おすゝめる
いつの間にか4年も経ってた……だとぅ?
この話自体を書き始めたのも4年前でして。
作中はコロナ以前のお話です。
何時ものように取引先で積み降ろし作業をしていた時のこと。
「あ、生際さん。ちょっと良いですか?」
その声に振り向いてみれば。
そこには誰も居なかった。
なんて事はなく取引先の若い子の姿が。
まぁ、そりゃ居るよね。
声がして居なかったらちょっとしたホラーだし。
んで、何? どしたの?
「あの、本当はこんな事を言いたくはないんですけど」
何だか別の意味で怖そうな事を言い出しそうな予感。
まさか俺ってば何かやらかしてりする?
いや、特に何もミスはしてない筈だぞ。
して……ないよね?
「ミスとかそういう話じゃないんですけど……」
ミスじゃないのか、となると何でこんなに言い淀んでるんだ?
ひょっとしてひょっとすると取引終了のお知らせか?
終了だったらヤバイな。
下手したら俺の人生も終了してしまうかもしれん。
ごめん。人生終了は言い過ぎだった。
精々毎日が日曜日になる程度の問題ですな。
だが、同居してる弟にニート呼ばわりされた日にゃ……
ぶん殴ってしまいそうだ。
殴ったぞ! 親父以外をマウントポジションした事ないのに!
ってな感じの事件に発展すること請け合いです。
どちらにしてもガチで凹むので、それは是非とも回避したい所存
「いや、そういう話でもないんですけど」
おろ、そうなの?
となると、いよいよ気になる。
この木なんの木よりも気になる。
挙動不審が過ぎるし、もはや俺の好奇心は猫さんどころか、百獣の王すら仕留めそうな勢いなのだけれども。
そんな俺の気配が伝わったのか、その子は意を決したようにようやく口を開いた。
「生際さんって。なんか良い匂いするよね」
そしてふいっと視線をはずされる。
ん?
え?
えええええ!?
マジか。
衝撃の急展開キタコレ。
良い匂い?
俺が?
嬉しいか、嬉しくないかで言えば。
嬉しい。
うん。嬉しいよ!
出来れば女の子に言われたい台詞だったけどね!
うーん。素直に喜べぬ。
そして想像してたのとは違うベクトルで怖い話でもある。
言い放った当人は何やら妙にもじもじしてるし。
君ってそんなキャラだったか?
チョコレートを湯煎せずに直火で焦がしちゃったような肌。
何となくチャラそうな雰囲気。
海でスイカに乗ってバーベキュー割りしてバナナボート食べてウェーイwww
って言ってそうな感じなのに。
でもまぁ、確かにおっさんに良い匂いがするとか言い辛いかもね。
「それで――」
待て、みなまで言うな。
俺には将来を誓い合った恋人も居なければ、女房子供も存在しないけれどね。
だからといって拙者は貴殿の気持に応える事は出来ぬのでござる。
挿し込むのも挿し込まれるのも無理でやんす。
挿し込み御免でござるよ。
「ちょ!? 違うし! そんなんじゃねーし! 俺、結婚してるし!」
うん。知ってるし。
ご祝儀あげたし。
焦りすぎだし。
思いっきりタメ口だし。
仮にも俺は取引先の人間なんだから、丁重に扱ってくれにゃ困るよ君ぃ。
それで、本題は何ぞ?
「ほら。俺って先月子供が生まれたじゃないですか」
いや、そいつは知らんけども。
だが、おめでとうだね。
リア充に磨きが掛かった訳だ。
リア充にリア充が重なってリア重ってか。
お祝いに午後ティーを奢ってあげよう。
だが、君にストレートはまだ早い。
ミルクティで我慢しときなされ。
まぁ、それはそれとしてだ。
オイラに向かってのリア充発言は宣戦布告と見なすよ。
遺言はそれでOKかい?
