カマキリ。
「カマキリだ!けっこう大きいぞ」
夏の暑さが尾を引く頃、僕は公園で1人カマキリ採集をしていた。
「捕まえてきたカマキリで誰のが一番強いか勝負しようぜ!」
僕たち四人グループの中で一番荒っぽいケンちゃんが夏休み終わりの寂しさを埋めるために言ってきた。
「一週間のうちに捕まえて学校が終わったら俺ん家に集合。一番強かった奴は三日間何でも言うことを聞くってことで。オッケー…?」
四年生にもなってまだ昆虫遊びか、と呆れる部分はあったが僕も暇だったから賛成した。
「つまり、優勝者は三日間このグループの神様になれるってことだなぁ。僕もやろうかねぇ。」
中山君はいつも変なことばかり考えていてなんだかちょっと怖い時が何度かある。フリーメイソンの一員になりてぇ、とか、俺は人生の奴隷だっ、とか意味分かんない。
「可哀想だけどみんながそう言うなら僕も一緒にやるよ」
声が小さくて気弱なソウちゃんも賛成した。
「捕まえるところから敵だかんな、んじゃスタート!」
ケンちゃんが威勢のいい声をあげて駆けて行った。
それから僕たちは学校区内の公園や広場でカマキリを探しまわった。
そして、あっという間に一週間がたった。
ケンちゃん家に四人集まり、1人ずつカマキリを見せ合って誰のが勝つか予想して遊んでいた。中山君と僕のカマキリは鉛筆一本くらいの大きさで、ソウちゃんのはひと回り小さくて、ケンちゃんのは僕らより一回り大きかった。
「ケンちゃんが一番だな」
中山君は迷うことなく言った。
俺も。僕も。と二人とも予想した。僕はみんなと同じ予想するのは面白くないから、「僕は僕のが勝つと思うよ」と言った。
三人は、僕の根拠を知りたいような目つきをしたが、それよりも早く戦わせてみたい気持ちが強かったのか、僕の言葉は三人の間を流れていった。
「んじゃ、トーナメントで対戦してくぞ。グーとパーで別れよう」
「せーのっ、グーとパーで別れましょ」
僕とソウちゃん、ケンちゃんと中山くんで別れるようになった。ケンちゃんの家の庭にあったレンガを四角に囲み、その中でカマキリを戦わせるようにした。
「大丈夫かなぁ」
ソウちゃんはカマキリを心配しながら優しくレンガの中に置いた。
「カマキリを入れたところからスタートか」
僕は籠の中で静かに僕の方に首を傾けながら見つめているカマキリと目があった。一瞬誰かに見られている気がして手が止まったが、気にせず何の抵抗もしないカマキリの背中をつかみレンガの中へ落とすようにして入れた。
「レディーファイトォ!」
堅ちゃんの掛け声と同時に二人のカマキリは狭いレンガの中で取っ組み合いになった。最初はカマでジャブを打って様子を見ていた。片方のカマが相手の腕に引っかかると一気に接近戦となり、互いに腕や背中、羽に鋭い歯がめりめりと音を立てながら堅い皮膚を割り裂いてゆく。いったん絡まり合うと後は体力勝負だ。力の強い方が最後まで絞め殺せる。僕の方がおしてる。
最後はケンちゃんのカマキリが力尽きて背中がボギボギに折られ、体液が流れ、羽はいくつかレンガ内に落ちて死んでしまった。
僕らの間に起きていた一瞬の出来事をみんな呼吸せずに見ていた。闘いを終えた僕のカマキリはなぜか僕の方をじっと見つめながら刃についた体液をこぼさないようゆっくりとそそる様に舐めていた。
「……つ、次の対戦に行こうか…」
僕の声で、三人は呼吸するのを思い出した。
「そうだな、次は俺と中山の対戦だよな」
二人が準備している間に、足元にいたバッタの脚を引きちぎって勝利品としてカマキリと一緒に籠の中に入れた。ソウちゃんは、スコップでカマキリのお墓を作ってあげていた。ソウちゃんの横顔から見える目ん玉の奥には誰もいないように感じた。
「まぁ、俺のカマキリが勝つのは分ってんだがな。白旗ってもいいぜ」
ふてぶてとしたカマキリがケンちゃん籠から出て、待ち構えるようにしてレンガの小さい囲みの中で立っていた。
「やらないと分かんないよ、どっちが勝つかとか…さ…」
やや見劣りするカマキリを手に強気をはく中山君だったが、自分でも勝敗を分っているようだった。
「レディーファイトォ!」
中山君の手から落とされたカマキリは着地すると同時に、ケンちゃんのやつに迫られ、瞬きする間もなく右のカマで首を、左のカマで背中を同時にちょん切られてしまった。頭が首から離れ目がギョッと相手の方へ向き、地面へとゆっくり、ゆっくりと落ちていった。そのままケンちゃんのやつは物足りなくなり、中山君のそれを首元からお尻まで丸ごと食べてしまった。残ったのは顔とカマだけだった。
また、僕らは呼吸を忘れていた。
弱肉強食。一瞬の中で長い間の出来事を垣間見た。そう感じた。
「このまま最終ラウンドにいくよ」
僕は、早く終わらせたかった。籠の中からカマキリを取り出し、赤いレンガの中に罪悪感とともにカマキリを落とした。
ケンちゃんのは、またも迫ってきて、カマを大きく振ったが空振りしてしまった。その間に僕のが相手の首を捕らえた。抱きかかえるようにして首にカマをかけ、そして終わった。僕のカマキリは、ケンちゃんのカマキリを首下半分食し、僕の方を向いた。その眼は僕をつかんで離そうとしなかった。僕は怖くなって囲いのレンガをつかんでカマキリの頭上から勢いよく振り落とした。ぐちゅっと音がした。そこら中に体液を飛ばして、死んだ。
僕たちはカマキリが下敷きになった所を取りつかれたかのように見た。
「…神様も、僕たちのこと見てるのかな…」
ソウちゃんの言葉はすうっと耳に入って心の中で溶けた。
僕たちはその後、すぐに解散しそれぞれ家へ帰った。
もちろん僕は、勝利の特権みたいなものは放棄した。




