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Ep16 北陣

剣護さんと道場で稽古をしている勾陣(こうちん)隊の敷地内の道場。

「右京!」

明るい声で飛び込んできたのは、玲央だった。

なんでも東の状況に変化があったので報告に帰ってきたとのこと。

伍長の磨瑠さんも一緒らしい。

「東・・・って」

ちょっと不安になって尋ねると、笑って違うよ、と答える。

「おまえんちからはずいぶん遠いところ。それに悪い知らせではないから・・・」

やっぱり気になるよな。そう言ってにっこり笑った。

「前から思ってたんだけどさ・・・玲央の国・・・常盤は東陣の管轄なのか?」

「いや、それだと自己統治になっちゃうだろ?だから僕が隊長になったとき、北陣の管轄に移ったんだと」

確かに常盤は燕支(えんじ)より北に位置している。玲央の肌が褐色なのは、常盤の標高が少し高くて日差しが強いからなのだ。

「そうか、お前達って異国人なんだよなぁ」

剣護さんが言う。

「どんな国なんだろうな・・・俺は紺青(こんじょう)を出たことが無いから、ちょっとうらやましいよ」

茶化すように玲央が言う。

「なんだったら剣護さん、青龍に移ってきます!?剣護さんなら大歓迎ですけど」

曖昧に笑って答える剣護さん。

「いや遠慮しとく・・・お前ってどっか・・・・・・誰かさんに似てるからよ・・・」

誰かさんて・・・考えるまでもないか。

玲央がそうだ!と思い出したように言う。

「お袋から手紙が来てさ、姉貴に子供が生まれたんだと」

よく覚えてる、目鼻立ちが玲央によく似ていて凛とした女性だった。

玲央の兄弟は3人で、最年長の兄上と下の二人は母親が違うそうだ。

そのことがあって、跡目争いのような話も遠く燕支まで聞こえてきていた。

玲央が紺青に出てきてしまったことで一段落したようだが、今のところまだ父上が健在で、まだ王位を兄上に譲り渡してはいないらしい。

「おめでとう!もうそんな年なんだなぁ、僕らって」

「そうそう!お袋はもう、孫のこと溺愛しちゃって大変みたいだよ。かわいくて仕方ないってのが文面からあふれ出ててさぁ」

そう言っている玲央の顔も、至上最高に幸せそうだった。


隊士から報告が入ったのはつい今しがたのことだが、宗谷隊長はもう鎮圧の手はずを整えている。毎度のことながら、手際のいいことだ。

「リキ!状況はどうだ?」

はいはい、と慌てて答えながら宗谷隊長のもとに駆け寄る。

「玄武隊の本隊を向かわせました。何かあったら報告があるでしょうが・・・大きな軍事力のある国でもありませんからねぇ、我々が出向くまでもないかと」

そこまで言ったところで、叱責される。

「平時に穏やかな国だからこそ、何かあったときが危ねぇんじゃねえか!油断してると大きな犠牲が出るぞ。それに・・・」

そこまで言って黙る。

根がものすごく優しい人なのだ。そういうところが自分とは決定的に違うといつも思う。

「ですから、本陣を向かわせたんじゃないですかぁ!大丈夫ですよ」

わざと明るく答えてみせる。

「だが、具体的な情報は何も入ってきてないだろうが。危険を知らせてきた隊士ともそれ以降、音信不通なんだろ?」

「ま・・・それはそうなんですが」

しばらく考え込んだ後、立ち上がって言った。

「俺達も行くぞ、リキ」


北陣の敷地を出る準備が整い、留守を任せる隊士に指示を出している最中、無線が鳴った。

『平原伍長!!!鮫島です』

無線から半ば叫ぶような声。

本隊の指揮を任せていたリーダー格の隊士だ。

宗谷隊長の表情が硬くなる。

「どうしたんです?」

『大変です!・・・・・・オン・・・』

無線が途切れがちになる。

嫌な予感・・・

「どうした鮫島!?おい!応答しろ!!!」

宗谷隊長が無線に向かって叫ぶ。

『す・・・に・・・・・・紺青・・・・・・応・・・要せ・・・』

雑音にかき消される声。

「リキ!!!」

宗谷隊長が怒鳴る。

体が跳ね上がるくらいの大声で。

そして僕の顔をじっと睨むように見ると、言った。

「紺青に飛べ!」


最近騰蛇隊は平和だ。

あまりオンブラの出没もなく、取り立てて大きな犯罪も起こっていない。

草薙伍長も非番で不在。輪をかけて平和そのもの。

こんな日に一人で留守番なんて、本が好きなだけ読める絶好のチャンス!

