Ep10 士官学校
Ep10
その日、勾陣隊の道場で剣護さんと稽古をしていると、珍客が現れた。
天一隊の高瀬聖隊長。
「やあ、右京に剣護。総隊長会議以来だね!」
さわやかに笑う。青春ドラマの教師がぴったりの高瀬隊長だ。
「あれ?今日は学校はどうしたんです?」
「鈴音に頼んである。実は右京に頼みがあってね」
周りの隊士たちをちらっと見ると、言った。
「ここじゃなんだから、騰蛇隊の詰め所に行かないかい?」
騰蛇隊舎は人払いをして、草薙さんと僕と剣護さんと藍さん、それに高瀬隊長のみ。
「実はね・・・最近士官学校に・・・・・・」
声を潜めて言う。
「・・・出る、らしいんだよ」
「出るって?一体何が?」
「オンブラ」
僕と高瀬隊長のやりとりを聞いていた他の3人も表情が厳しくなる。
「『神器』もたくさん保管してあるし、奴らが出やすい場所なのかもしれないな」
厳しい表情のまま藍さんが訊く。
「士官生に、被害は?」
「幸い今のところないね。・・・しかしいくら腕に覚えのある連中とはいえ、不安がっててね」
僕の力を借りたい、と言う。
「高瀬隊長と槌谷伍長では難しいような相手なんですか?」
「属性の問題もあってね・・・僕と鈴音の『神器』の属性は風だろ?」
以前街で見た、高瀬隊長のレイピアを思い出す。
「見た人間の証言によると、どうも火の玉とか大きな炎とか、火の化け物らしいんだよ。僕たちの力では、逆に炎上させてしまうおそれがある。校舎の間の狭いスペースでは、特に都合が悪くてね」
「ということは、右京様と片桐伍長ですね?」
藍さんが言う。
「その通り。それで出来たら騰蛇隊の誰かも一緒に来てもらえればって思ってさ」
「俺が行く」
草薙さんが言うと、剣護さんが訊いた。
「それもいいが、お前より氷の属性の藍のほうが良いかもしれないぞ?」
「似たような属性の人間ばっかり集まってもいざ別のタイプが来たときに困るだろ?」
なあ、と藍さんに言う。
「そうですね。じゃあ私はお留守番してようかな」
藍さんが剣護さんに、隊長の許可もらわなくていいんですか?と訊いた。
剣護さんが微妙な顔をする。
「あいつは・・・・・・いいんだ」
「何だよ?」
一瞬いぶかしげな顔をした草薙さんだったが、すぐにあ、とつぶやき何か納得した様子。
呆れた顔をして藍さんが言う。
「私・・・探しときます」
「・・・助かるぜ。よろしく頼む」
まったくしょうがないんだから・・・とつぶやく藍さん。
士官学校。
そこは紺青だけでなく周辺の国も含め、各地から優秀な人間が集まり、高等教育を受ける場だ。
かつて十二神将隊の隊士たちのほとんどが学んだ場所。
足を踏み入れるのは初めてだった。
鬱蒼としげった森の中にそれはあって、講義用の講堂や道場がいくつも立ち並んでいた。
休み時間らしく、多くの生徒が外におり、僕らを見ると大きな声で挨拶をする。
活気のある、利口そうな青年たち。
なつかしいな、と剣護さんがつぶやく。
「卒業してもう・・・7年になるか」
「どんな学生生活だったんですか?」
尋ねると楽しそうに答えてくれた。
「毎日刺激が沢山あって、本当に充実してたよ。俺は本当に学がなかったから、長時間の講義もつらくなかったな」
「偉いんだな、お前・・・」
草薙さんは適度にさぼっていそうなイメージ。
草薙さんも剣護さんも街の一般階級の出身なのだが、そういった中から士官学校に入るということは出世を約束されること、大変名誉なことらしい。
それを求めて毎年沢山の若者が志願する、しかしその中の一握り。
そう考えるとすごいことのように思える。
「草薙さんはどうでした?」
「俺も楽しかったぜ!?演習はえらいハードだったけどな」
「剣護さん達は草薙さんの先輩だったんですよね?」
以前会った白虎隊の内海伍長の話を思い出して、訊く。
「そうそう!こいつらマジおっかなくてよ〜。考えたら今の隊長格ばっかでつるんでたんだよなあ」
「そんなおっかなかったか?お前よく愁と揉めてたじゃないか?」
「だってあいつだけはマジむかつく・・・・・・いや、昔のことだけどよ」
