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ピエール物語

良かったら笑ってやってくださいませ。

 話は10年程前に遡る。

 当時、お袋が経営していた居酒屋で、軽く晩飯を食っていた時の事だった。


「ハーイ。弟サン。お久しぶりデス」


 そこそこ流暢な日本語に視線を向けてみれば、そこには一人の異国情緒漂う男性が立っていた。

 彼はピエール。

 別にピエールだからと言って、独特のヘアースタイルをしていたり、スタンドを出して戦い始めたりするという事はない。

 そもそも彼は、フランス人でもないペルー人だ。

 正確には、別の本名があるのだが、その名を出す訳にもいかないので、仮名でピエールという事にしようと思っただけの事だったりするのだが。


 ん?

 仮名が何でピエールなのかって? 

 そんなものは決まっている。

 犬がポチ、猫がタマとくれば、外国人はピエールと相場が決まっているからだよ。

 誰が決めた相場なのかは、さっぱり分からんのだけれども。

 更に言えば、ペルー人のニックネームとして相応しいかどうかも分からないが、ピエール以外に良いものも思い付かんので、これで納得して欲しい。


「ママサン。お元気でしたカ? ビールお願いしマス」


 俺の隣に座り、生ビールを注文するピエール。

 相変わらず、ラテン系の陽気な雰囲気を身に纏ったおっさんだ。

 まぁ、ピエール以外に、ラテン系の人間を知らんのだけれど。


 何故ピエールが、俺の事を弟サンと呼ぶのかと言えば。

 俺が三人兄弟の次男だから、という訳ではなかったりする。

 そもそも俺は兄貴とは別に暮らしているし、兄貴とピエールに面識もない。

 ピエール本人の言葉を借りて端的に説明すると。


「ママサンは、僕にとって日本のお母さんも同然なのデス」


 と言う事らしい。

 どうやら家族と離れ、単身で日本に出稼ぎに来ているピエールは、かなりお袋の事を慕ってくれているらしいんだ。

 当然その息子である俺も、ピエールにとっては弟も同然という扱いになるっぽい。

 突如ペルー人の自称兄が出来たという事に暫くは戸惑っていたものの、頑としてピエールは兄だと言い張るので、俺もその点を気にするのはやめる事にしてたりする。

 まぁ、自称兄程度で良かったと思ったのは俺の心の中だけの秘密だ。

 自称父だったりしたら、流石の俺も多少ならず動揺しただろうし、今頃俺は、ピエールの所有資産を根掘り葉掘り聞き出していた事だろう。

 え?

 逆じゃないのかって?

 まぁ、出稼ぎに来た外国の人が、ビザや資産を目的に結婚するという話は結構ある。

 ビザはともかくとして、資産に関しては、この当時の我が家は心配のしようがない程に貧乏だったのだ。

 具体的には、この当時の我が家には、伯父の連帯保証人とかいうものの所為で、借金が数千万ほどあったのだ。

 そんな心配はするだけ無駄というものだろう。 


「寒い日ガ続きますネ」


 そうだな。

 寒いよな。

 でもピエール。

 いや、ここは敢えて我が兄と呼ばせて貰おう。

 我が兄よ。

 あんた絶対に、そこまで寒いとも思ってないだろ?

 本当に寒いと思ってる奴は、キンキンに冷えたビールを、一気に飲み干したりしないだろうし、更にお代り頼んだりもしないと思うんだが。

 本当に寒いんだったら、熱燗でも頼んでおけよ。

 第一ペルーって南米だろ?

 南国育ちの癖に、なんでそんなに寒さに強そうなんだよ。


「弟サン。それは偏見というものデスヨ。確かにペルーは標高の低い方は熱いデス。しかしアンデスの山の方は非常に寒い地域もあるのデス」


 ふむ。確かに偏見があったかも知れない。

 つまりピエールは、山地の寒い地方出身って事なのか。


「イエ。熱くも寒くもない。とても過ごしやすい場所でしたヨ」


 何なんだよ!

 それなら何でわざわざ南国育ちを否定したんだよ!

 大体それじゃ、寒いのが平気な理由が、さっぱり分からんぞ!


「それには深い理由があるのデス。私はペルーでは、それなりにエリートだったのデス」


 お?

 なんだ?

 いきなり語りだしたぞ。

 しかも、ちょっと自慢を混ぜてきてやがる。


「シカシ、それでも十五人の家族を養うのは大変デス」


 お、おう。家族多いな。

 それは大変だろう。

 それって一体何人兄弟なんだよ。


「弟と妹ガ合わせて三人、その伴侶と子供達ガ、合わせて八人。そこに両親と私の奥さんと私の息子で十五人デス」


 なんだそりゃ!?

