Ep12 妖刀
無線でたたき起こされた俺は、深夜の城下町を半分夢の中にいるような心地で隊士の待つ場所へ向かいひた走っていた。
尋常じゃない動揺ぶりがうかがえ、とにかくすぐに来てください、というのだ。
こんなこと、なかなかあるもんじゃない。
若干の嫌な予感を払拭しようと、首を大きく振る。
「草薙伍長!こちらです!!早く!!!」
声のほうを向いたときは、もう平常心モードに切り替わっていた。
「何があった?」
腰が抜けて座り込んでいる奴までいる。
「あれ・・・」
震える指で指す方向。
あれは・・・
「人形じゃねえのか?」
うそぶいてみるが、そんなんじゃ無いことは一目瞭然だった。
街の南のはずれ、銀杏の大木に磔になっている人間。
体の数箇所に大型のくないのようなものが突き刺さっている。
一面の血の海。
到底生きた人間とは思えない、土色の顔。
しかも、それはただの人ではない。
「伍長・・・こいつ・・・」
一人の隊士が半泣きの表情で報告してくる。
「知ってんのか?」
本当は、俺も知ってる気がする。
「太陰隊の大熊です・・・・・・」
『伍長!三日月です!!』
遺体の状況を調べていると、無線から三日月の怒鳴り声が聞こえた。
「お前遅いじゃねえか!こっちは大事件なんだぞ!?」
『こっちも大事件なんです!!!』
嫌な予感。
『北の城壁に太陰隊の川野が!その・・・』
「死んでるのか?」
返事が無い。
やはりそうか。
「そっちは任せる。こっちもちょっと離れられねえから、一人で不安だったら他隊の応援を頼め」
城壁にうずくまるように倒れている、太陰隊の隊士。
こんな大男が、いったいどうしたらこんなに凄惨なやられ方をするのだろう。
一本の大太刀が腹部を貫通している。
めまいがする。
一緒にいた数人の隊士に検分を任せ、少し離れた城壁にもたれかかっていた。
「藍はん?」
背後から声。
「愁くん・・・」
肩の力ががくっと抜ける。愁が慌てて支えてくれる。
「大丈夫か!?」
「はい・・・すみません浅倉隊長、おやすみのところを・・・」
南の墨族を攻略するため、しばらく都を離れていた愁だったが、少し相手の動きが沈静化してきたらしく、姫に報告のため月岡伍長を伴って戻っていたのだ。
「別にええんや。それよりこれ・・・一体」
遺体を一瞥する。
そして・・・
一瞬動きが止まる。
再び私の顔を見て、ちょっと笑って言う。
「まあ、この愁様が来たったからには心配はいらんから!藍はんはそこにいてや」
そして、隊士達に状況を聞きに行ってしまった。
・・・・・・気のせいか・・・
とにかく、愁がいてくれてよかった。
ちょっと変な奴だけど、いざって時には一番頼りになるのだ。
私は城壁にもたれかかったまま、ずるずると座り込んだ。
なんだか吐き気がする・・・
弱い自分が口惜しい。
民衆の動揺を思うとそのままにしておくわけには行かず、状況を記録し終えたその凄惨な現場は翌朝には綺麗に片付けられていた。
騰蛇隊舎へ行くと、一睡もしていない様子の草薙さんと藍さん、それに浅倉隊長の姿があった。他の隊士たちもみな詰めていて、事件の後処理などを行なっている。
「なんで僕は呼んでくれなかったんですか!?」
「だって・・・お前に見せるのはちょっと・・・って思ったんだよ」
暗い表情の草薙さん。
「オンブラの仕業・・・なんですか?」
首を横に振る藍さん。
「王の時とは明らかに現場の状況が違うんです。人の手によるものだろうと・・・思うんですけど・・・」
「一体誰が?」
その時、すごい勢いで隊舎に飛び込んでくる人影。
太陰隊の遠矢伍長だ。
草薙さんの前に進み出ると、机を両手で思い切り叩いた。
「草薙!!!これは一体どういうことだ!?」
耳を塞ぐジェスチャーをする草薙さん。
「まだなーんもわかりませんよ・・・」
「遺体を確認した・・・確かにうちの隊士たちだ。一体誰がこんなことを!!!」
悔しそうにこぶしを握り締める。
後ろにもう一人。十六夜隊長だった。
