1コマ目 始まりはいつも通りのある日
完全なる見切り発車です。
今投稿している別作品の気分転換に書き始めました。
投稿速度は遅くなる予定ですが、興味がある人はどうぞ読んでいってください。
「なあ、お前はあの学校の噂聞いたか?」
なんてことはない平日のある日。平々凡々な、どこにでもいる若い男が、向かいの椅子に座っている友人の男に声を掛けた。
ただ、男は気怠げにスマホ片手に椅子に座っており、この質問も大切な話というより、暇潰しの為の話題提供にすぎないことが窺える。
「あのって、どのだよ?」
友人の男も返事はするが声に真剣味は無く、とりあえず返事をしたという風だ。
「あの学校だよ、あの学校。なんか、山に籠もってイカレたことしてるって学校」
「イカレたこと?」
男と同じくスマホを弄っていた友人の男は、多少興味を持ったらしく、スマホの画面から顔を上げた。
友人の男が興味を持ったことに気を良くしたのか、男は意気揚々と語り出す。
「ああ。最近ネットで話題になってるんだ」
曰く、その学校の生徒たちは、ライフラインの通っていない山奥で実習をしている。
曰く、土砂降りの雨の中、二千メートル級の山の登山を敢行した。
曰く、山奥で熊に遭遇して、これを撃退。
曰く、某ハンティングゲームのようなノリで猪を狩った。
曰く、…………
話を聞き終わった友人の男は呆れたようにため息を吐くと、再びスマホの画面に視線を落とした。
「おい! もっと興味持てよ!」
男は、興味を失った友人の男に抗議するようにテーブルをバシバシ叩くが、友人の男は気にしない。
「どう考えたって話盛ってるだろ。何かと煩いこのご時世に、そんなクレイジーな学校があるかよ」
「えー、そうか? ネットには写真も載ってて、結構信憑性あるって言われてるけどなー」
「それっぽく画像を加工してるだけだろ。よくあることじゃんか。そもそも、そんな学校に通ってるなんて、その学校の生徒は変人かっつーの」
それっきり、二人の会話は途切れた。
これは、どこにでも転がっていそうな日常の一コマだ。友人の男が言うように、ネットに嘘の情報が流れることなどザラにある。
ただ、この話には普通とは異なる部分があった。
それは、この変人、変態の巣窟のような学校が実在するからだ。この話に限っては、ネットの情報は虚実では無く、真実だったのだ。
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都内某所、早朝。
本日は平日であるため、似たような恰好をしたサラリーマンや学生たちが、慌しく通勤、通学をしている。朝のラッシュ時の混み具合には定評がある総武線の電車は、駅に到着するなり、大量の人を吐き出した。
一際たくさんの人が吐き出されたこの駅は、駅からスカイツリーがはっきりと見える都会の駅であり、あたりには通勤途中の人が溢れている。
そんな都会の駅の高架下に、とある集団が集まっていた。
その集団は、とても奇妙であった。揃いの丈夫そうな青い長袖の上着を羽織り、丈夫そうな薄茶色の長ズボンを穿き、更には丈夫そうなゴツイ登山靴まで履いている。どれだけ衣服に耐久性を求めているのか、丈夫さのオンパレードだ。
傍らには、テレビで登山家や冒険家が使っているところしか見たことないような巨大なザックが置かれている。
集団の横を通り過ぎた出勤途中のサラリーマンは、ギョッとした顔で二度見している。
まあ、無理もないだろう。普通は都会の真ん中で、登山装備をフル装備で着用している集団なんて見たことないだろうから。
サラリーマンが驚愕している間にも、同じ格好をした者たちが続々と駅から出て集まって来る。
全員が例外なく巨大なザックを背負っており、朝の通勤ラッシュで混雑した電車の中を巨大なザックを背負って乗るとは、中々度胸があると言えるだろう。周りの乗客からすれば迷惑極まりないだろうが。
そんな集団の者たちの年齢は比較的若い者が多いようで、大半が二十代のようだ。中には六十歳を超える年配の者もいるようだが、高校卒業したてに見える者も多い。ちなみに男性と女性の人数比は半々くらいだ。
そして、先程とは別のサラリーマンが、また集団を見て驚いていると、近くのコンビニから一人の青年が出てきた。
年齢は二十歳くらいだろうか、見た目は中肉中背で、身長は170cm後半だ。ただ、表情が無表情で、無愛想のように感じられる。
「今日から実習か」
彼の名前は、西田 京介。二十歳の専門学校生だ。
「また今日から、文明から隔絶された生活が始まるのか」
「それな。実習場には、テレビも無いからなー」
