表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

All's for the best in the best of all possible worlds.

 どうして。


 どうして自分がこんな目に遭わねばならないのか。


 そう、少年は心から思う。


 どこで何を間違えたのだろう、とも思う。


 ビルの四十五階の高さから落下しながら、彼は純粋に疑問を抱いた。


 時は、少し遡る。


      ~~~~~~~~~~



 失恋した。


 高校の先輩に恋をした。初恋であった。


 しかし残念ながら少年、西道(さいどう)(かける)に取り柄らしい取り柄などないので、当然ではあったろう。遊ぶ金をバイトで稼ぐ、どこにでもいる平凡少年である。


 先輩は学校でも人気のマドンナ的存在。生徒会副会長でもある。


 偶然同じ職場であったバイトを通じて、親しく話す相手ではあった。


 ある日、バイトの帰り道。家の方向が同じであり、シフトの終わりも被っていた。先輩に誘われ、翔は憧れの先輩に並んで帰宅するという奇跡が起きた。


そんな幸福も束の間、先輩は翔に言う。


「好きな人が出来たの」


 聞けば、生徒会長に惚れたらしい。翔は思う。うちの生徒会長は顔も普通、メガネをキラリと輝かせ、趣味はアニメ鑑賞と公言し、権力を行使することもなく人数を集めてアニメ研究部を発足させ、我が道を往くアクティブオタクである。どこに惚れたのか、と翔は問うた。


「えっと……何事にも熱意を持って真面目に取り組むところ」


 翔は思う。自分はずっと貴方の隣でバイトに真面目に取り組んできたはずなのだが。


 しかし口に出したところでどうにもならないことは明らかだ。先輩の目を見れば恋する乙女そのもの。心なしか瞳の中にハートマークが見えなくもない。ラブハートは突撃寸前である。


 滴り落ちる嫌な汗を引きつった笑顔でひた隠し、翔は、何故自分にその話をするのか、と聞いた。


「どう告白すればオタク系の人は自分を見てくれるのかわからないの。翔くん、会長と仲良いじゃない?」


 目には目を、歯には歯を、オタクにはオタクを。生徒会長は三次元より二次元を地で往く人であるが故に。


 何故、翔が生徒会長と翔の仲が良いのか。


 答えは簡単、翔はアニメ研究部の部員であるからだ。しかも立場はナンバー2の副部長。


 翔は悩む。なんと答えればいいものか。


 現時点で失恋は確定している。足掻くのも馬鹿らしいものだ。散った花びらにも情緒はあれど、散った恋心は灰のようである。燃え上がるものであるからして。


 しかしここで不貞腐れていじけるような人間でも無いのが西道翔である。勝者は生徒会長。敗者は潔く、称賛の代わりに目の前で燃える恋心に薪をくべてやるべきだ。いっそのこと燃え尽きてしまえ、と思ったのは翔だけの秘密であるが。


 翔は言う。生徒会長はアニメキャラが好きなんで、こう、二人っきりになってコスプレでも披露したらどうですか、と。


「それは名案! うん、じゃあ彼の好きなキャラクターを知っていたら教えてくれると、私は嬉しいな」


 内心涙ぐみながら教えた。


 素直に敗北は認める翔だが、しかし納得出来ないのが思春期の性である。自分が惚れた相手が好きなキャラのコスをして愛の告白をするなんて、殺意の一つや二つを抱いても神は怒るまい。むしろ苦笑して見なかった振りをするであろう。


 さて、ここで問題のシーン。


 西道翔の死因である。


 いや、別に生徒会長への殺意が高まりすぎて、脳の血管の悉くがその殺意に触れて破裂し死に至った訳ではない。


 まず、信号無視をしたトラックが、横から来た軽自動車に突っ込まれた。


 横断歩道を渡っていた翔とその先輩であるが、この光景をリアルタイムで見ていたのは翔だけである。音に気付いて、先輩もその方向を見るが、時既に遅し。


 軽自動車によりその軌道を変更されたトラックは、あと数秒で二人に突撃するであろう。


 咄嗟の判断力、つまりアドリブ力に欠けるとバイト先の店長に酷評を受けていた翔はしかし、一世一代の判断を見せた。しかも世界がスローモーションに見える……気がするオプション付きで。


