Ep15 昔話
Ep 15
士官学校へ入るのは、そもそも自分の希望ではなかった。
親父もそんなことは望まなかったし。
親の七光りで、軍に入るにしても役人になるにしても一応それなりのポジションにはつける、そうやって生きるのが俺の生き方だと思っていた。
だから、剣護が士官学校へ・・・と言ったとき、正直なところ驚いた。
そうだ、剣護は違うんだ。
地位を得て生活の糧を得るためには、そうやって努力しなくちゃならない。
そう思ったらちょっと高尚な気持ちになって、つい言ってしまった。
「俺も・・・行こうかな」
「おい!聞いたか一夜!!」
入学式の数日前のこと。興奮気味の剣護がニュースを持って道場へやってきた。
「今年の新入生の中にな・・・あの“一ノ瀬孝志郎”がいるらしいぜ?」
一ノ瀬・・・ああ、あの一ノ瀬公のところの。
「ご近所さんだ、たしか」
「ああそうかよ・・・」
驚かないのか?と剣護。
「まあ、ね。確か俺達より年上だろ?何でまた今になって入ろうと思ったんだろうね」
「一ノ瀬公がどうしてもって言ったらしいぜ。一番てっぺんになるには士官学校卒の経歴が必要なんだと。すごいぞ一夜、あの超有名人とご学友なんて!」
確かに、なぜか一ノ瀬孝志郎は有名だった。
うんとガキの頃は、界隈のガキ大将だった(俺は興味なかったけど)
それがある頃から神童扱いされて、地位のあるいい大人があいつに会いにぞろぞろやって来るのを頻繁に見かけたものだった。
よく知らんが、遠征部隊なんかにも同行させてもらっていたらしい。
王も直接御前に呼んで、褒美を与えるくらいの働きをしたらしい、とか。
だが俺の認識は“物好きな奴”というくらいだった。
「まぁ・・・お前なら、そういう反応も想定の範囲内だ」
興味のなさそうな俺にちょっとテンションが下がった様子の剣護だったが、続けて言う。
「だからお前が興味を持ちそうな話も持ってきてやったぞ?・・・一ノ瀬の家で養女として暮らしてる女の子、知ってるか?」
・・・噂だけは。
「ご近所だけど、門前までは行かないからなぁ。どっか遠征先からさらって来たんだろ?」
「・・・お前、人聞きが悪いぞ?」
「で?」
「その子も一緒に入学するらしいんだ」
士官学校に女性が入ることは確かに珍しいことではあるが、そんなに取り立てて言うほどのことではないはず。
「それが、14歳なんだと!」
「それは・・・とても就学年齢に届かないじゃないか」
「だから話題になってんだよ!一ノ瀬公に強く勧められたときに孝志郎言ったんだってよ、その子も一緒じゃなきゃ行かないって」
無理言って断ろうとしたわけだ。
しかし、一ノ瀬公はある条件をもって、少女の入学を取り付けてきてしまった。
それが話題の種。
士官学校は通常16歳から18歳くらいの少年少女が入るのが慣わし。よっぽど出来のいい人間でも15歳が最年少だったそうだ。
14歳でも、入学させる価値があると周囲に認めさせる。
その方法は、通常の入学試験にパスすることともう一つ。
どう考えても無理難題と思われることだった。
「天球儀って知ってるか?」
「知らん」
「・・・・・・士官学校で『神器』の訓練に使ってる施設だよ。敵が攻めてくるとか、いろんなシチュエーションで訓練が出来る、シミュレーターになってんだ」
驚異的な力を持つ武器であるところの『神器』は、よほど上層の家庭で軍に関係者のいる家庭でなければ、子息に扱い方を学ばせることは難しいのだという。
士官学校に行けばそれを学ぶことが出来るので、平民であっても出世のチャンスにつながる。だから腕に覚えのある少年達はこぞって入学試験を受けるものだそうだ。
「士官学校の4年生の『神器』の卒業検定が『百人斬り』って言うらしいんだが・・・よく分からんが百人出てくる敵を『神器』で倒すんだろうな。やられれば怪我はしないがゲームオーバーするまでちゃんと痛みも感じるし、過酷な試験らしいぜ」
