年明けは香取の人と講 羊羹はごほうび(延徳2年)
年末から年明けは通常の生活を続けてます。鶏糞や堆肥での肥料作り(馬糞と牛糞は肥料と言うよりは土壌改善に使うので)と硝石作り。石鹸作りや和紙作りなどをして過ごしております。唯一剣術訓練が新たに加わりました。なぜなのかと言うと、せめて剣術の嗜みだけでもと周りから勧められて。木刀はやはり危険ですよね、危ないですよね。よく小説にあるように竹刀がほしいと思ってたところ。香取の神道流の代替わりで誘いをかけていた何人かがこちらに来てくれました。諸岡一巴(初代諸岡さん、2代目は戦国中期に活躍の諸岡一羽さん)、自分とほぼ同じ年くらいの少年塚原朝孝君がね。後はビックリ、飯篠盛近さんも、良いのかな継承筋の人ですよね。良いかな、武者修行をかねてだそうなので。それで袋竹刀の方法を教えてもらいました。
香取神道流は剣術、槍術、柔術、投擲術変じて手裏剣まで色々教えているそうです。各自得手不得手があるので、それぞれに合ったものを最終的には伸ばすそうです。そのため体術と手裏剣などを修めると、忍術ぽくなるそうです。初めて知りました、聞いてみないと分からないものです。剣術だけではないんだ。勉強になるわ。それぞれの神社で古来より祭事に使われる抜刀術や刀術から派生するので、古い神社の周辺から流派が生まれると。もう少しすると鹿島でも神流が出てくるよね。
朝孝少年には剣術の相手をしてもらうのですが、めちゃくちゃ強すぎるでしょう。しゃくなので次郎をはじめ数名引きずり込みました。ははは、道連れですね、無様に一人だけ負けるのは嫌なので。
食の改善計画として、常陸なら霞ヶ浦のレンコンかと。水生なら長雨でもいけるのかと思ったが、生育時期にそれなりの日差しがないと育たないし、大きくするには肥料が必要らしい。何より物を取り寄せてみたら時期が悪いが現在のものより小ぶりでした。どうも品種が在来種のようです。中国から手配し掛け合わせていけば良いのかな。レンコンや牛蒡などは、木の根を食べると勘違いされて西洋人には理解されない食文化ですな。(捕虜に食事として提供して根っこを食わせたと戦犯あつかいだったとかね。)そういえば竹刀のための竹をとおもったけど思ったほど竹林が多くない。元長に聞いてみると西のほうには多くあるそうで、黒い斑点が出てくる真竹ですね。植栽は厳しいのかな。千葉に竹の子産地あったけど孟宗だったかな。
「次郎、羊羹を作ろうか。お寺用に。」ふと疲れがたまり、ぐったりしながら思いついた。実際自分も食べたかったので。
食の改善続き。葛粉、小麦粉と小豆と甘味料を混ぜて蒸し羊羹を作ります。お寺で出すことにします。そして、現在でも地方に残る念仏講(現在はお寺主導ではないですが)を模倣して、新密講を作ります。いくつかの経文を口語調にして音階を付け、おもしろさを加え、おりん、木魚、叩きがねなどの鳴り物入りで行う。あのご詠歌などですね。讃える物がある程度分かりやすいほうが理解しやすいと思うので、大日如来や仏陀崇拝ですけどね。この講ははどの宗派の村人でも来たければ受け入れる。要は一般庶民の娯楽もになうことで、信徒拡大です。特に女性向けでしょうか。そこで振舞うのがあの羊羹です。
さらには1文づつ集めて、くじ引きです。1等はさらに羊羹1棹。2等は2名に半棹ずつあげよう。(当然これだけでは赤字ですけど。)融和と将来の互助会作りです。農作業が大変なのは当然で、各自が個別にやるよりは、この講の者たちが助け合って集中的に行えば楽になると誘導します。この部分は信徒だけですね。門戸を広げお試しでどうぞと誘い、信徒優遇策を目前で繰り広げます。
この後も色々考えないとね。たとえばさらに一文徴収で、先のからくり工房で試作したからくりによる、からくり人形浄瑠璃とかで楽しませるとかさ。(江戸時代ほど改宗は厳しくないから。後半はキリスト教にあれやこれやられて、局地的にキリスト教信徒急増だからね。)
「キリスト教対策もしなくちゃダメだよな。」(極楽浄土では皆平等となる。生まれてきたその立場や仕事で命に多少の差はでるが、この衆派の者ならば現世で与えられた職を全うし、浄土へ戻ると平等となるとかこじつけておくか。総合的には念仏よりだけど、庶民には分かりやすと救済願望をかきたてることだよね。)
海沿いの地も欲しいな。あれやこれやもっと作れるのに。




