Ep13 七枝
その日は久々に、懐かしい道場を訪れた。
門下生達が元気良く、折り目正しい挨拶をする。さすが、教育が行き届いている。
「師匠は・・・いらっしゃる?」
はい!といい返事をすると、一人が奥に走って行った。
やがて中から穏やかな声がする。
「裏に回っておいで」
裏庭の縁側に、師匠はいた。
「お久しぶりです、師匠」
「ああ。しばらく見ない間に、男前度が上がったねえ、一夜」
この人は・・・いつもこんな調子だ。
「今日はどうした?もしかして恨み言を言いに来たのかい?」
杏のことを言っているらしい。
にこにこと嬉しそうに言う。
「強いだろ?あの子」
「そうですね・・・女性であれだけの腕前があれば、十分剣術でやっていけます」
「そうか、一夜に褒められれば本物だな!」
「・・・どうして、私のところに・・・などとおっしゃったんですか?」
「いや、ふと思い立ってね!・・・たまには一夜も、女の子に泣かされてみたらいいんじゃないかと思ってさ」
「師匠・・・そんな心配なら必要ありませんから・・・」
そうかなぁ、と茶をすする。
「心配と言えば、あの子の持っている石ですが」
「ああ・・・あれね」
杏が首から下げている、薄緑色の石に気づいたのは稽古の途中だった。
「あれ?そんなの前から持ってたっけ?」
聞くと、得意そうに肌身離さず持ってますけど?と言っていた。
「なんでも、おじいさんの家の屋根裏で見つけたらしいよ。変わった石だよね?」
「あれって・・・『神器』の材料になる結晶じゃないでしょうか?」
不思議な妖気を漂わせているような気がする。
「さあねえ。僕は綺麗な石だなってくらいにしか思わなかったから」
今度、七枝兄弟に見てもらおう。
剣護は元気かい?と訊く師匠。
「・・・杏が来て、一番泣かされてるのは剣護ですよ、たぶん」
戻ると、今日も元気な杏の声が響き渡っている。
相手は・・・右京だった。
「たぁ!」
打ち込んでいくが、すこーんといい音を立てて、面を一本取られる。
「この!」
もう一度別の角度から狙いに行くが、同じ向きに面を叩かれる。
「どうだ!」
再度打ち込むが、ぽーんと一本。
・・・どうもそれを、延々繰り返しているらしい。
剣護が二人を見つめながら、お帰り、と言う。
「何やってんの?」
「・・・見ての通り」
「完全に杏・・・読まれちゃってるじゃない?」
「そ。遊ばれてんだよ」
小柄な右京だが、杏が相手だと上段に構えている。
すごく楽しそうに、ぽんぽんと竹刀を振るっている。
「・・・ストレス溜まってんのかなぁ」
「・・・お前がいびりすぎなんじゃね?」
やがて、降参!と杏が面を取って、床にひっくり返る。
「ずるいよーもう!!!」
右京も面を取って、楽しそうに笑って言う。
「ずるくないずるくない」
「右京はなんでそんなに強いの!?一夜隊長より強いんじゃない!?」
「それはちょっとわかんないけどね」
その通り。本気でやってみたこと無いからね、お互い。
汗を拭いている右京に声をかける。
「右京、杏と六合隊に行くんだけど、一緒に行かない?」
杏は妙に十二神将隊に詳しい。
「六合ってあの陰気な双子でしょ!?あんなとこ何の用があるわけ?」
すると一夜さんは、杏の胸元を指差した。
「何!?」
「その石だよ」
杏は首に下げたペンダントのようなものを取り出した。
薄い緑色をした、その石は不思議な輝きを放っていた。
「綺麗でしょ!?」
僕に見せると得意そうに笑う。
「何なの?それ」
「わかんない!」
あっけらかんと言う杏に、一夜さんが楽しそうに言う。
「だから、調べてもらおうと思ってさ」
六合隊舎に行くと、例のごとく無言の忍者達が門を守り、僕らを中へ導く。
建物の奥には、蒼玉隊長だけが座っていた。
「碧くんは?」
