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Ep1 紺青

燕支(えんじ)国を出発して1ヶ月、ようやく辿り着いた目的の地で、僕は猛烈に後悔していた。

宗主国である紺青(こんじょう)国は現在も領地を拡大する政策をとっており、防衛のための兵士が不足している状態が続いている。こうやって属国の皇子がその役目のため、呼び出されることも最近では珍しくないと聞いている。

10人の兄弟たちの中で一番若く武芸にも自信がある、ということで僕が選ばれたところまでは、さして疑問も抱かなかった。

しかし・・・・・

「ここでしばし待つよう」

とだけ使いのものに言いつけられたまま、もう1時間ちかく経っただろうか。

東の蛮族の若造・・・って扱いなわけだ。一方でこの命令には、人質という意味もあるのかもしれない。自分のいなくなった燕支の戦力を考えると気が重くなる。

そのときだった。


背後に気配がした。

と思ったのと長いサーベルが降りかかってきたのと、護身用の脇差でそれを払うのがほぼ同時。

前方に飛んで身を翻し相手に向き直ると、体勢を立て直して反撃。

相手の剣が飛んだ。

懐に飛び込んで首に脇差を突きつけ、動きを封じる。

「何者だ!?」

相手は両手を挙げて降参のポーズをとると言った。

「橘右京、さすがだな」

背格好は僕とさして変わらない。若い男のようだ。

「突然こんなことしといてなんだけど・・・それどけてくんない?」


前方の御簾(みす)の影から拍手が聞こえた。続けて凛とした女性の声。

「見事です。右京さま」

「な・・・何なんです、あなたたちは!?」

僕は脇差をしまうと、改めて男をにらんで言った。

「突然の無礼失礼した。私は草薙龍介(りょうすけ)と申す。あちらにおわすのは紺青国一の姫、霞様だ」

再び御簾の影から女性の声がする。

「大変失礼をいたしました、右京さま。あなたは三国一の剣の達人と伺いました。先の桧皮(ひわだ)での内乱の時も一人で100の桧皮勢を制圧したとか。とはいえ、その話も噂の域を出ない・・・実力を確かめさせて欲しい、とこの草薙達が申し出たものですから」

「・・・それでいきなり、これですか」

草薙を見ると、不貞腐(ふてくさ)れたようによそ見をしている。

「本当に申し訳ありませんでした・・・悪ふざけが過ぎたと反省しております。先ほどは簡単に制されてしまいましたが、この草薙は十二神将隊騰蛇壱番隊の伍長をしておりまして」

十二神将隊―――確か、紺青の国王直属の近衛隊であり、最高の精鋭部隊、だったはずだ。

この国は広い領土を治めるために巨大な軍事力を必要としている。各国に駐留している紺青の兵士も多いが、数多の兵士の中から選び抜かれた十二神将隊がそれらを束ね、属国を統制しているのだ。