 弟妹と、その家族まで込みの人数かよ!

 そりゃ、多くなる筈だよな! 

 とうか、年齢的に両親は隠居してるとしても、何で弟妹達まで面倒みなきゃいけないんだよ?


「ペルーは日本よりとても貧しい国なのデス」


 そう言って再び語り出したピエールの身の上話は、長い上に結構重いのでちょこちょこ要約して行こうと思う。

 ピエールの家は、家族で牧場を経営しているらしいが、生活に余裕はなかった。

 なので、ピエールは両親にかなり無理を言って、大学まで行かせて貰ったらしい。

 弟妹達は、その事に文句言わずに、家業の牧場を手伝ったらしい。

 一人分の学費を捻出するというのは、相当に厳しい事らしく、弟妹達は子供時代を碌に遊ぶ事も出来ずに働いたようだ。

 現代育ちの日本人では、いまいちピンと来ない話だろう。

 勿論弟妹達にも、ピエールが成功した暁には、美味い汁を啜るという打算はあった事だろうが、むしろそれは当然の権利だとも言える訳で、ピエールは家族に深く感謝をしていたらしい。


 だがしかし。

 現実がピエールに襲い掛かった。

 無事に大学を卒業し、エリートとも言える企業に就職出来たものの。

 ピエールの給料だけでは、家族全員を養う事は出来なったらしい。

 勿論一般的なペルー人と比べれば、破格の給料ではあったようなのだが、ピエールが仕送り出来る程度の金額では、多少生活が楽になったといった程度でしかなかったみたいだ。

 家族はそれでも充分に感謝してくれたらしい。

 しかし、ピエールは納得出来なかったようだ。

 両親に負担を掛け、弟妹達の子供時代をすり減らしてまで手に入れたものが。

 この程度のものだったかと。  

 そこでピエールは一大決心をしたっぽい。

 ペルーが稼げないのならば。

 稼げる国に行けば良いのだと。

 そこでピエールが白羽の矢を立てたのが、当時バブルを迎えていた日本だったんだ。

 幸い学生時代の友人に、日系人が居たらしく、彼から日本語を学んでおり、カタコトながら日本語を喋れた事も、日本を選んだ理由の一つだったみたいだ。


「その当時の私にとって、日本は正に黄金の国といったイメージでしタ」


 まぁ、そうだろうな。

 当時はネットすら普及してなかったっぽいしな。

 何とか手に入れた観光用のパンフレットなどに写っているのは、専ら高層ビルが乱立する東京。

 そして古都京都、フジヤマといった類の物だ。

 ピエールの日本への期待は、否が応にも高まり続けたっぽい。

 そして行動力溢れるピエールは日本へとやってきた。

 だが、ここでもピエールに過酷な現実が襲い掛かったようだ。


「外国人である私は、中々希望の企業に雇って貰えなかったのデス」


 悲しそうに呟くピエール。

 これはある意味当然なのかも知れない。

 ピエールの希望するような収入の仕事は日本人、所謂ジャパニーズサラリーマンが独占していたんだ。

 ピエールが就けそうな仕事は、キツイ、汚い、臭い、と言った日本人がやりたがらない3kと言われたような仕事しかなかった。しかも、その賃金も同業の日本人と比べれば、良くて3分の1といった程度の理不尽な雇用内容だったらしい。


「ですガ! 遂にそんな私にも日本人と変わらないお給料を払ってくれる仕事が見つかったのデス!」


 おお! 良かったな!

 このまま報われないままの人生だったら、俺の明日の朝は確実にすっきりしない目覚めになっていただろうよ! 

 って、ちょっと待て。

 良く考えて見たら、それってかなり怪しい話ではあるよな。


「確かに怪しいとは思いましタ。先方に電話してみても、特に職歴を聞かれる事もなく、聞かれたのは、年齢と健康であるかどうかだけ、でしたカラ」


 え!?

 なにそれ怖っ!

 マジ怖いっての!

 それって日本での話だよな?

 話だけを聞いてると、捕まって内蔵とか取られたりしそうなんですけど!?