・・・と思っていたのだが。

ニコニコしながら、私の顔を覗きこんでいるのは・・・

思わずため息が出る。

「なぁに?元気ないねミカちゃん」

まさか邪魔なんだけど、とは言えないし・・・

「何かご用なんじゃないんですか?相馬隊長・・・」

遠まわしに言ってみる。

「いや、たまに都に帰ってきたから、ミカちゃんの顔が見たいな〜って思っただけだよ?」

にっこり笑う。

「それ・・・私には通用しませんよ?」

君の顔が見たくなって、なんて言われてトキめく女の子も多いんだろうけど。

この人のこういう軽いところ、すっごく苦手だ。

「そっかミカちゃんは一夜さんで免疫あるもんね。やっぱ僕じゃ一夜さんにはかなわないかぁ」

楽しそうに笑う。

なんで私はこの手にもてるんだか・・・

実際は、もてるっていうのも違うんだけど。

「ミカちゃん、なんか面白いこと言ってたんだって?」

げ・・・

「誰から聞いたんですか・・・?」

「一夜さん」

・・・・・・あいつ殺す。

相変わらずニコニコしている相馬隊長。

「あの・・・はずみって言葉、ご存知ですか???」

「だから〜、ついうっかりほんとのこと言っちゃったんでしょ!?」

「・・・そうじゃなくて」

『三日月には誰か好きな人がいるらしい』

という噂が、ここのところ隊士達の間でまことしやかに広まっているらしい。

この間杏にうっかり言ってしまった言葉が発端らしい。

まあ、こんな噂くらいしか話題がないくらい、都は平和なわけで・・・

良いんだか悪いんだか。

「誰なのさ?」

「・・・・・・万が一いたとして、言うと思いますか?」

そうだよね〜と満面の笑みを浮かべる。

「誰だか知りたいんじゃなくて・・・私をからかいたくて、いらっしゃったんですよね?」

「え〜何で分かるのかなぁ?」

・・・ばか者。

その時、隊舎に現れたのは、本当に珍しいお客さんだった。

「あら?平原伍長」

気まずそうな顔をして、こんにちは、と言う平原伍長。

「どうなさったんですか?ご帰還の予定なんて存じ上げませんでしたけど」

“一ノ瀬総隊長の第一秘書”と呼ばれるくらい、私は隊のいろんなことを把握してるつもりだ。突然、しかも一人で戻ってくるなんて珍しい。

はっきり言って、平原伍長は他の隊長伍長クラスと比べると、やや頼りない。

個人的には、宗谷隊長が甘やかすからだと思ってるのだけど。

あの人はごつくて恐い顔に似合わず、優しい人だからなぁ。

「ちょっと・・・一ノ瀬隊長にご相談したいことがありまして」

何でしょうか?と言うと、

「じゃあ、僕はそろそろ」

と相馬隊長が席を立った。

「すいませんねぇ、おかまいもしませんで」

少しほっとしながら言うと、平原伍長の話を聞くため奥の隊長室に入った。


勾陣隊の道場でいつものように杏の相手をしていたら、藍さんと平原伍長が現れた。

「あ!!!」

杏が素っ頓狂な声を上げる。

「どうした?」

「えっとぉ・・・私ちょっと急用思い出したから帰るわ!じゃあね右京!!!」

ばたばたと出て行く杏。

・・・変な奴。

だが、その杏とすれ違った平原伍長もちょっとおかしかった。

一瞬硬直したような。

「力哉さん、どうかしました?」

剣護さんが尋ねる。

「ご存知・・・ないんですか?みなさん・・・」

曖昧な薄笑いを浮かべる平原伍長。

「平原伍長こそ、ご存知なかったんですか?」

にっこり笑う藍さん。

「ご存知も何も・・・」

「なんだよ藍、一人で何でも分かってますみたいな顔しちゃって」

一夜さんがつまらなそうに言う。

「あの・・・古泉隊長、あれは・・・一体何・・・」

「ああ、彼女はうちの隊士候補生です」

「隊士って・・・・・・」

「最近やっと試験パスして士官学校通いだしたんですけどね、ああ見えて剣術の腕前がすごくて!右京がはりきって稽古つけてやったりするもんだから、最近更に磨きがかかっちゃって」

「そうなんですか・・・剣術は完全にあっちにいっちゃったんですねぇ、きっと」

あっち?

