかってる。一夜のことは聞かねえよ」

剣護さんのショックといったら騰蛇隊士達や僕らの比ではなかった。

あの日孝志郎さん達の去った後の大騒動の中、何も言わずぼんやりした様子でどこかへ消えてしまい、3日ほど勾陣(こうちん)隊舎にも姿を見せなかった。

しかし、今後の十二神将隊の構成についての会議に剣護さんが現れ、言ったのだった。

『勾陣隊の隊長は、俺が引き継ぐ』

少しやつれたような様子ではあったが、きっぱりとした口調で。

あの後さんざん杏に文句を言われたようだし、橋下伍長にもこってり絞られたようだが、その日以降の剣護さんは、一切動じず淡々と隊長職をこなしていた。

3人で来斗さんから本を数冊借りると、大裳隊舎に向かう。

「来斗さんも行きませんか?」

「いや・・・俺は遠慮しておく」

寂しそうな表情で少し笑う。

目の前にはいつもに増して、分厚い本の山。

「何か調べてるのか?」

剣護さんが聞く。

「あの面子からして・・・西で何かあったんじゃないかと思ってな・・・・・・全く当てずっぽうではあるんだが」

何か調べていないと、気が済まないんだろう。

手がかりを見つけたい、という来斗さんの痛切な思いを感じながら図書館を後にした。

道で、急に女性に声をかけられた。

振り返ると、深々とお辞儀をする髪の長い女性。

・・・白蓮さんだった。

「お久しぶりです」

「ど・・・どうしたんだ?今日は」

動揺して聞く剣護さん。

花街以外のところで彼女を見たのは初めてだ。しかも一夜さんのこともあったばかりだし、気まずい空気が流れる。

「騰蛇隊舎へ参りましたら、皆さん三日月さんに面会に行かれるってうかがって・・・」

彼女はまた大きく頭を下げると、大きな声で言った。

「私も一緒に連れてってください!!!」

「でも・・・なあ」

「三日月さんにお会いしたいんです!私も・・・」

今にも泣き出しそうな表情。

剣護さんが返事出来ずにいると、低い声で草薙さんが言った。

「お前が行くと、きっと・・・見世物になるぜ?」

「構いません!」

「一夜さんのこともある・・・お前にも捜査の手が伸びて、すげえ嫌な思いすることもあるかもしれねえし」

「・・・覚悟の上です」

「一体、三日月に会って何を話すつもりなんだ?」

「・・・それは」

ぐっと唇を噛んでうつむくと、ささやくような声で言う。

「みなさんには・・・申し上げられませんが・・・・・・」

わかった、と草薙さんが言う。

「そこまで言われちゃ仕方ねえ。一緒に来な」

ぱっと白蓮さんの表情が明るくなる。


隊舎の隅ですすり泣く声が聞こえる。

「馬鹿野郎!!!いつまで泣いてんだ!?」

すいません・・・とぐすぐす鼻をすすりながら言う。

「俺だって泣きたかないっすよぉ、でも・・・油断すると・・・もう・・・・・・」

また顔を伏せておいおいと泣き始める。

「大の男がめそめそしてるんじゃないぞ、ったく」

「・・・遠矢さんは、悲しくないんすかぁ?」

泣いてはいないが、暗い顔をしていた隊士の一人が言う。

「悲しくないわけが・・・ないだろう」

空になった隊長の肘掛け椅子。

あの人は小さかったから、全身から放たれる鋭い気がなければそこにいるかいないか判別するのはちょっと難しかっただろう。

そんなことを言えば、きっと・・・烈火のごとく怒鳴りつけられる。

「馬鹿かお前!・・・一番悲しいのは遠矢さんに決まってんだろ!?」

「みんな隊長が大好きだったけど、一番慕ってたのは遠矢さんだったんだぞ!?」

こそこそと隊士達が言うのを、聞こえないふりをして言った。