「遠矢、少し落ち着け」
「しかし隊長!!!」
「お前がそんなに動揺していては、隊士にしめしがつかん」
はっとした顔をする。
唇をかんでうつむいて、怒りと悲しみと悔しさに、体を震わせている。
十六夜隊長が草薙さん達の前に出てきて、ねぎらいの言葉をかける。
「迷惑をかけたな」
それは、きっと遠矢伍長のことではなく、昨夜のことを指している。
「我々太陰隊も犯人の究明、確保に全力をあげる。何かわかったら知らせてくれ」
遠矢伍長を伴って、隊舎を出て行く。
去り際に、鋭い声でつぶやいた。
「下手人め・・・ただでは済まさぬ」
「あいつら、ちょっとお調子もんだったけど、悪い奴らじゃなかったんだぜ!?」
半泣きの太陰隊士達が言う。
「一体全体、誰がこんなひでえことしやがったんだよぉ・・・右京さん!絶対犯人捕まえてくれよな!!!」
・・・なんか別の・・・
いや、いいんだ。
事情の聞き込みや現場の状況からして、犯行はおそらく草薙さんたちの駆けつけるほんの数時間前に行われている。
しかも、周囲の民家で争う声を聞いた人もいない。
瞬殺だったのではないか、と考えられた。
「みんな誰が誰が・・・っつーけどよ」
つぶやく草薙さん。
「俺としては“どうやって”・・・なんだよな。あの腕っ節の強い太陰隊の隊士を抵抗なく瞬殺、だぜ?どう考えたってそのへんの人間の犯行じゃねえよ」
「考えたくないんですけど・・・」
藍さんがためらいがちに言う。
「これって同じ・・・十二神将隊の人間じゃないでしょうか?」
誰も口にこそ出さないが、同じことを考えている。
次の言葉にも、全く同感だった。
「それに・・・『神器』が絡んでる気がします」
こうやって集まって話し合っていると必ず参加しているのに、浅倉隊長は何も話さない。
「浅倉隊長は・・・どう思われます?」
僕が聞くと、え?、と一瞬はっとした顔をした。
心ここにあらず、といった感じ。
「そやなぁ・・・」
頭の後ろに手を組んで、なんでもないように言う。
「藍はんの説はいくらなんでもないんやない?だって、内部の人間がこんなことする理由あらへんやないか」
「でも、何で親しかった人間二人が別々の場所で?」
「他にはおらんかったん?そいつらと仲いい奴」
「え?」
「内部を疑うならまずはそいつに話聞かな、始まらへんのと違う?」
一通りの太陰隊士の話は聞いたが、誰が親しかったとか、そういう話は一切出ていない。
冷静でもっともな意見だった。
藍さんが現場に呼んだのが、剣護さんや一夜さんではなく、浅倉隊長だったことに初めて心から納得した。
「じゃあ、その線でもう一回話聞くか?右京」
「そうですね」
藍さんは相変わらず、難しい顔をして黙っている。
「どうした?三日月」
問いかけに一度あいまいな返事をし、しばらくして顔を上げると、浅倉隊長に問いかける。
「浅倉隊長は・・・何かお心当たりがあられるんじゃないですか?」
浅倉隊長は笑顔で何もないよ、と答えるが、藍さんは続けて言う。
「ご存知ですか?十六夜隊長」
「ああ、犯人探しやろ?」
「隊をあげて血眼になって証拠をかき集めてるんです。あの人たちに最初に知れたら多分犯人・・・無傷では済まないと思うんですよね」
藍さんと町の見廻りに出た。
あんな事件があって、民衆の不安が大きいため、見廻りを強化しているのだ。
多忙な中とはいえ、必要なことだ。
さっきの問いかけについて訊く。
「あの人・・・最初、隊士の遺体を見たときから変なんですよ」
難しい顔をして言う。
「近衛隊犯行説を真っ向から否定するし・・・もし知ってる人なんだったら」
早く自首させないと大変なことになる、と言う。
「十六夜隊長はああ見えてものすごく冷徹な所がありますからね・・・」
目の前に鞠が転がってきた。
拾いあげて転がってきた方向を見ると、小さな女の子が立っていた。
おかっぱ頭の、3歳くらいの女の子だ。
笑顔で差し出すと、
「ありがとう!」
と大きな声で言い、にっこり笑った。
