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かの文豪と同じ苗字を持つ二人組の話

作者: あば婆

残酷な描写はないと思いますが、殺人事件の話ですのでご注意ください。

かの文豪と同じ苗字を持つ私の弟子はこう叫んだ。

「師匠、いい加減に仕事をなさってください!」

そして、やはり文豪と同じ苗字を持つ私もこう叫んだ。

「嫌だ、仕事なんて滅んでしまえ!」



 私は筆を放り出した。この場合放り出したというのは比喩的な意味であって、本当に筆を放り投げたわけではない。私の執筆道具はパソコンとキーボードであって、それを放り出したのならば大惨事が起ること間違いなしである。

 私は文豪と同じ苗字を持つからなのかは知れないが、小説家という道を歩んでいる。苗字だけでかの文豪の再来と騒がれてはしょうが無いので、筆名は本名とは変えているが。この小説家という道、なかなかに難解でひどく厳しい道である。しかし、この道なかなかに楽しい。故に私はこの道をそれる気は無い。今のところ、という注釈はつくが。

 それにしても、筆が進まない。思わず本当にキーボードを投げてやろうかと思ったぐらいである。これもあの馬鹿編集がいけないのである。あんな無茶なお題出してくるのだから。あの馬鹿編集、私に推理小説を書けというのである。馬鹿な男である。確かにあいつが読んでいた推理小説の犯人を当ててやったが、それで推理小説が書けるというわけでもないのである。推理ができようがそれはトリックが事前に用意されているからできるのであって、事前にトリックが用意されていなければ推理などできようもないのだ。要するにトリックが思い浮かばない。あんなもの分かるかというものだ。

「これは当てつけだ。あの馬鹿編集から私への当てつけなのだ!」

「実際そうだと思いますよ、あのとき編集さん静かに怒ってましたし」

 余程楽しみにしてた小説だったんですよ、あれ。そう言いながら、ひどく冷たい目で弟子が私を見る。弟子のくせにそんな目で見るとは生意気だ。後でノルマを二倍にしてくれよう。

「締め切りまであと一週間もありませんけど、どうします。降参します?」

「私は負けを認めない!」

 絶対にな、と息巻くと、弟子がため息をついた。生意気だ。ノルマは三倍にしよう。私がそう密かに決意していると、弟子が何か思いついたようだった。手をぽんと打ち、口を開く。

「たまには外に出たらどうですか。ここにいるよりはひらめくかもしれませんよ」

「外か」

 ふむ、たまには良いかもしれなかった。最近缶詰気味だったから丁度良い。私は頷いて同意を示す。

「じゃあ、その間に僕は家の中お掃除してますから」

「え」

「え」

「何を言ってるんだい、君も来るに決まってるだろう」

 一人で街をうろつくなんて、そんなの御免だよ。そう言うと、いきなり弟子が苦い顔をする。やっぱり家の中にいませんか、なんて言い出す弟子に私はあきれ顔になった。言い出したのは自分からだというのに、いきなり意見を翻すなんて。そんな、男らしくない。

「武士に二言はないと言うだろう、弟子」

「僕武士じゃありませんから」

 単なる弟子ですから、という言葉に弟子は何故か、残念なことに、という言葉を付け加えた。何を残念がることがあろうか。私の弟子であると言うだけでも光栄なことだというのに。私は不思議に思いながらも、外へ出る準備を整えた。といっても上着として薄手のコートを纏うだけである。この季節柄、そんなもので事足りるのだ。弟子は薄手のコートになにやら帽子をかぶっていた。足りない背を少しでも高く見せようと必死なのであろう。残念ながら生まれた頃より人より頭一つは大きく、今でも大きい部類に入る私には分からない悩みであるが。

「さあ、行くぞ。弟子」

「はいはい、分かりましたよ」

 ブーツなのか安全靴なのかよく分からぬ靴を履く。少しだけ高くなった視界で、弟子を見た。小さい。今度煮干でも贈ってやろう。そんなことを思いながら、私達は外へ踏み出したのだった。

 

 

「よお、暇してるか警官木村」

「……何で手前がここにいやがる」

「遊びに来た!」

 私達は交番にいた。交番では目つきの悪い男、木村陽介がこちらをにらんでいる。いや、にらんでいるのではない。ただ見ている。この男、素の目つきが悪すぎて常日頃から物をにらんでいるように見えるのである。難儀な顔をしているものだ。その点私は顔で苦労したことはない。親に感謝、といったところであろう。

