Ep14 五玉
今日は図書館へ。
「ほう・・・藍のやつ」
楽しそうに笑う来斗さん。
「・・・そんなことを言っていたか」
「誰のことだと思います?」
藍さんの好きな人。
「右京は藍がずいぶんお気に入りのようだなぁ」
「え?」
・・・確かに、そんな風に見えてしまうかもしれない。
「僕は・・・男兄弟ばっかりでしたから。藍さんてなんだか、お姉さんみたいな感じがして」
「じゃあ、弟気分でヤキモチを焼いているわけか?」
「そんなんじゃ・・・・・・」
あるかもしれない。
しかし、藍さんて・・・
前にどこかで、会ったことがあるような気がするんだ。
一体・・・・・・どこで?
「藍の惚れた男の話だが・・・」
「えっ!?」
「一夜は何か、言ってたか?」
「いや・・・意外だなぁ何で言ってくれないのさって・・・いつも通りの反応でしたよ」
「そうか」
それまでかけていた眼鏡を外して愉快そうに言う。
「多分それ・・・藍自身もよくわかってないんだろうな」
・・・なんだそりゃ。
「孝志郎のことでなければ・・・それ以外の男はあいつの中ではその他大勢扱いだと、俺は思うんだが?」
「じゃあ、やっぱり一ノ瀬隊長?」
いやそれはない、ときっぱり来斗さん。
「それこそ藍はあいつの妹気分だからな」
今日は他の連中はどうしたんだ?と訊く。
「例の『三公』主導の軍事演習が近いんですって。みなさんしぶしぶ練習に参加してます」
窓の外から、鋭い号令が聞こえる。
あれは古泉隊長さんじゃないか、・・・傑作。
「三日月さん?」
振り返って、ん?と笑顔で返事をする。
「よろしいんですか?参加されなくて・・・」
「私は今日は非番なんだよーだ」
ほんのり嘘をついてみた。
『一ノ瀬隊長に頼まれた急ぎの仕事があるんで行ってきます!』
ときっぱり言って、サボってきてしまった。
内容を問いただす、草薙伍長の怒鳴り声を背中に受けながら。
こっちはほぼ本当。“急ぎ”ってところを除いたら、ね。
先ほどと違う衣装を身にまとう彼女。
白基調で透かし模様の入った、金銀と紅の糸で刺繍された、それは美しい着物だった。
「いかがですか?」
「パーフェクト!!!」
思わず手を叩く。
「やっぱり白蓮は何着ても似合うわ」
はにかんで笑う。
こういうところがまた、非常に愛らしい。
『花街』に身を置きながら、擦れない・・・っていうか、純情な感じ。
この子が見ず知らずの男に・・・・・・なんて、想像もつかないんだけどな。
「これって・・・西のお国のものなんですか?」
悲しい想像はやめて、目の前の美しい少女と向き合う。
「そうみたいよ!あいつもまったくいいセンスしてるよね?」
「ですけど私・・・こんなことしていただいて本当に・・・」
うつむいて言う。
見返りなどほとんどないというのに?
そう言っているように見えた。
「いいのいいの!孝志郎が好きでやってることだからさ。私はただの仲介役って言うか・・・キューピッドっていうか!?」
悲しそうな目をする。
・・・しまった。
「いや別に!貢いだからって白蓮に振り向いてもらおうとか、そういう下心でもないのよ!?・・・そんなに深刻に考えないでさ!便利なおじさんゲットしちゃったって思っててもらえば」
「三日月さん・・・」
「私もね、そんな綺麗な着物似合わないし、ネコババしてもいいことないでしょ!?それに・・・あなたに時々会いに来てこうやっておしゃべりするの、楽しいんだもの」
ぽっと頬が赤くなる彼女。
だけどそれは本当に・・・心からの言葉だった。
また、一夜の声が聞こえる。
「ねぇねぇ、古泉さんの声だよ!」
「本当ですね。・・・・・・なんだか可笑しい」
「だよねぇ!?やっぱり白蓮もそう思うでしょ?」
嬉しそうに頷く。
なんて幸せそうに笑うんだろう。
「ねぇ、白蓮」
何か歌って。そうおねだりするのが、いつもの決まりごと。
お稽古とお座敷以外では歌っちゃいけないって言われてるんです・・・これもいつも通り。
「そこを何とか!お願〜い」
自分の精一杯のかわいい声を出しておねだりすると、得意げに笑って言うのだった。