「小夜!」
男性の声がして、女の子は返事をする。
その先にいる人を見て、藍さんがあっ、と声をあげた。
「氷室さん!」
朱雀隊の隊士だと言う。
がっしりした体格の、30半ばくらいの男性。無骨な優しい父親といった様子だった。
恥ずかしそうに笑って挨拶をする。
「いやぁすみません、うちの娘が」
「お子さんいらしたんですね!すっごくかわいい!」
にこにこしながら話す藍さん。
「浅倉隊長たちと帰ってきてらっしゃるんですか?」
「いえ、実は女房が亡くなりましてね・・・しばらく暇をもらってるんですよ」
しまったと思い、藍さんと顔を見合わせる。
お気になさらないで・・・と寂しそうに笑う。
「子供達がまだ小さいもんですから、田舎のお袋を呼ぼうかと思っているんですがね。浅倉隊長『今はお前が子供達の傍にいてやれ』って言ってくださって」
「へぇ・・・いいとこあるじゃん・・・」
意外そうな顔をする藍さん。
「あんま人付き合いとか、ちゃんと出来ない子なのかと思ってたら・・・」
そんなことありませんよ、と氷室さん。
「隊士のことはよく見てくださいますし、本当に出来た方です。私よりずっと若いってのに・・・自分が未熟で恥ずかしいですよ、本当に」
「奥様は・・・ご病気か何かで?」
僕が聞くと、いえ、事故だったんです、と答える。
「展望台で、足を滑らせたらしくてね・・・ちょうど私が非番の時期で戻っていたので、子供達を置いて気分転換に外出していた時だったんです・・・」
氷室さんに纏わりつく、小さな女の子。
見ると近くに少し大きな男の子と、歩みもおぼつかない小さな男の子が立っていた。
こんなに幼い愛くるしい子供達を残して、どんなに無念だったろう。
「氷室さん、私・・・配置換え、お願いしてみましょうか?」
「いや!三日月さん、そんな大それたことは・・・それに私は」
まっすぐに僕らの目を見て言った。
「近衛隊にいるならば、浅倉隊長以外の下では働くことは考えられませんから」
朱雀隊舎。
奥の部屋に閉じこもったまま、じっと考え込んでいる様子の浅倉隊長。
こうやって隊長伍長共に帰ってくることなんてめったにないというのに、全く会話がないというのも妙なものだ。
ノックするが、返事が無い。
「浅倉隊長、開けますよ〜」
わざと明るい調子で声をかける。
浅倉隊長は腕組みをして、椅子を大きく揺らしていた。
「隊長どうしたんですか?」
「いや、どうもせえへんけど」
何でそんなことを聞くのだ?という顔。
それでも、なんだか無理してるのがわかる。
「えっと・・・・・・」
気になっていることを切り出しづらくて、言葉を選ぶ。
・・・しかし、うまく言葉が見つからない。
「風牙、お前何か言いたいことがあるんちゃうか?」
「え!?えーと・・・」
「さっきから扉の前、何回も行ったり来たりしてたやろ」
お見通し・・・・・・か。
「先日の事件、ショックでしたね」
「ああ・・・でも、騰蛇と太陰と、例のごとく大裳も動いてることやし、近く解決するんやないの?こういう大騒ぎに、一夜が絡んで来へんのがちょっと不思議やけど」
「そうですね・・・ですけど・・・・・・」
更に勇気を振り絞って訊く。
「隊長は・・・どう思われます?」
「どう・・・て?犯人のことか?」
「そうです」
大きくうなずく。
しかし、なんでもないようにちょっと笑って言う。
「そんなこと、僕が知るわけないやろ・・・風牙も犯人探しか?物好きやなあ」
そんなこと言ったって・・・
愁さんがそんなに元気が無いのは、他に理由が考えられないじゃないか。
話終わったんなら出てってくれる?と言う。
出て行き間際に、思い切って言う。
「愁さん、僕・・・現場の様子とか、聞いたんですけど」
ぴりっと空気が張り詰める。
「あの大くないって・・・もしかして」
「言うな!!!」
厳しい声。
否定したい気持ちに溢れた、悲痛な叫びにも聞こえた。
やっぱり同じことを考えていたんだろう。
・・・でも、一体なぜ?