 それにしてもこの木村陽介という男、現在巡査だか巡査長であるのだが、私、警察よりも向いている職業があると思う次第である。それはお笑い芸人だ。なにせこの男、中学の生活感想文でクラス全員を抱腹絶倒させた才能の持ち主である。お堅い教師ですら爆笑させた生活感想文、木村はいたってまじめに書いたつもりであったというのがまた笑いを誘う。お笑い芸人の脚本でも書けば売れるに違いない。と、私は常々説得しているのだが、この男は警察を辞めようとしなかった。残念な男である。

「……手前、弟なんかいたか?」

 木村が弟子を見ながらいぶかしげに呟く。弟子も弟子で、だから嫌だったんだ、と呟いた。何をそんなに嫌がっているのかさっぱり私には分からない。

「弟じゃなくて、弟子だよ。弟じゃ一字足らずだ」

「弟子ィ?」

 手前弟子なんて取れるような身分だったのか、と木村が言う。失礼な男だ。私ほどの人間が弟子を取れないはずがない。そんなの決まっているというのに。

 その時、電話がかかってきた。木村が出る。私は何となくそれに耳を澄ます。木村が叫んだ。

「何ィっ、角の喫茶店で殺人だとォ?!」

 聞いた瞬間、私は走り出した。このあたりにある喫茶店は一件のみ。そこ目指して走れば良い。弟子が後ろの方で驚きの声を上げた。

「師匠、どこに行くんですか?!」

「そんなの、事件現場に決まっているだろう!」

 黄色いテープが張られるまでに現場へ行くぞ! そう叫べば弟子が素っ頓狂な声を上げながらついてきた。うむ、それでこそ私の弟子という物だ。後ろから木村の叫びが追ってくる。

「手前、最初からこのつもりで来やがったな――!」

「別にそんなわけじゃないよォ!」

「嘘つけェ!」

 本当に単純に気分転換に来ただけだったのだけれど、棚からぼた餅とはこのことか。私は走った。殺人が起きたとかいう喫茶店へ。いざ、推理小説のネタ探し!

 

 

「犯人はァ、この中にいる!」

 到着と同時に、そんな台詞を叫んだ。ぽかんとこちらを見るいくつかの目線。しょうが無い、凡人には天才の行動なんて分からないものなのだ。まあ、何となく叫びたくなっただけなのだけれど。

 喫茶店の真ん中には、一人の男が立っていた。手には血濡れの包丁を持っている。何とも分かりやすい犯人である。足下には血濡れの男が倒れていて、私に少し遅れて到着した弟子が口元を押さえた。死体なんていくつも見たことがあるだろうに。そう、私と弟子、二人そろっていると何かと死体に出くわすのである。某小さくなってしまった探偵殿と似たような体質なのだろう。事件に巻き込まれてしまう運命なのだ。

 うむうむと頷いていると、唐突に弟子が叫んだ。

「師匠、危ないっ!」

「へ」

 いつのまにか下がってしまった頭を上げて前を見る。包丁をこちらに振りかぶる男が見えた。咄嗟に避けるが、手を掴まれそうになる。そんな私を弟子が突き飛ばした。勢いよく突き飛ばされ、たたらを踏む。後ろを振り向くと、弟子が犯人に拘束されていた。弟子に包丁を突きつけている様子に思わず、げっ、という声が漏れた。

「てめえら、こいつが殺されたくなければおとなしくしてろ!」

「ひぃっ」

 部屋の隅にいた従業員が怯えきった声を上げる。その時、肩を叩かれて後ろを向く。そこにはやっと到着した木村がいた。パトカーを使っただろうにこの速度、考えものである。おい、これはどういう事態だ、と耳打ちされる。

「見て分からないかい、人質立てこもり事件さ」

「人質立てこもり事件……?!」

 その言葉に木村が目を見開く。私はそんな木村を尻目に一歩前へ出た。

「君、私の弟子に手を出すなんて分かってるだろうね。黙っちゃいないよ」

「師匠……!」

「木村がね!」

「師匠?!」「俺が?!」

 決めの一言を言ってやると、何故か弟子と木村の驚いた声が重なった。犯人も若干たじろいでいる。何を驚くことがある。こんなかよわい人間である私に荒事なんぞできるものか。荒事は木村が専門である。私の専門は小説書き。弟子の専門は私の世話。ほら、わかりやすい。私がぬふふと笑っていると、犯人が吐き捨てるように言った。

