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When one door shuts another opens.

 どこだここは。


 なんだか車らしき物体は道路を走っていたり空を飛んでいたりしているし、ビルのデザインは前衛的。変わらないのは人々の着る服ぐらいであろうか。


 翔は困惑しつつも、考える。


 自分は死んだのだろう。あのトラックに轢かれて。ならば、ここは天国だと考えるのが妥当ではなかろうか、と。


 その事実に辿り着いてから、翔は過度に発展した天国に驚きを隠せない。

 天国とは当然死んだ人間が逝くべきところであるからして。


 稀代の天才と言われ、しかし惜しむらくも寿命や病気という運命に勝てずこの世を去った人間が多数いてもおかしくはない。むしろここにいて然るべきだ。地獄に行っていてたまるか。


 なるほど、金だなんだという現世のやっかみから解き放たれた天才たちで世を作るとこうなるのか、と翔は一人で納得する。


 次に、どうしたものか、と考える。少しウロウロしてみることにした。


 抱いた感想は、SFの世界のようだ、というチープなもの。


 今、翔は真昼の繁華街にいるようで、学生服の自分はかなり浮いている。スーツ姿の男性や、私服の女性がほとんどだ。


 なんだかいたたまれなくなっていたところに、声が掛けられる。


「君、高校生だよね? 身分を証明出来るものとか、ある?」


「え」


 記念すべき死後第一声を簡潔に一文字で済ませた偉大な死者である翔の前に現れたのは、人の良さそうな日本人らしき男性警官である。天国にもいるのかよ警官、もっと夢を持たせろと心中憤慨するが、翔は悲しいかな日本出身の日本人である。警察に従わざるを得ない。


 しかし翔に天国で通じる身分証明書などあるはずもない。胸ポケットに学生証が入っている程度か。


 渋々、それを見せてみた。


「…………なんだい、こりゃあ」


 学生証です。出せと言われたので。


 車の免許もバイクの免許も持っていないので学生証くらいしかなかった。


「ふざけているのかね」


 翔はとんでもない言いがかりを付けられた。


「いや、それぐらいしか持ってないっす」


「……とりあえず、署まで来てくれるかね?」


「なんで……?」


 天国に着いて初めて行く場所が警察署とは、夢も希望もへったくれもない。


 しかしまあ、なんだかんだと思いながらもついていくのが翔である。


 そんな時。


 近くで二発の銃声が響いた。


 何事だと慌てていると、二人の警官はすぐさま翔にここで待つように行って、どこかへ行ってしまった。


 一人残された翔は、とりあえず日本人らしく携帯を取り出して待つことにした。


 しかし、あることに気付く。


「携帯の電波……圏外になってる」


 現世で契約していた電波サービスは天国では通じないのだなあとしみじみ思っていると、横から話しかけられた。


「ねー少年、道を聞きたいんだけど」


「んあ?」


 声の方を見ると、目を瞑った長身の女性が立っていた。翔よりも身長が大きく、リクルートスーツを着用している。


 そして……美人だ。目は瞑っているけれど。


「俺も観光客みたいなもんだから、案内とかはできないと思うぞ」


 まあ多分定住するのだろうけど、と心中付け加える。死んでしまっている以上、観光客には成り得ないだろうと考えた結果の発言であった。逆に天国への観光客とはなにか。幽体離脱か。


「いや、構わないよ。一緒にいてもらえればそれでいいし。なにより、言葉も通じるようだし……怪我はさせないから。じゃ、ちょっとゴメンね」


「は? え、何?」


 翔は、お姫様抱っこされた。


「どういう状況!?」


 そう悲鳴を上げると、女性の背後から恰幅のいい男性がその体型とは見合わぬ速度で走り寄ってきている。


「待ちやがれ! ちったぁ話し合いに応じるとかしやがれっての!」


「なんてしつこい……ゴメン、跳ぶから! 口閉じてて!」


「待って、跳ぶとか意味がわかんな……」


 文字通り、女性は跳躍した。


 そのまま近辺にあった街灯へ着地した。


 下にいる男性は「降りて来やがれ!」と叫びながら、何かを投げるような仕草を見せていた。


「それ以上追って来るなら、この少年がどうなっても保証は出来ない! もう諦めて!」


 女性はそう追っ手に叫んで、もう一度跳躍。一気に上昇し、ビルの屋上へ着地する。


「吐きそう」


 翔の、人生初の大ジャンプへの感想であった。


「ちょ、ちょっと我慢して! 目的地まですぐだから!」


「なんでこんな目に……」


 天国だと言うのに、職質されるわ銃声にビビるわ見知らぬ女性に抱えられて絶叫マシンも顔負けの上下運動を強いてくるわと翔は散々であった。実はここは地獄だったりするのかと不安になりさえした。


 また女性は跳躍する。


 翔はひいいと悲鳴を上げて抱きかかえられ続けている。もがけば落ちるだろうから、声を上げて恐怖を和らげることに徹しているのだ。


 そうして二人は、街の空を駆ける。



      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「だークソ、逃げられちまった」


『なんだいジャック、運動不足かい?』


 ぜーはーと肩で息をするジャックと呼ばれた男は、その左腕に右手を触れる。


 左腕の手首の甲から、半透明のモニターが浮き上がった。


 そこにはメガネをかけた白人男性の顔が映っているのだが、その白人男性へジャックは声を荒らげる。


「うるっせえ! あんなにぴょんぴょこ跳ねられちゃどうしようもねェよ! 問答無用で二発も撃ってきやがるし……とんでもねえやつだよ」


『ま、そりゃそうだよね。……あれ、多分身体弄ってる。少なくとも脚はデミネフィリムだ』


「だろうな。生身じゃ、あそこまで情報粒子は使えねえ。しかし……なんか日本人のガキがフォークリフトみてーに運ばれてたんだよな。発信機、あいつに付いちまったかもしれねえ」