一夜さんが聞くと、今訓練を終えて湯浴みをしている・・・という。
嫌がる杏から石を引っぺがすと、蒼玉隊長に手渡す。
むくれた杏は、ふいとどこかへ行ってしまった。
「おーい、あんまり遠くに行くなよー!?」
声をかけたが、聞こえなかっただろう。
蒼玉隊長はしばらくルーペで石を眺めていたが、床に置いて言った。
「『ジェイド』の結晶だな、間違いない」
『神器』の材料だよ、と一夜さんが言う。
「やっぱりそうなんだ、実物見るの初めてでさ」
「これは・・・かなりのものだな。純度が非常に高い。うまくやれば・・・素晴らしい『神器』を作ることが出来るだろう。たとえば『水鏡』のような、な」
「・・・すごい」
でも・・・とちょっと難しい顔をして、一夜さんが言う。
「『ジェイド』の結晶は災いを呼ぶ・・・・・・って言わない!?」
「・・・そうだな。オンブラは『妖器』を生み出し、操るらしいからな。狙われるようなことも考えられるかもしれん」
先日の氷室さんの一件を言っている。
なんて説明しようかなぁ・・・と首をひねる一夜さん。
その時。
外からするどい悲鳴がした。
それは・・・多分、杏ではない。
隊士達も含め、みんなで走っていくと、杏が腰を抜かして座り込んでいる。
「どうした杏!?」
「いや・・・どうもしない・・・」
「そんなわけ無いだろ!?」
その先を見ると、そこにいたのは碧玉隊長。
「お前達!見るんじゃない!!!」
背後から蒼玉隊長の珍しく焦った声が飛ぶ。
隊士達も呆然としている。
タオルで体を隠しているが、そこにいたのは。
明らかに女性、だった。
「うそーーーーー!?」
藍さんの声。
「うそじゃないよ・・・」
むっつり顔の杏。
「あんたって・・・とんでもない秘密を暴いちゃったわねぇ!?」
蒼玉隊長以外、ほとんどの隊士は知らなかったらしい。
二人をごく幼少から知る、年配の隊士以外は。
「・・・なんで黙ってたのかねえ」
さすがにちょっとびっくりしちゃったよ、と一夜さん。
「あの業界ね、双子は不吉なんですよそれだけでも。その上、男女の双子ってなるともう・・・普通は間引いちゃったりするらしいんですけどね」
「へぇ。藍は何でそんなに詳しいのさ?」
「本で読んだの」
「『妖器』のことも、こないだなんかすらすら説明してましたよね?橋下伍長に・・・」
鼻高々にウンチクをたれる藍さんと、すごく不愉快そうな橋下伍長の顔を思い出す。
「それも本で読みました」
「へぇ〜、本には何でも書いてあるんだなぁ」
「古泉隊長も少しは女性以外にも時間割いて、教養のために読書されたらいかがですか?」
・・・・・・食ってかかって返り討ちにされるの・・・目に見えてるのに・・・
「だからかぁ。藍は恋愛なんかしなくっても、本で読んでてご存知なんだろうなぁ」
・・・ほら。
「・・・そ・・・そーですねぇ!平々凡々〜な恋愛のことくらいなら、ある程度理解してるつもりですけどぉ!?」
・・・感情的になったほうが負け・・・いつも口癖のくせに。
「じゃあ、平凡な恋愛ってのは、どういうのを言うわけ?」
「・・・・・・え〜と、それはぁ・・・・・・」
「俺教養ないからさぁ、ちゃんと具体的に説明してくんないとわかんないよ」
「・・・・・・」
ぐぐっと怒りをこらえる藍さん。
「・・・あんたってさぁ」
何を思ったか杏までいたずらっぽい笑いを浮かべて参加する。
「好きな男の一人もいないくせに、えらい上から目線よね?せっかく美人なのにさぁ・・・本が恋人〜なんて人生つまんなくない?」
「うるっさいわね!本が恋人で結構よ!?」
「本で読んで・・・恋愛くらい分かります〜なんて20いくつの女が・・・おっかしぃ」
「ちょっと!?あんたみたいな子供に何がわかるのよ!そりゃああんたね、私にだって好きな人の一人や二人・・・」
え!?
