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The first step is always the hardest.I

 後日。


「いいか、オレたちは宇宙探偵。依頼を受けては宇宙を飛び回ンのさ」


「へえ、そうすると殺人事件の推理とかやるわけか?」


「いつの時代のイメージだよ。今じゃただのなんでも屋だぜ」


  戸籍登録や社員契約などを終えた翔は、ジャックから仕事についてのレクチャーを受けていた。


 入社すると頷いたはいいが、実際に何をしているのかは知らなかったのである。


「依頼があれば、依頼主に会って詳しい話を聞く。そんでオレらはそれを解決する。それだけだ、簡単だろ?」


「まあ、字面だけなら」


「そういや今日届いた依頼がある。これをお前と……そうさな、他の社員も付けよう。とは言え、まだお前が挨拶も済ませてない奴だけどな」


「マイクじゃダメなのか?」


「あいつは別の仕事に出ちまってる。それに、今回の仕事には不向きだ」


「どんな内容なんだ?」


 翔がそう聞くと、ジャックはニヤリと笑った。


「なに、簡単な肉体労働だよ」



      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 火星自治区。


「どこが……簡単、なんだよ……クソッタレ……」


 翔はベンチに座りながら、肩で息をしている。


「あら、もうギブアップ? ダメよ、若いんだからもっと頑張らなきゃ」


「三十分……走り、回ったんだぞ……人混みの中……」


 横に座っているのは、宇宙探偵社の先輩社員、べイヴ・メルエスである。社員たちからはベイビーと呼ばれている。


 中性的な美しい顔立ちをしている……男性である。戸籍上は、だが。学生服を着ている翔に対して、薄手のジャケットに無地のシャツ、ダメージジーンズとかなりカジュアルな出で立ち。


 そして何より、ベイヴには胸がある。いや、身体付きは完全に女性のものだと言って差し支えない。男性の象徴は生えているにしても。


 彼はいわゆるトラニーなのである。


 人体の脂肪に近い素材で作られた大きくハリのある胸や尻、そして女性のものとしても特筆できるほど美しく、しかし男性らしさも含むハスキーな声などによる美貌は、さしもの翔も生唾を飲み込むほどであったが……一緒に行動しているうちに見慣れてしまったらしく、今ではただ頼れる先輩社員という認識に落ち着いた。