「藍さんは?」
ちょっと言いよどんだが、
「あいつが一番おっかなかったんだよ・・・」
と言った。
「剣術も『神器』もめちゃくちゃ強かったし、柔術なんかも半端なかったからさ、女だからってなめてかかって半殺しになった奴も何人も見たし・・・しかもバックには孝志郎様だぜ?マジで怖かったわ」
そんなイメージは・・・
・・・いや。
なくもないかも。
「草薙くん!」
声がして、振り向くと槌谷伍長が立っていた。
「槌谷!」
嬉しそうな草薙さんの顔。
「助かったわ、あなたも来てくれるって聞いて。何かと心強いもの、同期って」
にっこり笑う槌谷伍長。
今の状況について二人が熱心に話し始めたので、剣護さんと他の所を回ってみることにした。
二人にしてあげたほうがいいのかな、と思って。
剣護さんに連れて行かれたのは、敷地のほぼ中央に位置する石造りの講義棟だった。
中には図書館や展示室、自習室などが入っている。
講義が行われるメインの建物ではないようで、人影は少ないが、歴史のある建物のようだ。
階段をずっと上っていくと、やがて大きな扉が現れて。
それを開くと、一気に視界が開けた。
他の校舎も森も一望できる屋上。
城下には高い建物が少ないので城のほうまで見渡すことが出来る。
心地よい風が吹き、静かな場所。
「すごい」
思わずつぶやくと、満足そうな表情の剣護さんが言った。
「ここは思い出の場所なんだ」
昼休み、放課後、講義の空き時間、剣護さん達はここで過ごしていたという。
一ノ瀬隊長は階下の生徒達の様子を眺めていたし、藍さんや来斗さんは本を読んでいたし、浅倉隊長は昼寝なんかしていたし、めいめい好きなことをして過ごしていたそうだが、時間が出来て一人で行っても大抵誰かいた、という。
「俺たちは色々な意味で有名人だったから、他の生徒はほとんどここに近づかなかったけど、それがかえって快適でな。一夜なんかはよく講義サボってここにいたらしい」
5,6人の若者が集うにはとても都合のいい場所のように感じられる。
ふと気になることがあって、尋ねる。
「一ノ瀬隊長は・・・どんな人でしたか?」
「孝志郎さんか?」
剣護さんは何故か一ノ瀬隊長をさん付けで呼ぶ。
なんか引け目でもあるみたいで昔はすごく嫌だった、と藍さんは言っていた。
「すごい人だったよ。横暴なところもあったし、教官ともめたりして厄介なところはあったけどな。弱いものいじめはしないし、そういうの絶対許せない人だったからみんなから恐れられつつ慕われてた。俺みたいなのも区別なく接してくれたしな」
「身分・・・ていうことですか?」
「ああ。上流階級の連中ってのは本当に嫌味で高飛車なんだ。出身をえらく気にして、紺青の庶民、ていうのより、どこか他の国の人間ていうほうがまだ対等な扱いをされる。今となっちゃ関係ないけどな、ガキの頃は嫌って言うほどそういう思いをした」
だから、強くなろう、のし上がろうと思ったと言う。
「一夜さんは、違ったんですね?」
ちょっと驚いた顔をして、すぐに笑って答えた。
「確かにそうだな!全然頭になかったぜ。そういやあいつすげえお坊ちゃまなんだよ。“三公”と比べちまうと階級的なものは下なのかもしんないけど、大きな商人なんかとも関わり深いらしくて、超金持ちなんだと。物好きで街の道場なんか通ってたけどな」
「街の道場なんかって、師範はすごい人なんでしょ?前に聞きましたけど」
「そうだけどな、あいつはもともと家で人を雇って剣術習ってたんだからそれでもよかったんだろうに、おふくろさんの強い勧めとかで。金持ちの道楽の一種なのかもしれないな」
初めて会ったときの印象は強烈だったそうだ。
一瞬、女の子かと思うほど、色白で華奢。
それなのに、当時年長の少年も打ち負かすほどの腕を持っていた剣護さんが本気でやっても叶わないほどの腕前を持っていたという。
「目が変わるんだ」
それまでのおとなしい雰囲気が、竹刀を握ると一変して、その気迫に押されて並の少年は打ち込んでいくことすらままならないほどだったという。
「今なんてもっとすごいぞ。外観ではまったくわからんからな」