「・・・・・・失礼します」
氷室さんと別れてから、しばらく行くと、『花街』のすぐそばでうろうろしている男性の姿。
「あれ、太陰隊の・・・白沢じゃないかな」
藍さんがつぶやく。
白沢は細面のごろつき、といった風貌で、お世辞にも堅気の人間には見えない。
しばらく見ていると、通りかかる女性に声をかけているようだ。
「白沢さーん、勤務中にナンパですか!?」
藍さんがにっこり笑って声をかける。
ぎょっとした顔の白沢。
「いいのかなぁ・・・十六夜隊長に叱られますよ〜?」
「いや・・・・・・その」
動揺をぐっと押さえ込んで、調子よく笑って言う。
「聞き込みっすよ!ほら、大熊と川野がやられちまったでしょ!?そのことで・・・」
「・・・で、何かわかったんですか?」
いえ、何も・・・と言う白沢。
おかしい。
平静を装っているが、落ち着きが無いのがわかる。
この話題を振ったのは自分のくせに、内容に居心地の悪さを隠せない様子だ。
「白沢さんて・・・こないだ騰蛇隊の聞き込みのとき、いらっしゃいませんでしたよね?」
何気ない感じで訊いてみる。
「ああ。ちょっと腹の調子が悪くてねぇ・・・」
「親しかったんですか?お二方と」
「いや・・・そんなでもないっすよ!?しっかしあいつら柄悪かったからなぁ・・・ここだけの話、借金とかもあったんすよあいつら。だから借金取りとかさ、恨んでた奴も大勢いたんじゃないすかねえ?」
・・・そんな話は初耳だ。
「さて!そろそろ戻るかな!?んじゃ、また!」
ぎこちなく笑って手を振り、太陰隊舎の方へ歩いていった。
それを見送りながら、思い出した、と藍さんがつぶやく。
「あの人たち・・・親しかったはずです。酔って暴れて、時々大裳隊の厳重注意とか受けてましたもん。『花街』でも評判悪くて・・・香蘭の店なんかだと出入り禁止だったはずですよ、多分」
翌日。
草薙さんと見廻りをしていると、浅倉隊長とばったり会った。
「浅倉隊長、何してんすかこんなとこで?」
草薙さんが声をかけると、ちょっと焦った様子で笑う。
「いや、ただの散歩やけど?」
「そうすかぁ。暇そうで羨ましい限りっすねぇ?」
じろっと草薙さんをにらむ。
「例の事件はもういいんすか?最初えらく興味ありげだったのに、最近めっきり現れないじゃないですか。やっぱりあれっすか、三日月の手前かっこいいとこ見せたいな、みたいな!?」
草薙さん、言いすぎ・・・
また喧嘩になるんじゃないかと警戒したが、予想外に浅倉隊長は乗ってこなかった。
「いや、そんなんやないけど・・・」
じゃあな、と右手を挙げて去っていった。
上がったテンションの持って行き場を失って、拍子抜けした様子の草薙さん。
「・・・なんだあいつ、今日は大人しいじゃねえの」
「草薙さん・・・浅倉隊長と見れば喧嘩売るの・・・やめてくださいよ」
浅倉隊長のやってきた方向に目をやる。
昨日の小夜、と呼ばれた女の子が鞠つきをしていた。
「小夜ちゃん!」
声をかけると、あ!と笑って、傍の民家に入っていった。
氷室さんが出てくる。
「これは右京様に草薙伍長。今日は一体・・・?」
「いえ!近くを通りかかっただけなんです、小夜ちゃん勘違いさせちゃったみたいで」
氷室さんの服のすそをひっぱりながら少女がはしゃいだように言う。
「さっきのお兄ちゃんと、今度は二人、今日はお客さんが沢山だねぇ」
お兄ちゃん、てのはきっと・・・
草薙さんに小声で、氷室さんの説明をする。
「浅倉隊長・・・気にして様子を見に来てくださったんです」
優しい笑顔の氷室さん。
「本当に・・・お優しくて・・・・・・素晴らしい方ですよ、まったく」
太陰隊舎。
遠矢が横であぐらをかいて、貧乏ゆすりをしている。
「・・・落ち着きが無いぞ」
声をかけるが、すみません、とつぶやくだけ。
ため息をついた。
正義感はわかる。
悔しい気持ちも同じだ。
だが・・・
「このままでは・・・職務に支障をきたす」
すると、ぐっとこちらに向き直り、大声で言った。