『神器』の扱いをみっちり訓練された4年生ですら、最初の検定でパスするのはわずか半数。その試験にパスすることが課せられた条件だったのだ。
何より、そんな小さな女の子が『神器』の扱い方を心得ていることに驚いた。
俺はあまり興味がなく、師匠の指示で剣護と何回か扱ってみたが・・・使いこなすことは現実的とは思えなかった。
そうか、入学するとあれを4年間やるのか・・・と思うと少し気が滅入る。
「一夜、聞いてるか?」
「・・・ああ。で、その子は受かっちゃったわけ?」
「そうなんだってよ!!そりゃ難易度は若干落としただろうけどさ、士官学校としてもそんなガキ、しかも女の子だぜ!?入れたくないから必死で抵抗しただろうけどさ」
「ふうん・・・すごいんだね」
「これも・・・興味ないか?」
「いや、面白いこと聞いたな、とは思ったけどさ」
じゃあこれでどうだ、という表情で剣護。
「・・・・・・その子、すっごくかわいいらしいぞ!?」
「・・・でも、コドモじゃん?」
「コドモって・・・・・・」
「なんだ剣護、浮いた話一つ聞かないと思ってたら、そういう趣味だったのかよ」
「ちがーう!!!お前が興味持つと思って・・・」
「悪いけど俺はそんなに年下の子には興味ないなぁ」
「けど言うほど年下じゃねえだろ!?」
「いやいや、やっぱりそれなりにスタイルのいいお姉さまじゃないと俺は」
「あーそうかよ!わあったよ!!!俺が悪かった!」
ふてくされる剣護。
とはいえ。
ま、一見の価値はあるかも。
入学式当日。
興奮気味の剣護にやや押され、式典が始まる前だというのに早くもここから立ち去りたい衝動にかられていた。どうやってサボろうか・・・そんなことばかり考えていた。
会場のホールの前に張り出された席表。
周りの生徒の話によるとどうやら成績順のようだが。
最前列。右から4番目。
天を仰いだ。
「剣護・・・俺やっぱ帰るわ」
「お前・・・何言ってんだ?」
「じゃあお前代わってくれよ、3列目だろ?」
「・・・・・・・・・それ、嫌味か?」
もういい俺は先に行く!と剣護は行ってしまった。
予鈴が鳴る。
どうしたものか。
立ち尽くして考えていたら、後ろから声がした。
「すみません・・・そこどいてもらえます?」
振り返るとそこにいたのは、一人の少女だった。
“紫の君”ここに現る、といった風。
肩より少し長い、黒い艶やかな髪。
大きな黒い瞳、それを縁取る長いまつげ。
身長は低いが、華奢で可憐な少女だった。
きっと数年経ったらすごい美女になるだろう。
一瞬見とれて黙っていると、怪訝そうな顔でまた言う。
「予鈴聞こえたでしょ?早く席に着かないと式が始まりますよ?」
「あ・・・そうだね」
同じ紺色の制服。
新入生なんだろうか。
「よお、藍どうした?」
少女の背後から声。
一ノ瀬孝志郎だった。
・・・・・・つまり、この子が剣護の言ってた・・・
「これはこれは、古泉のおぼっちゃんじゃねーか。藍の次席に甘んじた気分はどうだ!?」
俺を知ってるのか、こいつ。
席表を見ると、3番目は“三日月藍”の文字。
藍と呼ばれた少女が孝志郎に言う。
「孝志郎、この人知ってるの?」
「古泉家って知ってるだろ?」
「ああ、あの大きなお屋敷・・・すごーい、おぼっちゃまなんだ」
俺の顔をもう一度まじまじと、興味津々な顔で見つめる。
ちょっと顔が赤らんでしまった気がして、焦る。
「・・・綺麗な人・・・・・・」
「・・・え?」
なんでもないです、と言って藍は孝志郎に早く行こう!と促した。
しかし。
「やだね」
そっぽを向いて孝志郎が言う。
「・・・まだそんなこと言ってるの!?」
「だって堅っ苦しい、なんで俺がこんな式に出なきゃならねえんだよ!?」
同感。
孝志郎の隣にもう一人眼鏡をかけた同じ年くらいの青年が立っていて、言った。
「お前は首席入学なんだぞ?お前がいなきゃ式典がしまらんだろうが」