「昔に戻った・・・それだけだ」

それだけなのに、なぜだろう。

こんなに隊舎が広く感じるのは。


「高瀬隊長!入りますよー」

隊長室の扉を開けると、高瀬隊長はぼんやり窓の外を見ていた。

一緒にいた隊士がこそっと耳打ちする。

「ここんとこ、ずーっとああなんですよ・・・」

「ああ、鈴音か・・・ごめんごめん、ぼーっとしちゃって」

目の下にくまが出来ている。

「隊長、睡眠ちゃんと摂ってらっしゃいます?」

眠れなくてさ・・・とぼやく。

ため息が出てしまう。

ふいに、鈴音・・・と呼びかけると、他の隊士は外に出るように言った。

「何ですか?二人で話したいことって・・・」

嫌な予感がした。

「僕さ・・・隊長降りようかと思ってるんだよね・・・」

「一体・・・なぜですか?」

「白虎隊の・・・孝志郎についてっちゃった隊士の中には、僕が教えた隊士もいるんだよ?なんたる教育の不行き届きかって思ってさ・・・こんなことになっちゃって、僕はこの隊をまとめていける自信がない」

きっとこんな話だろうというのは予想していた。

出来るだけ落ち着いて話そう・・・と思っていたのに・・・

ばんっと机を両手で思い切り叩く。

「高瀬隊長!?しっかりなさってください!!!」

普段めったに感情を表に出さない私の怒りに、ぎょっとした表情の高瀬隊長。

後ろの扉が少しきしむ音。きっと騒ぎが気になって、隊士達が覗いているのだ。

「あなた達、まだ話は終わってないのよ!?その扉閉めなさい!!!」

後ろに向かって怒鳴ると、慌てて扉を閉める音がした。

もう一度、高瀬隊長に向き直る。

「よろしいですか!?今のこの状況に混乱しているのは隊長だけじゃないんです!みんなそれぞれの立場で悩んで苦しんでるんですから・・・士官学校の生徒たちだってそうです。今あなたが降りたら、一体誰が彼らの不安を払ってあげるんです?」

「だから・・・僕はそれを鈴音にね・・・」

「だーかーら!あなたと私でやるんです!そして、他の天一隊の隊士たち。みんなすごく心配してるんですよ、最近隊長元気ないって言って。もしどうしても隊長を辞任されて、私に・・・っておっしゃるのなら」

ぐっと顔を近づけて低い声で言った。

「私は隊長でも何でもいたします。その代わり、あなたには伍長として残っていただきます、隊長命令でね!この大変な時に一人だけ引退なんて絶対ぜーったいさせませんから!」

「鈴音・・・」

ごめん、とつぶやく。

彼は温室育ちで、こういう状況に免疫がないのだろう。それはよくわかる。

でも、それはこの天一隊に属する隊士のほとんどが同じなのだ。

多少可哀想だとは思うけど・・・致し方ない。

「お前も・・・蔵人のことがあって辛いだろうに・・・手間かけさせて申し訳なかった」

・・・たく、こんなときにそんなこと、言わなくてもいいのに・・・

動揺する気持ちをぐっと押さえ込んで、にっこり笑って言った。

「そうなんです、可哀想なんですよ!?私も。ですから隊長、一緒に頑張りましょうね」


藍さんは僕と草薙さんの顔を見てすごく嬉しそうな顔をして、その後寂しそうに笑った。

「お心遣い大感謝なんですけど・・・本、読めないんですよ」

「何でだよ!?」

「留置室が薄暗くてですね・・・読んでもすぐ目が疲れちゃうんです。目悪くなったらやだなと思って」

「それ・・・すごくストレス溜まりませんか!?」

「いや・・・ずっと寝てますから」

「・・・一日中寝てんのか!?」

「そうなんです、一日中」

・・・大丈夫なんだろうか?