「ですガ、私には既に選択肢はありませんでしタ。物価の高い日本で、私の蓄えは尽きていたのデス。私は内蔵を売る羽目になっても家族にお金を送ってあげたかったのデス」


 そう言って遠い目をするピエール。

 ああ。

 悪い。

 何となく深刻なのは分かるが、その気持ちは正直俺には上手く想像出来ないっぽいわ。

 そんな俺の表情を読み取ったのか、苦笑を浮かべるピエール。 


「とにかく、私はその会社で働く事にしたのデス。先方に連絡をしてみると、直ぐに迎えが来ましタ。それは古びた感じのワンボックスカーで、そこには恐らく私と似たような境遇と思われる外国人が二名いましタ」


 お、おおう。

 それは何と言うか。

 本当に怖い光景だよな。

 

「そして車は走りだしましタ。都心から離れ、直ぐに高層ビルも見えなくなり、徐々に民家すらも無くなっていきましタ。延々と山奥へと入って行き、そして辿りついた場所が―――――」


 おい。

 勿体ぶるなって。

 これ以上ドキドキさせるなっての。

 そんな俺の表情を、読み取ったであろうピエールはニヤリと笑い口を開いた。


「大根畑だったのデス」


 へ!?

 大根畑?

 ちょっと待て。

 怖い話になる展開じゃなかったのか!?

 就職先は農家だったって事か?

 確かにカタコト程度のコミュニケーションでも、体が健康でさえあれば、労働力としては問題なさそうだけども……


「正確には、農家ではなく、大根から作る漬物屋サンだったのデス」

 

 大して変わらねぇよ!

 この野郎。

 してやったりなドヤ顔を浮かべるんじゃねぇ!

 よくも俺の純粋な気持ちを弄びやがったな!


「勝手に勘違いしたのは、弟サンの方デス。確かに先方に私が聞かれたのは、年齢と健康の事だけでしタ。デスガどんな場所で、どんな仕事をするのかは、事前に聞いているに決まっているじゃないですカ。クスクスクス」

 

 ……

 落ちつけ俺。

 怒るのはまだ早い。

 つまり当時の日本の田舎では、過疎が深刻化していたって事なのな?

 そんで労働力を確保する為に、漬物屋さんは外国人労働者を雇ったと。

 田舎の気の良い漬物屋さんは、外国人だからといって、足元を見る事なく日本人と同等の給料を払ってくれていたって事なんだな?


「その通りデス」

 

 …………

 この野郎。

 マジこの野郎。

 俺の心配を返せこの野郎!

 怖い話どころか、ちょっぴりハートフルな良い話じゃねぇか!

 酒と怒りで、頭が回らなくて碌に言葉が出て来ないのが悔し過ぎるぞ!

 この野郎!

 覚えておけよ!

 この野郎!

 そんな俺の内心を嘲笑うかのように笑みを浮かべたこの野郎は、上機嫌で話を再開しやがりやがる。


「しかし、労働は過酷でしタ。マダ日も昇らぬ深夜2時に起こされ、来る日も来る日も、大根を抜く日々」


 流石にもう展開は読めたよ!

 ほとんどの大根は秋冬野菜だからな!

 寒い日本の冬でも仕事してたから寒いの平気って言う話になるんだろ?


「ペルーではエリートで、オフィスでPCと睨めっこだったのに。まさか日本で漬物を作る日ガ来るなど夢にも思っていませんでしタヨ」


 ああ!

 そうだろうよ!

 俺だって自称エリートペルー人が、散々苦労してやっと就けた職が漬物屋さんだとは思わなかったわ!

 選んでより好みして、結局は漬物屋さんって。

 一体誰がそんな展開を、想像出来るって言うんだよ!

 若干遠い目で、郷愁に浸りながら語ってんじゃねぇ!

 あんたの故郷はペルーであって、漬物屋さんじゃないだろうが!


「その漬物屋サンガあったのガ、飛騨の山奥でしタ。知ってますカ? 飛騨って冬には-10度を下回る日もあるんデスヨ?」


 ああ。そうですか。

 そりゃ大変だったな! 

 ってか、やっぱり落ちはそこなのかよ!

 散々イリュージョンな展開で惑わせておいてこれかよ!

 がっかりだよ!


「弟サン。かいかいしても良い事ないデスヨ。あ、コレ私の作った沢庵デス。食べてみてくだサイ」

 

 かいかいって何だよ!

 それを言うならカリカリだろうが!

 ピエール!

 お前がカリカリさせてんだよ!

 ってか、居酒屋に、自作の沢庵を持ちこむんじゃねぇ! 

 旨いじゃねぇか! この野郎!

 ツッコミどころが満載すぎんだよ!  


 結局その後、マイペース過ぎるペルー人の自称兄に、何故か俺は、引き続き沢庵の作り方をレクチャーされるという、全くもって意味不明かつ、激レアな経験をする羽目になりましたよっと。


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