6コマ目 一難去ってまた一難
「はあ、はあ」
ツッコミを入れたヒナが息を荒げている。対して、京介は何ともないような顔だ。というか平常通りの無表情。むしろ、なにそんなに騒いでいるんだ?という風である。なんという非常識。
「さて、残りはあと一匹だ」
残りの一匹を取り囲んでボコろうとするが、その必要はなかった。
「うおおおお!」
光一の近くにいた大学生の一人が、金属バットでゴブリンを背後から殴ったからだ。どうやら、不良が逃げる際に落としたバットを使ったらしい。
京介たちに気を取られて背後がおろそかになっていたゴブリンは、後頭部を強かに殴られて昏倒した。そのまま、最初に殺された不良ように滅多打ちにされて光の欠片になって消えた。いくら身体能力が高くとも、人間と同様の身体構造のため身体的な弱点はあるようだ。
「先輩……」
光一が呆然と大学生を眺めている。彼の名前は伊瀬 颯。光一の一学年上でサークルの先輩である。
「ふう、これで全部か。……ん?」
ゴブリンを全て倒してほっとしたのも束の間、変な音が聞こえた京介は辺りを見回す。だが、他の者は誰も驚いていない。
(俺にしか聞こえてないのか?)
まるで、ゲームのレベルアップのファンファーレのような音だった。これがレベルが上がることなのかと京介が首を傾げていると
「うえっ!?」
「うわっ!?」
「ぬあっ!?」
ゴルジたちも奇声を上げてきょろきょろし出したので間違いようだ。
「ゴルジたちも聞こえた?」
「おう、なんかゲームのレベルアップの音みたいだった」
「確かし」
「これがアドバンテージなのか?」
「聞いてみればわかりますよ」
京介はブレスの方を向いた。
「なあ、女神様。ゴブリンは倒したぜ?」
「そうですね。では、話の続きをしましょう」
京介以外の全員がゴクッと喉を鳴らす。おい、京介お前も少しは緊張しろよ。
「とは言っても、もうあまり話せることはないんですよねー。今は」
もし姿が見えれば絶対てへぺろという仕草をしているだろう口調に、京介はズッコケそうになった。他は固まっている。
「勿体ぶっておいてそれかよ」
「良いツッコミですね。冗談です。まだ、少しだけあります」
「あんたが言うと冗談に聞こえないぞ」
「そうですか。まあいいでしょう。話の続きですが、最初はレベルについてです。ステータスオープンと言ってみて下さい」
「ステータスオープン」
ピコン
西田 京介 レベル1
ジョブ 一般人
空中にボードのような物が出現した。そこには簡素に名前とレベルとジョブという文字が。
「ステータスね……」
京介が目を細める。
「あなたはこういうの好きそうね」
それを見つめるブレスは、どことなく楽しそうだ。まあ、実際は光の玉なので見つめているかはわからないが。
「では、詳しく説明しましょうか。まず、レベルについて。基本的にレベルが高いほど強くなります。そして、初めは誰もがレベル0からスタート。レベル0ではゴブリンにすら負けるわ。次にジョブ。簡単に言えば役割かしら。例えば戦士、魔法使い、神官等ね。これらは習得するのに条件があるわ。例えばレベルがいくつ以上とか。ちなみにレベル0は全員一般人よ」
「なるほど」
京介はへーと頷いているが、他はついていけていない。むしろついていけている京介がおかしい。
「京介はよくわかるな」
ゴルジもついていけずに困惑している。うん、これが普通。
「いいか。ゲームのチュートリアルだと思えばどうってことない」
「なるほど!」
うん、ゴルジも普通ではなかった。仮にも女神の話をチュートリアルって……。あと、なるほどじゃねえ。ちなみに川岸と多田もなるほどといった表情でうなずいている。やっぱりこいつらおかしい。
「……チュートリアル……」
ブレスが地味にダメージを受けている。チュートリアル扱いは堪えたようだ。
「……オホン。次はこの世界についてだけれども、人以外は大体コピー元と同じよ。土地とか物とか」
「つまり、今まで実習で使っていた道具は使えるのか」
「ただし、地球と同じように使えるとは思わないことね」
「どういう意味だ?」
