銃なら安心のマラッカ式です
御屋形様の官位と京職を受けたと連絡が来た。御屋形様は従四位下少将の右京大夫となり、義信兄上に従六位下の右衛門尉が受領された。この後伊勢神宮へ使いを送るとともに、公家を回って繋いでもらい、願いの儀を頼む。許可が下りれば下準備は終わり。自分としてはどうでもよいのだが、使える権威は使わないとね。
「甚六、元長。磐城への仕掛けを日扇屋と深鍬衆でお願い。」
「南ではなく、磐城ですか?」不審気に甚六が聞いてきた。
「南ばかり行っても持たないじゃない。攻め取って所領を手に入れても復興させないと、そのまま突き進んでも逆に弱まるだけだしさ。」
「それはそうですが、西ではなく北というのは。」
「時期の問題かな。要は今なら北の方が不安定だからの一言かな。」
「でだ。白河結城と小峰、さらに中畠や小針などをね。それと長沼の家に調略をお願い。」
「調略ですか、果たしてうまくいきますか?」
「ダメならダメでもよいので。後は相馬ね。対千葉戦の時には必ず相馬へ波及するから。」
「確かに相馬は千葉の出ですが、現在それほどの交流はありませんが。」
「領地問題で、その正当性をつくのさ。」
「正当性ですか?甚六殿はこちらの出だが分かるか?」元長が思案顔で甚六に問うた。
「いっこうに分かりませんな。どこに問題になるようなことがあるのか。千葉氏の領地とかけ離れておりますしね。」
「うんまあね、そのうちこじつけの難癖をつけてやろう。相馬の家とは正面からぶつかるのは面倒だから。後は田村や伊達に那須か。」田村らや伊達は大河ドラマで見たので少しは分かるけど、那須は分からないな。
「実は那須家ってよくわからないんだけど、やはり色々な家があるの?」
「はい、主に上と下でそれぞれ将軍家や公方家などを旗印に担ぎ競っていますね。」さすが地元出身の甚六さん、良く知っているね。こちらは、TVや某ゲームでの理解しかしていないから、那須は那須だけだと思ってたよ。
「じゃ佐野も?」
「あまり詳しくはありませんが、あそこも上佐野、西佐野、桐生佐野などがあり、今どこがどこについているのか分かりません。管領家から公方家さらには管領家と替わっていますので。」このへんも分からないんだよな。将軍家とか管領家とか公方家だって。公方だって古河とか小弓とかあるしさ。
「宇都宮は?」
「今は下野宇都宮は、ほぼ一つにまとまっているかと。」
「下野宇都宮て呼んでるの?」
「はい慣例としてそのように言っております。」
「ふ~ん。じゃここは芳賀を揺さぶるしかないよね。そのように工作しようか。」
下野だと日光、日光と言えば日光彫か。でもこれは東照宮建設にともなって出来た名産品だから、彫りものなら鎌倉彫かな。職人を引き抜くかな。それで日光彫の技法で新名産品にするとか。
朱塗りから漆と炭の重ねがけ磨きですかね。常陸彫?名産品が増えすぎちゃう。
日光たまり漬なららっきょうか。らっきょうは初夏だからね。あと忘れているのは何だ?
カブは良し、大根はすずしろと読まれてくらいだからもうあるな。冷害に意外に強いから推奨野菜だ。玉ねぎはまだだし。
春菊とレタスの原型のチシャ、きゅうりとかかな。おおっと、きゅうりを食そう。切り口が三つ葉葵に似ているからと江戸期に武士階級で食べられなかったけど、広めちゃおう。南方種はまずいらしいし、北方種を黄色く完熟させないで緑のうちに食べる習慣をつけないと。
鉄砲も大砲も要はタップを切ったネジだろうな。種子島伝来よりはネジ式伝来案に賛成。強度を増した金属に、ネジで爆発圧力の減損化や暴発を防ぐことが出来るのが要因のような気がする。ボルトとかナットとかがあれば金属加工や機械化への道が開けるでしょう。長射程やライフルかも可能だし、引き金のバネはからくり細工の応用でも可能だし。現時点でできそうもないのがネジだ。ロンドンのフリントロック式銃もネジ止めが数箇所あったしな。江戸時代の美作の銃なんか銃身に4箇所ネジ止めがあるしね。
オネジは糸をコイル状に巻きつけヤスリ加工でもできるけど、メネジはきついし、規格ネジにならないよね。ま、対になるようにするだけならオネジをもとに鍛造法で作れば対ネジになるのか。
最終的には工業科の方ならご存知のネジきり旋盤を作るかですね。
点火もホイールロックはダメだから、フリントロックだけど、衝撃の銃身のブレや火花発生から発射までのタイムラグの欠点があるから。それに日本産燧石は発火性能が弱いから、うまく処理できても不発が起きる可能性大だけど、どうするんだ。
しばらくは日本の歴史をなぞり瞬発式マッチロックかな。マラッカ式ですね。南蛮渡来といってるけど、どうも東南アジア植民地で生産のマラッカ式だったとの説もあるよね。
火薬は黒色でなく無煙火薬を推し進め威力を上げるかな。