微妙な表情の平原伍長に不思議そうな顔をする一夜さんと剣護さん。

藍さんがにこにこしながら言う。

「平原伍長は、杏ちゃんと二人でしたっけ?ご兄弟」

「・・・そうですけど」

「きょうだい!!??」

「どうもみなさん、愚妹がお世話になっているようで・・・」

顔を見合わせる一夜さんと剣護さん。

「何で今まで黙ってたんだお前!?」

剣護さんが藍さんに言う。

「本人に口止めされちゃったんだもん。・・・ていうか、それはいいんだってば」

真面目な顔になって、ちょっと話がある、と一夜さんに言う。

「僕はどうしましょうか?」

「どちらでも結構ですよ。ちょっと込み入った話ではあるんですけど・・・」

十二神将隊の立ち入ったことには口を出さない主義なので、席をはずすことにした。


藍の持ってきた・・・というか、力哉さんの持ってきた話は、とんでもない話だった。

北方の国で、眠っていたオンブラが目を覚まし暴れているという。

「隊長の命令でとるものもとりあえず帰ってきちゃったんですが、途中入ってきた情報を整理するとそういうことになります・・・隊士にも重傷者が続出してまして」

うつむきがちに言う力哉さん。

胡坐をかいた膝に片肘を乗せ、頬杖をついたまま一夜がつぶやくように言う。

「・・・で、孝志郎は何て言ってるの?」

「勾陣か太陰(だいおん)の本隊に協力を要請して、オンブラを倒して一気に鎮圧することが一番得策じゃないかって。だって・・・場所が場所でしょ?」

ふむ、と一夜がつぶやく。

「舞ちゃんとこは行くって?」

「あの人たち最近力有り余ってるから・・・二つ返事だったわ」

・・・だろうな。

「それに・・・彼らなら先の仲間の不祥事を(すす)ぎたい気持ちも強いだろうね」

・・・なるほど。

「それで太陰に先に行ったわけね。けどまぁ、彼らが張り切りすぎて暴走すると事だから、うちとの混合チームで行ったほうが良策ってこと?」

頷く藍。

・・・本当に頭のいい奴らは回転が速くてうらやましい。

ちょっと考え込んで、よしわかった、と承諾の意を表する一夜。

「剣護を貸してあげよう」

「・・・俺!?」

「役に立ちそうな隊士を適当に見繕って連れてっちゃって良いよ。どうせこっちは暇だし、剣護は異国に興味があるんだろ?」

こないだの右京たちとの会話・・・・・・聞いてやがったのか。

よろしくお願いします!と先輩の力哉さんに頭を下げられると、嫌とも言えないし。

「この件了解した!その代わり、俺が留守の間しっかり仕事しろよ!一夜」


翌日道場を訪れると、剣護さんの姿が無かった。

「出張・・・なんだってさ」

杏がつまらなそうに言う。

「昨日の平原伍長の件かなぁ」

「あんた、さ・・・あの人知ってるの?」

「知ってる・・・っていうほどではないけど、挨拶くらいはね」

「あの人さ、だいぶ年も離れてるでしょ?・・・・・・暗くて苦手なんだよね〜、私」

「実のお兄さんのことをそんな風に言うもんじゃないぜ?」

一夜さんが出てきて言う。

「俺なんか一人っ子だから、兄貴とかうらやましいけどな」

「・・・絶対、そんなことかけらも思ってないでしょ?」

つぶやく杏に、あはは・・・と笑って答える。

・・・・・・杏、正解。

「どこ・・・なんですか?」

「う〜ん、あんまりはっきり聞いてないや」

「隊長がそれでいいわけ!?」

つっこむ杏に平然と笑いながら言う。

「大丈夫大丈夫、剣護ならほっといてもちゃんとやってくれるからさ」


到着してその街を見渡したとき、俺は言葉が見つからなかった。

ほんの少し前までは活気にあふれていたのだろうことが感じられる街並み。

しかし今は・・・・・・

その場所はどこまでも広がる廃墟だった。

「これは・・・ひどい」

さすがの遠矢さんも言葉に詰まる。

十六夜隊長は、いつもの厳しい目つきで街を見つめている。

特に中央通りがひどい。

何か大きな爆発があったように地面が深くえぐられ、その跡は城の中まで達している。城門は突き破られ、王族の住む城は全壊。

くすぶる煙。

「我々は早速作業にかかります」

冷静に言ったのは、同行していた天后(てんこう)隊の源隊長だ。

「無事だった住民はみな、都から少し離れたところに仮設の居住区域を作って移してある。あとは・・・王族の人間だが」

暗い表情で言う宗谷隊長。

「先のオンブラの攻撃で城に大きな火災が起こったようでな。生存者は見つからなかった・・・というより、何もかも消し飛んでかけらも残っちゃいない。第一王子が連れ去られたとの目撃証言があるにはあるんだが・・・」