「十六夜隊長はこのまま、あいつらを見殺しにするおつもりですか!?」
「そうは言うがなぁ」
「・・・あれはどう見ても、『神器』の力です」
あれだけの大男を無抵抗に串刺しに出来るだけの力。
全くの同意見だった。
「しかし、一体どこの誰が?『神器』を所有できるのは原則隊長・伍長クラスのみ。その他については六合隊で厳重に管理されていて、容易に持ち出すことは出来ぬはずだ」
「そこなんです!!!不正に入手したものならば、余計に大問題ではありませんか!?」
言っていることは正しいが・・・
遠矢を残して外に出ると、訓練をしている隊士たちの中で、一人が目に留まった。
「白沢?」
顔色が悪い。
ぎょっとした顔で見ると、慌てて敬礼をする。
「体はもういいのか?顔色がすぐれないようだが・・・」
「いえ!体調は万全であります!!」
・・・おかしな奴。
「白沢・・・お前。死んだ二人とは・・・親しかったな?」
「隊長!!!俺は違います!断じて!神に誓って一切関係ありませんから!!!」
いつも物静かな白沢の大声に、みなが振り向く。
遠矢も隊舎から顔を出した。
慌てたように周囲を見渡すと、失礼します!と白沢は庭を飛び出していった。
夜。
『お前の望みは・・・あと一人か』
「・・・そうだ」
『決行は?』
「今宵・・・」
『・・・心得た。しかし・・・』
「・・・わかっている。契約のことだろう」
『・・・よかろう』
「ぱぱ〜?」
隣の部屋から声がする。
慌ててその刀をしまう。
行ってみると、眠っていたはずの子供達がみな、目を覚ましてこちらを見ている。
「どこか・・・おでかけするの?」
一番上の子供が言う。
子供達には何の罪もないのだ。
それなのに・・・
しかし、自分のしていることは・・・
いや、やめておこう。
もう、後戻りは出来ないのだ。
「いや。どこへも行かないよ」
「本当?」
「ああ。なあ、竜?」
「なあに?」
「明日、おばあちゃんが来るんだ」
歓声をあげる子供達。
「みんな・・・ちゃんとおばあちゃんの言うことを聞くんだぞ」
はぁい、といい返事が聞こえる。
今夜は、おかしな天気だ。
湿った空気の中、生ぬるい風が吹いている。
・・・嫌な予感がする。
部屋を出て、声をかける。
「風牙?」
机に頬づえをついてぼーっとしていた風牙が、びくっと飛び上がる。
「はいっ」
こういう時の返事は士官生の頃と変わらない。
そないにおどろかんでも・・・取って喰ったりせえへんし。
昔はいつも、そんな風に言うものだった。
「ちょっと、出かけてくるわ」
「どこへ?」
鋭い。
「どこでもええやろ?」
「どこですかっ!?」
今日は妙に、強気じゃないか。
立ち上がり、じっと睨みながら言う。
「氷室の・・・ところですか?」
「・・・・・・」
「愁さん!」
「・・・誰にそないな口、きいてるつもりなんや?」
「わかってますよ!でも・・・僕だって朱雀隊の伍長なんです!!」
チビで泣き虫だった風牙が。
いっぱしに伍長さんの顔になったやないの。
答えずにそのまま隊舎を出る。
「愁さんてば!!」
「・・・留守番、頼むで」
北、南。
次は・・・東か、西か。
どっちだろう。
しかし東のはずれは・・・
あいつの家がある地区だ。
だとすれば・・・
西のはずれに大きな池がある。
そちらに向かった。
男の悲鳴。
予感が当たったか・・・
複雑な気持ちでそちらに向かう。
池のほとりの大きな岩のそばで、二人の男の影が見えた。
顔はよく見えないが。
「氷室か?」
動きが、止まった。
「お前一体・・・こんなところで何を」
「隊長は黙っててくださいっ!」
・・・やはり、氷室の声。
「こいつらは・・・早紀を」
もう一人の男が、もがくように逃げ去ろうとする。
氷室は持っていた刀をその男に向ける。
切っ先からいかずちが走る。
その男の背中に突き刺さった。
「ぐぁっ・・・・・・」
男はそのまま前のめりに倒れた。しかし、まだ息があるようだ。
近づいていき、止めを刺そうとする氷室。
『火箭』!