 先輩の胸を、思い切り横薙ぎにするように押したのだ。まるでラリアットでもするみたいに。たわわな胸に腕は呑み込まれるかの如く包み込まれ、しかし弾力に抵抗を受けつつも、腕を振りきった。世界がゆっくり進んでいるように翔には見えているので、大きな胸がたわむ様子から、腕全体に感じる胸の感触。嗚呼、スローモーション万歳。


 結果、先輩は驚いた表情で、そのダイナミックセクシャルハラスメントに抵抗する間もなく、歩道の方へ倒れた。


 最期に触れたのも、最期に見たのも、初恋の相手。詳しく言えばその乳房。


 嗚呼、なんと数奇なことだろう。


 欲を言えば生きていられれば幸せであったが、死神とは空気の読めないことに定評のある存在。仮に空気が読めるナイスガイであれば、世の中の誰しもがドラマチックに死ぬはずである。


 ……そう、この時点で、西道翔は死んだ。


 先輩の恋の顛末も知りたかったし、生徒会長を鬱憤晴らしに弄り倒してもやりたかった。


 次の恋へ生きようとポジティブになってもやりたかった。


 もう叶わぬのだが、まあ、恋した相手を助けて死ぬというのも悪くは……いや、うん、悪い。


 そして死を覚悟し目を閉じたのだが。


 いつまで経っても衝撃は来ない。


 もしかすると、すんでのところでトラックが止まったのかも知れない。

 恐る恐る目を開ける。


 そして────翔はこう思う。



 どこだここは。



 三六〇度、どこを見ても長方形のモニターが浮かんでいて、翔を取り囲むような球形になっている。しかし、どうやらその中心から少しズレた位置に浮いているらしい。


 自分の目の前――モニターで形成された球形の中心に、全裸の女性が浮いていた。大事なところは見えない。翔は少し安心した。見えていたら前傾姿勢にならざるを得なかったからである。


「――構築を確認――――」


 無機質な、女性の声。それはまるで機械音声。


 まるで、と形容したのは、あくまでそれが肉声であると辛うじてわかったからである。抑揚のない声だった。


「西道 翔、享年十六歳、男性――誕生日、西暦二〇一〇年八月二十一日――」


 女性は、無表情のまま、顔を翔に向けた。


「貴方は死んでしまいました」


 そう言われるが、翔は状況からまず理解出来ていない。


「……どういうことか、一から聞かせてくれるとありがたいんですけど……」


「――ああ、これは失敬。最近、自殺者ばかりだったもので……事務的になり過ぎたかも知れません。しかし、時間もありませんので簡潔に。まず、私は貴方達の言葉で言うところの神です。……まあ、厳密には少し違いますが」


 翔は絶句する。死んで神に逢うことになろうとは。


「病気や寿命で死んだ場合、その魂は情報を書き換えられ、新たな人格、肉体を得て、どこかの世界に転生します」


 輪廻転生はマジだったのかと翔は驚いた。最後の審判とかないのかよ、と。


「ですが、貴方は自らの命を投げ打ち、他人を救ったが故に死亡しました。貴方のその魂はとても高貴なもの。ですので、それ相応の選択を与えましょう」


「……と言いますと?」


「貴方はこれから転生するのですが……その記憶や肉体を引き継いで、別の世界に転生……いえ、転移することが出来ます」


「それは……いわゆるよくあるアレ?」


「貴方の想像で間違いはありません。どうしますか?」


 翔は考える。これはチャンスではなかろうか。


 まだ西道翔という人間は何も成していない。そんな状態で消えてなくなりたくはない。


 この話が本当であれば、翔はファンタジーな世界で苦労せず名声を得られるに違いない。絶世の美少女を大量に侍らせられるに違いない。どんなチート能力が自分に付与されるのだろうと期待さえした。


「それで良さそうですね。では、早速始めましょうか」


 神様は、翔に向けて掌を向けた。


「ここでの記憶は消します。それがルールですので。しかし、もし貴方が私とまた邂逅する縁があれば……ここでの記憶は貴方の手に戻ることでしょう」


 その言葉を聞きながら翔は、自分の手の感覚が無くなっていることに気付く。見ると、そもそも手が無かった。どんどんと、青色の粒子になって消えていっている。


 そこで初めて、神様はニッコリと笑う。


 翔の意識も朦朧としていて、身体に至ってはもう首から上しか残っていない。



「良い人生を」



 その場から、西道翔という存在が消え去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