「でも“気”が変わるのはわかります」
それは初めて会った時の印象だった。そして更に付け足す。
「剣術が・・・すごく好きなんじゃないでしょうか?一夜さんて」
よくわかるな、と感心した表情の剣護さん。
「ガキの頃はそれがよーくわかったぜ、目きらきらさせてさ!今じゃ想像つかないだろ?」
隊舎に詰めているとふらっと一夜が現れた。
「藍いる?」
・・・見えてるくせに、いちいち言う。
「何か御用ですか?」
「いや、剣護と右京の姿が見えなかったから、こっち来てんのかなって思ってさ」
高瀬隊長の話を簡単に説明して、嫌味のつもりで付け加えた。
「片桐伍長、古泉隊長が不在で居場所もわからないから報告できない、会ったら伝えといてくれっておっしゃってましたよ?」
隊舎にいた他の隊士たちが必死に笑いをこらえている。
しかし当人は平然と、そうかあとつぶやく。
「士官学校行ったのか、いいなあ。最近全然行ってないや」
「・・・古泉隊長は卒業されてから一度も行かれてないんじゃなかったでしたっけ?」
「それでもさぁ、楽しかったよね?講義さぼったりとか」
「・・・・・・それはあなただけです」
で、なんで龍介が行ったの?と聞いて、すぐに撤回した。
「そっか、藍なりに気を遣ったわけ?やさしいじゃん」
「・・・そんなんじゃないですけど」
昔からのことだけど、龍介は鈴音ちゃんが好きなのだ、多分。
私にもわかるくらいだから相当わかりやすい。
鈴音ちゃん当人は気づいてないらしいのが不思議だけど・・・報われない奴。
「いいよねー、若いって」
「私のほうが草薙伍長より若いんですけど?」
こないだの一件があって、ちょっといらっとして反論する。
「藍はいないの?」
は?
いつも通りの笑顔に挑戦的な感じの目。
気づくと周りの隊士たちも興味深々で私達の話をうかがっている。
面倒な話を振ってきおって・・・
こういう時は逃げるが勝ち。
「そうですねー、古泉隊長とか草薙伍長とか?池内さんとか如月さんとか那智さんとか狩野さんとか今野さんとか、素敵な方が周りにたくさん居すぎちゃって選べないです☆」
周りの隊士全員の名前を出して、満面の営業スマイルを放った。
ちょっと動揺して、でもがっかりした感じの隊士たち。
作戦成功。
しかし相手は一枚も二枚も上手だった。
「そっか。そりゃ可哀想な話だなあ」
「・・・可哀想って」
「早くいい人見つけないとね。だってもっと年齢いっちゃって、男性経験ゼロですっていうのも、何かと面倒がられるもんじゃない?」
隊士の一人が思わずふきだす。
・・・・・・この野郎。
引きつった笑顔できっぱりと言った。
「さあて、そろそろ見廻りに出ようかな!?古泉隊長もお戻りになったほうがいいんじゃないですかぁ?」
士官学校内にある、天一隊舎に集合した。
隊士達はオンブラの件があるので、みな見廻りに出ていて、人はまばらだった。
高瀬隊長が言う。
「日中の明るい時間帯はあまり目撃されてないんだが、夕刻から夜間だね」
窓の外はだんだん西日に差し掛かってきている。
不安そうな表情の槌谷伍長。
「今日は夜間演習があって・・・3年生が残る予定なんです。生徒達に何かあったら・・・と思うと気が気じゃなくて。ただ、訓練の予定も詰まってますし、それなりのプライドも持ってる子達ですから、危険だから延期しましょう・・・とは言えなくて」
演習を担当するという教官である隊士達も、横でうなずいている。
剣護さんが反論する。
「だが、夜間演習は・・・何も不安要素がなくても危険なものだろう?やはり延期にしたほうがいいんじゃないのか?」
「夜目が利かないから・・・ってことですか?」
「らしくねえな。お前危ない思いした経験でもあんのか?」
僕と草薙さんの問いかけに、横目で僕らを見て、剣護さんが言う。
「・・・愁と藍が行方不明になった」
「へえ〜あいつらが!?めっずらしい」
草薙さんは知らなかったらしい。だけど確かに意外な感じだ。
高瀬隊長がそれは、と笑って言う。
「4年の校外での実習の話だろ?都の敷地を離れて、山の中で実戦訓練したときの」
