Ep21 決別
一ノ瀬隊長は深夜帰還したらしい。
今回は先の総隊長会議のときのような大々的な歓迎もなく、自然に総隊長会議を迎えた。
「三日月・・・お前、その怪我どうしたんだ?」
頬に火傷のような跡がある。
「別に」
草薙さんと顔を見合わせる。
どこかかばうような不自然な動作をしている。もしかしたら体全体に怪我をしているんじゃないだろうか。
「あの隊士達・・・どうしたんです?」
「知りません」
半ば藍さんに付きまとうようにしていた隊士たちが、昨夜何者かに襲われたらしい。
みな重症で、天后隊の病院に入院している。
ますます無愛想になった藍さんの目の前に立ち、大声で呼ぶ。
「藍さん!」
ちょっとびっくりした顔をする藍さん。
「黙ってちゃわかりません!!!」
しかし・・・藍さんは何も答えない。
「ちゃんと話してください!!!」
彼女は冷たく言う。
「話すことなんて・・・今は何もありません」
一夜と会議に向かう途中、愁に会った。
「お前、どうかしたのか」
額に切り傷。それに触れる右手にも凍傷のような跡がある。
どうも・・・尋常じゃない感じだ。
「藍と喧嘩でもしたの?」
ぎょっとして一夜を見る、愁。
「何でそう思うん!?」
「だって、しもやけみたいだったから、その右手」
はっとして、右手を隠す。
「・・・浮気でもした?」
楽しそうに笑う一夜。
「駄目だよ、女の子泣かせちゃ」
「僕と藍はんは・・・そんなんやないし」
低い声で言う。
「それに・・・この傷は、藍はんやない」
ふぅん、と目を細めて言う。
「気になるねえ、剣護?」
「あ・・・ああ」
すると愁は一夜の真正面に立ち、言った。
「お前こそ・・・」
「俺が、どうかした?」
きょとんとした表情で聞き返す一夜に、戸惑ったような様子で答える。
「いや・・・なんでもない」
そうつぶやくと、ふいっと行ってしまった。
「変な奴・・・」
俺が言うと、一夜も顎に手をやりながら言う。
「本当に・・・変だよね、あいつ。いつもに増して」
『藍は・・・何だか分からんが、ナーバスになってるらしいな』
その夜、3人以外誰もいない朱雀隊舎で孝志郎は言った。
藍は僕らと視線を合わすことなく、窓の外を見ている。
『あいつらも一命は取り留めたようだし、よかったよ』
『よくないで!?孝志郎はん。だって・・・』
『孝志郎に従う意志はない』、藍ははっきりそう言ったのだ。
その事実を伝えてよいものか迷っていると、先に孝志郎が口を開いた。
『何があったか知らないが、翌朝から会議だからな・・・面倒なことは後でもいいだろう』
このことは誰にも言わないように、と口止めされたのだった。
廊下で、資料の束を持った藍に会った。
ちらっと僕の顔を見る。
こちらもきっと睨み返す。
彼女は視線を落とすと、そのまますれ違って去って行った。
「愁くん・・・」
聞き落としそうな小声で呼ぶ藍。
びっくりして振り向く。
「・・・ごめんね」
彼女は背中越しに言うと、また会議室に向かって歩いていった。
総隊長会議の場には各隊の隊長と、騰蛇隊伍長隊からは藍さんが出席した。
僕達は、モニターのある控え室に待機。
「右京様、お久しぶりです!」
霞姫の姿。
「霞様!」
「今日は私達も出席させていただこうと思いまして」
後ろには霧江姫の姿もある。
「会議室に行かれるんですか?」
「いえ、みなさんと一緒に・・・」
にっこり笑う。
最近ずっと会う機会がなかったが、元気そうで良かった。
微笑み返す僕の脇を草薙さんが小突く。
「・・・何するんですか!?」
「いやいや・・・いつぞやのお返しだよっ!」
そうしていると開始を告げるベルの音が鳴った。
「始まったか・・・」
つぶやいたのは、草薙さんのすぐ傍にいた白虎隊の内海伍長だった。
なんとなく、空気がおかしい。
孝志郎の進行も皆の口調も、何もかもいつも通りのはずだ。
だが・・・一体何が違って感じるんだろう。
きょろきょろしているのは、近くに座っていた玲央も同じのよう。
「どうした玲央?」
「来斗さん・・・なんか僕」
更に声を潜めて言う。
「嫌な感じがします」