やっぱり、孝志郎が首席なのか。
それでもぶつぶつ文句を言って、なかなか中に入ろうとしない孝志郎が駄々をこねる幼児のようでおかしくて、眺めていたら、開始の鐘が鳴った。
「やばい!!!」
藍はいきなり孝志郎の手を掴み、何故か俺の手も掴んで中に向かってダッシュした。
華奢でちょっと冷たい、柔らかい手・・・
「離せ藍!嫌だっつってんだろうが!!!」
孝志郎はまだ言っている。
一番前なので見世物状態で恥ずかしかったが、なんとか鐘が鳴り終わる前に席に着くことが出来た。
1番、一ノ瀬孝志郎。
3番、三日月藍。
4番目が俺。
2番目の席に座っていたのは、見たことのない少年だった。
まだ成長過程のチビで、黒いさらさらの髪の整った顔立ちの少年。
そいつが前を向いたままぼそっとつぶやいた。
「・・・ったく、騒がしいなぁ。一ノ瀬のぼん言うからどないな奴やろうと思てたら・・・こんな騒々しい兄さんかいな」
不穏な空気。
「おいチビ助!てめえ、偉そうに何言ってやがるんだ、え!?」
明らかに気分を害した様子の孝志郎が絡む。
「チビ助て・・・・・・僕に言うたん?」
低い声で言って孝志郎を睨みつける。
チビのすぐ隣に座っていた藍が慌てて止めに入る。
「あなたたち、やめなさいってば!」
マイクを通して咳払いが聞こえる。
気づくと教官達も生徒達も3人のやり取りに注目している。
『一ノ瀬君、浅倉君、三日月君・・・・・・式を始めてもよろしいかな?』
教官の声・・・
「はい・・・」
黙っている二人に代わってしょんぼり答える藍。
5番目の席に座っていた、さっき近くにいた眼鏡が、ため息をついてつぶやく。
「・・・ったく、あいつは初日から・・・・・・」
式の後、生徒たちはベンチのある庭や、ロビーや、テラスでくつろいでいた。
「お前ら本当見ものだったぜ!?」
剣護が笑いながら言う。
向かい合って座っている俺と、頬づえをついてむすっとしている藍に向かって。
「まったくもう、いっつもこうなんだから・・・」
「なんかお前、苦労してそうだなあ・・・」
剣護が言うと、少し目を輝かせて言う。
「そうなのよー!わかってくれるの、剣護!?」
「剣護・・・ってお前・・・・・・俺とお前は初対面だぞ???」
だって、と事も無げに藍は言う。
「さっきからあなたたちそう呼び合ってるじゃない?剣護と一夜でしょ?」
一夜、と呼ばれてちょっとどきっとしながら、そうだけど・・・とつぶやく。
「俺らのほうが多分・・・だいぶ年上だから・・・・・・剣護はそういうのちょっとうるさいんだよね」
「でも、同期でしょ?」
・・・たしかに。
「私のことも藍て呼んで!ね」
にっこり笑うと、席を立ってどこかへ行ってしまった。
離れたのを見届けると、剣護は身を乗り出してきて、言った。
「どうよ!?プレイボーイの古泉一夜さん的に、あの子」
「プレイボーイって言うな」
どうって言われても・・・
「綺麗な子だよね」
「昨日まで14なんてガキだっつってたじゃねーか」
「いやあ、会ってみなきゃわかんないこともあるもんだねえ」
いたずらっぽく笑って、剣護は言う。
「お前、あの子といる時、ちょっとおかしかったぜ!?」
「・・・そうかね」
「そうそう!!!百戦錬磨の一夜がまさかの一目ぼれか!?」
・・・・・・馬鹿馬鹿しい。
その時背後から声がした。
「おいそこのチビ、ガンつけてんじゃねーよ!」
ガラの悪そうな体格のいい男たちが言いがかりをつけてるのは、さっきのチビ助・・・もとい、浅倉とかいう少年だった。
5、6人に囲まれても、動じる様子のない、浅倉少年。
それどころか挑発的に微笑むと
「なんや、よう吼えますなぁ」
とつぶやく。
「なんだとてめぇ!?どこの誰だか知らねーが、ちょっと成績良かったからって調子に乗りやがって!!」
男が浅倉少年の胸倉を掴む。
面倒そうだけど、どうする?