「本当に・・・お強いのですね」

「私など試してどうしようと思われたのです?紺青は十二神将隊を始め精鋭ぞろいのはず、私のような者は不要ではありませんか。王は一体どちらに・・・」

「父なら、亡くなりました」


あまりにあっさり言い放つ霞姫におどろいて声もでなかった。

僕は「王の勅命」で紺青に呼ばれたはず。

「一月ほどになりますでしょうか、何者かによって暗殺されました。不吉な気配を感じて父はあなたを呼んだようなのですが、手遅れになってしまった・・・」

少しトーンが落ちる。

霞姫は確か僕と同じ年だったはずだ。

気丈に振舞っていてもやはり一ヶ月じゃ心の整理はつかない、というところかもしれない。

「オンブラと呼ばれるものの仕業ではないかと考えています」

「オンブラって・・・伝説の?」

オンブラは昔話にある、幽霊の類だ。不思議な力を持っていて、人を取り殺したりその姿を変えてしまったりするらしい。その他にも人に憑依して様々な災いをもたらすという。

でも・・・・・・そんなもの、実在するわけないじゃないか。

「本気でそうお考えなのですか?」

「疑うお気持ちはわかります。しかし・・・オンブラは他にも災いを残していったのです」

草薙も横から言う。

「王が襲われたとき、霞様も一緒にいらっしゃってな・・・」

「姫も、襲われたのですか?」

御簾が静かに動く。

「ここで見たことは他言無用でお願いいたしますね・・・」

御簾の影から現れたのは・・・・・・

1匹の黒猫だった。


「驚いたか?」

「・・・・・・驚きました」

「だよなあ?俺も初めてみたときは自分の目を疑ったぜ」

姫の叫び声を聞いて草薙が隊士数人と駆けつけたとき、既に賊の姿はなかったという。

血の海に横たわる国王。そして、その返り血を浴びて血まみれになっている黒猫。

国王が木の枝のようなもので串刺しにされていた。

否、枝が体の中から突き出ているようだったのだ。

その異様な光景に誰も声を上げることが出来ないでいるところに、姫の声。

「草薙・・・私です」

それは確かに霞姫の声・・・しかし、それを発しているのはその、血の滴る黒猫だったのだ。

「あんときはもう、ぞーっと鳥肌が立ったぜ。でも慣れてくるとなんかもう、おかしくってな。確かに姫はかわいらしいお方だったぜ!?でも・・・あーんなかわいい姿になっちまうなんてよぉ」

宮殿の廊下を歩きながら楽しそうにそんな話をする草薙に言葉も出ない。

すごい神経の持ち主なんだろう、この人。

というよりそういう図太い人間じゃなきゃ、きっとエリート中のエリート騰蛇(とうだ)隊の伍長なんて勤まらないのかもしれない。

銀色の短髪に赤い瞳。年は20代半ばくらいか。服は墨で染めたような真っ黒なつなぎで、夜露死苦って字が似合いそうだ。実際は背には『壱』という字が染め抜かれている。さっきのサーベルは鈍い銀色で竜が描かれた鞘に収められ、腰に差されている。

好奇心にきらきら輝く瞳。先ほどの失態などもうすっかり忘れてしまった様子だ。

よそ者で面白そうな奴の世話役を仰せつかったことが、嬉しくて仕方がないのだろう。

「草薙伍長、僕は一体何をすればいいんですか?」

「まあ、そのうちちゃんと話すからよ。この国に慣れるまでは、騰蛇隊預りってことでよろしく頼むわ。それと、俺のことは龍介でいいぜ。」

「草薙さん、で勘弁してください・・・」


『騰蛇』という看板のかかった隊舎に入ると、中にいた10人ほどが一斉に起立し、敬礼した。剣術武術の最精鋭部隊。草薙さんとは違って、大男ばかりだ。

「伍長!お帰りなさい!」

「おう、ただいま帰った」

なんでもなさそうに草薙さんは笑う。

「三日月はどうした?」

「三日月さんなら、先ほど霧江様とお出かけになりましたが・・・」

「そっか・・・何やってんだーあいつ!留守頼むっつったじゃねーか。肝心なときはいつもこうなんだからなあ」

「それが・・・霧江様がお散歩に行かれる際の護衛にどうしても三日月さんをと・・・」

「そうだよなあ、霧江さまのお気に入りだもんなあ三日月は」

霧江は確か霞様の妹、二の姫であったはず。

「三日月さんていうのは?」

「ああ、騰蛇隊の秘書ってところかな。役にはついてないんだが、姫様方の信頼も厚く隊長方にも一目置かれてんだ。強いし頭は切れるしな」

「すごいんですね」

「そうそう、見た目すげーべっぴんだけど、怒るともう、すげーぞ」

「べっぴん・・・って」

女性なんですか?と聞こうとしたとき、入り口から声がした。

「お褒めに預かって光栄です伍長、お帰りなさいませ?」

ぎくっ!とわかりやすく慌てた様子で草薙さんが振り返る。

「おっ・・・・と三日月・・・・・・帰ってたんだな・・・」

「何か内緒話をしていらっしゃるようでしたので、遠慮して外におりました」

長い黒髪を頭の高いところで一つに束ねている。小太刀二刀流なのか2本の小太刀を脇にさしている。

この国の人は洋装だったり和装だったりするようだが、彼女は薄紅色の着物に濃紺の袴。

一瞬息を呑むような美人だが、隙のない武人のたたずまいである。

「こちらが右京様ですね!?」

黒い大きな目を見開いてこちらを見つめるので、ちょっとどぎまぎした。

「こら、珍しがってじろじろ見るんじゃねえの!怯えてんじゃねーか」

「そんなことないと思いますけど?・・・でも失礼しました右京さま。私騰蛇隊士の三日月藍(らん)と申します」

「燕支の第10王子、橘右京です。今日からしばらくこちらでお世話になることになりました。よろしくお願いします」

頭を下げると、ぽんっと両肩を叩かれる。

「そんなお世話だなんてお気になさらないでください。むしろ我々のほうが右京様のお力をお借りするんですから」

彼女は少し首をかしげてにっこり笑う。

「よろしくお願いいたします」


藍さんの号令で全員が集められる。

好奇の目、目・・・・・小さくため息をつく。

これからうんざりするくらいこの洗礼を受けるのだろう。

「右京様、騰蛇とは火を司る蛇の神を意味しています。この隊は精鋭部隊である十二神将の中でも最も優秀な隊で、ごく限られたものだけが入隊を許されるんです。王の最も傍におつかえしてお守りすることと、他の隊の監督をして十二神将隊全体を統率することが主な仕事になっています」