「そりゃそうですが・・・」
「オンブラの程度にもよるけど、もし遭遇したとしても、士官生達にはいい経験になるんじゃないかと思ってるんだよね、僕自身は。ただ、想定外の事態を考えると援軍がいてくれたほうが心強いと思ってさ」
「じゃあ、僕らは具体的に何をしたらいいんですか?」
「見廻りは天一隊のほうでやるから、何かあったときのために、詰めててもらえるかな?興味があったら訓練の見学しててくれてもいいしさ」
毅然とした態度で士官生に号令をかける槌谷伍長。
生徒たちは一糸乱れぬ動作で、武器を構えたり、整列をしたり。
周囲で見ている教官達は手間取っている生徒に指示を出したり、激を飛ばしたりしている。
一見、軍隊的な。
いや、彼らは軍人になるのだから、その印象で間違いないのだろう。
でも、横の草薙さんなんかを見ていると、よくこれに耐えてたな・・・と思ってしまう。
それに耐えながらも、飼いならされることのない、強い個性と『神力』と自身の強さに裏づけされたプライドを持っている人間。
そういった人間が十二神将隊に求められるのかもしれない。
「槌谷伍長、かっこいいですね」
そうだろ?と草薙さんは満足そうだ。
「あいつは同期の女の中では抜群にできたからな。天一隊の伍長、って聞いたときはやっぱりなって思ったぜ」
「それに、綺麗な方ですよね」
「そうそう、三日月とはまたタイプが違ってるけどな」
「草薙さんは槌谷伍長の方が、タイプでしょ?」
ぎょっとした顔をして僕を見る。
ひひひ、と笑うと、いきなりヘッドロックされた。
お前ら訓練中なんだぞ、と言う真面目な剣護さん。
その時だ。
敷地内の離れたところで大きな音がした。
地面が大きく揺れる。地面が裂けるような音。
「何だ!?」
冷静な高瀬隊長がよく通る声で指示を飛ばしている。
「僕が行ってくる!鈴音達は生徒達を頼んだぞ!」
「はい!!!」
隊士たちが返事をする。
「待ってください、自分も行きます!」
右京たちはここにいろ、と言って剣護さんが走って行った。
「槌谷!これは!?」
「こんなこと・・・初めてよ。一体何が・・・・・・」
地面が大きく裂け、そこから現れたのは炎に包まれた大蛇だった。
「今までのオンブラは・・・こいつの前兆だったのか・・・」
立ち尽くす高瀬さん。
「騰蛇隊に援軍を要請したのはハズレだったんじゃないですか?」
「そんな冗談を言ってる場合じゃないだろう!?」
若干混乱している様子。珍しいことだ。
天一隊はなんといっても実戦から遠いところにいる。
「隊士たちみな下がれ!!!」
ここは実戦に慣れた自分が行くのが良策だろう。
実体のあるものなら、なんとかなる。
背中の刀を抜く。
水を帯びたようにつややかな光を放つ『蛍丸』。
構える。
大蛇はじっと俺を睨む。
じりじりと間をつめると、むこうが根負けした様子。
飛びかかってきた。
相手が仕留めたと油断するくらいぎりぎりまで引き寄せて、地面を蹴ってそれをかわす。
そして頭に向けて一太刀。
しかし素早い。少しかすった程度だ。
叫び声をあげて、怒り狂った様子で大きく裂けた口を開くと、炎の塊を吐き出した。
『蛍丸』でそれを受け止めると、水の防御壁があらわれ、炎を吹き飛ばす。
再度構えようとしたとき、背中に大きな衝撃。
大蛇の尻尾に弾かれて、前に大きく飛ばされる。
とっさに受身を取るが、岩に叩きつけられる。
肩に重い痛み。
「・・・やるじゃねえか、化け物」
再度構えて大きく跳躍する。
大蛇は首をもたげると、ゆらっと首を振った。
その次の瞬間炎を吐き、それが腹部に直撃した。
「うっ!!!」
地面にまた叩きつけられる。
こっちが動くと、それに素早く反応して先に炎の塊が飛んでくる。
二回に一回は、かすったり、直撃を受けたり。
だんだん疲労ばかりが増していく。
その時、大蛇が吐いた大きな炎で数本の木々が一気に炎上した。
「隊長!!!」
隊士が悲鳴をあげる。
高瀬隊長は炎が燃え広がろうとする木々の間に立って、『ジュワユーズ』を構えた。
『シルフィード』!