剣護と顔を見合わせたその時。
「ちょっと!浅倉愁!!!」
その集団の後ろから凛とした高い声を響かせたのは、なんと三日月藍だった。
「さっきはよくも大勢の前で恥かかせてくれたわね!?ちょっと顔貸しなさいよ!」
ずかずかと真ん中に入っていくと浅倉愁の腕を掴む。
おいおい・・・と思っているとチンピラが藍に言う。
「おーいお譲ちゃん、今愁くんは俺らとお話中なんだよねー?後にしてくれるかな?」
「何言ってんのよ、あんた達!・・・私とこの子がちびだからって馬鹿にしてるわけ?」
・・・その通りです。
「あなたたちこそガタイばっかりよくて何よ!?一人じゃ喧嘩一つ出来ないくせに」
「なんだとてめえ!!!」
いよいよ助けに入ろう、と思った瞬間。
藍の肩に手をやろうとした男の体が宙に舞った。
相手の体重を活かして藍が投げ飛ばした・・・らしい。
床に背中を打ちつけ、一瞬身動きのとれなくなった男。
「てめえ何しやがる!?」
周りの男たちが騒ぎ出したときだ。
「藍、何やってんだ?」
真打登場。
一ノ瀬孝志郎だった。
そして隣には、さっきの眼鏡君。
「・・・一ノ瀬孝志郎だ・・・・・・」
「いいかてめえ・・・覚えてろよ!」
ひるんだチンピラ達は、捨て台詞を残して去っていった。
「藍・・・お前ってやつは」
眼鏡君がうんざりした顔で声を掛ける。
「だって来斗、あいつらったら」
「それはわかるが・・・喧嘩売るんだったら、ちょっとは相手を選べよ」
「でも・・・」
孝志郎の顔を見て言う。
「孝志郎が相手を選んで喧嘩売ってるところなんか、見たことないよ?」
孝志郎は愉快そうに笑った。
「違いない!お前偉いぞ!!」
話についていけず、黙っていた浅倉少年が、ぼそっと言う。
「・・・別に助けて欲しいなんて、言うてないけど」
「ふぅーん、そういうこと言うんだ?」
じっと浅倉少年の顔を見る、藍。
明らかに動揺して、顔を真っ赤にしている浅倉少年。
「別に助けたんじゃないわよーだ。ちょっと顔貸しなさいって言ったでしょ!?」
「どこ・・・連れてく気?」
まあまあ、と手をひっぱって連れてきたのはなんと。
俺たちの目の前だった。
にっこり笑って藍は言う。
「というわけで、浅倉愁くん!よろしくね!!」
「よろしく・・・って」
「あんた、どういうつもり?」
さっきから見てたけど・・・と言う藍。
「君、なんか友達いなさそうだったからさ、よかったら一緒に遊ばないかなーと思って」
「一緒に・・・・・・?」
「ね、いいでしょ孝志郎!?」
腕組みをして、にやっと笑って孝志郎。
「まあ、いいんじゃねえの。デキる奴は嫌いじゃねえ。それにこの俺に喧嘩売ろうなんて心意気が気に入ったぜ」
「え?」
「んじゃお前は今日から仲間だ。よろしくな!」
右手を差し出す。
おずおずと愁も右手を出すと、その手を力強く握って、ぶんぶんと振った。
「よろしく・・・・・・な」
はにかんだ表情の愁。
にこにこしている藍。
やがて、俺たちのことも紹介し始めた。
眼鏡君の名前は涼風来斗。なんと涼風公の長男坊だという。
「士官学校はどうだった?」
一ノ瀬の叔父様に尋ねられて、笑顔で答える。
「とっても楽しかったです!」
「うまくやっていけそうか?」
「・・・いーや、あんまり気がすすまねえな」
孝志郎が横槍を入れる。
「・・・お前はいい加減諦めたらどうだ?」
呆れ顔の来斗。
今日は一ノ瀬家で涼風の叔父様と叔母様、それに来斗を招いての夕食会だった。
軽い咳払いをして、涼風の叔父様が孝志郎に言う。
「お前・・・今日ちょっと式の前に一騒動起こしかけたらしいな?」
