表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

階段落物語

 気が付くと、リビングの椅子に座っていた。

 俺は何でこんなところで座っているんだ?

 二日酔いと思われる頭痛はまだ分かる。

 昨夜は月に一度だけ行く居酒屋で、浴びるように酒を呑んだ筈だからな。

 だが、全身が妙に痛いというのは……

 どういう事だ?

 そんな事を考えていると、お袋が洗濯物を運びながら通り掛かる。


「あ、あんた起きたの?」

 

 お袋か……

 何か用か?


「あんた階段から盛大に落ちてきたんだけど大丈夫なの?」

 

 階段から落ちた?

 誰が?


「いや、あんたが」


 俺が?

 マジでか?

 さっぱり記憶にないんだが。

 この全身を襲う痛みは、その所為なのか?

 よくよく話を聞いてみれば、昨夜に泥酔して酔っぱらって帰宅した後、二階の自室に向かう途中で、足を滑らせ転落したと言う事らしい。

 一番最初に気が付いたのは、階段の直ぐ下の部屋に居る弟だった。

 まぁ、良い歳した三十路のおっさんが、階段から転げ落ちたら、そりゃ、気が付くよなぁ。

 弟が、何事かと慌てて部屋を飛び出したところ、完全に白目剥いて動かなくなった俺を発見したっぽい。

 揺すってもピクリとも反応しない俺。

 焦った弟はお袋を叩き起こしたらしい。

 結局お袋を起こしても状況は変わらず。

 結局救急車を呼んだっぽい。

 まじか……

 救急車まで呼んじまったのか?

 全く記憶にないんだが。

 というか、救急車を呼んだ割には、何で俺は自宅で目覚めてるんだ?


「お、兄ちゃん。起きて平気なの?」


 どうやら弟が二度寝から目覚めて来たらしい。

 まぁ、実際は平気じゃないけどな。

 頭頂部から両肩、背中、脇腹、腰と来て両膝までキッチリとダメージを負っている。

 擦り傷に至っては幾つあるのか数えるのも面倒な位だぞ。

 だが、兄としての安っぽいプライドが、弟の前で弱ってる姿を見せる事を拒否したんだ。


「兄ちゃんが階段から落ちてきた時はびっくりしたよ」


 そりゃそうだろ。

 多分、俺でもびっくりすると思うわ。

 でもな。

 こうポジティブに考えてみたらどうだ?

 落ちてきたのが、兄ちゃんで良かったと。

 もしも、何の面識もない全くの赤の他人が落ちてきてみろ?

 びっくり程度じゃ済まない大問題になるぞ。

 多分、救急車の他にパトカーも来ちゃうぞ。 

 そう考えたら、落ちてきたのが兄ちゃんで良かったって、心の底から思えるだろ?

 何だったら、兄ちゃん落ちてきてくれてありがとうと、感謝の祈りを捧げてくれたって良いんだぜ?

 

 そんな馬鹿事を考えていると、弟が何やらスマホを取りだした。


「兄ちゃんが落ちてきた時の動画撮ったけど見る?」


 うおぃ!

 まじか!

 何やってくれちゃってんのコイツ!?

 実の兄の非常事態に何してんの?

 でも見ます。

 見ちゃいますよ。

 だって気になるんだもの。 


 ……


 うわぁ。

 完全に伸びてるじゃん俺。

 こりゃ、救急車呼ぶわ。

 むしろこれで呼んでなかったら家族の愛情を疑うレベルだわ。

 俺って愛されていたんだな。

 弟とお袋に。

 出来れば、美人な彼女にでも愛されたいなどと思うけど。

 彼女すら居ない現状では、それは高望みってもんか。


 お、救急車が来たっぽいな。

 キビキビと動く男性達がやって来たぞ。

 これは脈とったり、呼吸を確認したりしてるのか。

 プロの手際っぽいな。

 大したもんだ。


「大丈夫ですかー!」


 お?

 救急隊員さんが俺を揺すり始めたぞ。

 最初はそうっとだったが段々大胆になってくな。

 激しく揺すられ過ぎて、首がガックンガックンなってる。

 まぁ、見た感じ寝てるだけだしなぁ。

 画面の中の俺、すんげーイビキ掻いてるし。


「ん…… 誰?」


 どうやら目覚めたらしい俺。

 うん。さっぱり記憶にないわ。

 

「階段から落ちたとの連絡があって来たんですが、大丈夫ですかー!」


 救急隊員さんは、非常にゆっくりと俺に話し掛けていた。


「階段から落ちた? 誰が?」

「あなたです。大丈夫ですか?」


 おおう。何かつい先程の、お袋とのやり取りをみてるようだ。

 そんな俺の惚けた対応にも、救急隊員さんは動じる様子は一切ない。

 正にプロですわ。


「いや? 落ちてないよ?」


 おいおい。

 プロな人達に向かって、画面の中の俺はとんでもない事を言い出したぞ。

 ちょっと落ちつけよ、画面の中の俺。

 何でしょうもない嘘吐いてんだよ!

 今の俺なら、記憶がなくても、階段から落ちたと信じられるぞ。

 だって全身がすんげー痛いから。

 画面の中の俺よ。

 お前は体が痛くないの?

 背中の皮とかずるむけよ?

 何でそんなに平気そうなの?