風が巻き起こり、火をかき消そうとする。
しかし、勢いが強すぎる。
レイピアを構えたまま、炎の増幅を食い止めるのが精一杯の高瀬隊長。
隊士達が俺の加勢をしようと、駆け出してこようとするのを一喝した。
「来るな!!!」
彼らは『神器』を持っていない。
こいつは生身の人間の力で敵う相手じゃない。
足を引きずりながら再度構える。
ぐっと身をかがめる。
・・・次こそ。
突進しようと体を起こした瞬間。
大蛇の頭が猛スピードで襲い掛かり、俺を吹っ飛ばした。
士官生たちの悲鳴。
傍にあった古井戸何十匹ものワニのような生き物。
めらめらと燃えながら、猛スピードで突進してくる。
『水鏡』を構えた。
『水天』!
唱えると刀の周りに水の大きなバリアが出来て、周囲の人間を守るように広がった。
「いいぞ右京!!!」
ガッツポーズする草薙さん。
しかし、一人。
皆と少し離れたところにいた士官生が取り残されてしまう。
「あ!!!」
ワニの大群は、一度バリアに弾かれ、そのまま体勢を立て直すと、
彼に向かって突進していく。
少し距離をとってぴた、と静止したが。
一斉に口を開けると、炎を吹いた。
「うわあああああ!!!!!」
しかし、直撃を受けたのは彼ではなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・うっ・・・・・・」
黒く焼かれて崩れ落ちる人影。
それは・・・・・・
「槌谷!!!」
『雷電』を抜くと、向かってくるワニを振り払いながら駆け寄る草薙さん。
槌谷伍長は、士官生をかばうために僕らの背後から走り出ていっていたのだ。
草薙さんが抱きかかえると、ひどい火傷にうめき声をあげる、槌谷伍長。
「槌谷ぁ〜・・・・・・」
「・・・・・・くさ・・・なぎ・・・くん。・・・・・・彼を・・・・・・・・・安全な・・・ところに」
「・・・・・・」
言葉の無い、草薙さん。
槌谷伍長を抱きかかえたまま、うなだれてしばらく動かない。
ワニはまた一団を成し、第二波を放とうとしている。
「草薙さん!」
動かない。
「・・・・・・てめぇら」
槌谷伍長を静かに地面に横たえる。
そして、きっ、とにらみつける。
「・・・・・・ぜってえ許さねえ!!!!!」
昔の夢を見ていた。
士官学校4年の最後の剣術の講義。
それは客を入れての剣道のトーナメント戦だった。
決勝を前に、15分の休憩。
俺は準決勝で孝志郎さんに完敗し、うなだれていた。
『剣護、おしかったなぁ』
見上げると、一夜の姿があった。
『全然惜しくねえよ。完敗だ』
『そうかな?よくやってたと思ったけど?』
一夜にしては珍しい社交辞令的な慰めの言葉に、俺は深く傷ついた。
どう攻めても動きを読まれてしまう。
最後にここだ!と狙った瞬間。
先に放たれた孝志郎さんの竹刀に、鮮やかな一本を取られてしまった。
『ったく、せっかく愁に勝ったってのに、こんなぼろ負けするとは思わなかったぜ』
『そうだなあ。藍も早い段階で孝志郎にやられちゃったし、面白みに欠けるな』
他人事のようにつぶやくが、孝志郎さんの決勝の相手は誰であろう、一夜本人なのだ。
『剣護の剣はアツすぎるんだよ』
楽しそうに笑って言う。
『動く前に動くぞ!って気配がするから、相手に読まれちゃうんだ』
『・・・・・・じゃあ動く前に動くぞ!って気配がしないようになんて、出来んのかよ?』
くすっと笑って言う。
『やってみるよ』
こいつ、孝志郎さんに勝つ気なんだ。
『お前・・・自信あんのか?』
ない!とあっけらかんと言う。
『ない、けどさ。孝志郎が優勝じゃ、面白くないじゃん』
『面白いも何もお前・・・』
『それに、こんなチャンス、めったにないだろ?』
チャンス?
