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Ep11 杏

その夜。

僕は騰蛇隊の見廻りに参加して、突如現れたオンブラの一群を追いかけていた。

「あーもう!最近多くねえか!?こういうの」草薙さんの声。

確かにこの数週間でオンブラの城下での出没件数は急上昇している。

オンブラ、と言ってもこないだの士官学校に出たみたいな大物ではなく、影みたいな土人形みたいなのがうじゃうじゃ出てくる感じだが。

とは言ってもそんなことが続くと、民衆は不安になるし見廻りの隊士達の疲労も濃くなる。

「騰蛇の伍長隊だけじゃ回ってかないよな」

昨夜も隊舎でそんな話をしたばかりだった。

勾陣(こうちん)隊の見廻り、増やしてもらうように要請するか?」

えー!?と嫌な顔をする藍さん。

「だって人手足んねえじゃんかよ。何が不満なんだ?」

不満じゃないですけど・・・と依然むすっとして頬杖をついた藍さんが言う。

「誰が頼むんですか?あの人に・・・」

確かに。

そんな負担の増える、面倒な話にやすやすと乗ってくれる一夜さんじゃない・・・気がする。

「僕、頼みましょうか?」

僕が行って剣護さんに頼み、一夜さんに言ってもらうのが一番手堅い線のような気がする。

「そんな伏線張らなくても大丈夫だろ、あの人なら。三日月を差し出せばきっとすぐにイエスと・・・」

「ちょっと待て!!!誰を差し出すですって!?」

めちゃくちゃこわい顔で怒鳴る藍さん。

「・・・・・・冗談だよ」

「冗談でもそんな・・・縁起でもないこと言わないでくださいよぉ!!!」

後ろで聞いていた隊士たちがくすくす笑っている。

「あの伍長・・・多分、三日月さんでは無理です」

「そおか?」

「だって・・・いっつもおちょくられてるじゃないですか?」

「古泉隊長、完全におもちゃ扱いですよね?あれ」

「まぁ・・・そう言われりゃ、そうだな」

それはそれで失礼な・・・と不機嫌そうな藍さんだった。

そして、今日もオンブラ騒動というわけだ。

民家の角を曲がると、大きな袋小路に突き当たった。

追い詰めた。

そう思った次の瞬間、気づく。

目の前に、人がいる。

民間人のようだ。

「おい!!!建物の陰に隠れろ、アブねえぞ!!!」

怒鳴る草薙さん。

無理もない、それは16,7歳の少女だった。

ジーンズにパーカー、といったごく普通の。

耳のあたりで切りそろえられた暗い紫色の髪。

普通じゃないのは、手にしているものだった。

日本刀。

10数体のオンブラが少女の方に向かって行く。

ぐっと体勢を低く構える少女。

刀を返す。きらっと反射する刀身。

そして、勢いよくオンブラの一団に飛び込むと、そのまま立て続けに切りつける。

それは素早く、相手に反撃の隙を与えない。

その鮮やかさに驚いている間に、オンブラの一団は消え去っていた。

かちん、と刀を鞘に納める音。

一瞬、黒い瞳でじっと、こちらを見つめると。

そのまま民家の影に消えた。


「へえー、すごい奴もいたもんだな」

昨夜の出来事を話すと、剣護さんが感心した声を上げた。

とにかく速かった。小柄で体が軽い。それに運動神経も抜群なのだろう。

「女だったんだろ?」

「そうなんですよね・・・髪は短かったけど、間違いないです」

ふむ、と腕組みする剣護さん。

「まあ、そういう善意の協力はありがたいが、所詮は素人だからな・・・」

いい機会だと思ったので、見廻りの話をしてみた。

「そうだな。俺から言っとくわ」

さすが剣護さん。

そういえば、今日は一夜さんの姿が見えない。

「あ、心配いらね。今日はあいつちゃんと仕事だから」

三公が中心となった、軍事訓練が城外で行われるのだそうだ。

この前の、朔月公の鋭い視線が思い出される。

なぜ、一ノ瀬隊長不在のこの時期に?