「・・・仕方ないですねぇ。三日月さんだけに、特別ですからね」
「三日月!遅い!!!」
草薙さんが夕方隊舎に戻ってきた藍さんに大声で言う。
「一体どこまでお遣いにいってたんだよ!?」
「すいませーん」
今日は隊舎に一夜さんと剣護さんも来ていた。
むすっとして剣護さんも言う。
「お前・・・絶対!サボりだろ!?」
「ちがいますよーだ」
「じゃあどこで何してきたのかちゃんと説明してみろ、時系列にそって、正確に!」
明らかに・・・八つ当たり。
「右京さま、一ノ瀬の叔父様お元気でした?」
答えずに僕に聞く。
「僕も実は・・・出てないので」
「サボったんですか!?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
いくら騰蛇隊預かりと言っても、部外者を演習に出すわけにはいかない。
昨夜、朔月公の使いの人に、きっぱりと言い渡されたのだった。
それを聞くと、藍さんは眉間に皺を寄せて、ものすごく不愉快そうな顔をした。
「それ・・・・・・」
「だろ!?三日月。そんな冷たい言い草ってねえだろ!?」
「・・・・・・・・・羨ましすぎます」
「・・・三日月!?」
こんばんは、と声がする。
来斗さんと浅倉隊長だった。
「いよいよ明日なんやて?」
愉快そうな顔で言う浅倉隊長。
「いやぁみなさん大変やなあ。せいぜい頑張ってや」
「俺らも温かく見守っててやるよ、右京と一緒にな」
来斗さんもからかいに来たらしい。
珍しく、仲間が揃った感じ。
こうやって話しているのを聞いていると旧知の親友っていうのがよくわかって、時々うらやましくなる。
「さあて。明日に備えて帰ろうか、剣護」
一夜さんが笑顔で席を立つ。
「・・・『一同、構え!』」
ぼそっと藍さんがつぶやく。
笑顔のまま、凍りつく一夜さん。
してやったりの顔で続ける藍さん。
「明日もサボっちゃ駄目ですからね〜、古泉たいちょ?」
どうやら今日は・・・珍しく藍さんの勝ち、のようだ。
しかし。
「藍お前!どこで聞いてたんだよ!?それ」
「三日月おめえやっぱりサボってたんじゃねえか!!!」
剣護さんと草薙さん・・・今日は二人の伏兵が。
「朔月・・・」
庭で読書をしていると、声がかかった。
振り向くと、そこにいたのは初老の男。
涼風公だった。
「お迎えもせず申し訳ありません、集中していたものですから・・・」
「それはよい・・・よいのだが・・・・・・」
彼の言いたいことは、もう分かっていた。
だが礼儀として・・・黙って聞くことにしよう。
「お前は少し・・・十二神将隊の隊長衆に対して厳しいのではないか?」
「厳しい?・・・ご冗談を」
少し笑って答える。
「ここは軍部であって、彼らが幅を利かせていた士官学校ではありませんからね。若造達がいつまでも学生気分を引きずって、勝手気ままに隊士たちを動かしている・・・これでは他の軍に示しがつきません。もっとも・・・」
本を閉じて、黙って聞いている涼風公の前に立つ。
「私の不肖の弟子もその中に混じっておるわけですから、私の監督不行き届きも多分にあるのでしょうが」
「それは・・・うちの来斗も、一枚噛んでおるからな」
そして、一ノ瀬公も・・・
「お互い、脛に傷持つ同士ということになるな」
ひっそりと笑う姿に、老いを隠せない男性の一抹の寂しさを垣間見る。
彼も昔は、諸国に武名をとどろかせていたものだ。
・・・しかし、感慨にふけってもいられまい。
「とにかく、このままでは一ノ瀬孝志郎以下『五玉』の思うままになってしまいます。ここは心を鬼にして・・・断じて甘い顔はなさらぬよう」
演習は、城外の荒野で執り行われた。
民衆もその周囲で、演習を見物することが出来るようになっている。
高台に遊覧席が設けられ、二人の姫は外から隔離されたその場所から、演習を見ているのだろう。
ここに来て改めて・・・大きな隔たりを感じてしまう。
霞様、ここのところずっと会っていないけど・・・どうしているだろうか?