「宇治原伍長!」
控え室の入り口から天后隊士の呼ぶ声がして、部屋を出る。
入り口には騰蛇隊の隊士達が大勢立ちはだかっている。
「何や?」
「ねぇ・・・何なんすか、あのでかい人達は?」
「ああ。姫様方が中におるから、警備が厳重なんやろ。で、何?」
深刻な顔で、声を潜め、耳打ちしてくる。
「昨日の隊士達・・・姿を消しました」
「・・・何やて?」
確か彼らは、重症だったはずだが。
「どういうことや?」
「わかりませんよぉ・・・とにかく、お耳に入れなきゃと思って。源隊長は会議中ですし」
ふむ、と腕組みする。
「とにかく探し。あいつらまだあの状態じゃ遠くには行けへんはずや。ちゃんと治療しとかんと、後でえらいことになるからな」
一通りの報告が終わる。
玲央と俺の危惧をよそに、会議は無事終わるかに思えた。
その時。
「皆に、問いたいことがある」
孝志郎が突然、言った。
会議の進行を外れたその発言。
総隊長の発言は特に許可も必要ないし、こういうことは度々あるといえばあるのだが・・・
こんな佳境に差し掛かってからの言葉は・・・珍しい。
何気ない素振りで、俺は近くにあったボタンを引き寄せる。
それは、控え室のモニターに会議の様子を映し出すものだった。
突然、横に座っていた蔵人が立ち上がる。
「内海伍長、どこに行かれるんですか?」
右京が訊く。
「いえ、ちょっとね」
笑って答える。だが・・・
「おい、待てよ蔵人!」
呼び止める。
様子がおかしい。
部屋を出て行く蔵人の背中に、廊下に身を乗り出してもう一度呼びかける。
「蔵人待てってば!」
「待たない」
背中越しに答える。
「龍介・・・」
蔵人はやっぱり俺に背を向けたままつぶやいた。
「・・・元気でね」
「一体何を問うって言うんだ?」
俺が聞くと、孝志郎は笑って言った。
「まあ、待て来斗」
じっと孝志郎を睨みつけている藍。
孝志郎の様子を食い入るように見つめる愁。
聞いてるのか聞いてないのか、頬づえをついている一夜。
しばし、沈黙が続いて。
孝志郎が言った。
「時は・・・満ちた」
控え室に抜刀した騰蛇隊の隊士がなだれ込んできたのと、目の前のモニターが付いたのはほぼ同時だった。
二人の姫を背中にかばう。
悲鳴をあげる霞様。
モニターに映し出されたのは、信じられない光景だった。
そこにも、騰蛇隊の隊士たちの姿。
騰蛇隊士・・・というより、それは騰蛇隊『隊長隊』の面々だった。
そして、腕組みをして座っている一ノ瀬隊長。
その首に、刃物を突きつけているのは・・・藍さんだった。
「何!?」
「・・・三日月のやつ、一体!?」
『騰蛇隊士、皆動くな!!!』
怒鳴る藍さん。
彼女が一ノ瀬隊長に突きつけているのは・・・青い宝石の付いた、小さな剣。
あれは・・・『恩賜の短剣』。
『この短剣は『神器』・・・一歩でもお前達が動こうものなら、刃先から放たれた水の刃がお前達の隊長を貫くだろう・・・』
一ノ瀬隊長の首を右腕でロックし、更にぐっと刃先を近づける。
『抵抗するな!!!』
「どういうことなんだ・・・!?」
モニターから藍さんが草薙さんに呼びかける。
『草薙伍長、三日月です!聞こえますか!?』
「・・・あいつ!!!」
『今まで調べてきたこと、報告します!ここにいる、そしてそちらにいるであろう隊士達、彼らは皆隊長隊の連中です。先の負傷した隊士達も・・・そして、気づいてらっしゃいますか?彼らは、士官学校を卒業し、正規のルートで採用された隊士ではありません』
草薙さんの顔を見る。
愕然とした表情で、モニターを見つめたまま。
『彼らのほとんどは・・・西の人間です。賞金稼ぎとか、金で雇われる傭兵とか、そういった類の。彼らは隊の規則などに従いません、ただ・・・一ノ瀬孝志郎の意志、それ一つで動きます』
彼女に近づこうとする隊士。
『動くな!!!』
怒鳴ると、もう一度、まっすぐモニターに目を向け、藍さんは言った。
『草薙伍長・・・分かってくださいますね?』
「てめえら動くな!!!」
草薙さんは弾かれるように勢いよくサーベルを抜くと、騰蛇隊士達に向けた。