やはり両者は反目しているのだろうか。

「俺には上の考えはよくわからんが、孝志郎さんが意のままに十二神将隊を動かしてること、姫たちがそれを黙認してること、両方気に食わんっていうのが本音だろう」

「十二神将隊は、参加するんですか?」

大きく伸びをしながら剣護さんが答える。

「形だけな。龍介んとこと、高瀬隊長んとこと、うち。十六夜隊長の太陰(だいおん)隊は周辺警護だそうだよ」


右京が帰ってしばらくすると、一夜が肩を回しながら帰ってきた。

「いやー疲れた。堅苦しくて肩凝っちゃったよ」

うんざりした顔。

一夜でも三公相手には、少し緊張するものらしい。

「まあ、たまには真面目に働け」

「そんな言い草ないんじゃない?仮にも俺は上司なんだけどね」

「・・・だったらもっと真面目に働け」

裏庭でだるかった会議の愚痴を聞いていると、隊士の一人が慌てて走ってきた。

「隊長!報告が・・・」

「何だ?」

俺が聞くと、彼はちょっと戸惑いながら、言った。

「16,7の娘が道場に・・・その・・・『隊長に会わせないと帰らない』とかなんとか」

俺と一夜は顔を見合わせる。

「・・・そんな若い子に何したんだお前?」

「・・・いや、記憶に無いんだけど」

無いはずは無いだろう、と思いながら、道場へ向かう。

その少女は、まさにさっきの右京の話通りの少女だった。

上着が紺、袴は黒の剣道着を身に着けている所を除けば。

きらきらした好戦的な目。

俺と一夜が目に入ると、大きな声で挨拶をして、深々と一礼した。

「初めまして!私、平原(きょう)と申します!勾陣隊に入隊したく、やって参りました!!」

唐突な話すぎて言葉が出ない。

珍しく、先に一夜が動いた。

「平原さんは、一体どうして勾陣隊に入隊したいんだい?」

優しく穏やかな声で聞く。

「私、剣術には自信があるんです!それで自分の力を試したくて!それに最近は街の中にも化け物がいっぱい出て、みんな困ってるでしょ!?だからお力になりたくて」

物怖じしないまっすぐな瞳で、一夜に向かって答える。

「立派な志だね」

笑顔で一夜。

「だけど、勾陣隊に入るっていうのは相当難しいことなんだぜ?」

「わかってます!でも、一番剣術の強い人たちが集まっているところでしょ?」

「そう。でもね、だから難しいんだ」

君は士官学校には?と訊いた。

「いえまだ。・・・でも、そんな悠長な事言ってられないでしょ!?こんなの世の中乱れてるのに!居ても立ってもいられなくなって私、そしたら師匠がここへ来れば古泉隊長が何とかしてくれるかもしれないよって」

・・・師匠?

