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霧蜘蛛(きくも)


場所   目黒

時間   12月初旬 午後10時ごろ

遭遇者  沼田 あやめ(11才)

妖怪   鵜乙女うおとめ

     霧蜘蛛きくも


 桜の名所として知られる目黒川は、三宿あたりで北沢川と烏山川が合流して生まれる。しかし、三宿を歩いていても、二つの川が交わる様子を見る子とはできない。全て、暗渠化されているからだ。目黒川には様々な支流から水が流れ込んでいる。駒場から流れ来る空川、馬場公園のあたりを水源とする蛇崩川、祐天寺あたりから来る谷戸前川、目黒と品川の境にある林試の森を水源とする羅漢寺川などが知られている。その場所に住んでいる人の大部分が名前も聞いたことに無い川が、暗渠の下を流れている。 

 朝4時、ゴーッとなる横殴りの雨音で、あやめは目覚めた。ベッドから起き上がると、急いで机の上においてあるPCの電源を入れる。気象情報サイトには、12月には珍しい暴風雨注意報と気温の上昇による雪崩注意報が光っていた。先週までは寒気が強く、山沿いでは多くの雪が降っていたのだ。あやめが動く音が聞こえたのか、隣室から母親が様子を見に来る。あやめは11歳。小学校5年だ。母はもうすぐ60歳になる。普段は年齢を感じさせない若さを保っている母だったが、寝起きに異なる。もうすぐ定年という年齢が、肌にしっかりと現れていた。

「雨音が酷いわね。怖かったら一緒に寝てもいいのよ」

母はあやめを気遣っている。

「大丈夫。それよりお父さんは大丈夫なの?」

「ええ、睡眠導入剤が利いているみたい」

父親は、母親より5才年上だ。不妊治療の末に一人娘を設けたが、父親が娘の顔を見る時間は短い。海外出張の多い仕事で家にいる時間がほとんど無いのだ。戻ってきても、仕事のストレスからか不眠を訴え、薬を飲んでは寝てばかりいる。

「季節はずれの暴風雨が来てるんだって。目黒川氾濫するかしら」

母は、あやめの部屋のカーテンを開けて、下を見る。ここは、川沿いにある高層マンションの20階にある。氾濫しても水の来る高さではない。

「今日の塾、行ってもいい?」

あやめは遠慮がちに母に聞いた。

「そうね。夕方には収まってるでしょう。仕事先からメールするわ・・・」

母は時計を見て、あやめをベッドへと誘った。

「まだ起きるには早いわよ」

「いいの、このまま勉強するから。せっかく目が覚めたんだし」

あやめは、塾バックからテキストを出して、母に見せる。

「お母さん、お休み。わたしは大丈夫」

母はそれ以上なにも言わずに外へ出る。




 夜8時。氷川橋に塾バックを背負ったあやめが立っている。昨夜から始まった暴風雨が昼から夕方にかけて小康状態となった。そして、今、再び強さを増している。サイレンが鳴り響き、川の周囲に人影はない。

 当然、川の水位が急速に上昇した。みるみるうちに、川はコンクリートで固められた川幅一杯に嵩を増している。大きな波がやってきた。一瞬のうちに水は橋を超えて、あやめを水中へと連れ去る。

 大きな波と見えたもの、それは、大きな水蜘蛛だった。足であやめの体を支えている。

「久しぶりだな、なぜ人間になってるのだ」

水蜘蛛は、あやめに話しかける。怒っているようだ。

「まあまあ。少し若返ったのでね、人の暮らしを見ようと思ったのだよ。あの女を食ってみようかとも思ったが、残りの命が短そうなんでね、水辺に連れて行こうか、迷っているところだ」

あやめは、水のなかで手を伸ばす。その手には大きな羽が生えてくる。

「お前は、あの女の娘を食ったのか?」

「娘を食いつぶしたのは、人だよ。全く、人のすることは惨いことばかり。まあ、年が明けるまでには戻るよ。あんたともいろいろ話したいこともある。あたしはね、塾ってところで、歴史ってのを勉強してね、結構楽しかったよ」

水蜘蛛は、大きな波となって、あやめを地上に戻した。

「その姿、なぜ、その姿なのだ?さあ、水が決めたのだよ」

その言葉に、水蜘蛛は再び大きな波となって、あやめを包む。

「分かったよ。すぐに戻るよ、全く。水も厄介な」

あやめは、水蜘蛛に抱かれて、なにやら呟いている。



少し後。びしょぬれになったあやめは、傘も差さずにマンションに向かって歩いている。マンションのエントランスに入り、オートロックを外していると、傍らのデスクにいるコンシェルジュが、びっくりしたようにタオルをもって駆け寄ってきた。

「お母様がお探しでしたよ。ご無事でよかった」

どう連絡したのか、すぐに母親がやってきた。あやめと同じようにずぶぬれだ。

「また、いなくなったのかと・・・あの時のように・・・」

母親はあやめに抱きつき、泣き崩れる。

「わたしはもうすぐ戻るよ」

あやめは母親の肩を抱く。

「わたしは、ほんとうはあんたよりずっと年上だよ」

母親は力なく崩れる。



深夜のリビング。あやめは本来の姿に戻っている。鵜乙女だ。両手からは鳥の羽が生えている。母親はベッドで眠っていた。薬の力で深い眠りの中にいる。男が入ってきた。老いた父親だ。

「最初から、分かっていた。死んだはずの娘が戻ってくるはずないと。去年、娘は面白半分で申し込んだツアーで雪崩に巻き込まれた。娘の死体は出なかった。なぜだか分かるか、誰かが連れ出して山荘に放置したんだ・・・結局は闇の中だ。わたしたちは娘のことは諦めていたんだ、なのに・・・なぜ、来た、ここへ」

「あんたの女が、川を覗き込んでいたんだよ。死ぬつもりの女は、魂が軽いからね。落ちてきたら食ってやろうかと思ったが・・・まあ、いい。霧蜘蛛きくもがやってきたおかげて、算段が狂ったがね、まあ、たまには物の怪も良いことをするんだよ」

鵜乙女は、すっと窓辺へと寄り、そのまま消えていった。


翌朝、母親はいつものようにあやめを起こしに行く。いないかもしれないぞ、夫は不吉なことを言ったけれど、そんなはずはない。あやめは確かに生きているもの。


「あやめ、起きなさい!」

母親は声をかける。

「遅刻するわよ」


「お母さん・・・」

部屋から声がする。

「お母さん・・・ここはわたしの部屋・・・戻ってきたの?」

いつもと異なるあやめの様子に、母親は部屋に飛び込む。あやめがベッドに座っていた。昨日までと同じ顔だが、衣類が異なる。ところどころ破けた古びたシャツを着ている。

「お父さん・・・お父さん・・・」

半狂乱で母親は叫んでいる。


「ずっと川を流れていたの。とても良く世話をしてくれる大鯉がいて・・・結婚する予定だったんだけど・・・水蜘蛛が反対して・・・」

ここであやめが小首をかしげた。

「変よね、こんな親指姫みたいな話。誰も信じないと思うけど・・・」

「いいえ、信じるわ。信じる」

母親はあやめを抱きしめる。



霧蜘蛛きくも

巨大な水蜘蛛。波を起こすことが出来る。普段は地中で暮らしている。


鵜乙女うおとめ

鵜の顔を鳥の羽を持つ。老婆で現れることが多い。若い女にも変化できる。もともと鵜飼いの娘であったが、水難に会って鵜に助けられ、交わって変化した。


数年前に初めて書いた長文。

エロと街歩きと妖怪とという三題話に挑戦して撃沈したやつです。

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