「・・・いるの?」
「・・・え?」
「うっそぉ、誰誰!?十二神将隊の人!?」
真っ赤になって黙り込む藍さん。
・・・・・・これはマジなのかもしれない。
その時、隊舎に飛び込んできたのは、六合隊の隊士だった。
「碧玉様がいらっしゃってませんか!?」
「いえ・・・」
「先ほどから姿が見えないんです!!!」
飛び出してしまったはいいが・・・
どうしたものか。
さっきの隊士の一人の言葉が、耳に残る。
『碧玉様・・・俺』
『うるさい!あっちへ行け!』
『碧玉様が男だろうが、女だろうが・・・そんなことどっちだって良かった』
振り向くと、うつむいて拳を握り締めている。
『そんなことより・・・碧玉様が俺達に隠し事してたってことが・・・悔しかったです』
隠したくて、隠していたわけではない。
子供の頃の母さまの、時折見せる悲しそうな表情。
祖父達と私のことでたびたび言い争っていた父さまの声。
私自身も・・・そうだ。
顔つきも、身長も、声も、ほとんど蒼と変わらないというのに。
なぜ、私は・・・男に生まれてこなかったんだろう。
年少の頃は、まだよかった。
大人になっていくに従い、次第に色々な差が出てくる。
蒼は大人の男にしては、小柄で華奢すぎるくらいの体格だ。
それでも体力や腕力、色々なことで、はるかに蒼に及ばないのだ。
「『神器』の加工は・・・手先の器用さは、碧に全然敵わないな・・・」
蒼はいつも悔しそうに言うが。
十二神将隊に入ると、更に痛感した。
女性であることのハンデ。
ただでさえ、化け物のような奴らばかりが集まってくる十二神将隊で、自分が女である・・・ということについて、よかったと思えるようなことは一度も無かった。
言えるわけが・・・なかったじゃないか。
「きゃあー!!!」
叫び声。
走っていくと、そこには一人の娘を狙う大きな野犬がいた。
いや、待て。
ただの野犬ではない。
青い目のぎらつき。尋常ではない。
オンブラか・・・・・・
こんな日中にまで。
娘の前に立ち、『莫耶』を抜き構える。
「・・・あなたは!?」
「よいから、下がっていろ!」
うなり声を上げながら、じりじりと間を詰める野犬。
次の瞬間、飛び掛ってきた。
振り払うが、再度飛び掛ってきて右腕に噛み付く。
「痛っ!!!」
右手を大きく振るって引き剥がす。
今度は口を開くと、冷気の塊を吐き出した。
『莫耶』で食い止めるが、その冷気の圧の高さに、受け止めたままずるずると後退する。
・・・くそ。
再度野犬が向かってくる。
落ち着くんだ。
今度はぎらつく両の目の周りに、冷気の渦が集まってくる。
そして、ビームのように放たれた。
・・・そうだ。
『風伯』!
