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保険は大事。

 春の心地よい日差しの中で、積み込みを行っていた時の事。


 突然、ガシャーン! っていう感じの激しい破砕音が俺の耳に飛び込んでくる。

 

 うお? 何事(なにごと)だ!?


 一緒に積み込みをしていたおっさん連中と共に、様子を見に行ってみれば。

 そこにはトラックから降り、立ち尽くしているハゲのおっさんが一人。

 まぁ、ハゲと言っても、現在、社員の実に8割近くが丸刈りorスキンヘッドであるからして、適当に石を投げりゃどれかのハゲに当たるって位にハゲ塗れではあるんだけど。


 そんなハゲのおっさん、略してハゲさんに声を掛けてみれば。


「ヤバイ。車にぶつけちまった」


 苦々しい表情で言うハゲさん。

 どうやら、既に車が止まっていた事に気付けなかったらしい。

 それでバックしたところ思いっきり車にぶつけてしまったっぽい。


 うん。あの豪快な音からして、そうなのだろうなと予想はしてたけども、やっぱりそうだったか。

 それで、一体誰の車に……って、ちょっと待て!


 ここは。

 この場所は。

 まさか!

 慌ててトラックの背後へと回り込んでみれば。

 そこには変わり果てた我が愛車の姿が。


 バックでぶつけたくらいで大袈裟だなって思ったかい?

 普通なら精々バンパーを凹ませた程度だと思うだろう。

 それが普通だったならば…… だ。

 実は、うちの会社の敷地沿いには、幅1.5メートルほどの用水路がある。

 そして俺はその用水路の手前に車を止めていたんだな。

 察して頂けただろうか。

 つまり我が愛車はその用水路へと転落してしまっていたんだよ。


 それにしても、見事にハマり込んでいやがる。

 脱輪とかそういうレベルじゃないぞこれ。

 車体後方から用水路へと落ちた上に、そこそこの深さがあるもんだから、車が真上を向いた状態でミラクルフィット。

 エンジンを掛けてアクセル踏めば、そのまま遥か天空へと旅立ちそうな角度だよ。

 ガシャーンと聞こえた破砕音は、ぶつけた時のものじゃない。

 用水路へと落下した時の音だった訳だな。


 その場でへたり込むハゲさん。

 いや、へたり込みたいのは俺の方なんだけど。

 廉価モデルの軽自動車とは言え、まだ買ってから半年も経ってないんだぞ。

 凹む俺とハゲさんとは対照的に元気一杯なのは、野次馬根性丸出しで集まってきたおっさん共だ。

 

「こりゃ、派手に落ちたな!」

「修理代高く付くだろうな」

「租チンがそそり立ってやがる」

「新しく買った方が安いかもな」

「保険でイケるだろ」

「ハゲさんどんまい!」


 他人事だと思って言いたい放題だ。

 どさくさに紛れて人の愛車を租チン呼ばわりするんじゃねーよ。

 おい、そこの社長、あんたの事だよ。

 あんたが同じ目にあった日にゃ、死ぬほど笑ってやるから覚悟しとけよ。

 それで、ハゲさんは何か俺にいう事はないのか?


「す、すまねぇ」


 それだけかよ。

 駄目だな。こりゃ完全にテンパってるわ。

 見てみろ周りのおっさん連中を。

 あんたのテンパり具合が面白くて、物まねし始めちゃってるじゃんよ。

 さっさと立ち直らないと、向こう三年は事あるごとに「ヤバイ、車にぶつけちまった」とか「す、すまねぇ」とかネタにされ続けるぞ。

 もう、今日は帰れよ。

 この状況で仕事したら、余計になんかやらかしそうだ。

 社長もそれで良いよね?

 

「そうだな。ぶつけたぶつけられたってのは、運送屋には付き物だ。

 修理に関しては保険で何とかするから、今日は帰って休んでおきな」


 俺の言葉に頷きながら言う社長。

 お、怒鳴り散らさないのか。

 まぁ、目一杯に笑い散らかした後に説教しても締まらんわな。

 それならさっさと帰らせて気持ちを整理させる時間を与えた方が良いよな。

 でも、あんたが租チン呼ばわりした事は決して忘れないけどな。

 こうして俺の車は保険を適用するって事で、修理して貰える事となったのだった。


 時は流れて、夏のある日。


 積み込み作業をしていると不意に響き渡るガシャーン!って感じの破砕音。

 おろ? 誰かぶつけたのか?

 野次馬根性丸だしで見に行ってみれば。

 何だか見た事のある立ち姿で立ち尽くすハゲのおっさんが一人。


「ヤバイ。ぶつけちまった……」


 ハゲさん、またあんたか。

 あんた、ちょっとは学習しろよ。

 それで、今度は誰の車にぶつけたんだと該当車両を見てみれば。

 そこには、運転席側のドアから、タイヤ周り、そしてボンネットやバンパーまでべっこりと凹んだクラウンの姿。

 これは…… もしかしなくても社長の車だな。

 しかも買ってまだ3か月くらいのピッカピカの新車だ。

 前回といい今回といい、ハゲさんは新車に何か恨みでもあるのか?

 親か? 親でも殺されたりしたのか?