唱えて『螢惑』をかざす。
炎の矢が腕に命中し、氷室は小さく叫び声をあげて刀を落とす。
手をかばいながら、こちらへ向き直る。
『邪魔を・・・するな』
口から出た言葉は、氷室の声ではなかった。
「お前・・・なにもんや!?」
『この者の憎しみが・・・お前にわかるか?愛するものを奪われた、男の憎しみが』
「だからってこんなこと・・・許されるわけがないやろ!」
『許されずとも良いと・・・この男は言ったのだぞ?復讐を果たした暁にはこの命・・・くれてやると』
「何!?」
氷室はにやりと笑った。
『だから坊主は・・・黙って見ておれ』
もう一度、もう一人の男・・・白沢のほうに向き直る。
雷に打たれて白沢は逃げられない。
声も上げられず、震えている。
一体これは・・・
だいぶ夜目が利くようになり、氷室の体をよく見る。
刀を握る、左腕だ。
何か見慣れない腕輪のようなものがはまっている。
『烈火』
小さく唱えると、炎が剣に形をなす。
氷室は雷の刀を大きく振り上げる。
一度ぐっと身をかがめると、大きく跳躍。
氷室のすぐ傍に降り立つと、左腕の腕輪に剣を振り下ろす。
ぱりん、と乾いた音。
腕輪が砕けた。
と同時に、まぶしい雷光に周囲が包まれる。
白沢の叫び声。
『おのれ・・・螢惑』
また、何者かの声。
氷室は一度倒れたが、起き上がると僕のほうを見て叫んだ。
「隊長!逃げてください!!!」
「何言うてるんや!?お前こそ逃げろ!子供達連れて!街から出来るだけ遠くへ!」
刀はふわっと宙に浮くとこちらに向かってまっすぐに飛んできた。
速い。
「うっ!」
直撃はかわしたが、腹部をかすめていく。
血が吹き出す。
雷に打たれたように・・・体がしびれて動かない。
『おのれおのれ・・・』
刀はさらに高いところに浮かび上がると、そこに大きな雷光が集まる。
帯電した刀はやがて大きな雷を周囲に落とした。
ものすごい音。
そして、ものすごい豪雨になった。
「やな雨が降ってきたな・・・」
草薙さんがつぶやく。
「やだなぁ、帰るの」
昨夜からの連続勤務明けでぼやく藍さん。
「・・・別にいてくれてもいいんだぞ?」
「あ・・・お疲れ様でした〜」
傘を差してとぼとぼと帰っていく。
「あいつは・・・どうしてああ文句が多いんだよ?」
頭を掻きながら草薙さんもぼやく。
「・・・女の子だからじゃないですか?」
「そういうもんか?」
そんな話をしていたら、来客。
ずぶぬれの、月岡伍長だった。
「お邪魔します!!!」
肩まである髪の毛からぽたぽた雨雫が落ちる。
「風牙・・・お前どうしたんだその格好!?」
ずっと走ってきたようで、ぜえぜえ肩で息をしながら言う。
「草薙さん・・・右京さん・・・・・・お願いします!氷室を・・・」
「氷室さんが・・・どうしたんです!?」
その時、更に二人、隊舎に飛び込んできた。
十六夜隊長と、遠矢伍長。
十六夜隊長は、入ってくるなり、月岡伍長を見止めると、いきなり胸倉を掴んだ。
小さな体ながら、ものすごい力。
そのまま壁に叩きつけると、低い声で言う。
「月岡・・・貴様。なぜ黙っていた!?」
「どうしたんです!?十六夜隊長」
「あの大くない、そして大太刀!あれは・・・お前の隊の・・・・・・氷室のものだな!?」
・・・何だって?