「草薙さん、何を!?」
「右京、こいつら“敵”だ!!!」
怒鳴る。
「俺は・・・三日月を信じる!!!」
「何!?何なんですか一体!!??」
玲央が叫ぶ。
柳雲斎先生が、低い声で言う。
「一ノ瀬・・・これは一体、どういう趣向だ?」
孝志郎は、藍に短剣を突きつけられたまま、動かない。
笑っている。
「来斗・・・俺が問いたいことは、ただ一つ」
じっと、俺の目を見て言う。
「共に、天下を手にしないか?」
「何だと!?」
「お前と俺は・・・物心付く前からずっと一緒だった。お前の頭脳と俺の力があれば簡単なことだろう・・・どうだ?」
「・・・本気なのか?」
正気の沙汰じゃない。
みな無言で厳しい視線を孝志郎に向けている。
意に介さない様子で孝志郎は皆に呼びかける。
「どうだ!?皆のもの」
モニターの向こうで突然、弾けるような笑い声が上がる。
『・・・いやぁ、なんて愉快なんだろう!?』
『・・・なんだと?』
『せっかくクーデターを企てたってのに孝志郎も終わりだね・・・このままじゃ』
立ち上がる声の主。
そして短剣を抜くと、まっすぐに藍に向けた。
『形勢逆転・・・かな?』
埋まっているのは、金緑石。
『こういうのに乗るもの、一種の酔狂・・・だろ』
信じられない。
「剣護さん・・・」
右京が俺の顔を見る。
短剣を向けられた藍が、愕然とした表情でつぶやく。
『・・・・・・一夜』
「お前!?」
咄嗟に俺も緑柱石の短剣を抜いて、一夜に向ける。
ちらっとこちらを見て、笑って言う。
「なるほど、来斗はそっちね。これで五玉は2対2。さて・・・」
じっと視線を愁に落とす。
「愁、お前はどうする?」
一体何が起こったというのだろう。
いや・・・それは明らかだ。
だけど、信じられない。
「右京!行くぞ!!!」
草薙さんの声にはっとして、『水鏡』を構える。
「槌谷!姫たちを頼む!」
うなずく槌谷伍長。
『水無月』!!!
『タケミカヅチ』!!!
二人の『神器』が光を放ち、隊士達を吹き飛ばす。
まだ残っている隊士達をなぎ倒しながら、部屋を出て会議室に向かう。
振り返ると、呆然とモニターを見つめる剣護さんの姿があった。
「剣護さん!」
はっとした顔で僕を見る。
「右京・・・俺は・・・・・・」
混乱して、身動きの取れない様子。
意を決して言う。
「行きましょう!!!」
剣護さんは一度両手で頬をばちん!と叩くと、
「ああ!」
と大きく答えて、駆け出した。
あの日のことは今でもよく覚えてる。
春といってもまだ肌寒かった。
恩賜の短剣。
講堂に集まった卒業生の中から、最も優秀な者にそれは贈られる。
前の日に校長室に呼ばれて、その栄誉に預かることができることについて説明を受けた。
例年であれば、その栄誉は一人にのみ授与されるものである。
しかし、今年に限っては例年の学生のレベルであれば確実に最優秀成績に当たる人間が5人いる。だから本来の恩賜の短剣に埋め込まれた5つの玉を1つずつにわけ、5つの短剣に付して授与する、のだという。
その日呼ばれたのは自分ひとりだったが、その他の4人も同様にして説明を受けたと思う。
だいたいの見当はついていた。
自分がその一員として選ばれたことが、何よりも嬉しかった。
校長が5人を王の前に呼ぶ。
「金剛石、一ノ瀬孝志郎」
「紅玉、浅倉愁」
「青玉、三日月藍」
「金緑石、古泉一夜」
「緑柱石、涼風来斗」
5人で一列に並び、王から一人ずつ、短剣を受け取った。
その重み。
そのルビーの赤の鮮やかさ。
再び一礼し、振り返ると歓声と拍手が鳴り渡った。
隣の藍が肩でどんっとぶつかってきて、くすくす笑った。
5人は強い絆でつながっている。
そう思えた。
人生最高の日だった。
「愁?」
孝志郎の声。
はっと我に帰る。
「愁!!!」
悲鳴に近い藍の声。
その藍に照準を合わせ、短剣をかざしながら一夜がこちらに笑いかける。
「愁、お前はどうするのさ?」
孝志郎は・・・相変わらず、総隊長席に腕組みして座っている。
いつもとまるで変わらない、不敵な笑みを浮かべたまま。
一夜に短剣を向けている来斗が怒鳴る。