「最近忙しかったし、ちょうどいいお休みだと思ってのんびりしてますからご心配なく。騰蛇隊の方、よろしくお願いしますね!」

「馬鹿野郎!早く帰って来い!」

低めのトーンになって、藍さんが言う。

「十二神将隊の人事は、どうなったんですか?」

「今んとこ、決まったのは勾陣隊長と太陰隊長だけだな。西の布陣は当面、宗谷隊長と浅倉隊長が半分ずつ見るって言ってて、総隊長は空席。俺もお前も、今の身分に据え置きだ」

「繰上がったんですね、二人の隊長は」

「そ。遠矢さんは十六夜隊長が来る前1年くらい隊長だったわけだし、剣護もなんだかんだで隊長の事務方の仕事は半分以上やったことあるらしいから、スムーズなもんだぜ」

そういえば、と白蓮さんの話をする。

表情が一変して、大声で怒鳴る藍さん。

「二人とも何考えてるのよ!?」

「・・・ど、どうした?」

立ち上がって、扉の向こうに走り出ようとする。

慌てて止める数人の大裳隊士。

「あの子一人にするなんて!本当に二人とも・・・」

もみくちゃにされながら表を見て、ぴたっと動きを止める。

深々とお辞儀をする白蓮さんの隣には、剣護さんの姿。

「一人置いてちゃ可哀想だって、右京が言うもんだからさ」

「・・・さすが、右京様」

ちょっと気まずそうにしている藍さんに言う。

「白蓮さん、藍さんに話があるんですって」


「少し、お痩せになったんじゃないですか?」

白蓮が言う。

そんなことを言う彼女自身も、なんとなくやつれて精彩を欠く感じだった。

無理もない。

どれほど彼女が一夜を想っていたか、どれほど彼女が一夜を頼りにしていたか・・・

私には到底、想像も出来ない。

「心配かけちゃって・・・ごめんね」

「先日いらっしゃったのは・・・」

じっと私の目を見つめる。

「こういうことだったんですか?」

黙ってしまう。

大裳隊士も詰めているのだ。あまり詳しい話は出来ない。

けど・・・私は彼女の疑念に答えてあげなきゃいけない義務があるような気がした。

出来るだけ聞こえないように、小さな声で言う。

「いいえ。こんなに突然、世の中がひっくり返るようなことが起こるなんてあの時は思ってもみなかったもの。ただ、なんとなく・・・嫌な予感がしただけよ。それが何かなんて、あの時には全然わかんなかったけど」

「本当に何も・・・」

「聞いてないわ。どっちからもね」

そうですか・・・とつぶやくと、黙ってうつむいた。

「ねえ、三日月さん?」

何?と優しく尋ねる。

「世の中がひっくり返るって・・・私も最初そう思いましたけど、そんなことないんですね」

膝の上で両手の拳を握り締めて、声を搾り出すように言う。

「孝志郎様がいなくなっても、一夜様が・・・いなくなっても・・・毎日は同じように巡ってくる。私にとってそれがどんなに大きなことでも、何も変わることなく・・・」

「白蓮!?」

立ち上がって傍に行き、体を硬くして座っている彼女を横から抱きしめた。

すすり泣く声が聞こえる。

「白蓮。あなたのことは、絶対私が守ってあげる。だから絶対に馬鹿なこと考えないで。いい?」

泣きながら、大きく頷く。

「いい子ね」

こんなところまで会いに来てくれて、どんなにつらかっただろう。

でも、強い子だと思った。

きっと私なんかより、ずっと・・・


図書館に籠もっていたら、よぉ、と珍しい声がした。

「愁じゃないか、どうした?珍しいな」

「南だけじゃなく、西も見ることになったやろ?そいでその辺の話、朋と風牙と詰めてきたんや」

「しばらくこっちに居られそうなのか?」

「ああ・・・結局風牙は留守番になってもうたけど。しっかりしとったで、『こっちは僕が頑張りますから、浅倉隊長は都をお願いします!』ってな」

「そうか・・・あいつも大きくなったものだな」

藍はんのアイディアなんやけど・・・と小声で言う。

「やっぱり、こういうこと見越してはったんやろか」

ふむ、と腕組みをする。

こういう状況になっても愁が戻ってくることが出来たのは、墨族を治めて治安維持にリーダーの朋という青年を置くことが出来たから、と言っても過言ではない。彼らは武器も発達しているし体格もいい、もともと戦闘能力の高い民族なのだ。