京介の言葉に相づちを入れたのは、京介に続いてコンビニから出てきた青年だ。身長は京介より少し低いが、がっしりとした体格をしている。顔は強面だ。
彼の名前は、土間 治。京介の同級生である。
「ゴルジのスマホは、電波すら入らないからな」
ゴルジとは、治のあだ名だ。由来は、高校時代にスキンヘッドにしたところ、後頭部の皺が細胞のゴルジ体に似ていたからだそうだ。現在はスキンヘッドではないが、今では、本名よりも浸透している。
彼らの通っている専門学校は、自然環境について学ぶ学校で、年に数回ほど山に泊りがけで実習を行うのだ。今日も、これから山に向かうことになっている。
「そろそろ、バスが来るかなー?」
朝っぱらから京介たちが駅の高架下に集まっていたのは、移動に使うバスを待っていたからだ。出発時間は、もう間もなくである。
「川岸は、またトイレか?」
「あ、来たわ」
新たにコンビニから出てきた青年が走ってくる。かなり慌てているようだ。
「はあ、はあ」
小太りの青年は、二人の元まで走りきると、息を整えだした。
「なんで、ダッシュしたんだ?」
京介が問い掛けると、青年は恥ずかしそうに答える。
「いや、もうバス来てるかと思って」
走ってきた青年の名前は、川岸 優二。彼も京介たちと同じ専門学校の生徒だ。
「で、どこ行ってたんだ?」
「トイレ」
「だと思ったわー」
ゴルジが、やっぱりなーという顔をしている。川岸は、よく授業中にトイレに行くことで有名なのだ。あだ名に、《トイレの番人》というのがあるくらいだ。
「また、トイレか。相変わらずだな」
「しょうがなかったんだって! 過去最高に、腹が痛かったんだよ!」
「それ、毎回言ってる」
「夜食のラーメン三杯が良くなかったかも」
「そんなことしてっから、おデブちゃんなんだろうが」
川岸の腹痛の原因に、京介とゴルジは呆れている。まあ、これもいつも通りのやり取りなのだが。
三人は高校はバラバラだが、出身が同じ千葉県ということで話すようになり、今ではいつも一緒につるむ仲になっている。
そんな無駄話をしている間に、バスが到着した。人数や荷物が多い為、大型バスだ。
生徒たちが、どんどん荷物を積み込んでいく。二年生にもなれば慣れたもので、スムーズに進む。
京介たち三人も荷物を積み込むと、バスに乗り込んだ。
一番後ろの座席を占拠した京介たちは、一人足りないことに気がついた。
「そう言えば、多田さんが来てないな」
「確かし」
「電車、遅延してたっけ?」
多田さんこと、多田 海渡。京介たちより、二歳年上の同級生である。大学を中退して、専門学校に来た体重三桁の巨漢だ。
「あとは、多田さんだけだな。遅刻か?」
川岸が、窓から駅の方を見ていると、巨漢が走ってくる。
「あっ、来たよ!」
多田は、荷物を放り込むと、バスに駆け込んだ。
「遅かったですね」
「徹夜してたら、途中で寝落ちしちゃってさ。危なかった」
多田は、寝坊の常習犯で、よく授業に遅刻している。今回も危なかったようだ。ちなみに遅刻した者は、自費で実習場まで行かなければならない。
「なんで、実習の前日に徹夜してるんすか」
「だって、寝たら時間までに起きられないからしょうがない」
どんな理由だ。質問したゴルジは、ため息を吐いている。
「いや、結局遅刻ギリギリじゃないですか」
「確かし」
「うん、しょうがない」
京介の適格なツッコミも、多田は笑って流した。京介と川岸も、ダメだこりゃとため息を吐く。
「全員が揃ったようなので、出発します」
先生の合図で、バスが動き出した。
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都内某所。
とある大学のロビーに、一人の女性が佇んでいる。どうやら人を待っているようで、スマホを弄りながら暇を潰している。
「あ、ヒナ。お待たせー」
ロビーに、明るい女性の声が響いた。待ち人が来たようで、彼女はスマホから目を離す。
「遅いよ、ハナ!」
「ゴメンゴメン。お説教が長くてー」
「ちゃんと課題をやらないからだよ」
「えー。ヒナが見せてくれれば、怒られなかったのにー」
どうやら後から来た女性、月島 華は、授業の課題をサボって怒られていたようで、同じ授業を受けていた千鳥 雛は、きちんと課題を提出してハナを待っていたようだ。
「嫌よ」
「ケチー。ま、それはそれとして、早くお茶しに行こ」
「ハナを待ってたんだけど」
「気にしない、気にしない。そんなことより、駅前にできた新しいカフェに行ってみよ」
「はいはい」
二人はとても仲が良いようで、授業の空いた時間でお茶をしに外に出た。