みんなの話を黙って聞いてきた十六夜隊長が低い声で訊く。

「オンブラの暴走、その原因は何だ?」

「民が言うには・・・西のはずれの谷に化け物が眠っているという伝説があったらしい。それがオンブラだったのかもしれん」

「伝説になるほど古代から眠っていたものが目を覚ました・・・それには何か積極的な働きかけがあったようには思えぬか?」

感情の無い、淡々とした声で話す十六夜隊長。

「そもそも、お前達がこの国に入ることになったきっかけは何だ?」

黙っている力哉さん。

少し間があって、宗谷隊長が意を決したように言う。

「・・・クーデターだ」

「クーデター!?」

「最初の報告はそうだった。だが・・・さすがにここまでの惨事とはな」

硬い表情で黙っている十六夜隊長。

やがて、口を開いた。

「下手人は・・・その第一王子か」

「何!?」

「ちょっと・・・十六夜隊長、何言ってるんですか!?」

俺と宗谷隊長が反論すると、源隊長が言う。

「・・・ありえない話ではないでしょうね」

「ちょっと咲良さんまで・・・」

「そのとき連れ出されなければ、彼も間違いなく命はなかったのでしょう?」

でも、もしそうならば・・・

クーデターの原因は一体何だ?

「後継者問題・・・」

十六夜隊長がつぶやく。

「王と第一王子は、不仲だったのではなかったか?」

黙り込む宗谷隊長。

「そりゃ確かに・・・あんまり良好そうではなかったですけど・・・」

力哉さんがしどろもどろに言う。

「私・・・そんな報告、聞いたことありませんでしたけど」

源隊長が言う。

「源が入隊する頃だったな、この国に関する報告がぴたりと止んだのは」

十六夜隊長は相変わらずの口調。

「宗谷・・・それは、お前なりの相馬への配慮のつもりか?」


「北で、何かあったみたいだね」

つぶやく玲央様。

「磨瑠は何か、聞いてる?」

「いーえ?」

僕はいつもの調子で答える。

「そうかぁ・・・右京も知らないみたいだし、一夜さんも興味なさげだし・・・」

「右京様から、お聞きになったんで?」

「そうなの。あいつも気になってるみたいでさ、何か知ってるかって」

そうですかぁ。あくびをしながら答える。

「ミカちゃんをつついてみるのが一番なんだけど、何か最近忙しそうで構ってくれないんだよね・・・」

「玲央様があんまりいぢめるからじゃないですか?」

はは、と愉快そうに笑う。

金色の短い髪がさらさら揺れる。

磨瑠。

急に強い口調で呼ばれて、びくっと全身の毛が逆立つ。

「隠し事はなしだからなっ」

はいはい・・・といつものようにのんびり答える。

出来るだけ、いつもどおりに聞こえるように。


西の谷。

気持ちの悪い生ぬるい風が吹く、異様な気配の場所だった。

ベースキャンプで源隊長は怪我人の救護をし、宗谷隊長と力哉さんは周辺警護に当たっている。

様子を見に来たのは、俺と十六夜隊長と遠矢さんの3人。

「・・・何かいるな」

十六夜隊長がつぶやく。

谷底には洞窟があった。

「行くか?」

十六夜隊長は平気そうだが、さすがの遠矢さんも少し腰が引けている様子。

俺と遠矢さんを一瞥すると、十六夜隊長はすたすたと中へ入っていった。

「お待ちください隊長!」

俺に外で待つように言うと、遠矢さんは後を追って中に入っていった。

・・・なんて忠義に厚い、そして真面目な人なんだろうと、時々思う。


「隊長ー!!!」

つい今しがた中へ入ったはずなのに、姿が無い。

もっとも小柄なので見つけにくい、というのも多分にあるが。

「どこに・・・」

目の前に何かが飛び出してきて、慌てて後退する。

赤く光る、二つの目。

オンブラか・・・

『蝉丸』を構える。

だんだん目が慣れてきて、敵を見る。

それは大きな黒い蜘蛛だった。

しゅるしゅると音をさせて、口から糸を吐こうとする。

急にその太く黒い足でこちらへ突進してきた。

速い。

薙刀で体当たりを防ぐのが精一杯だ。

一度後退して、いきなり赤黒い糸を吐き出す。

「何!?」

粘着質のそれは、振り払っても余計に絡み付いてくる。

体の自由を奪われ、ずるずると引きずられていく。

赤い爛々と光る眼が近づいてくる。

大きなあごに、鋭い牙のようなものが見える。

このままでは・・・

糸が絡み付いて体から離れていこうとする『蝉丸』を再度、

ぐっと力いっぱい引き寄せる。

渾身の力をこめて体勢を低く構える。

大きな蜘蛛の口が近づく。

今が・・・チャンスだ。

『圧』!!!