「本人は知らない、と言い張っているようだがな・・・」

「やっぱ・・・なんかおかしいのは感じてたんやろな」

お前はどうやった?と聞いてくる。

「俺は・・・恥ずかしながら・・・」

「僕は、おかしいのは藍はんの方やと思てたんや」

困惑した俺の様子を悟って、先に愁が言う。

「多分みんな、そうやったと思うで?」

「藍には・・・会いに行かないのか?」

え?と動揺した様子で言う。

孝志郎が帰ってくる前夜、どうも城の傍で一騒動あったらしい。

『神器』の属性から考えて、もしや・・・と思っていたのだが。

「藍に謝ったほうがいいんじゃないのか?」

「そんなこと言うても・・・あの時点では仕方ないやろ?」

誘導尋問にあっさり乗ってきた。

「・・・そうだな」

今攻め込まれたら、紺青はきっとひとたまりも無い。

頭で分かっていても、どうすることも出来ないことがあるんだと、初めて思い知った。


ここには窓がない。

衛生設備も整ってるし、ずっといて死ぬようなところじゃないけど。

時計を見なければ、昼か夜かもわからない。

何より苦痛だったのは、薄暗くて本が読めないことだ。

最初の一週間はひたすら眠って過ごした。

ここんとこすごく忙しかったから、事情聴取の時間以外は昏々と眠っていた。

夢ばかり見た。

『藍!』

にっこり笑う、一夜。

『そんなに寝てばかりいると牛になっちゃうよ』

『ほっといてよ・・・』

それは懐かしいあの屋上だった。

試験明けで疲れていたのだ。

単位取得にはレポートか試験・・・という科目もひたすら本ばかり読んでいた私はレポートをすっぽかしていたので、試験期間のヘビーさと言ったら並大抵じゃない。

『お前は学習しないなあ』

あきれたような孝志郎の声。

『俺が言ったときにレポートもやっときゃよかったんだろう』

『だって・・・小説がいいところだったんだもん』

『全くお前って奴は・・・俺がいないと全然駄目なんだから』

孝志郎はことあるごとにそう言った。

そんなことないもん、といつも思っていた。

一人でも大丈夫だもん。

孝志郎がいなくたって・・・

今は眠るのにも飽きて、色々なことを考える。

今まで考えないようにしてきた、いろんなこと。

それはすごく苦痛を伴ったが、仕方がない。

それに孝志郎のこと。

責任を感じるっていうのはお門違いな感情だが、どうしたって私が背負わなくちゃいけないことは多いのだ。それを痛感させられる毎日だった。

孝志郎。

あなたは私がいなくて、大丈夫なの?


「どうにかならないんですか!?もう3週間になるんですよ!」

「仕事が滞って滞ってマジで困ってんですよ!こっちは!!!」

草薙さんと共に大裳隊舎を訪れて、僕は橋下伍長に小一時間文句を言っていた。

さすがにうんざりした顔をして、眼鏡の端をちょっと持ち上げると言った。

「それは・・・私に言われてもねぇ」

「隊長命令なんですか!?それとももっと上の人ですか!?」

朔月公の冷たい目つきを思い出す。

「そうではありませんが・・・とにかく聴取が進まないんですよ。彼女が全く協力してくれないものですからねぇ」

「じゃあ、毎日通わせるから!とにかく職務に戻してください!こっちは隊長いなくなってぜーんぶ俺がやってるんすから!」

「その『隊長』と、三日月さんが連絡をとる可能性があるって申し上げてるんです!・・・・・・いくらお話しても無駄のようですから、今日はこのへんでお帰りくださいませんかね!?早く返して欲しいっておっしゃるんだったらね、直接彼女に言ってやってください、もっと素直に取り調べに応じるようにってね!!!」