「なあベイビー……これ……無理じゃね……?」


「んもう、男のコなんだから弱音吐かないの!」


「いや……向こうは屋根の上を跳ね回ってるんだぜ? こっちは地面を這い回ってんだ」


「確かに、このままじゃラチ明かないわねぇ」


「どうするよ?」


「プラズマガンを使いましょうか。あれをヤツに当てれば感電して落ちてくるはずよ」


 翔は頷いて、シャオレイを救った日からそのままジャックに与えられたプラズマガンを実体化させる。


「ただ、これ弾速遅いんだよな……アイツに当てられるかどうか……」


「ロックオン機能とか追尾機能があったら便利なのにねえ」


 その言葉に、翔は生前遊んでいたシューティングゲームを思い出した。兵器をロックオンしてミサイルを射出するランチャーがあったことを。


「ほんとにそうだよな……追尾機能か……取り付けられりゃいいんだけど」


 その言葉の後、一瞬だけ、プラズマガンが淡く青い光を放つ。


 翔がそれに気付き、視線をやると、プラズマガンの上部に見覚えのないモジュールが付いていた。


「……あれ? なんだこれ」


「あら、持ってたの? ならなんとかなるかもしれないわね」


「……いや、俺じゃねえんだけど……まあいいか、あいつをとっ捕まえて、さっさと帰ろうぜ」


 翔とべイヴは立ち上がり、また走り出した。



      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「待てやオラァ!」


 火星の街を走りながら、建物の屋上から屋上へ飛び回るターゲットにプラズマガンを向ける。上部のロックオンサイトを覗くと、既に狙いを定めていた。


 翔は引金を引く。ゆっくりとしたプラズマしか出ないことはわかっていても。


 その想像通り、射出されたプラズマはのったりと宙を浮かぶ。


 だが、先程までの直線的な動きではなく、ターゲットが動いた方向へ一瞬遅れて追い掛ける。


「ックソ! 追い付かねえし埒が明かねえ!」


「でも、ちゃんと追尾してるわよ! とにかく撃てるだけ撃っちゃいなさい!」


「わかった!」


 エネルギーが切れるまで、とにかく撃ちまくる。すると、プラズマがどんどん一箇所に集まってゆく。徐々に巨大になってゆく。強そうだなあ、とか能天気な感想を得た。


 巨大化したプラズマは、今までとは比べ物にならない速度で標的に向かって飛んでいく。


 そして、遠くからバチッ! という音と、何かが落ちてくる音がした。


「……当たったみたいだな」


「……そうね」


 最初からこうすればよかった、とは。


 流石に誰も言えなかった。



      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「おーおー……これが宇宙ゴリラか」


 翔の前には、見知ったゴリラとほぼ同じと言っていいゴリラが横たわっていた。まだ幼体らしいのだが、それでも翔よりも大きい。首元にはハートマークが多数あしらわれたファンシーな首輪が付けられていた。