叔父様は軍関係のトップだから、情報が速い。
ちょっと呆れた表情を浮かべる一ノ瀬のおじさま。
とぼけた顔をしてみせる孝志郎。
・・・私と来斗はため息をつく他ない。
話題を変えようと優等生の来斗が話し始める。
「そうだ!新しい友人も出来ました」
「ほう、どんな?」
一ノ瀬の叔父様もその流れに乗る。
「古泉のご子息とか」
「ああ、一夜君とか言ったか。彼が士官学校に入るなんて意外だねえ」
「確かに。古泉卿は一夜君を軍人にという積極的な意向はなさそうだったからなぁ。子供の頃は病弱でかなり心配しておったようだが、立派な青年になったのだろうね」
「頭良さそうではあったな・・・」
孝志郎がつぶやく。
「でも・・・強そうかって言われたら、どうかねえ」
それに答えて来斗が言う。
「だけどあいつ、城下町の道場の師範代なんだろ?」
「剣術遣いか・・・」
二人の話を頷きながら聞いていると、涼風の叔父様が訊いてきた。
「藍は、どんな感想を持った?」
「え!?」
唐突でびっくりしたが、素直な感想を述べる。
「線が細くて色が白くてすごく綺麗な人だなあと思いました。私も孝志郎と同じ、とても剣の達人てイメージはなかったなぁ」
「ほう。母上に似たのかもしれんな。美しい方だったからね」
「だった・・・・・・って」
「亡くなられたのだよ。もう10年になるかな」
そうなんだ・・・
孝志郎が絡んでくる。
「お前、ああいう女みたいな奴がタイプなのかよ!?」
「は?」
来斗も乗ってくる。
「へぇ・・・まあ確かに、俺や孝志郎とはタイプの違う感じではあるな」
「ほう、藍もそういう年頃になったのか」
一ノ瀬の叔父様が嬉しそうに言う。加えて涼風の叔父様。
「古泉家なら、家柄も問題ないのではないか?」
「そうだなあ。お前たちの話を聞いておったら好青年のようだし、悪い話ではなさそうだ」
気づいたらみんなの視線が私に集中していた。
涼風の叔母様までにこにこして私を見ている。
「ちょっと・・・待ってください?それって・・・いわゆる」
「おい親父たち、これから4年も同じ学校通う奴と見合いなんて、気まずくないか?」
来斗がもっともな意見を述べるが・・・
そういう問題じゃない。
「何でそんなに話が急展開するんですか!?」
涼風の叔母様が嬉しそうに初めて会話に参加してくる。
「最近藍ちゃんも随分女らしくなったし、そろそろそういうことも考える時期かな・・・って叔父様とお話してたのよ?勿論うちの来斗のお嫁さんっていうのも大歓迎なんだけど、やっぱり小さい頃から一緒にいたからそういう気持ちにはならないのかなって思って」
「俺と藍?」
来斗が驚いて聞き返す。
「・・・・・・ありえん」
「・・・悪かったわね」
やや機嫌の悪そうな孝志郎が割って入ってくる。
「俺は断じて許さねーぞ!あんな女た・・・」
「まあまあ、こいつもこう言ってることだし、今日はこの話題はこの辺にしようぜ」
孝志郎が何か言いかけるのを来斗が慌てて遮る。
とにかくほっとして、小さなため息をついた。
その翌週、早速始まった剣術の演習でトーナメント戦が行われることになった。
「チャンスだな!一夜」
言うと、あんまり興味がなさそうな顔をしている一夜。
「お前・・・せっかくの本領発揮のチャンスじゃねえか!?」
「そうかな・・・なら剣護がんばれよ。俺は・・・適当でいいや」
退屈な講義に辟易している様子。
それでも教官から当てられるとさくさく答えているし、こいつはうらやましすぎるくらいに何でも勘がいいのだ。
「自信あるんだねー、一夜は」