唱えて剣を振るう。
冷気ははじき返され、野犬に命中。
一瞬にして凍りつく。
「喰らえ!!!」
一太刀。
野犬は粉々に砕け散ると、すっと消えてしまった。
「ありがとうございました!」
深々とお辞儀をする少女。
鮮やかな色の着物。
大きな耳飾。強い香水の匂い。
大人しそうな娘だが、かたぎではない雰囲気をかもし出していた。
「・・・いい。気にするな」
「でも・・・お怪我なさってます」
見ると、右腕から血が流れていた。
さっきの野犬に噛付かれたときのものだろう。
少女は優しい笑顔を浮かべる。
「もしよろしかったら・・・うちに寄っていかれませんか?」
傷の手当のために服を脱がねばならず、少女は少し驚いたように言った。
「女性・・・だったんですね」
ふいっとそっぽを向く。
「ごめんなさい、私勘違いしちゃってて・・・」
「わからぬように・・・しているからな」
でもどうして?と彼女は言う。
「私のような業の者は、男女の双子は不吉だと言われるのだ。それに・・・」
女だとなめられたくなかった。
「でも女性でも・・・あの十二神将隊にもすごい方沢山いらっしゃるじゃないですか?」
その娘は私の正体を知らないらしい。
・・・その方が都合はいいが。
「だが、医務方とか、士官学校の教官とか、そういう裏方ばかりだろう」
「でも・・・三日月さんが・・・・・・ご存知でしょう?三日月藍さんて」
あいつはこんなところでまで有名人なのか。
「あの方、とてもお強いのでしょう?前に隊士の方たちから伺った事があります」
「まあ、あの人は・・・特別なんじゃないのか?」
見ると、娘はじっと私の顔を見つめている。
この大きな瞳に魅了される輩も多いのだろう。
おそらく私のほうが若く幼く見えるに違いない。
「女性って・・・でも、楽しいじゃないですか」
楽しい?
「私はいつも・・・女に生まれて良かった、って思ってますよ?」
「何故そう思う?だってお前は・・・」
言いかけて、やめた。
『花姫』。
自由もなく、男に良いように利用されている、そんな彼女が何故?
言わなくとも私の戸惑いは伝わってしまったらしい。
ちょっと寂しそうな顔をしたが、すぐにまた笑って言った。
「そりゃ・・・辛いこともいっぱいあります。泣いてばかりの毎日ですけど、それでも」
私の前に身を乗り出す。
女の私ですら、一瞬動揺するような美しさ。
「好きな人が、いるんです」
「好きな・・・人?」
「はい!生まれて初めて、一人の男性を心から好きになったんです。もし私が女じゃなかったらきっと・・・あの方とは出会えなかったわ」
でも・・・その男・・・
「・・・残念ですけど、あの方。・・・・・・おっしゃいませんけど本当は、好きな方がいらっしゃるんです」
切なそうな顔でうつむく。
やはり・・・そういうものなのだな。
「でも・・・今このひと時を私と一緒に過ごしたいって思ってくださるから、会いに来てくださるんですもの。それだけで私、なーんて幸せなんだろうって」
寂しそうに笑う。
「きっとあなたには・・・理解してもらえないでしょうね」
残念だが、小さくうなずく。
「でも!きっとあなたも、女性でよかったって思える日が来ると思います!その日が早く訪れるように私・・・お祈りしてますね!」
礼を言って、家を出る。
「あの・・・」
呼び止められて振り向く。
「よかったらまた・・・遊びにいらしてください」
遠慮がちに言う。
「・・・ああ。いずれまた参ろう」
笑ってそう答える。
その日は一生訪れないだろう。
それは多分、二人とも分かっていた。
「碧玉隊長ー!!!」
街を歩いていると、三日月が向こうから走ってきた。
「心配してたんですよ〜、六合隊の皆さんも探してらっしゃいます!・・・あれ?どうしたんですかその怪我!?」
まったく心配していた風ではない言い方。
相変わらずハイテンションな奴だ。
「なんでもない」
「そうなんですか?」
あれ、とまたつぶやく三日月。
「どうした?」
「香水の匂い・・・・・・・・・白蓮とおんなじ・・・」
「なんだ?」
「あっ・・・いやっ、なんでもないです!」
「三日月・・・お前、『女性に生まれて良かった』と思うか?」
きょとんとした表情の三日月。
「えーと・・・あんまり考えたこと無いですけど・・・強いて言えば」
「・・・強いて言えば?」
「今生は女でいいけど、次は男に生まれて行けるとこまで登り詰めてみたいな、と思いますね!」
思わず吹き出してしまう。
可笑しいですか!?と三日月。
「いや・・・可笑しくない」
負けず嫌いな彼女らしい。
いい答えだ。
清々しい気持ちになって、六合隊舎に戻った。
蒼のいる、六合隊舎へ・・・