「てめえみたいなふざけきった奴に、俺がこんなことをした理由、分かるはずねえな」

 そう言うと、堰を切ったかのように犯人は話し始めた。元々は裕福な家の生まれだったこと。しかし、親は人がよく友人の借金の連帯保証人になったこと。その友人が勝手に自己破産し、多大な借金を負ったこと。親は首を吊り、多大な借金だけが犯人に残されたこと。もちろん遺産放棄はしたが、金は一銭も残らず明日の暮らしにさえ困るようになったこと。就職先も見つからず、生活保護も受けられず、何とか日雇いのバイトで食いつないできたが、恨みが募っていったこと。

「だから、だから殺してやったんだよ。俺の不幸の始まりをな!」

 才能も金もない人間にいったい何ができるってんだ、と犯人が叫んだ。私は答えた。

「君はうぬぼれればよかったのだよ」

「は?」

 犯人が当惑して聞き返してくるのに、また答える。

「君はうぬぼれればよかったんだ。うぬぼれてうぬぼれて、うぬぼれきってしまえばよかったんだ」

 要は物は考えようということだね、と言ってやる。犯人は射殺しそうな目でこちらを見てきた。そりゃそうだろう。自分が必死の思いで決断して殺したというのに、物は考えようだのなんだの言われたのだ。私でも怒る。でもいいのだ。怒らせるために言っているのだから。

「かくいう私もうぬぼれ屋でね、いつだってうぬぼれているし、いまだってうぬぼれている。私以上の天才はいないと思っているし、どんなに苦しいことでもこれは天才の私に与えられた試練だと思って過ごしているよ」

 だから君も自分に与えられた苦しみを試練として受け止めてやれば良かったのさ。そうすれば少しは楽になる。人を殺さなくともすんだはずさ。そう私が言うと、犯人が答えた。

「あんたは本当に天才なんだろうよ。じゃないと、そんな風に考えるのなんて無理だ」

 疑うような目線でこちらを見る犯人に笑いかける。

「違うよ。私はうぬぼれると同時に自分を知っている。私はどこまでも凡人だ。天才には遠く及ばない」

 え、と弟子が驚きの声を上げた。これを言うのは初めてだっただろうか。初めてだったかも知れない。そもそもこんなこと人に言うこと自体が初めてだということに気付く。

 でも、事実そうだった。私は凡人だし、その事実を知っている。でなければ、推理小説のネタが出ないなど悩むものか!

「でも、事実あんたはうぬぼれるっていう才能があったんだ。本当に何の才能もない人間の気持ちが分かるはずがない!」

「人間一つは才能を持ってるはずさ。それが神の思し召しなんだから」

「神だと?!」

 ふざけてるのかてめえ、と包丁がこちらに向く。今だ。

「今だよ、弟子!」

「はっ、はい!」

 弟子が犯人の注意がおろそかになっていた手をふりほどき逃げる。ついでに肘打ちをかましてきたところは褒めるべきところであろう。私が叫ぶ。

「木村っ!」

「確保ォっ!」

 いつの間にか現れた警察数人が犯人に飛びかかる。抵抗するもすぐに取り押さえられる犯人。こうして事件は終局を迎えたのだった。

 

 

「じゃないよ!」

「はい? 僕の身も無事だったし、犯人取り押さえられたし、事件は終わったことにしてもいいんじゃないですか」

 のんきな顔で笑う弟子に舌打ちをする。分かっていない。何も分かっていない。

「推理小説のネタが見つからなかったじゃないか!」

 これも全部犯人がトリック無しの殺人事件を起こすからだ、と絶叫する。そう、元々推理小説のネタ探しに外に出たのだ。なのに推理小説のネタが見つかっていない!

 これは重大な問題だ。非常に重大な問題だ。

「弟子、推理小説のネタを探しに行くぞ!」

「ええ……もう帰りましょうよ」

「行くの、行くったら行くの!」

「ああ、もう子供返りしないでくださいよ」

 よしよしと必死に手を伸ばして私の頭を撫でてくる弟子の手を振り払い、歩き出す。歩き出せば、なんやかんや言いつつ弟子もついてきて私は顔を綻ばせた。

「ほら、次は居酒屋へ行くぞ!」

「あっ、ネタ探しと言いながら飲みに行くつもりですね、師匠!」

「純然たるネタ探しだよ、弟子!」

 いつの間にかついていた街のネオンに照らされながら街を歩く。

 これが私こと芥川麗子と弟子こと太宰次郎の日常である。



ジャンル分けに困った話。コメディー?

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