さゆりん登場
(や、やっと着いた・・・)
駅から歩いて40分、僕は目的地である叔母の家の前に立っていた。
両手に持ったかばんの重みで、そろそろ腕が限界に近かった。
昼が近いのだろうか、気温が上がってきて喉も渇いてきた。
「君が伊集院優馬くんだね?」
もう目の前にある目的地のインターホンを押そうとしていた僕は、後ろから突然声をかけられた。
「ずいぶん早かったね。着くのは夜になると思ってたんだけどな〜」
振り向いた俺の後ろに立っていたのはスーツ姿の女性だった。腰に手を当てて僕をまっすぐ見つめるその女性は、整った顔立ちにそのスレンダーな体型と、それにぴったりとくっついているスーツを押し上げている豊満な胸に、腰まで伸びた黒髪は整えたというより、自然とその形になったかのようで、風に揺られてサラサラと靡いていた。
「ごめんね〜迎えに行こうと思ったんだけど、仕事が片付かなくてさ。荷物重かったでしょ?立ち話もなんだから入って」
隣を通り抜ける彼女を見ていると柑橘系の甘酸っぱい香りが僕の鼻腔をくすぐった。
「あっ!自己紹介がまだだったね。私は三条沙由里。君の叔母にあたる人だよ」
そう言って叔母は僕に微笑みかけた。兄弟である僕の父の面影が少しあるその笑みは、大人の余裕と子供っぽさが混ざったような魅力的なものだった。
「あ、あの、あなたのことはなんてお呼びしたらいいんですか?」
「さゆりんでいいよ。沙由里お姉ちゃんでも可。むしろそれがいいな♪」
「じゃあ、沙由里おばさんで」
「今度おばさんって言ったら、私は君を殴る」
笑顔のままだったけど、本気で殴ってきそうな殺気を感じた。
「わかりました。沙由里さんで譲歩しましょう」
殴られるのは嫌だからね。
「うん、少し硬いけど素直でよろしい」
「兄さんから話は聞いてるよ。その歳で大変だったでしょ」
おそらく母さんのことを言っているのだろう。
「いえ、そんなにつらくは・・・それに高校からはこっちに来たいと思ってましたから」
「それならいいんだけどね〜。ゆっくりでいいよ。こっちに慣れるのは大変だろうからさ」
「はあ・・・」
さゆりさんは冷蔵庫から出した麦茶を注いで渡してくれた。
正直この時はさゆりさんが言っていた『大変』という意味がわからなかった。いや、正直言うとわからないままでいたかった。
「じゃあ私はまた仕事に行くから。家の中は好きにしていいけど、2階の一番奥の部屋だけは絶対開けないでね。いい?」
「はい」
どうせ下着がほったらかしとか、そういうところだろう。
「下着は置いてないけど開けないでよ?」
エスパーかこの人。
さゆりさんが仕事に行ってから数時間、自分の部屋で休んでいたがそろそろ我慢の限界だった。他の部屋はあらかた見て回ったが特に面白そうな部屋はなかった。残るは、見るなと言われていた2階奥の部屋だけなのだが・・・
(見るなと言われたら見たくなるよ、そりゃ)
なぜか忍び足で近づいてみると、部屋のドアにはご丁寧に『あけるな 触るな 近くな』と、三拍子で書かれていた。
どうして男の子は非常ベルのようにやるなと言われたことをやりたくなるのだろう。
「(ガチャり)」
僕はさゆりさんに怒られるのを覚悟して扉のドアノブをまわした。