鬼の形相の橋下伍長に言い込められ、仕方なく二人で肩を落として隊舎を後にする。

「交渉失敗のようじゃの」

入り口でいきなり声をかけられ、どきっとして振り返ると柳雲斎先生が立っていた。

「ちょっと付き合ってくださいませんかの?お二方」


近くの自宅に通される。

白い砂利の敷き詰められた、美しい庭園がある縁側に通される。

「あれを・・・許してやってはくれんかの」

橋下伍長のことだろうか。

「あれも悪気があってやっているわけではないんじゃよ」

「だったら!柳雲斎先生、何でもう解放してやれって言ってくれないんすか!?」

草薙さんが言う。

「それは・・・・・・三日月には本当に申し訳ないことなんじゃが」

ずず・・・とお茶をすする。

「一種の・・・スケープゴートじゃな」

「スケープゴート!?」

「あやつは本当に何も知らんのかもしれんし、知っていたのかもしれん。どちらにせよ孝志郎と袂を分かつことを決断した以上、あんなふうに扱う理由もないのじゃが・・・こちら側にもし、裏切り者が混じっていたとしたら・・・あやつが幽閉されているという事実はけん制の意味を持つじゃろう。紺青の国全体に対して、十二神将隊は内部に反逆者を持ったことに対して決して甘い顔をしたりはしないという意思表示の意味も持つ、ということになろうな・・・」

「そんなの・・・勝手じゃないですか!?藍さんは・・・」

思い切って、言った。

「多分、何かおかしいって・・・具体的にはわからなくとも、感じてはいたんだと思います。それで悩んで悩んで・・・その上なんとか止めようって水面下で何か懸命に動いていたことは、僕らだったなんとなく感じていたんです。それでも止められなくて、大事な幼馴染が目の前から姿を消して・・・その上こんな扱いされてるなんて、ひどすぎるじゃないですか!?」

「・・・右京、やめろ」

草薙さんが低い声で言う。

「お前の意見はもっともだが・・・俺やお前に、それを意見して聞き入れられるだけの権限はねえんだよ」

どきっとする。

「・・・隊長方は、この件について何も言わねえじゃねえか」

「・・・そう・・・ですね」

スケープゴート。

藍さんの状況にぴったりの言葉が、深く胸に突き刺さった。


「いい加減にしませんか?三日月さん」

ぼーっとしていたようで、はい?と聞き返す。

全く、いい加減怒鳴る気力もなくす。

「先ほど・・・右京様と草薙伍長が見えましたよ?仕事が滞って大変だとか何とか」

「そうですか、大変なんですねぇ」

ばん、と机を叩く。・・・・・・もう何度目だろう。

「三日月さん、あなたはご自分の立場ってものを分かってらっしゃらないようですから申し上げますけどね・・・あなたは今までずーっと、一ノ瀬孝志郎の権威の影にあって特別扱いされて来たんです、ご存知でしたか!?」