 そんな馬鹿っぽい事を考えていると。


「お、俺の車が……」


 社長のお出ましだ。

 おう。メッチャ落ち込んでるな。

 落ち込んでいるというよりも、まだ脳が現実を受け入れ切れてないだけだな。

 何かを言おうと口をパクパクさせちゃいるが、具体的な言葉は出て来ない。

 これは時間差で噴火するパターンだな。

 ほら来るぞ。そろそろ来るぞ。


「てめぇ! このハゲ! 何して――――――」

 

 ほい、ストップ。

 社長、ちょいと落ち着きなって。


「うるせぇ! 邪魔するな!」


 いや、するよ。

 ちょっと落ち着きなってばよ。

 気持ちは分からんでもないが、あんた、俺のがそそり立った時にゃ、散々笑い飛ばしてくれたよな?

 部下の車の時は笑って、自分の車の時だけ怒るのか?

 それじゃ、道理が通らねぇよ。

 短期間に二度目だし、立場的に叱らなきゃいけないってのなら分かる。

 だが、感情に任せて怒鳴るのは駄目だ。

 それじゃ、あの時に怒りを飲み込んだ俺は一体何なんだって事になるだろう?

 だから、少し落ち着けっての。


 ハッキリ言って、うちの社長は短気ではあるが馬鹿じゃない。

 いや、賢くもないし、ケチだし、性格もあまり良くないし、口は悪いし、顔面ブツブツだけれども、たとえ部下の言葉でも自分が間違っていると思ったのならば、受け入れる程度の度量はある…… 筈だ。


 そして、そこのハゲ。

 俺を円らな瞳で見つめるんじゃない。

 べ、別に俺が動いたのはあんたの為じゃないんだからね!

 租チン呼ばわりされた愛車のリベンジを果たしているだけなんだから!

 個人的にはあんたなんて可及的速やかに、その生命活動を停止すれば良いのにって思ってるんだからね!


 そして社長と俺との睨み合いは続き。 

 

「はぁ…… もう良いよ。おい、ハゲさんはもう帰れ。

 面みてるとぶん殴っちまいそうだからな」

 

 暫くの睨み合いの(のち)に社長は深いため息と共に言い捨てる。

 イエーイ。大勝利ぃ!

 


 そして翌日。


 会社に行ってみれば、何処か空気が重い。

 重いというか、真夏だってのに冷え切ってやがる。

 特に社長の機嫌は最悪だと言って良いかも知れん。

 あれ? まだ昨日の事を引きずってるのかな?

 まぁ、引きずるなって方が無理だとは思うけども、それにしても空気が悪すぎる。

 どうしたのかと声を掛けてみると。


「保険が…… 効かなかったんだよ」

 

 社長は絞り出すように吐き出す。

 え、マジか。

 ひょっとしてあれか?

 どうせ馴染みの板金屋で修理するからって、10円玉でチンコとか放送禁止用語のマークを彫り込んどいたのが駄目だったのか?

 だとしたら、ヤバいな。

 メッチャ怒られるかも知れん。

 というか、確実に怒られるわ。

 もしそうならば、1000%俺が悪いし、素直に謝ろうと思う。

 くそ。昨日の俺、なんでそんな事をしちまったんだ。

 いや、待て。まだそうと決まった訳じゃない。

 とりあえず探りを入れてみるべきだろう。

 落ち着いて、慎重にだ。 


 へ、へぇ…… そりゃまたどうして?

 前回の俺の時は保険でイケマシタよね? 


 ヤバい。平静を装いたいけども、ちょっと声が上ずってしまった。

 これじゃ、後ろめたい事があるって宣言してるようなもんじゃないか。

 落ち着け俺。

 平常心だ、平常心。 

 ドキをムネムネさせながらも、社長の反応を待つ。

 やがて、社長の口が開かれる。


「トラックも、クラウンも保険の名義人が会社になってたんだよ。

 同じ名義人同士での事故の場合は保険の適用外になるらしいんだ……」

 

 それだけ言うと、また黙り込む社長。

 そっか、そういう事なのね。

 確かに同じ名義人で保険が有効ならば、色々と詐欺的な行為を働こうする輩はいるだろう。

 だからNGであると。

 つまり―――― セーフ!

 いや、社長的は思いっきりアウトなのだろうけども!

 俺的にはセーフッ!!!

 助かったぁ。

 会社名義で車の保険を掛けるとか公私混同だと言えなくもないが、まぁ、弱小企業じゃよくある事でもある。つまりは全額自己負担で修理に出す事になるのか。

 ちなみに修理代は軽く見積もっても120万は堅いらしい。

 しかもローンがまだ4年以上残ってるときたもんだ。

 そりゃ、機嫌も悪くなるし、空気も冷え込むってもんですわ。

 諸悪の根源に怒りを叩き付けようにも、俺に論破された所為でそれも出来ない状況なのか。

 掛ける言葉がないとは正にこの事だな。

 流石にちょっと可愛そうになってきた。

 

 ここはあれだな。

 少しだけ励ましてやりますか。

 ほい、社長。これでも飲んで元気出してくださいや。

 そう言って、俺は社長へと缶コーヒーを放り投げる。


「お、おお。悪いなって熱!?

 なんだこりゃ! ホットじゃねぇか!」


 うひひひっ

 いや、冷え切った空気を少しでも温めてやろうと思いましてね。

 洒落が効いてるっしょ?


「ふっざけんなよ! おい!

 死ぬほど暑いってのにこんなの飲めるか!」


 うんうん。社長はそれぐらいで丁度良いと思うよ。

 いやぁ、良い事をすると気持ちが良いね。

 それじゃ、仕事に行ってきますわ。

 社長の怒声を背に、トラックのアクセルを踏み込む俺なのであった。

 


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