藍が茶化しに来る。
「藍はやる気まんまんみたいじゃない?」
「勿論!同級生の皆さんからチビだ女だと馬鹿にされてるのを払拭出来るチャンスでしょ!?ここは絶対負けられないよ」
大きな目をきらきらさせて言う。
こいつは見た目はかわいいのだが、わずか一週間つるんでる内に色々見えてきた。
まず、異常に気が強い。それに負けず嫌いでプライドが高い。
だが、周囲にはあまりそれを見せないようにしているらしい。初日のあれはやりすぎた・・・と反省したらしく、俺達以外の前では猫をかぶって可愛く明るく振舞っている。
面白そうに一夜が言う。
「じゃあ、俺と当たったら攻め方教えとくからさ、ぽんっと一本とって。早く俺をこんな面倒な演習から解放してよ」
その言葉に、藍の表情が一変した。
明らかに気分を害したらしい。
「へえ〜、一夜ってそんなに強いんだ!?八百長試合しないと私が勝てないって、本気で思ってるわけ?」
・・・いや、常識で考えたらそうだろう。
「いや、そうじゃなくて。藍の躍進のために、ちょっとでも体力温存して後の試合に臨めるようにと思ってさ」
さすが一夜、うまいことを言う。
しかし、藍の不機嫌は止まらない。
「ふぅん。そうよねぇ、大変な試合になるんでしょうね、なんたって師範代だもんねぇ」
ねえ、と挑むような目つきで一夜に言う。
「私と真剣勝負しない!?何か賭けてもいいわよ?」
へえ、面白そうじゃないと一夜も乗る。
こいつは昔から賭けって言葉が好きなのだ。
「何を賭ける?」
藍は一夜の頭をびしっと指差して、断言した。
「負けたら坊主!!!」
えっ?と一瞬びっくりした顔をしたが、すぐにいつもの余裕満点の笑みを浮かべて言った。
「じゃあ藍は、負けたら何でも俺の言うこと聞く・・・っていうんでいい?」
え゛?明らかにびびった様子で藍が声を上げる。
本人が直接言ったはずはないので、多分孝志郎さんか来斗(十中八九孝志郎さんが言ったんだと思う)から聞いたんだろうが、藍はもうこの頃には一夜の正体について知っていた。
一瞬蛇に睨まれた蛙のような顔をしたが、大きく一呼吸して、言った。
「いいわよ、それで」
「そ。じゃあ考えとくよ」
楽しそうに笑う一夜。
二人がトーナメントで当たらなければまず、この賭けは成立しないのだが、二人は順調に勝ち上がっていった。一夜も賭けのことがあって少しやる気になった様子。
俺は・・・と言うと、準決勝まで順調にいったのだが・・・孝志郎さんにやられてしまった。
あの剣さばきは鮮やか以外の何物でもない。
同じような稽古をしているのだとしたら・・・あの勘のいい藍のことだ。
きっと一夜ともいい勝負をするに違いない。
だから、あの試合は全くの予想外だった。
俺が大敗を喫した、そのもう一つの準決勝。
開始10秒。
いきなり藍が仕掛けた。
そのフットワークの軽さは、小柄で身軽な彼女ならではのものだ。
軽い体ながら打ち込みは素早く、鋭い。
不意を付かれて一夜は完全に防御一辺倒。反撃の暇が無い。
ふっと藍の手が止まった。
間合いを取るのか?と思った瞬間。
ぐっと身を縮めるとぽんっ、と小気味良い音をさせて、真正面から一夜の面を打っていた。
決勝戦ではそんな私も孝志郎にこてんぱんにやられたわけだが、
古泉一夜に一本勝ちしたことで、完全に株を上げることに成功した。
そして翌日。
「おはよ」
一夜の声がして、振り返って・・・飛び上がるほど驚いた。
一夜の腕を掴む。
「ちょっと!」
そのままひっぱって校舎の裏へ走って行った。
荒い呼吸を整えながら、訊く。
「どうしたの?その髪の毛」