「いえ?」

「知らないとは言わせませんよ?あなたは『神器』を常に装備している、それは各隊長・伍長、後は六合隊の隊士のみ、ごく限られた人だけに許されることなんです!」

ちょっと驚いた顔で動きを止める。

「ご存知なかったというのはもっとタチが悪いですな!あなたは入隊以後3年間ずーっと、知らずに隊法を侵してきたわけです。それに氷室の件!」

三日月は凍りついたまま、黙って聞いている。

「あれだって目撃者も出てるんです、『あなたが逃がした』ってね!それらも全て、一ノ瀬総隊長あっての特別待遇によって大目に見られてきたことなんです!!!」

引きつった顔で、そうですか・・・と笑う。

「お分かりですね!?三日月さん!!!」

「・・・よく、わかりました。でも・・・本当に私、知りませんから」

今までになく、刺すような厳しい目つきでじっとこちらを睨みつけた。

ぞっと背筋が寒くなる。

「何もお話することはありません」


図書館へ行くと、来斗さんと愁さんと剣護さんが揃っていた。

「・・・ちょうどよかった」

草薙さんがすっかり柳雲斎先生の言葉に丸め込まれてしまったので、僕は一人で戦うことにした。まずはこの3人を説得しなければ。

「単刀直入に言います!藍さんを解放してあげてください!!」

ちょっと驚いた顔で剣護さんが言う。

「おいおい、そんなこと言われても・・・」

「何故十二神将隊の隊長は誰も何も言わないんですか!?不当拘留なんですよ!?明らかな・・・見せしめなんて、かわいそうじゃないですか・・・」

「愁、お前どう思う?」

来斗さんが、愁さんに突然尋ねる。

びっくりした顔をする愁さん。

「どうて・・・?」

「総隊長が空席の今、お前が一番番号の若い隊の隊長だからな・・・それなりの権限はあるはずだ。藍に対してわだかまりがあるのかもしれんが、そんなことは抜きにして決断を下せるとすれば、それはお前だけだと思うぞ?」

「わだかまりって?」

「なんだか知らんが、喧嘩したらしい」

「そんなの、どうでもいいじゃないですか!?今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

「そうは言うけどな、右京はん・・・僕、藍はんにひどいこと沢山言うてしまって・・・孝志郎はんの企みもなーんも知らんと、藍はんのこと疑って・・・そんな僕に、藍はんを助けるやなんて資格はないんや」

「だーから、そんなこと言ってる場合じゃないって言ってるんでしょ!?」

「愁、お前が声を上げるっていうんなら・・・俺も乗る」

剣護さんが言う。

「俺頭弱いからさ、この状況どうしていいかわかんなかったんだけどよ・・・右京の言うとおりだと思う。だけど、俺も来斗も一回拘留された身だから、先頭きって言うことは出来ねーからよ・・・お前に任せる」

来斗さんも、何気ない様子で話し始める。

「藍と言えば、最近ハンスト始めたらしいな」

「ハンスト・・・って、食事摂ってないんですか!?」

「ここ一週間くらいのことらしいんだが、水分はそこそこ摂るようだが食事はほとんど手をつけていないと噂に聞いた。ついに参っちまったのか、それとも心底怒ってて行動に出始めたのか、それは定かじゃないんだけどな」