『王も見てる。“三公”だって。それに・・・うちの親父も』
実は俺、勾陣隊に入ろうと思って。
それは初めて聞く話だった。
『親父がもう、大反対でさぁ』
『そらそうだろ、俺もお前は大学校に行くって思ってたぜ。試験受かったんだろ?』
『タテマエ上受けたけどね。親父も箔がつくから行くなら大学校まで行け、そいで官僚になれって言うんだな』
それは上流階級の親のごく当たり前の感覚だろう。
『俺は学者になる気も役人になる気もないもん。絶対嫌だよ。だからさ・・・』
ここで剣術を周囲にアピールしたいのだ、と言う。
そんなことを言う一夜はとても珍しい。
ただの道楽息子じゃないんだという、ささやかな反抗。
意外な一面を見た気がして、俺はなんだか深く感動してしまった。
『頑張れよ一夜!!!』
『・・・?』
きょとんとした顔をして、すぐに笑って言った。
『まあ、見ててよ』
決勝戦は、歴史に残るものだった。
両者向き合ったまま、微動だにしない。
張り詰めた緊張感が漂う。
しかし、いつ仕掛けていってもおかしくない様子の孝志郎さんに対し、一夜はリラックスしきっているように見えた。
試合時間残り10秒。
そのとき。
孝志郎さんが動いた。
一夜は・・・まだ動かない。
勝敗が決した・・・と誰もが思った瞬間。
一夜の竹刀が小気味良い音を立てて孝志郎さんの胴を打っていた。
一瞬静まり返る会場。
『一本!』
審判の声がかかり、堰をきったように歓声が沸き起こった。
俺の袖を横から引っ張る気配。
『剣護・・・・・・今の・・・何???』
それは大きな目を更に丸く見開いた藍だった。
初動が全くわからなかった、と言う。
『わからん・・・よくわからんが・・・』
あいつは俺との約束を果たしたというわけだ。
「片桐ー!!!」
気がつくと、大蛇の口から放たれた炎が目の前に迫っていた。
咄嗟に『蛍丸』を構え、炎からかろうじて身を守る。
眠ってたのか。
一体どのくらい経ったのだろう。
でも、ヒントをもらったからよしとしよう。
大蛇が口を開けて迫ってくる。
目を閉じた。
気配を感じる。
まだだ。
まだ。
「片桐!!!」
今だ。
『蛍丸』を突き刺す。
目を開いて、唱える。
『水刃』!
飲み込まれる半歩手前、『蛍丸』から放たれた水の刃は、大蛇の頭を貫通した。
「おおおおおーーー!!!」
『雷電』を空に向けて高く掲げる草薙さん。
暗く重い雲がその頭上に垂れ込めて、稲光が幾筋も『雷電』に集まる。
ものすごい轟音がして、草薙さんは怒鳴った。
『タケミカヅチ』!!!
『雷電』の先から目がくらむほどの雷光。
そしてワニの集団に命中した。
ギャァァァァァ―――!!!!!