「例えばスマホは使えないわよ」
なぜ略すと思いながら京介はスマホを確認する。先程と同じく圏外だ。
「正確には通信できないのだけれどもね」
確かに電源は入るのだから時計やライトや常駐型のアプリは使えるわけだ。
「まあ、切り取られたような世界じゃ当然か。他には?」
「そうね。車やバイクの類は使えないわ。あと、銃の類も」
「理由は?」
「便利だからよ。銃には例外があるわ。転移時に所持していた物は使えるの」
「警官やヤクザがいたら持っている拳銃の分は使えるってことか。まあ、俺らの中にはいなそうだけどな」
京介がチラリと転移者を見渡すが、警官の制服を着た人物も背中に紋々ありそうな人物もいない。そもそもいたらさっきの時点でゴブリンに撃つはずなので本当にいないのだろう。
「そういうこと。他にも細かいことはあるけれど、それは追い追いね」
「あ、そういえばライフラインは?」
「あるわけないじゃない」
「やっぱり……」
隔絶された世界に電気や水道やガスが通っているわけがない。
「それでは、私はまた明日の昼頃に来ます。それまであなたたちでいろいろ調べてみなさい」
話すだけ話して、光の玉が上空に上がっていく。
「それと、これはサービスよ。あなたたちのすぐ近くまでゴブリンが来ているわよ」
そう言い残すと、空一面を染めるほどの光の奔流を起こして、光の玉は消えた。
静寂が辺りを包み込むが
「さて、どうするか」
即行で京介に破られた。京介はステータスを眺めながら思案顔だ。
「いやいやいや。何で普通に受け入れてるのよ!?」
ずっと我慢していたらしいヒナが、ブレスがいなくなったので早速ツッコミを入れた。
「いや、だってな。ゴブリンとか見たし。なあ、ゴルジ」
「ああ、流石にゴブリン使ったドッキリはねえわな」
「まだゴブリンがいるらしいけどどうする?」
「倒すしかねえだろ」
「そうだな」
「…どうして?」
淡々としている二人をヒナがありえない物を見る目で見る。
「どうして、あんな化け物に向かっていけるの?」
確かに京介たちの適応能力は異常だ。普通はあんな風にいきなり戦えない。どんなバイタリティーしてるんだか。
「まあ、前に襲われた猪の方が怖かったからな」
「あの時は死ぬかと思ったなー」
「い、猪?」
ヒナはポカンとしている。いったいどんな答えが返ってくるかと思えばまさかの猪。予想の斜め上過ぎる。
「ゴルジはジョブどうする? ゴブリンが来る前に決めないと」
「そもそも何があるんだ?」
「触れればわかるか?」
京介がステータスのジョブの部分に触れてみる。
ピコン!
選択可能なジョブ
戦士 魔法使い 神官 盗賊
どうやら、京介がなれるジョブはこの四種類らしい。
「俺がなれるのは戦士と魔法使いと神官と盗賊だ」
「俺も同じみたいだな。川岸と多田さんは?」
「俺も同じだよ」
「こっちもだ」
どうやら全員同じのようだ。
「何になるかが問題だ。絶対に派生のジョブとかありそうだし」
「そもそもジョブをころころ変更できるかわかんねえしな」
「あのー」
「魔法がどんなのかもわからないしね」
「ゲームとかと同じような感じなのかどうかだな」
四人は真剣に考え込んでいる。虫捕りでもないのに。
「あの、すいません」
「ジョブによってどんな恩恵がー」
「魔法がどんな原理なのかー」
「スキルの類はあるのかー」
ヒナが話しかけようとするが、京介たちは議論に夢中で気づいてもらえない。
「あの!!」
「うおっ!? どうしたんだ? 急に大きな声を出して」
「さっきから呼んでましたよ! あと化け物がこっちに来てるんですけど!」
ヒナが指差した方を見れば、遠くからゴブリンが接近してきていた。
「あんた目がいいな」
「何呑気なこと言ってるの!? 早く逃げなきゃ!」
ヒナの言葉を聞いて、京介の笑みが消えた。
「どこに?」
「え……?」
今までへらへらしていた京介が急に真顔になって返事をしたことに驚いたヒナだったが、すぐに言葉の意味を理解して表情が青くなった。
「逃げる場所なんてないさ」
京介のいう通りだ。隔絶された世界に逃げる場所など無い。