愁さんを見ると、うつむいてわなわなと震えている。

「今まであいつは本意でないにせよずーっと孝志郎の庇護下にあったからな・・・案外打たれ弱いのかも知れん。今のこの状況で、あいつを守ってやれるのは・・・」

来斗さんが愁さんの肩をぽん、と叩く。

「浅倉愁、お前だけだ」

ぐっと顔を上げた愁さんの目に、もう迷いは無かった。

「右京はん!行くで!!」


二人が出て行き、図書館を再び静けさが包み込む。

「愁は・・・本当にいいやつだよな」

来斗がつぶやく。

「『お前しかいない』とか、『頼りにしてる』とか・・・そういう言葉に弱いんだろ。それ知っててあんなこと言うなんて、お前も・・・ひどい奴だな」

俺が言うと、ふっと来斗が笑う。

「仕方ないだろ、本当のことだ。俺にもお前にも・・・何も出来ん」

思いがけない質問が飛ぶ。

「お前、一夜と初めて会ったのは幾つのときだ?」

「え!?えっと・・・あれは・・・たしか・・・・・・」

俺が6歳、あいつが7歳のときだ、たしか。


初めて道場を訪れたあいつは、好奇心に目を輝かせていた。

『あんな女みたいな奴、やっつけちゃえよ剣護!』

『ああ、じょうげかんけいってものをちゃんとわからせないとな!』

そんなことをガキ同士で言っていたら、一夜が近づいてきた。

あいつはガキの頃からひょろっとして背も高かった。俺より多分10センチくらいでかかったと思う。

『お前、剣護っていうの?』

不意打ちにびっくりしたが、目いっぱい虚勢を張って答えた。

『ああそうだよ!師匠の一番弟子なんだ』

おいおい、と師匠が後ろで笑っていたが、後には引けない。

『・・・じゃあ、僕が剣護に勝ったら、僕が師匠の一番弟子になれるのかな?』

うるせー、お前なんかに剣護が負けるかー、と騒ぐ声の中、

『そうなるな!でも、俺は絶対お前なんかに負けねえよ!それに会ったばっかりなのに、剣護剣護って呼び捨てにするな!』

『じゃあ・・・僕が勝ったら、剣護って呼んでもいい?』

『ああいいぜ!』

『よし!』

胴着をつけ竹刀を握ると、あいつの空気が一変した。

厳しい表情に、集中して研ぎ澄まされたようなまなざし。

他の連中は打ち込むことすら出来ず、鮮やかな完敗を喫していた。

『剣護がんばれ!』

『負けんな!!』

それはもう、少年達の悲痛な願いだった。

向き合うと、一夜は上段に構えた。そりゃ俺よりタッパがあるんだから不自然なことはないのだが、俺はその態度に非常にカチンときた。

絶対負けない。

間合いを計って胴を狙って飛びこんだ。

しかし、あいつの竹刀の方が数段速く、気づいたら面一本取られてしまっていた。

呆然とする俺に、あいつはにこにこ笑って言ったのだった。

『僕、一夜って言うんだ。よろしくな、剣護!』


「そうか・・・20年、てところだな」

昔を思い出していたら来斗が言って、はっと我に返る。

「俺は孝志郎と出会って・・・28年だよ。物心つくずっと前から、あいつとは一緒だったんだ。親父同士も親しかったしな」

「孝志郎さん・・・一ノ瀬公の息子じゃない・・・って言ってたよな?」

「ああ。だが、俺の記憶や親父達の話、写真なんかからしても俺は、あいつがどっかから貰われてきたって考えられないんだよ・・・だからきっと、生まれてすぐに母親から引き離されて一ノ瀬の家に入ったんだろうな」

誕生日まで同じなんだぜ、と言う。

「あいつは時々言ってた・・・『俺とお前は表と裏だ』って」

自嘲気味に笑って、そして言った。

「藍は、14年てとこか。俺らとすると短いが、それまで一人ぼっちだったことを考えると相当に濃い時間だっただろうな」


冷たい壁にもたれて、ぼんやりしていると、外でものすごい音がした。

何かがこの拘留室のある塔にぶつかるような衝撃と共に。

外と繋がる小さな格子窓からあたふたと走り回る大裳隊士の一人に声をかける。

「何かあったんですか!?」

「それが・・・浅倉隊長が・・・」

愁!?

「藍はん聞こえるか!!!???」

外からものすごい怒鳴り声がする。

おそらく拡声器か何か使っているのだろう。

「助けに来たったで!!!無事か!!!???」

「藍さん今行きますから!!!」

右京の声までする。

あの二人・・・いつの間にこんなに仲良しになったんだろう?