『人質だろうね。発信機についてはどうだろう。途中で彼を解放したら、もうアジトの特定も難しくなるね』


「……まためんどくせーことしてくれてんなァ……」


 ジャックは後頭部を掻いてから歩き出した。


「もういっそマシナリーを出した方がいいんじゃねえか」


『ここがアメリカとかならそれでいいんだけどね。日本はマシナリーの低空飛行は犯罪なんだよ』


「相変わらず硬っ苦しい国だぜ……あー、だが一応オレのグリズリーを出せるようにしといてくれ」


『はいよ』


 そうして、通信が切れる。


「さて……グエンよ、オレァお前さんの娘にこっぴどく嫌われちまってるらしいなァ……」


 そう一人呟いて、ジャックは雑踏の中へ入っていった。



      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 翔と謎の美女は、街の中でもかなり高いビルの屋上に到着した。


 少し休憩する、ということらしい。


「なんで、なんでこんなことに……?」


「ごめんね、突然。お姉さん、ちょっと追われてて……」


 翔は思う。なんで天国がそんなに殺伐としてんだよ、と。


「さっき追っ手撒いただろ? 解放してもらっていい?」


「……ごめん、巻き込んどいてなんだけど、私の組織のアジトまでは解放できないかも」


「というか、そもそも……」


 翔は先程からずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「なんでずっと目ぇ瞑っててあんなに動けんの?」


「あれ、そんなこと? お前は何者だーとか、そういうこと聞かないんだ」


 翔は危機管理能力に長けているので、直感していた。


 あ、これ深く関わっちゃダメなやつだ、と。


 いくら天国とは言え、追った追われたの状況になったり人質をその場で即座に調達したりする人間に関わればロクなことにならないに違いない。


「まあ、聞かれても答えないし……もし知られたら表社会には返せないからね」


「生きて帰れりゃそれでいいです……」


 もう既に死んでるけど、と心中付け加えた。


「まあ、巻き込んじゃった手前、悪いようにはしないよ。私にだって矜持はあるの。それにしたって、流暢に話すね、君。日本で取引する時に通訳として雇ってもいいかも……」


「……?」


 女性が何を言っているのか、翔にはイマイチわかっていない。日本語なのだから流暢に喋って当然だろうに。


「そうだ、名前教えとくよ。私はフォン・シャオレイ。レイレイって呼んでくれればいいよ。君は?」


 自分を人質に取った相手に名前を教えるという状況に恐怖を感じながら、それでも答えてしまうのは翔が日本人たる所以だろう。


「俺は西道 翔。……まあ、普通にカケルって呼んでくれればいいよ」

「カケル? 発音しにくいなあ……漢字、教えてくれない? それならニックネームで呼べるから」

「わかった」


 逆らってはいけないと内心ビクビクしながら、翔は文字を教えた。


「じゃあ、シャンシャンかな?」


「パンダっぽいなあ……」


 つい漏らしてしまって、すぐ気付く。


 失礼ではないか、と。


「いや、あの……そういうつもりじゃ」


「いいよ、気にしないで。シィァン、って呼ぶならパンダっぽくないかな? じゃあ私もシャオでいいよ。…………でも、これだと年下っぽくなっちゃうな。レイって呼んでくれる?」


 翔は、またシャオレイが何を言っているのかわからなかった。シャオが年下っぽいとは一体。


 なんとなく、何かが食い違っているような、そんな気配を感じていた。


「ほんとに、関係の無い表社会の子を巻き込んじゃったのは悪いと思ってる。だからせめて、無傷で元の世界に返してあげるつもりだよ。だから、そんなに怖がらないでくれると嬉しいかな。年下の子とこうして話すのは本当に久しぶりだし……私も嬉しいの。だから、ね?」


 そう言って、シャオレイは笑顔を見せた。目は瞑ったままだが。


「目、ずっと瞑ってるけど……もしかして見えない、とか」


 翔は、もう一度問うてみた。聞いたところで何になる訳でも無いのに。


「ううん、目を開くとね、見え過ぎるの。まあなんていうか……改造人間なのよ、私。だから、瞼を閉じてても君と同じように世界が見えてる。いや、それ以上に見えてるかも。望遠鏡にもなるしね」


 そう言って、シャオレイはうふふと笑った。


「攫われてるのに、加害者の心配なんて優しいんだね、シィァンって」


「それを言うなら、ええと、レイさんだって優しいだろ。攫った相手を無傷で返すとか、名前を教えるとか……なんか、人質感ねーよ」


「敬称なんか付けなくていいよ、違和感あるし。でも、優しいなんて言われたの初めてかも。これでも私、マフィアだからさ」


「……そのナチュラルな身分バレ、聞いちゃったけど俺消されたりしない?」


「しないしない! アジトに連れて帰っても逃亡の協力者ってことにしとくよ。そしたら、危ない目にも遭わないはずだから」


 やっぱり優しいな、と翔は思って、でも今自分はこの女性に人質として捕らわれている。


 何故か翔は、少し笑ってしまった。


「じゃあ、そろそろ行こっか。おんぶと抱っこ、どっちがいい?」


 そう、からかわれるように言われた。


「酔わない方で……」


 翔はそう返すしかなかった。

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