ついさっき、草薙さんと交代する前に藍さんが言っていたこと。
「そういえば・・・氷室さんの奥さんなんですけど」
暗い顔で、小さな声で言う。
「表向きは事故なんですけど・・・あれは『事件』みたいですよ?」
「えっ!?」
眉をしかめて言う。
「直接見てた人はいないらしいんですけど、数人の男性の声と、女性の叫び声を聞いた人がいるらしくて・・・乱暴されそうになって、逃げてる途中で落っこちちゃったんじゃないかって」
ただ目撃者がねぇ・・・と首を振る。
「・・・やりきれないですね」
僕が言うと、藍さんも厳しい目で言った。
「本当に!そういうの女の敵って言うんですよ!!・・・・・・古泉隊長みたいなのも広義には“女の敵”ですけど・・・」
「愁のやつ・・・知ってたんだな」
草薙さんがつぶやく。
「確信したから・・・犯人探すのやめたんだ」
「なんてこと・・・白沢さんは!?」
「姿が・・・見えんのだ!」
遠矢伍長が言う。
十六夜隊長は月岡伍長をもう一度壁に叩きつけながら言う。
「あいつは!浅倉はどこだ!?」
その時。
どこかでもう一度、大きな雷が落ちた様子。
続いて火災を知らせる鐘の音。
この豪雨の中だというのに、よほどの火の手なのだろうか。
「とにかく!探しましょう!!!」
浅倉隊長に促され、走って走って自宅へ戻る。
「竜!小夜!翔!」
子供達をたたき起こす。
半分眠っている3人を担ぐように、ほとんど荷物も持たず家の外に出る。
そして東の門へ走る。
目の前に大きな雷が落ちる。
現れたのは・・・妖刀だった。
『貴様・・・逃げるつもりか!?』
「頼む!子供達だけでも!」
『甘いことを・・・契約を忘れたか?』
「しかし・・・」
泣き出す子供達。
「悪いがこの子達を置いては・・・行けぬ!」
刀を抜く。
『いい度胸だな・・・』
妖刀がこちらに切っ先を向けてくる。
その時。
青白い光。
妖刀がそれに包まれ、数メートル飛ばされた。
そして地面に叩きつけられる。
『・・・・・・何だ?』
光の来た方向を見ると、そこにいたのは。
三日月さんだ。
不思議そうな顔でこちらを見ている。
「三日月さん・・・」
「何してるんですか?こんなところで」
口ではそう言っているが・・・
この異様な状況の中、彼女は笑っていた。
泣き叫ぶ子供達を集めて抱きしめると、もう大丈夫よ、とささやく。
「氷室さん、ここは私が」
妖刀がもう一度、今度は三日月さんめがけて飛んでくる。
さっきの浅倉隊長の時と同じ。
しかし、三日月さんはそれを素早く抜いた小太刀で払いのける。
「時間がありません!出来るだけ遠くへ」
厳しい表情で言う。
「・・・申し訳ありません!」
「気にしないでください・・・非番ですから」
歯を見せて、にっと笑う。
「それに・・・女の敵は私の敵です」
「それは・・・」
この人は・・・知ってるのか?
「三日月さん!信じてください、あいつは・・・やつらに決して・・・汚されてなどいません」
「そんなこと〜、ちゃんとわかってますよ?でもだからって・・・私だって許せません」
強い表情で、やはり微笑む。
「でもね、『妖器』に魂を売っちゃあ駄目です」
「『妖器』?」
「知らなかったんですか?あれは・・・『神器』と違って、悪しき魂が作り出したもの・・・『妖器』って言うんです。扱い方は同じらしいんですけどね・・・」
二本の小太刀をクロスさせて、妖刀に向かい、構えながら怒鳴る。
「さあ!行ってください!」
『スノウストーム』!
叫んだ三日月さんの刀の間から冷気の塊が青白い光と共に放たれる。
『妖器』にぶち当たって、眩しく光る。
「子供達と・・・お幸せに!」
「・・・・・・このご恩、一生忘れません!!!」
大きく頭を下げると、子供達を促して、東の門外へ出た。
一度凍りついた刀が、中から氷を砕いてまた、姿を現した。
『おのれ・・・氷花』
まだ動くのか。
「・・・へえ。詳しいじゃない?」
『こんな小娘にいいように使われおって』
「あんたにそんなこと、言われたくないわね」
再度飛んでくる刀。
なぎ払う。
もう一度、背後から。
こちらもなぎ払い、
飛んできた刀の柄のところを切りつける。
ぎゃっと叫び声。
「何か・・・いるのね?」
この刀を操っている、何か。
だとすれば、狙うは刀の背後の虚空だ。
怒り狂ったように次々に繰り出される攻撃を『氷花』で受けながら、隙を探す。
馬ー鹿、こういう時は感情的になったほうが負けなんだよ!
