4コマ目 かくして彼らは出会う
「どうなったんだ?」
京介は、辺りを見渡して不思議そうな顔をしている。いや、京介だけではなく全員がだが。
空が砕けて白い光に包まれたかと思ったら。次の瞬間には何事も無かったかのように空が元に戻っていた。まるで、白昼夢を見たかのようだ。
「集団幻覚か? いや、そんなわけねえか」
ゴルジも目を擦りながら、不思議そうに空を眺めている。
他の生徒たちも口々に先程の現象について話し合っていた。ただ、全員が狐につままれたかのように首を傾げている。
「ネットのニュースになんか上がってんじゃね?」
多田の言葉に反応して、全員がスマホを確認しようとした瞬間
「きゃああー!」
悲鳴が聞こえて、京介たちは身構えた。
誰の声だ? と京介は訝しむ。
若い女性の声だった。だが、生徒の声ではない。そして、この辺りには滅多に人が来ない。来たところで地元の住人だ。しかも、地元の住人は高齢化が進んで爺さん婆さんしかいないはずだ。
例え誰であろうと、この状況で知らんぷりはできない。生徒たちは一斉に悲鳴のした方向に走り出した。
声の主は意外と近くにいたらしく。実習場の敷地から出てすぐの開けた原っぱにいた。
ただ、予想外だったのは、そこにいたのが悲鳴を上げた者一人ではなく、結構な数の団体さんだったことだ。余裕でサッカーの試合が出来る。
悲鳴を上げたのは中心にいる女性のようで、今も酷く取り乱している。
「ここどこ? なんでいきなりこんなところにいるの!?」
「ハナ落ち着いて。よくわからないけど、まわりに人もいるから大丈夫よ」
京介たちが名前を知るのはもう少し後だが、ヒナとハナである。二人も空が砕けたのを見たのだ。
ハナが落ち着いたところで、京介たちが全員で出ていく。
「あのー」
団体さんたちはビクッとしたが、出てきたのが人間だとわかると安心したような顔をした。
「あなた方は、どこから来たんですか?」
京介が生徒を代表して質問する。
京介たちからしたら当然の疑問だ。そもそも、この場所には滅多に人が来ない。そのためにわざわざ、この場所で京介たちは実習しているのだ。
それに加えて、突然やって来た団体さんの格好も妙だった。スーツ、学生服、ジャージ、スウェット、チャラチャラした服装など統一感はまるでなく、およそ山に来る格好ではない。これでは、最近問題になっている普段着登山だ。
「えっと。あなた方こそ何者ですか?」
団体さんを代表してサラリーマンが答えた。
疑問だったのは団体さんたちも同じだったようで、なんだあのお揃いの格好の集団は? という雰囲気だ。
「……」
「……」
お互いに無言が続く。
このままでは埒が明かないので、仕方なく京介が話しを切り出した。
「とりあえず、ここで話すのもなんなので、向こうにあるウチの実習場で話しませんか?」
「……わかりました」
団体さんも了解したようで、生徒たちの後ろについて移動を始めた。
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実習場に戻ってくると、施設の中に残っていたはずの僅かな生徒たちが外に集まっていた。
「みんなどこに行ってたんだ? そっちの人たちは?」
「いや、俺たちにもよくわからない。とりあえず先生たちはどこに?」
夕食を作っていた水生班が京介に質問してくる。しかし、京介に答えることはできない。寧ろ京介が聞きたいくらいだ。
「それが、どこにもいないんだ」
「え?」
「荷物はあるのに、どこにもいないんだ。靴だってあるのに!」
なんだそりゃと京介は固まった。他の生徒たちも困惑している。
「施設の中は全部見たのか?」
「倉庫からトイレまで全部見たよ!」
どうやら、本当にいなくなってしまったようだ。あんな破天荒な先生たちでもいないと困る。
「どうかしたんですか?」
団体さんの中のサラリーマンが代表して京介に聞いてきた。別に京介は代表ではないのだが。
「それが、先程までいた先生たちが急にいなくなってしまって」
サラリーマンに答えながらも、京介は脳内で考察を行う。
(どう考えてもさっきの変な空が原因だよな……)
考察を行うまでもなく怪しいのは先程の現象だ。ただ、なぜ先生たちだけが消えたのかはわからない。生徒は全員いるというのに。
「それは……」
サラリーマンは固まってしまった。いろんなことが起き過ぎて、彼のキャパシティーを超えてしまったようだ。
「あの、先生たちがいたということは、あなたたちは学生なんですか?」
サラリーマンが役に立たないと判断したのか、今度は悲鳴を上げていたハナを宥めていたヒナが聞いてきた。
京介は、なんで俺に聞くんだと思いながらも律儀に答えてあげる。
「そうです。私たちは○○専門学校の生徒です」
憮然としながらヒナの方を向いた京介は、危うく声が上擦るところだった。
ヒナがあまりにも美人すぎてびっくりしたのだ。京介の顔が僅かに赤くなる。彼女いない歴=年齢の男子の悲しき性である。
「なるほど。では、ここはどこですか?」
再びのヒナの質問に、京介は気を取り直して答える。今度は赤くなっていない。
「山梨県の山奥です」
「はえ?」
ヒナは目をぱちくりさせている。
「嘘つくなよ! ドッキリなんだろ? そうなんだろ!?」
いきなり、ヒナの近くにいた男性が騒ぎだした。ヒナとハナをサークルに誘っていた大学生の一人で、名前は葉山 光一。
「そうだ地図アプリ! これでどこだかわかる! 俺たちは東京に居たんだ、一瞬の間に山梨まで来れるもんか!」
しかし、光一はスマホを弄ると、すぐに投げ捨てた。
「ふざけんな! 圏外ってなんだよ!」
どうやら電波が通っておらず、位置情報が捕捉できなかったようだ。
「川岸、見せてやれ」
団体さんは圏外という言葉におどおどしているが、キャリアによってはここでは電波が入らないことを知っているので京介たちは落ち着いている。ちなみに川岸は、電波が入るキャリアだ。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
「あれ? 圏外なんですけど」
「は? 他の奴は?」
全員がスマホをチェックするが、全員が首を横に振った。
「どこのキャリアも繋がらないなんて」
ヒナが困惑しているが、問題の本質はそこではない。
「東京にいた。……東京か」
京介が呟くと、全員がそのことを思い出した。スマホが圏外なことよりも余程異常事態だ。
「他の方たちは、どこにいたのですか?」
京介の質問に返ってきた答えは、全員が東京だった。東京のあちこちからだったが、どのみち一瞬で移動できる距離ではない。
「あなたたちは、どこから来たんですか?」
ヒナの質問に京介は肩を竦めて
「どこからもなにもずっとここにいました」
「はい?」
再びヒナの目がぱちくりする。
「だから、この施設にいました」
「こんなところにですか?」
予想通りの疑問に、京介は嘆息しながら実習の説明を始めた。
閑話休題
「なるほど、ここで専門学校の実習をしてたんですか」
「はい」
「それで、変な空を見たのは同じと」
「ええ」
とりあえず、京介が専門学校の簡単な説明をして、全員が状況を把握して唸っている。
「何が何なんだか」
唸っている京介の視界に何かが入った。
「ん?」
見間違いかと思って目を擦ってからもう一度見てみるが
「ん? むむ? 何だ、あれ?」
見間違いではないようだ。
京介の視界に入ったのは、二足歩行する緑色の生物だった。