「君の師匠って・・・もしかして」

「笹倉道心です!ご存知ですよね?」

ご存知も何も。

さすがの一夜も少し動揺した様子で、若干笑顔が引きつっている。

「へえそうなんだねぇ・・・いやぁ・・・どうしたもんかな剣護」

・・・俺に振るな、俺に。

平原杏はじっと俺の顔を見る。

周りの隊士達はやり取りを複雑な顔で見ている。

こんな小娘に、何を戸惑っているんだろう、そういう表情がうかがえる。

「テスト、してみるか?」

何故かそんなことをふいに、口に出してしまった。

言ってから後悔しても、時すでに遅し。

「本当ですか!?」

嬉しそうな少女。

「剣護、大胆なこと言うなぁ」

「・・・・・・・・・だってお前、笹倉先生の差し金じゃあ・・・むげに断れないだろうが」

俺が乗ってきたことで、一夜も弾みがついたのか、楽しそうに言った。

「じゃあ、ここの道場で勾陣隊の隊士5人抜き。出来たら考えてあげるよ」


彼女の腕は、想像をはるかに超えていた。

技術はまだ荒削りだが、何よりもその敏捷な動きだ。

左右に走り回り、相手の隙を見つけては打ち込んでいく。

弾むようなリズミカルな動き、若さなのか呼吸が全く乱れない。

そして信じられない集中力。

もちろん油断もあったのだろうが、腕に覚えのある隊士たちが次々に一本をとられていく。

「ふぅん・・・」

あぐらをかいて頬杖をついて眺めていた一夜がつぶやいた。

「これは見事なもんだねぇ」

「・・・どうする一夜?」

「ま、『考えてあげる』としか言ってないし。勾陣隊は原則士官学校卒の隊士しか取れないからねぇ。その原則を曲げるとなると、総隊長にお伺い立てなきゃならないし。俺の権限ではどうにも」

初耳だった。

そんなことをごちゃごちゃ言っているうちに、4人目がきわどいところで打ち込まれ、勝敗が決してしまった。

みな、明らかに動揺している。

・・・大人気ないが、仕方ない。

「次、俺が行こうか・・・」

一度俺の顔を見ると、いたずらっぽく笑って言った。

「いや、それには及ばないよ」

立ち上がって言う。

「杏ちゃんお見事!大将は俺がやるけど、異存ないかな!?」

え!?

隊士たちも一瞬凍りついて動かない。

杏も度肝を抜かれた顔をする。

「あんた何言ってんの!?」

「俺も“勾陣隊の隊士”だもん、おかしかないだろ?」

「だって・・・あんたって・・・先生んとこの師範代なんでしょ!?」

「まぁ名ばかりの師範代だけどね」

「大人気ないわよ!!!古泉一夜!!!」

わお、呼び捨てかよ。

にやっと笑って一夜が言う。

「そうそう。大人は汚いもんだからね、杏ちゃん」


試合開始。

一夜はいつもの調子で、楽に竹刀を構えている。

一見隙だらけのようだがそれは全くのハズレで、下手に打ち込むと簡単に反撃されてしまう。静の構えが、一夜の真骨頂だ。

杏はさっきまでのように左右にテンポよく動き回っているが、軽はずみに打ち込んでいくようなことはしない。杏にはわかっているようだ。それだけでも大したものだが。

機を見計らって何回も打ち込んでいくが、全て止められてしまう。

取ろうと思えば取れるんだろうに、一夜は遊んでいるように見えた。

隊士達は固唾を飲んで見守っている。

まさか一夜が負けるとは思っていないようだが、若干不安そうな表情。

そのとき。

「でぇぇぇい!!!」

一回竹刀で床をコン、と突くと、それを合図にしたかのように

すごい勢いで杏が一夜に突っ込んでいった。

竹刀を構える真正面から。

試合を捨てたのか?

また打ち込んでいくのか、と思った次の瞬間。

ぐっと左に身をかがめると、杏は突拍子も無い行動に出た。

一夜の利き足でないほうの足(この短時間でそれに気づいたことも大したものだが)に思いっきり足払いをかけたのだ。


え?


