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瓜食女(うりはめ)



場所   碑文谷

時間   11月初旬 午後2時ごろ

遭遇者  大島 和己(32才)

妖怪   瓜食女うりはめ


 碑文谷には目黒通り沿いに2つのスーパーがある。ダイエーとオオゼキだ。金曜の夜、和己は真理子の家に行く前に、必ずメールを確認する。明美は、生ハム(イオン)、セロリ(オオゼキ)といった風に細かく購入リストを送ってくる。和己はそのリストを見ながら買い物を済ませて、明美に会う。

「すごい量ですね。パーティですか?」

和己のメールを覗き込んでいた同僚・青山が驚いたように声を上げた。

「いや・・・そんなにすごいかぁ、このぐらいの量なら二人で食べられるよ」

和己は、手帳に購入するリストを書き写している。買い忘れが無いようチェックするためだ。

「パーティですかぁ。いいなぁ。」

数名の女子社員が集まってきた。

「行きたいなぁ」

懇願するように和己を見つめている女子もいる。

「そうだな。たまにはパーティもいいよな。聞いてみるか」

女子社員は、その言葉に大喜びしている。真理子の作る料理は飛び切り旨い。同僚に、普段、どんな旨いものを食べているか、自慢したい気持ちが和己にはあった。早速、真理子にメールする。すぐに返事が返ってきた。

「すまない・・・今日は無理だそうだ。おわびに、春になったらお花見弁当を作るので、碑文谷でお花見しましょうって書いてある。彼女の家の近くに桜の名所があるんだよ」

和己は、真理子が作る弁当を想像しただけで生唾が沸いてきた。

「じゃ、お先に」

今日のメニューは昨日から煮込んだビーフシチューだとメールに書いてあった。真理子が作るハーブを効かせたフォカッチャは和己の大好物だ。考えただけで生唾が沸いてくる。

いそいそと帰宅していく和己の後姿に、女子社員の視線が集まっている。

「あんなにハンサムで!」

「仕事もできて!」

「性格もいいのに・・・」

「なんで、あんなのと付き合ってるのかしら。」

あんなの・・・とは真理子のことだ。皆、一度は真理子を見たことがある。身長は140センチそこそこ、体重90キロは超えているだろうゴムマリのような丸い体に、やはり肉の乗った顔が付いている。重い一重まぶたと張り出した頬のおかげで、いつ見ても眠そうな表情だ。怒っていても笑っていても、脂肪は表情筋を邪魔しているので同じに見える。一方、和己の身長は180センチを超え、学生時代に野球で鍛えた身体は30歳を過ぎた今も引き締まっている。

「金目当てとか。碑文谷のすごい豪邸に住んでるんだろ、あのゴムマリ」

早川は真理子をゴムマリとあだ名している。

「だったら、わたしでも良かったのに・・・」

一人の女子社員が呟く。彼女は和己に告白して振られている。父親は白金に大きな屋敷を持っていた。

「胃袋とセックスだよ」

訳知り顔で呟いたのは、彼らの上司だ。

「どっちもすごいらしいよ、あのゴムマリ。酒の席で聞いたんだ。君も腕を切磋琢磨して腕を磨くんだね」

女子社員の肩をポンと叩く。

「想像したくないです」

女子社員は、顔を歪めた。


想像通りかどうかは分からないが、和己と真理子のセックスは、かなり奇異なものだった。和己はただ横たわっているだけだ。真理子は胸とも腹とも区分の付かない体中の脂肪を使って、和己の体を愛撫している。真理子の粘膜からは、甘口のシェリー酒が匂い出している。

「どんな上等な酒よりも君と一緒にいたほうが、酔いが心地いい」

和己が真理子を組み従えようと体を起こす。真理子は、その動きを封じる。

「動かないで。ジッとしていて」

真理子はそのままの体勢で和己を中へと誘う。

「わたしがゆっくり動いてあげる。ゆっくり。ね、そう、そのまま、動かないで」

リズムを少しづつ変化させながら、体を前後に蛇のようにくねらせて、和己を締め付ける真理子。

「これは・・・いったい・・・ふっ・・・」

和己は声にならない短い悲鳴を上げる。

「料理のあとは、わたしを味わって。ゆっくり、そう、ゆっくり」

和己は、真理子の腹の肉を両手で愛撫している。この肉さえ愛しく感じるのだ。


 週末、二人は真理子の家で過ごす。この家には真理子の父親も住んでいる。長身のほっそりした紳士だが、足が悪いらしく車椅子で暮らしている。言葉も満足に話すことができない。

