殺人衝動
衝動的に、人を殺したいという感覚に襲われることがある。
もちろんそれはただの衝動であって、それが実際に行われるということはない。
だが、その感覚が出てくること自体、私の脳のどこかの回路がショートしてしまっているということなのだろうか?
別に人が嫌いなわけではない。
人間が多いから減らさないといけない、といった哲学的な問題を考えているわけでもない。
ただ殺してみたいのだ。なぜだろう。
この疑問はずっと私の頭の中を渦巻いて離れなかった。
しかし、頭がおかしい人と思われるのが嫌で誰にも相談できなかった。
「わたし、無性に人殺しがしたくてたまらない」
そう、同級生の舞さんが言うまでは、誰にも。
舞さんと私は二人でこの殺人衝動のルーツが何なのかを考え、探し続けた。
家族の育て方に原因を考えた時もあった。
でも、私の家はどちらかというと裕福な家だった。
普段が満たされているからこそ逆に満たされなくて、殺人という非日常のスリルに憧れるのでは?
人間を殺すことによって、相手の生死を支配することができる。
その優越感に浸りたいのでは?
様々なことを話し合った。
その舞さんは、高二の冬に通り魔に刺され殺された。
私は思い悩んだ。彼女の友達のインタビューには当たり障りのない例の
『明るくて、素直で、とってもいい子でした』を使っておいたが、
彼女が殺人好きだったのと、通り魔を引き寄せたのに因果があるような気がしてならなかった。
ということは…私もいずれ殺されるのかもしれない。
そんなことを考えると、怖さで体が震える。
私は、傍聴人席から、その通り魔の裁判を傍聴した。
その通り魔もさえない普通のサラリーマンといった感じで、
やせ衰えていて目に光はなかったが、さほど奇矯な言動をするわけでもなく、
ただじっと黙って裁判の各種手続きが進むのを見守っていた。
その男が途中で一言つぶやいた。
「魔が差しました」
直感的に、ああ、わたしと同じだ、と悟った。
わたしは傍観者。
なのに、わたしと同じ傍観者が殺され、わたしと同じ傍観者が殺した。
何が違ったんだろう。
いまだに私の中で、その答えは出ていない。