7コマ目 一般人とは違うのだよ一般人とは
逃げる場所が無いのならば戦わなければならない。そのためには、まずジョブを選択しなければ。
「本当ならもっと考えてからにしたかったけど、しょうがない」
選択するジョブを決めた京介は、ゴルジたちの方を見る。ゴルジたちも頷いており、ジョブを決めたようだ。
「「「俺は戦士にする!」」」
京介とゴルジと多田が同時に叫んだ。
「俺は盗賊にするね」
川岸は戦士にはしないようだ。
「よし、決まったな」
「ちょ、ちょっと待って!」
さてジョブ決定というところでヒナが待ったをかけた。
「そ、そんなに偏ってていいの? 折角四人いるんだからばらけた方がいいんじゃ? 魔法とか強そうじゃない?」
確かにヒナの言う通り、ジョブはばらけた方がバランスはいいだろう。古来よりRPGのゲームなどでも攻撃、防御、回復など役割が分かれているのがほとんどだ。
「言いたいことはわかるけどな」
頬をぽりぽり搔きつつ、京介はゴルジと多田と目を合わせる。
「「「めんどくさいから殴った方が速い」」」
「はえ?」
漫画ならドーンとかバーンとか効果音が着きそうなドヤ顔で宣う(のたまう)三人にヒナは固まってしまった。思考が脳筋すぎる。
「もう来るよ?」
一人蚊帳の外だった川岸の声で三人が振り向くと、三百メートルほどの距離までゴブリンが近づいて来ていた。
「さてと、レベルが上がるとどうなるのか試すか」
ポチッとなとばかりにジョブを選択すると、四人の体が一瞬熱くなった。何か体に変化があったようだが、上手く言葉にできないようで首を傾げている。
「なんか力が湧いてきた。これならやれそうだなー」
「ああ、殺れそうだ」
肩をぐるぐる回しているゴルジはヤクザみたいな顔してるし、京介は字が違うぞ。まあ、意味は合ってるけれども。
「グギャーー!」
雄叫びを上げながらゴブリンが爆走して来る。数は五匹。
「おい、あんたも一匹頼むぞ」
近くでボケっとしていた颯が、京介の声で我に返った。
「お、俺もか!?」
「レベルが上がったなら戦えるだろ。じゃ、よろしく」
もちろんゴブリンを倒している颯もレベルが上がっている。奇しくも、これで一対一が五組できた。
ゴブリンを待ち受けた京介たちは一挙手一投足の間合いになると、自分たちから殴り掛かった。
「うおおぉぉ!」
珍しく雄叫びを上げた京介が、ゴブリンにジュラルミンロッドを叩き付けた。
「グギャ!」
粗末な木の棍棒で受け止めたゴブリンと鍔迫り合いようになる。刀じゃないのでなに迫り合いなんだろうか。
「あれ?」
しばらく組み合っていた京介だったが、なにか微妙な顔をしている。
「……もしかして互角?」
どうやら京介とゴブリンの身体能力は互角であるようだ。てっきり上回っていると思って正面から挑んだ京介はちょっと冷や汗を掻いている。まあ、一つレベルが上がっただけで人類最高峰の身体能力を手に入れたのだから十分だとも言えるが。
「これはちょっとまずいかな」
チラリとゴルジたちを窺ってみると、向こうも互角の戦いを演じていた。今回は熊スプレーのような切り札は無いので結構なピンチと言える。いくら身体能力が上がっても京介たちは戦いの素人なのだから。
「ぐあっ!」
ゴルジを蹴飛ばしたゴブリンが、専門学生や東京組がいる所に雪崩れ込む。
一人一匹が担当なので、一人が突破されると防ぐ者は誰もいない。多田も突破されたようで二匹のゴブリンがレベル0の一般人たちに襲い掛かる。
(やばい!)