みんなの方を見ながら説明する藍さんは誇らしげな様子。

草薙さんが隊士に向かって言う。

「いいかみんな、右京はうちの客だ。剣術の腕前については知ってのとおりだが、慣れない土地で分からないことも多いだろうから色々教えてやってくれ。ま、稽古をつけてもらうのはいいが・・・喧嘩は売るんじゃねーぞ!」

にやっと笑う草薙さんに、しれっと藍さんが付け足す。

「草薙伍長も敵わなかったそうですもんね」

「・・・・・・み、三日月」

隊士たちがざわつくのを得意げに見渡すと、もう一言。

「私も是非稽古つけていただきたいです。最近は日々の稽古も単調になってしまって」

「三日月さん、それは我々が全く駄目だというように聞こえますが・・・・・」

最前列にいた大男の隊士が言うと

「あら、ごめんなさい!そんなつもりはなかったんですけど・・・」

いたずらっぽく笑う。この人は随分人を扱うのが上手そうだと思う。


隊士たちは解散し、「お茶でも淹れてきます」と藍さんもどこかへいってしまい、また草薙さんと二人になった。

「なんだかすごいですね」

「だろー?めちゃくちゃ頭の回転は速いし人当たりもいいし、顔とかスタイルもいいもんだから、隊を超えてファンクラブとかあるくらいなんだぜ」

声を潜めて言う。

「ったく、外面はいいんだよあいつは」

「藍さんのことじゃなくて・・・」

「あっ・・・そーなの?」

「・・・でも、藍さんのことでもいいです。なんか平の隊士とか言ってましたけど、他の人達より上っていう印象でした」

「そりゃ当たりだな」

草薙さんの話によると、今遠征に出ている騰蛇隊長の幼馴染であり、姫達からの信頼も厚い藍さんは、騰蛇隊長と中央との連絡係を任されているらしい。騰蛇隊長は十二神将隊の総隊長も兼ねるポジションなので、その代行のような役割もしているらしい。