中央の物見台には、三公が鎮座して、演習の様子を見守っている。
重厚なたたずまいの三人を前にしては、いかに国をまたいで有名な十二神将隊といえども、一小隊に過ぎない。
「右京は勘がいいな」
来斗さんがそばでつぶやく。
「それを国全体に示すのが・・・あいつらの狙いだよ」
言葉無く、三公を見つめている浅倉隊長。
「浅倉隊長・・・そういえば朔月公って」
「・・・ああ。僕の師匠や」
視線はそのままで、淡々と話す。
「僕は孤児やったからな、物心付いたときからずっと師匠と一緒で・・・他にもお弟子は仰山おってんけど、寝食共にしてたんは僕一人だけや」
きっと彼の能力を見抜いて、手許で育てようと思ったんだろう。
三公の中で唯一、妻も子供もいない。
「あの人・・・ほんまにストイックやから」
分かる気がする。
「けど、優しいとこもあるんやで?最近は更に偏屈に磨きがかかって・・・あんなやけど」
「普通は人間・・・年とると丸くなるもんだがなぁ」
うちの親父もそうだが・・・と来斗さん。
来斗さんの父上、涼風公は軍部の最高司令官なのだ。
「あんたたちって・・・実は偉いのねぇ」
背後から声がして、振り向くと杏が立っていた。
ジーンズにパーカー、首からは例の『ジェイド』を下げている。
再三一夜さんに説得されるのだが、頑として持っているのである。
「『ジェイド』じゃないか。すごい高純度の結晶だなぁ」
さすが来斗さん、すぐに見抜いて言う。
得意げな杏。
「でしょ!?こんなに綺麗なのに何が不吉なのか意味わかんない!そんな言い伝えとか気にするなんて、割と一夜隊長もおじさんよね!?」
杏にかかれば・・・そんなもんだろうか。
浅倉隊長が笑いをこらえきれず、肩を震わせている。
「見て見て!!!十二神将隊の人たち!」
杏が指差す。
それと同時に、ものすごい歓声。
「ものすごい・・・人気ですね」
人ごみに紛れ込んでいるので、周囲の人々は僕らに全く気づかない様子だけど。
「・・・なんやの、この“一夜様”コールは・・・」
中でも一夜さんの人気はすごい。
武装した白馬にまたがって、指揮をする様子は本当に凛々しい。
いつになく真剣な、厳しいまなざし。
凛として、この歓声の中にあってもよく響く声。
「あいつは・・・こうやって周りをうまーく騙すんだよな・・・」
「そやなぁ・・・昔から」
げんなりした様子の同期二人組。
最後に現れたのは騰蛇隊。
指揮は草薙さん。
庶民の出身でここまで登り詰めた草薙さんは、城下の民の希望の星なのだという。
老若男女、色々な人々が草薙さんに声援を送る。
藍さんは隊士達に溶け込んでいるようにも見えるが、それでも目立っている。
「“藍さま”コールもすごいじゃないの・・・」
杏がうんざりしたようにつぶやく。
「男に人気あるだけじゃなくて、女の子の黄色い声援もすごいじゃない」
「藍はんは・・・バレンタインデーにチョコ仰山もらうタイプやったからなぁ」
・・・わかる気がする。
演習が終わり、三公は講評を拝聴するため、姫達のもとへ向かう。
物見台を降り、演習場の端へ向かう。
「なんか嫌味な感じねぇ」
杏がつぶやく。
『ジェイド』を首からはずして、ぶらぶらさせながら言う。
「この石・・・あの細いおっさんにぶつけてやろっかなぁ」
こいつは・・・本当にやりかねない。
「おい・・・それは本当に」
やめとけ、と言いかけたその時。
地面がぐらっと揺れた。
「何!?」
そして、杏の持っていた『ジェイド』が・・・まばゆい光を放った。
その瞬間、突如として、沢山の人型の幻影が周囲に浮かび上がる。
そして、それは形を成し。
雄たけびをあげて、杏に襲い掛かってきた。
「きゃあ!!!」
するどい叫び声を上げる杏の前に立って、『水鏡』を抜く。
第一陣の数体を切り捨てた。
周囲の人々も混乱している。
蜂の巣をつついたような、大騒ぎになった。
「落ち着いて!指示に従ってください!!!」
警備に当たっていた太陰隊士たちが慌てて事態の沈静化に動く。
「杏!その石!!!」
オンブラを切り伏せながら、背後の杏に向かって怒鳴る。
「何!?」
「捨てろ!!!あいつらの狙いはそれだ!」
「えー!?」
悲鳴に似た声をあげるが、背に腹は変えられない・・・と瞬時に理解した様子。
兵が皆引き払い、誰もいなくなった演習場の中央めがけて石を投げ込んだ。
周囲から次々に現れるオンブラたちが、そちらに向かってどよどよと動き出す。
パニックに陥る民衆と、演習に参加していた兵士達。
その時だった。
一瞬、大きな風が巻き起こる。
その場のオンブラの大群が巻き込まれ、空高く舞い上がって地面に叩きつけられる。
別の場所では、炎の渦。