このままでは死人が出ると判断した京介は、踵を返してゴブリンを追う。そして、走りながらゴブリンに蹴られて尻餅着いているゴルジに叫んだ。
「ゴルジ、スイッチだ!」
「!」
オリンピックの短距離走で金メダルを狙える速度で駆け抜けた京介は、ゴブリンに跳び蹴りをかました。
丁度誰かを襲おうと棍棒を振り上げていたところだったゴブリンは、勢いの乗った跳び蹴りをもろに食らって吹っ飛んだ。
「きゃああ!」
襲われていたのはヒナだった。この子はゴブリンを惹きつける何かがあるのだろうか。可哀そうに。
「いやぁー!」
悲鳴が聞こえてそちらを向くと、今まさに高校生らしきギャルがゴブリンに押し倒されていた。
京介は間に合わないと焦ったが、すぐさま駆けつけた川岸がジュラルミンロッドで殴り飛ばしたので大事はなかった。
京介と川岸が相手をしていたゴブリンは、ゴルジと多田がそれぞれ相手をしている。
なぜこんなにも手際が良いのかと言うと、先程京介が叫んだスイッチという言葉に理由がある。
別にゴルジの戦闘能力が上がったり、やる気が湧いてくるような怪しいスイッチではなく、バスケットボール用語である。
スイッチとはマークしている相手を入れ替えることを意味している。この場合は相手をしていたゴブリンの入れ替えだ。ゴルジを振り切ったゴブリンは京介の方が近かったので妥当な判断だと言えるだろう。
二人は学生時代にバスケットボール部だったので咄嗟に出た言葉だった。川岸と多田も真似していたのは二人に付き合って偶にストリートバスケをやっていて、そこそこ用語に詳しかったからだ。あとはバスケットボールの漫画やアニメの知識である。
「グギャー!」
蹴飛ばされたゴブリンは、怒り狂って京介に襲い掛かる。京介も応戦するが、まわりに逃げ惑う人々がいて非常に戦い辛い。
動きを制限された京介は徐々に追い詰められていく。
「くっそ! 動きづらいな!」
なんとかこの場から離れようとする京介だったが、ゴルジたちまで戦いながらこちらに雪崩れ込んで来たのでどうしようなくなった。現場は大混乱だ。
何やってんだ早く倒せよ! なんて野次まで飛んでくる始末で、京介はイラッとする。
しかも触発されたのか次々に野次が飛び交うので京介はキレた。
「文句あるなら自分で戦えこらぁ!!」
その場で横方向に一回転した京介が、フルスイングでジュラルミンロッドを振り抜く。
あまりの威力に棍棒で受け止めたゴブリンの手から棍棒がすっとんでいった。その棍棒が野次集団の方に飛んで二次災害が起きたが京介は気にしない。別に狙ってやったわけではないし。……ないし。
ちなみに京介は意外と沸点が低い。あの四人の中だとダントツで京介と川岸が短気である。
「まじないんですけど!」
案の定川岸もブチ切れている。
頭にきたのか川岸はゴブリンを引き連れたまま野次集団の方に突っ込んで行った。当然みんな悲鳴を上げながら逃げ惑う。川岸は爆笑している。
「なるほど、その手があったか!」
感心した京介が是非俺もと真似しようとしたところで、またもやヒナに声をかけられた。
「なるほどじゃないでしょ!? 危ないから止めなさいよ!」
余裕が無いのか、もはや声をかけるではなく怒鳴り散らすだが。
内心えーと思った京介だったが、口にしない分別くらいはあった。はいはいと適当に返事してやり過ごす。
「とりあえず一気に倒したいんだけど、なにか必殺技でもないのか?」
必殺技を考えた途端、京介の脳裏にイメージが流れ込んだ。京介はニヤッと悪い顔をする。
「伊達にレベルアップやジョブを取ったわけじゃないわけか」
「グギギー!」
京介が何かしようとしたのを察したのか、ゴブリンが京介に殴り掛かる。しかし、逆に京介には好都合だ。
「〈打撃〉!」
今までとは一線を画す速度で放たれた一撃が、ゴブリンの脳天に叩き付けられた。
「グッ、ギッ」
ゴブリンはダラダラと鼻血を垂れ流しながら、ヨロヨロと京介から後ずさる。カウンター気味に食らった一撃が効いているようだ。
「よし、止めだ。〈打撃〉!」
もう一発先程の攻撃を放とうとするが、京介のジュラルミンロッドはうんともすんとも言わない。
「やっぱりクールタイムがあるのか」
京介の視界にはスキル〈打撃〉はクールタイム中ですと表示が出ている。
「じゃあ、今使えるのは……」
脳内から使えそうなスキルをピックアップした京介は、ゴブリンとの間合いを詰める。
「くらえ〈斬撃〉!」
ジュラルミンロッドに刃などついていないのに斬撃とはこれいかに。
結果は普通よりも鋭い一撃が繰り出せただけだった。当然である。本来は剣の類で使うスキルなのだから。鈍器の類で使えば普通の攻撃よりはマシといった程度である。まあ、普通よりはマシなので使いようはあるのだが。
京介の攻撃をもう一度脳天に受けたゴブリンは光の欠片になって消えた。やはり死体は残らないらしい。
今度は格好良くゴブリンを倒した京介が、軽く自信ありげにヒナの方を向くと
「鈍器なのに斬撃とかおかしいでしょ!」
待っていたのは適格なツッコミだった。京介自身もそう思わなくはないが、美少女を助けたのに全く甘酸っぱさが欠片も無く、京介は肩を落とした。