さすがの一夜もその行動は読めなかったようで、ぐらっと体勢を崩す。

「もらった!!!」

杏が竹刀を振り下ろす。


まさか。


しかし、一夜は紙一重のところで面を狙った一撃を竹刀で受け止めていた。

しばし、沈黙が流れる。

「おいお前!!!何やってんだよ!?」

堪らず俺が問いかけると、さすがに少し荒い息をしながら杏が言った。

「剣道の試合です、なんて言わなかったもん」

「・・・お前なぁ」

「だって隊長が出てくるなんて、あんたたちそれだけでも卑怯じゃない!?」

座り込んでいた一夜が、俺と杏のやりとりを聞いていて突然笑い出した。

「何だ!?」

「いやぁ・・・傑作だと思ってさ・・・・・・」

腹を抱えてげらげら笑っている。

面をとって、怒り心頭の杏が怒鳴る。

「ちょっと!!!何がそんなにおかしいのよ!?」

「・・・ちょっと・・・待ってね・・・今落ち着くから・・・・・・」

笑いが止まらないらしい。

「あんたって人は・・・」

強気な瞳に、涙が浮かぶ。

「あたし、必死だったんだから!!!あんたみたいな人に何がわかるのよ!?」

一夜はやっと笑いが収まって、立ち上がって袴の埃を払うと、

杏に近づき、ぽんと頭に手を置いた。

「杏ちゃん、良い物見せてもらったよ・・・ありがとね」

にらみつける杏に、一夜がにっこり微笑む。

「すぐに隊士に・・・とはちょっと行かないんだけどね」

・・・こいつ何を言うつもりだろう。

「何か手伝ってもらえることがあったらお願いするからさ、ちょくちょく遊びにおいで。ただ・・・本当に入隊したいって思うんなら、ちゃんと学校に行くこと。いいかな?」

杏の顔が、ぱっと輝いた。


こんな明るい時間に訪ねてくるのなんて、珍しい。

しかも店のほうじゃなく、家に訪ねてくるなんて。

楽しそうに昨日の出来事を話している。

「多分あの子、白蓮より少し年下くらいじゃないかな?」

「・・・そうなんですか?」

妬いた!?と楽しそうに聞く。

・・・もう。

「・・・いいよね、若いって」

「はい?」

「ああいう感情って、なかなか持てなくなってしまうものだろ?思い込んだらまっしぐら、っていうかさ。大きな夢があって、それに向かって一直線に突っ走れるって、なかなか出来ることじゃないよ」

綺麗な横顔で、天井を見つめながら話す。

「一夜様にも、あったんですか?」

「俺?」

こちらをじっと見つめる。

時が止まるような気持ちになる。

ふっと表情が崩れて、笑顔になる。

「・・・残念。俺にはなかったかもしんない」


勾陣隊舎を訪れると、見慣れない少女が座っていた。

じっとこちらを見つめる。

えらく挑戦的なまなざし。

「何か御用ですか?」

・・・御用って。

「えっとぉ・・・古泉隊長はいらっしゃいます?」

「先ほど、出かけられましたけど」

・・・しまった、逃げられたか。

今日の打ち合わせ時間、やっぱり直前まで黙っていればよかった。

微妙な表情を浮かべる私に、少女が声をかけてきた。

「あなた・・・三日月藍でしょ!?」

・・・呼び捨てかよ。

「・・・そうだけど。あなたは?」

「平原杏」

「あれ?・・・あなたもしかして・・・・・・平原伍長の妹さん?」

嫌な顔をしてつぶやく。

「何で知ってんの?」

「三日月さんは何でも知ってるんだよーだ。で、あなたは何でここにいるの?」

お留守番。と彼女は言って妙な話を始めた。

一夜のやつ、またおかしなことを企んだものだ。

剣護も悪い影響を受けたとしか思えない。

「だからあなたも協力してね!」

「協力って、何を?」

「あなたって『影の総隊長』とか呼ばれてるんでしょ?早く隊士になれるように孝志郎様にお願いしてよぉ」

「影の・・・それ、力哉さんが言ってたの?」

「違うけど・・・ねえねえお願い!!!」

手合わせて拝まれても・・・

ただ、そのまっすぐな気持ちにはちょっと感心した。

あの子達の気持ちがちょっとわかるような気がした。

それに、この子。

強気で、自信満々で、好奇心いっぱいで、なんか子供の頃の私みたいだ。

「わかった!出来る限りのことはしてあげるよ」

「本当!?」

ちょっとだけ意地悪な気持ちになって言う。

「まずは入学試験かな」

「え!?」

「きっちり勉強見てあげるから、しっかり学んでよね!?」


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