また別の場所では、大勢のオンブラが叫び声を上げて次々に切り伏せられていく。
三つの影が広場の中央の物見台に集まる。
そこには・・・もう一人の影。
いつの間に。
物見台の上には、ショートソードを突きたて、あぐらをかいて座っている来斗さんの姿。
かちっ、と刀を鞘に収める、二つの音が重なって聞こえる。
・・・藍さんと一夜さん。
そしてもう一人は・・・浅倉隊長だった。
「お前達!!!」
一ノ瀬公の声が飛ぶ。
「お下がりください!三公・・・危ないですよ?」
にっこり笑って言う、一夜さん。
「そうですよ」
強い口調できっぱりと藍さん。
「ここは我ら『五玉』にお任せを」
「命令をした覚えは無いぞ!!!浅倉!?」
朔月公が浅倉隊長に向かって怒鳴る。
「そうでっか?そらすんまへんなぁ・・・あんまり命令が下るの遅いんで、自分で判断せぇってことかと思てましたわ」
「浅倉・・・!!!」
「お前ら」
来斗さんが低い声で言う。
「姫方の御前だ!抜かるんじゃないぞ!」
短く返事をすると、4人は怒り狂って襲い掛かってくるオンブラの大群に向かっていった。
藍と背中合わせに大群と向き合う。
「大丈夫?」
いたずらっぽく笑いながら、『氷花』を抜く。
「久しぶりなんじゃないの、こういうの」
ショートソードを抜きながら答える。
『アロンダイト』・・・俺の『神器』だ。
「若干運動不足だったからな・・・丁度いいさ」
「そ。足つらないように気をつけてね」
「・・・大きなお世話だ」
姿勢を低く、同時に構える。
「行くよ、来斗」
「了解!」
ゾロゾロと集まってくるオンブラ。
「愁・・・いつでもいいけど?」
一夜が平然と言う。
「最近いいとこ無しみたいだから、この辺でかっこいいとこ見せとかないとねぇ」
「お前も・・・人の事言える立場か?」
くすっと笑って、違いない、とつぶやく。
『螢惑』をはめた両腕を前方に突き出す。
背中合わせに立ち、『大通連』をまっすぐに前方にかざす一夜。
二人の『神気』が一気に高まり。
同時に唱えた。
『火群』!
浅倉隊長が叫ぶと、『螢惑』に炎の渦が集まり一気に放たれた。
叫び声を上げる間もなく、焼かれ消し飛ぶオンブラ達。
『烏帽子』
よく通る声で、名を呼ぶように唱える一夜さん。
するとその刀から、高圧の空気が放出されたように見えた。
幾重にも連なっていたオンブラ達の体に風穴が開く。
二人の直線状にいたオンブラたちは、瞬時に壊滅。
『スノウイング』!
唱えて『氷花』を振りかざす藍さん。
吹雪に巻かれ、或る者は凍りついて砕け、或る者は凍てつく風に巻き上げられて地面に叩きつけられる。
『紫電』!
ショートソードを空にかざす来斗さん。
頭上に大きな雷鳴がとどろき、大きないかずちが幾つも落ちてくる。
黒焦げになって消えていくオンブラ達。
数百にも思えたオンブラ達が、みるみる間に消え去っていく。
平然と、淡々と、『神器』を操る四人の姿。
見ようによっては・・・楽しんでいるようにすら見える。
これが『五玉』の力・・・
ふと見ると、杏が僕の腕にしがみついていた。
小さく、震えている。
「右京・・・・・・あの人たち・・・」
「・・・ああ。すごいね」
小さく首を振ると、か細い声でつぶやく。
「すごいなんて・・・。右京・・・・・・あの人たち・・・どうかしてるよ・・・」
演習場で最後の一体のオンブラに、一夜さんが刀を突き立てたところで、嵐のような歓声が沸き起こった。
『浅倉愁・・・古泉一夜・・・涼風来斗・・・三日月藍・・・』
拡張器から聞こえる、霞姫の声。
『戦いぶり・・・見事でした』
四人はひざまづいて、遊覧席のほうに向き直る。
『あなた方のおかげで・・・民の一人も傷つけることなく、オンブラの群れを退治することが出来ました。・・・お礼を言わなければなりませんね』
「身に余るお言葉です、姫」
一番年長の来斗さんが答える。
『五玉よ・・・これからも一ノ瀬総隊長を中心に、この国を護って行ってください』
深々と頭を下げる四人。
見ると、三公はそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。
少し嬉しそうな、安堵の表情を浮かべる一ノ瀬公。
寂しげな笑顔で四人を見つめている涼風公。
そして・・・苦々しい表情を浮かべている朔月公。
「やっちまったなぁ、あいつら」
気づくと近くに剣護さんと草薙さんが立っていた。
「オンブラを撃退出来たのは良かったのかもしれないが・・・これは確実に・・・『三公』に真っ向から喧嘩売ったような構図になるな」
僕は小さくうなずいて、歓声の渦の中にいる四人をただ、眺めていた。