『スノウストーム』!
低い態勢で、飛んでくる『妖器』の下にもぐりこむと、『氷花』を構えて素早く唱える。
すると、『妖器』の持ち手のところが、姿は見えないながら人型に凍りついた。
刀の切っ先が突き刺さり、凍ったボディにヒビが入っている。
ぐっと力をこめて刀を抜くと、振り上げる。
「・・・ばいばい!!!」
袈裟懸けに一刀。
人型は粉々に砕け散る。
「あんたもね!」
そのまま刀を『妖器』の柄に埋め込まれた黒く輝く石に突き刺す。
ぱきん、という音。
眩しい閃光。
そして『妖器』はさらさらと金色の砂になって雨の中に溶けていった。
雨は翌朝には上がった。
街をくまなく探したが、氷室親子の姿は見つからなかった。
明け方、流血した浅倉隊長が隊舎に足を引きずりながら現れた。
「隊長!!!」
月岡伍長が半泣きで駆け寄る。
「アホ・・・留守番頼むて・・・言ったやないか」
「だって〜・・・大丈夫ですか!?」
「たいしたことない・・・かすり傷や」
怪我の経緯については、一切話してくれなかった。
白沢は、西の公園の池のほとりで倒れているところを発見された。
そして・・・一切合切を白状した。
「・・・てめえって奴は!!!」
遠矢伍長の鉄拳が飛ぶ。
吹っ飛ばされる白沢。
更に殴りかかろうとする遠矢伍長を、十六夜隊長が制す。
そして、白沢に語りかけた。
「白沢・・・私はな」
静かな表情が一変。
烈火のごとく怒鳴る。
「貴様のような人間が一番嫌いだ!!!」
そして、背を向けるとつぶやいた。
「・・・太陰には、お前のような奴は要らん。後は大裳隊の厄介になれ」
背後には、不気味な笑いを浮かべた大裳隊の橋下伍長が立っていた。
「・・・隊長〜」
「私はもう、お前の隊長ではない!!!」
再度怒鳴ると、静かに付け加えた。
「だが、罪を償って心を入れ替えたら・・・太陰の門を叩くがいい」
「・・・隊長」
「・・・待っているぞ」
十六夜隊長は、今度は傷の手当をしている浅倉隊長に近づいていった。
そして土下座して、謝罪した。
「・・・すまない。本当に申し訳ないことをした」
そんな十六夜隊長に、大きく動揺する浅倉隊長と月岡伍長。
「そ・・・そんな!そこまでせんでも・・・なあ、風牙!?」
「そ・・・そうですよそうですよ!!!浅倉隊長もこう申してますから!!!僕ら全っ然、気にしてませんから!」
「そうそう!別にええよ!?」
あたふたしている二人は・・・なんだか似ている。
「なんだか俺ら・・・なんの役にも立たなかったなぁ」
草薙さんがつぶやく。
「そうですね・・・無力でした」
がっくり肩を落とす二人の背後で、間の抜けた声がする。
「おはようございまーす」
藍さんだ。
「三日月お前!・・・昨夜なんで無線出なかったんだよ!?」
・・・そう、藍さんは再三の呼び出しを無視していたのだ。
「え!?」
焦ったように頭を掻く。
「いやぁ、気づかなかったなぁ。よっぽど爆睡だったんですねぇ」
「爆睡じゃねえよ!大変だったんだぞ、こっちは」
怒鳴りつける草薙さんを、まあまあ・・・となだめながら言う。
「今ちょっと聞きましたよぉ。氷室さん・・・だったんですね。ショックだな」
そこに橋下伍長がつかつかと歩み寄ってきた。
「三日月さん、あなた昨夜どこに?」
「だーから、家で寝てましたってば」
眼鏡の端をぐいっと持ち上げながら、橋下伍長が続けて言う。
「東門付近で証言がありましてね・・・何か騒動があったようで」
にっこり笑う藍さん。
「それが・・・何か?」
むっとした様子で、橋下伍長は立ち去っていく。
「三日月さん・・・隊士同士の殺傷沙汰は大罪です。それに、その者を逃亡させたのだとしたら・・・それは大問題ですからね」
「・・・そうでしょうね」
あっけらかんとした様子で、藍さんは言い放った。
「では今後、もしもそのようなことがあったときのために、肝に銘じておきますね!」