全身の力をこめて『蝉丸』を突きつける。

『蝉丸』の刀身から放たれた空気の圧は蜘蛛の頭を内部から吹き飛ばした。

ものすごい叫び声を上げて、鋭い爪のついた八本の太い足を動かす。

それを自由の利かない体を駆使して次々に払い。

そうしているうちに土蜘蛛の姿はいつの間にか跡形もなく消えてしまった。

絡みついた糸もいつの間にか消え去っている。

ぜぇぜぇと肩で息をする。

その時。

一瞬鋭い痛みが全身を貫く。

先ほどの爪で、いつの間にか右腕を引っかかれていたようだ。

・・・毒か。

早く戻らねば・・・

そう思っているうちに意識が遠のいていった。


「宗谷隊長!!!出ました!!!でっかいやつが!!!」

民の詳しい話を聞くため、仮設の居住スペースで話を聞いているときだ。

力哉が外で大声を上げている。

外に出ていた住民たちも、叫び声を上げて居住スペースの中になだれ込んでくる。

その流れに逆らうようにして外に出た。

「なんだ、あれは・・・」

それはとぐろを巻いた、八本の首を持つ大蛇。

「ヤマタノオロチ・・・?」

「どどど・・・どうします隊長!?」

「隊士たちを・・・下がらせろ」

意図を汲み取りかねる顔をしている力哉に、再度怒鳴った。

「『神器』を持たぬものに勝算はない、犠牲を増やすだけだ!お前と俺、二人でやる!」

「えええー!!??」

動揺しきっている様子。

「落ち着けリキ!お前の『ジン』、あれであいつの首を落とす。止めは俺が刺す。出来るところまででいい!お前なら絶対に出来るはずだ!!!」

「出来ませんよぉ!そんなこと!!」

じっと力哉の顔を見る。

「・・・力哉」

強い口調で呼ぶと一瞬、ぐっと下を向いて、また顔を上げた。

顔つきが・・・変わっている。

ゆったりした作りの服の前のボタンをはずすと、腰のベルトには幾つもの投げナイフが仕込まれている。それが彼の『神器』・・・『ジン』だ。

地面にひざをついて、体勢をぐっと低くする。

じっとオロチを睨んだまま、その動きを目で追う。

「行けるな!?」

「・・・もちろんです」

やがてこちらの殺気に気づいたオロチがこちらに向かって首を振り、威嚇し始めた。

「・・・行きます!」

大きく跳躍。

一番近くにあった首を両手に握った数本のナイフで一閃。

鋭い刃物のような風が起こり、首がすとん、と落ちる。

痛みに怒り狂うオロチ。

力哉は一旦着地すると、再度大きく跳躍する。

その跳躍は、風に舞い上げられるように高く、まるで空を飛ぶかのようだ。

『うなれ!』

体を後ろに大きく反らせ、手にしたナイフを一度に投げる。

一本一本がかまいたちのようにうなり、次々に首に命中する。

首は次々に落ちていく。

あと2本。

その時、残った2本の首が力哉目掛けて体当たりしてきた。

腹部を思い切り弾かれる。

「うわぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

「リキ!!!」

岩融(いわとおし)』を抜く。

地面に叩きつけられた力哉は一瞬動かない。

そしてゆっくり起き上がると

「うわぁぁぁ隊長ーーー!!!」

と大声で叫んでいる。

・・・元に戻ったか。

まあ、いい。

「よくやったリキ!後は俺に任せよ!」

「え!?えええええ!!??僕はまた・・・なんかしましたか!?」

騒いでいる力哉を後ろに追いやり、構える。

『セト』

唱える。

砂嵐が巻き起こる。

目を潰され、オロチはむやみやたらに首を振り回す。

そのまま大刀を振り下ろす。

砂嵐が更に激しい渦となり、オロチの全身を包み込み。

高く空へ巻き上げる。

同じ高さまで跳躍して、一太刀。

すさまじい叫び声を上げて、オロチは見る見るうちにしぼんでいく。

地面に着地し、力哉が駆け寄ってくる頃には・・・そこには。

一つの干からびた蛇のミイラだけが残っていた。