それは、まあ坊主とは言わない。
だけど、短く刈り込んで別人みたいな感じになっていることは確かだった。
驚きおののいている私に、一夜は平然と笑って言う。
「だって約束したじゃない?」
「約束って・・・あなたねぇ・・・まさか・・・」
何故かぽろぽろ涙が出てきてしまう。
ぎょっとした顔の一夜。
「本当にやるなんて思わなかったんだもん・・・・・・」
涙が止まらない。
女性的な雰囲気の色男、一夜くんにとって、あの前髪が目にかかるくらいのさらさらストレートヘアはトレードマークみたいなものだと思っていた。
私の軽はずみな発言で・・・なんかとんでもないことをしてしまった。
それにとにかく・・・びっくりしたのだ。
「ねえ、一夜さ」
「何!?」
慌てて答える一夜。
「もし一夜が勝ったら・・・私に何言おうと思ってた?」
「・・・なんで?」
「私もやるから、それ」
とにかく何とか償いたい気持ちでいっぱいだった。
そんな必死の私に、急に一夜が吹き出した。
「・・・何よ?」
「いや・・・俺かわいそうなことしちゃったなぁと思って・・・だって藍は勝ったんだからさ、そんなんする必要全っ然ないじゃん?」
「・・・そうだけど」
私の頭にぽん、と手を置いて、穏やかな笑顔で話す一夜。
「俺自身、ちょっと反省してさ・・・最近真面目に稽古してなかったから、藍の速攻にうまく反応出来なかった。髪切ったら気合入るかなっていうのもあったんだよ。だから・・・藍が気にする必要は一切ない」
「・・・そう?」
「そうそう!それに、ひょっとしてお前・・・俺がもてなくなるとか心配してんの?」
・・・なんでわかるんだろう。
「そういうのはね、本当に大きなお世話って言うの!藍が気にすることじゃないだろ?」
・・・・・・まあ、確かに。
「これはこれでいい、って言ってくれる人もいるからさ、気にしないでよ」
・・・・・・・・・。
「もし何か、って思うんならさ、そうだな・・・」
にっこり笑って言う。
「ずっとこうやって友達でいてよ。それが一番嬉しい」
なんだかほっとして、私もようやく笑顔になれた。
全くどこまで紳士なんだろう、この子は。
そんなことをしていたら、いきなり怒声が飛んできた。
「一夜!!!てめえ何藍のこと泣かしてんだよ!!??」
・・・孝志郎。
「違うの違うの!!!私が勝手に・・・」
「何が違うんだ藍!お前は引っ込んでろ!」
ふと見ると、その背後で笑いをかみ殺している来斗と剣護と愁の姿。
「お前らいつからいたんだよ!?」
「さぁ〜、いつからでっしゃろなぁ???」
「そんなことはどうでもいい!説明してみろ一夜!」
「孝志郎さんて・・・本当に藍の兄貴みたいだな・・・」
「ああ・・・昔っからああだよ」
始業前の校舎の裏で大騒ぎをしていて、またも教官に呼び出されたことは言うまでもない。
「・・・ふうん」
頬づえをついて聞いていた右京がちょっと不機嫌そうに言う。
「いいなあ、超楽しそう」
楽しいことばっかりでもないですけど、と藍が言う。
「でも、青春、って感じですよね。一夜さんもそんな時代があったんですね」
「俺?」
すかさず反論する。
「右京それは認識が甘い。こいつはそんなんじゃねえ」
「冷たいこと言うなよ、剣護」
「そうそう、あの頃はまだ古泉隊長もかわいかったですよ」
「藍・・・お前が言うな」
無線が鳴る。
「おっと、呼び出し。じゃあ古泉たいちょ、片桐伍長、また今度〜」
走っていく藍。
右京が、ありがとうございました!と気持ちのいい挨拶をして勾陣隊舎を出て行く。
「またそのうち、聞かせてくださいね!」