かち割りホラー
本日も何時も通り、荷主さんの元へと荷物を受け取りに来ましたよっと。
こんちわー。
今日の荷物はここに置いてある分ですかぃ?
ふむふむ。あそこに積み上げてある分ね。
ほいほい。了解っすわ。
んじゃ、全部積み終わったら、事務所に顔出しますんで、その時に確認と伝票にサインを宜しくお願いしますね。
という訳で。
積み込み作業に入った訳だけども、今日も暑いね。
いや、そろそろ梅雨も明けようかって時期な訳で暑いのは当たり前なんだけどさ。
倉庫内の作業で直射日光を浴びている訳ではないとは言え、容赦ない日差しに熱せられまくった冷房のない倉庫は無茶苦茶に暑い。
もう、漢字表記を暑いから熱いに変えちゃっても良いんじゃないかってくらいだよ。
それでも暑いのは積み込み作業の2時間くらいの間だけだ。
トラックが走り出したらそこは運転席という名の冷房の効いたパラダイス。
ちゃっちゃと積み込んで、心地よい冷風を浴びまくってやるぜ!
とはいうものの、やっぱり暑いものは暑い。
フォークリフトでもあれば、それほど辛くもないんだけども、生憎とここにはそんなものはない。
作業は全て人力の手積み作業。
ってか、いくら場所が狭いからって、荷物を積み上げ過ぎだろ。
ジェンガかよ。
でも、しゃーない。
崩さないように。
そーっとそーっと……
ってやっぱり崩れた!
両手で崩れないように抑える俺。
それでも全部は止めきれずに崩れる荷物!
どりゃあああああ!
気合の顔面キャッチ!
絶対に荷物を傷つけないというプロ根性舐めんなよ!
いや、嘘だけどね。
ただ単に、両手が塞がったところで、顔面に荷物が落ちてきただけだよ。
それでも、荷物が無事だったのは良かった。
俺の顔面も―――――
うん。鼻血は出てない。
大丈夫っぽいな。
良し、気をとり直して作業再開だ。
という訳で、積み込み作業を再開した訳だけども、やっぱり暑い。
動けば動くほどに汗は噴き出す。
当然の事ながら、積み込んでいる荷物はお客さんの物な訳で、どんなに暑くても荷物に汗を垂らす訳にはいかない。
小まめにタオルで拭き取りながら積み込みを続けていく。
それにしても尋常じゃない汗の量だ。
いくら暑いと言ってもこの量はおかしい気がする。
それに何だか頭も痛いし、ひょっとして夏風邪でもひいちまったのか?
うーむ。
頭が痛いとか何年ぶりだろうか。
いや、子供の頃はどちらかと言えば病弱な方だったし、風邪をひけばそれなりに苦しんだりもしたもんなんだけどさ、世間の荒波に揉まれているうちに何時の間にか、その辺の感覚がマヒしてしまったんだよ。
最近じゃ、39度の熱が出てても自分で気付けない事もあるんだよな。
性質が悪い事に、あくまでも不調を感じ辛くなっているだけで、不調な事には変わりがない訳だ。
反応速度が低下していたり、思ったよりも体が動かなかったりと結構リスキーだったりする。
その鈍い俺が、明らかに頭痛を感じている状況ってのはかなりマズい気がするな。
こうなってくると顔を伝う汗も、冷や汗なのかあぶら汗なのかの判断も付かん。
くそ。ズキズキと痛みやがる。
一度気が付いてしまったら、頭痛さんもここぞとばかりに一気呵成だな。
痛い。割れるように痛いが、仕事をほったらかす訳にもいかない。
何とか気合で乗り切るしかないよな。
そんな訳で大量に噴き出す汗と頭痛に悩まされつつも、何とか無事に積み込みを終え、事務のお姉さんへと声を掛ける。
すみませーん。
積み込み終わりましたんでチェックお願いしますわ。
「はいはーい。ちょっと待っ――――」
返事をしつつ、お姉さんがこちらを見た瞬間。
「ぎゃあああああああああああああ!」
響き渡る悲鳴。
うおっ!?
なにごと!?
豪快な悲鳴を上げるお姉さんに、思わずビクッとする俺。
絶賛頭痛中である俺の脳天にお姉さんの悲鳴が超響く。
楳図かずおの漫画っぽい感じの悲鳴でちょっと面白くもあるけども、俺の後ろに一体何がいるのかと、振り返ってみるも誰もいやしない。
ひょっとしてこれは…… 俺か?