「ええ、この子がティモシーちゃんで間違いないわね」


 今回の依頼内容は「驚いて逃げてしまった宇宙ゴリラのティモシーちゃんを連れ戻してほしい」というもの。依頼主は木星の衛星エウロパに住む、大企業の社長夫人である。


「いい? そーっと運ぶのよ?」


「お、おう」


 とある理由から、絶対に怒らせるなと言われているのである。


「特に首輪には触っちゃダメよ。ティモシーちゃんのお気に入りらしくて、外したらすぐに暴れるみたいだから」


「き、気を付けるよ……」


 ただでさえ巨大なゴリラである。それが暴れでもしたら……。翔は身震いした。


「よし、さっさと帰ってメシでも……」


「おうおうおう、テメーらいいもん持ってんじゃねーかよ」


「食いたかったなあ……」


 ティモシーちゃんを台車に乗せて歩き出した翔の前に、ガラの悪い3人組が現れた。


 ピストルを持ったリーダー格、鉄パイプを持ったチンピラ、ナイフを持ったチンピラで構成されている。


「それ、最近人気のゴリラだろ? 痛い目見たくなかったら置いてけや」


「あとその隣の女もな!」


 翔は思う。なんとまあ、と。


 西暦2226年にこんなコピーしてペーストしたみたいなチンピラが現れるとは流石に思っていなかったのである。


「どっちもやめといた方がいいと思うぜ?」


「んだとォ?」


「なら力づくで奪うまでだよなァ!」


「行くぞオラァ!」


 翔はゴリラ台車を引いたまま嘆息する。


「ぐあっ!」「痛ぇっ!」「げふっ!」


 瞬く間に3人共倒れた。


「おイタが過ぎるんじゃなァい?」


 ベイヴは煽るようにそう言った。男3人に対して即座に動き、鳩尾や股間などの急所を攻撃したのである。


「もう足腰立たなくなっちゃったわけ? だらしないわねぇ」


「な、なんだこの女……つえぇ……」


「アンタ達が弱いだけよん」


 ベイヴは得意気にそう言うが、チンピラは妙なことを口走った。


「こ、このメスゴリラめ……」


「殺すわ」


 ベイヴは目にも止まらぬ速さで、失礼な形容をした男の首を締め上げる。


「ベイビー! さっさと行かねーと面倒なことになるって!」


「止めないで(カーク)ちゃん! 女には戦わなければならない時があるのよ……!」


「間違いなく今じゃねーって!」


「だ、だずげで……」


 チンピラの顔は既に涙で溢れている。


「……はあ、仕方ないわねえ。(カーク)ちゃん、ちょっとお時間貰うわね」


「ゴリラが起きない程度で頼むぜ」


 いくら幼いとはいえティモシーちゃんは悲しいかなゴリラなので、台車を引いている翔の肩をゆっくりとだが確実に破壊している。後日の筋肉痛はほぼ確定であるのだ。


「ハァイ、ジェーン。……あら、話が早いわね。ヒーバラエウス地区の……」


 ベイヴは誰かに連絡しているらしいのだが、翔は非常に手持ち無沙汰である。折角なので、倒れて呻いているチンピラの1人に話しかけてみることにした。


「なー、なんでゴリラなんか狙うんだよ?」


「…………なんでかは知らねーが、最近高値で取引されてんだよ。あの女も上物だったのによう……」


「ふうん……いや、そんだけ聞きたかったんだ。これに懲りたらもう悪さはしない方がいいぜ」


(カーク)ちゃん、お待たせー」


 そこでベイヴが戻ってきた。何故かその表情は晴れやかである。まるでいい事をした後みたいな。


「ねえ、アンタ達。強くなりたい?」


 おもむろにそんなことを言い出した。


「……んだよ、お稽古でも付けてくれるってのか?」


 チンピラは悪態をつくが、それでもベイビーは笑顔だ。


「はっ、お手軽に強くなれるってんなら願ったりだけどよ。それとも何か、人体改造か? タダだってんなら受けてもいいぜ」


「言質、取ったわよ」


「は?」


「みんなー! よろしく頼むわねー!」


 ベイヴは突然空に向かって叫んだ。すると空の景色が一瞬歪み、大量の美女が降り注いできた。


「何事!?」


 翔が悲鳴じみた驚嘆の声を上げる。美女たちは翔にウィンクをすると、倒れたチンピラ達を軽々と担ぎ上げた。


「いやァ、仲間が増えるっていうのは喜ばしい事ね、ベイビー!」


「そうですとも! じゃ、お勉強まで面倒見てあげてね♡」


「勿論だわ! またウチの店に来なさいな! そのお隣の可愛い子も、ね♡」


「アタシ達がたっぷり可愛がってあげるわよー!」


 なんだかよくわからんがモテている気がしたので、翔は笑顔で手を振り返すことにした。


 しかし、そんなほのぼの空間でもチンピラからすれば異常現象に他ならない。突如現れた美女に拉致されそうになっているのだ。それも、異様なまでに朗らかに。


「な、なんなんだお前ら!」


「でも兄貴! この状況……悪くないっす!」


「エロいことになるかもしれねぇ!」


 チンピラ3人組の内の子分2人がそう色めき立っていると、ジェーンと呼ばれた女性が笑顔で言う。


「エロいこと……うふふ、そうね。なるかもしれないわね」


「マジかァ!?」


「兄貴、最高っす!」


「そんな美味い話があるかァ!」


 リーダー格らしい男はそれでも疑っている。


「人体改造、それもタダで。しかも身体能力も高くなるオプション付き。これに貴方たちは賛同したわね?」


「……お、おう。まさか、マジなのか?」


「大マジよ。私たちみたいになるの」


「……どういうことだ?」


「さ! みんな! 撤収ー!」


 そんな疑問には一切答えずに、ジェーンたち美女軍団は高く飛び上がる。


 空間が歪んで、その姿は消えた。


「なあ、ベイビー、アレって……」


「みんな超越者よ」


「……要は、トラニーの集まりってことなんじゃ」


「まあ、そうね」


「えっと、無理矢理って、良くないぜ……?」


「人体改造よ、ただ性感帯が増えるだけだから♡」


「…………」


 翔は黙り込む。なんとなく想像がついたからである。


「最初はイイ目を見せてあげて、新しい扉を開いてあげて、最後には女の気持ちを知るのよ」


「た、爛れてる……爛れてるよう……」


 翔は大人の世界に恐怖した。彼は意外に純情なのである。エロゲは好きだが。


「ともかく、ティモシーちゃんを……」


「おっと、そうはいかない」


 そうこうしているうちに、台車の上でぐったりしている宇宙ゴリラの周りを見知らぬ男たちが取り囲んでいた。


「あー……誰?」


 依頼主とは違いそうだ。1人はスーツを着た長髪の男で、残りは武装した男たちだ。サブマシンガンを携えている。


「こいつは失礼、俺はスペースアニマルブローカーのサムだ」


 また面倒そうな奴が出たなと翔は溜息をついたのだった。

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