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フローラル・スター

現場作業員時代のお話です

 ふう。この工事現場も今日で粗方の片付けも終わるし、明日には施工完了で引き渡しってところだろう。

 いやぁ、今回の現場は何のトラブルもなく順調だったな。

 大抵は何らかの問題が起きて順調に終わる事なんてないんだけど、本当に珍しくなんの問題も起きずにここまでたどり着けた。

 これなら、この現場に限って言うのならば、ガッツリ黒字であることは間違いない。

 ふっふっふ。達成感に頬が緩んできてしまうぜ。

 そんな浮かれぽんちな気分の俺の目の前には、ダンプに満載の鉄屑の山。


 これらは様々な機器を設置する為の土台であったり、生コン打設する為の型枠に使ったりしたもので、工事が終わりつつある現在は一般の人から見れば、どう見たとしてもゴミというか産廃にしか見えないただの鉄屑だろう。

 だけど、実はこれって売れるんだよ。

 所謂ところのリサイクルってやつだ。


「それじゃ、行ってきます」

 

 作業員の一人であるおっさんがダンプを操り走り去っていく。

 おう、気を付けて行ってきてくれ。

 ここで事故でも起こされた日にゃ、色々と順調に来たのが台無しになっちゃうからな。


 いやぁ、楽しみだね。

 買取単価は金やプラチナといった貴金属と比べれば微々たるものでしかないが、打ち上げで焼肉に行けるくらいの額、具体的には10万くらいにはなる筈だ。

 いや、なって貰わにゃ困る。

 だってお肉食べたいんだもの。


 俺ってば1日に7000キロカロリーくらい消費しているっぽいからな。

 7000キロカロリーとか絶対に嘘だって思うだろ?

 嘘じゃないんだなこれが。

 仕事は工事と言っても、下水道を新たに掘るという特殊な工事だ。

 掘る事自体は掘削機がやってくれるし、掘った土も掃除機を何十倍も巨大にしたようなバキュームで吸い込む。

 ただし、バキュームに吸い込めない程に大きなサイズの石とかは運び出さないといけないんだよ。

 直径80cmの薄暗い穴の中で、トロッコに満載の石を積んで人力で押して運ぶんだ。

 当然のように泥まみれになるし、泥の所為で凄く滑る。更にはトロッコの車輪に砂が嚙み込んで、直ぐに回らなくなる。

 そうなれば、トロッコは石ころ満載の約400キロの鉄の箱だ。

 それを1日12時間ひたすらに押すんだよ。

 しかも、その辺の泥にゃ、地盤改良の為の薬品が混じってるもんだから、触れっ放しでいると、皮膚が溶けるってんで、雨も降っていないってのに、合羽を着用っていうね。

 言ってみれば、常にサウナスーツを着込んで作業しているようなもんなんだ。

 尋常じゃない程に汗が出るし、カロリーだけじゃなく水分も一日に8リットルほど補給する。因みに摂取量は夏でも冬でも変わらない。基本的に地下での作業になるから、温度は年中ほぼ一定だ。

 何もしなければ、夏涼しく冬暖かい快適な環境でもあったりするんだが、ハッキリ言って滅茶苦茶辛いぞ。

 体力自慢系の新入りが、昼休みが終わった頃には行方不明になってるだなんて事は日常茶飯事って程度ではなく、完全に日常と化しているくらいには辛い。

 これをやっていると中世あたりの鉱山奴隷みたいな気分になって来るんだわ。

 やっている事はほとんど変わらんというか、そのもの言っても良いと思うし、逃げ出したくなる気持ちも分からんでもない。

 

 おっと、少し熱く語り過ぎたか。

 随分と激しく話が脱線しちゃったから、元に戻すぞぃ。


 要するに、ハードな仕事の所為で常に俺のお腹はぺっこぺこだおう! ってな訳だよ。

 鉄屑を売り飛ばした金でお腹一杯にお肉を食べたいんだ。

 レッツ焼肉パーリーでヒャッハーしたい。

 

 そして今まさに、鉄屑という名の夢と希望を乗せたダンプが走り出したところって訳だ。

 不要な鉄屑が金になっちゃうとか、ちょっとした錬金術と言ってしまっても過言ではないかも知れん。

 ふっふっふ。

 はっはっは。

 ふはっはははははは!

 俺様の事は鋼の錬金術師と呼んでくれたまぃ!


 ……ごめん。

 ちょっと調子に乗った。

 よく考えなくても、パツキン少年でなければ、義手義足でもなかったわ。

 俺はちょっと目付きの悪い丸刈り坊主のおっさんでしかなかったわ。

 数時間後に訪れるであろう肉祭りに思いを馳せて、絶賛浮かれ中であるからして、多少の事は大目に見て欲しいのだ。

 さてと、それじゃ焼肉資金が帰って来るまでに残りの仕事を片付けておきましょうかね。

 

 三時間後。


 おかしいな。

 こっちの仕事はすっかり片付いたってのに、ダンプのおっさんがちっとも帰って来やしないぞ。

 いくらなんでも帰って来るのが遅すぎやしないか?