俺が悲鳴を上げられているのか?
他に誰もいない以上は、きっと俺なんだろうなぁ。
今まで生きてきて、不審者として通報されたり、見知らぬ女学生にすれ違いざまにビンタされた事はあったけども、悲鳴を上げられたのは初めてだ。
ショックですわ。
しょんぼりですわ。
初対面の人なら兎も角として、週5くらいの勢いで顔を会わせてるってのに、何故に今更なのかと一週間くらい拉致監禁してその身体に問い正したいところではあるけども、それをやれる程の時間もない。
いや、時間があってもやらんけどね。
って、アホな事を考えてる場合じゃないな。
おーい。お姉さんどうしたの?
大丈夫かい?
などと問いかけてみれば。
「それは私の台詞! 顔! 顔!! 顔がひどい!」
必死な形相で俺を指さして連呼し始めるお姉さん。
ん? 顔?
顔がひどいってひどくない?
んんん? ひどいのがひどくないとか、よく分からん事になってるな。
ひどいのか、ひどくないのか、もはや言葉の迷宮、出口は何処ってな気分だわ。
まぁ、それは一旦置いとくとして。
ひょっとして、体調不良を見抜かれたのかな?
確かに調子は悪いけども、表情には出さないように100%全力の営業スマイルを浮かべていた筈なんだけどな。
一目見て悲鳴を上げる程に俺の顔色ってひどいのか?
おっと一応言っておくが、顔は別にひどくはないからな。
……ひどくないよね?
ひどくないと信じてる!
それで今一体どんな顔色してるんだろうな、俺は。
そんな事を考えつつ、自分の顔へと手を当ててみる。
ヌルっとした汗の感触に思わず顔をしかる。
何気なくその手の平に視線を移してみれば。
真っ赤。
ほらやっぱり汗で真っ赤だよ。
え?
真っ赤……?
汗で!?
そんな馬鹿なと、もう一度手で顔を拭ってみるも、やっぱり真っ赤。
な、な、なんじゃこりゃあああああああああああ!!!?
血? これって血!?
ちょっと舐めてみれば、しょっぱさの中に明らかに自己主張する特有の鉄臭さ。
間違いなく血液だわこれ。
営業スマイル全開の血まみれのおっさんが歩み寄って来るとか。
なにそのホラー、メッチャ怖い。
そりゃ、お姉さんも楳図かずお風に叫び出すわ。ごめんね。
しかし、これはひょっとしなくてもあれだよな。
さっきの顔面キャッチだろうな。
鼻っ柱を打った方に意識が行ってたけども、ヤバかったのはそこじゃなかったのか。
頭が割れるように痛いとは思っちゃいたが、まさか物理的に割れてるとは思わなんだ。
流れ出ていたのは、冷や汗でも、あぶら汗でもなく、血の汗でしたってか。
汗血馬ならぬ汗血おっさんってか。
汗血馬が一晩で千里(500キロ)を駆ける伝説の馬だってんなら、こちとら一日で700キロ(1400里)を走る実在のおっさんだぞ。
馬力に至ってはあっちはたかだか馬1匹に対して、こっちは240匹の圧勝っぷり。
日野のレンジャー舐めんなよ!
話は戻すけども、そんなに血が出てたなら、気が付かない筈がないって思っただろ?
でも、本日使っていたタオル様はちょっぴりアダルティなブラックカラーで、作業服も濃い目の紺色なんだよ。
更に付け加えると、仕事モードテンションでアドレナリンがじゃぶじゃぶ分泌されているってのも気がつかなかった原因だと思う。
だから血が付いてても本当に分からなかったんだ。
それにしても、びっくりだ。
そんな感じで感慨に耽っていると、漸く思考が回り出したらしいお姉さんが口を開く。
「あの、大丈夫ですか?