「こんな街中で『神器』を振り回すとは一体どういうおつもりです!?」

橋下伍長の声。負けじと拡声器で応戦している。

「藍さん!これは不当拘留です!!!許されることじゃありません!」

「せやせや!言うてもわからへんかったから、僕らこうして実力行使に出たまでや!」

これ見てみ!!!と怒鳴る愁。

「現十二神将隊の隊長ほとんどの署名がここにある!あとはあんたんとこの高倉柳雲斎隊長の署名がそろえば完璧や!」

「僕達はこれを持って霞姫に直訴しに行きます!!!」

扉に手をかけると、錠は外れていた。

・・・もしかしたら、今まで気づかなかっただけで、ずっと鍵は掛かっていなかったのかもしれない。そう思ったら、自分がちょっと恥ずかしくなった。

ふらふらと外に出ると、お日様の光がまぶしくてくらっとした。

「藍さん!」

「三日月さん・・・あなたどうして?」

・・・橋下伍長は鍵のこと、ご存知なかったようだ。

なんて言い訳しようか、と思っていたら背後から柳雲斎先生の声がした。

「左右輔、もうよかろう」

「先生・・・・・・」

「三日月も相当懲りたじゃろう?」

こくり、と頷く。

「もしこやつがスパイだったとしても、これだけの期間音信不通であれば彼らも裏切ったと思ってもう連絡を取ってきたりはするまい。この辺にしておこうではないか」

「・・・はい」

周囲で状況を見守っていた騰蛇隊士達や、何故か大裳隊士達からも、歓声が上がった。


右京が龍介に報告してくる、と言って先に行ってしまい、黙って二人で歩く。

「藍はん・・・」

思い切って口火を切る。

「こないだのこと・・・ごめんな」

いきなり隣を歩いていた藍ががくっと膝から地面に倒れこむ。

ぎりぎりのところで抱きかかえる。

「だ・・・大丈夫か!?」

「・・・へーき」

全然平気じゃなさそうに藍が言う。

「歩けるか?」

「・・・どうかなぁ」

小声で言う。

恥ずかしい、とかなんとかごちゃごちゃ言うのを無視して、背中におぶって歩く。

「愁くん。私のほうこそ・・・ごめんね」

背後からか細い声がする。

「あんなに心配してくれたのに、何も言わなくて・・・」

「確証がなかったから言いたくても言えへんかったんやろ?」

「・・・・・・ありがとう」

少し温かい声で言う。

「助けに来てくれて・・・ほんとに嬉しかった」

大きく深呼吸すると、意を決して言葉を発する。

「藍はん・・・孝志郎はん、いなくなってもうたけどな・・・あんたは一人やない!僕かていてるし、右京だって龍介だって、来斗だって剣護だって!せやから・・・」

そこで立ち止まって、藍の方を振り返って言った。

「もう一人で悩まんといてな。何があっても僕、藍はんの味方やから」

背中の藍がふっと重くなる。僕の背中に体を預けて、眠ってしまったらしい。

前から右京と龍介が走ってくるのが見えて、右手を挙げて答えた。


「・・・戻った」

『アンスラックス』の炎の翼をつけた十六夜隊長が偵察から戻ってきた。

「どうだ?紺青の様子は」

孝志郎様が尋ねる。

「まあ、大きな動きはないが・・・三日月が解放されたようだ」

「そうか・・・あいつも災難だったなぁ」

「孝志郎様、そんな他人事みたいに・・・」

愉快そうに藤堂隊長が言う。

「西は・・・当面宗谷と浅倉のところで管理することになったらしい」

力哉さんが口笛を吹く。

「白さん、さすがぁ!仕事出来るなぁ」

「愁は・・・都に戻るって言ってなかった?」

遠くで一夜さんの声がする。

「ああ。浅倉は紺青の都にいる。南は墨族に任せて、北は宗谷が誰かさんのせいで一人だからな、実質月岡が一人で西を見ているような状況だろう」

「・・・そうおっしゃいますがねぇ、十六夜隊長だってそうじゃないですかぁ」

目を細めて、ぞっとするような笑みを浮かべる十六夜隊長。

「・・・違いない」

西に仕掛けてみるか、と孝志郎様がつぶやく。

「『あいつら』が目覚めるのにはまだ少し時間がかかるからな・・・」

「誰が行くんです?」

僕が言うと、藤堂隊長が僕の顔を見て言った。

「俺とこいつ、蔵人で行ってきてやってもいいぜ!?」

「いや、それには及ばん」

孝志郎様は、俺が行く、と言った。

「風牙は・・・剣術遣いだよね、確か」

俺も行こうかな・・・と一夜さん。

「そりゃ傑作だ!!いきなりラスボス級が出張ってったらあいつびびって逃げ出すぜ、きっと!」

手を叩いてはしゃぐ藤堂隊長。

もともとクレイジーな気のある人だったが、この状況に明らかにハイになっているらしい。

「状況をもう少し、分析してからがいいのではないか?」

十六夜隊長が言うので、僕も賛同しておく。

そうだな・・・と孝志郎様。

「久々にあいつらと遊んでやれるかと思うと・・・楽しみだな」

にやりと笑ってつぶやいた。


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