すさまじい叫び声をあげて、ワニ達は地面に折り重なり。
やがて、ふっ、と消え去った。
後日。
天后隊の詰め所であるところの、街の病院。
「いらっしゃい!」
ベッドの上で槌谷伍長が微笑んでいる。
「こんにちは!具合はいかがですか?」
「おかげさまで、かなりよくなったみたい」
一緒に来ていた草薙さんは、目を潤ませている。
「お前ってやつはもう・・・心配かけやがってよぉ・・・」
「・・・ごめんね」
よっ、と言いながら宇治原伍長が病室に現れた。
「槌谷、だいぶええみたいやない?」
「はい!・・・ありがとうございました」
あの後、すぐに駆けつけた天后隊によって病院に搬送された槌谷伍長。
全身大火傷で、呼吸もままならない。
名前を呼びながら体を揺すっている草薙さんを制する声。
「こら、重症患者をむやみに動かすな」
宇治原伍長だった。
下がって、と僕らに指示すると、懐から小さな剣のようなものを取り出した。
蛇が二本巻きついたような鞘。
剣を抜くことなく、鞘に納めたまま槌谷伍長の上にかざす。
『ヒール』
唱えると、槌谷伍長の体から黄色い光が放たれ、その剣に集まり。
増幅されてまた槌谷伍長の体に戻る。
すると、火傷がだんだん癒えていった。
そして、苦痛に歪んでいた顔が、穏やかになる頃、
「よっしゃ、これで応急処置終了。搬送するで」
宇治原伍長が淡々とした声で天后隊士たちに指示をした。
「『ケリュケイオン』の力って・・・すごいんですね」
僕が言うと、まあな、と平然と答える。
「使う相手の『神力』によるんやけどな。槌谷の『神力』が高かったさかい、あないに簡単に火傷も回復したんやけど、もし違ってたら正直わからんかったわ」
「『神力』に・・・反応するんですか?」
「そや?やってみたことはないねんけど・・・人も生き返らすらしい」
「マジ!?」
草薙さんが素っ頓狂な声をあげる。
「人間が息せんようになっても、『神力』はしばらく残るんやて。その代わり『神力』のごっつ高い人間やないと、そうはいかへんみたいやけどな」
「すげぇ・・・」
槌谷伍長は、無邪気な反応を示している僕らを優しげに見つめていた。
「草薙くん、ありがとね」
「な・・・なんだよ、改まって」
「あなたがいてくれなかったら・・・」
「なぁに言ってんだよ!たいしたことねぇって。気にすんな!」
照れて笑う草薙さん。
僕は先にお暇しようかな、と思ったそのとき。
「鈴音!?」
病室に飛び込んできたのは、なんと
白虎隊の内海伍長。
「内海くん!」
「ちょうど状況報告のために戻ったら、鈴音が入院してるって聞いて・・・」
走って駆けつけたらしく、息があがっている。
そういえば、この3人は孝志郎さん達の一期下で、同級生だったはず。
「心配したんだぜ!?傷の具合はどうなんだ?」
「・・・ありがとう。もうだいぶ」
「そっかあ、よかった!」
ほっとした笑顔の内海伍長。
「来てくれるなんて思ってなかったからびっくりしちゃった。でも・・・すごく嬉しい」
安心しきった表情で笑う槌谷伍長。
・・・・・・これは?
「行くぞ」
背中をどん、と小突かれて草薙さんを見ると、ひどく寂しそうな顔をしている。
「じゃあ、槌谷!俺達そろそろ行くわ」
「え!?せっかく3人揃ったのに・・・」
「いやぁ、久々に蔵人に会えたのはマジで嬉しいんだけどよ!これから会議でさ」
「そうなのか!?・・・残念だなあ」
「んじゃ、また今度、ゆっくりな」
力いっぱいの空元気を振り絞って満面の笑みを浮かべて、病室を出て行く。
慌てて僕もぺこっと頭を下げて後を追った。
街を歩きながら、しばらく無言だった草薙さんがにっこり笑って言う。
「右京、今日は・・・飲みにでも行くか!?」
会議の予定なんかなかったくせに。
「草薙さん・・・」
「何だ!?」
「・・・・・・・・・・・・草薙さん切ねえ!!!」
「うるせえ!!!」
その後は今日はどっちのおごり、という話をしながら隊舎に戻った。