前篇
福島寛太は、寒いクリスマスの夜ある人を待っていた。
雪が柔らかく降っている。寛太は時計を見た。時計台の時計の上にはうっすら雪が積もっていた。
すると、遠くの方から声が聞こえた。
「寛太ぁ~」
寛太は声がする方に振り向く。手を振りながら走ってこちらに向かってくる女性。この女性が上杉花だ。この二人は今、一緒に暮らしている。
花は、寛太に近づくと大きく両手を広げて勢いよく抱きつく。
寛太は花の勢いを受け止めきれず、後ろに倒れた。寛太の背中には地面に積もった雪の冷たさを感じた。
花は寛太の頬にキスをした。寛太は笑い、反転して、花を自分の下にした。
通行人はみな、二人に注目するが二人は気にも留めずに続けている。
花は寛太に言った。
「冷たいよ、変わって」
「僕も冷たいのは知ってる」
「いじわる」
花は笑って、寛太を横にどけて立ち上がった。
寛太も立ち上がって、言った。
「ちょっと、あそこの自販機でコーヒー買ってくる」
「うん、ありがと」
花は不意に車道を挟んだ向こう側の歩道に目を向けた。花は歩道の方を見続ける。
ある男性が一人、カップルの隙間を早足で通り抜ける。大岡光だ。
花の元恋人であるため、すぐに分かった。花はポケットから携帯を取り出して、受信メールの一覧を見る。
花は自分の行動が不思議だと分かっていたが、手が止まらない。
あった。
すると、後ろから肩をポンと触られる。花は反射的に携帯の画面を自分の胸に寄せた。
「何か、あった? 」
寛太は携帯を気にしながら、言った。
「いや、別に高校の友達からラインがきたから」
寛太は頷いて、缶コーヒーを花に差し出す。
花はスマホのホームボタンを押して、ポケットにしまう。
「ありがと」
花は缶コーヒーを受け取って、開封した。
寛太が花の前に来て、言った。
「花、愛してる」
二年前。
花は大岡光と危機的状況に陥っていた。花は光が帰ってくると、光を自分の部屋に入れる。
花は洋服を脱いで、光と共にベットに倒れる。
花は光の顔を撫でながら言う。
「私たち、どうなっていくと思う? 」
「どうなっていくって・・・・。」
「私たちはこんな未来を描いていたの? 」
「こんな未来って? 」
「知ってるよ、光が他の女と遊んでんの」
光は頭から汗が噴き出る。顔がしぼんでいく感じがする。
「どうしたの、汗なんか掻いて」
「いいや、別に・・・・」
「何その筒抜けな嘘、私たち結婚目前なのよ」
花はベットから立ち上がり、脱ぎ捨てた洋服を着た。
「おい、花どこ行くんだよ」
花は黙って、部屋を出ていく。
光はそれを追うように、部屋を出て花の行ったリビングへ向かう。
花は自分のバッグから、光の家の鍵を取り出し机に置いた。
「これはもう、必要ないよね」
「ちょっ・・・・」
「もう、出てて」
寛太と花は一緒に帰宅した。
花はテレビの前にあるソファーに横になった。大きく伸びて、言った。
「ねぇ、寛太」
寛太は部屋の暖房を入れた。
「何? 」
「私たちさ、いつ籍を入れるの? 」
寛太は横になっている花の頭のある方に座った。
「それも考えなきゃだな」
花は寛太の膝に頭をのせて、寛太の顔を見た。寛太は花に下から顔を見られる状況に恥ずかしさを感じた。
花は寛太を見て、笑い、言った。
「また、そのセリフ、もう聞き飽きたなぁ」
寛太は花を見て笑って、頭を持ち上げて言った。
「でも、気持ちに変わりはないから」
「もう、寛太ったら」
「花、悪い、今日はもう寝るわ。明日早いし」
寛太はソファーから立ち上がろうとしたとき、花は強く寛太を止めた。
「なんだよ、花」
花は少し笑いを浮かべながら、言った。
「もう少し、一緒にいようよ、いてくれないと嫌」
「明日の夜な、おやすみ」
寛太は花の言葉をスルー気味に聞き、部屋を出て行った。
花は、寛太が部屋を出て行ったのを見届けると、立ち上がりスマホを手にした。
花と会社の同僚である野村元は、テレビを見ていた。
すると、携帯が鳴る。一人暮らしのため、聞こえるのはテレビと外のわずかな雑音だけである。
「もしもし」
受話器の向こうからは、花の声がした。
「あっ、出てくれたんだね。今、大丈夫? 」
「それ、俺に対する嫌味かぁ」
と元は言って、クスッと笑った。
「ごめん、ごめん、そちらはいつでもウェルカムだよね」
「なんだよ、その言い草は。で、どうしたこんな時間に」
「あっ、いや別にそんな深いわけはなくて」
「じゃあ、どうしたぁ、俺の声でも聞きたくなったのかぁ? 」
「うん」
元は受話器の向こうの返答に固まる。ただ、元は言葉がうまく見つからなかったので、ありきたりな言葉を返した。
「からかってんのか、俺はそんな暇じゃ・・・・」
元の言葉を遮って受話器の向こう側から返ってきた。
「好き」
花は続けて言う。
「元のことが好き、愛してる」
花は窓の方を見て、電話をしていた。
寛太は、花の言葉を一語一句聞き漏らすことなく、部屋のドアの向こうで聞いていた。。。