「愁、どうするんだ!?」
「・・・どうするて・・・聞かれても・・・・・・」
これは悪夢だと思いたかった。
藍は泣き出してしまうのではないかと思ったが、強い表情で唇をかんで孝志郎に短剣を突きつけている。
「愁くん!お願い!」藍の声。
「愁!!!」来斗の声。
「愁?」一夜の声。
そして・・・
「愁・・・お前の自由にすればいい。どうする?」
孝志郎の声。
「俺はお前を信じてるぞ?」
「駄目!愁くん!!!」
あの校舎の屋上。
どこまでも広がる青い青い空。
退屈で穏やかで・・・そして
幸せだった。
「愁!!!」
僕は短剣を抜くと
そのまままっすぐに
孝志郎に向けた。
ばたん!と大きな音がして扉が開く。
「藍さん!!!」
右京が叫ぶ。
その時、背後で爆発音。周囲から悲鳴が上がっている。
会議室の窓のほうから爆風が吹いた。
爆風で崩れた壁の向こうに立っていたのは、白虎隊の・・・内海蔵人だった。
「蔵人!!!」
龍介が叫ぶ。
焦点の定まらない目で、無表情で立っている内海。
「遅いじゃねえか、内海」
不敵な笑いを浮かべ、立ち上がったのは白虎隊の隊長、藤堂剛。
「藤堂・・・お前もか」
信じられない、といった表情の宗谷隊長。
「ああそうさ。俺はこんなチンケなところにくすぶってんのは御免だね」
「宗谷隊長も・・・いらっしゃいませんか?」
内海の後ろで笑っているのは・・・平原力哉。・・・・・・杏の兄貴。
「リキ!お前・・・!?」
「すいませんねぇ。僕ももっと力を得たいなって思いまして」
にやりと笑って言う。
「今まで本当に・・・お世話になりました」
言葉無くすっと立ち上がったのは、十六夜隊長。
「あんたもなのか!?」
「・・・・・・」
彼女は一瞬、じっと藍の顔を見つめたように見えた。
やがて視線をはずすと、ピアスに軽く触れる。
炎が立ち上り、大きな旋風が巻き起こる。
舞い上がるように浮き上がる、“反逆者”たち。
藍はその風に吹き飛ばされ、孝志郎さんは自由を取り戻した。
そして・・・
「一夜!!!」
俺は行こうとする一夜に駆け寄る。
いつもの笑顔の一夜。
息をつめて『蛍丸』を抜く。
するとひゅうっと軽く口笛を吹いて、笑って言った。
「剣護・・・俺を斬るのか?」
どきんと大きく心臓が鳴る。
『大通連』を抜く、一夜。
そしてまっすぐ俺に向ける。
そのまましばし向き合う。
心臓が高鳴る。
刀を握る腕が震える。
ばかなばかなばかな・・・こんなこと・・・
何かの間違いだろ?
すがるような気持ちで一夜を見つめるが・・・
彼はいつもの平然とした表情のまま、こちらを見つめている。
そして、にっこり笑って刀を納める。
『冗談だよ』・・・そう言って欲しかった。
しかし、その口から発せられた言葉は・・・違っていた。
「勾陣を頼むよ、剣護」
「何!?」
「俺無き勾陣隊、俺無き十二神将隊・・・お前の時代だよ、剣護!」
悲しいくらい、見慣れたいつもの笑顔であいつは去っていった。
「孝志郎!!!」
来斗さんが呼びかける。
「来斗・・・お前、知ってるか?俺は・・・親父の本当の子じゃない」
「何だと!?」
「俺の本当のお袋は、俺が3歳のときに死んだ。西に行くまでずっと忘れていたがな」
「・・・どういうこと?」
藍さんが尋ねる。
「俺の本当の父親は・・・・・・紺青の王よ」
!?
「聞いたことあるだろ?あっちこっちに子があるってのを。ありゃ噂なんかじゃなかったんだよ。現に・・・この俺だ」
「あなたは・・・王の殺害に・・・関わってるんですか!?」
僕が問いかけると、笑って言う。
「まあな、直接は関わりないが、知らないことではなかった」
「『オンブラ』と・・・手を結んだってこと!?」
「そういうことになるかな。あいつらと手を組めば、手に入ると思ったんだよ。思い通りの国、思い通りの世界が」
「孝志郎はん、あんた・・・一体どうしてしまったんや?」
つぶやくように言う愁さん。
「俺の母親が俺につけた本当の名、それは・・・狂志郎だ」
旋風の中に消えていく一ノ瀬隊長。
「俺は生まれ落ちたその瞬間から・・・狂ってたんだよ」