洞窟の中の様子を気にしながら、空を見上げる。

不穏な雲が立ち込めている。

・・・一雨くるかな。

住民達は大丈夫だろうか。

そして、他のみんなは・・・

ぽとり、と傍に落ちたものがあった。

これは・・・

椿の花。

この季節に、妙な花が咲いているものだな・・・

そう思っていると、突然声がした。

「剣護!」

笑いを含んだ、楽しそうな声。

これは・・・・・・

顔を上げるとそこに立っていたのは・・・

一夜だった。

「お前・・・何やってんだよ!?こんなところで・・・」

そこまで言って思い直す。

いや、そんなはずない。

あいつは紺青にいるはずじゃないか。

「どうしたのさ?」

なんでもなさそうに訊く。

その声、その仕草・・・どう見ても一夜だが・・・

「てめえ・・・何者だ!?」

空を見上げて少し笑うと、こちらにじっと視線を向けた。

「・・・驚いたね。どうしてわかったんだろう」

「てめえが思ってるより、あいつと俺の付き合いは長いんだよ!残念だったな」

しかし、相手は楽しそうに笑ったまま。

それは普段の一夜のそのままで、だんだん錯覚してしまいそうになる。

「お前の特殊能力はよーくわかったから、とっととその正体を現しやがれ!!!」

・・・気味が悪い。

「剣護は相変わらず気が短いねぇ」

ちょっと首をかしげて笑う“一夜”。

生ぬるい風にさらさら揺れる、白い髪。

そして、何気ない様子で腰の刀を抜く。

まっすぐに、俺に向ける。

それは一夜の一番刀『大通連(だいつうれん)』・・・

冷や汗が流れる。

その『気』すらも・・・一夜ものだ。

「よく・・・真似てやがるじゃねえか」

「真似かどうか・・・試してみようか?」

ダン!!!と地面が揺れる。

『烏帽子』

・・・何!?

突然のことに刀を抜く暇がない。

「・・・・・・・・・う・・・!」

気圧で吹っ飛ばされ、遠くの岩場に叩きつけられる。

楽しそうな笑い声を上げながら近づいてくる“一夜”

「どう?」

体の痺れて動かない。

「親友の攻撃を受けた気分は・・・」

違う・・・あれは・・・・・・

「ちょっとは手加減してみたんだけどなぁ」

紛れもなく・・・“一夜”。

「どう・・・やったんだ・・・・・・てめえ」

「どう・・・って、訊かれてもなぁ」

やっと少し体が動くようになり、立ち上がって『蛍丸』を抜く。

へぇ驚いた、と笑う“一夜”。

「剣護は・・・抜けるんだね?」

「何・・・だと?」

もう一度まっすぐ俺に刀の切っ先を向けると、“一夜”は笑顔で言った。

いつもの・・・善も悪もない、透明な笑顔。

「剣護には・・・俺が斬れる?」


「お天気・・・悪くなってきましたね」

空を見上げて藍さんがつぶやく。

「見回り行った草薙伍長、大丈夫かなぁ」

そうつぶやいているが、なんだか別のことを考えているように見える。

「藍さん・・・あの」

なんですか?とわざとらしく大きく振り向く姿は、質問を拒否しているようだ。

しょうがないな、また次の機会にでも・・・

でも、なぜだろう。

嫌な感じ。


「一夜隊長?」

今にも降りだしそうな空をなんとなく見上げていたら、横から杏が呼ぶ。

「何?」

にっこり笑って答える。

いぶかしげな顔をしている杏。

「隊長さ・・・絶対何か隠してるよ」

若者の瑞々しい感性には、世慣れした大人の策謀など到底太刀打ちできない。

言わなくても分かること、とか、言わないほうがいいこと、なんてのも彼女にとってはナンセンスなのだろうし。

「剣護は大丈夫なの?」

彼女なりに、めいっぱい心配しているのだ。

勿論俺にだって、それに答える用意はある。

「大丈夫大丈夫。剣護に任せとけば万事順調に行くさ」

それは隠すことなき、心からの言葉だった。


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