辞世の句を詠む時間くらいなら待てない事もないよ。
「詠まねーし! 俺達ってこんな仕事ですし、汗臭いじゃないですか」
こらこら、こんな仕事って言うなし。
でもまぁ、そうだね。
俺にはキムチの旨さは分からんけども、その気持ちは分からんでもない。
冬でも汗だくになるし、夏は言わずもがな。
控えめに言ってもJI☆GO★KU☆だよな。
「将来、パパ臭いから一緒にお風呂は嫌!
とか言われたくないんですよ」
いや、それは言わるるんじゃね?
臭くなくても「もうパパとは入らない」って言わるる日が来る気がするよ。
あと、何か洗濯物のやつと混じってない?
「臭いからパパのと一緒に洗わないで!」じゃね?
一緒に風呂に入らなくなるのは普通に恥ずかしくなるからじゃね?
「嫌です! 一生一緒に入りますし、洗濯もします!」
おいおいおい、駄々っ子か。
まぁ、娘が居ない俺にはその辺の心情には共感出来んけども。
ちょいと想像してみてくれぃ。
あそこに居る受付さん(20代既婚女性)が未だに父親と風呂入ってるとしたら?
「それは……何かエロ動画みたいっすね」
でしょ?
受付さん美人だし、エロ動画見たいよな。
俺も是非ともお世話になりたいところ。
「俺はエロ動画見たいじゃなくて、
エロ動画みたいって言ったんすよ!
それに聞こえてたらどうするんすか!
また殴られますよ!」
失敬だな君は。
殴られてないですぅ。
ちょっと頬を愛でられただけですぅ。
とりあえず、娘と一生一緒に風呂に入り続ける事は諦めなされ。
親子でエロ動画デビューしたいというのなら話は別だけれども。
そして君の用件も把握した。
つまり芳香剤代わりに同居して欲しいと。
一家に一匹、生際防衛隊。
これで加齢臭対策もバッチリですな!
しかしあれだね。
一緒に暮らすとなると、ひょっとしたらだよ。
20年後くらいに君をお義父さんと呼ぶ日も……来ないよね。
うん。来ない来ない。
冗談だよ、冗談。
あの、目が超怖いんですけど。
さてと、話が脱線しまくり千代子なんで戻そうか。
要するに俺の匂いの謎を知りたいと。
そういう事でOK?
「ですです。だからちょっと嗅がせてくださいよ」
嫌ですけど?
野郎に嗅がれて喜ぶ性癖は持ち合わせてございませんけど?
って、嫌だって言ってるだろ。
おい、止めろ!
グイグイ来るんじゃねー!
何だかドキドキしちまうじゃねーか。
そもそも秘密にしてるって訳でも―――
「臭っ!生際さんの腋くっ――痛っ!」
うおおおおおおおおぃ!?
言わせねーよ?
絶対に言わせねーよ!?
臭くないし!
臭くないですし!
言われなき風評被害には断固として戦う所存!
そもそも良い匂いって言い出したの君でしょうが!
「痛いなぁ。冗談ですって」
おいそこ、不満な顔するなし。
中年のおっさんはなぁ。
腋が臭いって言われるの全然笑えないんだよ。
良く聞きなされよ。
世の中には二種類の冗談が存在するのです。
言って良い冗談とマイケルジョーダンだ。
ってくらい笑えないぞぃ。
俺のドキドキを返してくれ。
そもそもだ。
君が匂いを嗅いでみたところで、これは……ドルチェ&ガッバーナ!
みたいな事が出来るん?
出来ないでしょうに。
そもそも俺は香水なんぞ付けちゃいないし。
知りたいのなら先ずは俺に聞きなさいよ。
「え、教えてくれるんすか?」
教えるよ。
秘密にしてないって言ってるじゃん。
匂いの秘密はなぁ。
俺が良い匂いする理由はなぁ!
ファブリーズだよ!
やはりファブリーズ‥‥!!
ファブリーズは全てを解決する‥‥!!