「『影の総隊長』とか呼んでる奴らもいるよ」

また、ぼそっとつぶやく。

「黙ってりゃかわいいんだけどなあいつ」


「くしゅん!」

お茶の載ったお盆をひっくり返しそうになって焦る。誰かの噂だろうか。

それにしても橘右京。

霞さまによるとあの草薙伍長を一瞬で制したらしい。小柄でまだあどけない様子が残るが、噂どおりの剣客ということか。

であるとすれば・・・・・

あのまっすぐな瞳。出来ることなら巻き込みたくはないけど・・・。

隊舎前の大樹の陰に人影。

ため息をついてしまう・・・まだいたのか。

「愁くん・・・何してるの?」

ぎょっと振り向いて焦った笑顔を浮かべる。

「・・・・・・いやぁ見つかってもうたなあ・・・さすが藍はんやね」

「ったくそういう問題じゃないでしょ。そんなところで見てないで堂々と挨拶に来ればいいじゃない?そういう立場の人でしょあなたは」

力なく笑いながら言う。

「そらそーなんやけどな、なんか癪やんか。田舎の王子さんがお越しになって、珍しいから言うてこっちからのこのこ出ばって行ったらやな・・・」

ぐっと低い声で言う。

「なめられるやんか」

どっと疲れる・・・いつもこうなんだから。

「そんなことございません!後できちんとご挨拶には伺いますから、お待ちくださいな」

「ちょっと藍はん・・・怒ったん?・・・んなのちょっと大げさに言うただけやんか」

「ここは騰蛇隊の隊舎ですので」

営業スマイルできっぱり言う。

「お忙しいでしょうから、御用がないならお帰りください、浅倉朱雀(すざく)弐番隊長?」


今日は色々あって疲れたから、と他の隊や王宮を案内してくれるというのを丁寧に辞退して、通された客用の寝室でベッドに倒れこむ。

紺青国。王の死。猫になった霞姫。

十二神将隊。

城下を守り全体を束ねる(とう)()壱番隊。

南方を守る朱雀(すざく)弐番隊。

隠密(おんみつ)活動を得意とする六合(りくごう)参番隊。

剣術のスペシャリストである勾陣(こうちん)四番隊。

東方を守り、異国民の部隊である(せい)(りゅう)五番隊。

隊士の育成にあたる(てん)(いつ)六番隊。

医療全般をつかさどる(てん)(こう)七番隊。

格闘系の猛者が集められた太陰(だいおん)八番隊。

北方の反逆分子を押さえることを主目的とした(げん)()九番隊。

司法をつかさどる大裳(たいじょう)十番隊。

西方への開拓を統率する白虎(びゃっこ)十一番隊。

参謀の役割を担う天空(てんくう)十二番隊。

それを中心とした組織化された大きな軍隊をもってしても、止めることは出来なかった。

オンブラ。

一体僕は何のためにここに呼ばれたのだろうか。


『教えてやろう』

声に驚いてベッドから跳ね起きる。

「誰だ!?」

『窓の外を見てみろ』

警戒しながら窓に近づくと、その先には王宮の中庭がある。

月明かりに照らされて歩いているのは一匹の猫。

・・・・・・霞姫だった。

目はうつろで、なぜか2本足で歩いている。

さっきは普通の猫みたいに4本足で立っていたはずだが・・・

その先には青白く光る火の玉のようなものがあった。

どうしようか。

ここは2階、飛び降りたほうが近い。

「霞さま!!!」

叫ぶと同時に飛び降りて、着地。

霞姫ははっとした顔でこちらを見ると、ふらっとバランスを崩し倒れそうになった。

それを受け止めようと走りよったそのとき。

『なぜ邪魔をする』

怒声が中庭に響き渡った。

火の玉が霞姫を包み、猛スピードで霞姫を中庭から宮殿奥の建物に運んでいく。

「霞さま!!!」

「右京さま!!!」

火の玉の後を追う。

まさかあれが・・・・・・オンブラなのか?


奥の建物は小さな聖堂だった。

小さな台が一つあり、その上に霞姫を包んだ炎は浮かんでいる。

「お前は・・・オンブラなのか!?」

『いかにも、お前たちがそのように呼ぶ者だ』

「姫をどうするつもりだ!?」

『以前この娘の父親を殺したときに、この娘をさらってくることができなかった』

「さらう・・・だと!?」

『この娘の大きな力が必要だ。だから再びやってきたまで』

「右京様気をつけてください!」

霞姫の悲痛な声が響く。

「さっきの騒動で多分騰蛇隊の人も気づいたはずだ。逃げられるものか!」

『・・・・・・それはどうかな?』

その時、背後で爆発音が響く。

振り返ると中庭の木々が勢いよく燃えている。

火事を知らせる鐘が鳴り響き、中庭に人々が集まりこちらに気づく気配はない。

「!」

地面が揺れた。

聖堂も轟音とともに炎に包まれると地面から岩の塊が現れた。

それがだんだん人型を成し、こちらへ向かってくる。

剣を構えようとしたとき、それまでのゆっくりとした動きから急に速度を上げ体当たりしてきた。

「うわっ」

防御の姿勢をとるが、吹っ飛ばされる。

壁に叩きつけられ、一瞬息が詰まる。

「右京様!!!」


「火事だ!全員中庭へ!」

けたたましい鐘の音と共に隊士の叫び声が響き渡っている。

「なんなんだよ一体」

剣を装備して現場に向かうところに三日月が走りよってきた。

「伍長!!!状況は!?」

「まだわかんね。急だったからな・・・雷とかでもなさそうだし、何者かに仕組まれた可能性が高いな」

タバコに火をつけると、いかにも不快そうに眉をひそめる。

「タバコ・・・・・・やめてくださいね」

「なんだよ」

「緊急時なんですから」

「これも一種の精神統一」

「体に悪いですよ、伍長。背が伸びなくなっちゃいますから」

「背はもう・・・関係ないだろうが」

場が混乱していればいるほど仕切る人間は冷静で平常心でいなければならない、ということは隊長から教わった。三日月も同じ側の人間だから、こんな時にこんなやりとりもあるというわけだ。