 金属リサイクルの場所から考えてみても、一時間もあれば余裕で帰って来れる筈なんだが。

 携帯に電話掛けてみても出やしないし、嫌な予感がするな。

 ひょっとして交通事故か?

 ここまで順調に来て最後に事故が起きちゃいましたとか笑い話にもなりゃしないぞ。

 探しに行くか? とか迷ってたら俺の視界に見慣れたダンプの姿が。

 お、帰って来た!

 いやぁ、良かった良かった。


「ただいまです。はいこれがお金ですよ」


 おっさんはダンプから降り、俺にお金を渡してくる。

 ほい、おかえり。

 中々帰って来ないからちょっと心配したよ。

 何事もなかったっぽいから良いけどね。

 鉄屑はいくらで売れたかなー

 って、あれ?

 3万ちょっとしかないぞ。

 ちょっと、いや、かなり少なくね?

 俺の予想の半分どころか3分の1くらいしかないんだけども。

 流石に3万じゃ作業員7人分の焼肉代とするにはかなり心もとない。


「何だか今は相場が安いみたいで」


 

 露骨に出た俺のガッカリ具合に申し訳なさそうに言うおっさん。

 本当に相場が安くなったのなら恐縮する必要はないんだが。

 何というかね。そんなおっさんの姿に微妙な違和感を感じるな。

 何だろうこの違和感。

 そいえば領収書がないっぽいんだけど何で?


「いや、その、落としちゃったみたいで」


 俺の質問にワタワタとよく分からないジャスチャーを繰り出しながら答えるおっさん。 

 あからさまに挙動不審だよな。 

 ひょっとしていくらか抜き取ったりしてるんじゃないか?

 もう少し詳しく問い正そうと詰め寄る俺。

 そこでようやく俺はおっさんに感じていた違和感の正体に気が付いた。

 

 このおっさん。


 まさか……


 いや、だとしても正気か?

 こんな奴が本当にいるのか?

 信じられねぇ。いや、信じたくねぇ。

 だがこの状況が。

 俺の予想が限りなく正解であると裏付けていやがる。

 だから俺は疑惑を確信に変えるべくおっさんの耳元でこう囁く。


『ソープか?』と。


 その途端。

 びくりと一度身体震わせて硬直するおっさん。

 おいおい。凄い汗だな。

 折角のフローラルが台無しだぞ?

 そう、違和感の正体はずばりフローラル。

 つまりは石鹸の香りだ。

 

 まさかとは思ったが…… やっぱりか。

 何時までも帰って来ないと思ったら、鉄屑を売り飛ばした金とチンコ握りしめて大人のお店に行ってきやがった!

 いや、大人のお店でいってきやがったって言うべきか。

 抜いてたのはお金だけじゃありませんでしたってか!

 こっちが汗まみれで仕事している間、自分は泡まみれでしたってか!

 ついさっきまでの俺の心配を返せよ!

 血まみれにするぞこの野郎!

 

 それにしても信じられねぇ。

 横領じゃなくてOh no! ってか。

 確かに男だらけで2DKのぼろアパートに詰め込まれての生活ってのは、色々と溜め込んじまう部分もあるだろう。

 でも、だからって会社の金に手を付けてまで行くか?

 しかも仕事中に。というか、歓楽街近辺のコインパーキングにダンプを止められるとも思えんのだが。

 このおっさんダンプで店に乗り付けたのか?

 大胆不敵にも程があるだろ。

 元請けさんところの関係者に見られてないだろうな。

 相手は正真正銘のスーパーゼネコンだ。

 もしも目を付けられたりしたら、うちの会社なんて半年も持たずに消し飛ぶぞ。

 おい、おっさんよ。

 何か言い残す事はあるか?


「あ、あの。出来心でつい……」 


 ふむ。それが遺言で良いんだな?

 時は来た。

 それでは判決を下す!


 おーい!

 みんなー!

 こいつ焼肉資金を使って風俗に行って来やがったぞー!


 俺のバカでかい声が現場内にこれでもかと響き渡る。

 その瞬間。

 修羅の群れが爆誕したよ。

 奴等の背後にはズゴゴゴゴって感じのオーラが見えちゃいそうな勢いだ。

 勿論、この俺もそんな修羅のうちの1人なんだけどな。


「なんだとおおおおおおおお!」

「ぶっ殺せ!」

「ひっ!? ひぃぃぇえぇぇぇ」


 瞬く間に修羅共に飲み込まれるおっさん。

 そこに一切の慈悲は存在しかった。

 そしておっさんはお空のお星さまになりましたとさ。


 めでたしめでたし。

因みに今はそんなに食べられませぬ。

牛丼特盛でお腹いっぱいです。

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