「お父さんは誰が面倒を見てるの?」

和己は真理子に聞いたことがある。

「お勝手口からヘルパーさんが来るのよ。面倒見のよい女性なの」

真理子は、両手を粉だらけにしている。

「今日はフランス料理でフルコースを作ろうと思ってるの。アミューズは鴨を使って・・・アントレはフォアグラのロワイヤル、メインは天然真鯛のカルパッチョとスモークした骨付き仔羊。パンは今作ってるの、ガーリックとハーブを効かせた・・・」

聞いているだけで、よだれが出てくる。

「出来上がるまで、ゲームでもしていて」

真理子は、和己をリビングへと追いやる。リビングには、大きなソファーと大画面のテレビ、テーブルには真理子手作りのポテトチップが数種類のディップと共に大皿に置かれている。料理が出来上がるまで、豊富にある真理子の父親がコレクションしたという洋画DVDを見るのが、習慣となっている。

「こんな幸せでいいのかなぁ」

ソファーに横たわり、テレビのスイッチを入れながら、和己は呟く。


 真理子と付き合い始めてから、和己は体を動かすことをしなくなった。この数ヶ月は自宅に帰ることも少なくなり、碑文谷にいる時間が長くなっている。会社に通うことも億劫になってきた。

「うちは資産を使って、結婚したら好きな仕事を始めるといいわ。父も和己さんを応援するっていってくれてるの。それに・・・会社に行っている間、離れているのがつらいの」

真理子の言葉に、和己はついに辞表を出してしまった。


 早川が真理子を見かけたのは、和己が辞表を出した数週間後だ。連絡の取れない和己が気になり、彼がよく買い物に行っていた碑文谷のダイエーに着てみたのだ。真理子は、相変わらず丸い体を揺するように歩いている。傍らには、同じように丸い男がいる。身長こそ真理子より大きいが、体の形はそっくりだ。風船のようにパンパンに膨らんでいる。

「やあ、早川!久しぶりだな」

まあるい男が駆け寄ってくる。駆けるという表現は当たっていないかもしれない。太ももがこすれるのか、左右に揺れながら近寄ってくる。

「奇遇だな。結婚式の招待リストを作っていて、お前のことを思い出していたんだ。来てくれるだろ?」

早川は、その声を聞いて、少し走っただけで大粒の汗をかいている、この丸い男が誰だか知ることができた。

「和己、どうした?」

「ん?」

「太りすぎだろ」

真理子が駆け寄ってくる。

「早川さん、お久しぶり」

「真理子さんは・・・変わらないですねぇ」

肌は艶めき、毛穴など無いかのようだ。

「今度、食事に来てくださいね。ね、和己」

真理子が甘えた声を出す。


 その夜、和己は不思議な夢を見た。

真理子が父親と話をしているのだ。

「次の人が見つかったの。そろそろ限界まで太ってきたし・・・そうね、今晩、料理しちゃいましょう」

真理子は、来ているネグリジェを脱ぎ捨てた。腹があらわになり、肉の間から大きな口が現れる。

「駄目よ、和己はお気に入りだったのよ。活け作りは可哀想。絞めて血抜きをしてからローストして・・・」

父親は呆けた顔のまま、真理子の腹にある口に向かって、なにやら話している。

「分けてくれって?無理よ。いい、あなたが生きているのは、あなたが食べたものを嘔吐してたからよ。あんなに食べさせたのに、ちっとも太らないなんでおかしいと思ってたのよ。・・・でも、まあ、いいわ、あなたとも長い付き合いだもの。ローストしたら、あなたにも分けてあげる。和己は聞き分けのよい子で、よく食べてくれたから、前の子より美味しいと思うわよ」

和己は、夢から早く覚めたかった。朝になったら、この話を真理子にしてみよう。きっと笑ってくれるだろう。



 翌朝、早川が真理子の家にやってきた。

出迎えたのは、父親の車椅子を押して出てきた真理子だ。

「和己は留守なんですか?」

「ええ、新しい事業の下見にフランスへ。今朝、急に出立したんです。よい商談がまとまりそうだからといって」

真理子は、早川をリビングへと誘う。

「いえ、和己がいないのなら出直します。なんか悪いし・・・」

痩せた父親が小さな声で何かを話した。

「ご飯、ご一緒にどうですか、って父が。お昼、作りすぎてしまって。一緒に食べませんか?」

肉を煮込んだとき特有の粘膜を刺激する香りが、真理子から発散されている。

「どうですか?」

遠慮するつもりだったのに、早川は、思わず頷いてしまった。

「よかったわ、ね、お父さん」

真理子が父親に笑いかける。父親は呆けた顔で、自ら車椅子を操り、廊下の奥へと消えていった。自らの役割を終えた父親は、後は、次の食事を待つのみだ。




瓜食女うりはめ

男の欲望を食べる妖怪。 丸くてふくよかな女性、料理が上手。

男はどんどん太って、最後、食べられてしまう。

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