「姫達の様子は?」

「霞様の姿が見当たりません・・・」

タバコをくわえて大きく吸い込む。

「オンブラの仕業でしょうか?」

「さあな」

ふうっと息を吐いて、タバコをもみ消す。

「その可能性は低くないな」

「伍長!!!三日月さん!!!こちらです!!!」

隊士の呼ぶ声がする。

三日月は前髪をかき上げため息をつくと、隊士に返事をした。

「右京は大丈夫かな」


苦戦の様相を呈していた。

岩男は手から炎の塊を放ってくる。そして体当たり。

だんだん動きが読めるようになりなんとかかわせるようになってきたものの、強固なボディに一太刀も浴びせることが出来ない。

最初は刀を振るうことがけん制になっていたが、効かないことが相手に分かってしまったらしく、今は刀を気にすることなく迫ってくる。

どうしたら。

霞姫は台座の上でしきりに火の玉に抵抗している。

しかし僕を呼ぶ声に疲労が感じ取れるようになってきた。

意識を失ったら、もうそのまま連れ去られてしまうだろう。

・・・そうだ、さっきの声。

その時、一瞬の隙を突いて岩男の拳がボディに直撃した。

また吹っ飛ばされて台座の裏側の壁に激突する。

「ぐっ・・・」

『・・・・・・橘右京』

うずくまった僕の下の床が一箇所青く光った。

『私の名を呼べ』

「・・・お前は・・・・・・さっきの・・・」

『ずっとそなたを待っておった。私の力を使うがよい』

「・・・名前・・・・・・力」

炎の塊が飛んできて、防御の甲斐なく爆風に再度叩きつけられる。

岩男が迫る。

その背後には霞姫の姿。

父親を殺され、訳の分からぬ化け物に狙われている、可哀想な姫の姿。

あの人を・・・守らなければ。


『右京、男子たるものいざって時は戦わなきゃならないんだぞ』

それは遠い記憶。

『いざって、どんな時?』

『そうだなあ・・・・・・・・・例えば』


誰かを守らなきゃならない時だ。

それが頭をよぎった瞬間。

口をついて出た言葉。

「『水鏡(みずかがみ)』・・・」


鎮火に奔走(ほんそう)する隊士に指示を飛ばしながら走り回る。

「忙しそうじゃん藍」

着流しの男が宮殿の2階窓から声をかけてくる。

一夜(いちや)〜、暇なら手伝ってよ!!!」

「勾陣隊には要請来て無いけど?」

「そういう問題じゃないでしょ!!!緊急時って言葉知ってる!?」

目を細めて楽しそうな顔をする。

「その辺の木が燃え尽きれば火は(しず)まるんじゃない?」

睨む私に、少し眉を吊り上げて依然同じ笑顔のまま続ける。

「それより大事なことが、この火事に目くらましされてるんじゃないかと思うんだけど」

はっとした。

霞さま。

あの聖堂か?

がんばってね、などと手を振っている一夜を横目に聖堂へ向かって走った。

聖堂も火に包まれている。

「伍長!草薙伍長!!」

草薙伍長を探す。

「どうした三日月!?」

「あの聖堂へ・・・」

指差して怒鳴っている最中に、聖堂が青い光に包まれた。

目がくらむほどの光。

「これは・・・・・・」

中へ入ると右京さまが岩で出来た巨人と戦っていた。

その手には、青く光る刀。

さっきまで腰にさしていたのとは違うが、まるでずっと愛用している刀のような刀さばきだ。

巨人の放つ火の玉を刀で跳ね返し、懐に飛び込んで攻撃。

しかしダメージは与えているようものの、致命傷には至らない様子。

「右京さま!!!」

「右京!!!」

相当長い戦いのようで右京さまは疲労困憊の様子だ。

しかし目は死んでない。まっすぐに敵を見据えている。

その時、背後から声がした。

「『水無月(みなづき)』だ、橘右京」

それを受けて右京さまが叫ぶ。

『水無月』!!!

すると

剣から青く光る水柱が放たれ巨人を貫いた。

ものすごい轟音をたてて巨人は崩れていく。

右京さまは台座のほうへ向き直ると、姫の名を呼んだ。

それまで霞姫を包んでいた青白い炎が消え、ゆっくりと姫が台座に着地する。

『また邪魔が入ったか』

火の玉が私たちの頭上を通り過ぎると外へ、そして空へ消えていった。

『またいずれまいろう』

騒ぎに集まった隊士や、姫のお付の人たちが聖堂の中へなだれ込む。

右京さまはそのままその場に崩れこんだ。

霞姫もそのまま気を失っているようだ。

その時、やっと気づいた。

鳥肌が立つ。

あの刀は『水鏡』・・・


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