 救急隊員さんも、どうしたもんかと、ちょっと悩み始めちゃったじゃんよ。


「それじゃ、本当に落ちてないんですね?」

「おう! 落ちてないって。むしろ落ちたって言い張る奴の方が落ちてるんじゃないの?」


 うん。

 さっぱり意味が分からん。

 何ドヤ顔で、意味不明な事を、主張しちゃってんの?

 お前ついさっきまで、階段の下で思いっきり伸びてたじゃん。

 

「それじゃ、我々は帰る事にします。ただ異変を感じたら、直ぐに病院に掛かってくださいね。本日は日曜日なので、救急病院に行ってくださいね」 


 そう言って救急車は帰って行った。

 最後まで礼儀正しい人達だったな。

 画面の中の俺は、にこやかに救急車を見送った直後に、リビングの椅子に座るとまた動かなくなってしまったっぽい。

 弟もその辺で撮影を止めたらしい。

 動画はこの辺で終わっていた。


 

 ……


 うん。色々と酷い物を見てしまった気分だよ。

 とりあえず後で消防署へと、電話して謝罪しておこうと思う。

 菓子折りでも持って行って謝りたいところだけど、あの人達は公務員だから、頑なに差し入れとか拒否するんだよなぁ。

 どうしたもんかね。

 どうしたもんかと言えば、この全身を駆け巡る痛みもどうしたもんかね。

 まぁ、今日は日曜だし、明日になっても痛かったら、会社から休みでも貰って医者に行くとしようかね。



 という訳で翌日。

 当然の様に痛みは引かない。

 と言うか、頭がすんげー痛い。

 タンコブの直径が10cmくらいあるんだけど。

 ぶよぶよとした触感が、非常に気持ち悪い。

 とりあえず休みは貰えたし、医者に行くとするか。

 向かう先は、お袋の店の客が経営しているという整形外科だ。


 受付を済ませ、診察室へ入って行くと、見知った顔の爺さんが医者っぽい格好をして座っていた。

 まぁ、医者っぽいっていうか、医者そのものなんだけど。


「おお? どうした? こんな所で会うだなんて奇遇だね」


 いや、街で会ったのならともかく、あんたの病院で会ってるんだから、奇遇な訳ないでしょうに。

 この先生は、既に酔っぱらってんじゃないのか?

 本当に、この病院で良かったのか? 

 そんな思いが脳裏を過る。

 

「うははは。冗談だよ、冗談! んで、どっか痛めたのかい?」


 へいへい。

 冗談だってのは、分かってますよ。

 本気で言ってたら、逆に先生に医者を勧めるところですわ。


「昨日、酔って階段から落ちたらしいんですよね」

「らしい?」

「いや、覚えてないんですよ」


 俺の答えに、何やら真剣な表情になる先生。

 その後、先生は手足に痺れはないかとか、何処が痛むのかとか詳しく訊いてくるので、こちらも真面目に答えて行く。

 レントゲンを撮ったりと、結構真剣に調べてくれているようだ。

 酔っぱらった姿しか見た事のない人だったんで、真面目に診察してくれる姿は、少し不思議な感じがする。

 結局、骨折などをしているという事もなく、一安心といったところらしい。


「首が鞭打ちと腰の捻挫だね。コルセットとか別料金になるけど欲しい?」


 そんな事を聞いて来る先生。

 それって患者に聞く問題ですの?

 普通は先生が決めるもんじゃないの? 


「まぁ、うちの場合は欲しがる人には付けるって感じかなぁ。基本的に捻挫や鞭打ちってのは、安静にしてれば治るもんだしね。無理に動こうとするから、痛かったり、悪化したりするんだよ」


 黙ってコルセット付けさせて料金上乗せすれば良いのに、こんなに明け透けに言っちゃうとか、儲ける気はなさそうだなぁ。

 ならば、俺の答えは一つしかないよな。

 無しの方向でお願いしまっす。

 ただでさえ、今日の仕事を休んじまって、給料が少なくなるんだ。

 出費を抑えるに越した事はないってね。


「それじゃ、隣の部屋で若いお姉さんに、湿布を貼って貰ったら帰って良いよ」


 ほう。若いお姉さんとな?

 気になるワードに、何処となく引っかかりを覚えつつも、隣の部屋に入る。

 

 結論から言おうか。


 ぶっちゃけると若いお姉さんは居たよ。

 

 先生よりかは若干年の若いお姉さんがな!

 ってか、この人あんたの嫁だろうが!

 あれか?

 年下の嫁を自慢でもしたいのか?

 でもな!

 このお姉さん、どう見ても俺よりは20歳以上は年上だろうが!

 三十路の俺よりも、20歳以上も年上の女性は、世間一般ではお姉さんにカテゴライズされねぇんだよ!

 熟女どころか、完熟って感じじゃねぇか!

 ちっとも羨ましくねぇよ!

 そんな事だろうとは思ってたよ!

 思ってても、裏切られた気分でやるせねぇよ!


 こうして、俺は他称お姉さんに、湿布を貼って貰ってから帰宅した。


 尚、思ったよりダメージは、デカかったらしい。

 その後に、風呂に入ったところ、全身の腫れが熱を持ち、その後二日間に渡って高熱でうなされる羽目になりましたよっと。 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