救急車を呼びますか?」
ひゅー! お姉さんってば優しいね。
気遣いの出来る女の子って良いよね。
でも大丈夫ですよっと。
ちょいとお手洗いを貸してくださいねっと断りを入れて、鏡の前に立ってみれば。
うん。切れてる。
左眉の上辺りが3cmくらいぱっくり開いてますわ。
これは中々の開きっぷりですな。
個人的には、ぱっくり開くのは女の子の股ぐらとアジの開きくらいで十分なんだけどね。
分かってる。こんな事ばかり考えてるからモテないんだって事は。
でも、それが安心安全のおっさんクオリティ。
ぱっくり開いてるとは言っても骨は見えてないし、傷の深さは大した事ないっぽいな。
それでも、出血が止まる気配が全くない。
散々動き回ってた所為で血行が結構良くなってるからなぁ。
だが、俺には心強い味方がいる。
どんな切り傷だって一瞬で塞いでくれるあのお方。
瞬間接着剤さんですよ。
このお方ってば、医療用に開発されたとかで、身体に害のあるものは含まれていないらしい。
そんな訳で俺は瞬間接着剤万能説を提唱していたりする。
あ…… でも、ちょっと待てよ。
そういえばこの前、そんな事しちゃダメです! って看護師さんの卵さんに感想欄で怒られたような?
基本的に雑に生きてきたから、手当ての知識なんぞ、持ち合わせちゃいないんだよな。
うーむ。どうしたもんかなぁ。
などと悩んでいたら、お姉さんがひょこりと顔を出す。
って、ここはお手洗いな訳で、昭和のラブコメ漫画とかだったら、キャー! エッチ、スケッチ、ワンタッチ! あなたのハートにタッチダウン! ってなりかねない場面だよ。
まぁ、生憎と昭和でもなければ、漫画でもない。
そんなドラマティックな展開はある訳ない。
「あの、救急箱を持ってきたんですけど……」
トイレを覗き込みながらお姉さんが言う。
これじゃ、まるでお姉さんが痴女そのものみたいだけども、別にお姉さんは痴女じゃない……と思う。
というか、救急箱ですとぅ!?
救急箱ならきっと消毒液とかあるよね。
ありがてぇ、あと痴女っぽい表現してごめんね、などと想いを心に秘めながら救急箱を漁ってみれば。
様々な物が出て来ましたわ。
何か貼るとスースーする布だとか、歯痛にも効くとかいうラッパのマークだとか、成分の半分が優しさとかいう曖昧な存在で構成されるドラッグとか、じじぃがぼやいてそうな語感の痔の薬とか沢山出てくる。
おっと、見つけた。
見つけて手に取ったのは消毒液。
片仮名4文字のあれですわ。
詳しい事は分からんけども、これを塗っときゃ大体OKっしょ。
これなら卵さんにも怒られまいと、塗りたくってみたけども、やっぱり問題は残る。
血がね、止まらないんだよな。
思春期の少年のカウパーくらいの勢いでドックンドックンしてる。
これはどうみても絆創膏じゃ無理っぽいし、包帯は入ってないっぽい。
こんな時に瞬間接着剤さんのお力を頼れたらと思わなくもないけども、それをするとまた卵さんに怒られそうな予感。
良し、予備のタオルを使おう。
それを包帯代わりに巻いとけば、そのうち血も止まるだろう。
これで良しと。
ほい、お姉さん救急箱をありがとうね。
礼を述べつつお姉さんへと手渡せば。
「本当に大丈夫ですか?」
胡乱げな瞳で見つめてくれるお姉さん。
胡乱げなって別に誤字って訳じゃない。
お姉さんってば色々とショッキングだったらしくてさ、俺を見る目が得体の知れない生物を見るような目になってるんだよな。
凄く大量の出血に見えたかも知れんけども、実際にはコップ一杯分も流れてないんだけどね。
大丈夫、大丈夫。
これくらい日常茶飯事ってやつだからね。
さてと、かなり時間ロスっちゃったんでもう行きますわ。
それじゃ、また明日来ますね。
こうして俺は、トラックに乗り込み元気に走り出したのであった。
めでたしめたし。
…………って、何か忘れてるような?
そうだ!
流血騒ぎのどさくさに紛れて、積み荷のチェックして貰うのと伝票へのサインを貰い忘れてた!
ヤバイ戻らないと!
結局、また明日どころか、10分も経ないうちにお姉さんの元へと舞い戻る事になったのである。
ちなみに、この時の俺はまだ知らない。
のちにタオルを取ったら、かさぶたもタオルと一緒にとれて悶絶するという事も。
そして結局、瞬間接着剤さんのお世話になるという事も。
やはり瞬間接着剤さんは万能だとか思っていたら、更に翌日、カリカリに固まった部分が拭いたタオルに引っかかり、更に悶絶する羽目になるという事も。
やっぱり全然万能じゃなかったと痛感する事も。
俺はまだ何も知らないのであった。




